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2024/05/16 13:54 |
Get up! 06/フェイ(ひろ)
PC: フェイ コズン
NPC: レベッカ、飛び大口、少女(アニス)の連れの女性
場所:道中宿兼酒場

――――――――――――――――


 フェイにとって戦いとは単純なものだった。
 目標と問われれば当然のように「復讐」と即答するフェイだったが、
より限定するなら戦いの場において仲間を守り切る、言い換えれば生
き残らせることが強さを求める大きな理由だった。
 そのためにフェイがたどりついた結論は、仲間の誰にも攻撃が届く
前に敵をせん滅する、単騎先行による最大打撃だった。
 もちろんそれはよほどの強敵を相手にした場合のことだったが、必
要のない時はどうかといえば、それこそリーダーの指示に従い、チー
ムプレーでもあるいは後衛の守りでもそつなくこなしてきた。
 つまり極論すれば、フェイの戦闘における選択とは、指示をこなす
か単騎突撃するかの二択だったのだ。
 フェイにすれば余計な思考をそぎ落としその分戦闘能力に特化させ
るために編み出した戦術だった。


 エルガー達なら迷うことなく召喚現場に向かうだろう。
 しかし今闘っているのはコズンとレベッカだ。
 飛び大口程度一匹二匹ならともかく、数はかなりいる。
 
「誰か! あの子を! アニスを助けて!」

 その時フェイの耳は叫ぶような悲鳴を聞いた。

 犠牲者が出ているのか?と思った時にはすでにフェイは駆け出していた。
 
 
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 アカデミーに依頼が来るだけあって、力自慢のドワーフやハーフオ
ークやほかにも「普通の村人」と言い切るには眉をひそめそうな雑多
な人種がいながら、ちゃんとした戦士はいないらしく、村の中は辛う
じて飛び大口をかわして身を守れている程度のものが数名見えるだけ
であとは建物の中や物陰に隠れて、飛び大口の接近のたびに悲鳴をあ
げてるのばかりで、しっかり倒しているのはコズン達だけだった。

「誰か! あの子を! アニスを助けて!」

せっかく隠れていた建物から、周囲の止める手を振り切って少女と成
熟した女性の間ぐらいに見える旅装束の女性が飛び出して叫んだ。

「なんだ、なにかんがえてんだ!」

 神経をすり減らすように敵をひきつけ、レベッカのダガーでさらに二
体を落としていたコズンは突然の乱入者に、戸惑いと怒りの声を上げる。

「あ、あの娘のことじゃない? 最初につれてかれた女の子!」

 新たな飛び大口の急襲をぎりぎりでかわすコズンの肩の上でレベッカ
がそう言った。、
 コズンも苦い顔しながら目をそちらに向ける。

「ちっ! でもこんな状況じゃ……って、おい! にげろ!」

 文句を言いかけたコズンはあわてて叫んだ。
 少女をさらい空に逃げた飛び大口を見上げながら叫ぶ女性の死角から、
さらに別の飛び大口が急降下しているのが見えたのだ。

「遠い!」

 レベッカもダガーを投擲態勢に構えるが、非力な彼女は長距離のスロ
ーイングは不可能だった。
 気づいた瞬間からコズンは駆け出していたが、回避で崩れた体制から
では到底間に合うものではなかった。

 コズンの声にようやく自身の危機に気がついた女性が首をひねる。
 コズンの位置からは見えないが、おそらく恐怖に目を見開いて、迫り
くる脅威を眼前にしているのであろう、それまで上げていた声もピタリ
と止まり硬直したように立ち尽くす。
  女性に迫る飛び大口がその名にふさわしい大口を開け――

「あ!」

 コズンの肩の上でレベッカが声を上げた。
 
 
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
 
 
 辺境に位置するこの村は当然あるていどの畜産は自前で賄っている。
 酒場から少し先にある少し開けたところには、家畜のためにいくつ
かの柵に囲われた飼育所が設けられていた。
 田舎の村らしくただ柵で囲っただけで放し飼いされてた家畜たちが
まっ先に犠牲になったのだろう。
 その騒ぎを聞きつけ様子を見に出てきた村人がさらなる犠牲になっ
たのかはわからないが、空をみあげると飛び大口の特徴でもあるのど
袋が、獲物をとらえた証拠に張っているものが幾つか確認できる。

(やはり、そうか)

 こんなに多くの飛び大口があらわれ、獲物をとらえたはずの奴が、
何かを待つように空中にとどまっている。
 本来群れをなさないはずなのに、なわばり争いをするでもなく、
「仕事」を終えたものは待機しておとなしく待っている。
 あり得ないことだが、召喚によって使役されているのなら、術者に
よってそうコントロールされていたとしても不思議はない。
 確信を深めたフェイは、視線を動かして現場の確認をする。
 地面には四体が撃ち落とされている。

 フェイはコズンの資質はそれなりのものがあると見ていたものの、
一対一ならともかく飛び大口クラスを複数相手取るにはまだまだ経験
不足とよんでいた。
 経験とはつまり視野と選択肢の広さである。
 複数相手にするには最低限一体を相手にしつつほかの敵の動きをと
らえ続けるだけの余裕がいる。
 それは体や技を鍛えるだけでは身に付かず、ただひたすら実践の積
み重ねで得るしかないものだった。
 おまけに建物の中から外を伺うような気配が多数あるところをみる
と、コズンがその身をさらすことで避難の時間を稼いだことが予測さ
れた。

(ふん、そのぐらいはしてもらわねば、な)

 そして、焦ったようコズンが見つめる先には、一人の女性とそこに
迫る一体の飛び大口がいた。
 それらを一瞬で確認したフェイは、走りながら呼吸リズムを変え、

「はぁっ!」

 一気に一息ではきながら、全身の筋肉の収縮を足へと伝え、地面を
踏み砕くほどの力に変えて解き放った。
 その瞬間、フェイの視界がぶれるようにして流れ、一瞬の後には、
飛び大口を眼前にとらえていた。
 女性と飛び大口の間に飛び込んだフェイは剣をふるう。
 ただ其の一撃で真っ二つに両断された飛び大口は、勢いそのまま
に二つに分かれて左右に飛び散る。
 
