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2025/03/10 13:10 |
第十六話「消失」/シオン(ケン)
PC:ヴォルペ シオン オプナ クロース
NPC:フィミル ブレッザ・プリマヴェリーレ 屍使い・ツクヨミ アマツ
場所:移動空間~森~(ランダグローツ)

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 ヴォルぺ達はランダグローツを目指し、深い森の中を歩いていた。
 最初の内は獣道を辿っていたが、それもやがて芝生の中に消えてしまった。
 見渡す限り生い茂る木と雑草、険しい道のりは自然と全員を無口にさせる。 

 森の中を進んでどの位経ったのか、ふいに開けた場所に出た。

「ここらで一休みにしましょう」

 ヴォルペの言葉にオプナが安堵の溜息をついて賛成した。
 クロースはというとこれまた無言でオプナの側にくっつく。
 これまでの道中は決して楽な物ではなく、特に森の中の行進は女性には辛いだろ
う。
 もちろんヴォルぺがある程度雑草を払いながら道を作りながら進んだが…

「それにしてもランダグローツへは後どのくらいあるのかしらね?」

「方角はあってる筈だから…たぶん後2~3日と言ったところです」

 その答えにオプナは一瞬固まるが、それでも自分から行くと言ったてまえか、すぐ
に気を取りなおして空を仰いだ。太陽がやや西に傾いている様に思える。

「シオン君大丈夫かしら?」

「一応は生きてます」

 オプナの独り言のような呟きに答えたのはヴォルペではなかった。

 ヴォルぺもオプナも目を疑った。
 自分達の目の前の光景が信じられない様だ。

 いつのまにそこにいたのか、3人の前に一人の少女…いや少年が立っていた。

 白髪で少女と見間違えてしまうかのような容貌をしたその少年は、声こそシオンの
物だったがその容姿は12~3歳くらいの幼い外見をしていた。
 どこから持ってきたのか、服装は大き目の半袖シャツに短いズボンといったなんと
も涼しそうな格好をしている。

「どうしたんですか? まるで幽霊でも見たかのような顔をして…」

 シオンらしき少年はシオンの声でシオンの喋り方でそう言った。

「ほ、本当にシオン君なの?」

「ああ、驚いてしまうのも無理はないですよね。この服」

「いや! そこじゃないでしょ!?」

 すかさずオプナのツッコミが入る。

「まあ、話せば少し長くなってしまいます。座って話してもいいですか?」

 シオンはすこし微笑したあと、その場に「よいしょ」と腰を落とした。

 その笑顔にも体にも疲弊の色が見えたのは、おそらく気のせいではないだろう。
 彼は隠そうとしている様だが…

「まず、ツクヨミを追って移動空間に入ったところからお話ししましょう。私はそこ
でツクヨミに…正確に言えば彼の新たな屍人形にですね。それに毒を受けて動けなく
なってしまったんです」










 荒い息をつきうずくまるシオンを、ツクヨミは失望の眼差しを向けていた。

――あっけない、こんなものか…――

 ずっと憎んでいた。
 ずっと妬んでいた。

 ことある事に比べられ、蔑まれ、罵られた。
 自分にこんな思いをさせる、どんな姿形をしているのかも分からない生物を恨んで
いた。

 今、そいつは自分の目の前に屈服している。


 しかし、そこには何も無かった。
 優越感も、達成感も何もない。

 自分が求めていた物はなんだったのだろうか…

 コンナモノダッタノカ


「もう君は終りだ。僕の手に掛からず僕に屈服する…君に相応しい最後だね」

 シオンの側まで歩み寄ったアマツが拳に力を入れる。

 それとほぼ同時だった。

 苦痛を浮かべていたシオンの表情に変化が起きた。
 口元を僅かに吊り上げ、笑みを浮かべていたのだ。

「…! アマツ、気をつけ…」

 その笑みに何かを感じ取り、ツクヨミが声を張り上げた。

「遅いですよ」

 シオンの声が鮮明に響く。
 その直後、膝を突いていたシオンが信じられないスピードでアマツの懐に潜りこ
み、その胸部に腕を突き出した。
 神速、そう言ってもさし違えない速さで突き出された拳はアマツの体を簡単に吹き
飛とばした。

