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2024/05/16 21:53 |
カットスロート・デッドメン 6/ライ(小林悠輝)
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PC:タオ, ライ
場所:シカラグァ・サランガ氏族領・港湾都市ルプール - 船上
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「ああ……もう、面倒臭いなぁ」
 ライは振り向きざまに投矢を放った。砲門の穴から這い出ようとする海賊の額に命中し、重量と勢いによる反動で頭を仰けぞらせる。「蓋して! そこらへんの箱や樽でいいから!」
 声を上げるが、怯えた乗客は動かない。ライは舌打ちした。その間にも海賊は体勢を立て直し、船内へ乗り込んだ。投矢は既に消え、額に穴を開けたまま、痛みは感じていなさそうだった。乗客たちが悲鳴を上げ、狭い空間を逃げ惑う。
 ライは、戦うには彼らが邪魔だなと思いながらこぼした。「……本当、面倒臭い。なんで船に乗ると必ず海賊に襲われるのさ」
「きみは守り神じゃなくて疫病神だったのか」急に声がしたので横目にすれば、モスタルグィアのエグバートが感心したような表情で海賊を見ていた。
「何、馬鹿なこと言ってるの?」
「あれは万鬼だな。東方のアンデッドだ」
「へぇ」ライは無関心に答えて海賊に向かった。放っておくわけにもいかない。「爪に毒があるぞ」「だから?」背後からの声に問い返し、今まさにその爪を乗客に向けて振り下ろそうとしていた海賊の背に、抜き様の剣で切りつける。実体のない刃は血の気のない肉に食い込み、物理的な傷はつけられないまま、内部の魂か精神だか大体そんなようなものを裂いた。
 刃を通して、腕に何かが絡みつくような手応えがあった。ライはぞっとして剣を引く。
 海賊は糸が切れたように倒れ、動かなくなった。
「あ……あ……?」襲われてた乗客は腰を抜かしたままがたがたと震えている。視線は海賊の骸にあった。ライは、こんなものは何でもないのだと示すように海賊の背を踏みつけた。乗客は怯えた目で顔を上げる。
 ライは言った。「……穴、塞いで。壊れてないところも。たぶん砲はもう使えないからどかしていい。じゃないと、これがまた来るよ」
 乗客はすぐには反応できず、周囲に救いを求める視線を泳がせた。他の乗客たちは何の役にも立たなかったが、神父がやたらと重々しく頷いた。聖職者が言うならと、数人が躊躇いながらも動き出した。
 行動が始まれば早かった。絶対的な危険に対して、自分たちでも何らかの対処を行うことができるのだという希望は、どうやら活力に繋がるらしい。作業の途中で二度、海賊が乱入したが、犠牲者は一名にとどまった。襲ってくる海賊はライが仕方なく倒したが、海賊が突き破った砲門の蓋に板を打ち付けようとしていた者だけは助けられなかった。彼は蓋を裂く爪で頭を共に引き裂かれ、即死だった。
 神父が彼のために祈った。哀れな犠牲者の為というよりは周囲の人々を落ち着かせるためだった。
 ライは剣を消して右の腕をさすった。粘つく糸が絡みついているような気味の悪さがまだ残っている。アンデッドを斬ったことは何度もあるが、何の手応えもないことが常だった。この感触が東方アンデッド特有のものだとしたら、本当、勘弁して欲しい。
「底層は無事みたいだ」と乗客の誰かが言った。「窓もないし、頑丈だから、立て篭れるかも知れない」
「荷は?」エグバートが尋ねた。彼の落ち着きは幾らか憎たらしく感じた。
「小さいのを幾らか、ここの窓を塞ぐのに運び出した。お陰で余裕がある」
 何人かは迷ったが、少しでも完全な場所へ避難したいと求める乗客たちの希望に寄って、彼らは底層へ移動した。がらんとした空間に、波音と甲板の騒ぎが響いている。
 ライは上へ向かった。頭上から、人間の声がほとんど聞こえなくなっていることが気になったのだ。