「さて、と」

 女性の無事を確認し、駆け寄ろうとしているコズンを一瞥すると、
仲間がやられたことも気にせずにさっそく新たな獲物に反応して群が
りだす飛び大口に視線を向けた。

 
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「おい! あんたならおとせたんじゃないのかよ!」

 駆け付けたフェイは飛び大口が不用意に飛びかかってくるたびに、
いっそ無造作とも見える動作で撃ち落とし続けた。
 そうして残ったほとんどが、文字通り獲物で腹(喉袋)を膨らませ
たものになった。
 しかしフェイは、しばらく様子を見るように空を旋回していたそれ
らがどこかへ飛び立つのを黙ってみていたのだった。

「アニス、というのはおつれですか?」
「は、はい。 あの」
「大丈夫ですよ。 お任せください。 必ず助けますから」
「あ、お願いします!」
「レベッカさん」
「え、なに?」
「ほかの被害の確認を」
「そうだね、うん、聞いてくる」
「…・・・おい!」

 実に淡々と話を進めるフェイに、コズンが改めて怒鳴る。
 
「はー、あんな所を飛んでるものを落としたら中にいる人も無事で
は済まんことぐらいわかるだろう」
「ぐ……でも逃がしたらおなじだろうが。巣穴に返したら餌になる
んだろうが!」

 いきり立つコズンにフェイは怒るどころか、溜息をつく。

「まさか、あれが野生のものとか思ってないだろうな」
「? なんのことだ?」
「おまえ……アカデミーに座学がある理由がわかったよ」
「んだと!」

 コズンにはフェイがあきれている理由はわからなかったが、バカ
にされていることはわかったのだろう。
 コズンとしてはフェイの実力を目の当たりにしたからこそ、フェ
イなら何とかしただろうという確信があった。
 アカデミーのトップクラスの実力がどういうものなのか。
 認めたからこそそれを使い切らなかったフェイに腹を立ててしま
うのだった。
 そんなコズンに説明してやる気もないフェイは、村人に聞き込み
をしているレベッカのほうを何とはなしに見る。

(レベッカはさすがに気付いているはず。俺の五感と妖精族の魔力に
対する感覚の鋭さがあれば追跡は可能だ)

 レベッカがこちらに戻ってくるのを見て、横で納得いかない様子の
コズンに言い放つ。

「レベッカさんが戻ったらすぐに出るぞ。 こういうのは根本から絶
たねばな」
「根? なんのことだ?」
「詳しいことはレベッカさんにでも聴け。 ああそれと、今度は武器
を離すなよ」
「! てめぇ……」

 コズンがなにか言おうとする前にレベッカが戻ってきた。

「あー、また喧嘩して。 とりあえずやられたのは家畜だけで、人はあ
の女の子だけみたいね」

 その言葉にはコズンが飛び出したおかげで被害が少なく済んだという
意味が隠されていたが、フェイは気付かないふりをする。
 そんなフェイを仕方ないなーといった風にみたレベッカは苦笑する。

「それで、フェイはわかってるんでしょ?」
「ええ、すぐに追います」
「そうね、あれはどう見ても捕獲用よね。殺す気ならもっといいのいる
だろし」
「だから、何の話だよ!」
「急ぐほど結果はいいはず、いきますよ」
「わかった」
「おい!」

 コズンの怒声を聞き流しながらフェイは飛び大口の気配の残る先をみる。

(召喚というのが気にかかるが、まさか、な)


――――――――――――――――
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2008/05/01 14:05 | Comments(0) | TrackBack() | ○Get up!!
Get up! 07/コズン(ほうき拳)
PC: フェイ、コズン
NPC: レベッカ、青年、鬼、飛び大口
場所:町はずれの墓地

 飛行生物を落とす手並み、一刀で断ち切る技。目に焼き付いた剣線を何度か反芻していく。たいした実力者だ。だが、厄介というほどでもない。横にいた二人は、まあ無視してもいい手合いだろう。そう結論づけて、彼はゆっくりと目を開いた。
 くすんだ青いローブの端と、銀の鈴がついた杖を握った手が彼自身の目に写った。その目はどこにでもありそうな茶色だが、中にある力は強かった。顔が平凡な分、それは少しばかり浮いた雰囲気をしてる。彼の横には似たような色違いの白いローブの子供が、一心に空中の一点を眺めている。額には汗を浮かばせ、目にはくっきりと隈が見える。やはり多数の使役は重荷らしい。そろそろ潮時だろう。
 そう口を開きかけた男は、ふと気配を感じて、辺り一帯を見渡たす。あたりには荒作りの土饅頭や石、さびた剣などが夕闇の中に立っていた。ここは外れにある墓地のようだ。奥には陰気な森が続いており、他に誰一人いないように思える。これで本当にだれもいないなら恥ずかしいものだ。
 相手は気配のかけらも見せようとはしない。不快そうに茶色の頭をかき回し、ため息混じりに思考を巡らしていく。飛び大口が捕らえた人物はもう少しでここに来る。なにか問題でもあるのだろうか。それとも、信用していないのか。まあ、後者だろう。
 無言で気配を追いながら視線を巡らせる。なめられてやっていける仕事ではない。
 しばらく、集中していると茂みには風景の一部のように溶け込んでいる。それは四足獣のように見えた。その子牛ほどの大きさをのぞけば、体型は犬が一番近いだろうか。
 間髪入れず彼は声を放った。体格に似合わない、重い金属を思わせる声だった。

「なにか、ご用でもおありかな」

 その正体を確認する間もなく、風がさぁっと流れた。ざわざわとあたりの森が騒ぎ、しばらくするとそのざわめきも風も、獣の姿も消えていった。ふう、と息を吐いて、肩から力を抜く。そして、頬をかきながら、鈴に話しかける。

「よくないものの依頼を受けたようだな」

 同意するように鈴はチリンと鳴る。満足げに男は頷くと、横手の少年に目を向ける。なにも気付いたような雰囲気はない。集中力は才能だが、こうも在りすぎるのはよくない。暖かい苦笑いを漏らしながら、子供の頭をなでてた。

「よくやった。疲れたろう。他の飛び大口は解放していい。制御は私が引き受ける」

 相変わらず金属質の声だったが、ほんの少し暖かみを帯びている。その声と手のひらの暖かさに子供はやっと顔を上げた。汗をかいた顔に微笑みが浮かぶ。そして、息をつくとともにへたり込んだ。

