PC: フェイ、コズン
NPC: レベッカ、青年、鬼、飛び大口
場所:町はずれの墓地
飛行生物を落とす手並み、一刀で断ち切る技。目に焼き付いた剣線を何度か反芻していく。たいした実力者だ。だが、厄介というほどでもない。横にいた二人は、まあ無視してもいい手合いだろう。そう結論づけて、彼はゆっくりと目を開いた。
くすんだ青いローブの端と、銀の鈴がついた杖を握った手が彼自身の目に写った。その目はどこにでもありそうな茶色だが、中にある力は強かった。顔が平凡な分、それは少しばかり浮いた雰囲気をしてる。彼の横には似たような色違いの白いローブの子供が、一心に空中の一点を眺めている。額には汗を浮かばせ、目にはくっきりと隈が見える。やはり多数の使役は重荷らしい。そろそろ潮時だろう。
そう口を開きかけた男は、ふと気配を感じて、辺り一帯を見渡たす。あたりには荒作りの土饅頭や石、さびた剣などが夕闇の中に立っていた。ここは外れにある墓地のようだ。奥には陰気な森が続いており、他に誰一人いないように思える。これで本当にだれもいないなら恥ずかしいものだ。
相手は気配のかけらも見せようとはしない。不快そうに茶色の頭をかき回し、ため息混じりに思考を巡らしていく。飛び大口が捕らえた人物はもう少しでここに来る。なにか問題でもあるのだろうか。それとも、信用していないのか。まあ、後者だろう。
無言で気配を追いながら視線を巡らせる。なめられてやっていける仕事ではない。
しばらく、集中していると茂みには風景の一部のように溶け込んでいる。それは四足獣のように見えた。その子牛ほどの大きさをのぞけば、体型は犬が一番近いだろうか。
間髪入れず彼は声を放った。体格に似合わない、重い金属を思わせる声だった。
「なにか、ご用でもおありかな」
その正体を確認する間もなく、風がさぁっと流れた。ざわざわとあたりの森が騒ぎ、しばらくするとそのざわめきも風も、獣の姿も消えていった。ふう、と息を吐いて、肩から力を抜く。そして、頬をかきながら、鈴に話しかける。
「よくないものの依頼を受けたようだな」
同意するように鈴はチリンと鳴る。満足げに男は頷くと、横手の少年に目を向ける。なにも気付いたような雰囲気はない。集中力は才能だが、こうも在りすぎるのはよくない。暖かい苦笑いを漏らしながら、子供の頭をなでてた。
「よくやった。疲れたろう。他の飛び大口は解放していい。制御は私が引き受ける」
相変わらず金属質の声だったが、ほんの少し暖かみを帯びている。その声と手のひらの暖かさに子供はやっと顔を上げた。汗をかいた顔に微笑みが浮かぶ。そして、息をつくとともにへたり込んだ。
「合流地点まで先に向かえ、ここは受け持つ」
子供はこくりと頷き、白いローブを揺らした。そして、ゆっくりと森の奥へと進んでいった。
見送ると、すっかり冷たくなった風を肺一杯に詰め込んでいく。そしてまた森が鳴いていく。キッと目に力を込めて、男はただ待った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「あ゛ー、ちくしょー」
回収した槍を片手にコズンはフェイの背中を追いながら、夕方特有の空気を切り裂いて進んでいく。踏んでいる土はだんだんと湿り気を帯びてゆき、空気もじっとりとした土臭いものへと変わっていった。風は少しずつ強まっているようで、その空気をより冷たく感じさせる。
「無駄口叩いてないで足動かしなさい」
「ちっ」
コズンの頭部に乗っているレベッカがその舌打ちに苦笑した。そして、大仰に肩をすくめる。
「いつまでも、こどもねぇ」
「っせぇよ」
眉を寄せて虚空をにらみ、不機嫌を圧縮した声を吐いていく。面白いはずもない。自身の最大の努力が目の前で打ち崩された。別にそれに、フェイが人を対等な人間と扱っていないような態度が気に入らない。なによりも自らの弱さの方が気にくわないのに、コズンはそのいらいらを心中で八つ当たりしていく。飛び大口の襲撃、飛び出してきた女、わざわざさらわれたアニスとかいう少女、見ていたはずなのに助け船がないフェイ、あきれたレベッカの顔。それを思っては歯を食いしばりぎちぎち鳴らす。
「っくそ。なめやがって」
「……仕方ないわ。彼だって焦っているのよ」