 階段上に、赤髪の後ろ姿が見えた。
「健闘してるね」
「まあね。手伝いに来たのか?」
 ソムは息を切らしながら問い返してきた。その間にも彼に向かって剣を振り下ろしたのは、護衛仲間の一人だった。嫌に蒼白な肌。顎を掠め、喉元に牙の痕が残っている。ソムは身を翻して躱し、そのまま後退した。「ちょっと休憩」と言って彼は左手を上げる。ライはぱんと掌を合わせて代わりに前に出て、ソムを追おうとした元仲間を斬り倒した。
「って、なんで普通に手伝わせるの!?」
「殺された連中まで起き上がって襲って来やがる。剣で殺せないから一々バラさなきゃいけなくて体力が持たない。ところでそれ魔法の剣か?」
「実は剣じゃないから貸せない。味方は何人残ってる?」
「バラントレイとレットシュタインは残ってるだろうが、後は知らない」
「レットシュタイン?」
「あー、タオ」
「なんでわざわざ長く呼ぶの?」言いながら、新手がソムに襲いかかるのを、横から喉元を裂いて倒す。死体には傷ひとつつけていないが。
「“ちいさくて強いお兄さん”より短いと思うね」ソムはぼやいた。彼は、はあと息を整えた。「よし、サンクス」
「じゃあ頑張ってね。あ、乗客は底層の倉庫に立て篭もってるけど、あの怯えようじゃあ、扉叩いても開けてくれないと思うよ」
「退いたら死ぬってはっきり言えよ!」
「他の人と合流したら?」
「ここ空けたら、ヴァンプが下に雪崩れ込むだろ」ソムは嘆息した。「まったく、戦闘狂は自分が楽しみに行くことにしか興味がなくて困るね。護衛の仕事だって忘れてんじゃないのか」
「じゃあ誰か呼んでくるよ。甲板上に、他に守るところはもうなさそうだし」
 ライは彼の元を離れた。離れる間際、また、他の海賊がライの横をすり抜けてソムに向かって行った。ライは違和感を覚えてその後ろ姿を眺め、船室への出来事を思い返した。他の人間を襲う海賊ばかりを横から倒してきた。直接、襲われてはいない。どころか、海賊たちはこちらに注意を払いもしない。
(……このアンデッド共には、僕は見えていない?)
 ライは近くにいた海賊の目の前にひらひらと手を翳してみたが、海賊は無関心のまますっと余所へ行ってしまった。折角なのでそれを背中からばっさり斬りつけてから、甲板上を見渡した。霧のために見通しは悪い。
 死体が重なり、その幾つかは起き上がろうと身悶えしている。切り落とされた四肢や頭部があちこちに転がっている。灯火は倒れ、幾つかは消え、幾つかは死体や木材に引火し周囲を照らしていた。
 周囲を覆う血と死の臭い。霧となって立ち上る瘴気。
 見上げれば絢爛な夜空だった。無数の星屑、白い満月。
 ライは船員の死体を乗り越えた。そして気づいた。下には乗客だけが残されていた。甲板上に立っているのは数人の護衛だけだ。たとえ、海賊たちが諦めて去ったとして、誰がこの船を陸まで動かすのだろうか?
(船長とか……が、指示すれば、一般人にも船は操縦できるのかな)
 そんなことはないだろう、船は漂流する棺桶に成り果てるだろうと思いながらも、考えずにはいられなかった。考えて、ライは踵を返した。妙な不安を抱きながら船長室へ向かう。
「おや、幽霊詩人殿?」歩く間に声をかけられた。ライは相手を確認せずに答えた。「悪いけど急いでる。――いや、そこから動いちゃいけない理由がないなら、一緒に来て」
