PC:ジルヴァ ラルク マックス
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ギルダーさーん、無事じゃないでしょー?」
ノックもなしに戸が開き、顔だけ出したのはこの安宿の中でも若い店員だ。
「あー、とりあえずおとなしく寝てようかと思うんですけど」
ラルクが横になった体を半分起こしながら返答すると、その娘はむっと口を
尖らせた。かわいいと言えなくも無いが、ローティーンではないのでかえって
子供じみて見える。あまり稼ぎの無いラルクの世話を良く焼いてくれる、ちょ
っと変わり者と評判の娘だった。
「やっぱり無事じゃないじゃない。気功師さん連れてきたから入るわよ」
いつものように返事も聞かぬまま部屋へと入る姿に苦笑しながら、ラルクは
至極当然のこととしてそれを受け入れた。
「もう寒くなってきたというのに、濡れたまま放置したらどうなるかも分から
ないんですか」
「あ、この人いつものことなんです。気にしないでください」
「しかし、熱を下げるくらいなら出来ますが、抵抗力が弱っているので食で補
わないとまた倒れますよ」
「私が責任もって雑炊食べさせますから、とりあえず熱を下げてあげて」
「そうですね」
当事者であるラルクがまったく会話に入り込めないまま、小さな髭を鼻の左
右に垂らした男が手をかざす。
なんだかあったかくて、やわらかくて、気が抜けて、眠くなった。
うつらうつらしていると、額をぺちっと叩かれる。
「……え、あれ?」
「もうとっくに帰ったわよ。ほら、雑炊食べなきゃ」
思ったよりもぼんやりした時間が長かったのか、娘は一人用の小さな土鍋で
作った雑炊を、枕元に置いていた。
「……あーんってしてあげよっか」
体にまだ力はみなぎらないが、確かに頭がすっきりしてきて気分がいい。自
分で額を触るが、熱くない。自力で体を起こして、ゆっくりと伸びをした。
「いつも心配ばっかりかけてごめんねー。大丈夫そうだから自分で食べるよ」
「そう……」
娘はほんのちょっと口を尖らせたが、ラルクは逸れは彼女の癖だと思ってい
たので気にも留めていなかった。小さな声で「わーい」と言いながら、土鍋の
蓋を開ける。
「……コレ、何雑炊なのかなぁ」
「キノコ雑炊」
「へぇ……君が作ってくれたの?」
「もちろんよ。文句ある?」
キルドランクが低くてもレンジャー技能の高いラルクには、非常に心当たり
のあるキノコがあった。それは強い幻覚作用があり、食用としてはかなりの美
味らしいのだが、惚れ薬的効能がある。……いわゆる桃色キノコだ。
「このキノコ、どうしたの?」
数種類のキノコに混ぜてあっても、雑炊の中でほんの少量でも、雑炊全体を
桃色に染めるほど自己主張の強いキノコを見間違えるはずが無い。
小さく刻まれたかけらを木製のレンゲで取り出し、彼女の前に差し出す。
「八百屋のおばさんが取って置きの滋養強壮薬だよって……」
語尾が小さくなり、視線を逸らしがちなのは「何も知らなかったから」か、
それとも「すべてを知っていて使ったか」だ。
「もー、僕を実験台にしちゃ駄目ですよ。別の創作料理の実験はもっと元気な
ときに付き合いますから」
せっかく作ってもらったとはいえ、あの幻覚作用の強いキノコを食する気分
にはなれない。ラルクはそっと土鍋を下ろし、丁寧に蓋を被せた。
「私がせっかく作ってあげたのに食べないのー!?」
「あはは、これは僕が食べるわけにはいきませんねー」
「なんでよっ」
「振り向かせたい男性が居るのなら、直接食べさせたらいい。この実験にはさ
すがに僕も付き合えません」
さて、にっこり笑うラルクはしたたかなのか鈍いのか。
何も言えない彼女の横でテキパキと布団を上げると、ラルクは外へ出る身支
度を始めた。
「病み上がりがどこに行くってのよっ」
「さー?創作料理の実験台にされないところで栄養補給をしますー」
「気功代、立て替えた分はツケにしておきますからね!!」
「わー、本当に助かります。ありがとうー」
「この街で他の宿に泊まったり出来ないように根回ししてやるんだからー!」
