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2024/05/16 17:37 |
カットスロート・デッドメン 6/ライ(小林悠輝)
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PC:タオ, ライ
場所:シカラグァ・サランガ氏族領・港湾都市ルプール - 船上
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「ああ……もう、面倒臭いなぁ」
 ライは振り向きざまに投矢を放った。砲門の穴から這い出ようとする海賊の額に命中し、重量と勢いによる反動で頭を仰けぞらせる。「蓋して! そこらへんの箱や樽でいいから!」
 声を上げるが、怯えた乗客は動かない。ライは舌打ちした。その間にも海賊は体勢を立て直し、船内へ乗り込んだ。投矢は既に消え、額に穴を開けたまま、痛みは感じていなさそうだった。乗客たちが悲鳴を上げ、狭い空間を逃げ惑う。
 ライは、戦うには彼らが邪魔だなと思いながらこぼした。「……本当、面倒臭い。なんで船に乗ると必ず海賊に襲われるのさ」
「きみは守り神じゃなくて疫病神だったのか」急に声がしたので横目にすれば、モスタルグィアのエグバートが感心したような表情で海賊を見ていた。
「何、馬鹿なこと言ってるの?」
「あれは万鬼だな。東方のアンデッドだ」
「へぇ」ライは無関心に答えて海賊に向かった。放っておくわけにもいかない。「爪に毒があるぞ」「だから?」背後からの声に問い返し、今まさにその爪を乗客に向けて振り下ろそうとしていた海賊の背に、抜き様の剣で切りつける。実体のない刃は血の気のない肉に食い込み、物理的な傷はつけられないまま、内部の魂か精神だか大体そんなようなものを裂いた。
 刃を通して、腕に何かが絡みつくような手応えがあった。ライはぞっとして剣を引く。
 海賊は糸が切れたように倒れ、動かなくなった。
「あ……あ……?」襲われてた乗客は腰を抜かしたままがたがたと震えている。視線は海賊の骸にあった。ライは、こんなものは何でもないのだと示すように海賊の背を踏みつけた。乗客は怯えた目で顔を上げる。
 ライは言った。「……穴、塞いで。壊れてないところも。たぶん砲はもう使えないからどかしていい。じゃないと、これがまた来るよ」
 乗客はすぐには反応できず、周囲に救いを求める視線を泳がせた。他の乗客たちは何の役にも立たなかったが、神父がやたらと重々しく頷いた。聖職者が言うならと、数人が躊躇いながらも動き出した。
 行動が始まれば早かった。絶対的な危険に対して、自分たちでも何らかの対処を行うことができるのだという希望は、どうやら活力に繋がるらしい。作業の途中で二度、海賊が乱入したが、犠牲者は一名にとどまった。襲ってくる海賊はライが仕方なく倒したが、海賊が突き破った砲門の蓋に板を打ち付けようとしていた者だけは助けられなかった。彼は蓋を裂く爪で頭を共に引き裂かれ、即死だった。
 神父が彼のために祈った。哀れな犠牲者の為というよりは周囲の人々を落ち着かせるためだった。
 ライは剣を消して右の腕をさすった。粘つく糸が絡みついているような気味の悪さがまだ残っている。アンデッドを斬ったことは何度もあるが、何の手応えもないことが常だった。この感触が東方アンデッド特有のものだとしたら、本当、勘弁して欲しい。
「底層は無事みたいだ」と乗客の誰かが言った。「窓もないし、頑丈だから、立て篭れるかも知れない」
「荷は?」エグバートが尋ねた。彼の落ち着きは幾らか憎たらしく感じた。
「小さいのを幾らか、ここの窓を塞ぐのに運び出した。お陰で余裕がある」
 何人かは迷ったが、少しでも完全な場所へ避難したいと求める乗客たちの希望に寄って、彼らは底層へ移動した。がらんとした空間に、波音と甲板の騒ぎが響いている。
 ライは上へ向かった。頭上から、人間の声がほとんど聞こえなくなっていることが気になったのだ。

