PC: フェイ、コズン
NPC: レベッカ、青年、鬼、飛び大口
場所:町はずれの墓地
武器相手に素手は不利というのが一般的な認識だろう。
それは二つの要素、間合いが武器の分だけ伸びることと器物であるというとこ
ろに起因する認識であながち間違ってはいない。
(だが気功で強化された拳は武器となんら変わらない)
フェイはまずは相手の実力が未知数な戦闘の基本通り、重く強い一撃よりも、
回避しやすいぎりぎりの浅い間合いからの速さを優先した回転のいい攻撃を繰り
出していった。
はたで見ていたコズンでもすべてを見きれないほどの連撃は、並の相手ならそ
れだけで倒せてしまう、十分必殺技と言えそうなものだったが、相手の男はかわ
しきれないと見るや少しも動じずに、拳を打ち付けるようにして弾き、あるいは
払うことで、一筋の傷も受けずに防ぎ切った。
盾、盾がなくても手にした武器で相手の武器を防ぐことは、一定レベル以上の
実力があれば珍しくない。
男は気功で武器とかわらない硬度を拳に付与しているから、と口で言うほどた
やすいことではない。
「あ!」
コズンの頭でレベッカが声を上げる。
高速で攻防を繰り広げるフェイを、男と挟み込むように鬼――ヤクシャがすべる
ような動きで回り込み、滑らかな歩法とは裏腹の荒々しい一撃を放ったのだっ
た。
しかしフェイの五感は激しい攻防のさなかでもその動きを見逃さしてはいな
かった。
連撃の最後の一撃を弾かれた勢いをわざと殺さずに、舞うように回転しながら
囲いを抜けるとそのまま少し距離を取ってまた構えをとった。
「こいつら……」
いくら気に食わないと反発してもやはり自分の感覚はうそをつけない。
コズンは目の前の二人(ヤクシャも数えるなら三人?)明らかにマスター・クラ
スの達人たちであることが分かり、その垣間見たレベルの高さに感嘆してしまっ
ていたが、すぐにそれに比べた自分の力なさに歯噛みした。
コズンはアカデミーの基礎講座をまじめに受けたことこそないが、レベッカ達
のパーティでは基礎から仕込まれていたため、フェイの位置取りが対二戦闘のポ
ジショニングをしていることに気がついた。
今のフェイは男とヤクシャの二人を正面に均等な位置にとらえる三角形の形に
位置取りをしている。
もしコズンを当てにしているのならば、コズンと並列隊形を取っても良いし、
どちらか一方の後ろを取るように動けば、コズンとふたりで、一対一を二つ作る
形にする手もある。
いまのフェイの位置取りはコズンを完全に当てにしてないと言っているような
ものなのに、戦闘に乱入すれば足を引っ張ることが自分自身でわかってしまった
ため、悔しさをかみしめていたのだった。
そんなコズンが見つめる先でフェイは言い知れぬ焦燥が湧き上がってくるのを
無理やりぬじ伏せ、集中力という牙を研ぎ澄ましていた。
(なんだ、何か変だ)
フェイの斬撃の鋭さに慎重になったのか、あるいはもともとそのスタイルでよ
うやく本来の力を出してきたのか、男はヤクシャを先攻させ、自身は連携を取り
ながらおもに防御を担うように動きだした。
ヤクシャが鋭い爪を剛腕とともにつきたてようとするのを、フェイは剣ではじ
き返して懐に飛び込もうとするが男がヤクシャの攻撃に少しタイミングをずらし
ながら追撃してくるため、迂闊に踏み込めず次の手につなげられない。
ならばと攻めれば必殺の一撃にたどり着く前に、最初の攻防のように男が防い
でしまう。
フェイはますます焦燥感が募ってくるのを感じていた。
(なんだ? こいつらは確かに強敵だが……勝てない相手ではないはず)
