PC リング・ギゼー
場所 白の遺跡
NPC メデッタ=オーシャン・影の男
___________________________________
「何でって、それは私が君たちよりも先に試練をクリアしたからに決まってい
るだろう?」
唖然としているギゼーとリングに向かって、メデッタはチッチッチッという
ように指を振る。
「全く、君たちは遅すぎるぞっ。私など、途中で倒れていたあの少女を遺跡の
外に運び出し、それからまた引き返してここまできたというのに」
「あの少女…って…」
「ジュヴィアさんのことですかっ!」
とたんに目の色が変わる二人。そんな二人に、メデッタは落ち着いて言っ
た。
「ああそうだ。あの、銀髪の少女のことだろう?あの少女なら、途中の部屋で
倒れていたところを、運び出して、近くの民家に預かってもらった。あの少女
には」
ここでメデッタの声のトーンが変わった。
「この遺跡の魔力は少々キツすぎたようだ」
「魔力…?」
何かがちくっと、ギゼーの頭の中に刺さった。何か、自分の核を揺るがすよ
うな。不思議な違和感のキィ・ワード。
魔力、白い壁、意識。
呆然とするギゼーの横で、リングはジュヴィアが無事だということに、心の
底から安心していた。
「よかったです…。私、ジュヴィアさんがあの後どうなってしまわれたのか、
とても心配だったんです…。おじ…、メ、メデッタさんが助けて下さったんで
すね。ありがとうございます」
「ははっ、礼には及ばんぞ、リングっ」
そういうメデッタの顔はどことなく嬉しそうだった。
「さて、次の道に進まなくてはな。リング、ギゼー君。早くしないと、そこの
男に怒られてしまう」
「ははっ、よく言うね。第一の試練をものともしなかったクセに」
今まで傍観していた影の男が皮肉な笑みを浮かべて口を開いた。
「キミはそうとう鍛えてると見える」
「まあな。私もだてに<赤い色>で生きてきたわけじゃないんだ」
その言葉に影の男はメデッタを見つめ、他の人間にはわからない皮肉な笑み
を浮かべた。メデッタも黙って視線を返す。二人の間に、不思議な濃厚の雰囲
気が流れた。
「…メデッタさん?」
リングが不思議そうにメデッタを見つめる。
「ああ、リング。何でもないよ。それより、さあ行こう。この男にケツ突っつ
かれないうちに、な」
「は、はい…。メデッタさん、メデッタさんも海竜族なんですから、下品な言
葉遣いはダメですよ」
「ああ、<ケツ>か?何なら、お尻といえばよかったのかな?」
「メデッタさん!!」
「はいはい、今度から気をつけますよ」
もう…、と口だけで呟いて、リングは先に歩いていってしまった。それを、
影の男が追う。
ギゼーも後を追おうとして、くらっと立ち眩みを起こした。
魔力、白い壁、意識。
後ろにいたメデッタがあわてて背中を支えた。
「大丈夫かね?」
「あっ…、すみません」
「気をつけたまえ」
ここで、メデッタはギゼーの耳元でそっとささやいた。
「<白>に喰われぬよう、せいぜいしっかり自我を保つんだな」
「え…?」
ギゼーが何か聞き返そうとしたときには、メデッタは「次は支えてやらん
ぞ」と言い放ち、つかつかと先を歩いていってしまっていた。
場所 白の遺跡
NPC メデッタ=オーシャン・影の男
___________________________________
「何でって、それは私が君たちよりも先に試練をクリアしたからに決まってい
るだろう?」
唖然としているギゼーとリングに向かって、メデッタはチッチッチッという
ように指を振る。
「全く、君たちは遅すぎるぞっ。私など、途中で倒れていたあの少女を遺跡の
外に運び出し、それからまた引き返してここまできたというのに」
「あの少女…って…」
「ジュヴィアさんのことですかっ!」
とたんに目の色が変わる二人。そんな二人に、メデッタは落ち着いて言っ
た。
「ああそうだ。あの、銀髪の少女のことだろう?あの少女なら、途中の部屋で
倒れていたところを、運び出して、近くの民家に預かってもらった。あの少女
には」
ここでメデッタの声のトーンが変わった。
「この遺跡の魔力は少々キツすぎたようだ」
「魔力…?」
何かがちくっと、ギゼーの頭の中に刺さった。何か、自分の核を揺るがすよ
うな。不思議な違和感のキィ・ワード。
魔力、白い壁、意識。
呆然とするギゼーの横で、リングはジュヴィアが無事だということに、心の
底から安心していた。
「よかったです…。私、ジュヴィアさんがあの後どうなってしまわれたのか、
とても心配だったんです…。おじ…、メ、メデッタさんが助けて下さったんで
すね。ありがとうございます」
「ははっ、礼には及ばんぞ、リングっ」
そういうメデッタの顔はどことなく嬉しそうだった。
「さて、次の道に進まなくてはな。リング、ギゼー君。早くしないと、そこの
男に怒られてしまう」
「ははっ、よく言うね。第一の試練をものともしなかったクセに」
今まで傍観していた影の男が皮肉な笑みを浮かべて口を開いた。
「キミはそうとう鍛えてると見える」
「まあな。私もだてに<赤い色>で生きてきたわけじゃないんだ」
その言葉に影の男はメデッタを見つめ、他の人間にはわからない皮肉な笑み
を浮かべた。メデッタも黙って視線を返す。二人の間に、不思議な濃厚の雰囲
気が流れた。
「…メデッタさん?」
リングが不思議そうにメデッタを見つめる。
「ああ、リング。何でもないよ。それより、さあ行こう。この男にケツ突っつ
かれないうちに、な」
「は、はい…。メデッタさん、メデッタさんも海竜族なんですから、下品な言
葉遣いはダメですよ」
「ああ、<ケツ>か?何なら、お尻といえばよかったのかな?」
「メデッタさん!!」
「はいはい、今度から気をつけますよ」
もう…、と口だけで呟いて、リングは先に歩いていってしまった。それを、
影の男が追う。
ギゼーも後を追おうとして、くらっと立ち眩みを起こした。
魔力、白い壁、意識。
後ろにいたメデッタがあわてて背中を支えた。
「大丈夫かね?」
「あっ…、すみません」
「気をつけたまえ」
ここで、メデッタはギゼーの耳元でそっとささやいた。
「<白>に喰われぬよう、せいぜいしっかり自我を保つんだな」
「え…?」
ギゼーが何か聞き返そうとしたときには、メデッタは「次は支えてやらん
ぞ」と言い放ち、つかつかと先を歩いていってしまっていた。
PR
PC:ギゼー、リング
NPC:メデッタ=オーシャン、影の男
場所:白の遺跡(ソフィニア北)