「な、なに…?」

 驚愕の表情を浮かべるツクヨミに吹っ飛んできたアマツが激突する。

「ぐっ」

 ツクヨミはなんとか少年の体を受けとめた。
 と、手にぬるりとした生暖かい感触を感じ、ゆっくりとその正体を確かめる。

 血…

 手を真紅に染め上げたぬるぬるの正体は、血。
 はっとして屍使いは抱きとめた少年の体を調べ再び目を見開いた。アマツの胸部は
まるでドリルで削られたかのようにズタズタに渦を巻いて引き裂かれており、そこか
ら大量に出血を起こしていたのだ。
 手についたモノはアマツの血だった。

「な…一体、なにが…」

「私が、打ちました」

 背筋のぞっとする物を感じ、ツクヨミは顔を上げる。
 そこにはしっかりと体を立たせ、哀れみの含んだ瞳で見つめてくるシオンがいた。
 毒で動けなくなったはずのシオンは、どう言うわけか復活し、その上アマツまでを
も片腕で吹き飛ばしたのだ。

「………そうか、そうだったね。は、ははは、あ~はっはっはっはっ
はーーーーーーーーーーーーー」

 アマツとシオンを見比べ、ツクヨミが額を押さえて高笑いをする。

「君は決して馬鹿じゃない。いや、それどころか僕達よりも数段優れているんだ。自
分の弱点である麻痺毒への対策もちゃんとしていた、そういうわけだよね」

「…はい、もう私に毒は通用しませんよ」

 これはハッタリだった。
 実際シオンは今だに麻痺や神経毒と言った身体に異常を起こさせる物質にはまるで
抵抗力がないのだ。
 では、なぜ先刻まで毒に冒されていた彼がこんなに元気なのか? 答えは簡単だっ
た。

 シオンは、常に毒消しの薬草を携帯していたのだった。

 もちろん草のまま持ち運ぶわけにはいかないので、すり潰して銀色の丸いケースの
中にいれて所持している。子供の手の平におさまるくらいの小さな物なので、かさば
る事もなく簡単に持ち運べるのだ。
 ただ一つのケースに収まる量は、ごく少量というのが難点だが。

「今までのは、演技だったと言うわけだ…やられたよ。少し惚れ直したかも」

「……それはどうも」

「おまけにアマツにこれほどの損傷を与えるとはね。普通の人間だったら死んでるよ
? マジで」

 おどけた様子で屍使いはアマツの頭を撫でる。
 これでもアマツも立派なサイボーグだ。シオンもそうとは言え、素手の突きで体が
こんなにズタズタになるはずはない。

「ご心配なく、人間でしたらそんな危険な事はしませんので」

 シオンは僅かに目を細め、しかしそれでも柔和な微笑みを浮かべて答える。

「完全に油断していたよ。ここの空間では風の魔力は集まりにくい…いや、全ての魔
力が集まりにくいんだろうね。だから魔法を使われる前に簡単に感知できる…そう
思っていたんだけど」

 そう言うとツクヨミはシオンへ視線を移した。

「君は自分の魔力を予め紙に込めておき、護符として所持しておけるんだったよね。
忘れていたよ。ただでさえ速攻性がうりの風魔法だ、一瞬で護符に込めていた魔力を
開放し『ソニック・ブレード(真空刃)』を腕に纏わせ、それでアマツを突いたんだ
ね。ふふ、凄いじゃあないか」

 自嘲気味に笑うツクヨミを、シオンは無言で見つめていた。
 圧倒的有利な状況が崩れたにもかかわらず、ツクヨミは余裕の表情を浮かべてい
る。
 シオンは、彼が目的の為ならなんでもすると言う事を知っていた。
 ただこの状況では他人を巻き込む事はない。それだけは安心できた。