だが実際は必殺の間合いに入れずに攻防を繰り返していたずらに消耗していく
だけ。
「まずいわね」
コズンの頭の上でレベッカが唸った。
レベッカはクラッドがいっていたフェイの「問題」を思い出して苦虫をかみつ
ぶしたような顔になった。
レベッカとて熟練者としてアカデミー・ギルドで長く仕事しているだけあっ
て、フェイのうわさはよく知っていた。
修士取得後もアカデミーの教室に残ったフェイは、冒険者として完全に独立し
て仕事をしていたレベッカ達とは、根が同じとはいえ片やアカデミー、片やギル
ドと活動の中心が違ったため直接組むことはなかったが、とくにギルド中心に仕
事をしている独立した冒険者達にとって優秀な「お仲間になるかもしれない」人
文の情報収集は当たり前のことだった。
強靭なうえに不死身の肉体というもって生まれた特性を持ちながら、わ゛を磨
くことにも余念がなく、実績こそまだまだだが、単純戦闘力では間違いなくトッ
プレベルの戦士。
いずれ独立の折には間違いなくいろんなパーティーからオファーが殺到するで
あろう彼の幾多の「戦果」は教室で受けていただけにレポートも残されていて、
確認可能な事実であることもレベッカは知っていた。
そういうのは日の出の魔道師がコネを持っていたため、しぜんとレベッカも知
ることができたのだ。
(私の知るフィって戦士の力なら心配はないって思ってたけど、ほんとにこうい
う問題があるとは……ね)
コズンにちょっとしたペナルティーと同時にトップクラスの戦士と組ませてや
るチャンスと思ってクラッドの話を軽く聞き流していた自分に舌打ちしたい気分
だったが、今はそれどころではなかった。
「おい、まずいってなんだよ?」
コズンが訝しげに、しかし視線は動かさずに聞いてきた。
「……このままじゃだめってことよ」
フェイが動きに精彩を欠くのも焦燥に心を乱しているのも、こうして離れた位
置からレベッカほどの者が本来の実力を知った上でみればよくわかった。
おそらくフェイの問題とは……。
(どんなに強くなっても選択肢を一つしか持たないものは、限られた条件かだけ
でしか使い物にならない……なるほどこの急増チームは、フェイのためでもあっ
たわけか)
こればっかりは自身で気づきみにつけていかねばならないことだし、ここで
言ってても仕方がないことだ・、レベッカはそう割り切ると頭の中で何ができるか
を考えた。
「よし、コズン、いまから合図したらまっすぐ走って。 あっちに転がってる大
口から攫われた人救出するよ」
コズンはレベッカのいう「あっち」が視線を外さずに見れることに目を向いた。
「おい! 簡単に言うけどそれってあのなかをつっきれってことかよ!」
そう、フェイ達が闘っているその向こうに飛び大口は命令を待っているのか、
じっとたたずんでいた。
「あたりまえでしょ、迂回とかしてたらバレるじゃない」
レベッカはさも当然のように言った。
「大丈夫スキは作る。 それに、あんたはしってるはずでしょ?」
「?」
「パーティー組むってのは、ぼーっと眺めてりゃいいわけじゃないってこと」
「な! おれがいつぼーっとしてるってんだ! いいぜ、やってやるよ!」
レベッカは予想通りのコズンの反応に微笑みながら、風の精霊魔法で「声」を
フェイに届けた。
『今からスキを作る。 そしたらゴンが攫われた人を助けるからあとはお願い』
耳元で聞こえた声にフェイが思わず聞き返しそうになる。
『聞いて! 枷がはまったまま勝てる相手じゃないでしょ? 私たちを信じなさい』
そう言って一方的に切れた声に何も言い返せないままフェイは押し黙るしかな
かった。
(枷だと?)
