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2024/05/16 19:37 |
6.『四つ羽の死神』哀傷編~/レイヴン(ケン)
========================================
PC  ロッティー  レイヴン
場所  ハーディン邸
NPC アルシャ ジェーン
========================================

 レイヴンが放った鉄鎖が風に唸った。
 アルシャとロッティーがその先に目を向けたときには、既にその先に捕らえら
れた男の姿があった。

「しっかり案内頼むぞ、兄ちゃん」

 飄々とした様子で笑うと、レイヴンがその大きな手でバシバシと男の背を叩く

 そのたびに男がうめき声を上げた。

「その人は…?」

 ロッティーは固い声色でたずねた。
 この屋敷を襲った一味で無い事は分かる。
 二枚羽を持ち、人々を容赦無く殺戮した男の話を聞いた後では、目の前の人物
は普通過ぎた。
 
「ただのコソ泥だ―――ただし、飼い主が居るようだな。話してもらおうか?お
前が誰に頼まれ、何を探していたのか」 
「くっ」

 男の様子から、レイヴンの推測が正しいことが伺える。
 ただし、口を開く様子は無い。
 しばしそんな様子を眺めていたレイヴンが、絡めていた鎖を強くひいた。
 衣服が絞られ骨が軋む音がする。
 彼の力ならばそのまま絞め殺すことも造作ない。
 
「ぐがぁ!?」
「女子供を前に気はすすまねェが、事は一刻を争うんでな」

 アルシャが怯えるように後ろでロッティーの服をつかんだ。
 ロッティーは経験上、自分たちの前でレイヴンがこれ以上酷いことをするとは
思えなかったが、鬼気迫る彼に睨まれれば、けして冗談とは取れないであろう。

「わ、分かった!!言う、言うから話せッ」
「おぅ、聞き分けが良いじゃねェか」
「俺は、アイローグのブイヨフに頼まれたんだ!!ハーディンが持ってる『カナ
マンの設計図』を探してこいってな!」
「アイローグ…?カナマンの設計図…?」

 怪訝な目で、レイヴンは振りかえった。
 同様の表情でロッティーは首を傾げたが、アルシャは違った。

「『カナマンの設計図』ですって!?そんなものがうちにあるはずが無いわ」
「一体なんでぇ、そりゃあ」
「カナマンは、数十年前に死んだ発明家なんです。彼は、死ぬ前にとある大きな
発明をしました。そして設計図に書き残したのです。でも…その内容は誰も知ら
ないって…どうやってお父様がそんな物を…」
「この情報は確かなモンだぜ。現に、その噂が流れてからのハーディンの野郎は
、けったいなモンばかり集めてるって聞くからな。それが設計図に書き記されて
いるものの材料なんじゃないかって皆言ってるのさ」
「アイローグは…今父が取引の為に出かけた…会社です」