「合流地点まで先に向かえ、ここは受け持つ」

 子供はこくりと頷き、白いローブを揺らした。そして、ゆっくりと森の奥へと進んでいった。
 見送ると、すっかり冷たくなった風を肺一杯に詰め込んでいく。そしてまた森が鳴いていく。キッと目に力を込めて、男はただ待った。


▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽

「あ゛ー、ちくしょー」

 回収した槍を片手にコズンはフェイの背中を追いながら、夕方特有の空気を切り裂いて進んでいく。踏んでいる土はだんだんと湿り気を帯びてゆき、空気もじっとりとした土臭いものへと変わっていった。風は少しずつ強まっているようで、その空気をより冷たく感じさせる。

「無駄口叩いてないで足動かしなさい」
「ちっ」

 コズンの頭部に乗っているレベッカがその舌打ちに苦笑した。そして、大仰に肩をすくめる。

「いつまでも、こどもねぇ」
「っせぇよ」

 眉を寄せて虚空をにらみ、不機嫌を圧縮した声を吐いていく。面白いはずもない。自身の最大の努力が目の前で打ち崩された。別にそれに、フェイが人を対等な人間と扱っていないような態度が気に入らない。なによりも自らの弱さの方が気にくわないのに、コズンはそのいらいらを心中で八つ当たりしていく。飛び大口の襲撃、飛び出してきた女、わざわざさらわれたアニスとかいう少女、見ていたはずなのに助け船がないフェイ、あきれたレベッカの顔。それを思っては歯を食いしばりぎちぎち鳴らす。

「っくそ。なめやがって」
「……仕方ないわ。彼だって焦っているのよ」

 急に思案げにレベッカはつぶやいた。珍しい表情にとまどいながらも、コズンは理解仕切れないとばかり顔をゆがめる。レベッカは、軽く肩の力を落としながら、困った子供をみるように笑った。彼女はいつも、もっとも幼く、そしてもっとも年長者だった。やっとコズンに意図が伝わったものの、彼の眉を動かすだけにとどまった。

「……何か、います」

 気配を追うのに集中していたフェイが声を発した。足の速度はゆるめず、こちらに振り向きもしない。ただ剣だけを抜いていた。話を聞いていたのかもわからない。その様子にコズンは鼻を鳴らすと足を速める。
 飛び大口の臭いと気配は町はずれの墓地へと続いていた。待っているのは、陰気な湿気を濃厚に含んだ土と青いローブの男だ。横には、少女を飲み込んだ飛び大口がうずくまりこちらの様子をじっと見ている。
 男は杖を構えてこそあれ、水を思わせる自然体だった。ふと、コズンは胸に熱さを感じた。動物が炎を見るような不安の熱だった。比例するように普段使わない心が冷たくなっていく。死を受け止める時はこんな感じなのだろうか。心の体温が弱々しく呟いた。
 コズンが突っ込んでいくと考えたのだろうか、それとも男の実力を本当に理解したのだろうか。焦ったようにフェイは一歩前に出る。

「下がっていろ! おまえとは格が違う!」

 フェイの声と重ねたように青年から低い詠唱のような声が響いた。きゅっぼん、と風呂桶の栓を抜いたような間抜けな音ともに数個の光の塊がにふわふわと浮かび上がった。ウィル・オー・ウィスプを思わせるそれは彼を守るように周回している。
 そして、淡々とした一方的な宣言が下される。

「……参る」
「近寄るな!」

 男の声に、コズンが悲鳴のように叫ぶ。それより速く、フェイの焦りは彼を動かしていた。冷たい墓土を抉るように踏みだし、疾風のような横薙ぎの一撃を放つ。
 金属がぶつかり合うような音が、一瞬だけ墓地を揺らした。

「っ!」

 飛び大口を二つに断ち切ったフェイの剣は彼を傷つけることはできなかった。後、指先一つ分で彼にふれるというところでとどまっている。光の珠のためか、金剛の層のように硬質化した周囲の空気が彼に刃を届けることを拒んでいる。

「気功……だな、やっぱ」

 以前カフール周りで護衛の仕事をしたとき、似たような技を見た。不可解でよくわからない力なのでコズンにはとっては魔法と同じ順列だが、こちらの方が一度見たら何となくはわかる。あのとらえどころのないくせに芯のある感じ。前に会った使い手と同じようでいつも違う。それが気功使い。独特の雰囲気の差が気配に乗ってコズンの肌をざわつかせる。心底合わない武芸というのもコズンにとっては珍しかった。あの哲学者のような態度、それがとにかく彼とは合わないのだ。動と静でいえば常に動でなくては気が済まない。そんな男にとってその武術は見ているだけで苦痛だった。

「正確には違う。我流だ」

 男はフェイから目を離さず言った。平凡な顔から、いやに眼力ばかりが強くにじみ出て“バッグベアード”のようにフェイを圧迫する。
 フェイは思わず一歩引き、剣を構え直す。表情は変えないよう努めているようだったが、そのこと自体が焦りを表している。

「よい剣だった」

 男は一回だけ目を閉じ、そして開く。そして杖を墓土に突き刺し何か呟く。
 すると古い扉が開くような音ともに杖がゆがむ。続いて、ゴリゴリという岩を咀嚼するような低い、肌をぞわっとさせる音があたりじゅうにひろまっていく。音と同時に杖は姿を人型に近い者へと変わっていく。そして、不愉快な音が収まる。。それは細いからだを猫のように腰をかがめながら、立っている鬼だ。すべて銀色で瞳も白目の区別もない目、背中へとたてがみのように生える緑の髪、割れたざくろを思わせる口。そして、浮き立ったあばらがいやに目につく。
 鬼が現れると同時、拳を構える青いローブの男。金剛のような硬さを持つのはおそらく胴だけではない。拳もまた同じ硬度で放たれるだろう。青年は一度、目を閉じては開き、哀れむような視線を二人の男に投げかける

「だが、残念だ。その剣を振るのもここまでのこと。いくぞ、ヤクシャ」

 ザザザと森の葉が揺れた。風はただ強く吹いていた。


―――――――――――――――

2008/07/01 23:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○Get up!!
Get up! 08/フェイ(ひろ)
PC: フェイ、コズン
NPC: レベッカ、青年、鬼、飛び大口
場所:町はずれの墓地



