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2025/03/10 07:38 |
第十一話「遭遇」/オプナ・クロース(葉月瞬)
PC:ヴォルペ、シオン、オプナ、クロース
NPC:フィミル、空き家の若き主ベリドット=シュナイツの幽霊と使用人の
幽霊
場所:マキーナ/幽霊屋敷
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 静かな軋み音が階段を滑り降りていく。
 シオンが先頭に立ち、オプナは後に続く。クロースは部屋に残され、濡れた
布を無造作にヴォルペの額にひたひたとあてがっている。フィミルは只静か
に、心配げな視線をヴォルペに向けている。
 静かに時は過ぎようとしていた。シオンがその扉を開けるまでは。
 その扉は静かに立ち塞がっていた。まるで、地下室への侵入を拒むかのよう
に。只の木板で出来た、脆く儚い扉ではあるが外からの光が届かない地下室の
扉の事、暗くてじめじめした印象を受ける。だからなのか、重い空気が其処に
は漂っていた。

「シオン君、ここに……?」
「ええ。確かにここに居ると、風が……」
「風……? こんな、空気が澱んでいる所に?」
「僅かですが、空気の流れのようなものを感じます。私は少しでも空気の流れ
があれば、それを感知することが出来るのです」

 「ふうん興味深い話だわ」とオプナが覗き込んだシオンの顔は、少しばかり
陰りがある笑顔だった。自身の能力を余り良くは思っていないような。そんな
感じを、オプナは敏感に感じ取っていた。
 シオンは、腐りかけて比較的軽くなっている扉に片手をかけた。ノブを回し
たわけでも無いのに、少し力を入れただけで開いてしまった。蝶番が錆びてい
るのか、身も凍る嫌な軋み音を響かせて扉はゆっくりと開いていく。

「な、中に居る人に、気付かれちゃったかしら?」

 恐怖のためか、声が裏返るオプナ。対してシオンは、平然と答えて言った。

「気付かれたって平気ですよ。私達は話し合いに来たのであって、戦いに来た
わけではありませんからね」
「でも、もし……」

 其処から先の言葉は、オプナには続ける事は出来なかった。シオンの奥を見
詰める横顔が、真剣そのものだったからだ。余談を許さない、といった風体
だ。その気迫に飲まれ、オプナは押し黙ったのだった。

 薄暗い地下室へ明かりも持たずに入る二人。オプナは透かさず、明かり[ライ
ト]の魔法を唱える。途端にオプナの掌の上に光が収束し、燐光を放った。それ
は周囲を照らす柔らかい光となる。オプナはその光の球を頭上に放ると、シオ
ンに対して先へ進むよう視線だけで促す。
 明かりを得て心強くなったのか、シオンは確かな足取りで地下室の奥へと一
歩を踏み出した。或いは、最初から危険など感じていなかったのかもしれな
い。シオンの足取りにはおくびれた様子も無く、一歩一歩踏み締めるように奥
へと進んでいく。オプナも慌てて後を追う。ライトは彼等の頭上、天井付近を
漂いながらも足元付近を照らすように付いてくる。

 二人が歩き出して程無く、声にぶつかった。

『…………誰?』

 一人のものではない。複数の声達。しかし、気配は人のそれではなかった。

『誰なの……?』

 怯えているような子供の声。人ではない、人ではないが、嘗[かつ]て人であ
った者達。

「ゆ、幽霊……!?」

 オプナが思わず声に出して怯むと、闇の奥に潜む者達の怯えが一段と強まっ
た。まるで生者を恐れて避けてでもいるかの如く。彼等は無言の内に後退す
る。

「安心して下さい。私達は、あなた方の敵ではありません。ここを……この館
の一室をお借りしたいと思いまして、話し合いに来たのです」

 シオンはオプナを遮るように一歩前に出ると、殊更に暗い一隅に向かって静
かに宥めた。彼らの針山のような神経を静めるための、柔らかい物言いだっ
た。その言葉に触発されたのか、はたまた何も危害を加える意思が感じ取れな
いとやっと理解してくれたのか、暗闇に蠢く者達はその警戒の色を解いた。

『私は、この館の主のベリドットと申します。ベリドット=シュナイツ。どう
ぞ、何なりとこの館をお使いください。……私達にはもう、使いたくても使え
ないものですから』

 礼儀正しく一歩前に進んで自己紹介したのは、うら若き青年だった。まだあ
どけなさの残る顔が、ライトの明かりに照らされて青白く見える。まるで、死
人の如く。今は色褪せてしまった髪の毛も、生前は見事な金髪だったのだろう
と窺える。品位が垣間見える顔立ちも、身なりの良い服装も、全てにおいて透
けて向こう側が見えている。ライトの光に照らされても、その存在が薄まるこ
とは無い。

「貴方達、幽霊……よね? 死んで霊体になったの? それとも……生霊?」

 オプナは興味深げに、ベリドットと名乗った身なりの良い若者に質した。す
ると、ベリドットは後ろに居るであろう他の幽霊達に目配せをすると、唐突に
話し出した。まるで、聞いてもらえて嬉しいとでも言いたげに。

『私達をこの様な姿にしたのは、全て、あの絵本のせいなのです。あの男が来
てから、全て狂ってしまったのです』

 哀しげに目を伏せるベリドット。
 霊体になってからは、昼日中に表に出る事は出来ず、昼間はずっと地下室の
暗闇に潜んでいなければならないという。日光自体に触れると姿が薄れてきて
存在自体が危ぶまれるのだそうだ。ライトの魔法の光だけは別なのだろう。今
こうして面と向かって話していても、彼の姿が薄れることは無い。