「可愛そうに、この子は僕に操られているだけなのに、こんなにされちゃって…」

 不意に、ツクヨミは自分の手の内にあるアマツをいとおしそうに撫でた。

 やはり、と言うべきか、ツクヨミはシオンのもう一つの弱点を突いてきたのだ。

 ―――優しさ―――

 他人を思いやり、慈しむ心をツクヨミは利用しようとしているのだ。

 確かに通常ならこの作戦でシオンに何らかの動揺は期待できただろう。
 しかし、今のシオンにはそれはある意味逆効果だったかもしれない。

「そうですね。早く貴方を倒して救い出さないと、その子はずっと可愛そうな操り人
形のままです」

 動揺どころか迷いのまの字も見せない態度。
 穏やかな口調に僅かに感じ取れる怒りの感情。
 いつも冷静で穏やかな彼からは想像すらできない好戦的な台詞。

「……驚いたよ…一体、何が君をそこまで駆立たせるんだい?」

 あきらかにいつもと一味違うシオンにツクヨミは気圧されていた。
 シオンは無言で1歩進む、反射的にツクヨミは1歩あとずさる。

 いつ切れてもおかしくない緊張が二人の間に張り詰められていく。

 と、ツクヨミが更に1歩あとずさった瞬間、シオンの視線が僅かにずれたのをツク
ヨミは見逃さなかった。
 シオンが一瞬見た物、それはツクヨミの片手に握られている物。

 ―――グリオベルガの絵本―――

「……そっか、これか、これなんだね? 君をそんなにするのは、これが原因なんだ
ね?」

 ツクヨミは笑いながらグリオベルガの絵本をヒラヒラと振ってみせる。

 一方のシオンは自分の迂闊さに歯噛みをしたい気分だった。
 今はツクヨミをどうにかするよりも、グリオベルガの絵本を取り返すのが大切だっ
た。
 どうやって奪おうかと思考している最中にうっかりと視線が絵本に移ってしまった
のだ。
 もちろん、シオンの一挙一動に注目していたツクヨミがそれを見逃すはずはなかっ
た。

「はい、そうです。大人しくそれを返して頂けませんか?」

 こうなってしまうともう下手に言い分けを作るよりも本当の事を言い、相手の出方
を覗う方がリスクも低くなる。

「分らないなぁ。わざわざ危険を冒してまでも僕を追ってくるほどの価値が、本当に
これにはあるのかい?」

 絵本をペラペラと無造作にめくりながらオレンジ色の髪の青年は笑う。

「…あります。その中には『夢』と『希望』が閉じ込められています。それらを助け
出す為なら、私の身体なんて安すぎるくらいですよ」

 穏やかに言うシオン。しかし彼の表情は今までにないほど真剣だった。

「何を言っているんだい? この中にいるのは人間さ。愚かで薄汚くて意地汚いウジ
虫以下のクソみたいな生物さ! 夢? 希望? 何を言っている、あんな奴等のどこ
にそんなモノを感じるんだ? それこそ『夢物語』の『絶望』だろうが!!!」

 ツクヨミは咆えた。これ以上ないくらいの絶叫だった。
 いつものへらへらとしていた表情は消え失せていた。

 彼は1度呼吸を整えると黙って自分を見つめているシオンへと視線を戻す。

「よく考えてみなよ、シオン。あいつ等は一体何をしてきた? 自分の欲望満たす為
なら、他の生き物を踏み躙る事も平気でやってのける。地上を汚し、大気を汚し、物
言えぬ自然に何をしてきた? 獣の住めない森を作り、魚の泳げない海を作り、鳥の
飛べない空を作った……そして、あいつ等は僕等に何をしてきた? 勝手に生み出
し、勝手に改造し、あまつさえ自分達が勝手に作っておきながら、自分達の勝手な都
合で勝手に殺そうとしたじゃないか! すべては人間がその限りない欲望を満たそう
とした結果だ!!!」

