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2024/05/16 19:27 |
銀の針と翳の意図 1/ライ(小林悠輝)

登場人物:ライ(小林悠輝)・セラフィナ(マリムラ)
場所:ソフィニア内 ―公園

 ライはベンチに腰掛けたまま――というよりはベンチにだらしなくひっかかったまま、
うんざりとため息を吐[つ]いて、革手袋の右手を額にやった。

 隣の男はそんなこちらの様子になどまるで気付いていないらしく、べらべらとどうで
もいいことを並べ立てている。曰く、もう借金なんかこわくない。暴力妻に怯える必要
だってない。娘に邪険にあしらわれることだってないし、更にはこの前生まれた息子に、
顔を見る度泣かれることだってない。

「……おじさんさぁ」

 相手の話すテンポを読んで、間隙に滑り込ませるようにしてライははっきりと発音す
ると、できるだけ疲れたような目で隣の男を見遣った。

「仲間を見つけて嬉しいのはわかるけど、他に話し相手いないの?」

『そーか、にーちゃんもそうやって俺を迷惑扱いするのか……』

 実際に迷惑だ。男――低級霊[ゴースト]らしい、つまりは同類の(人格的には認め
たくないが、カテゴライズするなら同類だろう)中年の男は背中を丸めてぶつぶつ呟い
てからライの方をちらりと見て、

『透けてるよにーちゃん』

『あー、ありがとう』

 疲れてるんだ。気分悪いんだよ。ちょっとくらい半透明でもいいじゃないか。どうせ
誰も、そこまで気にとめて見やしないんだから――そう思いながら、ライは少し集中し
て、自分の姿を更に現実に近いところまで持っていった。
 同時に、普段から感じている薄い意識の靄が、明確な疲労感に形を変える。

(こっちはそれどころじゃないんだ……)

 ここ最近の記憶がない。今までにそういうことが全くなかったというわけではないが、
だからといってそれが不安要素ではないかというとそうでもなかった。
 このソフィニアと並んで主要都市と言われる森の町、ポポルの雑貨屋でバイトしなが
ら結構ちゃらんぽらんに日々を過ごしていたのは覚えているのだが、その後、気がつい
たらソフィニアにいた。

 寒かったはずの街は春の始まりの色に染まっている。記憶が抜けることが今までにま
ったくなかったかといえば自信はない。しかし、これだけ長期間になると……

 しかも街角で自分の名前が書いてある張り紙を見つけて、それに「市街地爆破犯」な
んて書かれていて、挙句に見たこともないような金額の賞金が懸かっているのを見たら、
不安にならない方が余程どうかしていると思う。

 だが、そんなことよりも今思うのは、音に出さないで相手に言葉を伝える方法、その
名称は知らないが、とにかくそれは控えようということだった。聞き流すのが難しいか
ら、長く聞いてるとツラい。自分がやられて嫌なことは、人にやっちゃいけません。

 たとえ横の男が人間には見えなくて声も聞こえなくて、傍から見た自分が“昼間の公
園で空を見ながら独り言を呟き続けている怪しい人”そのものだったとしても。

 その辺で遊んでいた子供がこっちを指差して何か言っていたような気もする。

『にーちゃんさぁ、顔色悪いねぇ。ちゃんと食べてるか?』

「いや……全然」

 ちゃんと声を出すと疲れるんだけど……今更、どうでもいいことかも知れない。

『不摂生は後々響くぜ? 確かに良心にゃ咎めるかも知れんけど、生きていくためには
しょーがない犠牲だからなぁ』

 良心ねぇ、とライは呟いて空を見上げた。
 別に犠牲になる誰かを可哀想だって思うわけじゃなくて、人間の命を喰らう化物にな
った自分を認めたくないだけで。くだらない執着なのかそれとも最後の一線なのか、自
分でもわかっていないから、誰も殺せない。そして“殺される痛み”を知ってしまった
から、躊躇わないことができない。それだけのこと、だ。

『死んでるってことヌキにしても真っ青だぜ?』

「“白磁のような肌”とか“透けるような白”とか、どーよ」

『また透けてるよにーちゃん』

「あー、ありがとうね。気をつけるよ」

 こんな昼間の公園で、偶然すれ違っただけのはずの知らない人の愚痴を聞いてる場合
じゃない。

 少し向こうで遊んでいる小さな子供の集団の騒ぎ声を聞きながら、ライは無言で“気
分が悪いから一人にしておいてくれ”というような意味の視線を男に送った。如何にも
力のないその目に、男は何を勘違いしたのかうんうんと頷いて、