「あ、それ必要ないです。”味方殺し”のギルダーを受け入れてくれるところ
なんて、ココぐらいだから。いつも助かってるんですよー」
にっこり。相変わらず口を尖らせる彼女を置いて、ラルクは寒くなってきた
通りへと出て行った。
甘いものが食べたいが、栄養の付くものを食べておかないと本当に翌日が辛
くなるので、なーにを食べようかなーとぼんやり考えながら歩いていると、黒
い人が凄い勢いで走り去っていく姿を見た。あ、黒蜜いいなぁ、でもお菓子じ
ゃなくてちゃんと料理を食べなきゃ……なんて考えていたら、今度は「滋養と
健康のためにかぼちゃを食べましょう!」という八百屋の売り込みの声が聞こ
えた。かぼちゃー、かぼちゃー、かぼちゃぷりんー。あ、かぼちゃは普通に煮
物とかスープにしても甘いか。その辺で手を打つか。でも魅力的だなぁ、かぼ
ちゃぷりんー。
「何やってんだい!!」
怒鳴り声で現実に引き戻されたラルクが見たのは、ジルヴァと、彼女に連れ
られてきたのであろうマックスの姿だった。
「あんた、部屋でおとなしく寝てるはずだろう?」
「あー、親切にも宿の人がカフールの気功師呼んできてくれたので、今から夕
飯食べに行くんですよー。ほら、顔色もだいぶ良くなったでしょう?」
「威張るんじゃないよっ」
げしっ。やっぱり杖で殴られる。でもラルクは笑った。きっとこれはこの人
なりのコミュニケーションなのだ。だってほら、前ほど痛くないし。
慣れ、という言葉の存在を忘れかけているラルクは、やはりまだ完治してい
ないのかもしれない。
「お二人も今から夕飯ですかー?」
「そんなに早く食えやしないよ!」
「ええ、まあ」
「じゃあ、せっかくまた会えたので、一緒に行きましょうよ」
「食後にうまい菓子を出してくれる店じゃなきゃヤだ」
「うーん、僕は安い店しか知らないので……」
それが当たり前のように三人で歩く。
ラルクは一人で歩く事が本当に多かったんだなぁ、長かったんだなぁと幸せ
を噛み締めていた。
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
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「ギルダーさーん、無事じゃないでしょー?」
ノックもなしに戸が開き、顔だけ出したのはこの安宿の中でも若い店員だ。
「あー、とりあえずおとなしく寝てようかと思うんですけど」
ラルクが横になった体を半分起こしながら返答すると、その娘はむっと口を
尖らせた。かわいいと言えなくも無いが、ローティーンではないのでかえって
子供じみて見える。あまり稼ぎの無いラルクの世話を良く焼いてくれる、ちょ
っと変わり者と評判の娘だった。
「やっぱり無事じゃないじゃない。気功師さん連れてきたから入るわよ」
いつものように返事も聞かぬまま部屋へと入る姿に苦笑しながら、ラルクは
至極当然のこととしてそれを受け入れた。
「もう寒くなってきたというのに、濡れたまま放置したらどうなるかも分から
ないんですか」
「あ、この人いつものことなんです。気にしないでください」
「しかし、熱を下げるくらいなら出来ますが、抵抗力が弱っているので食で補
わないとまた倒れますよ」
「私が責任もって雑炊食べさせますから、とりあえず熱を下げてあげて」
「そうですね」
当事者であるラルクがまったく会話に入り込めないまま、小さな髭を鼻の左
右に垂らした男が手をかざす。
なんだかあったかくて、やわらかくて、気が抜けて、眠くなった。
うつらうつらしていると、額をぺちっと叩かれる。
「……え、あれ?」
「もうとっくに帰ったわよ。ほら、雑炊食べなきゃ」
思ったよりもぼんやりした時間が長かったのか、娘は一人用の小さな土鍋で
作った雑炊を、枕元に置いていた。
「……あーんってしてあげよっか」
体にまだ力はみなぎらないが、確かに頭がすっきりしてきて気分がいい。自
分で額を触るが、熱くない。自力で体を起こして、ゆっくりと伸びをした。
「いつも心配ばっかりかけてごめんねー。大丈夫そうだから自分で食べるよ」
「そう……」
娘はほんのちょっと口を尖らせたが、ラルクは逸れは彼女の癖だと思ってい