 アルシャが悲痛な表情で言った。
 彼らは取引をしている間に、設計図を奪おうとしていたのだ。

「倉庫を探していたおかげで助かったってわけか。ここに無かったらどうするつ
もりなんんだ?」
「…もちろん、本人から聞き出すまでよ」
「くそっ」

 口元に陰湿な笑みを浮かべた男を短く罵倒すると、レイヴンは男を床に引きず
り倒した。
 
「敵が多すぎるな。場所は何処だ!」

 胸を叩きつけられ、息絶え絶えの男から場所を聞き出すとレイヴンは素早く立
ちあがって上の階を目指した。

「レイヴンさん!」
「お前等はここをさっさと離れろ!またいつ襲われるかわからねェからな!」
「父を、父をどうか助けてください!!」

 アルシャの真摯な声に既に、レイヴンが一度降り返って不敵に笑った。

「まぁ、俺様に任せておけ。お前も死ぬんじゃねぇぞ。その瞬間に俺様の依頼は
終了するんだからな」

 そして、隣のロッティーに視線を向ける。
 ロッティーはただ頷いた。
 レイヴンはアルシャをロッティーに託すとそのままハーディンの元へと向かっ
た。
 
 ☆★☆★

「取りあえず…私の泊まってる宿に行こうかしら?残念だけど、私この辺りには
知り合いがい無いのよ。何処か安全な場所を知っていれば良いのだけれど」

 ここはクーロンとフレデリアの間である。
 フレデリアに、ロッティーのような人間が入れるような場所は無かったし、ま
してやクーロンなど問題外である。 

「いえ、父の知り合いは居ても、私自身が頼める家は…」

 何の不自由無く暮らしてきた少女は、無力な自分を責めるように俯いた。
 命をかけて助けてくれた人々がいるのに―――。
 
 ☆★☆★

 血と死臭の漂う屋敷を出ると、そこには赤い太陽が沈みはじめていた。

「あの…ロッティーさんって、レイブンさんとどういう関係なんですか?恋人?

 
 ロッティーはアルシャの他意の無い言葉に一瞬目を丸くして、笑った。

「違うわ。私はレイヴンさんと昔少しだけ旅をしたことがあるの。仲間と言うよ
り…貴方と同じ依頼人に近い立場だったかしら…」

 しかし、8年が経ちロッティーも成長した。
 彼と対等とまではいかなくても、少しでも力になり得る存在になりたい。
 先ほどのように守られて、慰められてばかりではいけないのだ。
 既に自分は目の前にいる少女のように子供ではないのだから。

「私は占い師なの。貴方のお父様を占った」
「貴方が!?父を占って、レイヴンさんと私をひき合わせた…」
「えぇ、でも忘れないで。占いの結果はけして変えられない未来ではないの。知
ることは諦めることではないから…私たちは自分が出来ることを頑張りましょう
!」

 ロッティーはアルシャを勇気付けるように微笑んだ。
 ―――ただ、一つだけ気になるのは…『二枚羽の男』。
 己の占いが外れたのならそれでも良い。
 しかし、その男のほかに更なる脅威が自分たちの前に立ち塞がっていたとした
ら…。
 恐ろしい予感に身震いしながら、ロッティーは先を急いだ。

 そんなロッティーを嘲笑うかのように、夕焼けに照らされ金色に輝いた蝶が、
彼女たちの頭上を舞い、消えた。
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2007/02/25 23:18 | Comments(0) | TrackBack() | ○四つ羽の死神
7.『四つ羽の死神』救出編~/ロッティー(千鳥)
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  PC  レイヴン
  場所  クーロン郊外・サイサリア地区
  NPC ハーディン ブイヨフ 黒服の男達(6名) 虚無の空イステス
---------------------------------------------------

クーロン郊外・サイサリア地区
崩壊した建物が点々と存在するだけの荒れ果てた大地。
昔は栄えていたらしいが、今となってはその面影を示す物は荒廃した建物ぐらいだろ
う。
まともな人間はこんな所には近寄らない、だがあまり表沙汰に出来ない裏の取引など
の、受け渡し場所としては人気があるらしい。

その荒廃した建物の間を、ハーディンとその用心棒達が走りぬけていた。

「(くそ!奴等め、本気で私を消すつもりか)」

後方から足音も立てずに複数の黒服の男達が追ってくる。
ハーディンは今更ながら後悔していた、なぜあのオウガを待たずにこんな所に来てし
まったのか、答えは自分でも解っている。1回目が苦もなく成功したから図に乗って
いたのだ、一刻も早くアレの部品が欲しかったのだが、ここで死んでしまっては元も
子もない。

「ぎゃはぁ!」

用心棒の一人が奇妙な悲鳴を上げて倒れる。他の用心棒が走りながら銃を発砲する
が、着弾の火花は遥か後方で灯っただけだった。
敵はあきらかに戦いなれしている。建物の影などを利用し、闇を見方にする方法を熟
知している。このまま逃げつづけていれば、いつかはやられてしまうだろう。
ハーディンは手に持った黒いアタッシュケースを忌々しげに見つめる。

「(死んでたまるか、ここまで来て、死んでたまる物か!)」


不意に、前方を走っていた用心棒が足を止める。行き止まりだった…高い高い壁が、
行く手を遮っていた。

「ぐぎゃあ…」

最後尾に居た用心棒が倒れる。残りの用心棒は、すでに四人だけになっていた。
獲物を追い詰めた黒服の男達は、手にした奇妙に曲がった剣を閃かせながら、ゆっく
りと近づいてくる。