 背後から、人の気配が続いた。ライは船長室へ向かった。途中、背後で何度も短い戦いの音がした。
 扉に嵌められた硝子はただ黒く沈黙していた。乱暴に真鍮のノブを回したが、がちゃがちゃと音を立てるばかりだった。
「開けるのですか?」
「そう」ライはノブから手を放し、鍵と思われる部分を蹴りつけた。扉は悲鳴を上げたが、表面を潮に焼かれた木材は存外に上部らしく、びくともしない。
「僕、出港してから一度も、船長なんて見てない。客や護衛には他の偉い船員が挨拶したりしてたし、船員の統括もしてた。大きな船だから、船長が人前に出ることはないのかとも思ってたけど……」
 破裂音がして、鍵が爆ぜた。ライが驚き振り向くと、壊れた扉に掌底を当てたまま、タオが立っていた。ぎいと轢みながら扉が、開いた。中は暗闇だった。
「そういえば、空、見た?」
「霧で見えません。何かあるのですか?」
「……いや、何でもない」言いながら、扉の奥に視線を向ける。タオが背後を振り返り、どさとまた屍が倒れる音がした。
 ライは船長室に足を踏み入れた。暗闇には、熟れたような腐臭と、霧の冷気が満ちていた。一瞬、酷い眩暈に意識を失いかけたが、それでも足を進めれば、奥の異常は明確だった。そこにあるものを、視覚ではない感覚で理解していたが――ライは手を伸ばして卓上灯に火を入れた。
 橙の火に照らし出されたのは、奥の机に座した腐乱死体だった。元は質のよい衣装であった布は腐汁を吸って染まり、食み出た肉は半ば溶け、骨の間を滴っている。爛れた筋肉を蛆が這い、羽化して飛んでは地に落ちる。足元には、無数の蝿の死骸が積み重なっている。
「……」後退りすると、乾いた蝿の死骸ががさと鳴った。目の前にあるのは死体だった。船長室に破られた形跡はなく、死から短くはない時間が経っていると思われた。出航前から。あり得ない。これでは、海賊と、どちらが幽霊船だかわからない。
「幽霊詩人殿」
 外から声を掛けられた。ライは視線だけで振り向いた。状況の不自然さが、腐乱死体に背を向けることを拒ませた。「死んでる」ライは答えた。「死んで、腐ってる」
「……用事は済みましたか?」
「用事」タオの無関心さに苛立を感じながら呟いた。用事。ここに来て、何かをしようと思っていたわけではない。ただ確かめたかっただけだ。船長が生きているのか、いないのか。或いは、実在するのか、しないのか。ついては――ここは船上なのか、棺中なのか。
 それでも、用事などなかったと言うのはなんだか癪で、ライは答えた。「もう少しかかる……けど、さっきソムがへばってたから、先に見に行ってあげて」
「彼はどこに?」
「船室に降りる階段の前で護衛らしいことしてるよ。中には客がいるから」
「……わかりました」
 ソムの気配が遠ざかった。ライは躊躇いながらも、机へ近づいた。蝿の死骸に埋もれて、一冊の本が置かれていた。これが、よく聞く航海日誌というものだろうかと思いながら、ライはそれを手に取った。
 未だ気味の悪さが絡みつく右手。黒点のような死骸を払い、朽ちた黒革の表紙に触れる。
 指先から、凍えるような冷気が伝わった。
 ライは反射的に手を放した。指を縁にひっかけてしまい、本はばさと音を立てて開いた。虫に食われ、腐った羊皮紙。記されているのは、日付と航路、風向きと、やはり、想像していた航海日誌そのものだった。

“――2000 風力3、雲量3以下晴れ、やや波がある
   2030 航海灯異常なし。巡回点検異常なし   ”

 内容には変哲がないように見えた。日付は、八年前だった。
 ライはそのことに気づいて青ざめた。途端に外から風が舞い込み、本の頁がばらばらと捲れた。撒い上げられた蝿が黒い嵐のように荒れ狂った。部屋中の調度が倒れ、風に弄ばれた腐乱死体から肉と汁が飛ぶ。ライは咄嗟に目を庇ったが、実体のない亡霊にそれらの物理的なものが危害を及ぼすことはなかった。染み入るような気味の悪さに目を細める。
 乱れた部屋で、机上の本だけがそのままあった。

   “おお、我が神よ。貴方の言こそ真であった。
     水も尽き、皆は争って死んだ。
      今や生は苦痛に過ぎぬ。我ら罪深き者には死こそが救い。

                 ミランダ、すまない。帰れぬ私を許してくれ。”

 外で、誰かが一際高い悲鳴を上げた。甲板からにしては遠い声だった。
 ライは身を翻して外へ出た。海風はますます強く、霧は深かった。
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2010/02/20 22:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン
カットスロート・デッドメン 7/タオ(えんや)
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PC:タオ、ライ
NPC:ソム、バラントレイ、バンドレア、レイブン、神父、水兵、海賊等々
場所:シカラグァ・サランガ氏族領近海の船上
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タオはソムの元に向かいながら、もう一度ライとの会話を振り返っていた。

(…空?)

タオは空を見上げる。空一面も霧で覆われ、星空はおろか月すらも見えない。

(…船長は既に死んでいたか…とすれば…)

タオはふと舷側を覗き込んだ。
そこにはまだカッターボートが括りつけられていた。

(…元より計画の内であれば、小船で大海の中を逃げ出す危険は冒さぬか…)

タオは襲い掛かる海賊を殴り倒しながら先を急ぐ。

(ならば、彼らはどこに?)

タオは足を止めた。その視線の先には、甲板の上に突き出すような海賊船のバウスプリットと美女の胸像が見えた。


 *   *   *


船内へと続く階段の入り口付近では生き残っている傭兵達が肩を並べて防衛ラインを築いていた。タオはその中に赤い髪を見つけて、そこに向かった。

「無事ですか?」
「まだ無事だよ、こんちきしょう!お前どこ行ってたよ!?」

ソムが汗をたらしながら怒鳴る。

「申し訳ない。」
「そう思うんなら、あとはお前がやれ!」

タオは頷くと、防衛ラインの前に歩み出、一人の万鬼の腕を捻った。
その万鬼は捻られるまま隣の万鬼にぶつかり三人ほど巻き込み体勢を崩す。
タオはその横に踏み込んで、そのまま背を万鬼に預け、床を力強く踏み込んだ。
万鬼が数体まとめて吹き飛んだ。タオはというと、万鬼が吹き飛ぶと同時に反対側へと踏み込み、そちら側にいた万鬼も数体まとめて弾き飛ばす。

