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2024/05/17 00:01 |
カットスロート・デッドメン 2/ライ(小林悠輝)
件名:

差出人: 小林さん "小林"
送信日時 2010/01/05 18:11
ML.NO [tera_roma_2:0947]
本文: PC:ライ
場所:シカラグァ・サランガ氏族領・港湾都市ルプール - 船上

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 海の男は勇敢だ。しかし同時に迷信深くもある――これは生きる場所を限らず、
生死の境界に近い人間に共通の特徴かも知れない。沖に異界があり航路には海賊が
出るという海域を渡る武装商船は、随分と物々しい様相でありながらも、護衛のた
めに近隣から掻き集められた歴戦の冒険者や傭兵たち、船員や他の乗客たちの中に、
一人として女性の姿はなかった。
「海は女だ。気まぐれな女神様だ。その癖、男の浮気には厳しいと来てる」船員は
志願した女剣士を追い返す際、手垢の付いたその言葉を引用した。「わかるか、嬢
ちゃん。美しくも恐ろしい俺たちの恋人は、手前ェのような可愛い顔の小娘を見つ
けた日にゃ、船ごとひっくり返しちまうのさ。陸の上でなら幾らでも乗せてやるが、
海は駄目だ。帰れ帰れ」
 そこで船員と女剣士との間で一悶着がありつつも、船は無事に出港の準備を終え
た。当然、船上の顔ぶれに例の女剣士の姿はなかった。

「女の一人でもいないと、演奏のし甲斐がないね」
 ライがぼやくと、近くにいた乗客が苦笑した。「残念だ。船旅なんてのはただで
さえ娯楽が少ないってのに」
「仕事はするよ、もちろん。それが乗船券だ。楽師は曲で支払う」ライは乗客を横
目にした。相手は体躯の細い学者然とした男だ。年は四十前だろうと感じられた。
男はにやと笑った。「そうだろうかね。迷信の賜だと思うが」
 ライは外套のフードを上げながら、肩を竦めた。明確な像を結ばない指先を横目
に尋ねる。「迷信? 生憎、海にはあまり縁がなくて、詳しくないんだ」
「幽霊船」男は声を落とした。
 ライは僅かに眉根を寄せ、「出るの?」と問うた。
「違う、違う。ここらの海賊は殺しても死なないって噂だ、物騒なことに。それは
別に、ようは、人工的な幽霊船の風習があるのさ――東海岸だけのね」
 男はそこで気づいたように帽子を取って会釈し、「モスタルグィアのエグバート
だ。シカラグァの文化の研究のために来ている。普段はここから東に三日ほど行っ
た村で教鞭を取っている」
「僕は見ての通り、旅の楽師だ。あなたは随分と遠くから来たね」
「いろいろあるのさ、この船旅がうまく行けば久々の里帰りだ。で、幽霊船の話だ
がね、想像するほど物騒なことじゃない。普通、船旅の最中で不幸に遭った船員は
水葬にするが、余りにも多勢が犠牲になった時には、ひとりだけ、その中で最も船
長に忠実だった船員の死体だけは残しておくのさ。そうすると、その船員の幽霊が、
海の怪異から船を守ってくれるってわけさ」
「“生者の船に、亡霊は一人しか乗れぬ”」
 それだ、とエグバートは頷いた。
「それ自体は漁船に先祖の骨を括りつける南の未開人の迷信だが、最近、シカラ
グァの船乗りにも伝わったらしい。それが腐乱死体を投げ捨てない理由になったの
さ。衛生的によくないと思うんだがねぇ……だから君は一種の守り神扱いだ、幽霊
詩人君。臭い死体を乗せる必要がなくなったのだからね。西の国々では考えられな
いことだが、そもそもシカラグァ周辺の東方の伝承に登場する幽霊と言うものは、
私たちの知るものとは少し異なっていて――」
「腐乱死体ほど臭くない自信はある」ライは苦笑してエグバートの話を遮った。長
くなりそうだったからだ。「死体より余程うるさいけど……ん?」
 不意に視線を感じ、振り向く。遠目にも物騒な護衛の男たちの集団で、二人から
こちらを見ている。ライは外套の下から弦楽器を取り出し、大仰に一礼してみせた。
男二人は興味をなくし、視線は逸らされる。
「それはリードリースの楽器か」エグバートが言った。
「そう、最近知人になった旅人に教わったんだ。出港したら聞かせてあげるよ」
 ライは会話を切り上げた。どうもこの男は好かない。異国の文化を標本にして観
察する自分に酔っているように見えて。