「少々やりすぎましたな、ハーディン」

白い服を着た中年の男が、6人の黒服の後ろから進み出てくる。

「ブイヨフ…貴様、裏切ったな!」
「やれやれ、我々に黙ってカナマンの『置き土産』を密かに製作しているのは誰です
かねぇ」
「き、貴様…!」

そこまで言ってハーディンは口に手を当てる、しかし、ブイヨフはそれを見逃さず口
元を歪ませ笑みを作る。

「おや、やはり図星の様ですな。まあ、そう言うわけで、自分が犯した罪を呪って死
んでください」
「…ぐぬぅ」

ハーディンがうめくのと、男達が剣を構えるのは、ほぼ同時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォ バキバキバキ!!!


突如、大地が揺れ、轟音と共にハーディンの背後の壁が崩れる。一番壁に近かった用
心棒が、崩れる壁の残骸に潰されそうになった瞬間、ヌっと伸びてきた巨大な拳がそ
の破片を粉々に粉砕した。

「こりゃあ、どう言うことなのか、後でタップリと言いわけを聞かせてもらおうか?
 ハーディン」

巨大な拳が引っ込み、代わりに出て来た顔は紛れもなく、オウガ・レイヴンの厳つい
ツラだった。

「レイヴン、遅いぞ!何をしていた!」

自分が安堵したのを隠す様に、ハーディンは鬼に向って叫ぶ。

「なぁに、ま、積もる話しはまた後にしよう…や!」

どさくさにまぎれ、ハーディンに近寄った黒服の男を、一瞬で移動したレイヴンが裏
拳で弾き飛ばす。男は、まるで丸太の直撃を受けたかのように吹き飛び、固い壁に激
突し、グワシャ、と嫌な音を立てて動かなくなった。おそらく即死だろう、折れた骨
が肉と皮膚を突き破って飛び出し、内臓が破裂して血溜りの中に浮かんでいる。

「さ~て、どうするよ、逃げ出すんなら今のうちだぜ? つぅって人が親切に言って
やっても無駄なんだろうけどなぁ」

レイヴンが言い終わる前に、二人の黒服が左右に分かれて襲いかかってきた。一人は
奇妙に曲がった剣を低く構えて足を狙い、もう一人は首を狙って跳躍した。
スピード、太刀筋、技術、どれをとっても黒服達は一流だった、すくなくともそこに
いるハーディンの用心棒よりかは遥かに強い…が。
右から来た男の剣を、右足で受けとめる。曲がった刀身は肉に刃を深くめり込ませる
ための物らしく、レイヴンの足に刃が埋まって行く。

「…な!」

右足に刃をめり込ませた男が驚愕の声を上げる。それもそうだろう、いつもなら骨を
絶つはずのそれは、肉に浅くめり込んだだけでピクリとも動かなくなったのだから。
レイヴンは発達させた筋肉に刃を挟みこみ、なんとか剣を抜こうとしていた男の頭を
右手で鷲掴みにして、少し力を入れた。
左から跳躍してきた男は、同時攻撃を仕掛けた仲間が、いともあっさりと頭を握りつ
ぶされたのにもかかわらず、勢いを緩めることなく首筋、頚動脈に狙い違わず斬りか
かった。が、レイヴンの左手にあっさりと吹き飛ばされ、一人目と同じようにグシャ
グシャの肉塊へと変わり果てた。
およそ1分にも満たない短い間に、3人の同士を失ったにもかかわらず、臆すること
なく残りの3人が動いた。

横薙ぎに払われた剣を胴体で受けとめ、すぐに離れようとした男の頭を一瞬早く鷲掴
み、続く二人目に向って投げ付けた。投げた瞬間、首の骨がいい音を立てて折れ、死
体と化した同胞の下敷きとなった二人目を、全体中をかけて踏みつけた。ゴキゴキバ
キ、と骨と内臓のつぶれる音を骸越しに感じ、飛びかかってきた残る一人を、額に生
えた角で一突きで突き殺した。

