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2024/05/04 09:26 |
6.君の瞳に映る華/マックス(フンヅワーラー)
PC:(ジルヴァ ラルク) マックス
NPC:謎の女
場所:シカラグァ連合王国・直轄領


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 軽快なくせに気力のなさそうな足取りで、マックスは雑踏の中を歩いていた。
 日はもう暮れかけ、街中の活気あふれた空気にも、冷気が忍び込んできた。い
そいそとした足取りで女性たちは次々とマックスを追い抜かす。帰って腹を空か
せた旦那と子どものために食事をつくらなければならないと急いでいるのだろ
う。それを呼び止めようと、露店では、売れ残りを売り切ろうと、大声を張り上
げている。いや、露店だけではない。「うちの宿ほど安いとこはない」「いや、
そっちは馬の世話がおざなりだ。うちの宿は良心的だ」と、旅人の袖をひっぱっ
て客の取り合いまでもが始まっていた。と、その後ろでは、この急いだ空気に乗
じて一稼ぎしようと、スリが目を光らせて物色していた。
 そんなせわしない空気の中、マックスは浮いていた。だが、浮いているはずな
のだが、誰もマックスに目をくれない。スリにとっては、ぼうっとしたマックス
など格好の獲物だと思いそうなものなのだが、スリの目からは、マックスは外れ
ていた。注がれる視線といえば、時折、家路に急ぐ女性に肩が当たって、「ぼ
さっとしてんじゃないわよ」という肩越しに見せる険悪な横顔のまなざしを投げ
られるだけだ。
 おかしな言い方かもしれないが……マックスは、浮いているはずなのだが、非常
に周囲に馴染んでいた。なぜ、と言われると、細かく見れば、理由はいくつか見
つかる。1つ、足取りは緩いものの、その実、流されるように歩いているため。
1つ、視線は泳いでいないくせに、視野広く見つめたような空気が「余所者」と
いう空気を薄れさせている。1つ、平面的な顔立ちはこの地域の民族に近い。……
色々あるのだが、今ひとつ、それらは決定打に欠けている。この男を説明するの
に、まわりくどい言葉はいらない。この一言で集約される。
 平凡なのだ。
 いや、平凡に見える、というべきか。なんというか、マックスは、薄い人間で
あった。見た目も薄く、気力も薄く、表情も薄く、印象も薄い。自然、それは
「平凡」という、実態のはっきりしない概念に収められる、というメカニズムで
ある。
 予定では、今日は旅のための買出しをする予定だったのだが、思いがけない、
出費をしてしまった。
 もしかすると、もう数日、滞在させてもらうことになるかもしれない。好意で
寝床をを借りているあの男に言ったらなんと言われるかはわかっている。
 「馬鹿だな、あんた」さして熱の無い目で、そう言うだろう。
 だが、マックスはさして気にしていなかった。自分の人を見る目というもの
に、多少なりとも自負があったし、もし、あのラルクという少年が金を返しにこ
なくとも、それは自分の見る目というのを過信した、自業自得の結果だからだ。
 さして、急いだ旅でもないし。と、マックスは心の中で付け加える。
 まぁ、なんにしろ、安酒の一本でも買って、機嫌をとっておくにこしたことは
ないだろう。

 突如、花の香りがした。

 視界に入ったのは、風に舞い、赤い夕日の光を受けながら輝くブロンドの髪。
 反射的に、振り返る。花の香りを振りまきながら、恋をする少女のように軽や
かなステップで道を歩く女の後姿が見えた。煩雑な人ごみの隙間を、踊るように
通り抜けてゆくその姿はやけに現実味が無かった。
 なんだ、あれは。
 マックスは、ゾッとした。
 あんなに浮いた……いや、それどころでは無い。あんなに”目立つ”存在が、すれ
違う瞬間まで、視界に入らなかった。……いや、周囲の人間は、あんなおかしな女
の存在に気づいていない……いや、いると認識すらしていないのだろう。
 女が、足取りをとめないまま、チラリとこちらを見た。
 艶やかな顔立ち。大きな目と、小さいが鮮やかな唇が印象的な、その顔が、二
コリと笑った。

