PC: フェイ コズン
NPC: レベッカ、飛び大口、少女
場所:道中宿兼酒場
――――――――――――――――
夕暮れの酒場はざわざわと騒がしい。
赤い夕日の輝きが小さく注ぎ込む中、小人の一団がひたすらテーブルの上ではしゃぎつづけていた。ハーフオーク達と山賊まがいの男どもがサイコロ賭博にいそしみ、ドワーフは自分より大きな樽を抱え込んでいる。奥の方では影でできた人間、シャドウジャックが蛮人とフェミニズムについて口論しているようだ。
土と汗の臭いが揚げ物とシチューの香りとあわさり、生暖かく、もあもあとわだかまる。
エドランスからはずいぶん離れた辺境の小さな町の酒場だった。教の言葉を借りるならば「異端の神々が支配する未開、野蛮の地」といったところだろうか。
その中に違和感なく溶け込んでいるコズンがぼそぼそとつぶやく。
「なんでやつがリーダーなんだよ」
「えー、うん。あんたもあたしも、あの子よりランクは下だし、ね」
場違いなフェアリーは目を反らしながら、答える。
皿いっぱいの揚げジャガをかかえながら、レベッカを睨む。
コズンは腐っていた。
いつものことだとばかり、レベッカは肩をすくめる。
さらにそれにむすっとする。悪循環の繰り返しは一週間前からずっとだ。
フェイがリーダーとされた。
クラッドとレベッカが話し合ったのか、それともどちらかの独断なのか、コズンは知らない。
だが、奴にリーダーの力があるか。疑問だ。一匹狼めいたスタイルのように見えて、今だ学校に通っているのもよくわからない。力量があってもそいつに付いていくべきかどうか、それを考えるのも冒険者を長く続けるコツだと、以前のリーダーには教わった。少し前、リーダーが〝火炎球馬鹿〟というろくでなしで、火炎の球を洞窟内で放ち、ろくでもない目に会ったパーティもある。もちろん彼らは帰ってこなかった。そうはならないだろうか。
コズンはすこし唸りながら、フェイの顔と声を思い出す。
「リーダー? レベッカさん、本当にこの人数でそんなものが必要ですか?」
きょとんと戸惑った所在なさげなサマ。おそらく奴にも苦手があるのだ。それを思うとついコズンはにやついた。油で汚れるのも気にせずに、うれしそうに揚げジャガを頬張る。
「け、フェイのやろうなんざ……」
「俺がなんだ」
不快そうに顔を歪めたフェイがいつの間にか横に座っていた。こういった宿のにおいに耐えられないのだろうか、顔は少し青い。
レベッカがスッと間に入り、まあまあ、となだめる。
「安心しろ、簡単な怪物退治だ、おまえはみていればいい」
「ハッ、てめぇこそ、しっぽ巻いて帰るならいまのうちだぜ」
二人に依頼されたものは辺境の村で起こった羊や人の連続失踪事件だった。犯人もおそらくながらわかっている。飛び大口という巨大コウモリの変種で、翼の生えた袋のような形をしている。オークでも丸呑みにしてしまう巨体をもつ化け物だ。しかし、単独で活動する生き物であるから、ある程度の腕が倒せない相手ではない。
「あんたらねぇ、いいかげんに……」
腹を据えかねたレベッカが、顔を引きつらせながら二人に視線を向けたときだった。
悲鳴が外から聞こえる。それは複数だ。老若男女、果ては鶏と豚も騒いでいるようだ。考えもなしに飛び出したのはコズンだった。止めようと裾をつかんだレベッカごと酒場の外へとかけだしていく。
フェイだけは自身の耳だけに届いているその羽の音にゾッとした。大型の飛行生物が多数いるようだ。夜の帳が降りようとしているとき、現れる飛行生物といえば、飛び大口などに類する巨大コウモリのたぐいだろう。
優れた聴力を先祖から受け継いだフェイの耳ならもっと遠くの物音まできくことができる。なのに突然、そいつらはどこか別のところから引き出されたように現れた。
(召還術か?)