--------------------------------------------------------------
影の男――。
特殊な存在であり、白の遺跡と同化せし者。
彼の存在はこの白の遺跡にとって、無くてはならないものであった。ちょう
ど血液中に無数に点在し、血液の流出を防いだり、体内に侵入した異物を排除
する働きを持つ白血球の如く……彼はこの白の遺跡にとって、普遍の存在だった。
又彼は、この遺跡で起こる全ての出来事を見届ける義務を持つ者。
そして、この遺跡内にて志半ばにて倒れた者達に、容赦なく死を与えたる者
でもあった。
彼は、白の遺跡の裁定者と呼ばれる者――。
――― ○ ―――
「ところで、メデッタさん。何時の間に俺等と擦れ違ったんです? 全然、気
が付きませんでしたよ」
白の遺跡の何時果てるとも無く続く階段を、三人は昇っていた。この階段も
また、白く発光する何某かの物質で出来ていたが、天井や壁と思しき部分は黒
塗りで、まるで漆黒の空間に階段だけがぽっかりと浮いているように錯覚する。
星空に浮かぶ天の川の如く。唯の人でしかないギゼーなどは、階段に最初差し
掛かった時狼狽の色を見せたほどだ。上へ昇っているのか、それとも下に降り
ているのかさえも判らなくなってしまう。強いて言うならば、「下に昇っている」
といったところだろうか。何れにせよ、感覚で捉えにくいことは事実である。
影の男は、階段に差し掛かったところで、「それじゃあ、私は用事を思い出
したので、これにて失礼させて頂くよ」と言い残し、お辞儀と共に消え去って
いき、今は同行していない。「何の用事だか」と、ギゼーはその時ぼやきつつ
も呆然と見送るしかなかった。
メデッタは歩みを止めず口だけを動かして、ギゼーの質問に淡々と答えてい
く。
「それはだな、ギゼー君。単純なことさ。君とリングが通って来た通路と、私
の通って来た通路では、“位階”が違うからさ」
「“位階”……?」
思わず聞き返してしまったギゼー。耳慣れない言葉に、戸惑いを隠せないの
がありありと見て取れた。メデッタは、ギゼーの様子に初々しさを感じ、微笑
ましいと思って口許を綻ばせる。
それに対しリングの方は、鼻歌交じりで昇っていく。“位階”の話が耳に届
いているであろう事は明白なのに、まるでそんな話はさも当然といった風であ
る。そのリングの麗しい後姿を目で追いながらメデッタは話を続けた。
「そうだ。この遺跡は、少なからず“位階”がずれている様なのだ」
「だからぁ、“位階”って何ですか?」
多少怒気を含んで再度質問する、ギゼー。自分が二度目に質問したその意図
をはっきりと汲み取られていないと知って、多少げんなりとしていた。
「ギゼー君、きみぃ、そんなことも知らないのかね? そんなことでは、リン
グとは付き合っていけんぞ」
「いや、別に付き合うとかそういう問題じゃなくて……」
ギゼーは可笑しくなってきて、半分笑い出しそうになって言った。自分の言
葉がこれ程までに聞き入れられないとは。これはもう、怒りを通り越して笑う
しかないではないか。ギゼーは、苦笑交じりの表情でメデッタの次の言動を待
った。
そして、待ち望んでいた答えが遂に得られた。
「解った、解った。“位階”と言うのはだな……」
はて、どうやって説明したものかと、思案気に指で顎を擦りながらメデッタ
は語尾を濁した。
リングは背中で二人のやり取りを捉えながらも、「嗚呼、また、伯父様の長
いお話が始まった」と、密かに溜息を吐くのだった。
リングの大方の予想通り、メデッタの永遠ともつかない長~いお話は遂に始
まってしまったのだった――。
――― ○ ―――
“位階”というのはな、ギゼー君。
空間を階層別に分けた時の上下の関係と言えば、解り易いかな?
丁度ショートケーキのようなものだな。スポンジとスポンジの間に甘い甘い
クリームが挟んであるだろう。一度口に入れると、口の中でとろける様な甘さ
が広がって、病み付きになる……。あれと同じ様なものだよ。ほら、あれも階
層別に分かれているだろう?
ギゼー君、君は空間の構造について考えた事があるかね?
あ、いやいや、別に答えてくれなくとも良い。その顔を一目見れば、解るか
らね。君が、考えた事も想像した事すらも無い、という事がね。
空間というのは二元的であり、且つ三元的でもあるんだ。つまり、前後左右
の二元構造と、上下の三元構造だ。上下に広がる三元的空間階層の事を、“位
階”と言うんだ。
此処までは、解ったかね?
そして、此処からが重要なんだが、より上位の層に居る者は、下位の層に居
る者には触れる事も見る事も出来ないんだよ。つまり、我々から見れば“神”
の様な存在だね。君達人間が“神”と言って崇めている存在は大抵この類だな。
――神様が“位階”の上層部の人、存在だって言うんですか?
うん、そうだね。だからこそ、神の如き力――人間達は奇跡と呼ぶそうだが
――を行使する事が出来るとも言える。
――じゃあ、先程の“影の男”、あいつも神の如き存在なんですか!?
……いや、あいつは違うな。
あいつからはもっと別の、<ニオイ>がしていた。あいつは“神”の如き存
在であって、“神”ではない。少なくとも君達、人間の言う“神”という存在
でない事だけは確かだ。
それにあいつは……、此処の<場>に縛られているように思える。
何となくだがね。
――― ○ ―――
「<場>に縛られている……? それじゃあ、あいつをこの世界に呼び出した
のは、一体全体誰なんだ……」
メデッタが言葉を切って締め括ると、途端にギゼーが不安を隠し切れない面
持ちで呟いた。
無理も無い。海竜族であるリングやメデッタならばいざ知らず、ギゼーは一
介の人間でしかないのだ。その人間が、よりによって“神”の如き存在と渡り
歩かなければならないのだ。どんなに気丈な人間でも、どんなに強気で自信過
剰気味な人間でも、不安を抱いて然るべきものだ。下手を打つと、命を落とし
かねない危険な橋をこれから渡ろうと言うのだ。多少過剰気味に慎重にならざ
るを得ないだろうと想像を巡らせただけで、ギゼーの心に不安の種が芽吹き急
激に成長していく。かてて加えてここのダンジョンは特殊な空間の様で、とも
すると膝が頽折れかねないのだ。常に気を張り詰めていなければならないギゼ
ーにとって、とても辛い場所なのだ。今こうして歩いているだけでも――と思
惟を中断させるギゼー。
目の前に、片開きの質素な造りの扉が立ち塞がっていた。
メデッタがまるで意図していたかのように、話を切った一、二分後。数歩進