   ◆◇◆

 ベリドットが泣く泣く話した内容は、要約するとこうだ。
 ある日、一人の男がこの館にやってきた。その男はみすぼらしい身なりをし
ていて、一目見て乞食だと判別出来るほどボロボロの衣服を身に纏っていた。
フードを目深に被っていて表情こそ見えなかったが、ベリドットや使用人達は
一目見てその男が物乞いの乞食だと判断したのだった。男は応対した使用人に
言った。「自分に食べ物と水を分けて欲しい」と。使用人はベリドットに掛け
合って、食べ物と水を男に分け与えた。というのも、ベリドットもその使用人
も貧相な男に、大層心を痛めたからである。男はえらく感激して、「自分は何
も持っておらず、何もお返しが出来ないけれども、この“絵本”だけは肌身離
さず持って来た大切なものだ。命を助けてくれたお礼に、この“絵本”を貴方
に渡したい。どうか受け取ってくれ」と言った。ベリドットは「そんな物が欲
しいために、貴方を助けたのではありません。そんなに大切なものを戴く訳に
はいきません。どうかお納め下さい」と言って丁重に断った。が、男は尚も自
分の命と引き換えにと“絵本”を渡す事を諦めなかった。ベリドットは、それ
程言うのならば、と終には承諾してしまったのだった。
 使用人の失踪事件。
 その事件が起こり出したのは、“絵本”を受け取った翌日からだった。しか
も、失踪事件が起こると同時に、幽霊を見たとの噂話まで流れたのだ。ベリド
ットはいぶかしんで、マキーナの自警団に調査を依頼した。程無くして、原因
があの、男から貰った“絵本”にある事が判明した。
 しかし、原因が判明した時にはもう、ベリドットは魂と肉体を分離された後
だったのだった――。

   ◆◇◆

『もう、お解かりでしょう。その“絵本”には、人の魂を肉体から分離してし
まう力が宿っていたのです』
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2007/02/17 00:48 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達
第十二話「絵本」/ヴォル(生物)
PC:ヴォルペ シオン オプナ クロース
NPC:フィミル ブレッザ・プリマヴェリーレ ツクヨミ 幽霊さん達
場所:マキーナ幽霊屋敷