戸惑いとツバを飲み込んでから、フェイは得物を握った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
外に出ると見事に夕日が地平へと沈んでいくのが見える。風は冷たくコズンは肌を震わせた。暖かな酒場から飛び出したことを少しだけ公開しながらもあたりを見渡した。
夕方の赤い空に、黒い汚点がいくつも飛び交っているようだ。
汚点は翼を持つ巨大なコウモリだ。目は退化して皮膚の中に埋もれて、その代わり肥大化した口が体の大きな切れ目を入れている。喉か胃に当たる部分がたるんでいて、だらしなく風に揺られていた。明らかに飛び大口だった。
コズンが珍しく疑問という思考を抱こうとした時、一体が群れから飛び出し、近くにいた少女に襲い掛かる。魔法使いによくある旅装束をしていた。スタッフを構えて心得のある呪文を放とうと必死だったが、次の瞬間には黒に覆われて消えた。黒い翼を持つ真っ赤な口が彼女を丸呑みにして、空へと去っていったのだ。コズンは舌打ちしながら、槍と盾を構え、そちらに近寄ろうと駆ける。肩に乗りレベッカはあたりを見渡し、叫ぶ。
「左!」
コズンはレベッカの一言で左へと跳ぶ。さっきまでいた場所に黒い影がぐぉんとうなりをあげ通り過ぎていった。舌打ちしながらも、槍を構えあたりを牽制する。いつの間にか汚点はコズンの周りに集まりつつあった。
「上から!」
風の鳴る音が近寄る。目の前が急に夜の帳が落ちたかのように黒くなり、そしてパカリと肉の赤に染まる。急降下してきたその口に槍を突き立てる。肉を貫く感触と獣の口臭に顔をしかめながらも、とっさに槍を離し、飛び退く。
イノシシ狩りと同じで掴んだままでは引きずられて怪我を負う。一度引きずられたことのあるコズンは既視感を持つもの特有の焦燥、いや、ビビリを胸に残しながら、後ろを振り向いた。
槍が邪魔で飛べなくなった飛び大口は砂埃を散らしながら転がっていた。そのうち絶命するだろう。これで一匹。
「よし!」
「バカ! 武器離してどうすんのよ!」
「あ゛」
思わず、太ももを叩いて安堵していたコズンは、自分の失敗にもう一度太ももを叩くことになった。ベターな選択ではあったがベストの選択ではなかった。牽制用の槍を無くした二人に、黒い影がまた一匹また一匹と彼らは襲いかかる。獣臭い風が羽音ともにびゅうびゅう吹き荒れる中、レベッカの指示が響く。
「右! 次は下がってから前進! 止まって受け流し!」
指示に疑問一つ挟まず、コズンは動き続ける。
黒い影は戦士をとらえることはできない。寸でのところでかわされてしまう。風に敏感なフェアリーであるレベッカだけでも、反射に優れるコズンだけでもできない回避運動。特性を補い合い、お互いを知り尽くしてこそできるコンビネーション、いやパーティプレイと表記した方がただしいだろうか。
(今!)
生暖かい風を避けきったときだった。レベッカは雲間から光を見いだすように攻撃のタイミングを見つけ出す。
「ダガー」
コズンはレベッカに言われるまま腰からスローイングダガーを引き抜き、そのままレベッカにひょいと渡す。ダガーを肩に当て、剣でも振りかぶるように全身を使い投げつける。ひゅんと軽い音の後、鉄の刃が一匹の飛び大口の翼の薄い皮膜を突き破り、それを地面へと突き落とした。
「はい! もう一本!」
「ほいさ、あと4本」
レベッカは相方の顔を見ながらダガーを受け取る。追いつめられた時特有の笑いをしている。状況を楽しむことでコズンは張りつめた精神をうまく維持してはいるが、それも持つだろうか。本人は持たせる気ではいる。だが無理だろう。この均衡は持たない。数が違いすぎる。おそらく何かに遊ばれているのだろう、とレベッカは結論づけた。
だが、それもフェイがくれば逆転する。レベッカはそう考えながら、生暖かい黒い風をしのぐことにした。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
(今、羽音が現れたところへ向かえば、犯人を捕らえられる)
酒場から出て、夜の冷涼な空気を思い切り吸い込み、フェイは思考した。
コズンと羽音達が暴れる音は聞こえる、そちらに向かって助太刀したならおそらく犯人には逃げられてしまう。
見つめた夕日が目にいやに痛かった。
(どうする? どうするフェイ・ローよ?)