んだ先に、待ち構えていたかの様にその扉は聳え立っていた。それが、次の試
練へ続く扉だと理解するのに数秒掛かった。今まで見て来た扉とは、まるで造
りが違うのだ。その様子の違いに、唖然とする一行。
階段の踊り場のような場所で一旦足を止めると、改めて目と鼻の先にある扉
を観察するギゼー。
質素な造りだ。そう、思わざるを得ない程、簡素で無愛想な扉だ。
その扉は何故か片開きで、仄かに白く光っていた。簡素と質素とは紙一重で
意味合いが変わってくる。同じ様に思いがちだが、明らかに違う部分があるの
だ。今ギゼーが目の前にしている扉は、どちらかと言うとい簡素と言う小奇麗
な言葉ではなく、質素と言う色合いが強く出ていた。そして、なんとも面白味
の無い扉である。凡そ装飾と言う装飾は施されておらず、年代だけを積み重ね
て来た重厚さだけが感じられる古風な扉であった。
そのような感想を一括りに纏めて、頭の隅に追いやりながらギゼーは扉に手
を掛け、ゆっくりと開け放っていった。
開け放たれる扉を見て、ギゼーは開放感を覚えていた。
と同時に、第二の試練に繋がる<詩>が頭を過ぎる。
――道は四つに分かたれて人の心を惑わせる
――第五の部屋へと誘いし道標を見逃すな
扉は外見に似つかわしくない、重い軋み音を立てて徐々に開かれていく。
そして、扉の向こうに待っていたのは、“影の男”だった――。
NPC:メデッタ=オーシャン、影の男
場所:白の遺跡(ソフィニア北)
--------------------------------------------------------------
影の男――。
特殊な存在であり、白の遺跡と同化せし者。
彼の存在はこの白の遺跡にとって、無くてはならないものであった。ちょう
ど血液中に無数に点在し、血液の流出を防いだり、体内に侵入した異物を排除
する働きを持つ白血球の如く……彼はこの白の遺跡にとって、普遍の存在だった。
又彼は、この遺跡で起こる全ての出来事を見届ける義務を持つ者。
そして、この遺跡内にて志半ばにて倒れた者達に、容赦なく死を与えたる者
でもあった。
彼は、白の遺跡の裁定者と呼ばれる者――。
――― ○ ―――
「ところで、メデッタさん。何時の間に俺等と擦れ違ったんです? 全然、気
が付きませんでしたよ」
白の遺跡の何時果てるとも無く続く階段を、三人は昇っていた。この階段も
また、白く発光する何某かの物質で出来ていたが、天井や壁と思しき部分は黒
塗りで、まるで漆黒の空間に階段だけがぽっかりと浮いているように錯覚する。
星空に浮かぶ天の川の如く。唯の人でしかないギゼーなどは、階段に最初差し
掛かった時狼狽の色を見せたほどだ。上へ昇っているのか、それとも下に降り
ているのかさえも判らなくなってしまう。強いて言うならば、「下に昇っている」
といったところだろうか。何れにせよ、感覚で捉えにくいことは事実である。
影の男は、階段に差し掛かったところで、「それじゃあ、私は用事を思い出
したので、これにて失礼させて頂くよ」と言い残し、お辞儀と共に消え去って
いき、今は同行していない。「何の用事だか」と、ギゼーはその時ぼやきつつ
も呆然と見送るしかなかった。
メデッタは歩みを止めず口だけを動かして、ギゼーの質問に淡々と答えてい
く。
「それはだな、ギゼー君。単純なことさ。君とリングが通って来た通路と、私
の通って来た通路では、“位階”が違うからさ」
「“位階”……?」
思わず聞き返してしまったギゼー。耳慣れない言葉に、戸惑いを隠せないの
がありありと見て取れた。メデッタは、ギゼーの様子に初々しさを感じ、微笑
ましいと思って口許を綻ばせる。
それに対しリングの方は、鼻歌交じりで昇っていく。“位階”の話が耳に届
いているであろう事は明白なのに、まるでそんな話はさも当然といった風であ
る。そのリングの麗しい後姿を目で追いながらメデッタは話を続けた。
「そうだ。この遺跡は、少なからず“位階”がずれている様なのだ」
「だからぁ、“位階”って何ですか?」
多少怒気を含んで再度質問する、ギゼー。自分が二度目に質問したその意図
をはっきりと汲み取られていないと知って、多少げんなりとしていた。
「ギゼー君、きみぃ、そんなことも知らないのかね? そんなことでは、リン
グとは付き合っていけんぞ」
「いや、別に付き合うとかそういう問題じゃなくて……」
ギゼーは可笑しくなってきて、半分笑い出しそうになって言った。自分の言
葉がこれ程までに聞き入れられないとは。これはもう、怒りを通り越して笑う
しかないではないか。ギゼーは、苦笑交じりの表情でメデッタの次の言動を待
った。
そして、待ち望んでいた答えが遂に得られた。
「解った、解った。“位階”と言うのはだな……」
はて、どうやって説明したものかと、思案気に指で顎を擦りながらメデッタ
は語尾を濁した。
リングは背中で二人のやり取りを捉えながらも、「嗚呼、また、伯父様の長
いお話が始まった」と、密かに溜息を吐くのだった。
リングの大方の予想通り、メデッタの永遠ともつかない長~いお話は遂に始
まってしまったのだった――。
――― ○ ―――
“位階”というのはな、ギゼー君。
空間を階層別に分けた時の上下の関係と言えば、解り易いかな?
丁度ショートケーキのようなものだな。スポンジとスポンジの間に甘い甘い
クリームが挟んであるだろう。一度口に入れると、口の中でとろける様な甘さ
が広がって、病み付きになる……。あれと同じ様なものだよ。ほら、あれも階
層別に分かれているだろう?
ギゼー君、君は空間の構造について考えた事があるかね?
あ、いやいや、別に答えてくれなくとも良い。その顔を一目見れば、解るか
らね。君が、考えた事も想像した事すらも無い、という事がね。
空間というのは二元的であり、且つ三元的でもあるんだ。つまり、前後左右
の二元構造と、上下の三元構造だ。上下に広がる三元的空間階層の事を、“位
階”と言うんだ。
此処までは、解ったかね?
そして、此処からが重要なんだが、より上位の層に居る者は、下位の層に居
る者には触れる事も見る事も出来ないんだよ。つまり、我々から見れば“神”
の様な存在だね。君達人間が“神”と言って崇めている存在は大抵この類だな。
――神様が“位階”の上層部の人、存在だって言うんですか?
うん、そうだね。だからこそ、神の如き力――人間達は奇跡と呼ぶそうだが
――を行使する事が出来るとも言える。
――じゃあ、先程の“影の男”、あいつも神の如き存在なんですか!?