「たっく、ああいった連中は逃げ足だけは速えからなぁ」

角にぶら下がった死体を引き抜き、地面に無造作に投げ捨てる。ブイヨフはすでにこ
の場にはいなかった。

「ま、命拾いしたな、ハーディンさんよぉ」

レイヴンは顔に掛かった血を拭いながら振り返った。唖然と立ち尽くすハーディンと
他3名の用心棒を見据えて、シシシと白い歯を剥き出しにして笑う。

「まあ、お前さんに死なれたら俺様はちっと困るんでね。安心しなって、殺させやし
ねぇからよ」

「………守れるものなら…守って見せろよ……戦く大地」
「ああ?」

不意に響いた透き通るような美声に、レイヴンは振り返る。前方20mくらい先に、声
の主は静かに佇んでいた。光沢のある黒銀色の短髪、不健康なほどに青白い肌に氷の
ように冷たい蒼海色の瞳、黒い服に身を包んだ美しい男。
レイヴンの知っている、見るもの全てを安らぎで包み込むかのような美貌を持った白
髪の青年と、まったく正反対の見るもの全てを恐怖の虜にしてしまう冷たい美貌を
持った男だった。

「それとも…その自慢の槍斧で…全てを叩き潰して見せるかよ?戦く大地」
「その声は…アークデーモン『虚無の空イステス』」

アークデーモン=悪魔 この世で鬼に次いで人間から敬遠されている、恐怖の象徴。
そのイステスと呼ばれた悪魔と、レイヴンがじっと見詰め合う。

「すまねぇが、お前さん等は先に行っててくれ」

イステスから目を離さず、レイヴンがハーディン達に言う。

「しかし…」
「いいから、もう危険はねぇはずだ、早く行ってろ」

レイヴンの台詞は普段と変わらない物だったが、口調はふざけてはいなかった。それ
を感じ取ったのか、ハーディンも用心棒も黙って崩れた壁から出ていった。


「まさかお前さんが出てくるとはな、イステス。元気にやってるかい?」

気さくに笑いかけるレイヴンの足元を、真空の刃が切り砕く。

「俺が貴様と手を取り合って…再会を喜ぶとでも思ったのか?戦く大地」

刃を放ったイステスの腕が下がり、レイヴンを睨付ける。

「まだ、あの事で俺様を恨んでいるのか?」

笑みを消し、真顔で言うレイヴン。その表情は珍しく重く沈んでいる様だった。

「……今…俺はファイロスと言う男に雇われている……さっきのブイヨフと『似たよ
うな目的を持った連中』だ」

レイヴンの質問とは関係ない事を答え、背を向ける。

「いずれまた会うだろうな……それまでせいぜい守ってみせることだ…戦く大地よ」

漆黒の悪魔の翼を広げるイステス。他にも考える事はたくさんあるが、その翼を見て
レイヴンの脳裏にあることが浮かんだ。

「ちょっと待ってくれねぇか、一つ聞きたいことがあるんだが」

イステスは無言で背を向けている。

「…お前さんがハーディンの屋敷を襲ったんだな」

疑問ではなく確かめる様な口調で聞くレイヴン。いまのイステスは人間形態で、レイ
ヴンと比べても遥かに背が低い。しかし、悪魔形態の彼は3mをゆうに越す巨大な
アークデーモンになる。アルシャが見た巨大な2枚の翼の影は、悪魔形態のイステス
なのかもしれない。
背を向けたまま、イステスはしばし黙っていたが、顔だけを傾け、その絶対零度の瞳
をレイヴンに向ける。

「……答える義理はない」

翼を強く羽ばたき一瞬で空に舞い上がるかつての相棒を、レイヴンは彼とは対照的
な、真紅のマグマのような瞳で見つめていた。

2007/02/25 23:20 | Comments(0) | TrackBack() | ○四つ羽の死神
8.『四つ羽の死神』宿敵編~/レイヴン(ケン)
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  PC  レイヴン  ロッティー
  場所  宿屋
  NPC アルシャ ジェーン イステス
---------------------------------------------------
宿敵編