 武器相手に素手は不利というのが一般的な認識だろう。
 それは二つの要素、間合いが武器の分だけ伸びることと器物であるというとこ
ろに起因する認識であながち間違ってはいない。

(だが気功で強化された拳は武器となんら変わらない)

 フェイはまずは相手の実力が未知数な戦闘の基本通り、重く強い一撃よりも、
回避しやすいぎりぎりの浅い間合いからの速さを優先した回転のいい攻撃を繰り

出していった。
 はたで見ていたコズンでもすべてを見きれないほどの連撃は、並の相手ならそ
れだけで倒せてしまう、十分必殺技と言えそうなものだったが、相手の男はかわ

しきれないと見るや少しも動じずに、拳を打ち付けるようにして弾き、あるいは
払うことで、一筋の傷も受けずに防ぎ切った。
 盾、盾がなくても手にした武器で相手の武器を防ぐことは、一定レベル以上の
実力があれば珍しくない。
 男は気功で武器とかわらない硬度を拳に付与しているから、と口で言うほどた
やすいことではない。
 
「あ!」

 コズンの頭でレベッカが声を上げる。
 高速で攻防を繰り広げるフェイを、男と挟み込むように鬼――ヤクシャがすべる
ような動きで回り込み、滑らかな歩法とは裏腹の荒々しい一撃を放ったのだっ

た。
 しかしフェイの五感は激しい攻防のさなかでもその動きを見逃さしてはいな
かった。
 連撃の最後の一撃を弾かれた勢いをわざと殺さずに、舞うように回転しながら
囲いを抜けるとそのまま少し距離を取ってまた構えをとった。

「こいつら……」

 いくら気に食わないと反発してもやはり自分の感覚はうそをつけない。
 コズンは目の前の二人(ヤクシャも数えるなら三人?)明らかにマスター・クラ
スの達人たちであることが分かり、その垣間見たレベルの高さに感嘆してしまっ

ていたが、すぐにそれに比べた自分の力なさに歯噛みした。
 コズンはアカデミーの基礎講座をまじめに受けたことこそないが、レベッカ達
のパーティでは基礎から仕込まれていたため、フェイの位置取りが対二戦闘のポ

ジショニングをしていることに気がついた。
 今のフェイは男とヤクシャの二人を正面に均等な位置にとらえる三角形の形に
位置取りをしている。
 もしコズンを当てにしているのならば、コズンと並列隊形を取っても良いし、
どちらか一方の後ろを取るように動けば、コズンとふたりで、一対一を二つ作る

形にする手もある。
 いまのフェイの位置取りはコズンを完全に当てにしてないと言っているような
ものなのに、戦闘に乱入すれば足を引っ張ることが自分自身でわかってしまった

ため、悔しさをかみしめていたのだった。
 そんなコズンが見つめる先でフェイは言い知れぬ焦燥が湧き上がってくるのを
無理やりぬじ伏せ、集中力という牙を研ぎ澄ましていた。

(なんだ、何か変だ)

 フェイの斬撃の鋭さに慎重になったのか、あるいはもともとそのスタイルでよ
うやく本来の力を出してきたのか、男はヤクシャを先攻させ、自身は連携を取り

ながらおもに防御を担うように動きだした。
 ヤクシャが鋭い爪を剛腕とともにつきたてようとするのを、フェイは剣ではじ
き返して懐に飛び込もうとするが男がヤクシャの攻撃に少しタイミングをずらし

ながら追撃してくるため、迂闊に踏み込めず次の手につなげられない。
 ならばと攻めれば必殺の一撃にたどり着く前に、最初の攻防のように男が防い
でしまう。
 フェイはますます焦燥感が募ってくるのを感じていた。

(なんだ? こいつらは確かに強敵だが……勝てない相手ではないはず)

 だが実際は必殺の間合いに入れずに攻防を繰り返していたずらに消耗していく
だけ。
 
「まずいわね」

 コズンの頭の上でレベッカが唸った。
 レベッカはクラッドがいっていたフェイの「問題」を思い出して苦虫をかみつ
ぶしたような顔になった。

 レベッカとて熟練者としてアカデミー・ギルドで長く仕事しているだけあっ
て、フェイのうわさはよく知っていた。
 修士取得後もアカデミーの教室に残ったフェイは、冒険者として完全に独立し
て仕事をしていたレベッカ達とは、根が同じとはいえ片やアカデミー、片やギル

ドと活動の中心が違ったため直接組むことはなかったが、とくにギルド中心に仕
事をしている独立した冒険者達にとって優秀な「お仲間になるかもしれない」人

文の情報収集は当たり前のことだった。
 強靭なうえに不死身の肉体というもって生まれた特性を持ちながら、わ゛を磨
くことにも余念がなく、実績こそまだまだだが、単純戦闘力では間違いなくトッ

プレベルの戦士。
 いずれ独立の折には間違いなくいろんなパーティーからオファーが殺到するで
あろう彼の幾多の「戦果」は教室で受けていただけにレポートも残されていて、

確認可能な事実であることもレベッカは知っていた。
 そういうのは日の出の魔道師がコネを持っていたため、しぜんとレベッカも知
ることができたのだ。

(私の知るフィって戦士の力なら心配はないって思ってたけど、ほんとにこうい
う問題があるとは……ね)

 コズンにちょっとしたペナルティーと同時にトップクラスの戦士と組ませてや
るチャンスと思ってクラッドの話を軽く聞き流していた自分に舌打ちしたい気分

だったが、今はそれどころではなかった。

「おい、まずいってなんだよ?」

 コズンが訝しげに、しかし視線は動かさずに聞いてきた。

「……このままじゃだめってことよ」

 フェイが動きに精彩を欠くのも焦燥に心を乱しているのも、こうして離れた位
置からレベッカほどの者が本来の実力を知った上でみればよくわかった。
 おそらくフェイの問題とは……。

(どんなに強くなっても選択肢を一つしか持たないものは、限られた条件かだけ
でしか使い物にならない……なるほどこの急増チームは、フェイのためでもあっ

たわけか)