「…それでも!!!」

 ツクヨミの訴えるような絶叫を、シオンの叫ぶような声が遮った。

「それでも、私は人間を信じます」

 シオンがその台詞を言った直後だった。
 ツクヨミから凄まじいほどの悪寒を感じさせる殺気が溢れ出した。
 常人なら殺到しかねないすさまじい殺気だった。
 が、しかし、ツクヨミの顔には何の表情も浮かんでいなかった。
 恐ろしいほどの無表情。
 しかしそれは『憎悪』をもっとも正しく具現化させたかのような顔なのかもしれな
い。

「そうかい、シオン。ならその『信念』も、君の言う『夢』も『希望』も、全て焼き
尽くしてやる!!!」

 刹那、ツクヨミの身体から溢れていた殺気が、膨大な魔力となって彼の体を包ん
だ。
 その魔力は彼の使用するもっとも力の強い魔力の元素の色『朱金』へと変色して行
く。

「はっ、や、やめなさい! ツクヨミ!!」

 異常な魔力の奔流に危険を感じたシオンは咄嗟にツクヨミに飛びかかろうとする
が…

 ツクヨミが無造作にシオンに向って手に持っていたモノを投げた。
 投げつけるわけでもなく、ただ自然に、渡す様に放られたグリオベルガの絵本。
 シオンの注意が再び絵本に向けられた瞬間だった。
 
「燃え尽きろぉ!! ディメンション・バーン(超空間爆発)!!!」

 ツクヨミの絶叫と共に、空間全体が一瞬にして消滅した。

 シオンの身体が灼熱の業火に包まれた。










「その凄まじい力の影響でしょうか。私の身体と心は引き裂かれてしまいました。私
はなんとか魔力で器を作りそれに心をいれました。この体は魔力で一時的に維持して
いる物です」

「そんなことが出来るの? 魔力で別の体を作るなんて…それにどうして子供の姿な
のかしら?」

 オプナの疑問に子供の姿のシオンはすこし困ったような表情で答えた。

「子供の姿なのは魔力の生成が不充分だったからです。困った事に、この姿だと高位
の魔法は使えませんし、下位の魔法の威力も低下してしまいます。それと…」

 シオンはそこで一度言葉を切ると、息を浅く吸った。

「こんな事が出来るのは、私が人間ではないからですよ」

 シオンは微笑んだ。
 オプナとしては、最後のは十分な答えではなかったが、これ以上聞く気にはなんと
なくなれなかったようだ。

「グリオベルガの絵本はどうなったんですか、そのまま燃やされた?」

 ここで、これまで黙っていたヴォルぺが口を開いた。

「いえ、おそらく無事なはずです。ただ、その場合は少しマズイ状況になってしまい
ますけど…」

 シオンの目がすこしだけ細くなる。

「…と言うと?」

 ヴォルペは言葉の意図をわかりかねたようで、シオンの言葉を待つ。


「彼に、屍使いツクヨミに『グリオベルガの絵本』と『本来の私の身体』を取られた
かもしれないと言う事です」


 その答えにヴォルぺもオプナも言葉を失ってしまった。

「いえ、私の体の事はどうでもいいんです。どうしても取り戻さないといけないのは
絵本の方です。あれをあのまま相手に渡しておくわけにはいきません。ただ…」

「ただ…?」

「ツクヨミが私の体を手に入れたとしたら、おそらく私達にけしかけて来るでしょ
う。屍人形になった私の体は私の意思に関係なく皆さんにも攻撃してくるはずです。
それが心配です」
 



 















 辺りを険しい山で囲まれた谷『ランダグローツ』

 その谷の入り口付近に、奇妙な物体が一つ、無造作に置かれていた。
 よく見るとそれが人のような形をしているのが分るだろう。
 細く、華奢にも思える肢体を丸め、うずくまっている。
 何も身に付けていないその身体は、しかし肌色ではなく黒く炭化していた。