 階段上に、赤髪の後ろ姿が見えた。
「健闘してるね」
「まあね。手伝いに来たのか?」
 ソムは息を切らしながら問い返してきた。その間にも彼に向かって剣を振り下ろしたのは、護衛仲間の一人だった。嫌に蒼白な肌。顎を掠め、喉元に牙の痕が残っている。ソムは身を翻して躱し、そのまま後退した。「ちょっと休憩」と言って彼は左手を上げる。ライはぱんと掌を合わせて代わりに前に出て、ソムを追おうとした元仲間を斬り倒した。
「って、なんで普通に手伝わせるの!?」
「殺された連中まで起き上がって襲って来やがる。剣で殺せないから一々バラさなきゃいけなくて体力が持たない。ところでそれ魔法の剣か?」
「実は剣じゃないから貸せない。味方は何人残ってる?」
「バラントレイとレットシュタインは残ってるだろうが、後は知らない」
「レットシュタイン?」
「あー、タオ」
「なんでわざわざ長く呼ぶの?」言いながら、新手がソムに襲いかかるのを、横から喉元を裂いて倒す。死体には傷ひとつつけていないが。
「“ちいさくて強いお兄さん”より短いと思うね」ソムはぼやいた。彼は、はあと息を整えた。「よし、サンクス」
「じゃあ頑張ってね。あ、乗客は底層の倉庫に立て篭もってるけど、あの怯えようじゃあ、扉叩いても開けてくれないと思うよ」
「退いたら死ぬってはっきり言えよ!」
「他の人と合流したら?」
「ここ空けたら、ヴァンプが下に雪崩れ込むだろ」ソムは嘆息した。「まったく、戦闘狂は自分が楽しみに行くことにしか興味がなくて困るね。護衛の仕事だって忘れてんじゃないのか」
「じゃあ誰か呼んでくるよ。甲板上に、他に守るところはもうなさそうだし」
 ライは彼の元を離れた。離れる間際、また、他の海賊がライの横をすり抜けてソムに向かって行った。ライは違和感を覚えてその後ろ姿を眺め、船室への出来事を思い返した。他の人間を襲う海賊ばかりを横から倒してきた。直接、襲われてはいない。どころか、海賊たちはこちらに注意を払いもしない。
(……このアンデッド共には、僕は見えていない?)
 ライは近くにいた海賊の目の前にひらひらと手を翳してみたが、海賊は無関心のまますっと余所へ行ってしまった。折角なのでそれを背中からばっさり斬りつけてから、甲板上を見渡した。霧のために見通しは悪い。
 死体が重なり、その幾つかは起き上がろうと身悶えしている。切り落とされた四肢や頭部があちこちに転がっている。灯火は倒れ、幾つかは消え、幾つかは死体や木材に引火し周囲を照らしていた。
 周囲を覆う血と死の臭い。霧となって立ち上る瘴気。
 見上げれば絢爛な夜空だった。無数の星屑、白い満月。
 ライは船員の死体を乗り越えた。そして気づいた。下には乗客だけが残されていた。甲板上に立っているのは数人の護衛だけだ。たとえ、海賊たちが諦めて去ったとして、誰がこの船を陸まで動かすのだろうか?
(船長とか……が、指示すれば、一般人にも船は操縦できるのかな)
 そんなことはないだろう、船は漂流する棺桶に成り果てるだろうと思いながらも、考えずにはいられなかった。考えて、ライは踵を返した。妙な不安を抱きながら船長室へ向かう。
「おや、幽霊詩人殿?」歩く間に声をかけられた。ライは相手を確認せずに答えた。「悪いけど急いでる。――いや、そこから動いちゃいけない理由がないなら、一緒に来て」
 背後から、人の気配が続いた。ライは船長室へ向かった。途中、背後で何度も短い戦いの音がした。
 扉に嵌められた硝子はただ黒く沈黙していた。乱暴に真鍮のノブを回したが、がちゃがちゃと音を立てるばかりだった。
「開けるのですか?」
「そう」ライはノブから手を放し、鍵と思われる部分を蹴りつけた。扉は悲鳴を上げたが、表面を潮に焼かれた木材は存外に上部らしく、びくともしない。
「僕、出港してから一度も、船長なんて見てない。客や護衛には他の偉い船員が挨拶したりしてたし、船員の統括もしてた。大きな船だから、船長が人前に出ることはないのかとも思ってたけど……」
 破裂音がして、鍵が爆ぜた。ライが驚き振り向くと、壊れた扉に掌底を当てたまま、タオが立っていた。ぎいと轢みながら扉が、開いた。中は暗闇だった。