   ――― 守れるものなら…守って見せろよ……戦く大地 。

 不吉な黒い風が穏やかな田園の上を、ゆっくりと撫でていった。
 ロッティーは窓から入ってくるその風に細い肩を震わせると、そっと窓を閉
め振り返った。

「父は・・・大丈夫でしょうか・・・」

 そこには、父の身を案じるアルシャが座っていた。
 裕福な家に生まれ、温室の花のように育てられたアルシャにとって、今回の
精神的ダメージは計り知れないものだった。
 その脳裏にはまだはっきりと、血に塗られ崩壊した屋敷、そこに転がるかつ
ての使用人たちの姿が焼きついている。
  
「大丈夫よ。きっとレイヴンさんが何とかしてくれるわ」

 優しいセリフとは裏腹に、ロッティーの表情は険しい。
 実は、ロッティーもあれ以来何度もハーディン氏の未来を占っていた。
 彼の死は『彼を守る人間』――レイヴンの登場によって回避される『道』が
出来た。
 しかし、その先を占おうとする度に、彼女の集中力は何かに邪魔され、今後
の展開を何一つ掴むことができなかった。
 こういう状態になる理由をロッティーは幾つか知っていた。
 そして、どの理由も、未来は彼女にとっていい方向には進まないのだ。

 トントン。

 ドアのノックが、答えの出ない不安に陥ったロッティーを現実に引き戻し
た。はっと顔を上げ 

「「レイヴンさん!?」」

 二人は声を合わせて立ち上がる。
 しかし、扉を開けて入ってきたのは、余所行きのフードを被った灰色の髪の
少女。

「ジェーン・・・」
「お邪魔するわよ」

 招かれざる客である、この年下のひどく大人びた少女を、アルシャが不思議
そうに眺めていた。

「一体どうしてここに?」
「マザー・エルゼの遣いできたのよ」
「エルゼさんの・・・?」

 <<クーロンの道標>>とも呼ばれるエルゼは、ジェーンの居る占い館の『主
人』であり、本来ハーディン氏を占うはずの女性だった。
 ロッティーは実際にあったことはなかったが、その力量はクーロンで名を馳
せているという事実だけで十分に窺い知れた。

「マザー・エルゼは今回の事をとても残念に思ってるわ。マザーがハーディン
を占っていればソフィア姉さんが死ぬこともなかったんですもの」
「エルゼさんは何と?」
「今すぐハーディン氏とその娘を伴ってクーロンの占い館に来るように。です
って」

 エルゼの申し出はあり難いことだった。
 しかし、何故かロティーには素直に受けることができなかった。
 それは同業者としての意地なのか、予感なのか、ロッティー自身にも分から
ない。

「レイヴンさんが戻ってくるまで、待ってください」

 ジェーンは、言葉を濁すロッティーを探るように覗き込むと、妖しく囁く。

「占って、あげましょうか?」
「え・・・?」

 群青色の瞳は、今、青白い星のように輝いていた。
 その色は何処か不吉で、ロッティーは思わずひるんだ。

「悩み事があるんじゃない?そのくらいだったら私だって占ってあげられるわ
よ」
「いえ、いいです・・・」
「占ってもらえばいいじゃないですか、ロッティーさん」

 アルシャがどこかはしゃぐようにロッティーをけしかける。
 しかし、ジェーンの言葉は、アルシャの想像していたものとはかけ離れたも
のだった。

「貴女は――これ以上この事件に関わると、死ぬわよ。ロッティーさん」

 顔面蒼白のアルシャに対し、ロッティーは驚くほど無表情でその言葉を聞い
ていた。

「それは・・・忠告ですか?」
「占いの結果よ」

 口元を上げて、ジェーンは試すように目の前の年上の占い師を見上げる。
 
 ―――義母さん、気をつけて。義母さんの頭に何かが落ちてきて、死んでし
まう夢を見たの。
 ―――貴方様には死相が出ております。

 瞬きも、息を吸う音さえも聞こえない空白の時間。
 その間にロッティーの中で、過去に自分が言った台詞がこだまする。

(――――あぁ。)

 それは絶望ではなく、むしろ恍惚の吐息であった。
 
(そういう事だったのか)

