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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
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見事な腕をみせつけたカイを包んだ熱狂が冷めるのに少しの時間を要した。
結局その日はそのまま名前を登録しただけで、詳しい話は翌日に持ち越しとなった。
翌日早朝から身なりを整え、万全の体制で詰め所を訪れたカイを出迎えたのは、まだ夢の余韻を残した様子のクレイであった。
「あー? ……? ……ああ!」
最初ぼーっとしたまま首をひねっていたクレイだが、ようやくおもいだしたのかポンと手を打つ。
もちろんその間も、カイは姿勢を崩さずにクレイの言葉をまっていたのだった。
「アー、カイ、カイだったな」
「そうだ。昨日の続きを聞きに来た。なにをすればいい?」
早朝から身なりを整えてきているのだ。
普通はやる気があるとみえるものだが、カイの口調はいかにも落ち着いていた。
クレイはその違和感に戸惑ったようだった。
「ああ、そうかすまん。……ちょっと待ってろ」
一度詰め所の奥に戻り、剣をつかんで戻ってきた。
歩きながら腰のベルトの留め金に鞘を装着し、
「じゃあ、説明がてらでてきますんで!」
カイのいる扉からは見えないが、おそらく奥の部屋には何人かが詰めているのだろう。
特に返事はなかったが、人の気配を感じるのだ。
クレイは入り口横の掛札をひっくり返すと、カイを促して外に出た。
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「まあ仕事といっても、戦以外のときは訓練をしているのが普通だ」
そういうと一枚のカードのようなものをとりだしカイに手渡した。
「それが所属証明書だ。 そこにある第13独立遊撃隊ってのがここのことだ」
13とは……なにやら不吉な気がするのだが、幸いというか、カイには思い当たる事例が浮かばなかったので、普通に記憶した。
遊撃隊といえば直接の指揮系統からはずれ、ある程度の自由裁量で行動することを許される部隊のことである。
といえば聞こえがいいが、本来は傭兵隊のように統制がとれない戦力をさしているのだ。
普通の騎士であれば、望んで入るものなどいないだろう。
(たしか、クレイは力ない貴族だからときいたが・・・)
昨日の入団騒ぎのときの紹介ではそんなことを言っていたが、仮にも貴族位をもつもなら、それなりの騎士団に入れるはずなのだが。
「普通の騎士団はそれでいいのだが、俺らのような下っ端には、治安維持の仕事もある」
「……治安維持?」
「そ。王宮を囲む一の郭の中は近衛師団の管轄、貴族たちの屋敷がある二の郭はそれぞれの私設騎士団が、そしていわゆる一の郭・二の郭を包むように広がる街を王立騎士団が治安を守ってるんだ」
「なるほど。しかしそれならちゃんと詰め所に常駐していればいいってことでは?」
「街の部分は相当広い、普通は訓練をしながら詰め所に待機しててもいいのだが、街を巡回したりしてトラブルを未然に防ぐのが下っ端の仕事になってるのさ」
警察という組織の代わりをしているといえばわかりやすいかもしれない。
本来自衛隊である騎士団なのだが、街の発展とともに、事後処理では追いつかなくなってきているので、火種のうちにつぶせるよう、街中をみまわるようになったのだ。
けんかの仲裁から、犯罪・事件の解決、消防から迷子の親探しまで…………。
クレイたちとしては実、密かに冒険者ギルドが本腰入れてくれないものかと、淡い期待をしていたりするのだ。
このころ王都イスカーナには支部店が一軒しかないので、ギルドに治安の自浄作用を期待するのは無理なのだ。
辺境にいくほどギルドも活動を活発化しているものの、『神殿』や貴族達の勢力争いの中心でもある王都では、権力に利用されることを危惧しているのか、いまだ活動は小規模にとどまっているのが現状なのだ。
「ま、大抵はうろついて一日が過ぎるんだがな」
そういうと、まずは朝食でもと、市の立つほうに向かって歩き出す。
(…………まさか表で治安維持活動なんかをすることになるとは。)
カイは苦笑を浮かべると、クレイの後に続いた。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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市へ向かうと次第に人も多くなってくる。朝っぱらからご苦労なことだ。