気になったものの、そちらに気をとられたまま戦えるほど甘い相手ではない
し、またレベッカの行動は思考に沈む暇を与えないほど手早いものだった。
「コズン!」
さっきの声で意識がそっちを向いていたからか、フェイの超感覚を差し引いて
も思いもよらないほどの大きさのレベッカの叫びがした瞬間、大気がふるえフェ
イと男(とヤクシャ)の間の空気が圧縮されたかと思ったら「爆ぜ」た。
「! ヤクシャ!」
男はとっさに気を高め両手をあげてガードを固めると同時に忠実なしもべ足る
鬼にも警告の意をこめて撃を飛ばした。
魔法は大気の炸裂弾だったようで、直撃でなかったため何の被害も受けなかっ
たが、完全に足を止められてしまった。
「くっ……なに!」
決して気を緩めていなかった男は、爆風が収まりきらないうちに突っ切るよう
に飛び出してきたフェイの攻撃を危ういところでかわし、そして驚愕した。
フェイはかわされても踏みとどまらずに飛び込んだ勢いのまま後ろに抜けて
ちょうど位置を入れ替えるようにして振り返った。
男が驚いたのはフェイの攻撃が予想外だったからではなかった。
まずフェイの懺悔気の鋭さが先ほどまでとは全然違ったこと。
さらにフェイの後ろに、仲間のコズンが飛び大口を仕留め、腹を裂いて少女を
引きずり出しているのが見えたこと。
なにより、魔法が例えば火の系統の破壊魔法であることまで考えて最高に高め
ていたはずの気の装甲を引き裂いて、浅いものだったが自分の腕から血が流れて
いることに驚愕したのだった。
フェイは飛び大口追っているとき――いや、ひょっとすると最初に村が襲われた
ときから、得体のしれない不安を抱えていた。
いつもなら迷う必要のないところで迷い、戦いに入ってからはなおのこと、思
い切った決断ができずにいた。
それはいつもなら仲間が後始末をするという、聞こえ良く言えば信頼の上で自
分の思い込みだけですべて突っ走ってこれたからだったが、今はそうはいかない
状況だった。
ただ目の前の敵に持てる全力をぶつけるだけで済むというのは、ほんとは最も
安易で楽なことだったのだ。
そうして楽をし続けてくれたフェイはどんなチームにいても「自分の実力以
上」のことはできなくなっていた。
今回も召喚術師と思われる男が強敵だとわかった途端、「ここで相打ちにでも
なったら、攫われた人は救えない」と無意識に考えてしまい、どうしてもリスク
を取れなくなってしまっていた。
自分ではっきりとそれを自覚できたわけではなかったが、レベッカの勢いに押
された後、魔法が炸裂して大気が荒れた中を同じレベッの風除けの魔法うに身を
包んだコズンがまっすぐに駆け抜けていくのを見、「あっちは任せたら良い」と
思った後男に突っ込んだ時は自分でも驚くほど本来の調子を取り戻せていた野は
わかった。
実際フェイは関心もしていた。
レベッカの魔法は直撃させないならハッタリのようなものにすぎないし、コズ
ンにかけられた風除けも基礎的なものだ。
しかしそれらをうまく組み合わせ、なおかつコズンが向こうに抜けるタイミン
グも、日ごろからそういう練習でもしていたかのようにベストのタイミングだっ
た。
彼らだけで吸湿をやらせるのはあまりに危険と思いさがらせていたというの
に、あの二人はフェイが男の注意を引いてる子の戦いを利用したのだ。
「どうやらこれで仕事を残しているのはおれの方になったようだ」
フェイは不敵に笑うと改めて剣を構えた。
「アカデミーの意地もあるが、俺にはたどり着かねばならないところがあるのを
忘れていた。 お前は強いが、それでもお前程度に勝てないようでは到底そこに
はいけるはずもなかった」
フェイの様子が変わったのは男にも伝わった。