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 どれぐらい気を失っていたのか、変身はとっくに解けている。寝たふりを続けてい
るヴォルペの額に濡れたハンカチが乗せられる。誰かが介抱してくれいるのだろう。
(まいったなぁ)
 目を閉じたまま心の中でそう呟く。色々な意味を含んだ「まいった」にブレッザが
大きなため息をつく。
『そう思うならさっさと起きなさい。いつまでもタヌキ寝入りしてたら逃げることも
できないでしょ。だいたい私は言ったはずよ、関わるなって』
(そうだけどさぁ……)
 うー、と心の中だけで唸る。ブレッザの言うようにここまで関わらなければ変身し
た姿を晒すこともなかったし、こんな無様な格好をする必要もなかった。言うなれば
全て自業自得だ。
『今更あれこれいってもしょうがいないわ。まあ、彼等は貴方の事を、少なくとも恐
がってはいないと思うわ』
(そう、かな?)
『そうよ。気付いてると思うけど彼等、あのオプナって魔術師以外は人間じゃないも
の』
「うそ、ホントに!?」
「!」
 突然、大声を上げて跳ね起きたヴォルペに驚いて、フィミルは手に持っていたコッ
プを落としてしまう。クロースは宝石なような瞳をヴォルペに向けた。
「あ、えっと。ごめん」
『はぁ……気付いてなかったのね』
 ブレッザのため息を聞きながら、ヴォルペはとりあえず苦笑いを浮かべるしかなか
った。
「よかった。気がついたんですね」
 フィミルが心底安心したように安堵のため息をつく。その様子を見てヴォルペの中
で罪悪感という痛みが生まれる。
「あ、ごめん。心配かけちゃったみたいで」
 そう言って、寝かされていたソファーから立ち上がる。多少気だるい感じがするが
無茶して変身したせいだろう。しばらくは変身できないが普通に動く分には支障はな
い。
「まだ動かないほうが」
 フィミルが心配そうに言うが、ヴォルペは自嘲気味に笑って首を横に振った。
「ううん。もう大丈夫だから。ありがとう」
「そう、ですか」
 納得がいかないという表情のフィミルだったが、とりあえずヴォルペ自身の大丈夫
という言葉を信じることにした。
「あれ? そういえばシオンさんとオプナさんは?」
「あ、このお屋敷の人がいないか探しに行きました」
「ここの?」
 ヴォルペの問いにクロースが無言で頷く。
(おかしいな、人の気配なんてしないんだけど。ブレッザ)
『少しは自分で嗅ぎ分けなさい。ま、人はいないわ。人間じゃないのは大勢いるみた
いだけど』
「人間じゃないの?」
「え?」
 ヴォルペの呟きにフィミルが不思議そうな視線を投げかけてくる。
「ああ、いや。なんでもないよ。それよりボク達も行ってみよう」
 はは、と、苦笑して誤魔化したヴォルペはオプナ達がいるであろう地下へと向か
う。その後をフィミルが続く。
「あれ、クロースちゃんは行かないの?」
「ここで待ってるように、言われたから」
 クロースの言葉で、オプナが言った事を思い出す。そんな言いつけを律儀に守るほ
どクロースにとってオプナは絶対なのだろうか? ふとそんなことを思う。
「まあ、ヴォルさんも気がついたことだし、大丈夫だよ」
 そう言って、フィミルはクロースの手を強引に引っ張ってヴォルペの後を追った。
(ねぇ、ブレッザ。さっきの人間じゃないのって、具体的になに?)
『幽霊とか、そんな類だと思うわ』
(はっきりしないね)
『よく言うわ。生きてる臭いすら嗅ぎ分けられないくせに』
(しょうがないよ。まだ慣れてないし)
『はいはい、じゃあ、早く慣れなさい』
(むー)
 そこで、二の句を継げなくなった。実際ブレッザの言っていることは正しい。身を
守るためにも使える能力は早く使いこなせるようにならなければ。
「なんか……、いかにもって感じですね」
 フィミルがキョロキョロしながら言う。別に怖がっているわけではないのだろう
が、言ってみたい言葉というのは誰しもが持っている。そんなところだろう。
 耳障りな音をたてて軋む階段を下りる。薄暗く、注意しないと足を踏み外しそう
だ。ヴォルペは夜目――という表現は適切ではないかもしれないが――が効くから大
丈夫だが、ついてくる後ろの二人はどうなのだろう? 人じゃない、そうブレッザは
言った。たぶん間違いないだろうが、後ろの二人の女の子は暗視能力なんてあるのだ
ろうか。
 小さく首を振って、無駄な考えを放り出すと、ヴォルペは二つ、三つ小さな青白い
火球を出現させる。狐火とか鬼火とか言われる火の玉だ。
「暗いから、足元気をつけて」
 首から上だけで振り向いてフィミルとクロースに注意を促すとヴォルペは階段をゆ
っくりと下りて行く。
 下りきって数歩進んだ場所で扉に行き着いた。奥から話し声が聞こえる。他人より
も耳のいいヴォルペにはそれらの声がオプナとシオンであることがはっきりとわか
る。
「他に誰かいるみたい」
 そう言ってドアノブに手をかけようとした時、錆びた蝶番の軋んだ音と共にひとり
でにドアが開いた。
「ヴォル君、もういいの?」
「はい、ご心配おかけしました」
 驚いた様子のオプナに軽く頭を下げると、シオンの後にいる存在に目を向ける。魔
法の明かりと、狐火の灯火に照らされてなお、酷く輪郭が曖昧で、その姿を透かして
背後の風景が見て取れた。
「幽、霊?」
 フィミルが困惑した声を上げる。一般的に言われる幽霊とは異質の雰囲気がその存
在から感じ取れたからだろう。
「初めまして、シオンさんとオプナさんには自己紹介を済ませましたが、私この館の
主、あ、いやもう元主ですね、ベリドット=シュナイツと申します」
 やうやうしく頭を下げたベリドットの後方にはさらに多くの気配がある。彼と同じ
境遇の者がまだいるのだろう。
「貴方達は、その、普通の幽霊とは少し違う感じがするんですが」
 ヴォルペは率直に感じたことを尋ねた。興味本位というのもあるが、ベリドットか
ら感じられる悲しみが気にかかったのだ。
「それは……」
 ベリドットは沈んだ面持ちでオプナとシオンに語ったのと同じことを話した。語り
終え、沈黙が横たわる。
「酷い……」
 フィミルがようやくといった様子で口を開いた。他の面々も同じ気持ちだろう。恩
を仇で返す、まさにそうとしか表しようがなかった。
(ブレッザ、なにか知ってる?)
『実物を見ないとなんとも言えないけど。可能性が一番高いのはグリオベルガの絵本
ね』
「グリオベルガ」
「ご存知なのですか!」
 ブレッザの言葉を反芻したヴォルペにベリドットがつめよる。どうやらブレッザの
予想は大当たりだったようだ。
「え? あ。いや、その」
『グリオベルガ、人の魂を食うくせに人に憧れた魔獣で、憧れるあまり自分の魂を人
に移す法を生み出した変わり者よ。洋服のように人の体を着替えるの。絵本は体の保
管場所よ。絵本に体を封じて魂を食う、そいつにしてみれば一石二鳥だったってわけ
ね』
 ヴォルペはブレッザの言葉をそのまま口に出して伝えた。話し終えたヴォルペにオ
プナが考え込む姿勢のままで尋ねた。
「でも、グリオベルガって確かかなり昔に退治されてたって、なにかで読んだけど」
『たぶん誰かが絵本を手に入れたのね。対処法さえ知ってれば絵本に取り込まれる心
配はないから。その乞食っていうのは利用されてたか、そいつが悪用してるか』
 何のために、という疑問がヴォルペの中で生まれたが、それを聞く前にシオンが口
を開いた。
「グリオベルガが生きていた、というのはないですか?」
『それはありえないわ。もしこれがグリオベルガの仕業なら魂は残らずあいつの腹の
中だもの』
「誰の仕業にせよ。その絵本、見てみたいわね。保管場所というなら取り出すことも
可能なんでしょ?」
「でも、大丈夫でしょうか、危険な物なんですよね?」
 オプナの言葉にフィミルが少し怯えたように言う。
『大丈夫よ。人間にしか反応しないし、それに人間だって直接触れないと取り込まれ
ないわ』
 何度目かのブレッザの言葉を代弁したヴォルペにオプナが疑惑の視線を投げかけ
る。
「でも、ヴォル君物知りね。私だってそんなに詳しくは知らないのに」
「それに、時々女の人みたいな喋り方しますよね?」
「あ、えーと。あ、あはははは」
 とりあえず笑って誤魔化してみる。ブレッザが頭の中でため息と一緒に馬鹿と呟い
たのが聞こえた。
「まあ、なんにしてもシュナイツさん達を助けられる可能性はあるなら、その絵本を
探してみましょう」
 シオンの提案に一同が頷く。だが、ヴォルペの脳裏にはどうしても拭いきれない不
安があった。誰が、何の目的で絵本を使ったのか。
「それで、その絵本はどこにあるの?」
「私の私室にあるはずです。二階の一番奥の部屋です」
「わかりました。じゃあ、私達はシュナイツさんの部屋に行ってきます、上手くいけ
ば皆さん助かりますよ」
 必ず助けると言わなかったのは助けられなかった時のことを考えてのシオンの思い
やりだろう。それでもベリドット達は静かな笑みを湛えてヴォルペ達を見送った。