 占い師は、自分の未来を占うことが出来ない。
 そして、ハーディンの未来を占えない自分――――
 彼の運命に己の運命が交差して、『何かが』起きようとしている。

「有難う、ジェーン。おかげで悩む必要もなくなったわ」

 ロッティーは、笑みさえ浮かべていた。
 穏やかな顔は変わらぬままだというのに、彼女には揺ぎ無い強い意志が見ら
れた。
 
「面白く、ないわ」

 その笑みに思わず魅せられたジェーンは、口を尖らせて心底呟く。

「面白く無い」

「そうかしら。私は、今まで自分の言葉というものがどれほど他人に影響を及
ぼすのか、ちっとも知らなかったんだわ!あなたのおかげで知ることが出来た
のよ?ジェーン」

 どこか、歌うように話すロッティーにたまらずアルシャは声を上げる。

「ロッティーさん!!貴女の身をそんな危険に晒すわけにはいきません!!私
は、自分の事ぐらい何とかします、だから…」
「私は、大丈夫よ。このことはレイヴンさんにはけして言わないで」
「でも!!」
「お願い」

 そっとアルシャの手を握ったロッティーの目は、穏やかな琥珀色から、まば
ゆい金へと変化していた。
 アルシャは一瞬頭が真っ白になって、ただ頷く。 

「はい……」
「……………じゃあ、私はそろそろお暇するわ」

 その光景を横目で見てたジェーンは、未だ不機嫌な顔をしていた。
 それでも、その勝気な目でロッティーを見上げて、捨て台詞を吐くことは忘
れない。

「私とあなた、どっちが勝つか勝負よ」
「私も自分の命がかかってるんですもの、負けるわけにはいかないわ」

 その言葉は、いままでロッティーが口にしたことも無い、好戦的なものだっ
た。  

  △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

「本当に、良かったんですか?」

 そういって、心配そうに見つめるアルシャを残して、ロッティーは部屋を出
た。
 もうすぐ夜になるが、レイヴンたちが現れる兆しは無い。
 何時までも窓の外を眺めている気にもなれず、ロッティーは外に出ることに
したのだ。

「失礼、お嬢さん」

 そこに、若い男の声がかかる。
 艶やかな黒銀色の髪に、暗闇に溶けるような黒い服に。
 薄暗い宿屋の廊下の照明の下でも、その青白い肌だけがくっきりと浮かび上
がって・・・ 

(闇に―――囚われる)

 脳裏に浮かんだ危険信号にロッティーは即座、後ずさる。
 恐怖と反比例して輝きだした瞳に、男の腕が素早く伸び視界を覆った。
 冷たく細い指先が、ただ、それだけでロッティーから一切の光を奪い、闇へ
と誘った。 
 動くことの出来ないロッティーに冷ややかな声が届く。

「無駄な抵抗だ。悪魔に幻など、効かん」

 悪魔……『四つ羽の死神』?
 目の前の男は、一瞬見ただけでも忘れられないような美貌の持ち主だった。
 今は頭の中でその男の顔を思い浮かべる。
 ハーディンに死を運ぶ、死神に自分も殺されてしまうのだろうか。
 圧倒的な力の持ち主を前に、体が震えたが、ロッティーの本能は別のことを
告げていた。

(彼は、『私』の敵ではない。今はまだ……)

 今は、まだ?

「ハーディンの娘は何処だ?答えぬならばお前は二度と光を見ることはできな
いぞ」

 威圧的な口調の裏に、脅すような…否、試すような響きが宿る。
 この場所を突き止めた男なら、当然ロッティーを脅すまでも無くアルシャを
見つけられるはずだ、それなのに、なぜわざわざこんな真似を・・・?

「震えが止まったな」
「貴方の敵は私ではないわ」

 ロッティーの言葉に、男は怒るわけでもなく、ふと自嘲の笑みを浮かべたよ
うだった。

「奴が女などと手を組んだとは、気でも狂ったのかと思ったが…」
「奴……?」

 ロッティーは男の言葉に何か引っかかるものを感じて問いかける。


 運命が、交差して。
 人は再び出会う。
 運命の鍵を握るのは、すべてを壊す『四つ羽の死神』と――『再会』のカー
ド。

 ――屍を見下ろすレイヴンと、漆黒の悪魔――

 ユルサナイ。
 俺は貴様を決して!!