「ちょっと、あんた、なにぼーっと突っ立ってんだい!」

 その声で気づいた。どうやら、足を止めていたらしい。慌てて前を向くと、買
い物帰りの女性がにらんでいた。「すいません」という台詞が言い終わらないう
ち、怒鳴った中年の女性はもう早足で去っていた。
 再び、後ろを振り返ってみたが、ブロンドの女の姿は無かった。甘い花の香り
がまだ僅かに残っていたが、それもすぐに消えた。
 マックスは、二度ほど瞬きをして、そして、何事もなかったようにまた歩き出
した。

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2007/02/11 23:53 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳
7.君の瞳とその笑顔/ジルヴァ(夏琉)
PC:ジルヴァ ラルク マックス
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
―――――――――――――――――

 真昼の光の強さよりも、ぽってりと熟れた果物のようになった傾いだ太陽の放つ
明かりのほうが、世界を美しく見せるとジルヴァは思っている。 

木の葉の輪郭や建物の造作が赤く際立つのはもちろんだが、この時間特有の、浮き
足だった埃っぽい匂いすら好ましい。

 結局行きかう人ごみの中、ジルヴァは宿に向かうラルクの後を杖の先に付いた鈴を
鳴らして歩いている。

 ある程度の問答はあったが、ジルヴァが負けるわけがない。飽きるまでは、ラルク
と行動しようと勝手に決めていた。
 喧嘩別れした相手の待つ宿に帰るのは気分が悪いし、ちょうどよいことに路銀も手
に入った。

「あ」

 ジルヴァの目が、人ごみの一角にとまる。

「少しそこで待ってな」

 ラルクの服の裾を掴んで立ち止まらせる。

 駆けていったジルヴァが、彼の元に戻ってきたとき、片腕に紙袋を二つ抱えてい
た。

「焼き栗は嫌いかい?」

「え…、僕にもくれるんですか?」

 わたわたと慌てる大の男に、ジルヴァは舌打ちする。

「失礼な奴だねぇ。やるよ。その上奢りだよ。今日は儲けさせてもらったから、それ
くらいやっても当然だろう?」

 そう言って袋の片方をラルクの方に押し出すと、さすがの彼も手を伸ばした。
 暖かい栗の袋を抱いて、彼の表情にちらりと笑みが覗く。と、次の瞬間に飛び出た
くしゃみのせいで、顔中くしゃくしゃになってしまった。

「くしゃみするときはあっち向きな! 唾がとんだじゃないか」

「すみませ…」

「その前に言うことがあるんじゃないかい」

「えと、ありがとうございます」

 礼を言い終わると同時に、また大きくくしゃみをする。今度は、ちゃんと顔を背け
ていた。

 元の肌が浅黒いのと夕暮れ時なのとでわかりにくいが、ラルクの顔色は、昼に会っ
たときよりもより土気色に近いようだ。風邪を引きかけているのかもしれない。裾を
掴んだときも、まだじっとりと湿っていた。

「栗食べないのかい?」

「あ、い、今はなんだか食欲がなくて」

 歩き出してから聞いてみると、不興を買ったと思ったのか、ラルクがびくりと身を
縮ませる。

 その様子が気に入らなくて、ジルヴァは彼の背中を杖で小突いた。ラルクがバラン
スを崩し、袋にいっぱい入っていた栗が二つほど落ちて、雑踏を転がった。

「ったく、人が話しかけるたびにびくびくして、うっとおしいったらありゃしない」


 ジルヴァは、手のひらでずっと転がしていた自分の栗をラルクに示した。

「こういう細かい仕事は苦手なんだ。剥いておくれ」

「あ、はい…」

 受け取ったラルクの目はうっすら涙がにじんでいるように見えたが、それでも片手
で栗を扱って、殻を割った。が、「うわぁ」と声を上げる。

「す、すみません…。中身割れちゃいました…」

 ジルヴァに返された栗は、実が薄皮に張り付いたまま二つに別れていた。これでは
刃物で皮を剥くか、中身をほじり出さなければ食べられない。

「使えないねぇ! こっちはアンタにやるから、もう1個やってみな」

「は、はい…」

 栗を剥くのが苦手なのか、あたりが悪いのか、それともジルヴァのかけるプレッ
シャーのせいなのか。二個目の栗も綺麗に二つに割れてしまった。

 ジルヴァが苛立つのと反比例して、ラルクは主人にしかられ耳としっぽがぺたんと
垂れてしまった犬のように肩が落ちる。

 本当に自分は細かい作業が苦手で、こういうときに困る、とジルヴァは思う。
 歯を使って剥いてしまってもいいのだが、今の保護者の前でそれをやって、たしな
められたことがあるのだ。

