PC:コズン
NPC: !)巨漢の?アルグレート 受付の人
場所:ダンジョン/アカデミー併設のギルド・エドランス支部
静寂を保っていた暗い石の地下道。
その闇の中へ、ゆっくりと灯火と足音が近づいてくる。石壁に映った影か揺ら
めき、足音に舞うホコリが明かりを受けてきらきらと光る。
闇に侵入してきたのは若い戦士だった。
革鎧に身を包み、腰には小剣が収まっている。
右手で赤々とした松明を掲げ、松脂の臭いと吹き散らされたホコリに鼻をひく
ひくさせる。
左に括った小盾をからりと言わせながら鼻を摘む。
「あー、ちくしょー」
男はぐりぐりと鼻を動かした後、少し遠くを見る。ただ見ただけなのだが、何
となく睨んでいるように目は尖っている。
「部屋、か」
酷く悪い目付きの先には凹んだ壁と木製の宝箱がある部屋が見えた。
朽ちた扉が戦士の方に倒れている。その周辺には壁が崩れ、石やら岩やらが散
らばっている。
腐敗臭がその下からする、少し石を除けてやると、ライオンの頭やら大蝙蝠の
やらが無茶苦茶にはりついた生き物が見えてくる。
おおかた、地震か何かで守護者であるキメラが潰れたのだろう。
戦士は決めつけると宝箱に近寄る。それだけで吹き上がるホコリに顔をしかめ
ながらも、一気に進む。
守護者以外の罠はないだろうと踏んで、いっきに宝は箱を開ける。
しばらくの沈黙。
そして宝箱を閉める。
開ける。閉める。開ける。閉める。
引きつり笑いが顔を浸食した。
「ここでカラかよ!!」
八つ当たりを込めて蹴りを叩き込むと、石畳のがらがらと回って口を開ける。
巻き上げた輝くホコリが盛大に舞い、松明に照らされたフタが舌のようにぶら
ぶらと動く。
「くそ、ふざけやがって、この野郎」
どこをどう蹴り飛ばしても、宝箱はからっぽのままだった。
学校の流用品である机、生徒達の書いたポスターやら依頼の張り紙やらが壁に
掛けられ。
遅い昼の休み時間であるらしく受付もいない。この場にいるのは巨漢と中肉中
背の青年だけだ。
ギルドの待合室のテーブルに?巨漢の?アルグレートが座っていると、ちりち
りと背筋に重圧を感じた。
巨漢は頑健そのものの若者でつるりと剃り上がった頭と金色の無駄に豊かなあ
ごひげを夏の太陽に輝かせている。
その自慢の金色をふわりと揺らしアルグレートは振り返った。
目に入ったのは赤茶けた髪の青年が睨むような目で、振り向いたアルグレート
を突き刺していた。
後ろのテーブルに槍をたてかけふてぶてしく座っている。布製の人形をらしき
ものを右手に引っかけてぶらぶらさせていた。
着ている革鎧はホコリにまみれていて、そのホコリがアルグレートの方へ舞
い、余計に不快感を煽った。
「ああぁん、んだよ。オレになんか文句あんのか?」
不機嫌に吐き出した低い声だった。
「てめぇに、用はねぇ、後ろからガンとばしてんじゃねぇよ、ガキが」
「うるせぇ、このタコ助、暑苦しいんだよ。反射して眩しいんだ」
それがアルグレートの好戦性を触発させるのに十分なのだろう。
「……誰がタコだと」
岩のような拳を握りしめ、立ち上がるアルグレート。
合わせて青年も立ち上がるが、体格差は圧倒的だった。
鎧こそ脱いではいるが?巨漢の?名の通り、目付きの悪い男の二回り以上大き
く、威圧感は十分だった。そして差もまた十分だ。
体格とはそれだけで戦士の素質たり得る。大きければそれだけで根本的な筋肉
量が違い、タフだ。
その大きさでもってオーガーはゴブリンを支配するし、知能ある人間は知能な
き巨竜が圧倒される。
野蛮な社会であればあるほどに体格はものを言う。
冒険者、いや、この二人のチンピラにしたって同じことが言える。
「やんのかよ。丁度いい。オレは機嫌がわりぃんだ」
もっともそれを理解すべき理性は野蛮に取って代わられ、判断は叫びになり思
考は血潮に変わる。
「このオレに、タコは禁句だ、クソガキ。お人形でもうちでいじってな。そいつ
しかお友達いねぇんだろ?」
口をゆがめる巨漢の顔は嘲りを表した。
にやりと青年は引きつりながら笑い叫ぶ。
「タコ。オレはクソガキじゃねぇ、コズンだ!」
激昂される前に、コズンは突っ込んでいく。みぞおちを狙った全体重をかけた
一撃を繰り出すが、体をと筋肉の鎧に防がれる。
鼻を一つ鳴らすと、アルグレートは近くにあった椅子を持ち上げ、横殴りに叩
きつける。
鈍い破壊音があたりに響き、ばらばらと木片が散り、その中に布の人形がくる
くると舞う。
コズンは壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられた衝撃で息を吐き出す。
しばらく床に体を落とすが、ふらふらと立ち上がり、コズンは口から床へ血を
吐き出す。
赤茶けた髪は木片がへばりつき、着ている皮鎧には血がこびりいてる。
右腕を押さえ、壁に寄りかかるそれでもなお、黒い目はにらむように巨漢を見
ていた。
「んだ、これで終わりか、デカ物。いや、このタコ。だったらその暑苦しい頭を
こっちにむけんな、太陽が反射して暑いんだよ」
しばらくふらついた後、言い放つと力ないふらついた足取りで、床に転がって
いる放り出されぼろぼろになった小さな布の人形を拾い上げる。
タコ――もとい?巨漢の?アルグレートは歯の奥を鳴らして、殴打を放つ。転
がる音だけが響く。
人形が宙でくるくると回り、また床へ落ちた。
受付の人間が帰ってきたときには、木片の飛び散った床で青年が無造作に転が
っているだけだった。
------------------------------------------------------------------------
NPC: !)巨漢の?アルグレート 受付の人
場所:ダンジョン/アカデミー併設のギルド・エドランス支部
静寂を保っていた暗い石の地下道。
その闇の中へ、ゆっくりと灯火と足音が近づいてくる。石壁に映った影か揺ら
めき、足音に舞うホコリが明かりを受けてきらきらと光る。
闇に侵入してきたのは若い戦士だった。
革鎧に身を包み、腰には小剣が収まっている。
右手で赤々とした松明を掲げ、松脂の臭いと吹き散らされたホコリに鼻をひく
ひくさせる。
左に括った小盾をからりと言わせながら鼻を摘む。
「あー、ちくしょー」
男はぐりぐりと鼻を動かした後、少し遠くを見る。ただ見ただけなのだが、何
となく睨んでいるように目は尖っている。
「部屋、か」
酷く悪い目付きの先には凹んだ壁と木製の宝箱がある部屋が見えた。
朽ちた扉が戦士の方に倒れている。その周辺には壁が崩れ、石やら岩やらが散
らばっている。
腐敗臭がその下からする、少し石を除けてやると、ライオンの頭やら大蝙蝠の
やらが無茶苦茶にはりついた生き物が見えてくる。
おおかた、地震か何かで守護者であるキメラが潰れたのだろう。
戦士は決めつけると宝箱に近寄る。それだけで吹き上がるホコリに顔をしかめ
ながらも、一気に進む。
守護者以外の罠はないだろうと踏んで、いっきに宝は箱を開ける。
しばらくの沈黙。
そして宝箱を閉める。
開ける。閉める。開ける。閉める。
引きつり笑いが顔を浸食した。
「ここでカラかよ!!」
八つ当たりを込めて蹴りを叩き込むと、石畳のがらがらと回って口を開ける。
巻き上げた輝くホコリが盛大に舞い、松明に照らされたフタが舌のようにぶら
ぶらと動く。
「くそ、ふざけやがって、この野郎」
どこをどう蹴り飛ばしても、宝箱はからっぽのままだった。
学校の流用品である机、生徒達の書いたポスターやら依頼の張り紙やらが壁に
掛けられ。
遅い昼の休み時間であるらしく受付もいない。この場にいるのは巨漢と中肉中
背の青年だけだ。
ギルドの待合室のテーブルに?巨漢の?アルグレートが座っていると、ちりち
りと背筋に重圧を感じた。
巨漢は頑健そのものの若者でつるりと剃り上がった頭と金色の無駄に豊かなあ
ごひげを夏の太陽に輝かせている。
その自慢の金色をふわりと揺らしアルグレートは振り返った。
目に入ったのは赤茶けた髪の青年が睨むような目で、振り向いたアルグレート
を突き刺していた。
後ろのテーブルに槍をたてかけふてぶてしく座っている。布製の人形をらしき
ものを右手に引っかけてぶらぶらさせていた。
着ている革鎧はホコリにまみれていて、そのホコリがアルグレートの方へ舞
い、余計に不快感を煽った。
「ああぁん、んだよ。オレになんか文句あんのか?」
不機嫌に吐き出した低い声だった。
「てめぇに、用はねぇ、後ろからガンとばしてんじゃねぇよ、ガキが」
「うるせぇ、このタコ助、暑苦しいんだよ。反射して眩しいんだ」
それがアルグレートの好戦性を触発させるのに十分なのだろう。
「……誰がタコだと」
岩のような拳を握りしめ、立ち上がるアルグレート。
合わせて青年も立ち上がるが、体格差は圧倒的だった。
鎧こそ脱いではいるが?巨漢の?名の通り、目付きの悪い男の二回り以上大き
く、威圧感は十分だった。そして差もまた十分だ。
体格とはそれだけで戦士の素質たり得る。大きければそれだけで根本的な筋肉
量が違い、タフだ。
その大きさでもってオーガーはゴブリンを支配するし、知能ある人間は知能な
き巨竜が圧倒される。
野蛮な社会であればあるほどに体格はものを言う。
冒険者、いや、この二人のチンピラにしたって同じことが言える。