……いや、あいつは違うな。
あいつからはもっと別の、<ニオイ>がしていた。あいつは“神”の如き存
在であって、“神”ではない。少なくとも君達、人間の言う“神”という存在
でない事だけは確かだ。
それにあいつは……、此処の<場>に縛られているように思える。
何となくだがね。
――― ○ ―――
「<場>に縛られている……? それじゃあ、あいつをこの世界に呼び出した
のは、一体全体誰なんだ……」
メデッタが言葉を切って締め括ると、途端にギゼーが不安を隠し切れない面
持ちで呟いた。
無理も無い。海竜族であるリングやメデッタならばいざ知らず、ギゼーは一
介の人間でしかないのだ。その人間が、よりによって“神”の如き存在と渡り
歩かなければならないのだ。どんなに気丈な人間でも、どんなに強気で自信過
剰気味な人間でも、不安を抱いて然るべきものだ。下手を打つと、命を落とし
かねない危険な橋をこれから渡ろうと言うのだ。多少過剰気味に慎重にならざ
るを得ないだろうと想像を巡らせただけで、ギゼーの心に不安の種が芽吹き急
激に成長していく。かてて加えてここのダンジョンは特殊な空間の様で、とも
すると膝が頽折れかねないのだ。常に気を張り詰めていなければならないギゼ
ーにとって、とても辛い場所なのだ。今こうして歩いているだけでも――と思
惟を中断させるギゼー。
目の前に、片開きの質素な造りの扉が立ち塞がっていた。
メデッタがまるで意図していたかのように、話を切った一、二分後。数歩進
んだ先に、待ち構えていたかの様にその扉は聳え立っていた。それが、次の試
練へ続く扉だと理解するのに数秒掛かった。今まで見て来た扉とは、まるで造
りが違うのだ。その様子の違いに、唖然とする一行。
階段の踊り場のような場所で一旦足を止めると、改めて目と鼻の先にある扉
を観察するギゼー。
質素な造りだ。そう、思わざるを得ない程、簡素で無愛想な扉だ。
その扉は何故か片開きで、仄かに白く光っていた。簡素と質素とは紙一重で
意味合いが変わってくる。同じ様に思いがちだが、明らかに違う部分があるの
だ。今ギゼーが目の前にしている扉は、どちらかと言うとい簡素と言う小奇麗
な言葉ではなく、質素と言う色合いが強く出ていた。そして、なんとも面白味
の無い扉である。凡そ装飾と言う装飾は施されておらず、年代だけを積み重ね
て来た重厚さだけが感じられる古風な扉であった。
そのような感想を一括りに纏めて、頭の隅に追いやりながらギゼーは扉に手
を掛け、ゆっくりと開け放っていった。
開け放たれる扉を見て、ギゼーは開放感を覚えていた。
と同時に、第二の試練に繋がる<詩>が頭を過ぎる。
――道は四つに分かたれて人の心を惑わせる
――第五の部屋へと誘いし道標を見逃すな
扉は外見に似つかわしくない、重い軋み音を立てて徐々に開かれていく。
そして、扉の向こうに待っていたのは、“影の男”だった――。
PC リング・ギゼー
場所 白の遺跡(ソフィニア北)
NPC メデッタ・影の男・ハルキ・ナツキ・アキ・ユキ
___________________________________
「オメデトウ、ついにこの部屋まで来たか」
何度見ても、この男の姿は見ていてムカムカするものだ…とギゼーは思っ
た。それはこの男が「半分影」という異様な姿をしているだけではないような
気がする。見ているだけで起こる、不快感。
「この部屋は…えっと…」
「何かな?リングちゃん?」
辺りを見回し、そわそわしているリングに影の男が笑いかける。
「その…、部屋なんですか?ここ?」
「どういう意味かね?」
「だって…。ここは、どこまでもまっすぐじゃないですか?」
いつのまにか、入ってきた扉が消えていた。代わりに広がるのはどこまでも
果てしない地平。下が白い床で、上がもやがかかったような白い空間。それが
どこまでもどこまでも、果てしなく続いていた。
「永遠の部屋…か」
きょろきょろしているリングとギゼーを尻目に、メデッタが冷静に呟く。
「案ずる事はない。単なる<位階>を使ったまやかしだよ。まあ、異次元にで
も入り込んだと思えばいい」
「い、異次元…!」
驚くギゼー。リングはほやっとした顔で「そうなんですかぁ」と一言。彼女
は状況を理解し、受け入れる情報はそれで十分らしい。
「さて、一通り反応も観察できたし、本題に移ろうかな」
その声に、ギゼーがきっと影の男を睨み、リングがほえっと自分を見つめる
のを確認すると、影の男はぱちん、と、陰になってないほうの手で指を鳴らし
た。
「出番だ、四人の姫」
『お呼びで?ご主人』
四人の声が重なったようなその声とともに、目の前の空間がゆがみ、さざな
みを立てた水面のような空間から、それぞれ四つの人影が現れた。
「我は、春姫(ハルキ)」
初めに現れたのは、蝶の絵柄の桃色の着物を着た、黒髪の美少女だった。彼
女の周りにはふわりと桜の花びらが舞い、さざなみの空間から現れ、彼女がふ
わりと地面に降り立つと、桃色の着物が軽くふわっと膨らみ、それは蝶が羽を
広げた姿に似ていた。
「我は、夏姫(ナツキ)」
二番目に現れたのは、きりっとした目の、空色の着物を着た少女だった。彼
女の明るい茶色の髪はポニーテールにまとめられてあり、着物の柄には向日葵
が使われている。彼女の周りには向日葵の花びらが舞っている。
「我は、秋姫(アキ)」
三番目に現れたのは、茜色の髪が印象的な、山吹色の着物を着た美少女だっ
た。大きな瞳は知的そうで、彼女の周りには木の葉が舞い、空間から降りる動
作や、立っている時には隙がない。
「我は、冬姫(ユキ)」
最後に現れたのは、白い髪の、灰色の着物を着た少女だった。彼女の周りに
はちらちらと雪が舞い、こちらを見据える瞳はすっと細く、冷淡だった。
『試練を受けるものよ』
そう言って四人の姫はいっせいにギゼー、リング、メデッタの方を見た。
『永遠を選ぶか、我らと戦うか、二つに一つだ』
場所 白の遺跡(ソフィニア北)
NPC メデッタ・影の男・ハルキ・ナツキ・アキ・ユキ
___________________________________
「オメデトウ、ついにこの部屋まで来たか」
何度見ても、この男の姿は見ていてムカムカするものだ…とギゼーは思っ
た。それはこの男が「半分影」という異様な姿をしているだけではないような
気がする。見ているだけで起こる、不快感。
「この部屋は…えっと…」
「何かな?リングちゃん?」
辺りを見回し、そわそわしているリングに影の男が笑いかける。
「その…、部屋なんですか?ここ?」
「どういう意味かね?」
「だって…。ここは、どこまでもまっすぐじゃないですか?」
いつのまにか、入ってきた扉が消えていた。代わりに広がるのはどこまでも
果てしない地平。下が白い床で、上がもやがかかったような白い空間。それが
どこまでもどこまでも、果てしなく続いていた。
「永遠の部屋…か」
きょろきょろしているリングとギゼーを尻目に、メデッタが冷静に呟く。
「案ずる事はない。単なる<位階>を使ったまやかしだよ。まあ、異次元にで
も入り込んだと思えばいい」
「い、異次元…!」
驚くギゼー。リングはほやっとした顔で「そうなんですかぁ」と一言。彼女
は状況を理解し、受け入れる情報はそれで十分らしい。
「さて、一通り反応も観察できたし、本題に移ろうかな」
その声に、ギゼーがきっと影の男を睨み、リングがほえっと自分を見つめる
のを確認すると、影の男はぱちん、と、陰になってないほうの手で指を鳴らし
た。
「出番だ、四人の姫」
『お呼びで?ご主人』
四人の声が重なったようなその声とともに、目の前の空間がゆがみ、さざな
みを立てた水面のような空間から、それぞれ四つの人影が現れた。
「我は、春姫(ハルキ)」
初めに現れたのは、蝶の絵柄の桃色の着物を着た、黒髪の美少女だった。彼
女の周りにはふわりと桜の花びらが舞い、さざなみの空間から現れ、彼女がふ
わりと地面に降り立つと、桃色の着物が軽くふわっと膨らみ、それは蝶が羽を
広げた姿に似ていた。
「我は、夏姫(ナツキ)」
二番目に現れたのは、きりっとした目の、空色の着物を着た少女だった。彼
女の明るい茶色の髪はポニーテールにまとめられてあり、着物の柄には向日葵
が使われている。彼女の周りには向日葵の花びらが舞っている。
「我は、秋姫(アキ)」
三番目に現れたのは、茜色の髪が印象的な、山吹色の着物を着た美少女だっ
た。大きな瞳は知的そうで、彼女の周りには木の葉が舞い、空間から降りる動
作や、立っている時には隙がない。
「我は、冬姫(ユキ)」
最後に現れたのは、白い髪の、灰色の着物を着た少女だった。彼女の周りに
はちらちらと雪が舞い、こちらを見据える瞳はすっと細く、冷淡だった。
『試練を受けるものよ』
そう言って四人の姫はいっせいにギゼー、リング、メデッタの方を見た。
『永遠を選ぶか、我らと戦うか、二つに一つだ』
PC:ギゼー、リング
NPC:メデッタ=オーシャン、影の男、春姫(ハルキ)、夏姫(ナツキ)、
秋姫(アキ)、冬姫(ユキ)
場所:白の遺跡(ソフィニア北)
--------------------------------------------------------------------
「俺はっ! 俺は勿論、永遠を選ぶぜっっ!! 春姫(ハルキ)ちゅわぁぁ~ん
vv」
『即答っ!?』
春姫(ハルキ)、夏姫(ナツキ)、秋姫(アキ)、冬姫(ユキ)、リングの声が協和
し、白き大海に響き渡る。真っ白き空間は漣を立ててその驚声を吸収し、拡大
し、霧散させる。影の男は、鼓膜が破れぬよう、耳――実際耳という物があるの
かどうか甚だ疑問だが――を両手で塞いでいた。
五人の少女達のハーモニーなどまるで耳に入っていないかの如く、ギゼーは春
姫の胸の内に飛び込んで、鼻の下を伸ばしている。
どうやらギゼーは、黒髪で長髪の色白の美女に特に弱いようだ。
「春姫ちゃんと一緒に居られるなら、俺、永遠に此処に居たって構わな~い」
「ええいっ! 離れろっ! 離れんかいっ!!