『どーだ、一緒に食事いかんか? そんな死にそうな顔してないで』

 一緒に食事いかんか、というのを翻訳するとつまり、一緒に通り魔やらないか、とい
うことだ。そんなことを爽やかにいい人っぽく誘われても、良心云々はともかく一般的
な常識が拒絶する。白昼堂々、人を犯罪に誘ってくださるな。……いや、この男は他の
人には見えないんだったな。堂々というわけでは、ないか。

 目を伏せて首を横に振ると、男はこちらの肩に馴れ馴れしく手を置いてきた。振り払
うのもすごく面倒なのでシカト決定。男に触られて気分がますます悪くなったが。
 ボール遊びに興じる子供達の誰かがボールを取り損ねてこっちに転がしてくれれば、
とりあえずこの場は助かるんだけどなぁ。

『大丈夫だって。ここは大都市だ。獲物は選り好みするほどいる』

 人間だった頃の愚痴をだらだら溢していたくせに、もう人殺しに対する罪悪感はない
みたいだった。単純な奴。きっと近いうちに破滅する。破滅しろ、と願いさえしながら、
それでもライは、持ち合わせている社交性を掻き集めて忠告を口にした。

「大丈夫じゃないって。ここは、彼の有名な魔法都市ソフィニアだよ?
 討伐隊でも組まれたら半日以内に捕まる。おじさん現地人なら慎重に動こうよ」

 誰かそのボールをこっちに転がしてくれ。いっそ混ざって遊ぶから。遊ばせろ。全力
で付き合う。ワケわかんない幽霊の相手させられてるよりはずっと建設的だ。
 念を篭めて半分睨みつける勢いで子供を眺めながら応えると、男は更に勘違いを重ね
たらしかった。

『子供が好み?』

「…………」

 もう応えてやる義理もないので放置。
 ぽぉん、とボールが高く跳ねて、女の子が「あっ!」と声を上げた。痛そうな音を立
てて転んだ彼女が勢いよく泣き始めるのを聞きながら、ライはとりあえず、さっきから
願っていたとおり足元に転がってきたボールを拾った。

「……だいじょう――」

「大丈夫?」

 かけた声が遮られ、黒髪の若い女が女の子に駆け寄る。
 手際よく傷口の汚れをふき取って手当てをする女を見て、隣の男が口笛を吹いたのが
不愉快だった。

『いい女だなぁ、にーちゃん』

 ゲスが、と思って、それから、お前なんかにはもったいない、と思った。今すぐに、
この男をこの世から消し去ってしまいたい。できないことはない。できないわけがない。
 ああ、でも、今は気分が悪いから面倒なんだよ。目の前から自主的に消えてくれ。

 白骨の右手と生身の左手で手袋越しにボールを持ったままライは瞑目した。
 目を開くと女の子は泣きながら笑ってて女の人は綺麗に微笑んでて、男は消えていた。
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2006/07/13 00:05 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
琥珀のカラス1~クレイ・ディアス~/クレイ(ひろ)

――――――――――――――――――――――――――
登場人物:クレイ・ディアス
場所:王都イスカーナ
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(やっぱり、やめときゃよかった……)

 開始の合図がかかった瞬間には、すぐに後悔していた。
 彼――クレイ・ディアスの前には、剣を正眼に構えた女騎士、それも少女と言ってもいいほどの若い騎士が立っている。
 イリス・ファーミア、つい先日、将軍位を拝命したばかりの公爵令嬢である。

 地方の反乱を鎮圧し、大勝にて凱旋を果たしたイリスはかねてから積み重ね続けた武功とあわせて、いよいよ将軍の位に就くことが決まった。
 しかし前例のない女性の将軍就任ということもあって、御前試合でその武量を確認しようということになったのだ。
 もちろんそこで皆を認めさせられなければ、就任を延期するということになる。
 これは悪あがきにしか過ぎないのだが、一説には、娘の思い上がりを正す為に、現宰相を勤める父、スウェル・ファーミア公爵の意向が働いたとも言われている。
 なんにしても、イリスの台頭を快く思わないものや、実力でなく、公爵家の権力や懇意にしているというリアナ王女の手回しで昇進していったと信じるものたちにとっては、実にいいチャンスであった。

