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2024/05/16 22:45 |
カットスロート・デッドメン 4/ライ(小林悠輝)
PC:タオ, ライ
場所:シカラグァ・サランガ氏族領・港湾都市ルプール - 船上

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 不意に放たれた言葉に、苛立を覚えないでもなかった。
 だがライは曖昧に笑って視線を逸らした。
「人間同士の勝負に賭けるのに、人間以外の戦い方を想像してどうするの?」
「では、あなたにはあの手合わせが、殺し合いに見えたというのですか?」
 タオの言葉に首を傾げる。眺める景色は地上では見られぬものだった。天上で瞬
く星と月が波を白く煌めかせ、波の音は遠い豪風の唸りに似て聞こえる。ライは目
を細めた。「戦いには詳しくないから、いちばん確実に相手を無力化させられそう
な方法を考えただけだよ」
「そうでしょうか」
 ライは一瞬、言葉に詰まった。タオは引き下がると思い込んでおり、追求の言葉
は予想外だった。「幽霊ってのは寂しがり屋でね」笑い飛ばす。「仲間を増やす機
会を狙ってるのさ」
「なんだそれ、物騒だな」と割り込んできたのは、ソムという名の傭兵だった。見
るからに泥酔していたが、目の奥には醒めた輝きがあった。この男も隙がない。
 ライは苦笑して不平を言った。「このちっさくて強いお兄さん、戦いのことで夢
中なんだ。か弱い僕まで巻き込もうとする。助けてよ」
 ソムはくっくっと笑った。「諦めるんだね、傭兵なんてのはそんな連中ばっかり
だ。俺は違うけどな」
「そうかな? まあ、この中で僕が一番怖いのは、そこの罰当たり……じゃなかっ
た。徳の高い神父様だけど」
「神は彼にも恩恵を賜りました」神父は杯を空にしてから言った。彼は心底機嫌が
よさそうだった。「ならば今宵は共に飲むのが神の御心というもの」
 ちなみに金貨三枚がこの船の護衛の前金程度の恩恵らしい。高いのか安いのか微
妙なところだが、数人分を根こそぎ掠めとったのだから、戦果としてはまずまずだ。


 ソムが片手で瓶を持ち上げ、神父の杯を酒で満たす。
 ライは彼におざなりに手を振った。「使徒曰く、“受けるよりも与える方が幸い
である”。神父様、どうぞ僕の分もお飲み下さいな」
「おお、敬虔たる仔羊に祝福あれ!」神父は酒を一気に呷った。「あの彼には気の
毒ですがね」
「あー……」ソムは苦笑いした。「まあ、そうだな。あの一点だけは同情する」
「何のことです? 私は彼の挑戦に応じただけです」
「ああ、うん。あなたは悪くないと思う」ライは視線だけを彼に向けた。正に、苦
笑するしかない理由での同情だ。彼がタオに負けたのは、彼自身の素質もあるが、
相手が悪かった。陸の上なら戦えるだろうし、戦い慣れているだろう。
「さっき、暇だったから、からかいに行ったんだ。ウザいくらい凹んでたから、試
しにちょっと話を聞いてみたら、本名なんだって、フェドート・クライ」
 タオは意味がわからないとばかりに首を傾げた。
 ライは補足した。「クライって、エディウスとかパウラのあたりでよくある苗字
なんだよ。親が都市伝説にあやかってつけたか、偶然か、とにかく騙りじゃないん
だってさ」
「しかしエディウス内乱に参戦していたと言っていますが」
「あの時期、でかい戦はあそこだけだったからな。本当にいたんじゃねえの?」ソ
ムが肩を竦め、手酌で杯を満たした。ついでに自分の杯を寄せた神父に酒を注ぎ、
瓶は空になった。神父は卓の下から新しい瓶を出し、縁ぎりぎりまで継ぎ足した。
「戦果の方は誇張も入ってるだろうが」
「武勇伝なんてそんなものだよ」ライは適当に答えた。「生きてれば商売道具だし、

悲劇的に死ねば伝説になれる。でも、存在するのかもわからない有名人と同姓同名
だと、名声もそっちに奪われるだろうね」
「エディウス内乱のフェドート・クライっつーと、黒騎士と竜眼がスコア争いして
たからな。他におなじ名前の奴がいたとしても、霞むだろ」ソムは杯を口元にやっ
た。「黒騎士のおっさん、まだ現役なんだぜ? この前見たが相変わらず隻腕で大
剣振り回してやがった。四十路すぎてよくやるわ」
「うわ、恐。もうそれ本物でいいよ」
 ライが言うと、ソムはげらげらと笑った。
 関心なさそうに聞いていたタオが、「そちらは有名な方なのですか」と聞いた。
ソムが答えた。「冒険者ギルドのAランクだ。死ぬまでは有名だと思うね」と言っ
た。タオは納得したように頷いたが、ライは、きっと彼は今、彼にしか見えない何
かのリストに名前を追加したのだろうなと思った。
 純粋な腕試しをしたいなら傭兵や冒険者はあまり適役でないように感じられる。
彼らは逃げも隠れもするし、欺きも略奪も平気行う。冒険者はまだマシだが、やは
り潔くはない。どちらにしたって正々堂々真剣勝負なんて、遊びでしかあり得ない。

たとえば、昼間のような。
 ライはふと思いついて尋ねてみた。「タオって、本業は傭兵じゃないよね。なん
か、それっぽくない」
「ええ、修練のために旅をしています」タオは答えた。柔和な笑みからは、真も嘘
も読み取れない。ライはただ「そうなんだ、大変だね」と答えた。ソムは聞いてい
ない様子だったが、一瞬、ちらと横目でタオを見た。神父はまた酒を呷っている。
倒れるまで飲み続けそうだが、彼の限界より夜明けの方が早く来るかも知れない。

 海風が強くなってきた。塩気を含んだ生臭い風が吹き付け、ランプの炎がガラス
の中で揺れる。月の位置からは深夜と呼ぶには早い時刻と思えたが、船上の夜は長
く、暗い。
 神父はふらふらと船室へ降りた。ライはその背中を見送ってから、自分もそろそ
ろ引き上げようと立ち上がった。風が強い。寒気がする。夜番の船員たちが無言で
立ち動き、時折、大声で合図を送り合う。その声も漆黒の狭間に消えていく。
「…………?」
 海風に異臭が混じった気がした。ほんの一瞬、感覚の端を掠めた何か。
 船員の一人が何かを叫んだ。途端に船上の空気が張り詰めた。船乗りの言葉は訛
りがきついが、異常事態を告げる声音のようだった。
 ソムが椅子を鳴らして立ち上がり、「飲みすぎた」と呻いた。タオはいつの間に
か立っていた。
 瞬く間に霧が周囲を覆った。闇の中、微かな光を反射して、灯火をますます明る
く見せる。近くに立つ人間たちの姿は、霧のせいでぼんやりとして見えた。
「どう思う?」ソムが尋ねた。「用心に越したことはないが」
「この霧で座礁とかしたら嫌だね」ライは反射的に答えた。「……死臭がする、よ
うな気がする」
「曖昧だな」
 ソムの言葉に苦笑する。「そりゃ一般人だからね。本格的な所見と対策は本業に
お任せして、僕は下に避難するよ。ちいさいお兄さん的には、どう?」
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2010/02/18 00:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン

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