……冬姫、良いからこやつを氷付けにしてしまいなさいっ!!!」
ところが、春姫はギゼーのそんな愛情表現を足蹴にしたばかりか、黒檀のよう
な眼を吊り上げ、妹である冬姫に命令口調で戦闘行動を促した。ところが当の冬
姫は姉の命令に逆らうように、いっかな微動だにしない。訝しげに見遣る春姫の
長女としての覚悟が色濃く出ている瞳に、信じられない光景が飛び込んできた。
こともあろうに冬姫は、真っ白い頬を朱に染めて何かに見惚れていた。その、
蕩(とろ)ける様な瑠璃色の瞳いっぱいに映し出されたそれは――ギゼーの姿だっ
た。
経験豊かな春姫は妹の動向を見、ピンと来るものがあった。
「冬姫……まさか…………」
「その、まさかですわ。春姉様。私、その殿方に一目惚れしてしまったみた
い……」
顔をより一層赤らめ腰をくねらせる仕草をすればこそ、正に恋する乙女のそれ
だった。
春姫の声にならない悲鳴が、白き霞の彼方へと木霊した――。
――― ○ ―――
実際、ギゼーの心中は穏やかではなかった。冬姫に愛される事に抵抗を感じて
いたから、堪らないという気持ちで一杯だった。
彼が冬姫を最初に見た時の印象は、「雪の女王」と言う架空の存在に擬(なぞ
ら)えたものだった。美少年が好きで、自分が好きになった少年達を氷付けにし
て自分だけのものにする、独占欲が強く、そして何処か寂しげな女性。最初、冬
姫の凍れる微笑を目の当たりにした時、その「雪の女王」の印象を重ね合わせて
見ていたのだ。だから多分に、自分も氷付けにされ彼女の“コレクション”の一
部に加えられるのではないか、そのように危惧した事は間違いない。気が気で無
かった事も否定しない。
だから敢えて危惧を口に出さずとも、ギゼーの顔は青一色に染められていた。
恐怖の色に、染められていたのだ。例え危惧で終わると言う事が明白であって
も、彼の恐怖は拭えないだろう。
ギゼーの危惧も何処の空、春姫と冬姫は互いの威信を掛けて激突する寸前だっ
た。
「ええぃっ! こうなったら、いくわよ! 冬姫! 妹だからって、手加減しな
いんだからねっ!!」
「望むところよ、春姉様っ!!」
彼女達の言葉が合図ででもあったかの様に、桜吹雪と吹雪が激突した。薄紅色
と白色の帯が、寒気と暖気が、ぶつかり合って巨大な空気の渦となる。遥か上空
にたなびいている霞を巻き込んで、さながら台風の様相を呈していた。
争いの原因たるギゼー当人は、戦闘地域から離脱し安全圏まで下がって茶など
を啜りながら、傍観ムードを満喫している。
「ギゼー君、その茶は何処から出したんだね?」
「あ、メデッタさんも飲みますか? 美味しいですよ。淹れてあげますよ」
何時の間に横に並んだのか、メデッタが物欲しそうにギゼーの啜っている茶を
見詰めている。
メデッタの視線に気付いたギゼーは、彼の意思を汲んだのか、はたまた自慢の
アイテムをお披露目したいだけなのか、何やら得意気に扇子のような物を取り出
し上に掲げた。そして、厳かに告げる。
「チャカチャチャ~ン、水芸扇子~! ポワンポワンポワ~ン」
「は!?」
「俺の自慢のマジックアイテムの一つ、“水芸扇子”ですよ。これは、念じた物
を噴出する事が出来るんですよ。ほら、この、柄の先端の部分からね。ただし、
液体限定ですけど。
因みに、この湯飲みは、“絶対に冷めない湯呑”です」
ギゼーの説明に、メデッタは些か引き気味の視線を向けるだけに留めた。だ
が、その視線を受けたギゼーは直感した。この人は、ほぼ一般的な感覚しか持ち
合わせていないのだな、と。別にだからって、どうすると言う事もないのだけれ
ど。
春姫、冬姫、二人の戦闘行動に一種の諦念感をもって臨んでいるギゼーとは対
照的に、リングの方は二人を止めようと躍起になっていた。
「二人共、争いは駄目ですよぅ。落ち着いて話し合えば、きっと解り合えます。
今、すっごくくだらない事で争ってますよ!?」
『くだらないこと、ですってぇぇっ!? 貴女には解らないでしょうけどねぇ、
これは私達姉妹にとってはすっごく大問題なんだからねぇっ!!』
リングが嘆願するように叫ぶと、夏姫、秋姫が挙って食って掛かってきた。姉
妹の威信を背中に背負っている二人は、同時にリングに対して八つ当たりを敢行
して来た。
二人は怒りの度合いを顕すかの如く、リングに対する攻撃の激烈さを増してい
った。
一方、攻撃を受ける側であるリングは、最初の内こそ余裕の表情を見せつつか
わしているだけであったが、段々その余裕の表情も消えていった。それだけ夏
姫、秋姫の戦闘能力が高いと言う事の表れでもある。
リングは、本気モードに入ると同時に二人に対して高らかに宣言した。
「私、もう怒っちゃいました! 本気でいきますよ!!」
宣言と同時にリングは夏姫、秋姫の二人に向かって突進する。
――― ○ ―――
ギゼーは戦闘区域から少し離れた安全地帯にマントを敷いて、その上に鎮座し
て茶を啜っていた。
彼は思う。「何もそんな事で怒って、本気出さなくても」と。だが、敢えて口
に出して言の葉に乗せるのは差し控える事にした。命の危険を感じ取っていたか
らかもしれない。
「やれやれ。あの子を怒らせると、怖いんだがね」
「そのようですね」
「ギゼー君。あの子は、ああいう風になるとちと手が付けられなくなるが、基本
的に良い子だよ」
「ええ、解っています」
メデッタの場にそぐわぬ惚けた会話に付き合いながら、ギゼーは茶を啜ってい
た。
暫く。二人は茶を互いに啜りあっているだけ――途中、メデッタは茶菓子が無
いぞと辺りを探したりしたが――であったが、唐突にメデッタがギゼーの方へ首
を巡らすと疑問を口にした。
「ところでギゼー君。彼の影法師君は何処へ行ったのかね? 先程から姿が見え
ない様だが……」
「影法師君? ああ、“影の男”のことですね。あいつなら、つい先刻まだ用事
があるからとか何とか言ってどっかに消えて行きましたよ。またかよって感じで
したけどね。……もう、突っ込む気にもなれねぇ」
ギゼーの最後の台詞は独白めいて空気に溶け込んだ。そして、肩を竦めて、全
身で呆れ果てて見せる。
彼らから少し離れた戦闘区域では、熱気と冷気が渦を巻いていた――。
NPC:メデッタ=オーシャン、影の男、春姫(ハルキ)、夏姫(ナツキ)、
秋姫(アキ)、冬姫(ユキ)
場所:白の遺跡(ソフィニア北)