      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 二階も、一階や地下と同じく沈鬱とした雰囲気だった。生き物の気配は感じられ
ず、ただ埃と淀んだ空気だけが横たわっていた。
「ここね」
 ベリドットの私室の扉の前でオプナがそう呟いた。やはり家主部屋だけあって他の
扉よりも造りが豪華だ。オプナはドアノブを回し扉を開ける。その風圧で埃が舞い、
締め切られたカーテンの隙間からこぼれた少ない日の光を遮る。
「ところで」
 部屋に足を踏み入れたところでフィミルがヴォルペの方を向いて口を開いた。
「どうすれば絵本の中にいる人を助けられるんですか?」
「それは……」
 フィミルの質問にヴォルペは口ごもった。ここまでの間にブレッザから方法は聞い
た。だが、それを口にするには多少ならず抵抗があった。
「知ってる、のよね?」
 オプナが聞いた。気付けば全員がヴォルペに注目している。目を伏せるとベリドッ
ト達の顔がありありと浮んでくる。迷っている時ではない、どうせ正体は半分晒して
しまったのだ。ヴォルペは意を決して口を開いた。
「それは」
「人間じゃない者が中から引っ張り出せばいいのさ」
 不意に部屋の奥から声が響いた。聞き覚えのある声だ。できれば二度と聞きたくは
なかったが。
「ツクヨミ……」
 シオンが低く唸るように埃の舞う部屋の中にたたずむ人影を睨んだ。
「ここで何をしているの!」
 クロースを庇う格好でオプナが杖を構える。ピンとした緊張感が部屋全体を支配す
る。ツクヨミは肩をすくめて首を振った。その手には何かしらの本を掴んでいた。
「いやいや、さっきおイタが過ぎるってお仕置きを受けたばかりでさ、今君達とやり
やう気はないんだよ。ただのお使いさ、お使い」
「なんだと?」
「いやさ、クライアントに頼まれてさ。絵本をね」
 そう言って手に持った本の表紙をヴォルペ達に向けた。相変わらず人の神経を逆撫
でするような笑みを浮かべて。
「グリオ……ベルガ!」
 表紙の文字を読み取ってヴォルペは叫んだ。
「ははは、地下の亡霊どもに頼まれたのかい? ご苦労だね。でも抜け殻の体でも必
要としてる御仁がいるんでね。またお仕置きされるのも嫌だし、僕はそろそろお暇す
るよ。追ってくるのは勝手だよ、まあ、無理だろうけど。あっははははは」
 冷たい高笑いを上げて、ツクヨミの体は空に溶け込むように消えた。


2007/02/17 00:52 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達
第十三話「孤立」/シオン(ケン)
PC:ヴォルペ シオン オプナ クロース
NPC:フィミル ブレッザ・プリマヴェリーレ 屍使い・ツクヨミ アマツ
場所:マキーナ幽霊屋敷→移動空間

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「逃がしません、ツクヨミ!」

シオンは咄嗟にツクヨミの消えた空間を手刀で薙いだ。その刹那、まるで布を切り裂いたかのように空間に穴があく。

「シオン君!?」
「危険ですから、ここで待っていてください。かならず取り戻しますから」

そう言うとシオンは、返事も聞かずに空間の裂け目に飛びこんだ。


* * * * * * * * * *


奇妙な浮遊感。周囲360°を不愉快な色彩で彩られた空間で二人の生物が対峙している。

一人はこの空間にはまったく似つかわしくない、女性ともとれる美しい容貌をした白髪の青年。
一人はこの空間にこれ以上ないくらいにマッチした、狂喜の笑みを浮かべるオレンジ色の髪の青年。

「やっぱり追って来たね。シオン…君はどうして赤の他人のタメにそこまでするのかなぁ?君は風使いだから知ってると思うけど、空間を切り開いて割りこんでくるってのは自殺行為だよ?空間の歪みにズタズタに引き裂かれてね、普通の人間ならまず助からないよ?」

口元を歪めるツクヨミ。それに対してシオンは目を細める。

「だから、ですよ。皆さんを危険な目にあわせるわけにはいきませんからね」

シオンの答えにツクヨミは不気味に高笑いする。狂ったかのような笑い声が不愉快な空間に響き渡り木霊した。ひとしきり笑った後、ツクヨミは額を押さえて俯く。

「…シオン、僕は昔から君が大っ嫌いだったよ」

顔を上げたツクヨミからもの凄い殺気が溢れ出してきた。狂気と殺気の入り混じった瞳がシオンを見つめる。シオンはそれを悲しげな瞳で受け、口を開く。

「……やはり…そうですか。最初あなたを見たときから気にはなっていたのですけど、今の言葉で確信しましたよ」

そこでいったん言葉を切り、ツクヨミを見つめる。ツクヨミもシオンを見つめた。

「私の中には千年大蛇の血が流れています。私を生み出した研究所が千年大蛇の力を利用しようとしたからです」
「………」
「後になって解った事ですけど、そういった研究所は、私の所を除いて他に3つあったそうです…」
「………」
「その一つが、ツクヨミ研…」