「ディメンション・バーン(超空間爆発)…空間を爆発させる魔法だよ。本来なら己
の魔力を高める結界などに相手を閉じ込めて使う魔法なんだけど…今回は移動に使っ
た跳空間事体を爆発させたんだ……」

 その物体を静かに見下ろす人影があった。

「……それだけでも普通なら文字通り蒸発するはずなんだけど…………そんな姿に
なってまで、君は何を守るっていうんだい? シオン」

 オレンジ色の髪をしたその人影は静かにそう言った。

「……………………さすがに答えられるわけないか…」

 オレンジ色の髪の人影―ツクヨミはうずくまる物体に手をさし伸ばし、その懐にあ
たる部分から何かを取り出した。
 炭で真っ黒になってはいるが、それは一冊の本だった。
 
「……驚いたよ。まさかあの状態で、この本『グリオベルガの絵本』を守りきるなん
てね」

 そこまで言って、ツクヨミは本につくつもの灰がまとわりついている事に気づい
た。

「なるほど、自分の身と護符を盾にしたってわけかい。ま、君の言う『希望』は僕に
とっての『希望』にもなってくれたよ。あのまま本が燃え尽きていたら僕は大目玉を
食らうハメになっていたからね。ま、君にとっては結局『絶望』以外の何物でもな
かったみたいだけど…下手に関わらなければこんな事には……」

 ツクヨミの言葉はそこで途切れた。

 炭になったはずのシオンの身体が、徐々に肌色を取り戻して来ているのだ。

「…こんなになっても自己再生できるのか…君には驚かされてばかりだね」

 オレンジ色の髪の青年は優しくそう言うと、人型の物体の顔に当たる部分に軽く唇
を落とした。
 その頭にはすでに白髪の毛が生えそろい、顔も本来の美しいものに再生していた。

「さあ、じゃあ行こうか。シオン、君はもう永遠に僕のモノだよ」


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2007/02/17 00:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達
第十七話「奪還」/オプナ・クロース(葉月瞬)
PC:シオン ヴォルペ クロース オプナ
場所:ランダグローツ
NPC:ブレッザ・プリマヴェリーレ ツクヨミ シオンの本体
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 オプナはクロースとヴォルペを伴って飛翔[フライ]の魔法で朱色に染まる空
を飛んでいる。先程合流したシオンは、自らの風の魔法で後からついてきてい
る。目指すはランダクローツだ。
 オプナの飛翔[フライ]の魔法は、拡大すれば自分を含めて三人までならば運
べる。それ以上になると精神が持たないので、出来ないのだ。精神力を増幅さ
せるアイテムでもあれば別だが。
 一行は急いていた。急がなければならない事は、シオンの告白からも明白だ
ったからだ。そして、グリオベルガの絵本――あれを取り戻すためにも、今は
急がなければならない。
 ランダグローツの入り口に当たる峰に差し掛かった頃、突如突風が吹き荒れ
た。オプナ達はもとより、シオンも風に巻かれ前進する事が出来なくなった。
仕方無しに、不時着する事にした。
 オプナは最初それが、山おろしかと思っていた。しかし、山おろしにしては
時期的に見て変だし、何よりその風自体に意思の様なものを感じたのだ。風の
意思と来て、シオンにぶつかった。

(確か、シオン君の本体が捕まったって言ってたわね)

 そこに行き当たるのに、ものの数秒と掛からなかった。
 オプナの予想が正しい事を表すかの如く、峰の頂に一つの人影が浮かび上が
った。それは痩身でややすすけていた。その人影は――シオンだった。紛う事
なき本人だった。
 オプナの傍らに控えるように片膝をついて蹲っている子供姿のシオンは、苦
虫を噛み潰したような表情だった。無理も無い。自身の体とこれから戦う事に
なるかもしれないのだから。
 オプナが大丈夫かと声を掛け、肩に手を置こうとしていた丁度その時、その
一挙手一投足を遮るようにシオンが毅然と言った。

