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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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「夢」と言うのは大げさだろうか。
お偉いさんの陰口をたたきながらも、毎日をそれなりに忙しく過ごし、いずれめぐり合った嫁と温かい家庭を築き、生まれた子供がひとり立ちして、さらに孫を見せに来るころには、騎士団員の年金と貴族給でのんびりとした老後……。
もともと金欲、名誉欲、そういった上流階級にありがちな欲望の乏しいクレイとは、生活レベルを平民の感覚で納得できる限りは、実現可能な夢と思っている男だった。
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「君はハーネス家のものなのか? 君がクレア・ハーネスなのか?」
勝気に笑顔を浮かべるクレアに、指輪を返しながら問いかける。
隣ではカイが疑問符を浮かべながら首をかしげている。
少し固い顔をしたままクレイは席を立つ。
「いくぞ、カイ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! いくらなんでも、その反応はなによ!」
予想外の反応だったのか、クレアはあわてた様な声を出す。
そして、状況が理解しきれないカイは相変わらず、不思議そうにクレイをみあげる。
「クレイ?」
「ちっ! いいか、カイ。ハーネス家ってのは、この国に5つしかない大公家のひとつなんだ」
そういった世間の事情と自分がどう結びつくのか、カイはそういうことには特に疎い。
まだよくわからない感じなので、諭すようにクレイが説明する。
「俺たちが一生かかって稼ぐような金を、買い物のたびに使えるような家柄の姫様が、なぜこんなところでスリをしてるんだ? なにか事情があるに決まってるだろうが。そうでないとしたら、大公家から印を盗んだとしか思えん。どっちにころんでも、やっかい事にしかならん」
おお、と納得したようにカイも手を打つ。
クレイの夢からすれば、大公の姫も、大公にたてついた形になるスリの小娘もかかわりたい理由がない。
「ちょっとー! 本人前にしてよくそこまでいえるわね! 父上に頼んで厳罰にしてやるから!」
それで怯えて平謝りするのどには、クレイの神経は細くなかった。
皮肉げに半端な笑顔をクレアにむける。
「お嬢様? 本物としても、スリまでして家に頼らないやつが、誰の傘をさすってんだ?」
さっきまで勝ち誇ったようにしていた少女が、とたんに悔しそうに口を閉じる。
「カイ、そういうわけだからここは被害もなかったことだし……」
そこまで言いかけて、クレイの口が止まる。
鋭い目つきになり、剣に手をやり、もう一度腰を下ろす。
その突然の行動に、今度はクレアのほうが疑問符をうかべる。
「何人だ?」
そう聞かれたカイは、見た目はさっきからと違わない、自然体のままにみえる。
しかし直に剣を交えたクレイには、カイが戦闘態勢に入ったのがわかった。
そんなかすかな気配なんてわからないクレイは、カイの変化で事態を察したのだ。
それがみえるのが、クレイの唯一と言ってもいい才能ゆえだったのかもしれないほどの、かすかな変化……、クレアにはどうなっても察すること出来るはずもない。
「殺気はないから確かとはいえないが、おそらく4人だ。」
「え? え? どういうこと?」
「はっ! これが厄介ごとってな」
クレイはクレアの身元を確認する前に、食事の席についたことを悔やんだ。
相手がクレアを(カイの過去を知っていれば、簡単にクレアとはおもえなかったろうが……)狙っていたとしたら、動き回っているときよりも、どこかに腰を落ち着けたところを囲むのが定石だろう。
(うかつだったってか?)
とりあえず気づいてない風を装う為、もう一度席に着いたが、それで油断を誘えるかは微妙だ。
おたおたしだしたクレアから、カイに視線を移すと、気配は緊迫していても、いたって穏やかに見える。
(……こいつ、そういえば殺気以前の気配にも気づいたし、場なれしてやがる?)
カイは何事もなかったように、食後のお茶を飲みながらいう。、
「……動き出した。ここでやる気らしいな」
クレイもクレアも、「なにを?」とは聞かなかった。
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