キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――
店の奥から夕焼けの外を見ている。
雨はあがったが、それで客足が増えるということもない。
ごく稀に、迷い込んできた観光客が"骨董"という単語に
つられて店内を一回りしては何も買わずに出てゆくくらいだ。
ここはコールベル。水と芸術の都。
水はいくらでもあるし、芸術もそこかしこに溢れている。
だからこんな寂びれかかった商店街の中にある、
奇妙な骨董屋に人が立ち寄るいわれなどないはずだ。
おまけに店主は変わり者ときている。喪服を喜んで着るような、
薄情なほど陽気で、笑いたいくらい不謹慎な店主だ。
カウンターにだらりと上半身を預け、持ったハタキごと腕を伸ばす。
ちょいちょい、とそこに猫でもいるかのように振ってみるが、
反応してくる者がいるはずもない。
「ただいまー」
ぺたしぺたしという緊張感がまるでない足音と声音がした。
ジラルドは机に突っ伏すようにしたまま、顔だけをあげて
店の入り口に目をやった。
「おかえりなさい」
予想通り、そこには喪服姿のマシューが立っている。
「…靴、忘れてったでしょ。ありえませんよ」
「あっはっは、つい」
呆れ顔で言うが、まったく意に介さない様子で店主が
朗らかに笑う。ふと気づいて、今度は完全に身を起こす。
「あの子は?」
「お兄ちゃん?行ってしもうたよ」
マシューは、店先に置いてある乙女を象った像を手に取りながら
至極あっさりとした口調で答えてきた。そのまま、像を持って
カウンターに向かってくる。
「花を半分こにしてな、一緒に投げたのよ」
「乗りましたか」
「さぁ、どうじゃったかねぇ」
――なんなんだ。
あれだけ行きたい行きたいと喪服までひっぱり出して行ったくせに。
アイロンすらかけてやって、革靴を履き替え忘れて、名も知らない
会ったばかりの少年をひっぱっていったかと思うとものの数刻で
帰ってきて。
そこに怒りはない。ただ本当に、疑問だった。
――なんなんだよ、この人。
胸中で繰り返す。当の本人は、店内にある自分で買い付けたはずの
像をたった今はじめて見たような目で興味ありげに眺めていた。
そして、ぽつりとつぶやく。
「ジュンちゃん、さっき誰かに会った?」
「え?ええと――あ、買い物帰りにトマスさんの奥さんと」
「カーシャさん」
ことり、と静かに像をカウンターに置いて、店主が言う。
それが彼女の名前だと気づくのが一瞬遅れた。
「あぁ…あの人、カーシャさんて言うんだ」
マシューは何も言わない。馬鹿みたいに綺麗なカーブのかかった
瞼を軽く伏せて、ただ立ちすくんでいる。
思いもよらないその雰囲気に圧されるように、ジラルドは訊いた。
「その人が、何か?」
「カーシャさんのだったんよ」
「はい?」
「葬式」
そう言ってくる店主の顔を見て、ジラルドは声を出そうとし――
ぱた、と緩んだ手からハタキが落ちる。
「一昨日、亡くなったんじゃて。眠るように、静かに」
駄目よ、買い物袋ちゃんと持たないと。
「そ…」
「――明日の朝には、海に着くじゃろうか」
がたん!
ジラルドは椅子を蹴るようにして立ち上がった。突然の物音にも、
眉ひとつ動かさない店主を見据えて、震える喉で声を絞り出す。
「店長、あの」
「雨が降ったから、少し流れが速くなっとるかもしれん」
「店長!」
二回目にして、ようやく声が出た。
まるで怒鳴るような、自分でも驚くほどの声量が。
そこでようやくマシューが表情をわずかに変える。同情するようなその視線に
さらされながら、口を開く。
「あの人…言ってました。店長に、よろしくって。言ったんです、俺に」
こんなこと言って何になるのだろう、とジラルドは言いながら思った。
だがマシューはそれを一蹴するでもなく、優しげにも淋しげにも見える
かすかな笑みを浮かべると、くせのついた自分の髪に片手を突っ込んで、
そうか、とだけ答えた。
その手が厭に青白く見えて、驚いて周囲を見渡す――いつの間にかあたりは
青い夕暮れに染まっていた。青と名のつくものすべてを虚空に溶かしたような、
恐ろしいくらい美しい青い色。
「ほい。ジュンちゃんのぶん」
いきなり眼前に突き出されたのは一本の野菊だった。
まるで燃え出してしまいそうに白く輝いて見えるその花を見つめて――
無言で受け取り、ジラルドは床を蹴ってマシューの横を通り過ぎ、
全速力で表へ飛び出した。
誰もいない商店街を走り抜ける。一様に青く沈む淋しい通りを、
一輪のしなびた白い花を持ってただひたすら駆ける。
ラムネの瓶をすかして世界を見ているような気分で、ジラルドは手近な
水路へと向かい、そこにかかっている橋のほぼ中央で立ち止まり、
流れている群青色の束を覗き込んだ。
そこに船はない。死体も、喪服もなにもない。
しかしそのまま白菊を持つ手を伸ばし――手放した。
手向けにするにはあまりにも質素な、だが鮮やかな白い色の
花が落ちた先にはかすかな波紋が広がり、波間に消えていく。
なんだかかっこ悪いわねぇ。
まったくだ、とジラルドは水面に映った自分の影を見つめて笑う。
そしてきびすを返すと、青い夕闇の中を歩いて家路についた。
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NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