「そういえば、空、見た?」
「霧で見えません。何かあるのですか?」
「……いや、何でもない」言いながら、扉の奥に視線を向ける。タオが背後を振り返り、どさとまた屍が倒れる音がした。
 ライは船長室に足を踏み入れた。暗闇には、熟れたような腐臭と、霧の冷気が満ちていた。一瞬、酷い眩暈に意識を失いかけたが、それでも足を進めれば、奥の異常は明確だった。そこにあるものを、視覚ではない感覚で理解していたが――ライは手を伸ばして卓上灯に火を入れた。
 橙の火に照らし出されたのは、奥の机に座した腐乱死体だった。元は質のよい衣装であった布は腐汁を吸って染まり、食み出た肉は半ば溶け、骨の間を滴っている。爛れた筋肉を蛆が這い、羽化して飛んでは地に落ちる。足元には、無数の蝿の死骸が積み重なっている。
「……」後退りすると、乾いた蝿の死骸ががさと鳴った。目の前にあるのは死体だった。船長室に破られた形跡はなく、死から短くはない時間が経っていると思われた。出航前から。あり得ない。これでは、海賊と、どちらが幽霊船だかわからない。
「幽霊詩人殿」
 外から声を掛けられた。ライは視線だけで振り向いた。状況の不自然さが、腐乱死体に背を向けることを拒ませた。「死んでる」ライは答えた。「死んで、腐ってる」
「……用事は済みましたか?」
「用事」タオの無関心さに苛立を感じながら呟いた。用事。ここに来て、何かをしようと思っていたわけではない。ただ確かめたかっただけだ。船長が生きているのか、いないのか。或いは、実在するのか、しないのか。ついては――ここは船上なのか、棺中なのか。
 それでも、用事などなかったと言うのはなんだか癪で、ライは答えた。「もう少しかかる……けど、さっきソムがへばってたから、先に見に行ってあげて」
「彼はどこに?」
「船室に降りる階段の前で護衛らしいことしてるよ。中には客がいるから」
「……わかりました」
 ソムの気配が遠ざかった。ライは躊躇いながらも、机へ近づいた。蝿の死骸に埋もれて、一冊の本が置かれていた。これが、よく聞く航海日誌というものだろうかと思いながら、ライはそれを手に取った。
 未だ気味の悪さが絡みつく右手。黒点のような死骸を払い、朽ちた黒革の表紙に触れる。
 指先から、凍えるような冷気が伝わった。
 ライは反射的に手を放した。指を縁にひっかけてしまい、本はばさと音を立てて開いた。虫に食われ、腐った羊皮紙。記されているのは、日付と航路、風向きと、やはり、想像していた航海日誌そのものだった。

“――2000 風力3、雲量3以下晴れ、やや波がある
   2030 航海灯異常なし。巡回点検異常なし   ”

 内容には変哲がないように見えた。日付は、八年前だった。
 ライはそのことに気づいて青ざめた。途端に外から風が舞い込み、本の頁がばらばらと捲れた。撒い上げられた蝿が黒い嵐のように荒れ狂った。部屋中の調度が倒れ、風に弄ばれた腐乱死体から肉と汁が飛ぶ。ライは咄嗟に目を庇ったが、実体のない亡霊にそれらの物理的なものが危害を及ぼすことはなかった。染み入るような気味の悪さに目を細める。
 乱れた部屋で、机上の本だけがそのままあった。

   “おお、我が神よ。貴方の言こそ真であった。
     水も尽き、皆は争って死んだ。
      今や生は苦痛に過ぎぬ。我ら罪深き者には死こそが救い。

                 ミランダ、すまない。帰れぬ私を許してくれ。”

 外で、誰かが一際高い悲鳴を上げた。甲板からにしては遠い声だった。
 ライは身を翻して外へ出た。海風はますます強く、霧は深かった。
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2010/02/20 22:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン

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