いや、むしろフェイから伝わる闘気の変化を感じたのかもしれない。
男は聞こえない程度につぶやいた。
「……やはりあまりよくない仕事を受けてしまったようだな」
――――――――――――――――
NPC: レベッカ、青年、鬼、飛び大口
場所:町はずれの墓地
武器相手に素手は不利というのが一般的な認識だろう。
それは二つの要素、間合いが武器の分だけ伸びることと器物であるというとこ
ろに起因する認識であながち間違ってはいない。
(だが気功で強化された拳は武器となんら変わらない)
フェイはまずは相手の実力が未知数な戦闘の基本通り、重く強い一撃よりも、
回避しやすいぎりぎりの浅い間合いからの速さを優先した回転のいい攻撃を繰り
出していった。
はたで見ていたコズンでもすべてを見きれないほどの連撃は、並の相手ならそ
れだけで倒せてしまう、十分必殺技と言えそうなものだったが、相手の男はかわ
しきれないと見るや少しも動じずに、拳を打ち付けるようにして弾き、あるいは
払うことで、一筋の傷も受けずに防ぎ切った。
盾、盾がなくても手にした武器で相手の武器を防ぐことは、一定レベル以上の
実力があれば珍しくない。
男は気功で武器とかわらない硬度を拳に付与しているから、と口で言うほどた
やすいことではない。
「あ!」
コズンの頭でレベッカが声を上げる。
高速で攻防を繰り広げるフェイを、男と挟み込むように鬼――ヤクシャがすべる
ような動きで回り込み、滑らかな歩法とは裏腹の荒々しい一撃を放ったのだっ
た。
しかしフェイの五感は激しい攻防のさなかでもその動きを見逃さしてはいな
かった。
連撃の最後の一撃を弾かれた勢いをわざと殺さずに、舞うように回転しながら
囲いを抜けるとそのまま少し距離を取ってまた構えをとった。
「こいつら……」
いくら気に食わないと反発してもやはり自分の感覚はうそをつけない。
コズンは目の前の二人(ヤクシャも数えるなら三人?)明らかにマスター・クラ
スの達人たちであることが分かり、その垣間見たレベルの高さに感嘆してしまっ
ていたが、すぐにそれに比べた自分の力なさに歯噛みした。
コズンはアカデミーの基礎講座をまじめに受けたことこそないが、レベッカ達
のパーティでは基礎から仕込まれていたため、フェイの位置取りが対二戦闘のポ
ジショニングをしていることに気がついた。
今のフェイは男とヤクシャの二人を正面に均等な位置にとらえる三角形の形に
位置取りをしている。
もしコズンを当てにしているのならば、コズンと並列隊形を取っても良いし、
どちらか一方の後ろを取るように動けば、コズンとふたりで、一対一を二つ作る
形にする手もある。
いまのフェイの位置取りはコズンを完全に当てにしてないと言っているような
ものなのに、戦闘に乱入すれば足を引っ張ることが自分自身でわかってしまった
ため、悔しさをかみしめていたのだった。
そんなコズンが見つめる先でフェイは言い知れぬ焦燥が湧き上がってくるのを
無理やりぬじ伏せ、集中力という牙を研ぎ澄ましていた。
(なんだ、何か変だ)
フェイの斬撃の鋭さに慎重になったのか、あるいはもともとそのスタイルでよ
うやく本来の力を出してきたのか、男はヤクシャを先攻させ、自身は連携を取り
ながらおもに防御を担うように動きだした。
ヤクシャが鋭い爪を剛腕とともにつきたてようとするのを、フェイは剣ではじ
き返して懐に飛び込もうとするが男がヤクシャの攻撃に少しタイミングをずらし
ながら追撃してくるため、迂闊に踏み込めず次の手につなげられない。
ならばと攻めれば必殺の一撃にたどり着く前に、最初の攻防のように男が防い
でしまう。
フェイはますます焦燥感が募ってくるのを感じていた。