――――――――――――――――
NPC: レベッカ、飛び大口、少女
場所:道中宿兼酒場
――――――――――――――――
夕暮れの酒場はざわざわと騒がしい。
赤い夕日の輝きが小さく注ぎ込む中、小人の一団がひたすらテーブルの上ではしゃぎつづけていた。ハーフオーク達と山賊まがいの男どもがサイコロ賭博にいそしみ、ドワーフは自分より大きな樽を抱え込んでいる。奥の方では影でできた人間、シャドウジャックが蛮人とフェミニズムについて口論しているようだ。
土と汗の臭いが揚げ物とシチューの香りとあわさり、生暖かく、もあもあとわだかまる。
エドランスからはずいぶん離れた辺境の小さな町の酒場だった。教の言葉を借りるならば「異端の神々が支配する未開、野蛮の地」といったところだろうか。
その中に違和感なく溶け込んでいるコズンがぼそぼそとつぶやく。
「なんでやつがリーダーなんだよ」
「えー、うん。あんたもあたしも、あの子よりランクは下だし、ね」
場違いなフェアリーは目を反らしながら、答える。
皿いっぱいの揚げジャガをかかえながら、レベッカを睨む。
コズンは腐っていた。
いつものことだとばかり、レベッカは肩をすくめる。
さらにそれにむすっとする。悪循環の繰り返しは一週間前からずっとだ。
フェイがリーダーとされた。
クラッドとレベッカが話し合ったのか、それともどちらかの独断なのか、コズンは知らない。
だが、奴にリーダーの力があるか。疑問だ。一匹狼めいたスタイルのように見えて、今だ学校に通っているのもよくわからない。力量があってもそいつに付いていくべきかどうか、それを考えるのも冒険者を長く続けるコツだと、以前のリーダーには教わった。少し前、リーダーが〝火炎球馬鹿〟というろくでなしで、火炎の球を洞窟内で放ち、ろくでもない目に会ったパーティもある。もちろん彼らは帰ってこなかった。そうはならないだろうか。
コズンはすこし唸りながら、フェイの顔と声を思い出す。
「リーダー? レベッカさん、本当にこの人数でそんなものが必要ですか?」
きょとんと戸惑った所在なさげなサマ。おそらく奴にも苦手があるのだ。それを思うとついコズンはにやついた。油で汚れるのも気にせずに、うれしそうに揚げジャガを頬張る。
「け、フェイのやろうなんざ……」
「俺がなんだ」
不快そうに顔を歪めたフェイがいつの間にか横に座っていた。こういった宿のにおいに耐えられないのだろうか、顔は少し青い。
レベッカがスッと間に入り、まあまあ、となだめる。
「安心しろ、簡単な怪物退治だ、おまえはみていればいい」
「ハッ、てめぇこそ、しっぽ巻いて帰るならいまのうちだぜ」
二人に依頼されたものは辺境の村で起こった羊や人の連続失踪事件だった。犯人もおそらくながらわかっている。飛び大口という巨大コウモリの変種で、翼の生えた袋のような形をしている。オークでも丸呑みにしてしまう巨体をもつ化け物だ。しかし、単独で活動する生き物であるから、ある程度の腕が倒せない相手ではない。
「あんたらねぇ、いいかげんに……」
腹を据えかねたレベッカが、顔を引きつらせながら二人に視線を向けたときだった。
悲鳴が外から聞こえる。それは複数だ。老若男女、果ては鶏と豚も騒いでいるようだ。考えもなしに飛び出したのはコズンだった。止めようと裾をつかんだレベッカごと酒場の外へとかけだしていく。
フェイだけは自身の耳だけに届いているその羽の音にゾッとした。大型の飛行生物が多数いるようだ。夜の帳が降りようとしているとき、現れる飛行生物といえば、飛び大口などに類する巨大コウモリのたぐいだろう。
優れた聴力を先祖から受け継いだフェイの耳ならもっと遠くの物音まできくことができる。なのに突然、そいつらはどこか別のところから引き出されたように現れた。
(召還術か?)
