忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2025/03/10 07:05 |
ファランクス・ナイト・ショウ  18/ヒルデ(魅流)
登場:クオド、ヒルデ
場所:ガルドゼンド国内
----------------------------------------------------------------------


「ほう……これは」

 一切れ食べた所で、思わずヒルデの口から感嘆の声が零れた。以前、野で捕
らえた鹿を調理したときには硬い上に臭みがあって正直あまり美味いとも思わ
なかったのだが、今回の昼食に供された鹿肉のステーキはけして硬すぎない程
よい歯ざわりと、付け合せの香草によるものか後味はすきっと爽やか。さらに、
添えられたベーコンの鹿肉とはまた違った食感の存在が、口を飽きさせない。
それは、王侯貴族のそれとはまた違った意味でのご馳走だった。例えるならば
戦を前にした戦士が精をつける為に食す類の。いや、例えどころの話ではない。
確かに、この地には戦火が迫ってきているのだから。

 だと言うのに。

 ちらりと視線を子爵に向けると、偶々目が合った。柔らかい笑みを浮かべ
「お口に合いますか?」と問われたので素直に賛辞を述べると、それはよかっ
たと返事が返ってくる。それを言う姿は何か意図があるようにも、純粋にもて
なせている事を喜んでいるようにも見えた。
 視線を横に移すと、彼の騎士がステーキを小さく丁寧に切り分けて少しずつ
口に運んでいる様子が目に入る。その様子に何かを連想しかけたが、結局それ
が何なのか思い出す事はできなかった。なんとなくほっこりした気持ちを抱き
ながら、さらに視線を動かしていく。
 主の兄は懲りるという言葉を知らないのか、何かと話題を見つけてはヒルデ
に話しかける事をやめようとしない。半ば聞き流しながら不躾にならない程度
に相槌だけ打っているとその内に料理を食べ終わり、だいたいその頃には丁度
話も一区切りがつく。不思議な事に、コルネールの皿は綺麗に空になっていた。
あれだけ喋りながら、――しかも相手に不快感を与えずに――食事までこなす
というのはどういった技術の為せる技なのか……ヒルデには見当も付かなかっ
た。

 食堂を後にし、割り当てられた部屋への廊下を歩きながら様子を伺っている
と、確かに数日前よりは慌しくなってきているような空気を感じられる。

「なぁ、クオド。私は――」

 傍らを歩く騎士に口を開きかけて、ヒルデはそこで言葉を止めた。というよ
りも、どう続く言葉が出てこなかった。

「どうかしました、ヒルデさん?」

「いや……すまない、なんでもない」

 何度か口を開いたり閉じたりしてみたものの結局続く言葉は出てこず、そう
言ってヒルデは強引に会話を打ち切った。
 もう一度、昼食の時の事を思い返してみる。何かがおかしいと思うのに、そ
れが何かが分からない。まるで小さな棘が甲冑の隙間から入り込んだような心
地が、ヒルデをなんとも言えない気持ちにさせた。

「何かあったら呼んでくださいね」

 クオドはヒルデを部屋まで送り届けると、そう言い残して去っていった。基
本的にヒルデの扱いは逗留している客人のそれだ。朝のように自重を求められ
る事もあるものの、今現在このレットシュタインが置かれている状況を考えれ
ばむしろかなり厚遇されていると言っても間違いではない。
 結局のところ、だからこそヒルデは言い様のない居心地の悪さを感じているのかも知れなかった。

------------------------------------------------------------------------
PR

2010/02/20 22:45 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<カットスロート・デッドメン 5/タオ(えんや) | HOME | 羽衣の剣 8/デコ(さるぞう)>>
忍者ブログ[PR]