そこまで言った瞬間、超高熱の火炎弾がシオンに向けて放たれていた。とっさに風で作ったバリアで防いだものの、この不愉快な空間では風の集まりが悪いのか完全に防ぐ事が出来ず、右腕に火が燃え移った。右腕に巻いていた白い布が一瞬で燃えつき、露わになった右腕も軽い火傷を負ったいた。
しかしそれよりも目を引くのは右手の甲から二の腕にかけての痛々しい裂傷だった。まるで内側から力が加えられ、それに耐えきれず裂けたかのような…通常では有り得ない傷…シオンはとっさに右腕を左手で包みこんだ。

「…そうさ、僕も千年大蛇の実験台にされたサイボーグさ!僕の、この体には、千年大蛇の…オロチの肉が使われているんだよ!」

ツクヨミが絶叫する。狂喜の笑顔には涙が流れていた。

「凄い力だよ!?手加減しなかったら撫でるだけで鉄板がへこむんだよ?鉄砲の弾丸だって通さないし…笑っちゃうだろ!?見た感じはただのひ弱な人間さ、それが本性は化物だ!!アーハッハッハッハーーー!!!」

壊れたかのように笑いつづけるツクヨミを、シオンは悲しげな瞳で見つめていた。負った火傷はほぼ完治したといえるくらいに再生していた。今、奇襲をかければ不意をつかれたツクヨミは避ける事は出来ないだろう。その隙にグリオベルガを奪い、空間を切り裂いて脱出する。
しかし、シオンはそれが出来なかった。

「知ってる?オロチの研究をしていた研究所は皆同時にテロリストの襲撃を受けて壊滅したんだ。偶然にしては出来すぎてるだろ?…ソフィニアの政府が危険性を感じて処分しようとしたんだ。自分達が命じたくせに…本当、勝手だよねぇ?」
「それは知っています。しかしどの研究所からも実験中のサイボーグは回収されなかったらしいです。死体すら、発見できなかったらしいです」

シオンの答えに、ツクヨミは意外な顔をする。

「へぇ、よく知ってるね。トリプルSクラスの超極秘事項だよ?」
「自分で調べたんです。あらゆる手を使って…」

シオンの顔に影が落ちる。あまり思い出したくない記憶らしい。

「ふふ、じゃあツクヨミ研究所の真実を教えてあげよう。テロリストの襲撃があった時、研究所の奴等は我先にと逃げ出したんだ。僕の拘束が不完全だったにもかかわらずね」

ツクヨミが頬を吊り上げて不気味な笑みを浮かべる。

「みんな、僕が殺したんだよ。テロリストも、研究員も…みんなね。叩き潰し、引き千切り、焼き殺して…ね」

再びツクヨミが高笑いする。これ以上ないくらいに、笑顔で…

「なぜ、そんなことを…」

悲痛な顔を浮かべるシオンを、殺気を露わにしてツクヨミが睨む。

「…君のせいだろ?シオン…いや、サリュー…僕はいつも君と比べられていたよ。君が一番オロチの力を引き出せる可能性が高かったからね。所詮僕は頑丈なだけのサイボーグさ、オロチの筋肉を使っていてもね。4体の実験体の落ちこぼれだった僕には、君の様に臓器まで再生できる力なんて無かった。来る日も来る日も、研究員のヤツアタリの対象になっていたよ」

そこで一息ついて、ツクヨミは今までとは違う種類の笑みを浮かべた。

「ああ、心配しないで、今は君のこと大好きだから。こんなに美しいとは思わなかったからね」

再び狂喜の笑みを浮かべる。

「だから僕のコレクションになっちゃいな」

ツクヨミがグリオベルガを持っていない方の手を真横に突き出す。するとそこの空間がひび割れ、そして真っ黒な穴が開いた。ツクヨミが手を戻すと、そこから黒い髪の少年が出てきた。拘束具にも似たラバースーツのようなものを着ており、顔には黒い仮面をつけている。
その少年を見て、シオンは絶句した。

「気がついたかい。これ、僕達の兄弟だよ。なかなか可愛い顔をしていたからコレクションに加えてあげたんだ~♪さあ、アマツちゃん、お兄ちゃんに挨拶をしよう」

アマツと呼ばれた少年はこくりと頷くと、一瞬でシオンとの間合いを詰めて来た。

「!?」

不意を突かれたものの、繰り出された正拳をなんとかガードしたシオン。が、しかし、ガードした腕に激痛が走る。いつのまにかアマツの手に鋭い刃の仕込まれたナックルが握られていたのだ。
続けて繰り出された拳打を何とか回避し、間合いをとるシオン。そんなシオンを見てツクヨミが自慢げに説明する。

「アマツをなめちゃいけないよ。体は小さくてもサイボーグ、まともにヒットすれば君でもあばら骨が折れるよ?おまけに…」

間合いを取ったはずのシオンの鳩尾に、アマツの拳がめり込む。

「千年大蛇の骨が使われているアマツの動きは予測不可能。しかも伸縮自在の手足に間合いなんてない」

血を吐いてうずくまるシオンをアマツが静かに見下ろす。

「おやおや、もう終りかい?アマツにはまだまだ能力が沢山あるのに、残念だなぁ。アマツ、とどめ刺しちゃいなよ、ああ、解ってるとは思うけど顔はダメだよ?」

頷き、拳を硬く握ってうずくまるシオンヘを叩き落すアマツ。間一髪、シオンは身を捻ってそれをかわした。

「へぇ、頑張るねぇ、シオン。でも僕は知ってるんだよ?君の弱点をね」

ツクヨミの言葉が終るとほぼ同時に、シオンの体に変化が起きた。身構えようにもまったく力が入らないのだ。

「実はアマツのナックルには神経毒が塗られていてね。君、再生能力は高いらしいけど、毒や麻痺といったモノにはめっぽう弱いんだってねぇ」

息も絶え絶えにツクヨミを見上げるシオン。その顔は汗に濡れ、余裕がまったく無かった。

「うぅ~ん、良い表情だねぇ、シオン。もっとよがって楽しませてよ」

アマツがゆっくりとシオンに近づく。それはさながら死神の足音のようだった。


2007/02/17 00:53 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達
第十四話「偶触」/オプナ・クロース(葉月瞬)
PC:シオン、ヴォルペ、クロース、オプナ
場所:マキーナ――空家
NPC:フィミル、魔術師バウンズ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