「やんのかよ。丁度いい。オレは機嫌がわりぃんだ」
もっともそれを理解すべき理性は野蛮に取って代わられ、判断は叫びになり思
考は血潮に変わる。
「このオレに、タコは禁句だ、クソガキ。お人形でもうちでいじってな。そいつ
しかお友達いねぇんだろ?」
口をゆがめる巨漢の顔は嘲りを表した。
にやりと青年は引きつりながら笑い叫ぶ。
「タコ。オレはクソガキじゃねぇ、コズンだ!」
激昂される前に、コズンは突っ込んでいく。みぞおちを狙った全体重をかけた
一撃を繰り出すが、体をと筋肉の鎧に防がれる。
鼻を一つ鳴らすと、アルグレートは近くにあった椅子を持ち上げ、横殴りに叩
きつける。
鈍い破壊音があたりに響き、ばらばらと木片が散り、その中に布の人形がくる
くると舞う。
コズンは壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられた衝撃で息を吐き出す。
しばらく床に体を落とすが、ふらふらと立ち上がり、コズンは口から床へ血を
吐き出す。
赤茶けた髪は木片がへばりつき、着ている皮鎧には血がこびりいてる。
右腕を押さえ、壁に寄りかかるそれでもなお、黒い目はにらむように巨漢を見
ていた。
「んだ、これで終わりか、デカ物。いや、このタコ。だったらその暑苦しい頭を
こっちにむけんな、太陽が反射して暑いんだよ」
しばらくふらついた後、言い放つと力ないふらついた足取りで、床に転がって
いる放り出されぼろぼろになった小さな布の人形を拾い上げる。
タコ――もとい?巨漢の?アルグレートは歯の奥を鳴らして、殴打を放つ。転
がる音だけが響く。
人形が宙でくるくると回り、また床へ落ちた。
受付の人間が帰ってきたときには、木片の飛び散った床で青年が無造作に転が
っているだけだった。
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PR
PC: フェイ
NPC: エルガー 先生
場所:エドランス
――――――――――――――――
泣き叫ぶ事もできないほどに恐怖に硬直する子供にから、目が離せずにいると
頭の中で冷静な部分が声を響かせる。
(アレハ、ボクジャナイ……ボクジャナイ……)
その子供をかばうつもりだったのか、飛び出した戦士の一人が一撃の下に崩れ落
とされる。
その戦士の体をまたぐように乗り越えてきたのは、豹の体に人間のようにも見え
る頭をもつ人頭獣身の魔獣だった。
全長3メートルはゆうに超えるであろう巨体ながら、豹の肉体にふさわしいしな
やかさで大地を踏みしめるさまは、脆弱な生命を威圧するにふさわしかった。
しかしながらその頭部は醜悪な男の顔を連想させる人頭で、耳元まで避ける口か
らは細かく並んだ牙の列がよだれに光り、目から感じる邪悪な意思とあいなって、
とても雄大とか壮大といった形容詞が思い浮かばないような有様だった。
(アレモチガウ……アノトキノアイツトハ……ニテイルケドチガウ……)
頭が痛む。
魔獣を確認して、声がより大きく響く。
気が遠くなりそうな声に耐えるその視界に、立ち尽くす子供を見定めた魔獣がゆ
っくり歩み寄るのが映った。
子供の瞳が恐怖から絶望に変わるのを感じた瞬間、目の前が赤く染まり周りが何
も見えなくなり、それとともに体が駆け出すのを感じた。
「フェイ! まだはやい!」
後ろで誰かが叫ぶのが聞こえたが、それを無視して駆ける。
魔獣が前足を振り上げようとしていたが、気配を察したのかフェイが飛び出して
くるほうを向き、とっさにそちらに向かって凪ぐように前足を振った。
「オオオオオオオオオ!」
「GAAAAAAAAAAA!」
のどから自然にもれる咆哮が魔獣のそれと交じり合い大地を揺らす。
魔獣の左側面に突っ込んだフェイは、片手で抜き放った直刀を水平に突き出すよ
うにしたまま腰に構え、腕をさながら弓を限界まで引き絞るようにそらしたまま、
寸前で急停止をして鉄すら引き裂く必殺の爪をかわす。
そして腰元からひねりの力を腕先にまで伝えるようにし、その上に急停止の「た
め」のちからを乗せて魔獣の横っ腹にぶち込んだ。
「GUAAAWOOOOOO!」
3メートル強の体がはじけるように横に倒れる。
ほんの刹那の攻防に、もてる最大の攻撃力を打ち込んだフェイはそれでも油断な
く魔獣の様子を伺っていたが、視界の隅で子供が動き出したのを捕らえた。
「おい、こっちくんな! 逃げろ!」
注意をそらしたといっても気は張っていたはずだったが、高度な戦闘においてそ
のわずかな隙が命取りになる。
フェイが味方とわかったのか、こちらに来る気配を向けた子供に声をかけたその
一瞬、魔獣が跳ねるように起き上がると、その勢いのまま前足の凶爪を振り下ろし
た。
「っが!」
気がつくのが遅れた分交わしきれないと悟ったフェイは、とっさに剣を斜に構え
て受けようとしたが、その圧力に抗しきれずになぎ倒されるように飛ばされた。
「GOAAAAAA!!」
弾かれるときに腕から胸にかけて、鎧ごと引き裂かれ、地面に打ちつけた衝撃と
凶爪によるその傷とでふらつく視界に猛る魔獣の姿が映った。
おそらく魔獣も致命傷を負ったはずなに、今だけは怒りに狂い、もてる力すべて
を暴力と化す嵐となっていた。
だが、その嵐がフェイを襲う事はなかった。
薄れ行く意識のなか、体制を整えた仲間達が連携をとりながら魔獣に対している
のをみた。
(ちっくしょう……オレはまだ……。)
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「死にたいのかと、聞いている! フェイ・ロー!」
魔獣退治の依頼を終え、アカデミーにて事後報告と手続きを済ませた冒険者達は
休憩用の一室にいた。
「るっせーな、勝ったんだからいいだろ?」
フェイに詰め寄っているのは今回の依頼で組んだパーティのリーダーで、アカデ
ミーでも名の知れた戦士であるエルガーだった。
180前後の長身のフェイよりもさらに頭一つ高いエルガーは、体つきもしっかりと
鍛えられた筋肉におおわれ、いかにも戦死を体現したような巨漢の青年だった。
かれらはとある遺跡で目覚めた魔獣討伐のために臨時で組んだ仲間であり、顔見
知りではあるものの普段は別々に活動していた。
一応リーダーを決めては見たものの、フェイが独走する形となり、こうしてもめ
ているわけだった。
「いくら君の体が人並みはずれていたとしても……。」
「ああ、だからわかったって!」
「フェイ!君のことは知ってるつもりだがこのままでは……。」
「だからうるさいってんたろ!それ以上は言うな!」
フェイは臆する事もなく真っ直ぐ射抜くようににらみつけ、ふいに話を打ち切る
ように部屋を出て行こうとする。
戸口に手をかけたところで思い出したように振り向きもせずに、今まで黙って様
子を見ていたアカデミーの教官であり、修士を取ったエルガーやフェイが所属する
「教室」の主任でもある壮年の男に話しかけた。
「先生、あのときの子供は……。」
先生と呼ばれた男は落ち着いた低い声で答えた。
「大丈夫だ。お前の稼いだ時間がパーティの布陣を完成させるのに役立った。たて
になった戦士も一命を取りとめたそうだ。」
そう聞いて懸念が消えたのか、少しだけ目元を和らげるとそのまま戸を引こうと
するフェイの背に、今度は男のほうが声をかけた。
「フェイ、一つ間違えばあの子も殺されていたところだ。なんらかのペナルティは
かくごしておけ。」
フェイは何も言わぬまま、肩越しに手を振ってそのまま外へ出て行った。
「ふー、あいつにもこまったものだな。」
「先生!そんなのんきな。」
フェイが出て行った戸口を見ながらため息をついた『先生』に、エルガーは渋い
顔で応じた。
「あいつがいくら頑丈だとは言え、人の血が濃くなった今の体は銀の魔力しか効か
ないっていう不死身の肉体ではないんですよ。このままじゃあいつ、本当に死にま
すよ。」
「わかっているよ、エルガー。それはあいつも。」
「ですが……。」
「そうだな……、あいつは連携というものを知らん。今以上のレベルで戦っていく
上でそれは致命的な欠点でもある。」
一人でいくら強くなろうと、剣闘士のように限定され誕生しかないのであればと
もかく、敵も戦場も条件も常に不確定な中で高いレベルの先頭に勝ち残るのは不可
能に近い。
今回の件にしても、連携をきちっととっていれば、フェイが一撃入れた後に魔獣
が再び立ち上がる事はなかっただろう。
「ちょうどペナルティも必要な事だし、あいつには自分よりレベルの高いものより
も、むしろ自分が補う側に回る経験が必要かもしれんな。」
エルガーは『先生』の言わんとするとこを悟って言葉を詰まらせる。
「意味はわかりますが、うかつな者だとつぶされるだけに成りかねませんよ。フェ
イは人を育てるタイプとは思えませんし。」
「まあまて。実は心当たりがなくもないのだ。向こうは向こうで首似た図名をつけ
れるものを探しているらしくてな。」
「……大丈夫なんですか?」
エルガーの不安に『先生』は肩をすくめた。
「なるようにしかなるまいよ。」
――――――――――――――――
NPC: エルガー 先生
場所:エドランス