「…お前のデタラメ見てると、真面目に生きてるのが馬鹿みたく思える…。」

タオは押し寄せる万鬼を片付けながら尋ねた。

「状況は?」
「バラントレイのおっちゃんが全員呼び集めて防衛線築いたとこ。
 あのおっちゃん、元軍人じゃねーかな?」
「なるほど。で、そのバラントレイ殿は?」
「当の本人は何人か連れて、敵の総大将に切り込んでるよ。」

ソムの指し示すほうを見ると、万鬼達の中央で数名の傭兵が戦っていた。
いや、円陣を組むように防衛している。その円の中央で、バラントレイが骸骨の描かれた船長帽を被った万鬼と対峙していた。その万鬼は片手に黒い剣を握っていた。

「"黒剣の"レイブンまでアンデッドになってたとはな。」
「一対一で臨むのは、彼の矜持ですかね。」
「それが"決闘者"のゆえんさ。」

バラントレイのレイピアがうねった。
変幻自在の軌道を持つ高速の突きが放たれる。
レイブンはそれを黒剣で払いながら体を捌き左手を伸ばす。
バラントレイは素早く体を引き、レイブンの左手をかわした。

「あちらのほうが楽しそうですね。」
「そう思えるお前の頭ん中のほうが愉快だよ。」

その時、遠くで誰かが一際高い悲鳴を上げた。

「船倉!?」
「女性の声ですね。」
「なんで女がいるんだよ。」
「さぁ」

ソムは舌打ちした。

「しゃーねぇ。ここは任せたぜ。」
「用心を。」
「何を今さら。」
「今以上の用心を。」
「…何か気になることがあんのか?」
「この船の船長は死んでいました。それも昨日今日ではなく。
 最初から、計画の内かも知れません。」
「…どういうことだ?」

タオが答えようとしたとき、ライが万鬼の隙間を縫って駆けつけてきた。

「悲鳴は?」
「中だ!」

ライはそのまま階段を駆け下りた。

「ちょうどいい。中はヤツに任せよう。」
「そうですね。」
「…で、船長が死んでるっていうのは?」
「腐り果てていました。この船もまた幽霊船だったということです。
 …ですが、幽霊船が積荷を積んだり客を取ったり護衛を雇うことはできない。
 我らの雇い主は確かに生きていたし、大勢の水夫も然りです。
 死せる船長を隠し船を動かすには生ける協力者が必要です。
 万鬼もまた、徒党を組み海賊を働くということは考えにくい。
 やはり生ける者の作為を感じます。
 死人を利用する何者かがいて、その操る死人の船が洋上で出くわす。
 無いとは申しませぬが、何者かは同じと考えるとするなら。
 協力者は今どこにいるのか?
 下手に船に留まれば、流れ弾に当たるかも知れぬし、
 万鬼に襲われない不自然さに気付かれる虞れもある。
 カットボートはどれ一つ欠けてはいなかった。
 ならば…」

タオは万鬼を片付けながら、自らの思考を整理するように言葉を紡ぐ。

「…相手の船か!」
「あるいは。襲撃されてからは船上は混乱していて
 仮に誰かがあちらの船に乗り込もうとしても気付きますまい。」
「ふん、死人より生きてる奴のほうがおぞましいってか。
 …だが、目的は?」
「我々か、客か、荷物かでしょう。」
「それでも、こんな馬鹿騒ぎ起こす必要があるか?」
「それが疑問の残るところ。
 どのみちこれ以上推論を重ねたところで無意味でしょう。
 なんだって起こり得る。私の考えすべて誤っているやもしれません。
 …ですから、ただ、用心を。」

その時、傭兵の一人が叫んだ。

「やった!」

バラントレイのレイピアが、レイブンの心臓を貫いていた。

「いえ。誘われました。」

レイブンは刺し貫かれたままそのレイピアを左手で掴みとると、剣を握った右手を振りかぶった。

バラントレイは剣を離すことに一瞬躊躇した。
その隙を待つ筈もなく、レイブンは右手を振り下ろした。

銃声が響き、レイブンの右手から黒剣が弾き飛ばされた。

「誰だ?」
「バンドレア殿ですね。」

マストの上の見張り台からバンドレアがマスケット銃を突き出していた。
目の前に迫った死を逃れたバラントレイは、レイピアから手を離しレイブンから距離を取る。

「いつの間にあそこに行ったんだ。」
「わりと最初のほうに登って行ったのを見かけましたが。」
「今の今まで、何もせずに隠れていたのかよ!」
「まぁ、ただの銃では万鬼は倒せませんし、弾込めに時間も割けない状況、
 一人で持ち歩く銃の数などたかが知れてるのですから仕方ないでしょう。」