--------------------------------------------------------------------
「俺はっ! 俺は勿論、永遠を選ぶぜっっ!! 春姫(ハルキ)ちゅわぁぁ~ん
vv」
『即答っ!?』
春姫(ハルキ)、夏姫(ナツキ)、秋姫(アキ)、冬姫(ユキ)、リングの声が協和
し、白き大海に響き渡る。真っ白き空間は漣を立ててその驚声を吸収し、拡大
し、霧散させる。影の男は、鼓膜が破れぬよう、耳――実際耳という物があるの
かどうか甚だ疑問だが――を両手で塞いでいた。
五人の少女達のハーモニーなどまるで耳に入っていないかの如く、ギゼーは春
姫の胸の内に飛び込んで、鼻の下を伸ばしている。
どうやらギゼーは、黒髪で長髪の色白の美女に特に弱いようだ。
「春姫ちゃんと一緒に居られるなら、俺、永遠に此処に居たって構わな~い」
「ええいっ! 離れろっ! 離れんかいっ!!
……冬姫、良いからこやつを氷付けにしてしまいなさいっ!!!」
ところが、春姫はギゼーのそんな愛情表現を足蹴にしたばかりか、黒檀のよう
な眼を吊り上げ、妹である冬姫に命令口調で戦闘行動を促した。ところが当の冬
姫は姉の命令に逆らうように、いっかな微動だにしない。訝しげに見遣る春姫の
長女としての覚悟が色濃く出ている瞳に、信じられない光景が飛び込んできた。
こともあろうに冬姫は、真っ白い頬を朱に染めて何かに見惚れていた。その、
蕩(とろ)ける様な瑠璃色の瞳いっぱいに映し出されたそれは――ギゼーの姿だっ
た。
経験豊かな春姫は妹の動向を見、ピンと来るものがあった。
「冬姫……まさか…………」
「その、まさかですわ。春姉様。私、その殿方に一目惚れしてしまったみた
い……」
顔をより一層赤らめ腰をくねらせる仕草をすればこそ、正に恋する乙女のそれ
だった。
春姫の声にならない悲鳴が、白き霞の彼方へと木霊した――。
――― ○ ―――
実際、ギゼーの心中は穏やかではなかった。冬姫に愛される事に抵抗を感じて
いたから、堪らないという気持ちで一杯だった。
彼が冬姫を最初に見た時の印象は、「雪の女王」と言う架空の存在に擬(なぞ
ら)えたものだった。美少年が好きで、自分が好きになった少年達を氷付けにし
て自分だけのものにする、独占欲が強く、そして何処か寂しげな女性。最初、冬
姫の凍れる微笑を目の当たりにした時、その「雪の女王」の印象を重ね合わせて
見ていたのだ。だから多分に、自分も氷付けにされ彼女の“コレクション”の一
部に加えられるのではないか、そのように危惧した事は間違いない。気が気で無
かった事も否定しない。
だから敢えて危惧を口に出さずとも、ギゼーの顔は青一色に染められていた。
恐怖の色に、染められていたのだ。例え危惧で終わると言う事が明白であって
も、彼の恐怖は拭えないだろう。
ギゼーの危惧も何処の空、春姫と冬姫は互いの威信を掛けて激突する寸前だっ
た。
「ええぃっ! こうなったら、いくわよ! 冬姫! 妹だからって、手加減しな
いんだからねっ!!」
「望むところよ、春姉様っ!!」
彼女達の言葉が合図ででもあったかの様に、桜吹雪と吹雪が激突した。薄紅色
と白色の帯が、寒気と暖気が、ぶつかり合って巨大な空気の渦となる。遥か上空
にたなびいている霞を巻き込んで、さながら台風の様相を呈していた。
争いの原因たるギゼー当人は、戦闘地域から離脱し安全圏まで下がって茶など
を啜りながら、傍観ムードを満喫している。
「ギゼー君、その茶は何処から出したんだね?」
「あ、メデッタさんも飲みますか? 美味しいですよ。淹れてあげますよ」
何時の間に横に並んだのか、メデッタが物欲しそうにギゼーの啜っている茶を
見詰めている。
メデッタの視線に気付いたギゼーは、彼の意思を汲んだのか、はたまた自慢の
アイテムをお披露目したいだけなのか、何やら得意気に扇子のような物を取り出
し上に掲げた。そして、厳かに告げる。
「チャカチャチャ~ン、水芸扇子~! ポワンポワンポワ~ン」
「は!?」
「俺の自慢のマジックアイテムの一つ、“水芸扇子”ですよ。これは、念じた物
を噴出する事が出来るんですよ。ほら、この、柄の先端の部分からね。ただし、
液体限定ですけど。
因みに、この湯飲みは、“絶対に冷めない湯呑”です」
ギゼーの説明に、メデッタは些か引き気味の視線を向けるだけに留めた。だ
が、その視線を受けたギゼーは直感した。この人は、ほぼ一般的な感覚しか持ち
合わせていないのだな、と。別にだからって、どうすると言う事もないのだけれ
ど。
春姫、冬姫、二人の戦闘行動に一種の諦念感をもって臨んでいるギゼーとは対
照的に、リングの方は二人を止めようと躍起になっていた。
「二人共、争いは駄目ですよぅ。落ち着いて話し合えば、きっと解り合えます。
今、すっごくくだらない事で争ってますよ!?」
『くだらないこと、ですってぇぇっ!? 貴女には解らないでしょうけどねぇ、
これは私達姉妹にとってはすっごく大問題なんだからねぇっ!!』
リングが嘆願するように叫ぶと、夏姫、秋姫が挙って食って掛かってきた。姉
妹の威信を背中に背負っている二人は、同時にリングに対して八つ当たりを敢行
して来た。
二人は怒りの度合いを顕すかの如く、リングに対する攻撃の激烈さを増してい
った。
一方、攻撃を受ける側であるリングは、最初の内こそ余裕の表情を見せつつか
わしているだけであったが、段々その余裕の表情も消えていった。それだけ夏
姫、秋姫の戦闘能力が高いと言う事の表れでもある。
リングは、本気モードに入ると同時に二人に対して高らかに宣言した。
「私、もう怒っちゃいました! 本気でいきますよ!!」
宣言と同時にリングは夏姫、秋姫の二人に向かって突進する。
――― ○ ―――
ギゼーは戦闘区域から少し離れた安全地帯にマントを敷いて、その上に鎮座し
て茶を啜っていた。
彼は思う。「何もそんな事で怒って、本気出さなくても」と。だが、敢えて口
に出して言の葉に乗せるのは差し控える事にした。命の危険を感じ取っていたか
らかもしれない。
「やれやれ。あの子を怒らせると、怖いんだがね」
「そのようですね」
「ギゼー君。あの子は、ああいう風になるとちと手が付けられなくなるが、基本
的に良い子だよ」
「ええ、解っています」
メデッタの場にそぐわぬ惚けた会話に付き合いながら、ギゼーは茶を啜ってい