(……だからって俺かよ……)

 意義ありをだした各騎士団から、代表のものが出て直にその実力を見ることになったのだが……。
(言い出したのがイリス本人といえば、相対する方が躍起になったのもわかるだろうか)
 その中の一人にクレイが選ばれ、ほとんど無理やりにここにでるはめになったのだ。

 目の前ですでに三人もやられているので、はなから腰が引けていることはいなめないが、そうなかったとしても、イリスから放たれる闘気を正面から受ければ、クレイにどうこうできる相手でないのがよくわかる。
 そして……クレイの自己分析どうり、試合はあっけなくイリスの勝ちで終わったのだった。


▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「情けないぞ! それでも我が隊随一の剣士かぁ!」

 結局イリスは十人と戦い、その全てにけちのつけようのない勝利を得た。
 クレイはその負け組みの一人になったわけだ。
 傷一つ負わずに試合を終えたので(それがまた屈辱的だったりする)、そのまま騎士達の詰め所で説教を受けているわけだった。

「隊長~。そうはいっても、あれは基本的に違う種類ですよ。俺ら程度での強さなんてあまり関係ないですよ~」

 第一そんなに騎士の面子とやらが大切なら、自分でいきゃいいのに。
 そうは思ってみても、やはり女に負けたのは自分でも十分情けない。

(やっぱり剣の道で上を目指すのは無理があるなぁ)

 くどくどと続く隊長の愚痴やら説教やらを聞き流しながら気が重くなるのを感じる。
 亡き父より伯爵家を継いだものの何の功績もないままなら、いずれ剥奪の憂き目にあうのは間違いない。
 領地があれば、その統治によって認めてもらえるのだが、クレイのように爵位を継いだだけのものは騎士団にはいっているか、仕官して行政官にでもならない限り、いずれ剥奪されてしまう。
 ここらが領地もちと比較されて、準爵といわれるゆえんである。
 そのため、クレイも父がなくなったときから騎士団に勤めに出ているのだった。

 騎士団の中では原則として爵位の類は関係なく、あくまで団の編成位がものを言う。
 つまり例え公爵その人であっても、一騎士であれば騎士団のなかでは上司には逆らえない。
 もっとも力ある貴族のものなら、その規則も関係なくしているが、クレイのような準爵は今のとおり、位では平民出の隊長に説教をくらっててもだまって聞くしかないのである。

(内政官にすりゃよかったかな~。でも勉強するのも嫌だし……)

 亡き父には申し訳ないけど、正直自信なくすなぁ……、そうつぶやきながら隊長の愚痴が納まるのを待った。

2006/07/15 19:10 | Comments(0) | TrackBack() | ●琥珀のカラス
琥珀のカラス2~カイ~/カイ(マリムラ)

―――――――――――――――――――――――――――
人物:カイ
場所:王都イスカーナ
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 カイは一人で旅をしていた。
 答えの見えない、自分の居場所を探す旅。
 しかし、当てもなく旅をするにもお金はかかるモノで。
 思案の果てに傭兵家業に足を踏み入れることになる。

 最初に選んだ地は、ココ、イスカーナだ。
 常時、他国の者でも志願兵として受け入れてもらえるという噂を聞いた。
 多国籍な外国人部隊に所属するか、他へ回されるか。
 腕次第で多額の報酬も可能だという。

 街を歩くカイは、異国の服を着ている割に人目を引かずに済んでいた。
 大きな都市だというのもあるが、うまく気配を溶け込ませているからだ。
 それもこれも、以前に隠密剣士という特殊な生き方をしていたからなのだが。
 美しい黒髪が揺れる。
 この髪を誉めてくれた乳兄弟が自分に別れを告げて半年、自分はどうしたいのかを探してきた。自分は、自分は、自分は。
 物心付いた頃から影としての人生を歩んできたカイにとって、乳兄弟であり主人でもあったセラフィナが世界のすべてだったから。彼女から切り離された今、自分を捜すしか他に道はなさそうだったから。
 志願兵はどこへ行ったらいいのだろうか。
 カイはとりあえず、騎士の詰め所を目指した。