バンドレアの存在に気付いた万鬼達がマストをよじ登り始める。バンドレアは上から短銃を撃っては投げ捨て応戦するが万鬼達は気にせず登っていく。

「一度撃てば、ああなるわけですし。」
「やべっ、タオ何とかしろ!」
「彼はその覚悟を持ってやったのでしょう。
 自らの命と引き換えにでもバラントレイ殿の命を救うことのほうが、
 この戦況では価値があると。」
「覚悟できてるからって、つーか、そんな心意気見せられて見捨てられるか!」

ソムはそう叫ぶと手にした剣を投げた。
剣はマストをよじ登る一番先頭の万鬼をマストに縫い付けた。

「お見事。」

万鬼が武器を無くしたソムに迫る。ソムは地面に転がり落ちていた剣を拾う。

「タオ!お前ならバンドレアを助けられるだろ!」
「やってみましょう。」

タオは防衛陣から数歩踏み出すとマストへ向かった。

万鬼が襲いかかる寸前、懐に飛び込む。

「失礼。」

その万鬼はそのまま宙を舞い、マストによじ登っていた万鬼とぶつかる。
タオは次々と万鬼をマストにぶつけていった。

「"魔弾"を救い出すぞ!」

戻ってきたバラントレイの一団がマストへと切り込んでいく。
タオはその様子を眺めると、踵を返しレイブンのほうへ歩いていった。
迫る万鬼を軽くかわしながら、散歩する足取りでレイブンの前に立つ。

「手合わせを。」

レイブンが言葉にならない叫びをあげる。
タオはふと後ろに身体を流すと、つられて襲い掛かる万鬼をレイブンにむかって投げ飛ばした。
レイブンは一振りでその万鬼を両断する。人間業には出来ない膂力の賜物だ。

「なるほど。ではこれは?」

タオは再び万鬼を誘い、投げ飛ばす。レイブンがその万鬼を切り捨てるそのタイミングを見計らい、もう一体。さらにもう一体投げ飛ばし、掌底で加速させる。
レイブンは振り切った剣を引き戻すと、その勢いのまま飛んできた万鬼を払い、二体目を左手で受け止め、剣を返し切り裂いた。
それらの行動をほぼ一息で行い、両手の動きだけで三体の万鬼砲弾を捌いた。
体の軸は一切ぶれない。恐るべき手技の速さであった。

「良し。この程度で仕留められるような者ではないと。」

タオの言葉はどこか嬉しそうだった。
レイブンが吠えた。万鬼達はタオに襲いかかるのをやめた。
タオが万鬼の間合いに踏み込んでも微動だにしない。それは万鬼を砲弾代わりに使えないことを意味した。
タオ自身の筋力では万鬼を投げ飛ばすことはおろか、持ち上げることも出来ない。万鬼が襲い掛かってくる力の向きを操り、軸をずらし、重心を変化させることで投げ飛ばしているのだ。いわば万鬼自身の力で飛んでいるに過ぎない。万鬼が襲い掛からなければ万鬼を投げ飛ばせないのだ。

「1対1をお望みですか。」

タオはレイブンの周りを緩やかに廻りはじめる。
レイブンは剣を構えたままタオを正面に見据えるように足を入れ替える。

レイブンの剣技はイスクリマと呼ばれるシカラグァのレーグラント氏族領で伝わる剣技が元になっている。「払う」「掴む」「斬る」という動作を両手を用い、ほぼ一挙動で行うその技は、数多くの剣技の中でも優れた剣速を誇るが、万鬼と化したレイブンのそれは、もはや神速と言っても過言ではなかった。

二人の間合いが徐々に近づく。
徐々に二人の間の空気が張り詰めていく様がソムのところからも見て取れた。
しかしタオはその顔に微笑みを浮かべ、緊張を感じさせない。
余裕の表れか、はったりか。
対するレイブンは牙を剥いたまま、死者に闘争本能があるのかは不明だが、凶暴さを隠そうとはせず、それでも待ちの構えを取っていた。
間合いに入れば即斬るといった構えだ。
見つめあったまま、緊迫した静寂が戦場に満ちる。
いつ仕掛けるか、じりじりと時が過ぎてゆく。
数呼吸に過ぎない時間が、永劫に感じられたその時、船が揺れたその瞬間を見計らって、タオは膝の力を抜き、滑り出した。
動作の起こりを見抜けなかったレイブンは反応が一瞬遅れた。
気付いたときにはタオはレイブンの懐深くに潜り込んでいた。
その手はレイブンの腹に添えられている。