「シオン君!?」

 オプナが引き止めようと声を荒げたその時、シオンは振り向いて大丈夫と微か
に微笑んだ。そして、「危険ですから、ここで待っていて下さい。必ず、私が取
り戻しますから」そう言い残すと、歪[いびつ]な空間の裂け目へと飛び込んでい
った。単独で。だが、それを追おうとする者は居なかった。シオンが微かに微笑
んだその笑みの中に、何か決意めいた、強い制止の眼差しを見て取って察してい
たからであった。

――追ってはいけない。

 と。この場は取り敢えず、シオンに任せるしかない、と。
 歪曲した空間が閉じられたその後には、開け放たれたままの窓ガラスを風が揺
らしているだけであった。

「やっと見つけたぞ。オプナ」

 唐突に声が降って来た。
 オプナ達が声のした方へ目を転じると、魔術師らしき容姿をした男が窓枠に腰
掛けていた。黒いローブの裾が風にはためいている。口元を歪ませ婉然と笑んで
いる、少し陰りのある男だ。

「やっぱり追って来たわね」

 そう言いながらも、即座に呪文を口ずさむオプナ。同時に、クロースを庇う姿
勢を見せる。それが自分の魔法を感知して追って来た追っ手だと言うことは、オ
プナには直ぐに解った。解ったからこその行動だった。

 室内にいた者達の中で一番最初に動いたのは、意外にもオプナだった。
 呪文の詠唱が終わると同時に足元に魔法陣が張られ、呪文の効力が発動する。
魔法陣は結界の効力があり、術者を呪文の波動から守る役割を担っている。
 同様に相手の足元にも魔法陣が張られているところを見ると、呪文の詠唱が終
ったのはほぼ同時だった様だ。何の呪文かは解らないが、この場に居るものを全
て巻き込む恐れのある呪文である事は大方予想出来る。

「皆! 散開して! 出来るだけ、部屋の外へ!」

 オプナが叫ぶと同時に、ヴォルペはフィミルを抱いて、部屋の外へと退避し
た。クロースはその場で立ち尽くしている。が、今はクロースに構っていられる
ほど余裕が無いのか、はたまたクロースは絶対に安全だという確固たる自信でも
あるのか、オプナは一先ず納得すると、再び黒ローブの魔術師に視線を戻す。
 黒ローブの魔術師はそんな一同を見て取って、嘲りともつかない笑みを口元に
湛えて言った。

「流石だなぁ、オプナ。俺がどんな呪文を展開するか予想したか」
「“爆裂のバウンズ”と異名をとっているほどだからね。あらかた予想は出来る
わ」
「ほほぅ。この、俺の事を知っているとは、流石だな」
「能書きは後!」

――氷の矢[アイス・アロー]!
――炎塵[フレイム・ダスト]!

 オプナの呪文と、バウンズの呪文とはほぼ同時に放たれた。
 オプナの周囲に無数の氷の矢が出現し、翳した掌の先、バウンズの方へと直線
的に向かっていった。オプナの放った呪文はアイス・アロー。無数の氷の矢を術
者の意のままに操る魔法だ。直線的ではあるが、相手を貼り付けにするには丁度
良い術である。
 対するバウンズの放ったフレイム・ダストは、周囲に炎属性の塵をばら撒く範
囲魔法である。攻守ともに優れた魔法で、質量を持つ物質が接触しただけで粉塵
爆発を起こす魔法である。バウンズにしてみれば、例えこの屋敷ごと燃やしてで
もクロースを取り巻く人間どもを一掃し、クロースを連れ帰りたいのだろう。そ
れは、とにも隠さず任務を速く遂行する事に他ならない。

「くっ、やっぱり!」

 オプナは唇をかみ締めると同時に、別の呪文を口ずむ。今度は防御の魔法だ。
構築した呪文は――。

――水盾[ウォーター・シールド]!

 ウォーター・シールド。水の幕を張って炎系のダメージを防ぐ、水系の防御魔
法だ。前面にのみ張ることも、全方位つまり球体の形に張ることも出来る。オプ
ナは、全方位に水の幕を張った。
 と、同時に粉塵爆発が起こり氷の矢が弾け飛ぶ。爆発は部屋全体を焦がし、調
度品を燃やし尽くした。爆炎が部屋を嘗め回すように、焦がし尽くしていると言
うのに、オプナとクロースの周囲だけは不思議と焦げ跡一つ付かなかった。オプ
ナは水の盾で防がれているから。しかし、クロースは怖そうに蹲っているだけ
で、魔法を使った形跡は無い。水の幕を張ったようには見られないのだ。
 クロースには、特異な能力があった。

――魔法障壁――

 彼女は、魔法と言う魔法、物理攻撃と言う物理攻撃を全て遮ってしまう能力を
有しているのだ。しかし、それは“恐怖”と“命令”と言う二つのキーの内どち
らかが無ければ発動しないものだった。
 それが発動した。
 つまり、そのときクロースは恐怖を抱いていたのだ。