クレイは簡単な観光でもしているかのように、カイに説明をしながら歩いていた。
ココは不味いからやめた方がいいとか、こういうときにはココがいいとか。
元々面倒見のいいタチなのだろう。少し楽しそうですらある。
「こういうのも、仕事の対象か?」
カイは突然立ち止まった。
「ちょっと、なにするのよ!」
しかもウルサイおまけ付きだ。クレイは半歩先を歩いていたので、当然振り返ることとなった。
少し赤みがかった髪の、目が印象的な少女。
カイが彼女の手首を掴み、彼女はそれから逃れようと暴れているのだ。
「どうした」
「ちょっとな」
差し出すのは薄い布製の財布。つまり彼女はスリらしい。
「放しなさいって言ってるでしょおっ?」
なおも暴れる彼女は、意外なことを口走った。
「貴族にこんな扱いしていいと思ってんの?」
朝から、忙しくなりそうだと、クレイは頭を抱えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場所は変わって。
何故かカイとクレイは、さっきの彼女と共にテーブルに向かっている。
「ちょっとおなかがすいちゃって。出来心よ、出来心」
物凄い速度で料理が消費されていく。それも、彼女一人の手によって。
「お忍びだったんだけど、家には知らせないでほしいのよね」
呆れるほどの勝手な言い分。
本来なら厳重注意では済まないところだ。スリの現行犯。しかもかなりの手練れ、とくれば今回が初めてだったとは考えにくい。
「その話なんだけどね、お嬢さん」
クレイはようやく落ち着いてきた彼女に語りかけた。
「クレアよ」
「え?」
「お嬢さんじゃなくて、ク・レ・ア。覚えておいて」
フォークを相手に向けながら名乗るとは、とんだお転婆もいたモノである。
「じゃ改めて。クレア、君の親に連絡しないという訳にはいかない」
あからさまにムッとした表情のクレア。しかし食事の速度は全く落ちていない。
「未成年でしょ?それとも詰め所まで一緒に行くかい?」
グラスの水を一気に飲み干すと、クレアは一つの指輪を差し出す。
簡素な指輪には小さな紋章が彫り込まれていた。
「貴族には迂闊に手出しは出来ないはずよね?」
勝ち誇った笑み。
対照的に、クレイの表情は固まってしまっている。
「この紋章は、何処のモノだ?」
カイが小声でクレイに問う。
「……のだ」
返事は良く聞き取れなかった。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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「夢」と言うのは大げさだろうか。
お偉いさんの陰口をたたきながらも、毎日をそれなりに忙しく過ごし、いずれめぐり合った嫁と温かい家庭を築き、生まれた子供がひとり立ちして、さらに孫を見せに来るころには、騎士団員の年金と貴族給でのんびりとした老後……。
もともと金欲、名誉欲、そういった上流階級にありがちな欲望の乏しいクレイとは、生活レベルを平民の感覚で納得できる限りは、実現可能な夢と思っている男だった。
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「君はハーネス家のものなのか? 君がクレア・ハーネスなのか?」
勝気に笑顔を浮かべるクレアに、指輪を返しながら問いかける。
隣ではカイが疑問符を浮かべながら首をかしげている。
少し固い顔をしたままクレイは席を立つ。
「いくぞ、カイ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! いくらなんでも、その反応はなによ!」
予想外の反応だったのか、クレアはあわてた様な声を出す。
そして、状況が理解しきれないカイは相変わらず、不思議そうにクレイをみあげる。
「クレイ?」
「ちっ! いいか、カイ。ハーネス家ってのは、この国に5つしかない大公家のひとつなんだ」
そういった世間の事情と自分がどう結びつくのか、カイはそういうことには特に疎い。
まだよくわからない感じなので、諭すようにクレイが説明する。
「俺たちが一生かかって稼ぐような金を、買い物のたびに使えるような家柄の姫様が、なぜこんなところでスリをしてるんだ? なにか事情があるに決まってるだろうが。そうでないとしたら、大公家から印を盗んだとしか思えん。どっちにころんでも、やっかい事にしかならん」
