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登場人物:クレイ カイ
場所:王都イスカーナ
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クレイは御前試合敗退の罰、というわけでもないだろうが、ここ数日詰め所に山積している、書類の残務整理をやらされていた。
(うう、あれには隊長だって勝てないくせに……。 試合押し付けた上に、厳罰って……)
口車に乗せられて、まんまと試合を押し付けられたうえ、その負けをネタに面倒な仕事を押し付けられる。
だが、別にいびられているとか、そういうわけでもないのだ。
入団当初にそのあつかいやすい性格を看過されて以来、剣も政務もそれなりにこなすクレイは、実に便利に使われているのであった。
隊長は平民から上がってきたたたきあげタイプなだけに、下のものには人情に厚く、決して悪い上司ではない。
事実、何かにつけて貧乏くじをひいているおかげで、こういったところにありがちなやっかみや嫉妬といった、負の感情にさらされなくてすんでいるのだ。
(ほんとは、俺が貴族ってのを忘れてるだけかもしれないけどね)
クレイもそのあたりの人間関係の難しさを理解しているので、口では文句を言いながらも、いつもおとなしく貧乏くじを引いているわけであった。
そして今日も朝から、書類の山と格闘していたところであった。
「おい、誰か手の空いてるものいるか?」
今日は外番をしているはずの同僚が、扉を開けながら中に声をかける。
「入団希望者だ」
「どっちだ?」
奥で数人の仲間とカードに興じていた隊長が、顔も上げずに問い返す。
「剣をささげに来たやつがうちにくるもんかよ!」
「ちげーねぇ」
クレイもおもわず苦笑してしまう。
イスカーナでは、剣をもって仕官するにはいくつかのの方法がある。
イスカーナ国王に剣をささげイスカーナ騎士となること。
領主・貴族が独自に養う私兵団に所属して、貴族を通して騎士となること。
そして、傭兵としてあくまで契約戦士として仕官すること、などなど。
どれにせよ、イスカーナを自分の国として仕官してくるのなら、貴族なり何なりの騎士団・戦士団を勧められる。
それに対して、クレイのいる隊には、傭兵を中心とした戦力を持つところで、クレイのような「名前だけ貴族」や、問題のあるやつでもなければ、外からきた傭兵志願者がまわされてくるのだった。
こういうところであればこそ、貴族位のクレイの上司が平民出であっても、変な摩擦もおきずに、うまくやれているのだ。
「ペアの居ないやつは……」
軍団の最小の編成は二人である。
ここの混成部隊では、イスカーナ国民の隊長のペアにクーロンから流れてきた傭兵、といった具合に、「信用」されやすい相手と傭兵をくますことがセオリーとなっている。
「おい! クレイ! お前あいていただろう」
「えー、隊長、書類が残ってんですけど」
「自分の背中預ける相手だろうが。残業の申請はしとくから、気にせずいけ!」
これもこちらを見ようともせずに、カードを切りながら怒鳴ってくる。
「わかりましたよ」
クレイも気になるのはたしかなので、不毛な抵抗をあきらめて席を立つと、呼びに来た男の後に続いた。
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首の後ろで一つに結った、長く伸ばした黒髪が印象的だった。
見事なまでの黒髪、ぱっとみただけでも目を引くほどの特徴を備えているのに、次の瞬間には印象がぼやけてしまう。
(……おいおい、気殺かよ)
意識して気配を消せれば一流……、それを日常的に行えるようになれば……。
しかしそれに気がついたのはクレイだけのようで、周りで見物についてきた仲間はなにも気づいてはいないようだった。
「なんだぁ、やけに頼りなさそうなのがきやがったなぁ」
「いやいやわからんぞ」
「そうだな、うちのトップもあのクレイってぐらいだ、みためじゃわからん」
それらの声を微塵も気にした様子もなく、彼――カイがクレイに顔を向ける。
「そいつを倒せばいいのか?」
淡々と何の気負いも感じさせない調子だった。
それは相手を、この場合クレイを軽んじているふうでもなく、かといって緊張から硬くなっているふうでもない。
ただすべき事を確認しただけといったふうであった。
「へぇ? 倒せるならそれにこしたことはないけどな」
何気に負けた記憶が頭を掠めたりでもしたのか、クレイが同僚を押しのけるように前に出る。
見物人の一人に目を向けると、一つ頷いて模擬剣を二本投げてよこす。
お互いに一本づつ受け取り、訓練場の真ん中に進み出る。
「……クレイだ」
「カイ……」
短い名乗りを上げると互いに剣を構える。
試験とはいえ、お堅い名門の騎士団とは違う。
お互いが臨戦態勢に入ったそのときが開始のときなのだ。
「じゃあ、ためさしてもらうぜ!」
クレイはそう言い放つと、大地を蹴った。
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