PC:ヴォルペ シオン オプナ クロース
NPC:フィミル ブレッザ・プリマヴェリーレ ツクヨミ 幽霊さん達
場所:マキーナ幽霊屋敷
―――――――――――――――――――――――――――――――――
どれぐらい気を失っていたのか、変身はとっくに解けている。寝たふりを続けてい
るヴォルペの額に濡れたハンカチが乗せられる。誰かが介抱してくれいるのだろう。
(まいったなぁ)
目を閉じたまま心の中でそう呟く。色々な意味を含んだ「まいった」にブレッザが
大きなため息をつく。
『そう思うならさっさと起きなさい。いつまでもタヌキ寝入りしてたら逃げることも
できないでしょ。だいたい私は言ったはずよ、関わるなって』
(そうだけどさぁ……)
うー、と心の中だけで唸る。ブレッザの言うようにここまで関わらなければ変身し
た姿を晒すこともなかったし、こんな無様な格好をする必要もなかった。言うなれば
全て自業自得だ。
『今更あれこれいってもしょうがいないわ。まあ、彼等は貴方の事を、少なくとも恐
がってはいないと思うわ』
(そう、かな?)
『そうよ。気付いてると思うけど彼等、あのオプナって魔術師以外は人間じゃないも
の』
「うそ、ホントに!?」
「!」
突然、大声を上げて跳ね起きたヴォルペに驚いて、フィミルは手に持っていたコッ
プを落としてしまう。クロースは宝石なような瞳をヴォルペに向けた。
「あ、えっと。ごめん」
『はぁ……気付いてなかったのね』
ブレッザのため息を聞きながら、ヴォルペはとりあえず苦笑いを浮かべるしかなか
った。
「よかった。気がついたんですね」
フィミルが心底安心したように安堵のため息をつく。その様子を見てヴォルペの中
で罪悪感という痛みが生まれる。
「あ、ごめん。心配かけちゃったみたいで」
そう言って、寝かされていたソファーから立ち上がる。多少気だるい感じがするが
無茶して変身したせいだろう。しばらくは変身できないが普通に動く分には支障はな
い。
「まだ動かないほうが」
フィミルが心配そうに言うが、ヴォルペは自嘲気味に笑って首を横に振った。
「ううん。もう大丈夫だから。ありがとう」
「そう、ですか」
納得がいかないという表情のフィミルだったが、とりあえずヴォルペ自身の大丈夫
という言葉を信じることにした。
「あれ? そういえばシオンさんとオプナさんは?」
「あ、このお屋敷の人がいないか探しに行きました」
「ここの?」
ヴォルペの問いにクロースが無言で頷く。
(おかしいな、人の気配なんてしないんだけど。ブレッザ)
『少しは自分で嗅ぎ分けなさい。ま、人はいないわ。人間じゃないのは大勢いるみた
いだけど』
「人間じゃないの?」
「え?」
ヴォルペの呟きにフィミルが不思議そうな視線を投げかけてくる。
「ああ、いや。なんでもないよ。それよりボク達も行ってみよう」
はは、と、苦笑して誤魔化したヴォルペはオプナ達がいるであろう地下へと向か
う。その後をフィミルが続く。
「あれ、クロースちゃんは行かないの?」
「ここで待ってるように、言われたから」
クロースの言葉で、オプナが言った事を思い出す。そんな言いつけを律儀に守るほ
どクロースにとってオプナは絶対なのだろうか? ふとそんなことを思う。
「まあ、ヴォルさんも気がついたことだし、大丈夫だよ」
そう言って、フィミルはクロースの手を強引に引っ張ってヴォルペの後を追った。
(ねぇ、ブレッザ。さっきの人間じゃないのって、具体的になに?)