おお、と納得したようにカイも手を打つ。
クレイの夢からすれば、大公の姫も、大公にたてついた形になるスリの小娘もかかわりたい理由がない。
「ちょっとー! 本人前にしてよくそこまでいえるわね! 父上に頼んで厳罰にしてやるから!」
それで怯えて平謝りするのどには、クレイの神経は細くなかった。
皮肉げに半端な笑顔をクレアにむける。
「お嬢様? 本物としても、スリまでして家に頼らないやつが、誰の傘をさすってんだ?」
さっきまで勝ち誇ったようにしていた少女が、とたんに悔しそうに口を閉じる。
「カイ、そういうわけだからここは被害もなかったことだし……」
そこまで言いかけて、クレイの口が止まる。
鋭い目つきになり、剣に手をやり、もう一度腰を下ろす。
その突然の行動に、今度はクレアのほうが疑問符をうかべる。
「何人だ?」
そう聞かれたカイは、見た目はさっきからと違わない、自然体のままにみえる。
しかし直に剣を交えたクレイには、カイが戦闘態勢に入ったのがわかった。
そんなかすかな気配なんてわからないクレイは、カイの変化で事態を察したのだ。
それがみえるのが、クレイの唯一と言ってもいい才能ゆえだったのかもしれないほどの、かすかな変化……、クレアにはどうなっても察すること出来るはずもない。
「殺気はないから確かとはいえないが、おそらく4人だ。」
「え? え? どういうこと?」
「はっ! これが厄介ごとってな」
クレイはクレアの身元を確認する前に、食事の席についたことを悔やんだ。
相手がクレアを(カイの過去を知っていれば、簡単にクレアとはおもえなかったろうが……)狙っていたとしたら、動き回っているときよりも、どこかに腰を落ち着けたところを囲むのが定石だろう。
(うかつだったってか?)
とりあえず気づいてない風を装う為、もう一度席に着いたが、それで油断を誘えるかは微妙だ。
おたおたしだしたクレアから、カイに視線を移すと、気配は緊迫していても、いたって穏やかに見える。
(……こいつ、そういえば殺気以前の気配にも気づいたし、場なれしてやがる?)
カイは何事もなかったように、食後のお茶を飲みながらいう。、
「……動き出した。ここでやる気らしいな」
クレイもクレアも、「なにを?」とは聞かなかった。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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「表から三人、裏から一人」
そう告げると何事もなかったかのように、手にしたカップを置くカイ。
「倒す・逃げる・捕まえる。どれを優先する?」
彼はクレイに問いかけた。
『逃げる!』
間髪入れずに答えた声は重なっていて。
「聞かれたのは俺だろ?」
そう言うのはクレイ。
「よく分かんないけど物騒なら逃げるが勝ちよ」
そう胸を張るのはクレア。
カイは何となく微笑ましく思った。
「参考までに。裏は通路が狭そうだ」
そう言ったカイとクレイがほぼ同時に立ち上がる。クレアは慌てて後に続いた。
カイが一歩踏み出したのと、扉が開くのはどっちが早かっただろうか。内側に押し開けたはずのドアを一気に押し戻され、一人がバランスを崩す。体勢を立て直そうと寄りかかったドアが更に強く押し返され、後ろにいるもう一人を巻き込む形で派手に転んだ。
「あと一人」
カイは扉から手を離すと、転んでいる二人を避けて表に飛び出した。
クレイはその二人の武器を器用に蹴り飛ばして後に続く。
「邪魔よ」
クレアが二人の顔を踏みつけてようやく表に飛び出したときには、カイとクレイが剣を抜いて一人の男と対峙していた。
初老の男だった。紳士的な服装はけして華美なモノではなく、口元の髭に几帳面さが滲み出ている。先ほどの二人が下仕えの下男だとしたら、執事といったところだろうか。
「お嬢様をお返し願おう」
男はそう言うと、剣を収めた。クレイはカイに目配せをするとあっさり剣を収め、カイもそれにならう。
「私としても戦うのは本意ではありません」
クレイは小さく「行こう」とカイに声をかける。
初老の男は頭を下げた。
「突然の無礼、大変失礼致した。さ、お嬢様。帰りましょう」
「冗談でしょ? 帰らないわよ」
クレアが腕を組んでそっぽを向く。何が何でも行く気はないらしい。初老の男から手が伸びる。振り払おうとして手首を掴まれ、クレアはやっと男の顔を見た。