 船旅とは退屈なものだ。海は青く、空は青く。遠ざかる陸地、濃厚な潮の香り。
ぎいぎいと板が波にこすれる音、船員たちの怒号じみた合図。出港直後はどれも目
新しく刺激的だが、三日を過ぎると早くも飽きが来る。
 適当な樽に腰掛けて弦を調律していると、頭上を影が滑った。見上げれば、白い
翼の海鳥が、青の間を飛んでいく。
 その光景に既視感を覚え、そしてすぐに前の船旅を思い出した。あれはソフィニ
アの北からの出港で、コールベルへ向かう航路だった。どれだけ前かは、はっきり
と記憶していなかった。意識を過ぎった長い黒髪の残像に苦笑する。
 手持ち無沙汰に楽器の弦を調律しながら、耳に残る舟歌を口ずさむ。低吟は風に
溶けた。ざらつく声を止める。空は青く、景色に変わりはない。乗客や護衛の何人
かが船酔いで死んでいたが、それをからかうのも飽きた。
 とはいえ、船とは巨大な密室であるという。密室に大勢が集まると――暇つぶし
となる事柄は、自然と発生するものだ。

「おっかねえなあ」隣で声を上げたのは、傭兵の一人だった。
 ライは彼の指し示す先へ目をやった。
 少しばかり離れた場所、先程まで護衛の男たちが集まっていた甲板の一角が何や
ら騒がしい。どうやら穏健でない状態にあるらしく、数人が取り巻く中で、巨躯の
男と小柄な男が向い合って立っている。小柄な男のあまりやる気のなさそうな表情
から、喧嘩というよりは一方的に吹っかけたものであろうとは予想がついた。
「おっかないねえ」ライは答えた。「参加しないの?」
「馬鹿言えよ。何を好きで無駄な怪我なんかしなきゃいけないんだ。優雅な船旅、
塩気の強い飯、そして海賊が出たら適当にちぎっては投げ小銭をもらう。それでい
いだろ」傭兵はつまらなさそうに言った。
 わざわざ幽霊と雑談をしようと考えるのは、真面目さを向ける方向を間違ってい
るか、そもそも真面目に生きていない人間ばかりのようだ。真面目に生きていれば
近寄ってこないか、どうして地上に留まっているだの未練がなんたらだのと面倒く
さい説教や詮索をしてくるかのどちらかだ。
 大抵、厄介なのは常識ではなく正義感の方だが、これが意外と多い。特に聖職者
に。余計なお世話だ。
 常識と正義感のどちらもあまり持ち合わせていなさそうな傭兵は、「どっちが勝
つと思う?」と問いかけてきた。護衛たちは場所を空け、問題の二人は相変わらず
立っている。巨躯の男が何やら挑発めいた笑い声を上げたが、強く吹いた潮風のせ
いで意味までは聞き取れなかった。
 ライは二人を眺めた。どちらもそこそこ強そうだ。というのはわかるが、そこそ
こ以上の戦士の技倆を計る方法については詳しくない。なんとなくわかったのは、
隙がなさそうなのは小さい方だということだった。一見は無防備であるのに、どこ
から打ち掛っても容易くいなされそうだ。これは自分がよく知っている戦い方との
相性もあるだろうが――つまり、直接武力では暗殺しにくそうだ。
 そんなことを考えていると、小男がちらと視線を向けてきた。ライは虚をつかれ、
一瞬の後で、手をひらひらと振って応援の仕草を返した。相手はもうこちらを見て
いない。
「ちっこい方だと思うのか?」隣の傭兵が尋ねてくる。
「どっちでもいいけど……じゃあ、ちっさい方で」ライは答えた。彼がこちらを見
たのは十中八九は偶然だろうと思えたが、殺気にも満たない多少物騒な想像の気配
に感づいたのだとしたらおもしろそうだからだ。サーガの主人公でもあるまいが。
 どこかで見たことがあるような気がする、と記憶を手繰る。昨日、一瞬だけ目を
合わせたときからの違和感だ。ライの知人は、どちらかといえば彼の敵の巨躯の男
の方や隣の男のような、夜毎に酒と賭け事に興じるような人物ばかりなので、接点
はないはずだが。
「いくら賭ける?」傭兵が尋ねた。
「そうだな……昨日の勝ち越し金の半額でいいよ」
「みみっちいな。全額いこうぜ」
「胴元を立ててくれれば考える。もう始まるみたいだけどね」
 ライは即席の試合場を指した。

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2010/02/05 00:44 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン

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