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 カイは一人、訓練場と呼ばれる更地の真ん中で待たされていた。
 騎士達の詰め所と塀に四方を囲まれた空間。そう狭くもないのに圧迫感があるのは、それを意識して作られている為なのかもしれない。
 詰め所沿いには練習用と思われる剣や槍が立てかけられ、組織というモノをイヤでも意識する。騎士団というのはこういうものか。カイは目を閉じる。
 心を静かに。澄んだ水面のように気を静めて。

 詰め所へ入っていった男が再び現れた。今から採用試験を行うらしい。
 相手をつとめるのは、遅れて現れた、若い、青年。

2006/07/15 21:19 | Comments(0) | TrackBack() | ●琥珀のカラス
琥珀のカラス3~邂逅~/クレイ(ひろ)

―――――――――――――――――――――――――――
登場人物:クレイ カイ
場所:王都イスカーナ
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 クレイは御前試合敗退の罰、というわけでもないだろうが、ここ数日詰め所に山積している、書類の残務整理をやらされていた。

(うう、あれには隊長だって勝てないくせに……。 試合押し付けた上に、厳罰って……)

 口車に乗せられて、まんまと試合を押し付けられたうえ、その負けをネタに面倒な仕事を押し付けられる。
 だが、別にいびられているとか、そういうわけでもないのだ。
入団当初にそのあつかいやすい性格を看過されて以来、剣も政務もそれなりにこなすクレイは、実に便利に使われているのであった。
 隊長は平民から上がってきたたたきあげタイプなだけに、下のものには人情に厚く、決して悪い上司ではない。
 事実、何かにつけて貧乏くじをひいているおかげで、こういったところにありがちなやっかみや嫉妬といった、負の感情にさらされなくてすんでいるのだ。

(ほんとは、俺が貴族ってのを忘れてるだけかもしれないけどね)

 クレイもそのあたりの人間関係の難しさを理解しているので、口では文句を言いながらも、いつもおとなしく貧乏くじを引いているわけであった。

 そして今日も朝から、書類の山と格闘していたところであった。

「おい、誰か手の空いてるものいるか?」

 今日は外番をしているはずの同僚が、扉を開けながら中に声をかける。

「入団希望者だ」

「どっちだ?」

 奥で数人の仲間とカードに興じていた隊長が、顔も上げずに問い返す。

「剣をささげに来たやつがうちにくるもんかよ!」

「ちげーねぇ」

 クレイもおもわず苦笑してしまう。

 イスカーナでは、剣をもって仕官するにはいくつかのの方法がある。
 イスカーナ国王に剣をささげイスカーナ騎士となること。
 領主・貴族が独自に養う私兵団に所属して、貴族を通して騎士となること。
 そして、傭兵としてあくまで契約戦士として仕官すること、などなど。

 どれにせよ、イスカーナを自分の国として仕官してくるのなら、貴族なり何なりの騎士団・戦士団を勧められる。
 それに対して、クレイのいる隊には、傭兵を中心とした戦力を持つところで、クレイのような「名前だけ貴族」や、問題のあるやつでもなければ、外からきた傭兵志願者がまわされてくるのだった。
 こういうところであればこそ、貴族位のクレイの上司が平民出であっても、変な摩擦もおきずに、うまくやれているのだ。

「ペアの居ないやつは……」

 軍団の最小の編成は二人である。
 ここの混成部隊では、イスカーナ国民の隊長のペアにクーロンから流れてきた傭兵、といった具合に、「信用」されやすい相手と傭兵をくますことがセオリーとなっている。

「おい! クレイ! お前あいていただろう」

「えー、隊長、書類が残ってんですけど」

「自分の背中預ける相手だろうが。残業の申請はしとくから、気にせずいけ!」

これもこちらを見ようともせずに、カードを切りながら怒鳴ってくる。

「わかりましたよ」

 クレイも気になるのはたしかなので、不毛な抵抗をあきらめて席を立つと、呼びに来た男の後に続いた。


▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽  


 首の後ろで一つに結った、長く伸ばした黒髪が印象的だった。
 見事なまでの黒髪、ぱっとみただけでも目を引くほどの特徴を備えているのに、次の瞬間には印象がぼやけてしまう。

(……おいおい、気殺かよ)