『幽霊とか、そんな類だと思うわ』
(はっきりしないね)
『よく言うわ。生きてる臭いすら嗅ぎ分けられないくせに』
(しょうがないよ。まだ慣れてないし)
『はいはい、じゃあ、早く慣れなさい』
(むー)
そこで、二の句を継げなくなった。実際ブレッザの言っていることは正しい。身を
守るためにも使える能力は早く使いこなせるようにならなければ。
「なんか……、いかにもって感じですね」
フィミルがキョロキョロしながら言う。別に怖がっているわけではないのだろう
が、言ってみたい言葉というのは誰しもが持っている。そんなところだろう。
耳障りな音をたてて軋む階段を下りる。薄暗く、注意しないと足を踏み外しそう
だ。ヴォルペは夜目――という表現は適切ではないかもしれないが――が効くから大
丈夫だが、ついてくる後ろの二人はどうなのだろう? 人じゃない、そうブレッザは
言った。たぶん間違いないだろうが、後ろの二人の女の子は暗視能力なんてあるのだ
ろうか。
小さく首を振って、無駄な考えを放り出すと、ヴォルペは二つ、三つ小さな青白い
火球を出現させる。狐火とか鬼火とか言われる火の玉だ。
「暗いから、足元気をつけて」
首から上だけで振り向いてフィミルとクロースに注意を促すとヴォルペは階段をゆ
っくりと下りて行く。
下りきって数歩進んだ場所で扉に行き着いた。奥から話し声が聞こえる。他人より
も耳のいいヴォルペにはそれらの声がオプナとシオンであることがはっきりとわか
る。
「他に誰かいるみたい」
そう言ってドアノブに手をかけようとした時、錆びた蝶番の軋んだ音と共にひとり
でにドアが開いた。
「ヴォル君、もういいの?」
「はい、ご心配おかけしました」
驚いた様子のオプナに軽く頭を下げると、シオンの後にいる存在に目を向ける。魔
法の明かりと、狐火の灯火に照らされてなお、酷く輪郭が曖昧で、その姿を透かして
背後の風景が見て取れた。
「幽、霊?」
フィミルが困惑した声を上げる。一般的に言われる幽霊とは異質の雰囲気がその存
在から感じ取れたからだろう。
「初めまして、シオンさんとオプナさんには自己紹介を済ませましたが、私この館の
主、あ、いやもう元主ですね、ベリドット=シュナイツと申します」
やうやうしく頭を下げたベリドットの後方にはさらに多くの気配がある。彼と同じ
境遇の者がまだいるのだろう。
「貴方達は、その、普通の幽霊とは少し違う感じがするんですが」
ヴォルペは率直に感じたことを尋ねた。興味本位というのもあるが、ベリドットか
ら感じられる悲しみが気にかかったのだ。
「それは……」
ベリドットは沈んだ面持ちでオプナとシオンに語ったのと同じことを話した。語り
終え、沈黙が横たわる。
「酷い……」
フィミルがようやくといった様子で口を開いた。他の面々も同じ気持ちだろう。恩
を仇で返す、まさにそうとしか表しようがなかった。
(ブレッザ、なにか知ってる?)
『実物を見ないとなんとも言えないけど。可能性が一番高いのはグリオベルガの絵本
ね』
「グリオベルガ」
「ご存知なのですか!」
ブレッザの言葉を反芻したヴォルペにベリドットがつめよる。どうやらブレッザの
予想は大当たりだったようだ。
「え? あ。いや、その」
『グリオベルガ、人の魂を食うくせに人に憧れた魔獣で、憧れるあまり自分の魂を人
に移す法を生み出した変わり者よ。洋服のように人の体を着替えるの。絵本は体の保
管場所よ。絵本に体を封じて魂を食う、そいつにしてみれば一石二鳥だったってわけ
ね』
ヴォルペはブレッザの言葉をそのまま口に出して伝えた。話し終えたヴォルペにオ
プナが考え込む姿勢のままで尋ねた。
「でも、グリオベルガって確かかなり昔に退治されてたって、なにかで読んだけど」
『たぶん誰かが絵本を手に入れたのね。対処法さえ知ってれば絵本に取り込まれる心
配はないから。その乞食っていうのは利用されてたか、そいつが悪用してるか』
何のために、という疑問がヴォルペの中で生まれたが、それを聞く前にシオンが口
を開いた。
「グリオベルガが生きていた、というのはないですか?」
『それはありえないわ。もしこれがグリオベルガの仕業なら魂は残らずあいつの腹の
中だもの』
「誰の仕業にせよ。その絵本、見てみたいわね。保管場所というなら取り出すことも
可能なんでしょ?」
「でも、大丈夫でしょうか、危険な物なんですよね?」
オプナの言葉にフィミルが少し怯えたように言う。
『大丈夫よ。人間にしか反応しないし、それに人間だって直接触れないと取り込まれ
ないわ』