たので気にも留めていなかった。小さな声で「わーい」と言いながら、土鍋の
蓋を開ける。
「……コレ、何雑炊なのかなぁ」
「キノコ雑炊」
「へぇ……君が作ってくれたの?」
「もちろんよ。文句ある?」
キルドランクが低くてもレンジャー技能の高いラルクには、非常に心当たり
のあるキノコがあった。それは強い幻覚作用があり、食用としてはかなりの美
味らしいのだが、惚れ薬的効能がある。……いわゆる桃色キノコだ。
「このキノコ、どうしたの?」
数種類のキノコに混ぜてあっても、雑炊の中でほんの少量でも、雑炊全体を
桃色に染めるほど自己主張の強いキノコを見間違えるはずが無い。
小さく刻まれたかけらを木製のレンゲで取り出し、彼女の前に差し出す。
「八百屋のおばさんが取って置きの滋養強壮薬だよって……」
語尾が小さくなり、視線を逸らしがちなのは「何も知らなかったから」か、
それとも「すべてを知っていて使ったか」だ。
「もー、僕を実験台にしちゃ駄目ですよ。別の創作料理の実験はもっと元気な
ときに付き合いますから」
せっかく作ってもらったとはいえ、あの幻覚作用の強いキノコを食する気分
にはなれない。ラルクはそっと土鍋を下ろし、丁寧に蓋を被せた。
「私がせっかく作ってあげたのに食べないのー!?」
「あはは、これは僕が食べるわけにはいきませんねー」
「なんでよっ」
「振り向かせたい男性が居るのなら、直接食べさせたらいい。この実験にはさ
すがに僕も付き合えません」
さて、にっこり笑うラルクはしたたかなのか鈍いのか。
何も言えない彼女の横でテキパキと布団を上げると、ラルクは外へ出る身支
度を始めた。
「病み上がりがどこに行くってのよっ」
「さー?創作料理の実験台にされないところで栄養補給をしますー」
「気功代、立て替えた分はツケにしておきますからね!!」
「わー、本当に助かります。ありがとうー」
「この街で他の宿に泊まったり出来ないように根回ししてやるんだからー!」
「あ、それ必要ないです。”味方殺し”のギルダーを受け入れてくれるところ
なんて、ココぐらいだから。いつも助かってるんですよー」
にっこり。相変わらず口を尖らせる彼女を置いて、ラルクは寒くなってきた
通りへと出て行った。
甘いものが食べたいが、栄養の付くものを食べておかないと本当に翌日が辛
くなるので、なーにを食べようかなーとぼんやり考えながら歩いていると、黒
い人が凄い勢いで走り去っていく姿を見た。あ、黒蜜いいなぁ、でもお菓子じ
ゃなくてちゃんと料理を食べなきゃ……なんて考えていたら、今度は「滋養と
健康のためにかぼちゃを食べましょう!」という八百屋の売り込みの声が聞こ
えた。かぼちゃー、かぼちゃー、かぼちゃぷりんー。あ、かぼちゃは普通に煮
物とかスープにしても甘いか。その辺で手を打つか。でも魅力的だなぁ、かぼ
ちゃぷりんー。
「何やってんだい!!」
怒鳴り声で現実に引き戻されたラルクが見たのは、ジルヴァと、彼女に連れ
られてきたのであろうマックスの姿だった。
「あんた、部屋でおとなしく寝てるはずだろう?」
「あー、親切にも宿の人がカフールの気功師呼んできてくれたので、今から夕
飯食べに行くんですよー。ほら、顔色もだいぶ良くなったでしょう?」
「威張るんじゃないよっ」
げしっ。やっぱり杖で殴られる。でもラルクは笑った。きっとこれはこの人
なりのコミュニケーションなのだ。だってほら、前ほど痛くないし。
慣れ、という言葉の存在を忘れかけているラルクは、やはりまだ完治してい
ないのかもしれない。
「お二人も今から夕飯ですかー?」
「そんなに早く食えやしないよ!」
「ええ、まあ」
「じゃあ、せっかくまた会えたので、一緒に行きましょうよ」
「食後にうまい菓子を出してくれる店じゃなきゃヤだ」
「うーん、僕は安い店しか知らないので……」
それが当たり前のように三人で歩く。
ラルクは一人で歩く事が本当に多かったんだなぁ、長かったんだなぁと幸せ
を噛み締めていた。
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