レイブンがタオに剣を振るうよりも先に、タオは足を踏み込んだ。
自らにかかる沈下力と、足先から全身を使い生み出す纏絲力を重ね、押し込む。
派手な音と共にレイブンの体が宙を舞った。


 *   *   *


ライは船倉に駆け下りる。
扉をノックしようとして、思い直した。乗客の精神状況でここを開けるとは思えない。説得する自信もなかったし、その時間も惜しい。何より、中がそんな余裕のある状況かどうか怪しかった。
ライは意識的に自らの構成を緩め、壁を透り抜けた。

そこには隅っこに転がる一人の少女と、それを庇うようにする神官。
そして、それと対峙するように手に棒やら思い思いの武器を手にした乗客の姿があった。

「その女がいたから、この船は化け物に襲われたんだ!」
「今すぐ仕留めろ!海に放り出せ!」
「落ち着きなさい。今この者を放り出したところでどうなるというんです?」
「どけよ神父さん。」

「…どうなってるんだ?」

ライが呆然と呟く。

「荷物の影にね、密航者がいたんですよ。それも女性の。
 で、誰かが『死者に襲われたのは女を船に乗せたからだ』って。
 まったく。恐怖に苛まれる人々は、時に面白い思考をするものですね。」

ライの横付近でモスタルグィアのエグバートが他人事のように言った。


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2010/03/12 20:09 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン
カットスロート・デッドメン 8/ライ(小林悠輝)
PC:タオ, ライ
場所:シカラグァ・サランガ氏族領・港湾都市ルプール - 船上

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「……なんていうか」ライは状況に相応しい言葉を探したが、どうも自分の語彙には見当たらなかったので、どうでもいいことを言うことにした。「幽霊に海賊に密航者にって、船旅の楽しみフルコースだよね」
「きみはジョークのセンスがないな」モスタルグィアのエグバートが鋭く言った。
「うるさいなぁ。きっと今は、場を盛り上げるよりは白けさせた方がいい時なんだよ。ねえ、そこのおじさん。どっちが正しいと思う?」
「は?」急に話を振られた乗客は目を白黒させたが、このくだらない会話にはあまり乗り気でないようだった。室内には敵意が充満している。この視線を向けられているのが自分でなくてよかったと考えながら、ライは騒ぎを見学することにした。
 手を出すにしろ放っておくにしろ、まずは状況判断だ。狂気に駆られた乗客が寄ってたかって密航者を八つ裂きにするというのは好ましくない自体だが、元より、密航は発見されればその場で海に放り込まれるものと決まっている。女であれば、秘密裏に奴隷商人に売り渡す船もあるかも知れないが。
 この船は、奴隷商人がいる港までは辿り着けないだろう。
 殺せと誰かが言った。海の神だの何だのと、それは船員たちの迷信であり、出発前までは乗客たちはそれを嘲笑っていたにも関わらず。踞る少女の前に立ちふさがる神父が彼らを止めていた。
「詩人殿は、どうする?」エグバートが呑気に尋ねた。口調には、幾らかの傲慢さが含まれていた。それは檻の鼠を眺める観察者のものに近かったが、残念なことに彼もまた檻の中にいる。本人が気づいているかどうかは知らないが。
「あなたは?」ライは周囲の音を意識から締め出してから問い返した。これは心臓が動いていた頃よりも随分と上手くできるようになったことの一つだ。
「さあ。こういう時、東部の人間はどのような行動を起こすのだろうか?」
「……シカラグァ人を、文明の遅れた蛮族だと思っているね」ライは声に、批難ではなく呆れを含ませて言った。
 エグバートは肯定せずに笑った。「彼らの国家は、野蛮な血筋からなる部族の集合体に過ぎない。近代まで続いた彼らの争いによって王朝は頻繁に代わり、文化は成熟しなかった。未だ、体に布を巻き付けるだけのものを衣と呼び、木の根を煮ただけのものを料理と呼んでいる」ライは遮った。苦笑で告げる。「これが教師とは、生徒が可哀そうだ」
 エグバートは無言で苦笑を返した。
 騒ぎに意識を戻すと音が戻った。罵声ばかりの膠着状態は続いていたが、ライは先程よりは密航者に好意的になっていた。神父がこちらにさっさと手伝え的な恨みがましい視線をちらちらと向けてきていたし、放っておいては隣の傲慢な男と同類になりかねない。
 この場で一人くらい切り倒せば静かになるだろう。馬鹿な思いつきと同時に、自分がまだ抜き身の剣を持ったままでいることに気づいた。ライは手の中で柄を回し、剣を空に溶かした。
 無頓着に、神父と少女へ近づいていく(生身だったら絶対にやらないが)。状況の変化に、騒いでいた乗客たちの声のトーンが僅かに落ちた。結局、自分もある程度は怖がられているのだろう。もう少し怖がらせれば黙るかも知れない。
「楽しそうだね」
「主は我らに苦難ばかりを賜る」
「それを喜んで受け入れるのが聖職者でしょ?」
「残念ながら私はマゾヒストではありません」神父はきっぱりと言った。ライは思わず笑った。周囲の空気は一向によくならないが。
「上で」ライは笑いながら、しかし叩きつけるように言った。「傭兵や船員が死に物狂いに戦ってる。何人かは死んだ」
 乗客たちは不穏な言葉にざわめいた。「ここに、この、痩せて、薄汚れた、惨めな子供を殴り殺せるような勇気のある戦士がいるなら、今すぐ甲板に上がって彼らを助けるべきだと思うけどね」
「黙れ、こいつのせいで海の女神が――」
「たかが女だろ!?」ライは怒鳴り返した。神父がぎょっとした顔をした。「女神だろうが密航者だろうが、どっちも女だ。片方が怖くて片方は怖くない? 大の男が笑わせるな。大体、ここにはイムヌスの神父がいる。異教狩りの専門化じゃないか。彼は少女殺しよりもっといい方法を知っている。密航者を殺すより、こいつを甲板に叩き出すのを先にした方がいい」
 神父は批難の目を向けた。「……幽霊詩人殿、私は異端審問官では……」
「本当に?」ライは苛立から鋭く問い返した。とりあえずこの場をなんとかできればそれでいいと思っており、口裏を合わせて欲しかっただけだが、神父は一瞬、言葉に詰まった。ライは藪から蛇を出した気分になった。思わず嫌な顔をすると、相手もそれで失敗に気づいたらしく、はぁと嘆息した。
「……修行が足りないようですな」
「……僕も軽率過ぎたよ。とりあえずここなんとかして上に行こうか」
 乗客が口を挟んだ。「俺たちを見捨てるのか?」
「見捨てる?」ライは問い返した。「守るために、上に行くんだ。今のところここには何の危険もない」
「壁を破って敵が来たらどうする」
 そんなの、最下層に穴を開けられたら船が沈むに決まっている、と思った。護衛達はあまりにも多くの海賊を海に投げ落としたな、とも。或いは彼らは実際に外側に張り付いているのかも知れない。悪い想像ならいくらでもできる。できないのは証明と対処だけだ。
「馬鹿な」ライは吐き捨てた。