何度目かのブレッザの言葉を代弁したヴォルペにオプナが疑惑の視線を投げかけ
る。
「でも、ヴォル君物知りね。私だってそんなに詳しくは知らないのに」
「それに、時々女の人みたいな喋り方しますよね?」
「あ、えーと。あ、あはははは」
とりあえず笑って誤魔化してみる。ブレッザが頭の中でため息と一緒に馬鹿と呟い
たのが聞こえた。
「まあ、なんにしてもシュナイツさん達を助けられる可能性はあるなら、その絵本を
探してみましょう」
シオンの提案に一同が頷く。だが、ヴォルペの脳裏にはどうしても拭いきれない不
安があった。誰が、何の目的で絵本を使ったのか。
「それで、その絵本はどこにあるの?」
「私の私室にあるはずです。二階の一番奥の部屋です」
「わかりました。じゃあ、私達はシュナイツさんの部屋に行ってきます、上手くいけ
ば皆さん助かりますよ」
必ず助けると言わなかったのは助けられなかった時のことを考えてのシオンの思い
やりだろう。それでもベリドット達は静かな笑みを湛えてヴォルペ達を見送った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二階も、一階や地下と同じく沈鬱とした雰囲気だった。生き物の気配は感じられ
ず、ただ埃と淀んだ空気だけが横たわっていた。
「ここね」
ベリドットの私室の扉の前でオプナがそう呟いた。やはり家主部屋だけあって他の
扉よりも造りが豪華だ。オプナはドアノブを回し扉を開ける。その風圧で埃が舞い、
締め切られたカーテンの隙間からこぼれた少ない日の光を遮る。
「ところで」
部屋に足を踏み入れたところでフィミルがヴォルペの方を向いて口を開いた。
「どうすれば絵本の中にいる人を助けられるんですか?」
「それは……」
フィミルの質問にヴォルペは口ごもった。ここまでの間にブレッザから方法は聞い
た。だが、それを口にするには多少ならず抵抗があった。
「知ってる、のよね?」
オプナが聞いた。気付けば全員がヴォルペに注目している。目を伏せるとベリドッ
ト達の顔がありありと浮んでくる。迷っている時ではない、どうせ正体は半分晒して
しまったのだ。ヴォルペは意を決して口を開いた。
「それは」
「人間じゃない者が中から引っ張り出せばいいのさ」
不意に部屋の奥から声が響いた。聞き覚えのある声だ。できれば二度と聞きたくは
なかったが。
「ツクヨミ……」
シオンが低く唸るように埃の舞う部屋の中にたたずむ人影を睨んだ。
「ここで何をしているの!」
クロースを庇う格好でオプナが杖を構える。ピンとした緊張感が部屋全体を支配す
る。ツクヨミは肩をすくめて首を振った。その手には何かしらの本を掴んでいた。
「いやいや、さっきおイタが過ぎるってお仕置きを受けたばかりでさ、今君達とやり
やう気はないんだよ。ただのお使いさ、お使い」
「なんだと?」
「いやさ、クライアントに頼まれてさ。絵本をね」
そう言って手に持った本の表紙をヴォルペ達に向けた。相変わらず人の神経を逆撫
でするような笑みを浮かべて。
「グリオ……ベルガ!」
表紙の文字を読み取ってヴォルペは叫んだ。
「ははは、地下の亡霊どもに頼まれたのかい? ご苦労だね。でも抜け殻の体でも必
要としてる御仁がいるんでね。またお仕置きされるのも嫌だし、僕はそろそろお暇す
るよ。追ってくるのは勝手だよ、まあ、無理だろうけど。あっははははは」
冷たい高笑いを上げて、ツクヨミの体は空に溶け込むように消えた。
NPC:フィミル ブレッザ・プリマヴェリーレ ツクヨミ 幽霊さん達
場所:マキーナ幽霊屋敷
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どれぐらい気を失っていたのか、変身はとっくに解けている。寝たふりを続けてい
るヴォルペの額に濡れたハンカチが乗せられる。誰かが介抱してくれいるのだろう。
(まいったなぁ)
目を閉じたまま心の中でそう呟く。色々な意味を含んだ「まいった」にブレッザが
大きなため息をつく。
『そう思うならさっさと起きなさい。いつまでもタヌキ寝入りしてたら逃げることも
できないでしょ。だいたい私は言ったはずよ、関わるなって』
(そうだけどさぁ……)
うー、と心の中だけで唸る。ブレッザの言うようにここまで関わらなければ変身し
た姿を晒すこともなかったし、こんな無様な格好をする必要もなかった。言うなれば
全て自業自得だ。
『今更あれこれいってもしょうがいないわ。まあ、彼等は貴方の事を、少なくとも恐
がってはいないと思うわ』
(そう、かな?)