た。
暫く。二人は茶を互いに啜りあっているだけ――途中、メデッタは茶菓子が無
いぞと辺りを探したりしたが――であったが、唐突にメデッタがギゼーの方へ首
を巡らすと疑問を口にした。
「ところでギゼー君。彼の影法師君は何処へ行ったのかね? 先程から姿が見え
ない様だが……」
「影法師君? ああ、“影の男”のことですね。あいつなら、つい先刻まだ用事
があるからとか何とか言ってどっかに消えて行きましたよ。またかよって感じで
したけどね。……もう、突っ込む気にもなれねぇ」
ギゼーの最後の台詞は独白めいて空気に溶け込んだ。そして、肩を竦めて、全
身で呆れ果てて見せる。
彼らから少し離れた戦闘区域では、熱気と冷気が渦を巻いていた――。
PC ギゼー リング
場所 白の遺跡
NPC 夏姫 秋姫 メデッタ
___________________________________
ボウッ!
夏姫の放つ向日葵の花は、秋姫の放つ枯葉に触れると高熱を発し、紅蓮の炎
を吐く炎の嵐となって、リングを襲った。
「うわわっ!」
炎の嵐を間一髪のところで避けるリング。しかし、リングに休む隙を与え
ず、炎の嵐がリングを襲う。
「うわわわわっ!!」
『そりゃそりゃそりゃっ!!』
夏姫と秋姫のコンビネーションは憎らしいぐらいピッタリだった。秋姫の木
の葉に必ず引火するように夏姫は向日葵の花を降らし、秋姫はリングの居場所
に狙い違わず木の葉を降らす。初めのうちはただ、攻撃を避けていただけのリ
ングだったが、次第にその動きに疲労が現れ始めた。
『ふふふ、我らの攻撃、いつまで避けきれるかな?』
「う、煩いですっ!本当は、貴方たちの攻撃を避けるのは簡単なんですから
っ!」
「しかし、動きが鈍くなっておるぞ?」
「ホホホ、口では何とでも言えるがの」
「う…っ」
リングは苦しそうに顔をしかめた。が、間髪いれず炎の嵐が襲ってくる。リ
ングは間一髪でその攻撃を避けた。
はあっ はあっ
リングの体からはダラダラと、尋常じゃない量の汗が流れ出ていた。体から
流れ出る汗が、地面に触れてじゅわっ、と蒸発する。
呼吸が苦しい。脳天が、ぐらぐらする…。
(あ…つい…っ…‥)
「ちょっと、リングちゃん大丈夫か?」
ギゼーが尋常じゃないリングの様子に気づいて腰を浮かした。
「なんか…、めずらしく、負けそうになってるんだけど…」
「まあ…」
メデッタは腕を組むと一人、納得して頷いた。
「我々の、弱点だからな。うむ」
「はぁ?」
ギゼーの頭にハテナマークが浮かぶ。
「どういう事ですか?」
「どういう事って、ほら…、私たちは海流族だろ?私たちは水の恩恵で生かさ
れている生き物なんだ。だから、まあ、割と寒さには耐えられるんだが、暑さ
にはめっぽう弱いんだな。まあ、当然といえば当然だが」
「えええっ!それじゃあ、リングちゃんピンチじゃないですか!…‥助けに、
行かないんですか?」
「ギゼー君、君はこんなことを知ってるかい?」
メデッタが人差し指をピンと立てて言う。
「親ペンギンは、子ペンギンを氷山の上から突き落として、這い上がってきた
子だけを自分の子として育てるそうだよ」
(…)
ギゼーの顔に疑い深そうな表情が浮かぶ。
「…メデッタさん、それ、微妙に違うような気がするんですが。…ペンギンの
話でしたっけ?」
「うっ、それは…、ゲフッ、ゲフン、まあ…、しかし」
「あの…」
ギゼーの言葉を完全に無視し、メデッタは話を進める。
「このままでは少しかわいそうな気もするな。私も鬼じゃない。お助けアイテ
ムぐらい、出してやろう」
そしてふいにメデッタは、ひょいっと、ギゼーの手から“水芸扇子”を奪い
取った。
「あっ!」とギゼーが言ったときにはもう、メデッタはそれをピンチのリン
グに向かって放り投げていた。
「リング!これを使え!」
パシィィィっ!
メデッタの声に気がついたリングは、見事水芸扇子を片手でキャッチした。
「う…え…?伯父様??」
「伯父様じゃない!その扇子からはどんな液体でも出るんだ。お前にうってつ
けの道具だろう」
「そ、そうですね!有り難う御座います!伯父様!」
「<伯父様>と呼ぶな!!」
『そんな扇子一つで状況は崩れないわ!!』
ぼわっ、と炎の嵐がリングを襲った。しかし、それを避けたリングの顔には
余裕の笑みが。
「大丈夫です」
夏姫と秋姫に向かってリングはにっ、と笑う。
「<水>さえあれば、負けません」
ばさっ、と扇子を広げると、リングは大声で叫んだ。
「大量の水!」
言葉どおり、扇子からは洪水のように水が流れ、それは蛇のようにリングの
体に絡み付いて、その体を包み込んだ。まるでリングは渦潮の中心にいるよう
だ。
『そんなもの!』
怒った夏姫と秋姫が、炎の蛇のような、火炎の嵐を繰り出してくる。
『蒸発させてやる!!』
炎の蛇は怒り、紅蓮の牙をむき出しながら、うねって、渦潮に噛み付いた。
じゅううう…‥
「げっ、やばいですよ、メデッタさん!」
ギゼーがメデッタのわき腹を小突いた。夏姫と秋の起こした熱風で、ギゼー
の赤茶色の髪がふわりと逆立っている。今、目の前は水蒸気で真っ白になって
いた。
「ホントに蒸発してるぜ!」
夏姫と秋姫の火炎はリングの渦潮に食い込み、その渦潮の水を徐々に蒸発さ
せつつあった。しかし、同じようにその黒い髪の毛を逆立て、腕を組み、前を
見据えるメデッタは冷静だった。
「ギゼー君、これはエンドじゃない」
メデッタの顔をさらりと熱風が撫でる。
「フィニッシュ、だよ」
『聖アルヴァンス伝より…。神は言われる。咎人には死を、死人には永久の安
らぎを、死体には花を』
どこからか朗々としたリングの声が響く。
「この声の感じ…」
何故か、ギゼーの体に鳥肌が立った。メデッタが呟く。
「<聖書>、か…」
『死体に顔は無く、顔のある死体は闇に返さん。我、咎人を闇に返さんとする
者なり』
言葉が終わると同時に、黄色い閃光が空中を走った。
ギゼーとメデッタ、二人の顔を撫でていた熱風が、少しずつやんできた。そ
れと同時に、霞が少しずつ晴れてくる。その霞の中からリングが現れた。その
手には一冊の本。
「終わりました」
彼女はまるで、手術でもしてきたかのように、言った。
場所 白の遺跡
NPC 夏姫 秋姫 メデッタ
___________________________________
ボウッ!