 意識して気配を消せれば一流……、それを日常的に行えるようになれば……。
 しかしそれに気がついたのはクレイだけのようで、周りで見物についてきた仲間はなにも気づいてはいないようだった。

「なんだぁ、やけに頼りなさそうなのがきやがったなぁ」

「いやいやわからんぞ」

「そうだな、うちのトップもあのクレイってぐらいだ、みためじゃわからん」

それらの声を微塵も気にした様子もなく、彼――カイがクレイに顔を向ける。

「そいつを倒せばいいのか?」

 淡々と何の気負いも感じさせない調子だった。
 それは相手を、この場合クレイを軽んじているふうでもなく、かといって緊張から硬くなっているふうでもない。
 ただすべき事を確認しただけといったふうであった。

「へぇ? 倒せるならそれにこしたことはないけどな」

 何気に負けた記憶が頭を掠めたりでもしたのか、クレイが同僚を押しのけるように前に出る。
 見物人の一人に目を向けると、一つ頷いて模擬剣を二本投げてよこす。
 お互いに一本づつ受け取り、訓練場の真ん中に進み出る。

「……クレイだ」

「カイ……」

 短い名乗りを上げると互いに剣を構える。
 試験とはいえ、お堅い名門の騎士団とは違う。
 お互いが臨戦態勢に入ったそのときが開始のときなのだ。

「じゃあ、ためさしてもらうぜ!」

 クレイはそう言い放つと、大地を蹴った。

2006/07/15 23:26 | Comments(0) | TrackBack() | ●琥珀のカラス
琥珀のカラス4~静と動~/カイ(マリムラ)

―――――――――――――――――――――――――――
人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
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「じゃあ、ためさしてもらうぜ!」

 先に大地を蹴ったのはクレイと名乗ったまだ若い青年。
 カイは静かに呼吸を整える。
 最初の一撃。いや、連続して剣が打ち込まれた。
 少し重いか?
 手に構えた模擬戦闘用の剣を試すように、一撃を弾き、いなす。
 使い慣れた刀とは勝手が違うのだということは分かっている。
 少し、馴染む必要があるかも知れない。

「おいおい、倒すってのは口だけかい?」

 一歩も動いていないカイに向かって野次が飛ぶ。
 実際クレイが一方的に攻めているのだから、判定負けを取られかねない状況だ。
 ふむ。まぁこんなものか。
 重さが手に馴染んできたらしい。
 カイは初めて一歩踏み込んだ。

「お? ようやくやる気になったようだな、兄ちゃん」

 野次を黙殺して、カイはクレイを見据える。
 コレだけの運動量の割に息の乱れも少なく、ブレも少ない。
 どうもココで一番というのは本当らしい。
 カイは剣の構えを中段からゆっくりと脇構えに移行させる。
 受け続ける分には問題なかったのだが、立て続けに攻められると、なかなか攻めに移行できないのだ。
 流れを変える。
 カイはわざと相手の剣に向かって、剣を押し出した。

 キィィィィン!

 今まで力を逸らすようにしていたのを、直接相手に力が返るように弾いたのだ。
 ホンの一瞬の腕の痺れ。
 その一瞬で十分だった。
 カイは大きく懐に飛び込むと、剣をクレイの首にピタリとつける。
 気が付くと、野次は止んでいた。

「おい、クレイ」
「油断したのか?」
 見物していた仲間が、一斉に声をかける。
 見ている間、ずっとクレイが優勢だったのだ。納得がいかないらしい。
「いや……、彼は使えるよ」
 剣を交えた相手にしか分からないなにかがあった、のかもしれない。
 息一つ乱れていなかったことに気付いたのは、クレイだけだったのだから。
 仲間に囲まれるクレイと対照的に、一人たたずむカイは自分の手を見ていた。
 震え…?
 そう、後になってから手に残る痺れ。
 クレイの剣を受け続けた代償は、しっかり体に刻まれていたのだ。
 剣の重さというモノは甘くない。
「よろしく」
 人の輪を抜けて、クレイが手を差し出す。
「君と組むことになりそうだ。ようこそイスカーナへ」
 カイは一度手を強く握り、痺れを少しおさめてから無言で握手に答える。
 その一瞬の行為を見逃さなかったクレイは、にっこりと微笑んだ。

2006/07/15 23:53 | Comments(0) | TrackBack() | ●琥珀のカラス

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