『そうよ。気付いてると思うけど彼等、あのオプナって魔術師以外は人間じゃないも
の』
「うそ、ホントに!?」
「!」
突然、大声を上げて跳ね起きたヴォルペに驚いて、フィミルは手に持っていたコッ
プを落としてしまう。クロースは宝石なような瞳をヴォルペに向けた。
「あ、えっと。ごめん」
『はぁ……気付いてなかったのね』
ブレッザのため息を聞きながら、ヴォルペはとりあえず苦笑いを浮かべるしかなか
った。
「よかった。気がついたんですね」
フィミルが心底安心したように安堵のため息をつく。その様子を見てヴォルペの中
で罪悪感という痛みが生まれる。
「あ、ごめん。心配かけちゃったみたいで」
そう言って、寝かされていたソファーから立ち上がる。多少気だるい感じがするが
無茶して変身したせいだろう。しばらくは変身できないが普通に動く分には支障はな
い。
「まだ動かないほうが」
フィミルが心配そうに言うが、ヴォルペは自嘲気味に笑って首を横に振った。
「ううん。もう大丈夫だから。ありがとう」
「そう、ですか」
納得がいかないという表情のフィミルだったが、とりあえずヴォルペ自身の大丈夫
という言葉を信じることにした。
「あれ? そういえばシオンさんとオプナさんは?」
「あ、このお屋敷の人がいないか探しに行きました」
「ここの?」
ヴォルペの問いにクロースが無言で頷く。
(おかしいな、人の気配なんてしないんだけど。ブレッザ)
『少しは自分で嗅ぎ分けなさい。ま、人はいないわ。人間じゃないのは大勢いるみた
いだけど』
「人間じゃないの?」
「え?」
ヴォルペの呟きにフィミルが不思議そうな視線を投げかけてくる。
「ああ、いや。なんでもないよ。それよりボク達も行ってみよう」
はは、と、苦笑して誤魔化したヴォルペはオプナ達がいるであろう地下へと向か
う。その後をフィミルが続く。
「あれ、クロースちゃんは行かないの?」
「ここで待ってるように、言われたから」
クロースの言葉で、オプナが言った事を思い出す。そんな言いつけを律儀に守るほ
どクロースにとってオプナは絶対なのだろうか? ふとそんなことを思う。
「まあ、ヴォルさんも気がついたことだし、大丈夫だよ」
そう言って、フィミルはクロースの手を強引に引っ張ってヴォルペの後を追った。
(ねぇ、ブレッザ。さっきの人間じゃないのって、具体的になに?)