「……先に行っていて下さい。ここは私が」
「でも……っ」

 躊躇いがちにシオンに視線を送るオプナに、シオンは微笑を向けた。「自分
なら大丈夫だから」無言の内にそう告げている笑顔だった。弱々しく、儚く、
でも力強い微笑。その微笑を見て、オプナは悟った。シオンの覚悟が本物であ
る事を。そして、自分達が先を急がなければならない身である事もまた思い出
していた。
 オプナは、決意の表情で言った。

「解ったわ。ここは、シオン君に任せる。でも、死なないでね。絶対よ」
「オプナさん!?」

 驚いて言い募るヴォルペを制して、オプナは再び飛翔の魔法を唱える。ヴォ
ルペに有無を言わせず体を抱きかかえ、クロースの手を取ると、空高く舞い上
がった。と、途端に突風に見舞われる。峰の上に仁王立ちしているブラックシ
オンが起こしているのだ。

「お前の相手は、私だ!」

 追い風がオプナの後方から吹いてくる。子供シオンが起こしているのだ。二
つの風は正面からぶつかって激しい上昇気流となり渦を巻く。その渦を回り込
むようにして通り過ぎるオプナ。眼下にはブラックシオンの苦虫を噛み潰した
ような表情が窺えた。
 追撃して来ない事を祈りながら、そのまま頭上を駆け抜けていくオプナ達。
ランダグローツの中心まで一直線にかっ飛ばしていく。今までで最大速度を出
しているので、オプナは疲労が蓄積されていくのを感じていた。余り長くは持
たないだろう。魔力も、いつもよりも余分に消費しているのがわかる。

「ヴォル君、私あんまり魔法使えないかも。だからいざという時は頼むわね」

 弱々しげに微笑むオプナを見て、ヴォルペは戦う決意を強く固めた顔で一つ
頷いた。
 クロースは黙ったままだ。実際何を考えているのか、よく解らないところが
この少女にはある。何も考えていないのかもしれない。何か考えてはいるが、
それを表に出す方法を知らないだけかもしれない。オプナにはそれを知る術は
なかった。

(連れて来てしまったけれど、大丈夫かしら? この子……)

 でもきっと大丈夫。クロースには魔法障壁の力があるのだから。そう、信じ
るしかなかった。それに、この子には不思議なところがある。オプナはそう考
えては、いつも不思議な面持ちになるのだった。
 クロースには持病があるようだった。いつも何事かあると手を口に当てて咳
をする。咳をした後は決まって掌が赤黒く染まっていた。今回はそんな事が無
い様に祈るだけだ。戦いの最中に持病が出てしまっては、集中できないから
だ。クロースはそんなオプナの懸念などお構い無しに、いつもの無表情でオプ
ナの手を握っている。彼女にとって気掛かりな事など何もないのだ。



 目的地は目前に迫っていた。
 谷の中ほど、山岳の中腹に黒い口を開けて洞窟が待ち構えていた。その洞口
が見えてくると、オプナは徐々に減速していった。

「見えて来たわ。目的地が」
「恐らくあそこにツクヨミがいるんだろうね。そして、グリオベルガの絵本
も……」

 ヴォルペは生唾を飲み込んだ。気圧が急激に変化したからじゃなく、心理的
な作用からだろう。



      *▼△*



 洞窟の奥では、ツクヨミが絵本を読んでいる。
 何が楽しいのか、時折口角を歪ませてにやつきながら読み耽っていた。
 不思議な事に黒焦げになったはずのグリオベルガの絵本は、元に戻ってい
た。絵本自体に回復の力があるのだろうか。

「ククク。この絵本は凄いぞぉ。人の生き死にが全て詰め込まれている。……
早く取りに来い。そしてこの僕を楽しませてくれ。シオンのクソ仲間共」

 洞窟の中は漆黒に支配されているが、ツクヨミの周囲だけは仄かな紅色で彩
られていた。真紅の炎の玉を周囲に数個浮かばせて、それを明かり代わりにし
て絵本を読んでいるのだ。ツクヨミが腰掛けているのは、丁度あつらえた様に
窪んだ岩肌だった。それがいすの代わりを果たしていた。それが、仄かに青白
く光っている。光を反射しているのではなく、岩自体が発光しているようだっ
た。