 クロースの無事を一目で確認すると、オプナは次なる呪文を口ずさんでいた。
 と、そこへ突如粉煙を掻き分けてオプナの方に向かって来た人影があった。オ
プナと同じ様にウォーター・シールドを球形に展開させて、粉塵爆発の中を突進
して来たバウンズだった。
 ウォーター・シールド同士が干渉し、溶け込んで結界内が融合する。

「オプナあぁぁぁ!」

 バウンズは一度叫ぶと、オプナに一撃を喰らわせんと拳を振るった。

「バウンズ!」

 振るわれた拳を受け止めたオプナのその腕には、煌く物があった。いざという
時の接近戦用にいつも携帯している、短剣だった。オプナはバウンズが突っ込ん
で来る事を見越して、素早く杖を聞き手の逆に持ち替えて代わりに腰に吊るした
短剣を手に取っていたのだ。

「……成る程。一枚も二枚も上手だ、ということか」

 受け止められた事に驚いた事実を隠すように、余裕の笑みを態と見せるバウン
ズ。その頬には冷や汗が光っていた。実際、彼の腕に巻きつけてある鋼鉄の手甲
が無ければ、彼の腕は短剣によって切り裂かれていただろう。それ程危うい状況
に置かれてしまったのだ。彼――バウンズは。
 そして――。
 オプナの表情が一瞬緩み、と同時に先程まで唱えていた呪文が展開した。

――氷結[フロスト]

 呪文が展開すると、バウンズの足元から氷が這い上がっていき、完全に下半身
を凍りつかせてしまった。氷はじわじわとバウンズの体を蝕んでいく。
 その瞬間、後ろを振り向いたオプナが放った言葉は――。

「先生! 後は、頼みます!!」
「先生って……誰?」

 こめかみをポリポリ掻きながら、誰にともなく質問をぶつけて室内に入って来
た人物は――ヴォルペだった。


2007/02/17 00:54 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達
第十五話「焦燥」/ヴォル(生物)
PC:ヴォルペ オプナ クロース(シオン)
NPC:フィミル ブレッザ・プリマヴェリーレ 魔術師バウンズ グラブラ

場所:マキーナ幽霊屋敷~博士の家

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 とりあえずフィミルを一階に避難させて戻っていきなりの先生扱い、正直譲
られるほどオプナが苦戦しているようにも見えないが。
「よろしくね」
「よくわかんないけど、わかりました」
 笑顔のオプナに苦笑で返して、氷漬けになりそうな魔術師に言葉をかける。
「えーと、とりあえず降参しませんか?」
 事も無げにそう言ったヴォルペに魔術師、バウンズが憤慨した。なにか自尊
心とやらを傷つけてしまったのか。
「ふざけるな小僧! この程度で俺が負けたとでも言いたいのか!」
 誰がどう見てもそうだろう。バウンズが今生きているのは間違いなくオプナ
の気まぐれとヴォルペの性格的物だ。その気になればオプナも、そしてヴォル
ペもバウンズを殺すことができる。
「ははは、舐められたもんだな。この程度の束縛術でもう勝った気でいるの
か。おめでたいな」
『レン、おめでたいのはお前の頭だって言ってあげなさい』
(ダメだよ。よけい可愛そうじゃないか)
 直接バウンズの耳に入れば間違いなく頭の血管が3本ぐらい軽くちぎれる音
が聞こえる会話だ。
「俺がその気になればこの程度」
 バウンズが短く呪文を唱えて体の半分を覆っていた氷を手甲をつけた手で殴
り砕く。到底魔術師とは思えない行為だ。
「ふははは、これで貴様等の優位はなくなったぞ!」
「あら、今まで情けをかけられていたって自覚はあるのね。以外だわ」
 オプナがクロースの傍らでくすくすと笑う。美しいという形容詞が似合う笑
顔だが、言葉には毒が多すぎる。
「き、ききさまぁああ!」
「オプナさん。言いすぎですよ」
『あら、でも事実よ?』
 どうもこの二人は言葉に加減が無い。まあ、ブレッザが相手ならバウンズは
もう影すら残っていないだろうが。
「まあ、二対一だし。おじさん大人しく逃げた方がいいと思うんだけど」
「黙れ! 錬金術師どもの実験動物の分際で。真理を追う高潔な魔術師の俺に
意見するか!」
 勢いよく手甲を鳴らし、バウンズはさらに罵倒を続ける。この時点でヴォル
ペの表情が変わっていることに気付けば、あるいはまだ救いがあったかもしれ
ない。
「我らのクロゼン師がさらに真理に近づくためにその娘がいるのだ! 醜悪な
改造人間は大人しく錬金術師どものラボでおとなしくしていろ」
 言いたいことを言って満足したのか、バウンズは醜く顔を変形させる。本人
は笑っているつもりだろうが、馬が苦しんでいる表情ぐらいにしか見えない。
「クロースちゃんを連れて行ってどうするつもりだ」
 ヴォルペが低い声で喋る。バウンズはこれを怯えていると勘違いして声高に
応えた。
「ふははは、決まっているだろう。あの小娘は実験対象として非常に興味深い
からな、解剖するのもいい。どちらにしても飼い殺しだ、貴様も同じ実験動物
なら」
「ふざけるな……」
 声を震わせて、ヴォルペは拳を作る。力が入りすぎて掌に爪が食い込み血が
滲む。
「あ?」
「お前らは、お前らは命をなんだと思ってるんだ!」
 ヴォルペは手加減無しにバウンズの顔に拳を叩き込み吹っ飛ばす。顎の骨と
歯が砕ける音が手を通して伝わってきたはずだが、怒りでヴォルペには聞こえ
ない。
「な、なふぃを」
 一瞬で脳を揺さぶられ、ろれつが回ってない。それどころか立つことすらで
きない。
「僕は僕のものだ……、ブレッザもブレッザのものだ」
 ゆっくりと、ヴォルペはバウンズに近づく。不幸にも虎の尻尾を踏んでしま
った事をバウンズはようやく理解した。理解しても、既に遅かったが。
「クロースちゃんも、クロースちゃん自身のものだ。他の誰にも、誰にもその
命を自由にできる権利なんてもってない!」
 拳を床に這い蹲るバウンズ目掛けて振り下ろす。
「あふぁぁあ」
 バウンズの奇声は床を突き破る音に掻き消されるた。
 埃の舞い立つ部屋の中で、ヴォルペは立ち上がった。失禁して気絶している
この魔術師は放っておいても大丈夫だろう。ブレッザは甘いと、また頭の中で
ため息をついているが。やっぱり、こんな奴でも人間を殺すのは、気が引け
る。
「大丈夫?」
 血の滲んだ掌を見てオプナが声をかけてきた。大丈夫、と曖昧に応えて掌を
見せる。傷はほぼ塞がって、少しだけ爪の跡が残っているだけだった。
「これからどうするの?」
「とりあえず僕は町外れに用事があるけど」
 もともとマキーナに来たのは、元に戻るための情報を集めている時にその手
のことを研究している博士がいると聞いたからだ。
「そう、じゃあ私達も着いて行ってもいいかしら?」
「え?」
 唐突な申し出だった。思えばオプナ達とは済し崩しのような形で一緒にいた
から、ヴォルペには以外だった。
「シオン君も探さないといけないけど、どこにいるかわからないから」
 言葉どおりとるなら、とりあえずと、言ったところだろうか。
「いいですよ、旅をするなら大勢がいいですからね」
 笑顔で承諾する。悪い人間ではないし、なによりシオンの事はヴォルペも気
になっていた。今から尋ねる人物がもしかしたらシオンが消えた空間の歪みに
ついても何か知っているかもしれない。
『それは楽観的観測と言うものよ』
 ブレッザの現実的な言葉に苦笑して、ヴォルペはオプナ達を促して一階に降
りた。残してきたフィミルを交えてこれからの事を話そうと思ったからだ。
「あれ?」
「フィミルちゃん、いないわね」
 フィミルがいるはずの一階の応接間には誰もいなかった。何かの羽根が散乱
して、窓が開いていた。
「まいったわね。もしかして彼女も」
「違うよ。きっと、帰ったんじゃないかな」
 どこに? と、聞かれると困るが。ヴォルペにはなんとなくそんな気がし
た。恐らくもう二度とは会えないという気もする。
「行こう、オプナさん」
「え、ええ」
 笑顔でオプナを促して、ヴォルペは屋敷の外に出た。午後に入って少しした
マキーナの空にはどんよりとした雲の隙間から陽の光が差していた。