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泣き叫ぶ事もできないほどに恐怖に硬直する子供にから、目が離せずにいると
頭の中で冷静な部分が声を響かせる。
(アレハ、ボクジャナイ……ボクジャナイ……)
その子供をかばうつもりだったのか、飛び出した戦士の一人が一撃の下に崩れ落
とされる。
その戦士の体をまたぐように乗り越えてきたのは、豹の体に人間のようにも見え
る頭をもつ人頭獣身の魔獣だった。
全長3メートルはゆうに超えるであろう巨体ながら、豹の肉体にふさわしいしな
やかさで大地を踏みしめるさまは、脆弱な生命を威圧するにふさわしかった。
しかしながらその頭部は醜悪な男の顔を連想させる人頭で、耳元まで避ける口か
らは細かく並んだ牙の列がよだれに光り、目から感じる邪悪な意思とあいなって、
とても雄大とか壮大といった形容詞が思い浮かばないような有様だった。
(アレモチガウ……アノトキノアイツトハ……ニテイルケドチガウ……)
頭が痛む。
魔獣を確認して、声がより大きく響く。
気が遠くなりそうな声に耐えるその視界に、立ち尽くす子供を見定めた魔獣がゆ
っくり歩み寄るのが映った。
子供の瞳が恐怖から絶望に変わるのを感じた瞬間、目の前が赤く染まり周りが何
も見えなくなり、それとともに体が駆け出すのを感じた。
「フェイ! まだはやい!」
後ろで誰かが叫ぶのが聞こえたが、それを無視して駆ける。
魔獣が前足を振り上げようとしていたが、気配を察したのかフェイが飛び出して
くるほうを向き、とっさにそちらに向かって凪ぐように前足を振った。
「オオオオオオオオオ!」
「GAAAAAAAAAAA!」
のどから自然にもれる咆哮が魔獣のそれと交じり合い大地を揺らす。
魔獣の左側面に突っ込んだフェイは、片手で抜き放った直刀を水平に突き出すよ
うにしたまま腰に構え、腕をさながら弓を限界まで引き絞るようにそらしたまま、
寸前で急停止をして鉄すら引き裂く必殺の爪をかわす。
そして腰元からひねりの力を腕先にまで伝えるようにし、その上に急停止の「た
め」のちからを乗せて魔獣の横っ腹にぶち込んだ。
「GUAAAWOOOOOO!」
3メートル強の体がはじけるように横に倒れる。
ほんの刹那の攻防に、もてる最大の攻撃力を打ち込んだフェイはそれでも油断な
く魔獣の様子を伺っていたが、視界の隅で子供が動き出したのを捕らえた。
「おい、こっちくんな! 逃げろ!」
注意をそらしたといっても気は張っていたはずだったが、高度な戦闘においてそ
のわずかな隙が命取りになる。
フェイが味方とわかったのか、こちらに来る気配を向けた子供に声をかけたその
一瞬、魔獣が跳ねるように起き上がると、その勢いのまま前足の凶爪を振り下ろし
た。
「っが!」
気がつくのが遅れた分交わしきれないと悟ったフェイは、とっさに剣を斜に構え
て受けようとしたが、その圧力に抗しきれずになぎ倒されるように飛ばされた。
「GOAAAAAA!!」
弾かれるときに腕から胸にかけて、鎧ごと引き裂かれ、地面に打ちつけた衝撃と
凶爪によるその傷とでふらつく視界に猛る魔獣の姿が映った。
おそらく魔獣も致命傷を負ったはずなに、今だけは怒りに狂い、もてる力すべて
を暴力と化す嵐となっていた。
だが、その嵐がフェイを襲う事はなかった。
薄れ行く意識のなか、体制を整えた仲間達が連携をとりながら魔獣に対している
のをみた。
(ちっくしょう……オレはまだ……。)
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「死にたいのかと、聞いている! フェイ・ロー!」
魔獣退治の依頼を終え、アカデミーにて事後報告と手続きを済ませた冒険者達は
休憩用の一室にいた。
「るっせーな、勝ったんだからいいだろ?」
フェイに詰め寄っているのは今回の依頼で組んだパーティのリーダーで、アカデ
ミーでも名の知れた戦士であるエルガーだった。
180前後の長身のフェイよりもさらに頭一つ高いエルガーは、体つきもしっかりと
鍛えられた筋肉におおわれ、いかにも戦死を体現したような巨漢の青年だった。
かれらはとある遺跡で目覚めた魔獣討伐のために臨時で組んだ仲間であり、顔見
知りではあるものの普段は別々に活動していた。
一応リーダーを決めては見たものの、フェイが独走する形となり、こうしてもめ
ているわけだった。
「いくら君の体が人並みはずれていたとしても……。」
「ああ、だからわかったって!」
「フェイ!君のことは知ってるつもりだがこのままでは……。」
「だからうるさいってんたろ!それ以上は言うな!」
フェイは臆する事もなく真っ直ぐ射抜くようににらみつけ、ふいに話を打ち切る
ように部屋を出て行こうとする。
戸口に手をかけたところで思い出したように振り向きもせずに、今まで黙って様
子を見ていたアカデミーの教官であり、修士を取ったエルガーやフェイが所属する
「教室」の主任でもある壮年の男に話しかけた。
「先生、あのときの子供は……。」
先生と呼ばれた男は落ち着いた低い声で答えた。
「大丈夫だ。お前の稼いだ時間がパーティの布陣を完成させるのに役立った。たて
になった戦士も一命を取りとめたそうだ。」
そう聞いて懸念が消えたのか、少しだけ目元を和らげるとそのまま戸を引こうと
するフェイの背に、今度は男のほうが声をかけた。
「フェイ、一つ間違えばあの子も殺されていたところだ。なんらかのペナルティは
かくごしておけ。」
フェイは何も言わぬまま、肩越しに手を振ってそのまま外へ出て行った。
「ふー、あいつにもこまったものだな。」
「先生!そんなのんきな。」
フェイが出て行った戸口を見ながらため息をついた『先生』に、エルガーは渋い
顔で応じた。
「あいつがいくら頑丈だとは言え、人の血が濃くなった今の体は銀の魔力しか効か
ないっていう不死身の肉体ではないんですよ。このままじゃあいつ、本当に死にま
すよ。」
「わかっているよ、エルガー。それはあいつも。」
「ですが……。」
「そうだな……、あいつは連携というものを知らん。今以上のレベルで戦っていく
上でそれは致命的な欠点でもある。」
一人でいくら強くなろうと、剣闘士のように限定され誕生しかないのであればと
もかく、敵も戦場も条件も常に不確定な中で高いレベルの先頭に勝ち残るのは不可
能に近い。
今回の件にしても、連携をきちっととっていれば、フェイが一撃入れた後に魔獣
が再び立ち上がる事はなかっただろう。
「ちょうどペナルティも必要な事だし、あいつには自分よりレベルの高いものより
も、むしろ自分が補う側に回る経験が必要かもしれんな。」
エルガーは『先生』の言わんとするとこを悟って言葉を詰まらせる。
「意味はわかりますが、うかつな者だとつぶされるだけに成りかねませんよ。フェ
イは人を育てるタイプとは思えませんし。」
「まあまて。実は心当たりがなくもないのだ。向こうは向こうで首似た図名をつけ
れるものを探しているらしくてな。」
「……大丈夫なんですか?」
エルガーの不安に『先生』は肩をすくめた。
「なるようにしかなるまいよ。」
――――――――――――――――
PC: コズン
NPC: レベッカ、日の出の魔道師、すてきな盗賊
場所:木賃宿/保健室
――――――――――――――――
「俺は宮廷魔術師になる」
太陽を大地が飲み込んでいた。赤骨通りに面する名もない小さな木賃宿はにぎわいはじ
め、それぞれが夕餉の支度を始めている。
そんな中でそこの雰囲気とは一線を画した魔道師が一人、なじみきった一人のひょろ長い
盗賊に話しかけている。魔道師の視線に人のいい狐といった風貌の男は何となくいずらそう
に机をなでた。
「今日でさよならだ」
そういって彼は出て行った。
振り返ることはない。止める間もない。そんなこともしない。
冒険者とは不似合いな礼服を身に纏い、宮廷魔道師を表す銀色の肩当てを右の方にして
いるのが、すでに決別であったからだ。
彼ら二人がそれを知ったのは数日過ぎた同じ木賃宿だった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
保健室にはコズンだけがいる。
学園に入ったことはないし、話す相手もいないので、じろりと外を見ていると、剣技の初級
講座らしきものが始まっていた。
いまさら見ても面白くもないが、それでもしばらく睨んでいた。
あの後、ここに運び込まれ、治癒の呪文によって回復したらしい。さっきまで話し相手だっ
た保健の先生とやらが言っていた。なかなか面白い、主に話しより言動が。しかし、その話
し相手もクソ面白くもない授業に取られてしまった。
暇そうにごろりと二回転がった後、彼はため息をついた。
「アレの続きでもやるか」
ベット下に転がっている背負い袋から裁縫道具を億劫そうにとりだし、中に入っていたさき
ほどとは別の人形を縫い始める。
布の切れはしを集めて作った、つぎはぎの人形で顔を作ってやれば完成だ。
外からはかけ声が響き、笑い声や怒声がいやに耳に入ってくる。
けッ、とだけつぶやいた後、縫い物に集中する。
そう、後こいつに笑った顔を付けてやるだけなんだ。邪魔すんな。
でもよ、笑った顔ってどんなのだっけ。
そう思った時にがらりと保健室の扉が開いた。
「すいませーん。コズンって子いませんかー」