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店の奥から夕焼けの外を見ている。
雨はあがったが、それで客足が増えるということもない。
ごく稀に、迷い込んできた観光客が"骨董"という単語に
つられて店内を一回りしては何も買わずに出てゆくくらいだ。
ここはコールベル。水と芸術の都。
水はいくらでもあるし、芸術もそこかしこに溢れている。
だからこんな寂びれかかった商店街の中にある、
奇妙な骨董屋に人が立ち寄るいわれなどないはずだ。
おまけに店主は変わり者ときている。喪服を喜んで着るような、
薄情なほど陽気で、笑いたいくらい不謹慎な店主だ。
カウンターにだらりと上半身を預け、持ったハタキごと腕を伸ばす。
ちょいちょい、とそこに猫でもいるかのように振ってみるが、
反応してくる者がいるはずもない。
「ただいまー」
ぺたしぺたしという緊張感がまるでない足音と声音がした。
ジラルドは机に突っ伏すようにしたまま、顔だけをあげて
店の入り口に目をやった。
「おかえりなさい」
予想通り、そこには喪服姿のマシューが立っている。
「…靴、忘れてったでしょ。ありえませんよ」
「あっはっは、つい」
呆れ顔で言うが、まったく意に介さない様子で店主が
朗らかに笑う。ふと気づいて、今度は完全に身を起こす。
「あの子は?」
「お兄ちゃん?行ってしもうたよ」
マシューは、店先に置いてある乙女を象った像を手に取りながら
至極あっさりとした口調で答えてきた。そのまま、像を持って
カウンターに向かってくる。
「花を半分こにしてな、一緒に投げたのよ」
「乗りましたか」
「さぁ、どうじゃったかねぇ」
――なんなんだ。
あれだけ行きたい行きたいと喪服までひっぱり出して行ったくせに。
アイロンすらかけてやって、革靴を履き替え忘れて、名も知らない
会ったばかりの少年をひっぱっていったかと思うとものの数刻で
帰ってきて。
そこに怒りはない。ただ本当に、疑問だった。
――なんなんだよ、この人。
胸中で繰り返す。当の本人は、店内にある自分で買い付けたはずの
像をたった今はじめて見たような目で興味ありげに眺めていた。
そして、ぽつりとつぶやく。
「ジュンちゃん、さっき誰かに会った?」
「え?ええと――あ、買い物帰りにトマスさんの奥さんと」
「カーシャさん」
ことり、と静かに像をカウンターに置いて、店主が言う。
それが彼女の名前だと気づくのが一瞬遅れた。
「あぁ…あの人、カーシャさんて言うんだ」
マシューは何も言わない。馬鹿みたいに綺麗なカーブのかかった
瞼を軽く伏せて、ただ立ちすくんでいる。
思いもよらないその雰囲気に圧されるように、ジラルドは訊いた。
「その人が、何か?」
「カーシャさんのだったんよ」
「はい?」
「葬式」
そう言ってくる店主の顔を見て、ジラルドは声を出そうとし――
ぱた、と緩んだ手からハタキが落ちる。
「一昨日、亡くなったんじゃて。眠るように、静かに」
駄目よ、買い物袋ちゃんと持たないと。
「そ…」
「――明日の朝には、海に着くじゃろうか」
がたん!
ジラルドは椅子を蹴るようにして立ち上がった。突然の物音にも、
眉ひとつ動かさない店主を見据えて、震える喉で声を絞り出す。
「店長、あの」
「雨が降ったから、少し流れが速くなっとるかもしれん」
「店長!」
二回目にして、ようやく声が出た。
まるで怒鳴るような、自分でも驚くほどの声量が。
そこでようやくマシューが表情をわずかに変える。同情するようなその視線に
さらされながら、口を開く。
「あの人…言ってました。店長に、よろしくって。言ったんです、俺に」
こんなこと言って何になるのだろう、とジラルドは言いながら思った。
だがマシューはそれを一蹴するでもなく、優しげにも淋しげにも見える
かすかな笑みを浮かべると、くせのついた自分の髪に片手を突っ込んで、
そうか、とだけ答えた。
その手が厭に青白く見えて、驚いて周囲を見渡す――いつの間にかあたりは
青い夕暮れに染まっていた。青と名のつくものすべてを虚空に溶かしたような、
恐ろしいくらい美しい青い色。
「ほい。ジュンちゃんのぶん」
いきなり眼前に突き出されたのは一本の野菊だった。
まるで燃え出してしまいそうに白く輝いて見えるその花を見つめて――
無言で受け取り、ジラルドは床を蹴ってマシューの横を通り過ぎ、
全速力で表へ飛び出した。
誰もいない商店街を走り抜ける。一様に青く沈む淋しい通りを、
一輪のしなびた白い花を持ってただひたすら駆ける。
ラムネの瓶をすかして世界を見ているような気分で、ジラルドは手近な
水路へと向かい、そこにかかっている橋のほぼ中央で立ち止まり、
流れている群青色の束を覗き込んだ。
そこに船はない。死体も、喪服もなにもない。
しかしそのまま白菊を持つ手を伸ばし――手放した。
手向けにするにはあまりにも質素な、だが鮮やかな白い色の
花が落ちた先にはかすかな波紋が広がり、波間に消えていく。
なんだかかっこ悪いわねぇ。
まったくだ、とジラルドは水面に映った自分の影を見つめて笑う。
そしてきびすを返すと、青い夕闇の中を歩いて家路についた。
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