夏姫の放つ向日葵の花は、秋姫の放つ枯葉に触れると高熱を発し、紅蓮の炎
を吐く炎の嵐となって、リングを襲った。
「うわわっ!」
炎の嵐を間一髪のところで避けるリング。しかし、リングに休む隙を与え
ず、炎の嵐がリングを襲う。
「うわわわわっ!!」
『そりゃそりゃそりゃっ!!』
夏姫と秋姫のコンビネーションは憎らしいぐらいピッタリだった。秋姫の木
の葉に必ず引火するように夏姫は向日葵の花を降らし、秋姫はリングの居場所
に狙い違わず木の葉を降らす。初めのうちはただ、攻撃を避けていただけのリ
ングだったが、次第にその動きに疲労が現れ始めた。
『ふふふ、我らの攻撃、いつまで避けきれるかな?』
「う、煩いですっ!本当は、貴方たちの攻撃を避けるのは簡単なんですから
っ!」
「しかし、動きが鈍くなっておるぞ?」
「ホホホ、口では何とでも言えるがの」
「う…っ」
リングは苦しそうに顔をしかめた。が、間髪いれず炎の嵐が襲ってくる。リ
ングは間一髪でその攻撃を避けた。
はあっ はあっ
リングの体からはダラダラと、尋常じゃない量の汗が流れ出ていた。体から
流れ出る汗が、地面に触れてじゅわっ、と蒸発する。
呼吸が苦しい。脳天が、ぐらぐらする…。
(あ…つい…っ…‥)
「ちょっと、リングちゃん大丈夫か?」
ギゼーが尋常じゃないリングの様子に気づいて腰を浮かした。
「なんか…、めずらしく、負けそうになってるんだけど…」
「まあ…」
メデッタは腕を組むと一人、納得して頷いた。
「我々の、弱点だからな。うむ」
「はぁ?」
ギゼーの頭にハテナマークが浮かぶ。
「どういう事ですか?」
「どういう事って、ほら…、私たちは海流族だろ?私たちは水の恩恵で生かさ
れている生き物なんだ。だから、まあ、割と寒さには耐えられるんだが、暑さ
にはめっぽう弱いんだな。まあ、当然といえば当然だが」
「えええっ!それじゃあ、リングちゃんピンチじゃないですか!…‥助けに、
行かないんですか?」
「ギゼー君、君はこんなことを知ってるかい?」
メデッタが人差し指をピンと立てて言う。
「親ペンギンは、子ペンギンを氷山の上から突き落として、這い上がってきた
子だけを自分の子として育てるそうだよ」
(…)
ギゼーの顔に疑い深そうな表情が浮かぶ。
「…メデッタさん、それ、微妙に違うような気がするんですが。…ペンギンの
話でしたっけ?」
「うっ、それは…、ゲフッ、ゲフン、まあ…、しかし」
「あの…」
ギゼーの言葉を完全に無視し、メデッタは話を進める。
「このままでは少しかわいそうな気もするな。私も鬼じゃない。お助けアイテ
ムぐらい、出してやろう」
そしてふいにメデッタは、ひょいっと、ギゼーの手から“水芸扇子”を奪い
取った。
「あっ!」とギゼーが言ったときにはもう、メデッタはそれをピンチのリン
グに向かって放り投げていた。
「リング!これを使え!」
パシィィィっ!
メデッタの声に気がついたリングは、見事水芸扇子を片手でキャッチした。
「う…え…?伯父様??」
「伯父様じゃない!その扇子からはどんな液体でも出るんだ。お前にうってつ
けの道具だろう」
「そ、そうですね!有り難う御座います!伯父様!」
「<伯父様>と呼ぶな!!」
『そんな扇子一つで状況は崩れないわ!!』
ぼわっ、と炎の嵐がリングを襲った。しかし、それを避けたリングの顔には
余裕の笑みが。
「大丈夫です」
夏姫と秋姫に向かってリングはにっ、と笑う。
「<水>さえあれば、負けません」
ばさっ、と扇子を広げると、リングは大声で叫んだ。
「大量の水!」
言葉どおり、扇子からは洪水のように水が流れ、それは蛇のようにリングの
体に絡み付いて、その体を包み込んだ。まるでリングは渦潮の中心にいるよう
だ。
『そんなもの!』
怒った夏姫と秋姫が、炎の蛇のような、火炎の嵐を繰り出してくる。
『蒸発させてやる!!』
炎の蛇は怒り、紅蓮の牙をむき出しながら、うねって、渦潮に噛み付いた。
じゅううう…‥
「げっ、やばいですよ、メデッタさん!」
ギゼーがメデッタのわき腹を小突いた。夏姫と秋の起こした熱風で、ギゼー
の赤茶色の髪がふわりと逆立っている。今、目の前は水蒸気で真っ白になって
いた。
「ホントに蒸発してるぜ!」
夏姫と秋姫の火炎はリングの渦潮に食い込み、その渦潮の水を徐々に蒸発さ
せつつあった。しかし、同じようにその黒い髪の毛を逆立て、腕を組み、前を
見据えるメデッタは冷静だった。
「ギゼー君、これはエンドじゃない」
メデッタの顔をさらりと熱風が撫でる。
「フィニッシュ、だよ」
『聖アルヴァンス伝より…。神は言われる。咎人には死を、死人には永久の安
らぎを、死体には花を』
どこからか朗々としたリングの声が響く。
「この声の感じ…」
何故か、ギゼーの体に鳥肌が立った。メデッタが呟く。
「<聖書>、か…」
『死体に顔は無く、顔のある死体は闇に返さん。我、咎人を闇に返さんとする
者なり』
言葉が終わると同時に、黄色い閃光が空中を走った。
ギゼーとメデッタ、二人の顔を撫でていた熱風が、少しずつやんできた。そ
れと同時に、霞が少しずつ晴れてくる。その霞の中からリングが現れた。その
手には一冊の本。
「終わりました」
彼女はまるで、手術でもしてきたかのように、言った。