「………?」

 ジルヴァが、前触れなく足をとめてあたりを見まわした。遅れて立ち止まったラル
クは、タイミング悪く年配の女性とぶつかり、通りすがりざまに罵られる。

「…花の匂いがしないかい?」

「え、別に…。花売りの人ならあっちのほうにいますけど」

「いや、そんなしおれたのじゃないさ。もっと、薔薇か百合か、そういう…」

「さぁ…、僕は感じませんけど…」

 ラルクは、空気の匂いを嗅いで首を傾げている。ジルヴァは周りをまだきょろきょ
ろしているが、すぐに断念した。

「あぁ、駄目だ。もう消えちまった…ん?」

 何かに気が付くと、ジルヴァは黒い裾を引き摺って駆け出した。その反応の俊敏さ
は見かけの外見と釣り合わないもので、ラルクは遅れてついてくる。

 ジルヴァの走る速度はそれほどではないが、人の間を縫って器用に動くので、ラル
クは一苦労だ。

 それほど移動せず、程なくしてジルヴァは止まると、後ろから1人で歩いていた男
の服を皮のたるんだ手できゅっと掴んだ。

「栗を剥くの得意かい?」

 振り返ったのは、とりたてて特徴もない、中肉中背の男。

 凡庸としかいいようのない顔立ちに驚きを浮かべている男に、ジルヴァはニィと笑
いかけてやった。

2007/02/11 23:54 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳
8.君の瞳と漂う香り/ラルク(マリムラ)
PC:ジルヴァ ラルク マックス
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 呼び止められた男は、昼間の優しい人だった。

「あ、マックスさんだー。ジルヴァさん、よく気付きましたねー」

 へらへら笑い、近づくラルク。どうも力が入らない。
 困ったな、早く着替えないと本気で風邪を引いてしまう。
 そんなことを考える頭も緩慢で、考えることを放棄しそうだ。

 一方、通行人に荷物をぶつけられながら、マックスはジルヴァの相手をしていた。

「あの、とりあえずここで話は迷惑ですから……」
「じゃあアンタも来な」

 ニィと笑う。文句を言わせる気もないらしい。
 諦めたように小さく「はあ」と気のない返事をすると、マックスはジルヴァからラ
ルクへと視線を移した。

「そういうことらしいです」

 そういうこととはそういうことだ。彼女がそう決めたら、他の人が覆すのは難し
い。
 ジルヴァもマックスは逃げないと判断したのか、服の裾から手を離した。

「さ、行こうかね!」

 ジルヴァに小突かれてラルクがよろめく。思ったよりも足にきているようだった。
 宿に戻って体を拭いて、着替えて寝ていればよくなるだろうか?
 力無く歩くラルクの後を、ジルヴァが鈴を鳴らしながら歩き、マックスは黙々と歩
いた。




 宿はそう遠くなかった。
 顔見知りに片手を挙げて挨拶すると、いつもの部屋を頼む。ここは安い上に荷物預
かりもしてくれるので重宝しているのだ。着替えや日用品等、預けておいた箱を受け
取りながら、顔を背けてくしゃみをした。

「相変わらず景気悪そうね、ギルダーさん」
「うん、ちょっと水に落ちちゃって。タオルとお湯が欲しいんだけど」
「それは構わないけど、お連れさんがいるなら狭いんじゃない?」
「……そうかな?」