 一方、洞窟の入り口ではオプナ達が中の様子を窺っていた。

「どうやら、罠は無い様ね」
「いいや、あのツクヨミの事だから、解らないよ。ここは慎重に進もう」

 オプナの洞察に、ヴォルペが異を唱える。もっともな意見だった。狡猾で用
意周到なツクヨミが罠を仕掛けていない筈がない。どのような罠であるにし
ろ、嵌れば命の保証が無い事だけは確かだ。嵌らないように祈りながら進むし
かないのである。
 と、ヴォルペが首を前後左右に回している。どうやら何かを探しているよう
だ。

「何を探しているの? ヴォル君」

 オプナの質問には答えず、何かを発見したように洞口から数歩崖に向かって
歩いて行って少し屈むと何かを手にして戻って来た。

「枝?」

 見るとそれは、木の枝だった。1フィートは確実に有りそうだ。

「枝を何に使うの?」

 オプナが疑問を口にすると、ヴォルペはオプナの顔を見てにやりと笑うと1
フィート棒で地面を叩いて見せた。こう使うんだよと、行動で示したのだ。

「なるほど。罠避けね」
「そゆこと」

 得意げに1フィート棒を翳して笑って見せるヴォルペ。こうしてみると少年
ぽさが抜け切れていないのがよく解る。オプナはそんなヴォルペの仕草に微笑
ましさを感じ、自然と顔が綻ぶのであった。

「さぁ、中へ入ろう」

 ヴォルペはそう言うと、屈託のない笑みを残して先陣を切って洞窟の中へと
入って行く。どうやら洞窟へ入る事で、わくわくしているようだ。続いてオプ
ナがクロースの手を取って歩き出す。クロースは成すがままに従うだけだ。無
言で付いて来るクロースを見て、オプナは守護の決意を固めるのだった。



      *▼△*



 洞窟の中は仄かに青白く光っていた。
 その光が魔力を帯びた光であることに、オプナは気付いていた。

「ここの岩肌は、魔法鉱石で出来ているのね」

 オプナが周囲を見渡しながら言う。岩肌が仄かに光っているので、魔法の明
かりもトーチも灯していない。だから皆手ぶらだ。ただ一人、先頭で1フィー
ト棒を突きながら歩いているヴォルペを除いては。
 今のところは安全なようだ。
 だが、いつ安全神話が脅かされるか解らない。一行は慎重を持して一本道の
洞窟内を突き進む。




「ゴフッ」

 クロースが喀血[かっけつ]するのと、ヴォルペが手にしている1フィート棒
が罠を感知するのとは、ほぼ同時だった。カチリという何かのスイッチが入っ
た音と共に突如火の柱が横に走った。それも、立て続けに何本も。洞窟内はさ
ながら炎の川と化した。岩肌に照り映える橙色が美しい。

「クロース……大丈夫?」

 炎の川を背景に、オプナはクロースの身体の心配をする。その青白い顔は炎
の色に照り映えて、わずかに朱がかかっていた。口から血を滴らせているその
様は、さながら妖艶ですらある。
 思ったとおり、懸念は的中した。クロースの体調が急激に崩れたのだ。それ
も、絶妙なタイミングで。オプナはこの奇妙にも捩れ絡まっている現象の一つ
一つを、検証する事にした。まず、何故クロースの喀血が罠を感知すると同時
に起こったのか。それから、この先をどうやって進めば良いのか。或いは、こ
のまま進んでしまっても良いのか。クロースの体調は大丈夫なのか。
 オプナが思考の渦に絡め取られているとき、そんな事とは露知らずヴォルペ
が慌ててオプナに向き直った。