      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 少し、陽が傾いてきた頃に、ヴォルペ達は目的の場所についていた。マキー
ナの町外れ、ちょうどベリドットの屋敷から反対方向の山のふもとにある潰れ
かけた小屋だ。
「……あれ、人住んでるの?」
 オプナは率直に意見を言う。確かに人が住んでいるにしては荒れすぎてい
る。いや、荒れているというよりは何かに破壊された後という表現がぴったり
だろう。
「あれは!」
「ヴォル君!?」
 ヴォルペは小屋の後ろに広がる森の中に疾走していく。オプナには見えなか
ったかもしれない、だがヴォルペには確かに見えた。人に似て、人とは著しく
違う影を。
「待て!」
「うはは、来た来た。マジできたぜぇ」
 白衣を着たザリガニ、そう言えば一番わかりやすいだろうか。大きなはさみ
を開閉しながら巨大な人型のザリガニは笑ったように見えた。
「とりあえず、はじめましてだなぁ。俺様はグラブライ、まあ、メッセンジャ
ーってとこだ」
 グラブライは不気味な音を立ててお辞儀をした。赤いお玉のような目だけで
ヴォルペを見据える。
「ここにいたジジィは俺達が預かってる。助けに来るかどうかはお前次第だ。
そうそう、ついでにツクヨミが連れてきたにぃちゃんもいるぜぇ」
『こいつ』
 グラブライはヴォルペが必ず来るということを前提で挑発している以上、罠
の可能性が高い。そのこと自体はヴォルペにもわかっている。わかっている
が。
「どこにいる」
「はははは、そうこなくっちゃな。ここからそう遠くはねぇ、なぁに、こっか
ら山二つ挟んだランダグローツって谷の底さ。じゃあ、待ってるぜ」
 そう言い残してグラブライは森の中に姿を消した。
「ヴォル君」
「オプナさんは、クロースちゃんとここで待っててください」
「何言ってるの、私も行くわよ?」
「でも」
「言ったでしょシオン君を探すって。捕まってるなら助けに行かなきゃ」
 二十分ぐらい押し問答をして、結局ヴォルペはオプナの押しの強さに負け
た。どうも、こういうタイプの人には弱い。
「大丈夫よ。自分の身は自分で守れるわ。私も、クロースもね」
「わかりました。でもホントに気をつけてくださいよ」
 お人好し、と頭の中でブレッザが呆れた声が響く。しょうがないじゃない
か、と返して。ヴォルペはランダグローツを目指して森の中に足を踏み入れ
た。


2007/02/17 00:54 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達

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