 寝に帰るためだけの安宿だ。風呂もついていない。部屋の広さも三畳の畳敷き。布
団を畳んで置いてあるので更に狭い。いつも独りなので不都合は感じなかったのだ
が……。

「あの、着替えるので少し待ってて頂けますか?」

 振り向いてそう聞いた。さすがに着替えるときは独りじゃないと狭すぎるかもしれ
ない。

「早く着替えた方がいいですよ」
「さっさと着替えな。あんまり待たせるんじゃないよ」

 二人とも優しいなぁ。
 ラルクは洗面器一杯のお湯とタオルを受け取って、部屋へと向かった。




 ずっしりと重く冷たいマントを体から引き剥がす。もう水が滴ってはいないようだ
が、明らかに乾いていないソレを窓辺に吊す。お湯に浸したタオルを固く絞り、擦る
ように体を拭き上げ、着替えのシャツに袖を通す。黙々と一連の作業を進め、そう時
間も掛けずに着替えを終わらせる。

「ふぅ」

 一息つく。
 みんなで甘栗を食べて、少し談笑して、独りになったら銭湯に行こう。お金を一部
返して、また残りを返す約束をして……。
 そんなことを考えながら鼻をかむ。途端に強い花の香りがした。

「……?」

 窓を開けて見下ろすと、雑踏の中にブロンドの髪が揺れている。彼女が香りの主だ
ろうかと考えたが、すぐに目を逸らした。強い香りのためか、それとも熱のせいなの
か、頭がクラクラしてきたのだ。再び彼女を目で追ったときにはもう姿はなく、幻覚
を見たのだろうかと頭を抱えた。確かに少し頭が熱い。



 タオルと洗面器を小脇に抱えたラルクが階段を下りると、ジルヴァに杖で小突かれ
た。

「遅い!!」

 今までで一番痛くない。手加減してくれているんだなぁと勝手に解釈して、ラルク
はニコニコと笑った。その表情にマックスは不思議そうだ。

「お待たせしました。広くはないですけど、上なら座って話せますよ」

 顔なじみに洗面器とタオルを返し、先に立って階段を上る。階段が若干急なので、
時折振り返っては様子を窺いながら進むが、引きずるほど長い裾でありながらジルヴ
ァは危なげなく階段を上っていた。最後尾を普通に上ってくるのはマックスだ。

「どうぞ」

 引き戸を開け、狭い部屋に招き入れると、ジルヴァは当然のように積んであった布
団の上に腰掛けた。座布団もない部屋だが、一応宿泊施設ということで板間ではなく
畳敷きなのが救いか。畳に直に腰を下ろす。

「さっきもこの花の香りがしたんですよ」

 くん、と鼻を鳴らし、漂う花の香りを嗅ぐ。手にした甘栗とは明らかに質の違う香
り。
 すると二人は、通りを見下ろすように立ち上がった。

「どうしました? ブロンドの女性と知り合いなんですか?」

 何気なく言ったその言葉に、空気が固まった。


2007/02/11 23:54 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳
9.君の瞳は虚ろ/マックス(フンヅワーラー)
PC:ジルヴァ ラルク マックス
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
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「どうしました? ブロンドの女性と知り合いなんですか?」

「ブロンドの女性?」

 マックスが答える前に、ジルヴァが先に答えた。

「いえ、この香りが……あ、もう消えてますけど……まぁ、香ったとき。
 窓の下の人ごみに、ブロンドの女性が……」

 なんとはなしに、マックスの心臓が、ビクリ、と震える。
 しかし、隣の老婆は、「やれやれ」というようにため息をついた。

「……どうして、その香りの主が、そのブロンドの女性だと、人ごみの中から特定
できたんだい?」

「……へ?」

 ラルクは言っている意味すらもう理解できないらしい。完全に熱にやられている。

「色惚けてんじゃないよ、この小僧が。もうアタシらは帰るから、とっとと寝な」

 ラルクは、数秒ぼうっとしていたが、ふふ、と笑って……熱に浮かされているの
でその様子は傍から見ていて不気味なものではあったが……「やさしいんですね」
と言った。
 あの湖に落ちたときからずいぶんと時間が経過している。この遅すぎる忠告
は、決して「優しい」ものではないと思ったが、マックスは何も言わなかった。
本人らがそれで丸く収まるのならば、それに越したことはないし、何よりも早く
休んだほうがいいという点ではマックスは同意見だった。