「お、オプナさん、どうしよう」

 ヴォルペが聞いているのはこういうことだ。このまま先へ進むか、退くか。
先へ進む方法などいくらでもある。炎の川など、ヴォルペの身体能力をもって
すれば超えられない事はないだろう。だが、後から来るシオンは……? この
罠の事を感知できるだろうか。それに、オプナやクロースの事も心配してくれ
ているのだろう。ヴォルペの眼差しはそういう色を持っていた。

「進みましょう」
「え?」
「……進みましょう」

 このような炎、魔法をもってすればどうにでもなる。

「恐らく、これはマジックアイテムによるものでしょうね。炎の魔力を宿した
マジックアイテムを、岩肌に埋め込んで誰かが通ると――正確には誰かがスイ
ッチを踏むと炎の魔法を開放する仕組みになっているんだわ。手の込んだ事を
するわね」

 そういって不敵に微笑むと、オプナは背に括っていた杖を手にし、呪文を唱
え一振りする。

「フロスト[氷結]!」

 すると、火の元付近の岸壁が見る間に凍り付いていく。それは一箇所だけだ
が、オプナはそれで一つ一つ確実に潰していこうとしている様だ。

「ほら、ね。こうすれば、通れる様になるでしょ」

 確かに彼女の言うとおり、火柱は氷で堰き止められ通路が開けた。これを
五、六回も繰り返せば完全に通れる様になるだろう。とはいえ、オプナは疲労
の色を隠しきれないようだが。



      *▼△*



「クロースが罠避け?」

 全ての罠を凍らせて通路を進んだ先の少し広場になっている場所で、一休み
する事にした一行。そこでヴォルペがとんでもない事を口走ったのだ。恐らく
それは、想像の範囲から出ていないのだろう。ヴォルペ自身、確信の無さがそ
の表情から窺える。それは一種の推論だった。クロースが喀血するのは、罠な
どを感知した時だと言うことは――。

「まさか。この子が……」

 あながち間違ってはいない。
 今までもそうだった。クロース自身にとって何か不都合があると、決まって
喀血するのだ。オプナも今まで観察してきてわかっていた筈だった。



「ともかく、進みましょう」

 どのくらい逡巡していただろう。オプナは決意を顔に浮かべると、立ち上が
って先を促した。クロースを罠避けにするかどうかはともかく、とにかくここ
は先へ進むしかない。ならば、迷っている暇など無いのだ。

 道は二手に分かれていた。北へ続く道と、北西へ続く道。それに南へ続く道
――今まで通って来た道を入れて三つ又に分かれている。
 今まで休んでいた円形の広場から三方に道が伸びている。

「どっちに進む?」
「ちょっと待って」

 オプナは制止の声を発すると、目を瞑って魔力感知の呪文をを短く唱える。
 相手が魔法使いならば、十中八九これで引っ掛かる筈だ。ましてや相手はト
ラップなどで魔法を使っているのだ。どちらに進んだのかこれでわかる筈だ。
探索の魔法という手も有るが、これは対象の事をよく知っている必要がある。
はたして、対象――ツクヨミに関する知識が十分だろうか。そうは思えなかっ
た。

「……やっぱり……魔力が微かに残ってる……こっちよ!」

 そう言って北の方角を指差す。
 しかし、魔力の痕跡が残っているという事は、先ず間違いなく罠が仕掛けら
れているということだろう。

「心してかからなくっちゃね」

 誰とも無しに言った。



      *▼△*



「ツクヨミ! 絵本は返してもらうぞ!」
「おやおや。もう辿り着いちゃったのか」

 クロースが何度か喀血し、幾度と無く罠を回避した後にやっとツクヨミの元
へと辿り着いた。ここへ辿り着くまでに、オプナは疲弊しきっていた。ここへ
辿り着くまでに相当数の魔法を使ってきたのだ。魔力は底をついていた。

「後は、任せたわよ。ヴォル君……」

 オプナは力なく笑った。


2007/02/17 00:57 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達

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