『幽霊とか、そんな類だと思うわ』
(はっきりしないね)
『よく言うわ。生きてる臭いすら嗅ぎ分けられないくせに』
(しょうがないよ。まだ慣れてないし)
『はいはい、じゃあ、早く慣れなさい』
(むー)
そこで、二の句を継げなくなった。実際ブレッザの言っていることは正しい。身を
守るためにも使える能力は早く使いこなせるようにならなければ。
「なんか……、いかにもって感じですね」
フィミルがキョロキョロしながら言う。別に怖がっているわけではないのだろう
が、言ってみたい言葉というのは誰しもが持っている。そんなところだろう。
耳障りな音をたてて軋む階段を下りる。薄暗く、注意しないと足を踏み外しそう
だ。ヴォルペは夜目――という表現は適切ではないかもしれないが――が効くから大
丈夫だが、ついてくる後ろの二人はどうなのだろう? 人じゃない、そうブレッザは
言った。たぶん間違いないだろうが、後ろの二人の女の子は暗視能力なんてあるのだ
ろうか。
小さく首を振って、無駄な考えを放り出すと、ヴォルペは二つ、三つ小さな青白い
火球を出現させる。狐火とか鬼火とか言われる火の玉だ。
「暗いから、足元気をつけて」
首から上だけで振り向いてフィミルとクロースに注意を促すとヴォルペは階段をゆ
っくりと下りて行く。
下りきって数歩進んだ場所で扉に行き着いた。奥から話し声が聞こえる。他人より
も耳のいいヴォルペにはそれらの声がオプナとシオンであることがはっきりとわか
る。
「他に誰かいるみたい」
そう言ってドアノブに手をかけようとした時、錆びた蝶番の軋んだ音と共にひとり
でにドアが開いた。
「ヴォル君、もういいの?」
「はい、ご心配おかけしました」
驚いた様子のオプナに軽く頭を下げると、シオンの後にいる存在に目を向ける。魔
法の明かりと、狐火の灯火に照らされてなお、酷く輪郭が曖昧で、その姿を透かして
背後の風景が見て取れた。
「幽、霊?」
フィミルが困惑した声を上げる。一般的に言われる幽霊とは異質の雰囲気がその存
在から感じ取れたからだろう。
「初めまして、シオンさんとオプナさんには自己紹介を済ませましたが、私この館の
主、あ、いやもう元主ですね、ベリドット=シュナイツと申します」
やうやうしく頭を下げたベリドットの後方にはさらに多くの気配がある。彼と同じ
境遇の者がまだいるのだろう。
「貴方達は、その、普通の幽霊とは少し違う感じがするんですが」
ヴォルペは率直に感じたことを尋ねた。興味本位というのもあるが、ベリドットか
ら感じられる悲しみが気にかかったのだ。
「それは……」
ベリドットは沈んだ面持ちでオプナとシオンに語ったのと同じことを話した。語り
終え、沈黙が横たわる。
「酷い……」
フィミルがようやくといった様子で口を開いた。他の面々も同じ気持ちだろう。恩
を仇で返す、まさにそうとしか表しようがなかった。
(ブレッザ、なにか知ってる?)
『実物を見ないとなんとも言えないけど。可能性が一番高いのはグリオベルガの絵本
ね』
「グリオベルガ」
「ご存知なのですか!」
ブレッザの言葉を反芻したヴォルペにベリドットがつめよる。どうやらブレッザの
予想は大当たりだったようだ。
「え? あ。いや、その」
『グリオベルガ、人の魂を食うくせに人に憧れた魔獣で、憧れるあまり自分の魂を人
に移す法を生み出した変わり者よ。洋服のように人の体を着替えるの。絵本は体の保
管場所よ。絵本に体を封じて魂を食う、そいつにしてみれば一石二鳥だったってわけ
ね』
ヴォルペはブレッザの言葉をそのまま口に出して伝えた。話し終えたヴォルペにオ
プナが考え込む姿勢のままで尋ねた。
「でも、グリオベルガって確かかなり昔に退治されてたって、なにかで読んだけど」
『たぶん誰かが絵本を手に入れたのね。対処法さえ知ってれば絵本に取り込まれる心
配はないから。その乞食っていうのは利用されてたか、そいつが悪用してるか』
何のために、という疑問がヴォルペの中で生まれたが、それを聞く前にシオンが口
を開いた。
「グリオベルガが生きていた、というのはないですか?」
『それはありえないわ。もしこれがグリオベルガの仕業なら魂は残らずあいつの腹の
中だもの』
「誰の仕業にせよ。その絵本、見てみたいわね。保管場所というなら取り出すことも
可能なんでしょ?」
「でも、大丈夫でしょうか、危険な物なんですよね?」
オプナの言葉にフィミルが少し怯えたように言う。
『大丈夫よ。人間にしか反応しないし、それに人間だって直接触れないと取り込まれ
ないわ』
何度目かのブレッザの言葉を代弁したヴォルペにオプナが疑惑の視線を投げかけ
る。
「でも、ヴォル君物知りね。私だってそんなに詳しくは知らないのに」
「それに、時々女の人みたいな喋り方しますよね?」
「あ、えーと。あ、あはははは」
とりあえず笑って誤魔化してみる。ブレッザが頭の中でため息と一緒に馬鹿と呟い
たのが聞こえた。
「まあ、なんにしてもシュナイツさん達を助けられる可能性はあるなら、その絵本を
探してみましょう」
シオンの提案に一同が頷く。だが、ヴォルペの脳裏にはどうしても拭いきれない不
安があった。誰が、何の目的で絵本を使ったのか。
「それで、その絵本はどこにあるの?」
「私の私室にあるはずです。二階の一番奥の部屋です」
「わかりました。じゃあ、私達はシュナイツさんの部屋に行ってきます、上手くいけ
ば皆さん助かりますよ」
必ず助けると言わなかったのは助けられなかった時のことを考えてのシオンの思い
やりだろう。それでもベリドット達は静かな笑みを湛えてヴォルペ達を見送った。
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二階も、一階や地下と同じく沈鬱とした雰囲気だった。生き物の気配は感じられ
ず、ただ埃と淀んだ空気だけが横たわっていた。
「ここね」
ベリドットの私室の扉の前でオプナがそう呟いた。やはり家主部屋だけあって他の
扉よりも造りが豪華だ。オプナはドアノブを回し扉を開ける。その風圧で埃が舞い、
締め切られたカーテンの隙間からこぼれた少ない日の光を遮る。
「ところで」
部屋に足を踏み入れたところでフィミルがヴォルペの方を向いて口を開いた。
「どうすれば絵本の中にいる人を助けられるんですか?」
「それは……」
フィミルの質問にヴォルペは口ごもった。ここまでの間にブレッザから方法は聞い
た。だが、それを口にするには多少ならず抵抗があった。
「知ってる、のよね?」
オプナが聞いた。気付けば全員がヴォルペに注目している。目を伏せるとベリドッ
ト達の顔がありありと浮んでくる。迷っている時ではない、どうせ正体は半分晒して
しまったのだ。ヴォルペは意を決して口を開いた。
「それは」
「人間じゃない者が中から引っ張り出せばいいのさ」
不意に部屋の奥から声が響いた。聞き覚えのある声だ。できれば二度と聞きたくは
なかったが。
「ツクヨミ……」
シオンが低く唸るように埃の舞う部屋の中にたたずむ人影を睨んだ。
「ここで何をしているの!」
クロースを庇う格好でオプナが杖を構える。ピンとした緊張感が部屋全体を支配す
る。ツクヨミは肩をすくめて首を振った。その手には何かしらの本を掴んでいた。
「いやいや、さっきおイタが過ぎるってお仕置きを受けたばかりでさ、今君達とやり
やう気はないんだよ。ただのお使いさ、お使い」
「なんだと?」
「いやさ、クライアントに頼まれてさ。絵本をね」
そう言って手に持った本の表紙をヴォルペ達に向けた。相変わらず人の神経を逆撫
でするような笑みを浮かべて。
「グリオ……ベルガ!」
表紙の文字を読み取ってヴォルペは叫んだ。
「ははは、地下の亡霊どもに頼まれたのかい? ご苦労だね。でも抜け殻の体でも必
要としてる御仁がいるんでね。またお仕置きされるのも嫌だし、僕はそろそろお暇す
るよ。追ってくるのは勝手だよ、まあ、無理だろうけど。あっははははは」
冷たい高笑いを上げて、ツクヨミの体は空に溶け込むように消えた。
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