快活そうな少女の声だ。高いことは高いが不快にならない柔らかさがそこにはあった。
「うおへぁ」
鋭かった双眸は情けない表情で覆われてしまう。そして、裁縫道具をぱっぱと鞄にぶち込
み、何事もなかったように
「あー、そこなのね」
仕切りのカーテンの方からひょっいと出てきたのは手乗りサイズの少女だ。背中にはトン
ボにも似た羽を生やし、人の目の高さにふわふわと浮かび上がっている。フェアリーだ。
「なんで、おまえがいんだよ!」
「何でかって? 簡単じゃない」
ふわりと羽を動かし、笑顔でにじり寄るフェアリー。ひまわりの花みたいな色のワンピース
が小さく揺れる。ゆっくりと進み出て、耳たぶを両手でやさしく掴む。
「あ・ん・た・が! また! やっちゃったんでしょうが!」
叫びと共に耳たぶを根菜でも引き抜くように力の限りひっぱり上げる。
「あだだだ!」
「あああ、もう最低! まったくあんたって奴は」
体重の軽いフェアリーを文句の合間に振り払い、耳を押さえて口を開いた。
「いや、あれは、だなぁ、レベッカ」
「いいから! 言い訳なんてどうでもいいわ。ああ、なんであんたと知り合いなんていっちゃん
だろう。
折角のここの研究室といっしょに遺跡調査できる機会だったのに! あんたなんか、ほっと
いっておけばよかったんだわ!」
反論しようとした口が急に縮こまる。遺跡、とだけコズンは口を動かした。
レベッカと呼ばれたフェアリーは頭を軽く抱えて、やれやれと首を振る。
「まったく、こーいう時に限って、あの男どもときたら。肝心な時にいないんだから」
やれやれと両手をあげため息を吐くフェアリー。
レベッカ達三人と冒険したのはもう随分前の話だ。みんな熟練の冒険者でコズンはパー
ティの戦士が抜けてしまったため入った人間だった。
そして、とにかく毎日冒険に出た。毎日、そう毎日だ。
オークの戦士達と共闘したこともあったし、ダンジョン一歩目の階段で滑って転げ落ちて
死にかけたこともあった。情報の齟齬で危うく依頼人に斬りかかることもあった。
そんな日々はもう遠くだ。すてきな盗賊はふらりとどこかに消えてしまったし、日の出の魔
道師はもういない。
少し顔を伏せて、コズンは声を絞り出した。
「……悪かった」
「分かればよろしい」
素直に謝るコズンに、ころりと表情を変えてそよ風みたいに笑いかける。
その風でも役不足なのだろうか、コズンは顔を伏せたままだ。
「遺跡、おまえ好きだもんな、みんないないのに、潜るチャンスなかなかないもんな」
「いーってこと。あたし達の後輩なんだら、ね」
レベッカは肩をバシバシと叩いた。
コズンの耳たぶは赤くなっている。
「ま、反省ついでに一仕事、頼んでいいかしら」
「あ、いいぜ。やってやるよ」
彼がこの安請け合いに後悔するのにはたいした時間はいらなかった。
――――――――――――――――
NPC: レベッカ、日の出の魔道師、すてきな盗賊
場所:木賃宿/保健室
――――――――――――――――
「俺は宮廷魔術師になる」
太陽を大地が飲み込んでいた。赤骨通りに面する名もない小さな木賃宿はにぎわいはじ
め、それぞれが夕餉の支度を始めている。
そんな中でそこの雰囲気とは一線を画した魔道師が一人、なじみきった一人のひょろ長い
盗賊に話しかけている。魔道師の視線に人のいい狐といった風貌の男は何となくいずらそう
に机をなでた。
「今日でさよならだ」
そういって彼は出て行った。
振り返ることはない。止める間もない。そんなこともしない。
冒険者とは不似合いな礼服を身に纏い、宮廷魔道師を表す銀色の肩当てを右の方にして
いるのが、すでに決別であったからだ。
彼ら二人がそれを知ったのは数日過ぎた同じ木賃宿だった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
保健室にはコズンだけがいる。
学園に入ったことはないし、話す相手もいないので、じろりと外を見ていると、剣技の初級
講座らしきものが始まっていた。
いまさら見ても面白くもないが、それでもしばらく睨んでいた。
あの後、ここに運び込まれ、治癒の呪文によって回復したらしい。さっきまで話し相手だっ
た保健の先生とやらが言っていた。なかなか面白い、主に話しより言動が。しかし、その話
し相手もクソ面白くもない授業に取られてしまった。
暇そうにごろりと二回転がった後、彼はため息をついた。
「アレの続きでもやるか」
ベット下に転がっている背負い袋から裁縫道具を億劫そうにとりだし、中に入っていたさき
ほどとは別の人形を縫い始める。
布の切れはしを集めて作った、つぎはぎの人形で顔を作ってやれば完成だ。
外からはかけ声が響き、笑い声や怒声がいやに耳に入ってくる。
けッ、とだけつぶやいた後、縫い物に集中する。
そう、後こいつに笑った顔を付けてやるだけなんだ。邪魔すんな。
でもよ、笑った顔ってどんなのだっけ。
そう思った時にがらりと保健室の扉が開いた。
「すいませーん。コズンって子いませんかー」
快活そうな少女の声だ。高いことは高いが不快にならない柔らかさがそこにはあった。
「うおへぁ」
鋭かった双眸は情けない表情で覆われてしまう。そして、裁縫道具をぱっぱと鞄にぶち込
み、何事もなかったように
「あー、そこなのね」
仕切りのカーテンの方からひょっいと出てきたのは手乗りサイズの少女だ。背中にはトン
ボにも似た羽を生やし、人の目の高さにふわふわと浮かび上がっている。フェアリーだ。
「なんで、おまえがいんだよ!」
「何でかって? 簡単じゃない」
ふわりと羽を動かし、笑顔でにじり寄るフェアリー。ひまわりの花みたいな色のワンピース
が小さく揺れる。ゆっくりと進み出て、耳たぶを両手でやさしく掴む。
「あ・ん・た・が! また! やっちゃったんでしょうが!」
叫びと共に耳たぶを根菜でも引き抜くように力の限りひっぱり上げる。
「あだだだ!」
「あああ、もう最低! まったくあんたって奴は」
体重の軽いフェアリーを文句の合間に振り払い、耳を押さえて口を開いた。
「いや、あれは、だなぁ、レベッカ」
「いいから! 言い訳なんてどうでもいいわ。ああ、なんであんたと知り合いなんていっちゃん
だろう。
折角のここの研究室といっしょに遺跡調査できる機会だったのに! あんたなんか、ほっと
いっておけばよかったんだわ!」
反論しようとした口が急に縮こまる。遺跡、とだけコズンは口を動かした。
レベッカと呼ばれたフェアリーは頭を軽く抱えて、やれやれと首を振る。
「まったく、こーいう時に限って、あの男どもときたら。肝心な時にいないんだから」
やれやれと両手をあげため息を吐くフェアリー。
レベッカ達三人と冒険したのはもう随分前の話だ。みんな熟練の冒険者でコズンはパー
ティの戦士が抜けてしまったため入った人間だった。
そして、とにかく毎日冒険に出た。毎日、そう毎日だ。
オークの戦士達と共闘したこともあったし、ダンジョン一歩目の階段で滑って転げ落ちて
死にかけたこともあった。情報の齟齬で危うく依頼人に斬りかかることもあった。
そんな日々はもう遠くだ。すてきな盗賊はふらりとどこかに消えてしまったし、日の出の魔
道師はもういない。
少し顔を伏せて、コズンは声を絞り出した。
「……悪かった」
「分かればよろしい」
素直に謝るコズンに、ころりと表情を変えてそよ風みたいに笑いかける。
その風でも役不足なのだろうか、コズンは顔を伏せたままだ。
「遺跡、おまえ好きだもんな、みんないないのに、潜るチャンスなかなかないもんな」
「いーってこと。あたし達の後輩なんだら、ね」
レベッカは肩をバシバシと叩いた。
コズンの耳たぶは赤くなっている。
「ま、反省ついでに一仕事、頼んでいいかしら」
「あ、いいぜ。やってやるよ」
彼がこの安請け合いに後悔するのにはたいした時間はいらなかった。
――――――――――――――――
PC: フェイ コズン
NPC: レベッカ クラッド
場所:エドランス
――――――――――――――――
キゴウアヴェの討伐から帰還してさらに二日。
傷自体は向こうの村で3日休んで直してから帰途についたので、すでに傷跡が
うっすら確認できる程度にまで回復していた。
しかし普通の傷なら一日もあれば、傷跡も残さずに完治しているはずだった。
(やはり魔獣も上位クラスになってくると、その爪や牙も魔法の武器と考えた方
がよさそうだな)
由緒正しい……と言うのが正しいかはわからないが、フェイは感染症や呪いで
はないれっきとした人狼の血を引く、古代種の末裔だ。
その不死性は、鍛えられた銀の魔力でなければ、どんな傷も見る見るうちに治
してしまうと言う超回復能力によって、伝説に語られるほどのものだった。
しかし、フェイはと過去に負った大怪我で死にかけ、そのときアカデミーの医
療技術によって体内の血のほとんどを入れ替えるという大手術を受けたおかげで、
伝説ほどの不死身の肉体はとうにうしなっていた。
そのときに獣化能力も失ったほどだが、それでも普通の傷なら食事して一眠り
すれば大抵は完治するという人間離れした回復能力は残った。
そして、当然弱点も引き継いだらしく、銀でなくとも魔力で負った傷は治りに
くい。
(それにしてもあの魔獣は良く似ていた……、奴が動き出したのか?)