急に思案げにレベッカはつぶやいた。珍しい表情にとまどいながらも、コズンは理解仕切れないとばかり顔をゆがめる。レベッカは、軽く肩の力を落としながら、困った子供をみるように笑った。彼女はいつも、もっとも幼く、そしてもっとも年長者だった。やっとコズンに意図が伝わったものの、彼の眉を動かすだけにとどまった。
「……何か、います」
気配を追うのに集中していたフェイが声を発した。足の速度はゆるめず、こちらに振り向きもしない。ただ剣だけを抜いていた。話を聞いていたのかもわからない。その様子にコズンは鼻を鳴らすと足を速める。
飛び大口の臭いと気配は町はずれの墓地へと続いていた。待っているのは、陰気な湿気を濃厚に含んだ土と青いローブの男だ。横には、少女を飲み込んだ飛び大口がうずくまりこちらの様子をじっと見ている。
男は杖を構えてこそあれ、水を思わせる自然体だった。ふと、コズンは胸に熱さを感じた。動物が炎を見るような不安の熱だった。比例するように普段使わない心が冷たくなっていく。死を受け止める時はこんな感じなのだろうか。心の体温が弱々しく呟いた。
コズンが突っ込んでいくと考えたのだろうか、それとも男の実力を本当に理解したのだろうか。焦ったようにフェイは一歩前に出る。
「下がっていろ! おまえとは格が違う!」
フェイの声と重ねたように青年から低い詠唱のような声が響いた。きゅっぼん、と風呂桶の栓を抜いたような間抜けな音ともに数個の光の塊がにふわふわと浮かび上がった。ウィル・オー・ウィスプを思わせるそれは彼を守るように周回している。
そして、淡々とした一方的な宣言が下される。
「……参る」
「近寄るな!」
男の声に、コズンが悲鳴のように叫ぶ。それより速く、フェイの焦りは彼を動かしていた。冷たい墓土を抉るように踏みだし、疾風のような横薙ぎの一撃を放つ。
金属がぶつかり合うような音が、一瞬だけ墓地を揺らした。
「っ!」
飛び大口を二つに断ち切ったフェイの剣は彼を傷つけることはできなかった。後、指先一つ分で彼にふれるというところでとどまっている。光の珠のためか、金剛の層のように硬質化した周囲の空気が彼に刃を届けることを拒んでいる。
「気功……だな、やっぱ」
以前カフール周りで護衛の仕事をしたとき、似たような技を見た。不可解でよくわからない力なのでコズンにはとっては魔法と同じ順列だが、こちらの方が一度見たら何となくはわかる。あのとらえどころのないくせに芯のある感じ。前に会った使い手と同じようでいつも違う。それが気功使い。独特の雰囲気の差が気配に乗ってコズンの肌をざわつかせる。心底合わない武芸というのもコズンにとっては珍しかった。あの哲学者のような態度、それがとにかく彼とは合わないのだ。動と静でいえば常に動でなくては気が済まない。そんな男にとってその武術は見ているだけで苦痛だった。
「正確には違う。我流だ」
男はフェイから目を離さず言った。平凡な顔から、いやに眼力ばかりが強くにじみ出て“バッグベアード”のようにフェイを圧迫する。
フェイは思わず一歩引き、剣を構え直す。表情は変えないよう努めているようだったが、そのこと自体が焦りを表している。
「よい剣だった」
男は一回だけ目を閉じ、そして開く。そして杖を墓土に突き刺し何か呟く。
すると古い扉が開くような音ともに杖がゆがむ。続いて、ゴリゴリという岩を咀嚼するような低い、肌をぞわっとさせる音があたりじゅうにひろまっていく。音と同時に杖は姿を人型に近い者へと変わっていく。そして、不愉快な音が収まる。。それは細いからだを猫のように腰をかがめながら、立っている鬼だ。すべて銀色で瞳も白目の区別もない目、背中へとたてがみのように生える緑の髪、割れたざくろを思わせる口。そして、浮き立ったあばらがいやに目につく。
鬼が現れると同時、拳を構える青いローブの男。金剛のような硬さを持つのはおそらく胴だけではない。拳もまた同じ硬度で放たれるだろう。青年は一度、目を閉じては開き、哀れむような視線を二人の男に投げかける
「だが、残念だ。その剣を振るのもここまでのこと。いくぞ、ヤクシャ」
ザザザと森の葉が揺れた。風はただ強く吹いていた。
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NPC: レベッカ、青年、鬼、飛び大口