 結局、神父が何か上手いことを言って煙に巻き、ライと神父と密航者の三人は、追い出されるように外へ出た。扉の向こうでは、再びバリケードを積み上げる音がしている。
 少女は俯いたままがたがた震えており、それは恐怖のためだけではないように思えた。「ずっとあそこにいたのですか?」と神父が尋ねた。少女は頷いた。
 ライは肩を竦めた。「生憎、ここには温かいスープもパンもない」
 少女はびくと震え、神父にしがみつき、こちらを見上げてきた。神父が、批難がましい声でこちらを呼んだ。「随分と機嫌が悪いようですな」
「機嫌?」ライは問い返し、自分の感情を測ってみたが、確かに機嫌はよくなかった。気が立っている。ついでに、いつの間にか輪郭が乱れていた人の姿を、意識して結び直す。少しはまともに見えるはずだ。「悪いよ。今の状況を喜ぶようなマゾヒストじゃないから」
「誰もそうではないでしょうな」
「わかった」ライは意味のない嘆息で反省を示した。少女に「怖がらせてごめん」と謝った。上に戻ると告げると、少女に呼び止められた。弱々しい声だったが、辛うじて聞き取ることはできた。
「……父さんは、無事?」
「誰のこと?」ライは問い返した。神父が、父親に用があって密航したのかと問うた。少女は躊躇ったが、頷いた。「父さんは船員よ。港に寄った時、船は一週間も停泊してたのに、父さんは一度も帰ってこなかった。会いに来ても追い返されたから、忍び込んだの」
 彼女の口調には下町の響きがあり、端々には鋭さが感じられた。普段であれば気の強い性格なのだろう。喋っている内に立ち直ってきたのか、少女は神父の手を取って立ち上がった。
「それで密航とは度胸があるね。船が動かない内には帰れなかったの?」
「……あの日が出港だなんて知らなかったのよ」少女はむすっとして答えた。ライはそれは嘘だろうと思った。彼女はさりげなく目を逸らしたし、船員の娘が船内の様子で出港に気づかないとは思えなかった。
「父君とはどなたのことです?」神父が尋ねた。少女は答えた。「トビーっていうのよ。巨人のトビアス。あたしとおなじ青い目をしているの」
 ライと神父は視線を見合わせた。二人とも、彼とは何度か、おなじ賭博の卓についたことがあった。まだ若く、豪快で、傭兵達にも負けない立派な体躯と、潮に喉をやられたがらがらした声を持っていた。ライが先に目を逸らした。彼が上で殺されたことを、二人のうち、ライだけが知っていた。
 そういえば彼は生前、せっかく故郷に寄ったのに家へ帰れなかったというようなことを言っていた。ライは彼は多忙のあまり帰る暇もなかったのかと思ったが、違うのだろうか。
「……トビーか。彼には金貨を二枚も負けた」ライは声を絞り出した。「まだ海賊が降りてきてないってことは、護衛がまだ戦ってるんだと思う。探すだけ探してくるよ」
「あたしも行く!」
「駄目ですよ、お嬢さん」神父が彼女の腕を押さえた。「上は危険です」
「その半分でも僕の心配をしてくれてもいいと思うけど」ライはぼやいた。神父は呆れた顔をして、従順な子羊に神のご加護を云々と祝福をくれた。ライは大凡の悪霊の類がするように、その場から退散することにした。
 踵を返すと、目の前に、潰れた顔があった。それはライを無視して神父と少女に飛びかかった。剣を抜くには間に合わない。半ば反射的に襲撃者の背に手を伸ばし、活力の源を奪い去る。魂だが生気だが、そんなようなものを失った死体がどさりと倒れた。
「……ひ」少女が喉の奥で声を上げた。
 倒れているのは、先程、船室の窓を目張りしている時に死んだ乗客だった。あの場に横たえられて放置されていたのがアンデッドとして立ち上がったに違いない。神父の祈りで防げなかったのが残念だが、東西では宗教観念や魂の概念が異なるようなので仕方がない。
「死んだ……?」神父は悼ましさと疑わしさが入り交じった視線で死体を見下ろした。ライは「貸し二ね」と言って甲板へ向かった。
 そして二人の姿が見えなくなってから、あーと声を上げて頭を抱えた。死人の魂など食うものではない。吐気がする。東西問わず二度とやるまい。いくら手応えが気持ち悪かろうが剣でやった方がマシだ。
 ふらふらと甲板に出る。戦いの物音は絶えていなかった。ライは安堵して知った顔に話しかけた。「生きてる?」
「なんとかな」三十歳過ぎの、黒髪の傭兵が呻いた。彼は左肩に裂傷を負っており、その周囲はドス黒く変色していた。他の傭兵達も似たような有様か、死んで転がっているか、無傷でも酷く疲労しているかだった。
「お前こそ死んだような顔してやがる」
「食あたり。おじさんも注意しなよ」ライは敢えて笑って答えた。
「飯か。それも悪くないが」傭兵は苦笑いし、ここを守るのが仕事だと答えた。船室に一人の脱落者の姿もないことは不思議だった。前線を見れば状況が芳しいようには見えないが、士気は高い。
「金貨三枚で人生を棒に振る気?」
「そう思うなら返せよ」傭兵は笑って鎚戈を構え直した。その先端は不安定に上下した。
「次は勝てばいい。手加減はしないけど」ライは苦笑を返した。死ぬつもりの人間と話すと神経が擦り減る。自分はこのような場所にいるような人種ではないはずだ。見てわかるような死地とはそれなりに無縁に過ごしてきた。
「そうだな、次は勝とう」
 ライは答えるべきか迷った。
 不意に、誰かに呼ばれたような気がした。視線を巡らせたが、戦列の先には篝火と霧、襲い来る海賊たちしか見えない。その海賊たちの攻勢が幾らか収まり、反撃に出ようとした護衛たちを、指揮官の声が押さえ込んだ。命令を下しているのはバラントレイだった。彼は集団を指揮することに随分と慣れているように見えた。嘗てはどこかの正規軍にいたか、或いは自分の傭兵団を持っていたのだろう。
 ライは霧の先を見通そうとしたが、失敗した。自然のものでないためか、視界が効かない。
 やがて、霧の中から海賊たちが飛び出してきた。ライは人間よりは幾らか先に彼らの姿を見て取った。或いは、目のよい者は同時に気づいたかも知れない。どちらにせよ、一瞬は目を疑ったので、大差はなかった。
 海賊たちは、中央の者を先頭にに、両翼に数人を並べ、見事な突撃陣形で突っ込んできた。

2010/06/15 01:14 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン

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