 こればっかりは自身で気づきみにつけていかねばならないことだし、ここで
言ってても仕方がないことだ・、レベッカはそう割り切ると頭の中で何ができるか

を考えた。

「よし、コズン、いまから合図したらまっすぐ走って。 あっちに転がってる大
口から攫われた人救出するよ」

 コズンはレベッカのいう「あっち」が視線を外さずに見れることに目を向いた。

「おい! 簡単に言うけどそれってあのなかをつっきれってことかよ!」

 そう、フェイ達が闘っているその向こうに飛び大口は命令を待っているのか、
じっとたたずんでいた。

「あたりまえでしょ、迂回とかしてたらバレるじゃない」

 レベッカはさも当然のように言った。

「大丈夫スキは作る。 それに、あんたはしってるはずでしょ?」

「?」

「パーティー組むってのは、ぼーっと眺めてりゃいいわけじゃないってこと」

「な! おれがいつぼーっとしてるってんだ! いいぜ、やってやるよ!」

 レベッカは予想通りのコズンの反応に微笑みながら、風の精霊魔法で「声」を
フェイに届けた。

『今からスキを作る。 そしたらゴンが攫われた人を助けるからあとはお願い』

 耳元で聞こえた声にフェイが思わず聞き返しそうになる。

『聞いて! 枷がはまったまま勝てる相手じゃないでしょ? 私たちを信じなさい』

 そう言って一方的に切れた声に何も言い返せないままフェイは押し黙るしかな
かった。

(枷だと?)

 気になったものの、そちらに気をとられたまま戦えるほど甘い相手ではない
し、またレベッカの行動は思考に沈む暇を与えないほど手早いものだった。

「コズン!」

 さっきの声で意識がそっちを向いていたからか、フェイの超感覚を差し引いて
も思いもよらないほどの大きさのレベッカの叫びがした瞬間、大気がふるえフェ

イと男(とヤクシャ)の間の空気が圧縮されたかと思ったら「爆ぜ」た。

「! ヤクシャ!」

 男はとっさに気を高め両手をあげてガードを固めると同時に忠実なしもべ足る
鬼にも警告の意をこめて撃を飛ばした。
 魔法は大気の炸裂弾だったようで、直撃でなかったため何の被害も受けなかっ
たが、完全に足を止められてしまった。

「くっ……なに!」

 決して気を緩めていなかった男は、爆風が収まりきらないうちに突っ切るよう
に飛び出してきたフェイの攻撃を危ういところでかわし、そして驚愕した。
 フェイはかわされても踏みとどまらずに飛び込んだ勢いのまま後ろに抜けて
ちょうど位置を入れ替えるようにして振り返った。
 男が驚いたのはフェイの攻撃が予想外だったからではなかった。
 まずフェイの懺悔気の鋭さが先ほどまでとは全然違ったこと。
 さらにフェイの後ろに、仲間のコズンが飛び大口を仕留め、腹を裂いて少女を
引きずり出しているのが見えたこと。
 なにより、魔法が例えば火の系統の破壊魔法であることまで考えて最高に高め
ていたはずの気の装甲を引き裂いて、浅いものだったが自分の腕から血が流れて

いることに驚愕したのだった。

 フェイは飛び大口追っているとき――いや、ひょっとすると最初に村が襲われた
ときから、得体のしれない不安を抱えていた。
 いつもなら迷う必要のないところで迷い、戦いに入ってからはなおのこと、思
い切った決断ができずにいた。
 それはいつもなら仲間が後始末をするという、聞こえ良く言えば信頼の上で自
分の思い込みだけですべて突っ走ってこれたからだったが、今はそうはいかない

状況だった。
 ただ目の前の敵に持てる全力をぶつけるだけで済むというのは、ほんとは最も
安易で楽なことだったのだ。
 そうして楽をし続けてくれたフェイはどんなチームにいても「自分の実力以
上」のことはできなくなっていた。
 今回も召喚術師と思われる男が強敵だとわかった途端、「ここで相打ちにでも
なったら、攫われた人は救えない」と無意識に考えてしまい、どうしてもリスク

を取れなくなってしまっていた。
 自分ではっきりとそれを自覚できたわけではなかったが、レベッカの勢いに押
された後、魔法が炸裂して大気が荒れた中を同じレベッの風除けの魔法うに身を

包んだコズンがまっすぐに駆け抜けていくのを見、「あっちは任せたら良い」と
思った後男に突っ込んだ時は自分でも驚くほど本来の調子を取り戻せていた野は

わかった。
 実際フェイは関心もしていた。
 レベッカの魔法は直撃させないならハッタリのようなものにすぎないし、コズ
ンにかけられた風除けも基礎的なものだ。
 しかしそれらをうまく組み合わせ、なおかつコズンが向こうに抜けるタイミン
グも、日ごろからそういう練習でもしていたかのようにベストのタイミングだっ

た。
 彼らだけで吸湿をやらせるのはあまりに危険と思いさがらせていたというの
に、あの二人はフェイが男の注意を引いてる子の戦いを利用したのだ。

「どうやらこれで仕事を残しているのはおれの方になったようだ」

 フェイは不敵に笑うと改めて剣を構えた。
 
「アカデミーの意地もあるが、俺にはたどり着かねばならないところがあるのを
忘れていた。 お前は強いが、それでもお前程度に勝てないようでは到底そこに
はいけるはずもなかった」

 フェイの様子が変わったのは男にも伝わった。
 いや、むしろフェイから伝わる闘気の変化を感じたのかもしれない。
 男は聞こえない程度につぶやいた。

「……やはりあまりよくない仕事を受けてしまったようだな」


――――――――――――――――

2008/07/13 01:24 | Comments(0) | TrackBack() | ○Get up!!
Get up! 09/コズン(ほうき拳)
PC: フェイ、コズン
NPC: レベッカ、青年、召喚獣のみなさん、リズ、少女
場所:町はずれの墓地



「アカデミーの意地もあるが、俺にはたどり着かねばならないところがあるのを忘れていた。お前は強いが、それでもお前程度に勝てないようでは到底そこにはいけるはずもなかった」

 フェイという男。浮かべた笑いの裏には狼が潜んでいるような気がした。
 一度だけ戦ったことのある気配だった。憎らしさと悔しさを感じる。それが、男の心に波紋を立てる。あの娘の捕獲を命じられたこと自体、それに関わっているのではないか。あの忌まわしい狼どもに。