決して忘れることのできない、その目に焼きついた奴の姿を思い描きながら、
過去と現在に思いをはせていた。
アカデミー構内に幾つも設けられた休憩室。
修士以上しか入れない奥棟は、常に生徒やギルド関係者であふれている表棟と
違い休憩室は割とすいている。
その実力と模範的な人格から、戦士ながら『聖騎士』と称されるエルガーと同
じ教室に所属していたが、空いた時間は1人になりたがるフェイはよく休憩室を
利用していた。
教室とはアカデミーに認可をうけた教師資格を持つものの開けるもので、修士
を得た者たちなら字湯に参加でき、研究や活動といった主催者の目的に同調する
者たちのグループというのが近いだろうか。
アカデミーが保有する技術や知識はここで日々うみだされていて、参加者は学
生過程では得られない技術や知識を求めて席を置くのが普通だった。
しかしフェイは少し事情が違う。
幼少時にアカデミーで命を救われその後も育ててもらった。
その際養父として直接面倒を見てくれたのが、現在所属している教室の先生で
ある クラッド・ディガー であった。
アカデミーと養父に返しきれない恩のあるフェイにとって、そのために働くと
いうのは自然なことであった。
至上命題として復讐を掲げていても、その情報収集や経験をつむためにギルド
を利用するのにもアカデミーは都合も良く、養父が開く教室が冒険者のパーティ
を対象にした連携や戦術といった研究をしているというのも好都合だったのだ。
そうして教室の一員となり、日々アカデミーの仕事を中心に研鑽を積んでいた
ものの、いまひとつパーティと意見が合わないフェイはつい独りでいることを好
みがちだった。
(エルガーが俺を心配してくれてるのはわかる。 だが……)
フェイが敵と狙う「奴ら」には独りでは勝てない。
本物の伝説の人狼、最強と信じれる戦士だった実父を打ち倒し、エドランスに
のみいる眷族という特殊な種族の中でも戦闘力の高かった狼型の村を滅ぼした。
アカデミーの奇跡に救われたフェイは、本物の実力者が仲間と連携を取ったと
きの脅威を目の当たりにした生き証人だった。
だからフェイは自分なりに自身の特性・戦力を考え、特攻とも言うべき単身突
撃によってできうる最大の打撃を敵に与え、その後に続く仲間の負担を減らすと
いう戦術を身に着けた。
これはなかなかに効果を上げ、特に仲間の負傷率は劇的に減った。
そして着実に実績を積み上げ、最近では教室内でも最高レベルと言われるエル
ガーのパーティに加わって仕事をこなしてきたのだった。
ところが、どうもうまくいってない。
前回も先走りすぎたかもしれないが、結果はうまく言った。
しかし、何かがよくない。
とはいえ、今のところうまくいってるならそれでいいのではないか、という思
いがあるのも確かだった。
(何がいけないと言うのだ)
自分でも何か感じなくもないが、エルガーは考えが甘いのだとこじつけて納得
する。
そう、自身のリスクを恐れていては奴らには勝てない。
そして俺はとのリスクに耐えられる体を持っている。
「あのー、フェイさん」
休憩室の扉から覗き込むようにして、物思いにふけるフェイに声をかけたのは、
同じ教室に参加している魔法使いの少女だった。
まだ組んで仕事をしたこがないと言うこともあり、うろ覚えだったが、記憶底
からフェルミと言う名前を思い出した。
「えーと、先生がお呼びです。 教室ではなく、ギルドの会議室へおこしくださ
い」
「ギルドのほう? わかった。」
養父でもある先生はどうやらエルガーと同じようなことを思ってる。
それは会話の中から気がついていたが、そういう事情は別にして、リーダーで
あるエルガーの指示を無視した事に対して、何らかの罰がある野は当然と考えて
いたため、その内容が決まったのだろうとフェイは思った。
(罰は当然だろうが、教室でなくギルドとは?)
少し疑問に思いつつも、行けばわかることなのですぐに席を立つ。
フェルミに礼を言って廊下に出ると、ギルドのある表棟に向かって歩き出した。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
ギルドの会議室というのは、ミーティングや交渉の場として利用される問いだ
けの普通の部屋だ。
10人も入れば窮屈に感じるであろうその部屋にフェイがついたときには、先客
がいた。
部屋には丸テーブルが1つと壁際に10脚ほどの椅子が積まれていた。
自分でとってきたのだろう、つまれているのと同じ椅子に座り、背もたれに身
体を預けた男がきつい目つきでフェイをにらみつけていた。
一目見て日陰者と思わせるその男は、小妖精のレベッカに連れ出されてきたコ
ズンであった。
「ちょっと! やめなさいって!」
コズンの目の前、丸テーブルの上に座っていたレベッカが慌てたように立ち上
がって手を振りながらで言った。
「あんた何で寝てたか、もう忘れたの?」
コズンの体感ではついさっきである昼の出来事を思い出したのか、一瞬むっと
した顔をしたものの、しぶしぶながらフェイから視線をはずした。
その際舌打ちを忘れなかったところがらしいと言えばらしいのだが、レベッカ
はふわりと浮き上がると、コズンの赤茶けた頭を「ぺち!」と叩いた。
「コ、ズ、ン!」
フェイはレベッカに説教されだしたコズンを視界の隅に入れながら、無言のま
ま椅子を取ると、少しはなれたところにおいて腰を下ろした。
そうして待っていると程なくして、フェイにはみなれた先生、クラッドが入っ
てきた。
「またせたな」
入ってくるとそのまテーブルに着き、立ったまま挨拶をした。
フェイを見た後、慌てたように頭を下げるレベッカに頷き返す。
「レベッカ、そちらが?」
「はい、これがコズンです」
「これ、ってなんだぁ!」と言おうとしたコズンだったが、レベッカににらま
れ、代わりに手を振って挨拶代わりとした。
レベッカがまた怒りだしたが、コズンにすれば見知らぬおっさんに過ぎないの
だ。
それでも挨拶の意を示したぶんだけ、気をつかってはいたのだが。
「二人に来てもらったのは、暫く組んで仕事をしてもらいたいということなのだ。」
「はぁ?」
淡々と言ったグラッドの言葉に最初に反応したのはコズンだった。
レベッカに何か頼みごとがあるとつれてこられたに、仕事でなく今あったばか
りの見知らぬ奴と組めときた。
何の話だ?と疑問に思うのも当たり間だろう。
「それが今回の罰ですか?」
フェイも疑問に思ったが、ざっとみてコズンの実力を測っていたので、足かせ
のペナルティか、となんとなく納得しかけていた。
それと知られたエルガーのパーティにいればこそ、高難度の依頼が舞い込んで
くる、初対面だったが、贔屓目に見てもコズンの実力は初心者とは言わないにし
ても名前で仕事を取るには程遠いようにおもえた。
しかし、罰扱いされておとなしくしてられるほど、人間のできていないコズン
は怒声で答えた。
「ああ?! すかしたツラしてなにいってんだぁ?」
「ちょ……ほんとにやばいって!」
「るっせぇ!」
今にも席を立ってフェイ飛び掛りそうなコズンを、レベッカが小さい体で懸命
に立ちふさがるように飛び上がった。
コズンもレベッカにうかつな暴力を振るうきはないらしく、怒鳴りつけただけ
にとどめた。
「チッ! おい、こいつの罰とやらに俺がつきあわにゃならないって事じゃない
だろうなぁ?」
視線を変え、今度はグラッドをにらみながら不満を隠すことなくうなるように
言った。
「ふむ」
クラッドは顔色1つ変えず落ち着いた様子でコズンに向き直った。
「フェイは……言わずともわかっているようだが、コズン、きみは思い違いをし
ている。」
「なにいって……」
「よいかな、君は今日だけではない。 何のことかはわかるな?」
「う……」
「喧嘩は……まあそれもだが、君が暴れるたびに壊してくれた備品はただではな
いのだよ」
仲間と別れ独りになってからのコズンは、ギルドに顔を出しては一暴れを繰り
返していた。
本来なら待合室はパーティを募る場所でもあったが、すぐに噛み付いてくるコ
ズンと組もうとする者は誰もいなかった。
レベッカがなんとかツテを頼っても、今日のように台無しにしてしまう。
ただ自分より弱いものに突っかかることがないため黙認されていたが、さすが
にギルドも我慢の限界ということだろうか。
「ただ働きで返せってことか?」
「いや、もちろん報酬は払うさ。 アカデミーがね」
「?」
「諸事情から、依頼人から報酬の見込めない仕事と言うものもある。 間に言う
と アカデミーが代理依頼するわけだが、こういう仕事はフリーの冒険者には任
せづらい」
もちろんアカデミーとしてギルドに大々的に告知をして、冒険者を募ることも
あるが、今、フェイとコズンに言われてるのは、情報を拡散させたくない案件と
いうことだろう。
遺跡とかは調査の優先権が関係してくるし、たとえば人助けだとしても、アカ
デミーは慈善団体ではないため、報酬を肩代わりしたなんて話が広まるのは非に
好ましくないのだ。
「くわしく説明するほどのこともないだろう。 君たちは私達からの依頼をこな
してくれればよいだけだ」
そういうとテーブルの上に二枚の紙を置いた。
「これが今回の依頼だ。 言い忘れていたが二人にはレベッカが監督につく。」
そういうとレベッカと視線を交わす。
「ふむ、委任状を忘れたようだ。 悪いがレベッカは一緒に取りに来てくれるか
な?」
「あ、はい」
「二人はレべッカが戻るまで依頼書を読んでおいてくれ」
そういうとクラッドはレベッカを促していったん外に出た。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「あれが例の子かね?」
扉を少しはなれたぐらいでクラッドはレベッカに話しかけた。
「日の出の魔術師が後輩を育てていたなんて、しらなかったよ」
「そんな、育てるってほどでないですよ。 ただ、なんとなくほっとけなくて」
レベッカは後ろに遠ざかる扉を心配そうに振り返った。
「すいません、なんだか厄介なこと頼んだみたいで」
「いや、どちらかと言うと、こちらの方が厄介かけるかもしれんのだ」
「え、そんなことないですよ」
クラッドのセリフを気遣いにとったのか、レベッカは首を振って答えた。
―――――――――――――――
NPC: レベッカ クラッド
場所:エドランス
――――――――――――――――
キゴウアヴェの討伐から帰還してさらに二日。
傷自体は向こうの村で3日休んで直してから帰途についたので、すでに傷跡が
うっすら確認できる程度にまで回復していた。
しかし普通の傷なら一日もあれば、傷跡も残さずに完治しているはずだった。
(やはり魔獣も上位クラスになってくると、その爪や牙も魔法の武器と考えた方
がよさそうだな)
由緒正しい……と言うのが正しいかはわからないが、フェイは感染症や呪いで
はないれっきとした人狼の血を引く、古代種の末裔だ。
その不死性は、鍛えられた銀の魔力でなければ、どんな傷も見る見るうちに治
してしまうと言う超回復能力によって、伝説に語られるほどのものだった。
しかし、フェイはと過去に負った大怪我で死にかけ、そのときアカデミーの医
療技術によって体内の血のほとんどを入れ替えるという大手術を受けたおかげで、
伝説ほどの不死身の肉体はとうにうしなっていた。
そのときに獣化能力も失ったほどだが、それでも普通の傷なら食事して一眠り
すれば大抵は完治するという人間離れした回復能力は残った。
そして、当然弱点も引き継いだらしく、銀でなくとも魔力で負った傷は治りに
くい。
(それにしてもあの魔獣は良く似ていた……、奴が動き出したのか?)