「この人、違うわ!」
クレアが叫ぶ。クレイはすれ違いざまに剣を抜くと、柄を男の首筋に叩き込んだ。
カイはクレアを引き寄せ、ドアを蹴る。
二人の男が膝から崩れ落ちた。一人は付け髭の取れかけた執事に扮した男、そしてもう一人は裏口から入ってきた男だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうして偽物だって分かったの?」
クレアは立ち去ろうとする二人を追いかけてきて問うた。
「ねぇ、どうして?」
クレイは頭を抱えた。
どうやら彼女は答えるまでずっとくっついてくるつもりらしい。
「君はもう少し警戒しなさいね」
クレイは呆れている。
なかなかに精巧な付け髭ではあったが、クレイに分からないモノではなかったし、カイが警戒を解いていないのを考えると怪しむ要因としては十分だった。
「顔も見ないってどうかと思うよ」
クレアは頬を膨らませる。
「君、じゃないわ。ク・レ・ア!」
「はいはい」
「私あなたのこと気に入ったわ。お婿さんにしてあげる」
少し幼さが残る彼女の顔は、冗談を言っているようではなくて。
「……冗談、だろ」
誘拐騒動の次にはお婿さんにしてあげる宣言。これ以上の厄介事があるだろうか。
逃げ出そうとするクレイの右腕に、とっさにクレアがしがみつく。
カイは吹き出しそうになるのをこらえるために、小さく咳払いをした。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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「そういえば兵舎にこしてくるのか?」
一応兵舎というものが用意されているのだから、金を払って宿を取る必要はない。
カイもそんなに資金が有り余っているようには見えなかったが、なんとなく兵舎よりも自分で宿をとりそうな気がして、念のため聞いてみたのだ。
「そうだな……。この部屋を見る限りは、悪くないところのようだしな」
「ああ、ただの割には良いだろ?」
「部屋は全部同じなのか?」
「まーな、金のあるやつは選ぶ幅もあるが……」
「これ以上を望むのは無駄金をもつものだけだろう」
「そういうこと」
「……ちょっと! 無視しないでよ!」
腹を立てたように……いや、腹を立てたクレアが甲高い声をあげる。
それをジト目で一瞥したクレイは、
「……そうそう、金は要らないけれど、窓とか壊したときの修理は自前で……」
「って、何事もなかったように話し続けるな!」
クレイはそこでようやく、クレアに向き直った。
「やれやれ。お姫様がこんな下賎なところにいつまでいるんですか?」
たとう大貴族の、それも国でも上の方の家のものといえ、こんな小娘に媚を売るのは、クレイには到底できないことだった。
だから今も、全身から迷惑そうなオーラを発しながら、実に迷惑そうな口調でクレアにむかっていた。
(もっとも出会ったのが、もっと艶っぽい貴婦人であったらはなしはべつだが……)
さすがにそれは口にせずにいた。
「あなたをお婿さんにするまでよ!」
「うーん、姫君の心を射止める俺の美貌が罪なのだろうが……。愛を育てるには時間が……」
(それに胸も……)
クレアはおそらく十人のうち八人ぐらいは可愛いといわれるだろう。
だがクレイにしたら、どーかんがえても「お嬢ちゃん」になってしまうのだ。
ちらりとカイをみれば、事の推移を面白がっているのか、あえて助け舟を出すつもりはないらしい。
「そもそもなんで家を出てきたんだ?」
ややなげやりに質問する。
「そ、それは父様が……」
なんとなくいい辛いのか、口の中でごにょごにょとつぶやく。
「と、とにかく! あなたは私のお婿さんになるの!」
何がとにかくなのか、クレイにはわからなかったが、その後に続いた言葉には衝撃を受けずにはいられなかった。
「いいから父様にあってよ」
「あ、あほか!」
最初は冗談かと思っていたが、これは本気でやばいらしい。
さすがに冷たい汗が滲み出すのを、感じずに入られなかった。
その様子を見ていたカイは内心首をかしげていた。
かつての経験から、上流貴族というものについてよく知っているカイからすれば、クレアがどんなにおかしいことをいっているかがよく分かるのだ。
地位が高い貴族の姫というものは、自分で相手を見つけるという考え方すらないのが常識だった。
(ひょっとすると、ただの悪ふざけではないのかも。)
そう思いつつも、あえて意見を言う気はないカイであった。