キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド
場所:コールベル/水路
――――――――――――――――
篭める想いもないというのに、何のために花を落とすのだろう?
追悼だろうか哀惜だろうか感傷だろうか。
そんなものは果たして本当に必要だろうか。
きらきらと光る水面を滑ってボートは現れた。
真新しい、正に今日のために製られたような船は、ペンキのにおいを錯覚するほど鮮
やかな青や黒などの色で塗りたくられて、異質な存在感を主張しているように見えた。
何の変哲もないくすんだ緑色のベストを着た漕ぎ手が、上部が丁の字の形になった櫂
を持っている。彼はこちらの気配を察知したのかわずかに顔を上げたが、目元はハンチ
ングに隠れて窺えなかった。
その足元は色とりどりの花に埋もれている――
「ほら、タイミングに気をつけて」
店主が言った。
船はすべらかに水路を進み、じきに二人のいる橋へ辿りついた。
店主は、「そぉら」と小さな掛け声と共に、半分の花束を手放した。
花は途端にばらけて、はらはらと船の上に落ちた。いくらかは船から外れて水路に落
ち、船の立てる波に遊ばれてくるくると回る。
船は、するりと橋の下へ潜り込んだ。
「難しいじゃろ?」
店主が笑う。
セシルは欄干に預けていた体を起こし、大股で反対の欄干へ向かった。
船が進むのとセシルが歩くのとは、大して変わらない速さだった。
再び、今度は下流側の水面を覗き込んだ時、橋の下の影から船が滑り出た。
目が灼けるほど鮮やかなコントラスト。
無数に咲き誇る色とりどりの花に覆われて、横たわる婦人の姿が見えた。
歳は四十かその前後だろうか。青白い死に顔でも尚、表情は穏やかで、目尻に皺の刻
まれた、笑えばさぞかし優しそうな――
無惨でない死人を見るのは初めてだった。
セシルは一瞬で目に灼きついた女の姿に、硬直した。
「お兄ちゃん」
「……ああ」
握っていた手を放す。花はひらひらと舞って、船の周りに降った。
ハンチングにその一輪を受けた漕ぎ手が迷惑そうに手をやって、摘んだ花をそっと死
者の上に乗せた。
船は流れて行く。
ぴちゃ、と小さな水音がした。
「終わりですか」
「うん」
手に草のにおいが残っている。
船はすぐに見えなくなった。
「漕ぎ手はあのまま下流まで船を送って、焼き衆に引き渡す」
「……海まで、結構ありますよね」
「それでも送らんといかん。
途中で引っかかったら気まずいじゃろ?」
「そうですね」
話す間に船は進んで、遠ざかり、見えなくなった。
店主は「んじゃ、帰るけー」と伸びをして、ぺたぺたと歩き出す。
セシルは彼の後に続きかけ、ふと思いついて立ち止まった。
足元を流れる水に向けて、「さようなら」と口の中だけで呟いてみる。
乗せるべき想いは見つからなかったから、別離の言葉は言葉以上ではなかった。
「あんまり見とると魅入られんよ」
「や、大丈夫ですよ。
俺そういうの見えないから」
セシルは苦笑して店主を追いかけた。
店主は首を傾げて、まあいいやというような口調で「気ぃつけえ」とだけ言った。
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NPC:ジラルド
場所:コールベル/水路
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篭める想いもないというのに、何のために花を落とすのだろう?
追悼だろうか哀惜だろうか感傷だろうか。
そんなものは果たして本当に必要だろうか。
きらきらと光る水面を滑ってボートは現れた。
真新しい、正に今日のために製られたような船は、ペンキのにおいを錯覚するほど鮮
やかな青や黒などの色で塗りたくられて、異質な存在感を主張しているように見えた。
何の変哲もないくすんだ緑色のベストを着た漕ぎ手が、上部が丁の字の形になった櫂
を持っている。彼はこちらの気配を察知したのかわずかに顔を上げたが、目元はハンチ
ングに隠れて窺えなかった。
その足元は色とりどりの花に埋もれている――
「ほら、タイミングに気をつけて」
店主が言った。
船はすべらかに水路を進み、じきに二人のいる橋へ辿りついた。
店主は、「そぉら」と小さな掛け声と共に、半分の花束を手放した。
花は途端にばらけて、はらはらと船の上に落ちた。いくらかは船から外れて水路に落
ち、船の立てる波に遊ばれてくるくると回る。
船は、するりと橋の下へ潜り込んだ。
「難しいじゃろ?」
店主が笑う。
セシルは欄干に預けていた体を起こし、大股で反対の欄干へ向かった。
船が進むのとセシルが歩くのとは、大して変わらない速さだった。
再び、今度は下流側の水面を覗き込んだ時、橋の下の影から船が滑り出た。
目が灼けるほど鮮やかなコントラスト。
無数に咲き誇る色とりどりの花に覆われて、横たわる婦人の姿が見えた。
歳は四十かその前後だろうか。青白い死に顔でも尚、表情は穏やかで、目尻に皺の刻
まれた、笑えばさぞかし優しそうな――
無惨でない死人を見るのは初めてだった。
セシルは一瞬で目に灼きついた女の姿に、硬直した。
「お兄ちゃん」
「……ああ」
握っていた手を放す。花はひらひらと舞って、船の周りに降った。
ハンチングにその一輪を受けた漕ぎ手が迷惑そうに手をやって、摘んだ花をそっと死
者の上に乗せた。
船は流れて行く。
ぴちゃ、と小さな水音がした。
「終わりですか」
「うん」
手に草のにおいが残っている。
船はすぐに見えなくなった。
「漕ぎ手はあのまま下流まで船を送って、焼き衆に引き渡す」
「……海まで、結構ありますよね」
「それでも送らんといかん。
途中で引っかかったら気まずいじゃろ?」
「そうですね」
話す間に船は進んで、遠ざかり、見えなくなった。
店主は「んじゃ、帰るけー」と伸びをして、ぺたぺたと歩き出す。
セシルは彼の後に続きかけ、ふと思いついて立ち止まった。
足元を流れる水に向けて、「さようなら」と口の中だけで呟いてみる。
乗せるべき想いは見つからなかったから、別離の言葉は言葉以上ではなかった。
「あんまり見とると魅入られんよ」
「や、大丈夫ですよ。
俺そういうの見えないから」
セシルは苦笑して店主を追いかけた。
店主は首を傾げて、まあいいやというような口調で「気ぃつけえ」とだけ言った。
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