「……やはりあまりよくない仕事を受けてしまったようだな」

 すっ、と一歩引き、ローブから何本もの棒を取り出し地面へと放る。同時にフェイが間合いを詰めた。

 銀の風のように間にフェイに牽制を放つヤクシャ。だが、フェイはヤクシャそのものを飛び越えると、ローブの男へ剣を振り下ろす。しかし、その一撃は下から飛び出してきた赤い固まりが盾となって防いだ。赤い固まりは緑色の体液を吹き出して、倒れる。すると幻であったかのように消え去り、砕け散った棒だけが残った。

「無駄だ」

 わずかな音ともに着地したフェイは、後ろから襲いかかるヤクシャを避けながら、言った。赤い盾によって一歩引く時間だけを手に入れた男は厳しい顔のまま、指を鳴らす。

 ずるずる、と引きずるような音ともに2匹もの赤い大百足が地面から這い上がってくる。威嚇せんと牙をならせば、毒液がしたたる。フェイは驚いた様子もなく、下段に剣を構え、迷いなく踏み出し、飛びかかる百足の腹を断ちきる。横手から噛みついてきた百足をその勢いのままの回転するように切り払う、ともはや男は間合いの中にいた。

 引き裂かれた空気が悲鳴を上げて、剣の存在を主張したが男は右腕を盾に受け流すのが精一杯だった。それでも鈍い音がして刃が肉へと食い込み、血がどろりと流れ出る。

 青いローブの男は血を流す腕を意識した。迷いがなくなったのならば、戦士としての腕はあちらの方が上、あの女は取られた。これ以上長居は無用だ。依頼は放棄しよう。煩わしい服務規程は冒険者達と違って自分にはないのだから。

 剣を構えた男にはその気はないだろうが。だが、怖くはない。ただ、強いだけの人間をおそれるほど、年期は短くない。

「……ふん」

 男は力を抜き構えを解いて、すっと下がった。存在を希薄な存在が、それこそ薄い布がただ揺れるように。
 自然すぎる動きで反応の遅れる、フェイの追撃は煙を切るように手応えがない。相手はもう三歩分は下がっていた。ヤクシャは昆虫のような素早さで間に入り込み、フェイをとどめる。

「どけっ!」

 ヤクシャがフェイの動きをとどめたのは十秒に満たない。枯れ枝のような体はものの数秒でフェイの剣が閃き、横薙ぎにヤクシャを切り裂いた。それだけで、青いローブの男には十分だった。断ち切られたヤクシャごしにフェイの顔をじっとにらみつけながら、かかとで三回大地を蹴った。

「覚えておけ、狼の末裔よ。おまえも狙われるだろう」

 それはフェイだけに聞こえる程度の小さな声だった。あたりが揺れ、墓石やら錆びた剣やらが倒れる。その中で青いローブの男は無理矢理笑った。

「なっ」

 揺れを本能的に警戒したフェイは質問を返すべきか、踏み込むべきか一瞬悩んだ。その一瞬に大地が引き裂かれ、壁のような何かがいくつかせり出して、男をドーム状に包んだ。小屋ほどある壁の下には土色の分厚い皮が土台になっている。それには妙に丸っこい黒目がついていて、くりくりとフェイを見つめた。

「ロック・ウォーム!」

 フェイにも今回ばかりはレベッカの声が、妙に耳障りだった。わざわざ、土の軟らかい所を選んだのはこの大長虫を地面に潜ませておくためだったらしい。壁のように見えたのは岩盤を削るための鈍く固い歯だ。ただの剣で切りたければ竜殺しでもよばなければならない。
 ずずっと這いずる音が墓地に響き、ロックウォームの先端は地中へと消えていた。軟らかい土が穴をすぐにふさいでしまった。

「なぜ、あいつが?」

 フェイは考え込むように下を見つめた。断ち切られた木の棒と盛り上がった地面だけが目に写った。

▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽

 
 コズンは少女の呼吸を確認した。一目見ただけで青白い顔へ、耳を近づけるとかすかに息はある。だが、胸からがかなりの量の血が滴っていて、コズンは冬でも来たように震えた。服は白を基調としている珍しい旅装束で、胸の赤が恐ろしいほど映えていた。

「けっ、人工呼吸はなしか。じゃあ、せいぜいいいもんみせてくれよ」

 偽悪や粗野な振る舞いで内心をごまかすのはコズンの生まれてからの性分だった。しか、ごまかしきれるものでもなかった。棘の上を歩くような気持ちで下卑た笑いを浮かべながら、怪我の様子を見る。服が多少薄汚れているぐらいで、胸以外、異常はないようにみえた。服の上から触れる血が妙に暖かくって、コズンの寒気は止まらないのだった。腹から出すとき、粗相でもしたのか。それともあの修行者気取りは殺してから連れて行くつもりだったのか。

「勘弁してください、死神様。慈悲を」

 不安を掻き立てるように、あたりが揺れた。墓石が倒れ、背中の方においておいた槍を刃ごとばらばらにした。
 情けない面で、胸をはだけ傷を確認すると、丁度胸の中心に妙な刻印があった。血はそこから定期的ににじんでいるだけのようだ。刻印はオオカミ避けの刻印に魔法陣を混ぜたような形をしていた。傷といえば傷だが、この手のきちんと彫り込みには時間がかかる。たぶん騒ぎ途中に彫り込みが終わったのだろう。それにこんな刺青で死にはしない。血の量はおかしいような気もしたが、だからといってこれ以外傷という傷もない。

「慈悲を、感謝します」

 ため息のように祈りの言葉を漏らす。そして、娘をひとにらみして、男ならぶん殴ってやるとこなのに、と呟いた。
 むすっとしながら、簡単に血止めの草を貼り付けて布で固定してやる。慣れた様子で、ささっとすませ、服を戻す。

「コズン、あっちは終わったわ」

 レベッカがそわそわとした様子で、言った。

「あの青いローブは?」
「逃げられたよ、頭が小屋ぐらいある大長虫なんて伏せていたの。もっとも逃亡用の切り札みたいだったけど」

 コズンはちらりとフェイを見た。疲れたように、下を見ているフェイの背中はなんだか張り合いがなかった。

「役にたたねぇ奴」

 淡々とした様子のコズンは言葉を考えて、口を開いた。

「奴には、気にするな、って言っといてくれ」

 レベッカは澄ました様子でコズンをよく見た。やっとこの馬鹿も、本調子を取り戻したようだった。

「ご自分でどうぞ」
「なら、訂正だ。このトンマ、ってな」

 にやっとしたレベッカは肩を大仰にすくめた。


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 宿にもどった四人は、少女を宿の2階にある個室に寝かせた。彼女と共に旅をしていたらしい女性も気を失っていたらしく、同じ部屋に運び込まれていた。雑魚寝の大部屋ではなく、個室を貸してくれたのは宿の主人達に礼をいうべきかもしれない。込み入った話はこういうところの方がいい。それに、コズンでもオークやトロルと雑魚寝はごめんだった。いつ、腕や指が奴らのおやつになるか分かったものではない。