場所:町はずれの墓地
飛行生物を落とす手並み、一刀で断ち切る技。目に焼き付いた剣線を何度か反芻していく。たいした実力者だ。だが、厄介というほどでもない。横にいた二人は、まあ無視してもいい手合いだろう。そう結論づけて、彼はゆっくりと目を開いた。
くすんだ青いローブの端と、銀の鈴がついた杖を握った手が彼自身の目に写った。その目はどこにでもありそうな茶色だが、中にある力は強かった。顔が平凡な分、それは少しばかり浮いた雰囲気をしてる。彼の横には似たような色違いの白いローブの子供が、一心に空中の一点を眺めている。額には汗を浮かばせ、目にはくっきりと隈が見える。やはり多数の使役は重荷らしい。そろそろ潮時だろう。
そう口を開きかけた男は、ふと気配を感じて、辺り一帯を見渡たす。あたりには荒作りの土饅頭や石、さびた剣などが夕闇の中に立っていた。ここは外れにある墓地のようだ。奥には陰気な森が続いており、他に誰一人いないように思える。これで本当にだれもいないなら恥ずかしいものだ。
相手は気配のかけらも見せようとはしない。不快そうに茶色の頭をかき回し、ため息混じりに思考を巡らしていく。飛び大口が捕らえた人物はもう少しでここに来る。なにか問題でもあるのだろうか。それとも、信用していないのか。まあ、後者だろう。
無言で気配を追いながら視線を巡らせる。なめられてやっていける仕事ではない。
しばらく、集中していると茂みには風景の一部のように溶け込んでいる。それは四足獣のように見えた。その子牛ほどの大きさをのぞけば、体型は犬が一番近いだろうか。
間髪入れず彼は声を放った。体格に似合わない、重い金属を思わせる声だった。
「なにか、ご用でもおありかな」
その正体を確認する間もなく、風がさぁっと流れた。ざわざわとあたりの森が騒ぎ、しばらくするとそのざわめきも風も、獣の姿も消えていった。ふう、と息を吐いて、肩から力を抜く。そして、頬をかきながら、鈴に話しかける。
「よくないものの依頼を受けたようだな」
同意するように鈴はチリンと鳴る。満足げに男は頷くと、横手の少年に目を向ける。なにも気付いたような雰囲気はない。集中力は才能だが、こうも在りすぎるのはよくない。暖かい苦笑いを漏らしながら、子供の頭をなでてた。
「よくやった。疲れたろう。他の飛び大口は解放していい。制御は私が引き受ける」
相変わらず金属質の声だったが、ほんの少し暖かみを帯びている。その声と手のひらの暖かさに子供はやっと顔を上げた。汗をかいた顔に微笑みが浮かぶ。そして、息をつくとともにへたり込んだ。
「合流地点まで先に向かえ、ここは受け持つ」
子供はこくりと頷き、白いローブを揺らした。そして、ゆっくりと森の奥へと進んでいった。
見送ると、すっかり冷たくなった風を肺一杯に詰め込んでいく。そしてまた森が鳴いていく。キッと目に力を込めて、男はただ待った。
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「あ゛ー、ちくしょー」
回収した槍を片手にコズンはフェイの背中を追いながら、夕方特有の空気を切り裂いて進んでいく。踏んでいる土はだんだんと湿り気を帯びてゆき、空気もじっとりとした土臭いものへと変わっていった。風は少しずつ強まっているようで、その空気をより冷たく感じさせる。
「無駄口叩いてないで足動かしなさい」
「ちっ」
コズンの頭部に乗っているレベッカがその舌打ちに苦笑した。そして、大仰に肩をすくめる。
「いつまでも、こどもねぇ」
「っせぇよ」
眉を寄せて虚空をにらみ、不機嫌を圧縮した声を吐いていく。面白いはずもない。自身の最大の努力が目の前で打ち崩された。別にそれに、フェイが人を対等な人間と扱っていないような態度が気に入らない。なによりも自らの弱さの方が気にくわないのに、コズンはそのいらいらを心中で八つ当たりしていく。飛び大口の襲撃、飛び出してきた女、わざわざさらわれたアニスとかいう少女、見ていたはずなのに助け船がないフェイ、あきれたレベッカの顔。それを思っては歯を食いしばりぎちぎち鳴らす。
「っくそ。なめやがって」
「……仕方ないわ。彼だって焦っているのよ」