決して忘れることのできない、その目に焼きついた奴の姿を思い描きながら、
過去と現在に思いをはせていた。
アカデミー構内に幾つも設けられた休憩室。
修士以上しか入れない奥棟は、常に生徒やギルド関係者であふれている表棟と
違い休憩室は割とすいている。
その実力と模範的な人格から、戦士ながら『聖騎士』と称されるエルガーと同
じ教室に所属していたが、空いた時間は1人になりたがるフェイはよく休憩室を
利用していた。
教室とはアカデミーに認可をうけた教師資格を持つものの開けるもので、修士
を得た者たちなら字湯に参加でき、研究や活動といった主催者の目的に同調する
者たちのグループというのが近いだろうか。
アカデミーが保有する技術や知識はここで日々うみだされていて、参加者は学
生過程では得られない技術や知識を求めて席を置くのが普通だった。
しかしフェイは少し事情が違う。
幼少時にアカデミーで命を救われその後も育ててもらった。
その際養父として直接面倒を見てくれたのが、現在所属している教室の先生で
ある クラッド・ディガー であった。
アカデミーと養父に返しきれない恩のあるフェイにとって、そのために働くと
いうのは自然なことであった。
至上命題として復讐を掲げていても、その情報収集や経験をつむためにギルド
を利用するのにもアカデミーは都合も良く、養父が開く教室が冒険者のパーティ
を対象にした連携や戦術といった研究をしているというのも好都合だったのだ。
そうして教室の一員となり、日々アカデミーの仕事を中心に研鑽を積んでいた
ものの、いまひとつパーティと意見が合わないフェイはつい独りでいることを好
みがちだった。
(エルガーが俺を心配してくれてるのはわかる。 だが……)
フェイが敵と狙う「奴ら」には独りでは勝てない。
本物の伝説の人狼、最強と信じれる戦士だった実父を打ち倒し、エドランスに
のみいる眷族という特殊な種族の中でも戦闘力の高かった狼型の村を滅ぼした。
アカデミーの奇跡に救われたフェイは、本物の実力者が仲間と連携を取ったと
きの脅威を目の当たりにした生き証人だった。
だからフェイは自分なりに自身の特性・戦力を考え、特攻とも言うべき単身突
撃によってできうる最大の打撃を敵に与え、その後に続く仲間の負担を減らすと
いう戦術を身に着けた。
これはなかなかに効果を上げ、特に仲間の負傷率は劇的に減った。
そして着実に実績を積み上げ、最近では教室内でも最高レベルと言われるエル
ガーのパーティに加わって仕事をこなしてきたのだった。
ところが、どうもうまくいってない。
前回も先走りすぎたかもしれないが、結果はうまく言った。
しかし、何かがよくない。
とはいえ、今のところうまくいってるならそれでいいのではないか、という思
いがあるのも確かだった。
(何がいけないと言うのだ)
自分でも何か感じなくもないが、エルガーは考えが甘いのだとこじつけて納得
する。
そう、自身のリスクを恐れていては奴らには勝てない。
そして俺はとのリスクに耐えられる体を持っている。
「あのー、フェイさん」
休憩室の扉から覗き込むようにして、物思いにふけるフェイに声をかけたのは、
同じ教室に参加している魔法使いの少女だった。
まだ組んで仕事をしたこがないと言うこともあり、うろ覚えだったが、記憶底
からフェルミと言う名前を思い出した。
「えーと、先生がお呼びです。 教室ではなく、ギルドの会議室へおこしくださ
い」
「ギルドのほう? わかった。」
養父でもある先生はどうやらエルガーと同じようなことを思ってる。
それは会話の中から気がついていたが、そういう事情は別にして、リーダーで
あるエルガーの指示を無視した事に対して、何らかの罰がある野は当然と考えて
いたため、その内容が決まったのだろうとフェイは思った。
(罰は当然だろうが、教室でなくギルドとは?)
少し疑問に思いつつも、行けばわかることなのですぐに席を立つ。
フェルミに礼を言って廊下に出ると、ギルドのある表棟に向かって歩き出した。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
ギルドの会議室というのは、ミーティングや交渉の場として利用される問いだ
けの普通の部屋だ。
10人も入れば窮屈に感じるであろうその部屋にフェイがついたときには、先客
がいた。
部屋には丸テーブルが1つと壁際に10脚ほどの椅子が積まれていた。
自分でとってきたのだろう、つまれているのと同じ椅子に座り、背もたれに身
体を預けた男がきつい目つきでフェイをにらみつけていた。
一目見て日陰者と思わせるその男は、小妖精のレベッカに連れ出されてきたコ
ズンであった。
「ちょっと! やめなさいって!」
コズンの目の前、丸テーブルの上に座っていたレベッカが慌てたように立ち上
がって手を振りながらで言った。
「あんた何で寝てたか、もう忘れたの?」
コズンの体感ではついさっきである昼の出来事を思い出したのか、一瞬むっと
した顔をしたものの、しぶしぶながらフェイから視線をはずした。
その際舌打ちを忘れなかったところがらしいと言えばらしいのだが、レベッカ
はふわりと浮き上がると、コズンの赤茶けた頭を「ぺち!」と叩いた。
「コ、ズ、ン!」
フェイはレベッカに説教されだしたコズンを視界の隅に入れながら、無言のま
ま椅子を取ると、少しはなれたところにおいて腰を下ろした。
そうして待っていると程なくして、フェイにはみなれた先生、クラッドが入っ
てきた。
「またせたな」
入ってくるとそのまテーブルに着き、立ったまま挨拶をした。
フェイを見た後、慌てたように頭を下げるレベッカに頷き返す。
「レベッカ、そちらが?」
「はい、これがコズンです」
「これ、ってなんだぁ!」と言おうとしたコズンだったが、レベッカににらま
れ、代わりに手を振って挨拶代わりとした。
レベッカがまた怒りだしたが、コズンにすれば見知らぬおっさんに過ぎないの
だ。
それでも挨拶の意を示したぶんだけ、気をつかってはいたのだが。
「二人に来てもらったのは、暫く組んで仕事をしてもらいたいということなのだ。」
「はぁ?」
淡々と言ったグラッドの言葉に最初に反応したのはコズンだった。
レベッカに何か頼みごとがあるとつれてこられたに、仕事でなく今あったばか
りの見知らぬ奴と組めときた。
何の話だ?と疑問に思うのも当たり間だろう。
「それが今回の罰ですか?」
フェイも疑問に思ったが、ざっとみてコズンの実力を測っていたので、足かせ
のペナルティか、となんとなく納得しかけていた。
それと知られたエルガーのパーティにいればこそ、高難度の依頼が舞い込んで
くる、初対面だったが、贔屓目に見てもコズンの実力は初心者とは言わないにし
ても名前で仕事を取るには程遠いようにおもえた。
しかし、罰扱いされておとなしくしてられるほど、人間のできていないコズン
は怒声で答えた。
「ああ?! すかしたツラしてなにいってんだぁ?」
「ちょ……ほんとにやばいって!」
「るっせぇ!」
今にも席を立ってフェイ飛び掛りそうなコズンを、レベッカが小さい体で懸命
に立ちふさがるように飛び上がった。
コズンもレベッカにうかつな暴力を振るうきはないらしく、怒鳴りつけただけ
にとどめた。
「チッ! おい、こいつの罰とやらに俺がつきあわにゃならないって事じゃない
だろうなぁ?」
視線を変え、今度はグラッドをにらみながら不満を隠すことなくうなるように
言った。
「ふむ」
クラッドは顔色1つ変えず落ち着いた様子でコズンに向き直った。
「フェイは……言わずともわかっているようだが、コズン、きみは思い違いをし
ている。」
「なにいって……」
「よいかな、君は今日だけではない。 何のことかはわかるな?」
「う……」
「喧嘩は……まあそれもだが、君が暴れるたびに壊してくれた備品はただではな
いのだよ」
仲間と別れ独りになってからのコズンは、ギルドに顔を出しては一暴れを繰り
返していた。
本来なら待合室はパーティを募る場所でもあったが、すぐに噛み付いてくるコ
ズンと組もうとする者は誰もいなかった。
レベッカがなんとかツテを頼っても、今日のように台無しにしてしまう。
ただ自分より弱いものに突っかかることがないため黙認されていたが、さすが
にギルドも我慢の限界ということだろうか。
「ただ働きで返せってことか?」
「いや、もちろん報酬は払うさ。 アカデミーがね」
「?」