(なんだ? こいつらは確かに強敵だが……勝てない相手ではないはず)
だが実際は必殺の間合いに入れずに攻防を繰り返していたずらに消耗していく
だけ。
「まずいわね」
コズンの頭の上でレベッカが唸った。
レベッカはクラッドがいっていたフェイの「問題」を思い出して苦虫をかみつ
ぶしたような顔になった。
レベッカとて熟練者としてアカデミー・ギルドで長く仕事しているだけあっ
て、フェイのうわさはよく知っていた。
修士取得後もアカデミーの教室に残ったフェイは、冒険者として完全に独立し
て仕事をしていたレベッカ達とは、根が同じとはいえ片やアカデミー、片やギル
ドと活動の中心が違ったため直接組むことはなかったが、とくにギルド中心に仕
事をしている独立した冒険者達にとって優秀な「お仲間になるかもしれない」人
文の情報収集は当たり前のことだった。
強靭なうえに不死身の肉体というもって生まれた特性を持ちながら、わ゛を磨
くことにも余念がなく、実績こそまだまだだが、単純戦闘力では間違いなくトッ
プレベルの戦士。
いずれ独立の折には間違いなくいろんなパーティーからオファーが殺到するで
あろう彼の幾多の「戦果」は教室で受けていただけにレポートも残されていて、
確認可能な事実であることもレベッカは知っていた。
そういうのは日の出の魔道師がコネを持っていたため、しぜんとレベッカも知
ることができたのだ。
(私の知るフィって戦士の力なら心配はないって思ってたけど、ほんとにこうい
う問題があるとは……ね)
コズンにちょっとしたペナルティーと同時にトップクラスの戦士と組ませてや
るチャンスと思ってクラッドの話を軽く聞き流していた自分に舌打ちしたい気分
だったが、今はそれどころではなかった。
「おい、まずいってなんだよ?」
コズンが訝しげに、しかし視線は動かさずに聞いてきた。
「……このままじゃだめってことよ」
フェイが動きに精彩を欠くのも焦燥に心を乱しているのも、こうして離れた位
置からレベッカほどの者が本来の実力を知った上でみればよくわかった。
おそらくフェイの問題とは……。
(どんなに強くなっても選択肢を一つしか持たないものは、限られた条件かだけ
でしか使い物にならない……なるほどこの急増チームは、フェイのためでもあっ
たわけか)
こればっかりは自身で気づきみにつけていかねばならないことだし、ここで
言ってても仕方がないことだ・、レベッカはそう割り切ると頭の中で何ができるか
を考えた。
「よし、コズン、いまから合図したらまっすぐ走って。 あっちに転がってる大
口から攫われた人救出するよ」
コズンはレベッカのいう「あっち」が視線を外さずに見れることに目を向いた。
「おい! 簡単に言うけどそれってあのなかをつっきれってことかよ!」
そう、フェイ達が闘っているその向こうに飛び大口は命令を待っているのか、
じっとたたずんでいた。
「あたりまえでしょ、迂回とかしてたらバレるじゃない」
レベッカはさも当然のように言った。
「大丈夫スキは作る。 それに、あんたはしってるはずでしょ?」
「?」
「パーティー組むってのは、ぼーっと眺めてりゃいいわけじゃないってこと」
「な! おれがいつぼーっとしてるってんだ! いいぜ、やってやるよ!」
レベッカは予想通りのコズンの反応に微笑みながら、風の精霊魔法で「声」を
フェイに届けた。
『今からスキを作る。 そしたらゴンが攫われた人を助けるからあとはお願い』
耳元で聞こえた声にフェイが思わず聞き返しそうになる。
『聞いて! 枷がはまったまま勝てる相手じゃないでしょ? 私たちを信じなさい』
そう言って一方的に切れた声に何も言い返せないままフェイは押し黙るしかな
かった。
(枷だと?)