戸惑いとツバを飲み込んでから、フェイは得物を握った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
外に出ると見事に夕日が地平へと沈んでいくのが見える。風は冷たくコズンは肌を震わせた。暖かな酒場から飛び出したことを少しだけ公開しながらもあたりを見渡した。
夕方の赤い空に、黒い汚点がいくつも飛び交っているようだ。
汚点は翼を持つ巨大なコウモリだ。目は退化して皮膚の中に埋もれて、その代わり肥大化した口が体の大きな切れ目を入れている。喉か胃に当たる部分がたるんでいて、だらしなく風に揺られていた。明らかに飛び大口だった。
コズンが珍しく疑問という思考を抱こうとした時、一体が群れから飛び出し、近くにいた少女に襲い掛かる。魔法使いによくある旅装束をしていた。スタッフを構えて心得のある呪文を放とうと必死だったが、次の瞬間には黒に覆われて消えた。黒い翼を持つ真っ赤な口が彼女を丸呑みにして、空へと去っていったのだ。コズンは舌打ちしながら、槍と盾を構え、そちらに近寄ろうと駆ける。肩に乗りレベッカはあたりを見渡し、叫ぶ。
「左!」
コズンはレベッカの一言で左へと跳ぶ。さっきまでいた場所に黒い影がぐぉんとうなりをあげ通り過ぎていった。舌打ちしながらも、槍を構えあたりを牽制する。いつの間にか汚点はコズンの周りに集まりつつあった。
「上から!」
風の鳴る音が近寄る。目の前が急に夜の帳が落ちたかのように黒くなり、そしてパカリと肉の赤に染まる。急降下してきたその口に槍を突き立てる。肉を貫く感触と獣の口臭に顔をしかめながらも、とっさに槍を離し、飛び退く。
イノシシ狩りと同じで掴んだままでは引きずられて怪我を負う。一度引きずられたことのあるコズンは既視感を持つもの特有の焦燥、いや、ビビリを胸に残しながら、後ろを振り向いた。
槍が邪魔で飛べなくなった飛び大口は砂埃を散らしながら転がっていた。そのうち絶命するだろう。これで一匹。
「よし!」
「バカ! 武器離してどうすんのよ!」
「あ゛」
思わず、太ももを叩いて安堵していたコズンは、自分の失敗にもう一度太ももを叩くことになった。ベターな選択ではあったがベストの選択ではなかった。牽制用の槍を無くした二人に、黒い影がまた一匹また一匹と彼らは襲いかかる。獣臭い風が羽音ともにびゅうびゅう吹き荒れる中、レベッカの指示が響く。
「右! 次は下がってから前進! 止まって受け流し!」
指示に疑問一つ挟まず、コズンは動き続ける。
黒い影は戦士をとらえることはできない。寸でのところでかわされてしまう。風に敏感なフェアリーであるレベッカだけでも、反射に優れるコズンだけでもできない回避運動。特性を補い合い、お互いを知り尽くしてこそできるコンビネーション、いやパーティプレイと表記した方がただしいだろうか。
(今!)
生暖かい風を避けきったときだった。レベッカは雲間から光を見いだすように攻撃のタイミングを見つけ出す。
「ダガー」
コズンはレベッカに言われるまま腰からスローイングダガーを引き抜き、そのままレベッカにひょいと渡す。ダガーを肩に当て、剣でも振りかぶるように全身を使い投げつける。ひゅんと軽い音の後、鉄の刃が一匹の飛び大口の翼の薄い皮膜を突き破り、それを地面へと突き落とした。
「はい! もう一本!」
「ほいさ、あと4本」
レベッカは相方の顔を見ながらダガーを受け取る。追いつめられた時特有の笑いをしている。状況を楽しむことでコズンは張りつめた精神をうまく維持してはいるが、それも持つだろうか。本人は持たせる気ではいる。だが無理だろう。この均衡は持たない。数が違いすぎる。おそらく何かに遊ばれているのだろう、とレベッカは結論づけた。
だが、それもフェイがくれば逆転する。レベッカはそう考えながら、生暖かい黒い風をしのぐことにした。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
(今、羽音が現れたところへ向かえば、犯人を捕らえられる)
酒場から出て、夜の冷涼な空気を思い切り吸い込み、フェイは思考した。
コズンと羽音達が暴れる音は聞こえる、そちらに向かって助太刀したならおそらく犯人には逃げられてしまう。
見つめた夕日が目にいやに痛かった。
(どうする? どうするフェイ・ローよ?)
――――――――――――――――
PR
トラックバック
トラックバックURL: