PC:ヴォルペ、シオン、オプナ、クロース
NPC:フィミル、空き家の若き主ベリドット=シュナイツの幽霊と使用人の
幽霊
場所:マキーナ/幽霊屋敷
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
静かな軋み音が階段を滑り降りていく。
シオンが先頭に立ち、オプナは後に続く。クロースは部屋に残され、濡れた
布を無造作にヴォルペの額にひたひたとあてがっている。フィミルは只静か
に、心配げな視線をヴォルペに向けている。
静かに時は過ぎようとしていた。シオンがその扉を開けるまでは。
その扉は静かに立ち塞がっていた。まるで、地下室への侵入を拒むかのよう
に。只の木板で出来た、脆く儚い扉ではあるが外からの光が届かない地下室の
扉の事、暗くてじめじめした印象を受ける。だからなのか、重い空気が其処に
は漂っていた。
「シオン君、ここに……?」
「ええ。確かにここに居ると、風が……」
「風……? こんな、空気が澱んでいる所に?」
「僅かですが、空気の流れのようなものを感じます。私は少しでも空気の流れ
があれば、それを感知することが出来るのです」
「ふうん興味深い話だわ」とオプナが覗き込んだシオンの顔は、少しばかり
陰りがある笑顔だった。自身の能力を余り良くは思っていないような。そんな
感じを、オプナは敏感に感じ取っていた。
シオンは、腐りかけて比較的軽くなっている扉に片手をかけた。ノブを回し
たわけでも無いのに、少し力を入れただけで開いてしまった。蝶番が錆びてい
るのか、身も凍る嫌な軋み音を響かせて扉はゆっくりと開いていく。
「な、中に居る人に、気付かれちゃったかしら?」
恐怖のためか、声が裏返るオプナ。対してシオンは、平然と答えて言った。
「気付かれたって平気ですよ。私達は話し合いに来たのであって、戦いに来た
わけではありませんからね」
「でも、もし……」
其処から先の言葉は、オプナには続ける事は出来なかった。シオンの奥を見
詰める横顔が、真剣そのものだったからだ。余談を許さない、といった風体
だ。その気迫に飲まれ、オプナは押し黙ったのだった。
薄暗い地下室へ明かりも持たずに入る二人。オプナは透かさず、明かり[ライ
ト]の魔法を唱える。途端にオプナの掌の上に光が収束し、燐光を放った。それ
は周囲を照らす柔らかい光となる。オプナはその光の球を頭上に放ると、シオ
ンに対して先へ進むよう視線だけで促す。
明かりを得て心強くなったのか、シオンは確かな足取りで地下室の奥へと一
歩を踏み出した。或いは、最初から危険など感じていなかったのかもしれな
い。シオンの足取りにはおくびれた様子も無く、一歩一歩踏み締めるように奥
へと進んでいく。オプナも慌てて後を追う。ライトは彼等の頭上、天井付近を
漂いながらも足元付近を照らすように付いてくる。
二人が歩き出して程無く、声にぶつかった。
『…………誰?』
一人のものではない。複数の声達。しかし、気配は人のそれではなかった。
『誰なの……?』
怯えているような子供の声。人ではない、人ではないが、嘗[かつ]て人であ
った者達。
「ゆ、幽霊……!?」
オプナが思わず声に出して怯むと、闇の奥に潜む者達の怯えが一段と強まっ
た。まるで生者を恐れて避けてでもいるかの如く。彼等は無言の内に後退す
る。
「安心して下さい。私達は、あなた方の敵ではありません。ここを……この館
の一室をお借りしたいと思いまして、話し合いに来たのです」
シオンはオプナを遮るように一歩前に出ると、殊更に暗い一隅に向かって静
かに宥めた。彼らの針山のような神経を静めるための、柔らかい物言いだっ
た。その言葉に触発されたのか、はたまた何も危害を加える意思が感じ取れな
いとやっと理解してくれたのか、暗闇に蠢く者達はその警戒の色を解いた。
『私は、この館の主のベリドットと申します。ベリドット=シュナイツ。どう
ぞ、何なりとこの館をお使いください。……私達にはもう、使いたくても使え
ないものですから』
礼儀正しく一歩前に進んで自己紹介したのは、うら若き青年だった。まだあ
どけなさの残る顔が、ライトの明かりに照らされて青白く見える。まるで、死
人の如く。今は色褪せてしまった髪の毛も、生前は見事な金髪だったのだろう
と窺える。品位が垣間見える顔立ちも、身なりの良い服装も、全てにおいて透
けて向こう側が見えている。ライトの光に照らされても、その存在が薄まるこ
とは無い。
「貴方達、幽霊……よね? 死んで霊体になったの? それとも……生霊?」
オプナは興味深げに、ベリドットと名乗った身なりの良い若者に質した。す
ると、ベリドットは後ろに居るであろう他の幽霊達に目配せをすると、唐突に
話し出した。まるで、聞いてもらえて嬉しいとでも言いたげに。
『私達をこの様な姿にしたのは、全て、あの絵本のせいなのです。あの男が来
てから、全て狂ってしまったのです』
哀しげに目を伏せるベリドット。
霊体になってからは、昼日中に表に出る事は出来ず、昼間はずっと地下室の
暗闇に潜んでいなければならないという。日光自体に触れると姿が薄れてきて
存在自体が危ぶまれるのだそうだ。ライトの魔法の光だけは別なのだろう。今
こうして面と向かって話していても、彼の姿が薄れることは無い。
◆◇◆
ベリドットが泣く泣く話した内容は、要約するとこうだ。
ある日、一人の男がこの館にやってきた。その男はみすぼらしい身なりをし
ていて、一目見て乞食だと判別出来るほどボロボロの衣服を身に纏っていた。
フードを目深に被っていて表情こそ見えなかったが、ベリドットや使用人達は
一目見てその男が物乞いの乞食だと判断したのだった。男は応対した使用人に
言った。「自分に食べ物と水を分けて欲しい」と。使用人はベリドットに掛け
合って、食べ物と水を男に分け与えた。というのも、ベリドットもその使用人
も貧相な男に、大層心を痛めたからである。男はえらく感激して、「自分は何
も持っておらず、何もお返しが出来ないけれども、この“絵本”だけは肌身離
さず持って来た大切なものだ。命を助けてくれたお礼に、この“絵本”を貴方
に渡したい。どうか受け取ってくれ」と言った。ベリドットは「そんな物が欲
しいために、貴方を助けたのではありません。そんなに大切なものを戴く訳に
はいきません。どうかお納め下さい」と言って丁重に断った。が、男は尚も自
分の命と引き換えにと“絵本”を渡す事を諦めなかった。ベリドットは、それ
程言うのならば、と終には承諾してしまったのだった。
使用人の失踪事件。
その事件が起こり出したのは、“絵本”を受け取った翌日からだった。しか
も、失踪事件が起こると同時に、幽霊を見たとの噂話まで流れたのだ。ベリド
ットはいぶかしんで、マキーナの自警団に調査を依頼した。程無くして、原因
があの、男から貰った“絵本”にある事が判明した。
しかし、原因が判明した時にはもう、ベリドットは魂と肉体を分離された後
だったのだった――。
◆◇◆
『もう、お解かりでしょう。その“絵本”には、人の魂を肉体から分離してし
まう力が宿っていたのです』
NPC:フィミル、空き家の若き主ベリドット=シュナイツの幽霊と使用人の
幽霊
場所:マキーナ/幽霊屋敷
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静かな軋み音が階段を滑り降りていく。
シオンが先頭に立ち、オプナは後に続く。クロースは部屋に残され、濡れた
布を無造作にヴォルペの額にひたひたとあてがっている。フィミルは只静か
に、心配げな視線をヴォルペに向けている。
静かに時は過ぎようとしていた。シオンがその扉を開けるまでは。
その扉は静かに立ち塞がっていた。まるで、地下室への侵入を拒むかのよう
に。只の木板で出来た、脆く儚い扉ではあるが外からの光が届かない地下室の
扉の事、暗くてじめじめした印象を受ける。だからなのか、重い空気が其処に
は漂っていた。
「シオン君、ここに……?」
「ええ。確かにここに居ると、風が……」
「風……? こんな、空気が澱んでいる所に?」
「僅かですが、空気の流れのようなものを感じます。私は少しでも空気の流れ
があれば、それを感知することが出来るのです」
「ふうん興味深い話だわ」とオプナが覗き込んだシオンの顔は、少しばかり
陰りがある笑顔だった。自身の能力を余り良くは思っていないような。そんな
感じを、オプナは敏感に感じ取っていた。
シオンは、腐りかけて比較的軽くなっている扉に片手をかけた。ノブを回し
たわけでも無いのに、少し力を入れただけで開いてしまった。蝶番が錆びてい
るのか、身も凍る嫌な軋み音を響かせて扉はゆっくりと開いていく。
「な、中に居る人に、気付かれちゃったかしら?」
恐怖のためか、声が裏返るオプナ。対してシオンは、平然と答えて言った。
「気付かれたって平気ですよ。私達は話し合いに来たのであって、戦いに来た
わけではありませんからね」
「でも、もし……」
其処から先の言葉は、オプナには続ける事は出来なかった。シオンの奥を見
詰める横顔が、真剣そのものだったからだ。余談を許さない、といった風体
だ。その気迫に飲まれ、オプナは押し黙ったのだった。
薄暗い地下室へ明かりも持たずに入る二人。オプナは透かさず、明かり[ライ
ト]の魔法を唱える。途端にオプナの掌の上に光が収束し、燐光を放った。それ
は周囲を照らす柔らかい光となる。オプナはその光の球を頭上に放ると、シオ
ンに対して先へ進むよう視線だけで促す。
明かりを得て心強くなったのか、シオンは確かな足取りで地下室の奥へと一
歩を踏み出した。或いは、最初から危険など感じていなかったのかもしれな
い。シオンの足取りにはおくびれた様子も無く、一歩一歩踏み締めるように奥
へと進んでいく。オプナも慌てて後を追う。ライトは彼等の頭上、天井付近を
漂いながらも足元付近を照らすように付いてくる。
二人が歩き出して程無く、声にぶつかった。
『…………誰?』
一人のものではない。複数の声達。しかし、気配は人のそれではなかった。
『誰なの……?』
怯えているような子供の声。人ではない、人ではないが、嘗[かつ]て人であ
った者達。
「ゆ、幽霊……!?」
オプナが思わず声に出して怯むと、闇の奥に潜む者達の怯えが一段と強まっ
た。まるで生者を恐れて避けてでもいるかの如く。彼等は無言の内に後退す
る。
「安心して下さい。私達は、あなた方の敵ではありません。ここを……この館
の一室をお借りしたいと思いまして、話し合いに来たのです」
シオンはオプナを遮るように一歩前に出ると、殊更に暗い一隅に向かって静
かに宥めた。彼らの針山のような神経を静めるための、柔らかい物言いだっ
た。その言葉に触発されたのか、はたまた何も危害を加える意思が感じ取れな
いとやっと理解してくれたのか、暗闇に蠢く者達はその警戒の色を解いた。
『私は、この館の主のベリドットと申します。ベリドット=シュナイツ。どう
ぞ、何なりとこの館をお使いください。……私達にはもう、使いたくても使え
ないものですから』
礼儀正しく一歩前に進んで自己紹介したのは、うら若き青年だった。まだあ
どけなさの残る顔が、ライトの明かりに照らされて青白く見える。まるで、死
人の如く。今は色褪せてしまった髪の毛も、生前は見事な金髪だったのだろう
と窺える。品位が垣間見える顔立ちも、身なりの良い服装も、全てにおいて透
けて向こう側が見えている。ライトの光に照らされても、その存在が薄まるこ
とは無い。
「貴方達、幽霊……よね? 死んで霊体になったの? それとも……生霊?」
オプナは興味深げに、ベリドットと名乗った身なりの良い若者に質した。す
ると、ベリドットは後ろに居るであろう他の幽霊達に目配せをすると、唐突に
話し出した。まるで、聞いてもらえて嬉しいとでも言いたげに。
『私達をこの様な姿にしたのは、全て、あの絵本のせいなのです。あの男が来
てから、全て狂ってしまったのです』
哀しげに目を伏せるベリドット。
霊体になってからは、昼日中に表に出る事は出来ず、昼間はずっと地下室の
暗闇に潜んでいなければならないという。日光自体に触れると姿が薄れてきて
存在自体が危ぶまれるのだそうだ。ライトの魔法の光だけは別なのだろう。今
こうして面と向かって話していても、彼の姿が薄れることは無い。
◆◇◆
ベリドットが泣く泣く話した内容は、要約するとこうだ。
ある日、一人の男がこの館にやってきた。その男はみすぼらしい身なりをし
ていて、一目見て乞食だと判別出来るほどボロボロの衣服を身に纏っていた。
フードを目深に被っていて表情こそ見えなかったが、ベリドットや使用人達は
一目見てその男が物乞いの乞食だと判断したのだった。男は応対した使用人に
言った。「自分に食べ物と水を分けて欲しい」と。使用人はベリドットに掛け
合って、食べ物と水を男に分け与えた。というのも、ベリドットもその使用人
も貧相な男に、大層心を痛めたからである。男はえらく感激して、「自分は何
も持っておらず、何もお返しが出来ないけれども、この“絵本”だけは肌身離
さず持って来た大切なものだ。命を助けてくれたお礼に、この“絵本”を貴方
に渡したい。どうか受け取ってくれ」と言った。ベリドットは「そんな物が欲
しいために、貴方を助けたのではありません。そんなに大切なものを戴く訳に
はいきません。どうかお納め下さい」と言って丁重に断った。が、男は尚も自
分の命と引き換えにと“絵本”を渡す事を諦めなかった。ベリドットは、それ
程言うのならば、と終には承諾してしまったのだった。
使用人の失踪事件。
その事件が起こり出したのは、“絵本”を受け取った翌日からだった。しか
も、失踪事件が起こると同時に、幽霊を見たとの噂話まで流れたのだ。ベリド
ットはいぶかしんで、マキーナの自警団に調査を依頼した。程無くして、原因
があの、男から貰った“絵本”にある事が判明した。
しかし、原因が判明した時にはもう、ベリドットは魂と肉体を分離された後
だったのだった――。
◆◇◆
『もう、お解かりでしょう。その“絵本”には、人の魂を肉体から分離してし
まう力が宿っていたのです』
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