 コズンはそんなことを考えながら、手慣れた様子で水桶から取り出した布を絞り、女性の頭にのせてやった。
 そしてまったく動かず、虚空を見つめるフェイに向かって口を開く。

「フェイ、ぼーっとしてんだったら、主人に発破かけて来てくれ、女手と厚い湯、身体を拭く清潔な布を。間違っても雑巾みたいな奴じゃダメだ。女の柔肌にヤスリはかけたくないだろう」

 フェイは内容をあまり吟味せず、頷くと下の階へおりていった。

「あーいう、いらつき方する奴はなぁ、めんどくせぇ」

 レベッカは首を振った。

「違うんじゃない? 確かにあんたみたいに仕事の失敗をものに当たったり、人を殴ったりするタイプじゃないけど」
「だったらなんだ、この嬢ちゃんに惚れちまったのか」

 引きつりながら言った冗談は我ながら駄作だった。やはり、付け焼き刃ではだめだ。

「あんた、似合わないから、その手のこというのやめなさい。不自然。何あんたこそ焦っているの?」
「っせぇ。で、なんだ。フェイの野郎は」
「あの青いローブの男に何か言われたんじゃない? それで考え込んでるんだわ」

 むぅ、と唸るコズン。やはりあの仙人然した男の方が一枚二枚上手で何か揺さぶりがあったのだろうか。
 娘の呼吸がまた荒くなった。話しは打ち切りとばかり二人は彼女へと寄っていく。

「こいつは、喘息か何かか? それにしちゃ、おかしい」

 呼吸を楽にするため、胸をはだけさせ、血止めの葉を剥がすついでに、この娘の刻印をもう一度見た。
 刻印からは相変わらず血がにじみ、血止めの葉はまったく効果がないようだった。呪いかなにかなのかもしれない。
 どたどたという音共に後ろのドアが開き、恰幅のいい、桶を抱えた中年女と熱湯の入った瓶を持たされたフェイだった。

「ほら、とっとと出て行きな、女の子はデリケートなんだ」

 コズンとレベッカは顔を見合わせた。聞き覚えのある声だった。

「コズンじゃないか、あんた、いつまでフラフラしてんだい」
「リズ、後で聞かせてくれ。それより頼んだぜ。飛び大口の腹んなかにさっきまでいたんだ、よく拭いてやってくれ」

 フェイから桶を取りあげて、リズは神妙に頷いた。

「行くぞ、フェイ」

 コズンがとっと下がろうとした時、引き留める高い声がした。

「待ってください、オオカミの末裔」

 フェイは無言で振り返った。こう呼ばれるのは今日で2回目だった。
 少女は上体を起こし、胸の間の刻印をこちらに向けている。フェイが彼女に近づくとそこからじわじわと血が広がった。

「あとにしな!」

 リズは体重に比した声量で二人の間に入った。

「あんたは体調を整えるのが先、あんたはその陰気な顔を洗ってくるのが先!」

 顎でコズンに指示してから、リズは少女を無理矢理寝かしつけた。コズンはさっさと下の階へ降りる。フェイはまだ納得いかなそうな顔だったが、リズが湯を張り始めるとさすがに立ち去るしかなかった。



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2008/09/27 16:15 | Comments(0) | TrackBack() | ○Get up!!
Get up 10/フェイ(ひろ)
PC: フェイ、コズン
NPC: レベッカ、リズ、シャルナ
場所:道中宿兼酒場

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 夜の闇に包まれた町は、黄昏時の騒ぎがうそのように静まり返っていた。
 もともと旅の途中の休憩所といった風情で、日が沈んでから騒げるところなど
酒場ぐらいしかない。
 しかし先刻の騒ぎですっかり気をそがれてしまったようで、何時もは唯一喧騒
の耐えることのない酒場も町とともに眠りについたかのように静かだった。
 フェイ、コズン、レベッカの三人は体の汚れ(とくにコズンは飛び大口の体液
もだいぶ浴びていたため、一風呂浴びなければ落ち着けなかった)

を落としてさっぱりすると、夕方までとは打って変わって静かな酒場のテーブル
で、主人の差し入れてくれた果実酒を飲みながらようやく一息をついていた。
 もともと和気あいあいとした一行でない上に、なにやら思案に耽るフェイが押
し黙っていることもあって、コズンはあまり機嫌よくなかった。
 コズンもフェイ相手に楽しく酒を酌み交わすつもりはなかったが、あの召喚師
だか格闘士だかわからない敵と言葉を交わしたらしいフェイからなんらか説明が
あるだろうと思って、こうして辛気臭いのを我慢して相席しているのだ。
 
「……おい!」

 さすがに我慢も限界、とコズンが声を荒げようとしたとき、テーブルの上に
座って葦のストローで果実酒を味わっていたレベッカが、その小さい手を上げ
て、宿部分でかる二階に通じる階段のあるほうを指し示した。

「コズン、お客さんよ」
「ああ?」

 首だけをひねってそちらを見たコズンは、こちらのテーブルに一人の女性が近
づいてきてるのが見えた。
 無地の白いシャツにゆったりしたズボンというラフな格好のその女性を怪訝な
表情で見てたコズンは、その相手がテーブルの脇まで来て頭を下げたところでよ
うやく誰か気がついた。

「あんた確か、あの子の……」
「はい、アニスを助けていただきありがとうございました。 連れのシャルナと
申します」

 騒ぎの中で、助けを求めて叫んでいた女性は名乗った後もう一度頭を下げた。

「あの子は大丈夫?」
「はい、だいぶ疲れているようですが、幸いたいした怪我もありませんでしたから」

レベッカにそう答えるシャルも疲労の影が見えていたが、アニスが無事だったこ
とを確認できたからか、落ち着いた様子だった。

「別に……ああ、いや、そうだ、そういやあの胸のところの変な刻印から血が出て
たけど、あれも止まったのか?」

 コズンとしては不本意な部分もあったため、ありがとうといわれても素直に受
けられず、おもわず悪態で返しそうになったコズンだったが、彼の言いそうな事
をよく知るレベッカに睨まれ、あわてて別の話題に切り替えた。