「ありがとうございます」

 のん気な笑顔で、ラルクはそう言った。
 靴を履いていると、お金を返すと言われたが、マックスは断った。ラルクの病
状が悪化したら医者にかかる金が必要になると思ったからだ。これで医者にかか
る金もなく、この三畳一間の部屋で死なれては寝覚めが悪い。……まぁ、万が一そ
のような状況になっても、マックスという男は、それをさほど気にする男ではな
いのだが。




 外に出ると、もう薄暗くなりかけていた。人通りの多さも、もう薄らいでいる。
 マックスは、少し冷えた外の空気を吸うと、改めて隣にいる老婆のことを思った。
 思えば、この老婆との直のコミュニケーションは、マックスから行ったことは
無い。ラルクという仲介がいたからこそ、一緒に行動していたに過ぎない。
 このまま別れるのが無難だろう。
 そう思っていたら、ジルヴァは、マックスに焼き栗の入った袋を渡し、歩き出
した。そういえば、「栗を剥くのは得意か」と呼び止められたことを思い出す。
どうやら、剥けということらしい。

「もう、冷めちまった」

 と、ブツブツジルヴァは言った。

「焼き栗はしばらく冷ましたほうが剥きやすいですよ。薄皮が、蒸気で蒸らされ
て剥きやすくなるから」

 栗の腹のあたりに爪を入れる。パキン、と小気味良い音がすると、中から薄皮
も綺麗に剥けた栗が、ころんと出てきた。

「どうぞ」

 ジルヴァは上機嫌そうにその栗をつまんでパクリと口の中に入れる。

「うまいね」

 栗が、ということか。それとも、マックスの栗剥きが、ということか。
 どっちだか分からなくて、マックスはとりあえず「はぁ」と答えておいた。

「ところで、どこに向かっているんです?」

 パキン。ころん。パクリ。

「あたしのツレん所だ」

 パキン。ころん。パクリ。

 マックスは、少し驚いた。だが、よくよく思えば納得できた。この老婆一人が
旅をするというのは、なんとなく、生き辛そうと思ったからだ。

「どうせアンタ、急いでいないんだろう? 送っていっておくれ」

 パキン。ころん。パクリ。

 ”特に断る理由もなかったので”という理由でマックスは、ジルヴァに並んで歩
いた。

 ペチ。

 栗の皮があまり膨らんでいなかったようだ。薄皮をつけたままの栗が、爪の跡
をつけて出てきた。
 ペリペリと薄皮を剥いていると、

「アンタにやるよ」

 とジルヴァが言った。栗を剥いているお礼なのか。それとも、爪の跡のついた
栗は嫌なのか。どっちなのか判じかねたが、とりあえず、マックスはラルクに倣
うことにした。

「ありがとうございます」

「ふん」

 ラルクの時の満足そうな感じとは微妙に違うニュアンスで鼻を鳴らした。
 その後、ジルヴァは何も話しかけず、歩いていった。マックスも、それを特に
気にした風もなく、栗剥きをしながらついていく。
 栗に爪を入れながら、マックスは暇つぶしがてら、考えていた。
 ジルヴァには、「嫌われてはいない」が、ラルクとは違い、「気に入られては
いない」、というところだろう。
 それでは、何故、そんな「どうでもいい人物」と一緒に自分のねぐらにつれて
いくのか。
 案外、この老婆のことだ。”帰りづらいなにか”とかいうもののがあったかもし
れない。と、”暇つぶしの遊びがてらの妄想”をぼんやりと思う。しかし、現実的
な「栗の皮を剥いてもらうため」という本命の意見が頭の中に占めている。
 と、ジルヴァの足が止まった。

「ここでいいよ」

 マックスは、剥き途中の栗を、最後に剥き、それを渡した。



2007/02/11 23:54 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳
10.君の瞳に映る欠片/ジルヴァ(夏琉)
PC:ジルヴァ マックス (ラルク) 
場所:シカラグァ連合王国・直轄領(宿屋前)
―――――――――――――――――――――――――――