「諸事情から、依頼人から報酬の見込めない仕事と言うものもある。 間に言う
と アカデミーが代理依頼するわけだが、こういう仕事はフリーの冒険者には任
せづらい」
もちろんアカデミーとしてギルドに大々的に告知をして、冒険者を募ることも
あるが、今、フェイとコズンに言われてるのは、情報を拡散させたくない案件と
いうことだろう。
遺跡とかは調査の優先権が関係してくるし、たとえば人助けだとしても、アカ
デミーは慈善団体ではないため、報酬を肩代わりしたなんて話が広まるのは非に
好ましくないのだ。
「くわしく説明するほどのこともないだろう。 君たちは私達からの依頼をこな
してくれればよいだけだ」
そういうとテーブルの上に二枚の紙を置いた。
「これが今回の依頼だ。 言い忘れていたが二人にはレベッカが監督につく。」
そういうとレベッカと視線を交わす。
「ふむ、委任状を忘れたようだ。 悪いがレベッカは一緒に取りに来てくれるか
な?」
「あ、はい」
「二人はレべッカが戻るまで依頼書を読んでおいてくれ」
そういうとクラッドはレベッカを促していったん外に出た。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「あれが例の子かね?」
扉を少しはなれたぐらいでクラッドはレベッカに話しかけた。
「日の出の魔術師が後輩を育てていたなんて、しらなかったよ」
「そんな、育てるってほどでないですよ。 ただ、なんとなくほっとけなくて」
レベッカは後ろに遠ざかる扉を心配そうに振り返った。
「すいません、なんだか厄介なこと頼んだみたいで」
「いや、どちらかと言うと、こちらの方が厄介かけるかもしれんのだ」
「え、そんなことないですよ」
クラッドのセリフを気遣いにとったのか、レベッカは首を振って答えた。
―――――――――――――――
PC: フェイ コズン
NPC: レベッカ、飛び大口、少女
場所:道中宿兼酒場
――――――――――――――――
夕暮れの酒場はざわざわと騒がしい。
赤い夕日の輝きが小さく注ぎ込む中、小人の一団がひたすらテーブルの上ではしゃぎつづけていた。ハーフオーク達と山賊まがいの男どもがサイコロ賭博にいそしみ、ドワーフは自分より大きな樽を抱え込んでいる。奥の方では影でできた人間、シャドウジャックが蛮人とフェミニズムについて口論しているようだ。
土と汗の臭いが揚げ物とシチューの香りとあわさり、生暖かく、もあもあとわだかまる。
エドランスからはずいぶん離れた辺境の小さな町の酒場だった。教の言葉を借りるならば「異端の神々が支配する未開、野蛮の地」といったところだろうか。
その中に違和感なく溶け込んでいるコズンがぼそぼそとつぶやく。
「なんでやつがリーダーなんだよ」
「えー、うん。あんたもあたしも、あの子よりランクは下だし、ね」
場違いなフェアリーは目を反らしながら、答える。
皿いっぱいの揚げジャガをかかえながら、レベッカを睨む。
コズンは腐っていた。
いつものことだとばかり、レベッカは肩をすくめる。
さらにそれにむすっとする。悪循環の繰り返しは一週間前からずっとだ。
フェイがリーダーとされた。
クラッドとレベッカが話し合ったのか、それともどちらかの独断なのか、コズンは知らない。
だが、奴にリーダーの力があるか。疑問だ。一匹狼めいたスタイルのように見えて、今だ学校に通っているのもよくわからない。力量があってもそいつに付いていくべきかどうか、それを考えるのも冒険者を長く続けるコツだと、以前のリーダーには教わった。少し前、リーダーが〝火炎球馬鹿〟というろくでなしで、火炎の球を洞窟内で放ち、ろくでもない目に会ったパーティもある。もちろん彼らは帰ってこなかった。そうはならないだろうか。
コズンはすこし唸りながら、フェイの顔と声を思い出す。
「リーダー? レベッカさん、本当にこの人数でそんなものが必要ですか?」
きょとんと戸惑った所在なさげなサマ。おそらく奴にも苦手があるのだ。それを思うとついコズンはにやついた。油で汚れるのも気にせずに、うれしそうに揚げジャガを頬張る。
「け、フェイのやろうなんざ……」
「俺がなんだ」
不快そうに顔を歪めたフェイがいつの間にか横に座っていた。こういった宿のにおいに耐えられないのだろうか、顔は少し青い。
レベッカがスッと間に入り、まあまあ、となだめる。
「安心しろ、簡単な怪物退治だ、おまえはみていればいい」
「ハッ、てめぇこそ、しっぽ巻いて帰るならいまのうちだぜ」
二人に依頼されたものは辺境の村で起こった羊や人の連続失踪事件だった。犯人もおそらくながらわかっている。飛び大口という巨大コウモリの変種で、翼の生えた袋のような形をしている。オークでも丸呑みにしてしまう巨体をもつ化け物だ。しかし、単独で活動する生き物であるから、ある程度の腕が倒せない相手ではない。
「あんたらねぇ、いいかげんに……」
腹を据えかねたレベッカが、顔を引きつらせながら二人に視線を向けたときだった。
悲鳴が外から聞こえる。それは複数だ。老若男女、果ては鶏と豚も騒いでいるようだ。考えもなしに飛び出したのはコズンだった。止めようと裾をつかんだレベッカごと酒場の外へとかけだしていく。
フェイだけは自身の耳だけに届いているその羽の音にゾッとした。大型の飛行生物が多数いるようだ。夜の帳が降りようとしているとき、現れる飛行生物といえば、飛び大口などに類する巨大コウモリのたぐいだろう。
優れた聴力を先祖から受け継いだフェイの耳ならもっと遠くの物音まできくことができる。なのに突然、そいつらはどこか別のところから引き出されたように現れた。
(召還術か?)
戸惑いとツバを飲み込んでから、フェイは得物を握った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
外に出ると見事に夕日が地平へと沈んでいくのが見える。風は冷たくコズンは肌を震わせた。暖かな酒場から飛び出したことを少しだけ公開しながらもあたりを見渡した。
夕方の赤い空に、黒い汚点がいくつも飛び交っているようだ。
汚点は翼を持つ巨大なコウモリだ。目は退化して皮膚の中に埋もれて、その代わり肥大化した口が体の大きな切れ目を入れている。喉か胃に当たる部分がたるんでいて、だらしなく風に揺られていた。明らかに飛び大口だった。
コズンが珍しく疑問という思考を抱こうとした時、一体が群れから飛び出し、近くにいた少女に襲い掛かる。魔法使いによくある旅装束をしていた。スタッフを構えて心得のある呪文を放とうと必死だったが、次の瞬間には黒に覆われて消えた。黒い翼を持つ真っ赤な口が彼女を丸呑みにして、空へと去っていったのだ。コズンは舌打ちしながら、槍と盾を構え、そちらに近寄ろうと駆ける。肩に乗りレベッカはあたりを見渡し、叫ぶ。
「左!」
コズンはレベッカの一言で左へと跳ぶ。さっきまでいた場所に黒い影がぐぉんとうなりをあげ通り過ぎていった。舌打ちしながらも、槍を構えあたりを牽制する。いつの間にか汚点はコズンの周りに集まりつつあった。
「上から!」
風の鳴る音が近寄る。目の前が急に夜の帳が落ちたかのように黒くなり、そしてパカリと肉の赤に染まる。急降下してきたその口に槍を突き立てる。肉を貫く感触と獣の口臭に顔をしかめながらも、とっさに槍を離し、飛び退く。
イノシシ狩りと同じで掴んだままでは引きずられて怪我を負う。一度引きずられたことのあるコズンは既視感を持つもの特有の焦燥、いや、ビビリを胸に残しながら、後ろを振り向いた。
槍が邪魔で飛べなくなった飛び大口は砂埃を散らしながら転がっていた。そのうち絶命するだろう。これで一匹。
「よし!」
「バカ! 武器離してどうすんのよ!」
「あ゛」
思わず、太ももを叩いて安堵していたコズンは、自分の失敗にもう一度太ももを叩くことになった。ベターな選択ではあったがベストの選択ではなかった。牽制用の槍を無くした二人に、黒い影がまた一匹また一匹と彼らは襲いかかる。獣臭い風が羽音ともにびゅうびゅう吹き荒れる中、レベッカの指示が響く。
「右! 次は下がってから前進! 止まって受け流し!」
指示に疑問一つ挟まず、コズンは動き続ける。
黒い影は戦士をとらえることはできない。寸でのところでかわされてしまう。風に敏感なフェアリーであるレベッカだけでも、反射に優れるコズンだけでもできない回避運動。特性を補い合い、お互いを知り尽くしてこそできるコンビネーション、いやパーティプレイと表記した方がただしいだろうか。
(今!)