気になったものの、そちらに気をとられたまま戦えるほど甘い相手ではない
し、またレベッカの行動は思考に沈む暇を与えないほど手早いものだった。
「コズン!」
さっきの声で意識がそっちを向いていたからか、フェイの超感覚を差し引いて
も思いもよらないほどの大きさのレベッカの叫びがした瞬間、大気がふるえフェ
イと男(とヤクシャ)の間の空気が圧縮されたかと思ったら「爆ぜ」た。
「! ヤクシャ!」
男はとっさに気を高め両手をあげてガードを固めると同時に忠実なしもべ足る
鬼にも警告の意をこめて撃を飛ばした。
魔法は大気の炸裂弾だったようで、直撃でなかったため何の被害も受けなかっ
たが、完全に足を止められてしまった。
「くっ……なに!」
決して気を緩めていなかった男は、爆風が収まりきらないうちに突っ切るよう
に飛び出してきたフェイの攻撃を危ういところでかわし、そして驚愕した。
フェイはかわされても踏みとどまらずに飛び込んだ勢いのまま後ろに抜けて
ちょうど位置を入れ替えるようにして振り返った。
男が驚いたのはフェイの攻撃が予想外だったからではなかった。
まずフェイの懺悔気の鋭さが先ほどまでとは全然違ったこと。
さらにフェイの後ろに、仲間のコズンが飛び大口を仕留め、腹を裂いて少女を
引きずり出しているのが見えたこと。
なにより、魔法が例えば火の系統の破壊魔法であることまで考えて最高に高め
ていたはずの気の装甲を引き裂いて、浅いものだったが自分の腕から血が流れて
いることに驚愕したのだった。
フェイは飛び大口追っているとき――いや、ひょっとすると最初に村が襲われた
ときから、得体のしれない不安を抱えていた。
いつもなら迷う必要のないところで迷い、戦いに入ってからはなおのこと、思
い切った決断ができずにいた。
それはいつもなら仲間が後始末をするという、聞こえ良く言えば信頼の上で自
分の思い込みだけですべて突っ走ってこれたからだったが、今はそうはいかない
状況だった。
ただ目の前の敵に持てる全力をぶつけるだけで済むというのは、ほんとは最も
安易で楽なことだったのだ。
そうして楽をし続けてくれたフェイはどんなチームにいても「自分の実力以
上」のことはできなくなっていた。
今回も召喚術師と思われる男が強敵だとわかった途端、「ここで相打ちにでも
なったら、攫われた人は救えない」と無意識に考えてしまい、どうしてもリスク
を取れなくなってしまっていた。
自分ではっきりとそれを自覚できたわけではなかったが、レベッカの勢いに押
された後、魔法が炸裂して大気が荒れた中を同じレベッの風除けの魔法うに身を
包んだコズンがまっすぐに駆け抜けていくのを見、「あっちは任せたら良い」と
思った後男に突っ込んだ時は自分でも驚くほど本来の調子を取り戻せていた野は
わかった。
実際フェイは関心もしていた。
レベッカの魔法は直撃させないならハッタリのようなものにすぎないし、コズ
ンにかけられた風除けも基礎的なものだ。
しかしそれらをうまく組み合わせ、なおかつコズンが向こうに抜けるタイミン
グも、日ごろからそういう練習でもしていたかのようにベストのタイミングだっ
た。
彼らだけで吸湿をやらせるのはあまりに危険と思いさがらせていたというの
に、あの二人はフェイが男の注意を引いてる子の戦いを利用したのだ。
「どうやらこれで仕事を残しているのはおれの方になったようだ」
フェイは不敵に笑うと改めて剣を構えた。
「アカデミーの意地もあるが、俺にはたどり着かねばならないところがあるのを
忘れていた。 お前は強いが、それでもお前程度に勝てないようでは到底そこに
はいけるはずもなかった」
フェイの様子が変わったのは男にも伝わった。
いや、むしろフェイから伝わる闘気の変化を感じたのかもしれない。
男は聞こえない程度につぶやいた。
「……やはりあまりよくない仕事を受けてしまったようだな」
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