 マックスから受け取った剥いた栗を口に入れようとした瞬間に目の前の建物の窓が
割れた。

 宿屋の、隣の建物に面した窓を椅子が突き破ったのだ。椅子は隣の建物の壁にあた
り、しかも二階から登場したので落下して地面に衝突し、用途を二度と果たせないほ
どに分解した。

 ジルヴァとマックスは通りに立っていたので、ガラスの破片は当たっていない。し
かし衝撃音と今起こった出来事の脈絡のなさに、2人を含めて周囲の人間が凍りつい
た。

「…あんた、何かしたのかい?」

 不覚にも栗と取り落としたジルヴァは、あてつけがましくマックスを見上げる。

 その理不尽な言い様にマックスは何か反論しようとしたようだ。しかし、その言葉
は封じられる。

 同じ窓からさらにどさりと何かが落下したのだ。
 
 跪いていたのは、肌に一点の曇りもない黒い女。
 肌も髪もぬばたまのように黒い女は、このような登場の仕方をしていなければ、建
物の影に宵の口の薄闇が凝って形を持ったように見えたかもしれない。

 大きく息を吐くと女は編んだ髪をかき揚げ頭を上げる。
 そして通りに立つジルヴァを見つけて、目や口の大きい派手な作りの顔が思い切り
歪んだ。その表情を音声に直すなら一言、「げ」だ。

 しかし、彼女はこの場はジルヴァを無視することに決めたようだ。

 南国美人は、鋭い破片の散った地面に降り立ったにも関わらず、すぐさま立ち上
がった。そのとき、彼女が拳で目元を拭ったのにジルヴァは気づく。しかし彼女はジ
ルヴァのほうにはもう見向きもせず、通りの奥をきつい眼光で見据えると、その方向
に向かって駆け出した。

 立て続いた出来事に頭がついていかなかったのか、なんとなくその場にいた皆でそ
れを見送ってしまった。

「えっと…」

「何だい?」

 女の背を呆然と見送ったマックスの呟きにジルヴァが反応する。

「え、いや、とくに意味はないんですけど。というか…なんだったんでしょう」

「さぁね。痴話喧嘩かなんかじゃないのかい?」

 野次馬がざわめきだしていると、宿の従業員が悪態をつきながらでてきた。涼しい
ことになっている窓からは、他のものが飛び出る様子はないが、この分だと中も煩い
ことになっているに違いない。

「戻るよ」

 ジルヴァはマックスの裾をひっぱって言った。

「え…、いいんですか?」

「騒がしいのは好きじゃないんだよ。晩飯くらい奢るから、もうすこし付き合いな」


「はぁ…」

 ジルヴァが歩きだすと、マックスも歩き出す。「晩飯をおごる」という言葉が聞い
ているのかもしれない。

 大きな通りまでひっぱって歩き、彼が逃げ出さない、という確信を得てから裾を放
した。

「ったく。今夜はどこで寝ようかねぇ」

「あの程度の騒ぎなら、時期に収まると思いますよ。しばらくしてから宿に戻れば問
題はないと思いますが」

「そういう問題じゃないよ。ケチがついちまったんだ。あんなわけの分からないとこ
ろに戻りたくないね」

 ジルヴァが吐き捨てるようにいうと、然したる特徴のない男の顔に怪訝な表情が浮
かんだような気がした。きゃんきゃんと煩い老婆であるジルヴァが、あのような事件
について知りたがろうとしないことを不思議に思っているのかもしれない。

 ジルヴァだって、普段なら連れの愛人が絡んでいようが、というかそれならなおの
こと好奇心が刺激されるだろうし、そのように振舞うほうが自分にとって自然な行動
だということも知っている。

 ジルヴァは夜の空気を大きく吸い込む。煮炊きや喧騒の生活の匂いが胸を満たす。


 今回は、今夜どころか明日の夜だって、あの部屋に戻れるか分からなかった。

 なにしろ、割れた窓から噴出した強い魔法の気配に、ジルヴァの肌は今だにビリビ
リと痛んでいたのだから。



2007/02/11 23:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳

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