生暖かい風を避けきったときだった。レベッカは雲間から光を見いだすように攻撃のタイミングを見つけ出す。
「ダガー」
コズンはレベッカに言われるまま腰からスローイングダガーを引き抜き、そのままレベッカにひょいと渡す。ダガーを肩に当て、剣でも振りかぶるように全身を使い投げつける。ひゅんと軽い音の後、鉄の刃が一匹の飛び大口の翼の薄い皮膜を突き破り、それを地面へと突き落とした。
「はい! もう一本!」
「ほいさ、あと4本」
レベッカは相方の顔を見ながらダガーを受け取る。追いつめられた時特有の笑いをしている。状況を楽しむことでコズンは張りつめた精神をうまく維持してはいるが、それも持つだろうか。本人は持たせる気ではいる。だが無理だろう。この均衡は持たない。数が違いすぎる。おそらく何かに遊ばれているのだろう、とレベッカは結論づけた。
だが、それもフェイがくれば逆転する。レベッカはそう考えながら、生暖かい黒い風をしのぐことにした。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
(今、羽音が現れたところへ向かえば、犯人を捕らえられる)
酒場から出て、夜の冷涼な空気を思い切り吸い込み、フェイは思考した。
コズンと羽音達が暴れる音は聞こえる、そちらに向かって助太刀したならおそらく犯人には逃げられてしまう。
見つめた夕日が目にいやに痛かった。
(どうする? どうするフェイ・ローよ?)
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NPC: レベッカ、飛び大口、少女
場所:道中宿兼酒場
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夕暮れの酒場はざわざわと騒がしい。
赤い夕日の輝きが小さく注ぎ込む中、小人の一団がひたすらテーブルの上ではしゃぎつづけていた。ハーフオーク達と山賊まがいの男どもがサイコロ賭博にいそしみ、ドワーフは自分より大きな樽を抱え込んでいる。奥の方では影でできた人間、シャドウジャックが蛮人とフェミニズムについて口論しているようだ。
土と汗の臭いが揚げ物とシチューの香りとあわさり、生暖かく、もあもあとわだかまる。
エドランスからはずいぶん離れた辺境の小さな町の酒場だった。教の言葉を借りるならば「異端の神々が支配する未開、野蛮の地」といったところだろうか。
その中に違和感なく溶け込んでいるコズンがぼそぼそとつぶやく。
「なんでやつがリーダーなんだよ」
「えー、うん。あんたもあたしも、あの子よりランクは下だし、ね」
場違いなフェアリーは目を反らしながら、答える。
皿いっぱいの揚げジャガをかかえながら、レベッカを睨む。
コズンは腐っていた。
いつものことだとばかり、レベッカは肩をすくめる。
さらにそれにむすっとする。悪循環の繰り返しは一週間前からずっとだ。
フェイがリーダーとされた。
クラッドとレベッカが話し合ったのか、それともどちらかの独断なのか、コズンは知らない。
だが、奴にリーダーの力があるか。疑問だ。一匹狼めいたスタイルのように見えて、今だ学校に通っているのもよくわからない。力量があってもそいつに付いていくべきかどうか、それを考えるのも冒険者を長く続けるコツだと、以前のリーダーには教わった。少し前、リーダーが〝火炎球馬鹿〟というろくでなしで、火炎の球を洞窟内で放ち、ろくでもない目に会ったパーティもある。もちろん彼らは帰ってこなかった。そうはならないだろうか。
コズンはすこし唸りながら、フェイの顔と声を思い出す。
「リーダー? レベッカさん、本当にこの人数でそんなものが必要ですか?」
きょとんと戸惑った所在なさげなサマ。おそらく奴にも苦手があるのだ。それを思うとついコズンはにやついた。油で汚れるのも気にせずに、うれしそうに揚げジャガを頬張る。
「け、フェイのやろうなんざ……」
「俺がなんだ」
不快そうに顔を歪めたフェイがいつの間にか横に座っていた。こういった宿のにおいに耐えられないのだろうか、顔は少し青い。
レベッカがスッと間に入り、まあまあ、となだめる。
「安心しろ、簡単な怪物退治だ、おまえはみていればいい」
「ハッ、てめぇこそ、しっぽ巻いて帰るならいまのうちだぜ」
二人に依頼されたものは辺境の村で起こった羊や人の連続失踪事件だった。犯人もおそらくながらわかっている。飛び大口という巨大コウモリの変種で、翼の生えた袋のような形をしている。オークでも丸呑みにしてしまう巨体をもつ化け物だ。しかし、単独で活動する生き物であるから、ある程度の腕が倒せない相手ではない。
「あんたらねぇ、いいかげんに……」
腹を据えかねたレベッカが、顔を引きつらせながら二人に視線を向けたときだった。
悲鳴が外から聞こえる。それは複数だ。老若男女、果ては鶏と豚も騒いでいるようだ。考えもなしに飛び出したのはコズンだった。止めようと裾をつかんだレベッカごと酒場の外へとかけだしていく。
フェイだけは自身の耳だけに届いているその羽の音にゾッとした。大型の飛行生物が多数いるようだ。夜の帳が降りようとしているとき、現れる飛行生物といえば、飛び大口などに類する巨大コウモリのたぐいだろう。
優れた聴力を先祖から受け継いだフェイの耳ならもっと遠くの物音まできくことができる。なのに突然、そいつらはどこか別のところから引き出されたように現れた。
(召還術か?)
戸惑いとツバを飲み込んでから、フェイは得物を握った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
外に出ると見事に夕日が地平へと沈んでいくのが見える。風は冷たくコズンは肌を震わせた。暖かな酒場から飛び出したことを少しだけ公開しながらもあたりを見渡した。
夕方の赤い空に、黒い汚点がいくつも飛び交っているようだ。
汚点は翼を持つ巨大なコウモリだ。目は退化して皮膚の中に埋もれて、その代わり肥大化した口が体の大きな切れ目を入れている。喉か胃に当たる部分がたるんでいて、だらしなく風に揺られていた。明らかに飛び大口だった。
コズンが珍しく疑問という思考を抱こうとした時、一体が群れから飛び出し、近くにいた少女に襲い掛かる。魔法使いによくある旅装束をしていた。スタッフを構えて心得のある呪文を放とうと必死だったが、次の瞬間には黒に覆われて消えた。黒い翼を持つ真っ赤な口が彼女を丸呑みにして、空へと去っていったのだ。コズンは舌打ちしながら、槍と盾を構え、そちらに近寄ろうと駆ける。肩に乗りレベッカはあたりを見渡し、叫ぶ。
「左!」
コズンはレベッカの一言で左へと跳ぶ。さっきまでいた場所に黒い影がぐぉんとうなりをあげ通り過ぎていった。舌打ちしながらも、槍を構えあたりを牽制する。いつの間にか汚点はコズンの周りに集まりつつあった。
「上から!」
風の鳴る音が近寄る。目の前が急に夜の帳が落ちたかのように黒くなり、そしてパカリと肉の赤に染まる。急降下してきたその口に槍を突き立てる。肉を貫く感触と獣の口臭に顔をしかめながらも、とっさに槍を離し、飛び退く。
イノシシ狩りと同じで掴んだままでは引きずられて怪我を負う。一度引きずられたことのあるコズンは既視感を持つもの特有の焦燥、いや、ビビリを胸に残しながら、後ろを振り向いた。
槍が邪魔で飛べなくなった飛び大口は砂埃を散らしながら転がっていた。そのうち絶命するだろう。これで一匹。
「よし!」
「バカ! 武器離してどうすんのよ!」
「あ゛」
思わず、太ももを叩いて安堵していたコズンは、自分の失敗にもう一度太ももを叩くことになった。ベターな選択ではあったがベストの選択ではなかった。牽制用の槍を無くした二人に、黒い影がまた一匹また一匹と彼らは襲いかかる。獣臭い風が羽音ともにびゅうびゅう吹き荒れる中、レベッカの指示が響く。
「右! 次は下がってから前進! 止まって受け流し!」
指示に疑問一つ挟まず、コズンは動き続ける。
黒い影は戦士をとらえることはできない。寸でのところでかわされてしまう。風に敏感なフェアリーであるレベッカだけでも、反射に優れるコズンだけでもできない回避運動。特性を補い合い、お互いを知り尽くしてこそできるコンビネーション、いやパーティプレイと表記した方がただしいだろうか。
(今!)
生暖かい風を避けきったときだった。レベッカは雲間から光を見いだすように攻撃のタイミングを見つけ出す。
「ダガー」
コズンはレベッカに言われるまま腰からスローイングダガーを引き抜き、そのままレベッカにひょいと渡す。ダガーを肩に当て、剣でも振りかぶるように全身を使い投げつける。ひゅんと軽い音の後、鉄の刃が一匹の飛び大口の翼の薄い皮膜を突き破り、それを地面へと突き落とした。
「はい! もう一本!」
「ほいさ、あと4本」
レベッカは相方の顔を見ながらダガーを受け取る。追いつめられた時特有の笑いをしている。状況を楽しむことでコズンは張りつめた精神をうまく維持してはいるが、それも持つだろうか。本人は持たせる気ではいる。だが無理だろう。この均衡は持たない。数が違いすぎる。おそらく何かに遊ばれているのだろう、とレベッカは結論づけた。
だが、それもフェイがくれば逆転する。レベッカはそう考えながら、生暖かい黒い風をしのぐことにした。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
(今、羽音が現れたところへ向かえば、犯人を捕らえられる)
酒場から出て、夜の冷涼な空気を思い切り吸い込み、フェイは思考した。
コズンと羽音達が暴れる音は聞こえる、そちらに向かって助太刀したならおそらく犯人には逃げられてしまう。
見つめた夕日が目にいやに痛かった。
(どうする? どうするフェイ・ローよ?)
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