「傷はたいしたことなさそうだったけど、その割りに血が止まらなくて気になっ
てたんだ」
「はい、もう大丈夫です」

 シャルナは一瞬フェイに目をやりながらそう答えた。

「ふーん、変な呪詛とかじゃなくてよかったな。 なんか魔除けっぽかったけど」
「ええと、あれは……」

 コズンが流れで何気なく聞いたことにシャルナは答えを言いよどむ。
 
「……血を封じているのか?」

 ふいにフェイが感情を感じさせない声を出した。
 内心「せっかくお礼にきてんのに、つめてーやつだ」と、フェイの無反応に対
して思っていたコズンも一瞬虚をつかれて驚いたものの、すぐに

「血?」とフェイの言葉の意味がわからないことにムッとして、眉をしかめてし
まう。
 レベッカはもっと素直に、

「血?」

と疑問を声に出してシャルナとフェイを交互に見上げた。
 シャルナは返事をしかけて、またフェイをみて口ごもる。
 だがフェイは意外なことに微笑を浮かべてうなずいた。
 
「大丈夫だ。 エドランスは君たちの望んだとおりの国だ」
 
 この言葉の意味もわからなかったコズンとレベッカは、顔を見合わせて「なん
のこと?」「しるかよ!」と目で会話した。

「……はい。 あれはあの子の……獣の血を封印してたんです」
「やはりそうか。 では俺の血に反応して封印が敗れかけて傷になったんだな」
「はい。 ですが先ほど術を強くかけなおしたので、もう大丈夫です」
「……失礼だが、貴女は封印もしてなさそうだが……」
「お察しのとおり、血はつながってません」
「そうか……」

 フェイとシャルナは事情が通じているらしく、よどみなく会話を進めていく。
 しかしそれでは面白くないのが二人。
 とくにコズンはフェイがわかってて自分がわからない状況が面白いはずもなく、

「おい! 二人で分かり合ってねーで、少しは説明しろ!」

と不機嫌そうにはき捨てた。
 シャルナはまだ不安そうだったが、改めて説明した。

「アニスは半獣人、ライカンスロープの血を引いているのです。 完全ではない
ので、瞳の色が変わるほかは嗅覚が鋭くなる程度なので、今まで

軽い封印で血を抑えてその変化を封じていたのです」

 意を決して打ち明けたシャルナの覚悟をよそに、コズンとレベッカは「それ
で?」とたいした反応を見せなかった。
 その様子にシャルナが戸惑ったように言いよどむと、フェイは発足間もない仲
間でも初めてみるような笑みを見せた。

「そういうことだ。 この国では隠すようなことでもない」

 フェイのこの言葉にまずはレベッカが、そして遅れてコズンもようやく一つの
ことに思い至った。
 エドランス以外での人間の国における偏見と差別。
 この国に慣れてしまい、ましてやそうしたことを考えたことのないコズンに
は、はなから想像の外の話だったのだから、あの紋章を目にしてもそういう使い
方をされるとは思いつきもしなかった。
 レベッカは地域によっては自分も差別される側だと知っていたが、仲間に恵ま
れ、エドランスではそういう体験をしたこともなかったため、や

はり忘れていたのだ。
 
「そんなもん、さっきまでのここの酒場だけ見ても、きにするやつのほうが珍し
いってわかりそうだろ」
 
コズンはなんとなくぼやくように言うとフェイに向き直った。

「ひょっとして、さっきからそれを考えてたのか?」
「それもあるが……」

 アニスもあの謎の男もフェイのことを「オオカミ」と呼んだ。
 アニスは「匂い」を嗅ぎ取ったのだろうと思うし、封印が反応したのもフェイ
に気づいた理由かもしれない。
 だが、問題はフェイに何を伝えようとしていたのか。
 流れからして警告かとあたりをつけていたが、それはこの事件に対する認識を
大きく変えてしまうあたらしい事実を示していた。
 つまり、やつらは獣の血脈を狙った可能性だ。
 ひとつ、フェイには思い至ることがあった。
 それはフェイがすべてを失ったあの事件、フェイは「血のほとんどを失って」
いたということ。
 今まで単に負傷で出血多量と思っていたが……。

(考えすぎか? だが、あの男は俺が狙われるといった。 そして今回の件)

 フェイはコズンとレベッカに話すべきかとも思ったが、確証も足らず、復習を
望む自分の思い込みの可能性も高かったため、迷っていた。

「いや、一度これまでの被害者のことを調べてみる必要があるな、とな」
「ああーそうね。 たしかにあんなのが出てくるなんて、単なるリビングモンス
ターの騒動なんておもえないもんね」

 レベッカが相槌を打つ。
 コズンも先程の強敵を思い出して、悔しさが再び胸を熱くするのをかんじた。
 
(畜生! 次はあんなザマじゃおわらねぇ!)

 レベッカはコズンの考えてそうなことはお見通しだったがそこには触れずに
シャルナのほうを見た。

「ね、あなたたちもいちど狙われてるし、アカデミーに相談してみない? 私た
ちもどうせ戻るんでしょ?」

 最後のはフェイへの問いかけだった。
 過去の事件を調べるなら、報告もかねていちど戻る必要がある。

「私たちは何のあてもありませんから、紹介していただけるならありがたいです」

 シャルナも本とはお礼とともに、安全なところまで送ってもらえないか頼むつ
もりだったので、断る理由は何もなかった。

「そうだな。 明日、アニスだったか? 彼女が大丈夫そうなら、一緒にアカデ
ミーに戻ろう」
「けっ! 逃げ帰るんじゃねーだろうな」
「やつらも標的を変えるだろうし、闇雲にここらをさまよっても効率は悪いし
な。 もっともお前がさまよう分にはかまわんがな」
「てめぇ!」
「ふたりとも! いい加減にしなさい!」

 その様子を見ていたシャルナはようやく安心できたのか、初めて少女らしく微
笑んだように見えた。



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2009/02/22 06:29 | Comments(0) | TrackBack() | ○Get up!!

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