急に思案げにレベッカはつぶやいた。珍しい表情にとまどいながらも、コズンは理解仕切れないとばかり顔をゆがめる。レベッカは、軽く肩の力を落としながら、困った子供をみるように笑った。彼女はいつも、もっとも幼く、そしてもっとも年長者だった。やっとコズンに意図が伝わったものの、彼の眉を動かすだけにとどまった。
「……何か、います」
気配を追うのに集中していたフェイが声を発した。足の速度はゆるめず、こちらに振り向きもしない。ただ剣だけを抜いていた。話を聞いていたのかもわからない。その様子にコズンは鼻を鳴らすと足を速める。
飛び大口の臭いと気配は町はずれの墓地へと続いていた。待っているのは、陰気な湿気を濃厚に含んだ土と青いローブの男だ。横には、少女を飲み込んだ飛び大口がうずくまりこちらの様子をじっと見ている。
男は杖を構えてこそあれ、水を思わせる自然体だった。ふと、コズンは胸に熱さを感じた。動物が炎を見るような不安の熱だった。比例するように普段使わない心が冷たくなっていく。死を受け止める時はこんな感じなのだろうか。心の体温が弱々しく呟いた。
コズンが突っ込んでいくと考えたのだろうか、それとも男の実力を本当に理解したのだろうか。焦ったようにフェイは一歩前に出る。
「下がっていろ! おまえとは格が違う!」
フェイの声と重ねたように青年から低い詠唱のような声が響いた。きゅっぼん、と風呂桶の栓を抜いたような間抜けな音ともに数個の光の塊がにふわふわと浮かび上がった。ウィル・オー・ウィスプを思わせるそれは彼を守るように周回している。
そして、淡々とした一方的な宣言が下される。
「……参る」
「近寄るな!」
男の声に、コズンが悲鳴のように叫ぶ。それより速く、フェイの焦りは彼を動かしていた。冷たい墓土を抉るように踏みだし、疾風のような横薙ぎの一撃を放つ。
金属がぶつかり合うような音が、一瞬だけ墓地を揺らした。
「っ!」
飛び大口を二つに断ち切ったフェイの剣は彼を傷つけることはできなかった。後、指先一つ分で彼にふれるというところでとどまっている。光の珠のためか、金剛の層のように硬質化した周囲の空気が彼に刃を届けることを拒んでいる。
「気功……だな、やっぱ」
以前カフール周りで護衛の仕事をしたとき、似たような技を見た。不可解でよくわからない力なのでコズンにはとっては魔法と同じ順列だが、こちらの方が一度見たら何となくはわかる。あのとらえどころのないくせに芯のある感じ。前に会った使い手と同じようでいつも違う。それが気功使い。独特の雰囲気の差が気配に乗ってコズンの肌をざわつかせる。心底合わない武芸というのもコズンにとっては珍しかった。あの哲学者のような態度、それがとにかく彼とは合わないのだ。動と静でいえば常に動でなくては気が済まない。そんな男にとってその武術は見ているだけで苦痛だった。
「正確には違う。我流だ」
男はフェイから目を離さず言った。平凡な顔から、いやに眼力ばかりが強くにじみ出て“バッグベアード”のようにフェイを圧迫する。
フェイは思わず一歩引き、剣を構え直す。表情は変えないよう努めているようだったが、そのこと自体が焦りを表している。
「よい剣だった」
男は一回だけ目を閉じ、そして開く。そして杖を墓土に突き刺し何か呟く。
すると古い扉が開くような音ともに杖がゆがむ。続いて、ゴリゴリという岩を咀嚼するような低い、肌をぞわっとさせる音があたりじゅうにひろまっていく。音と同時に杖は姿を人型に近い者へと変わっていく。そして、不愉快な音が収まる。。それは細いからだを猫のように腰をかがめながら、立っている鬼だ。すべて銀色で瞳も白目の区別もない目、背中へとたてがみのように生える緑の髪、割れたざくろを思わせる口。そして、浮き立ったあばらがいやに目につく。
鬼が現れると同時、拳を構える青いローブの男。金剛のような硬さを持つのはおそらく胴だけではない。拳もまた同じ硬度で放たれるだろう。青年は一度、目を閉じては開き、哀れむような視線を二人の男に投げかける
「だが、残念だ。その剣を振るのもここまでのこと。いくぞ、ヤクシャ」
ザザザと森の葉が揺れた。風はただ強く吹いていた。
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