「あ…」
「そう、俺の敵は――」

 ロッティーの頭の中で、何かが繋がろうとしていた。
 未来――?それとも過去…?
 


「イステスッ!!」 


 怒声が二人の間にあった、一瞬のつながりを断ち切った。
 男、イステスが離れ、ロッティーの視界に再び光が戻る。
 イステスの立っていた場所は、床から壁にかけて、いく筋もの跡が傷となり
残っている。
 レイヴンの鉄鎖だった―――。

「ロッティー大丈夫か!?」

 精神世界に無理やり干渉されることになったロッティーは、自我のコントロ
ールが出来ず、ただ呆然と座り込んだ。
 そんなロッティーの姿がレイヴンの怒りに余計に火をつけ、レイヴンはかつ
ての相棒を鋭く見つめた。
 イステスもあの冷静な態度を捨て去り、同様の激しさをもってレイヴンを見
ていた。
 
「そうだ!俺の敵は貴様だ!レイヴン!!」

2007/02/25 23:21 | Comments(0) | TrackBack() | ○四つ羽の死神
9.『四つ羽の死神』激闘編~/ロッティー(千鳥)
---------------------------------------------------
  PC  レイヴン  ロッティー
  場所  クーロン郊外・サイサリア地区
  NPC 虚無の空イステス アルシャ ジェーン
---------------------------------------------------
激闘編

 一息で詰められる距離、近い様で、しかし遠い距離をあけ、二人の…否、2
体の男が対峙している。
 張り詰めた空気の中、双方無言で睨み合うその光景は一見して冷戦―冷たい
睨み合いの戦いに見えるが、見る者が見るとその戦いが、決して冷戦などと言
う『冷たい』表現の当てはまる事のない、激しいまでの怒りと怒りのぶつかり
合いだと言うのが分るだろう。

 先に動いたのはレイヴンの方だった。
 彼はその巨体からは想像もつかない程のスピードで悪魔との距離を詰めると
、鬼のそれと比べると細く、華奢にすら見える悪魔の肩を両手で掴んだ。

「おおおおおお!!!」

 レイヴンはそのまま雄叫びを上げてイステスを廊下の壁に叩きつけた。
 一体どれ程の力を入れればこうなるのか…
 頑丈なはずの石造りの壁は、悪魔が激突した瞬間木端微塵に吹き飛んだ。

 レイヴンはイステスを掴んだまま宿屋の外まで直進し、そのままの勢いで反
対側の建物に叩きつけた。
 だがその壁は先ほどの壁とは違い、衝撃で崩壊することなかった。

「イステス、お前さんも変っちまったな」

 イステスを壁に押しつけたまま、レイヴンが呟く様に言った。

「お前さんは、無抵抗の女子供には手を出さなかったんじゃあねぇのか?」

 呟くレイヴンの言葉には、静かな怒りが込められていた。

「それは百年前の話しだ。百年経てば、悪魔だって変る事もある。それに…」

 冷たく返すイステスは、そこでいったん言葉を区切り…

「俺を変えたのは、他でもない、貴様だろうが『戦く大地レイヴン』!!!」

 怒声と共にイステスはレイヴンの腕を掴み返した。そして…


 レイヴンの巨体が浮いた。


 イステスはその細身からは想像も出来ない膂力でレイヴンを投げ飛ばしたの
だ。
 投げ飛ばされたレイヴンは空中で身を捻り、片手で受身を取って着地する。
 顔を上げたレイヴンの眼に、高速で迫る拳が映った。
 一瞬で距離を詰めたイステスが放った拳だ。
 レイヴンはそれを片手でさばき、続け様に放たれた膝を肘で叩き落し、その
まま裏拳をイステスに叩きこむ。
 しかしイステスもレイヴンの裏拳を裏拳で受け止め、そのまま右回し蹴りを
繰り出した。
 遠心力をつけた素早く重い蹴りは、しかしレイヴンの巨大な手に足首を捕ま
れる。
 レイヴンが両手でイステスの足を折りに掛かるよりも早く、イステスは捕ま
れた足を軸にして回転し、左回し蹴りをレイヴンの側頭部に叩きこんだ。

「ぐぬ…」

 レイヴンが側頭部を押さえて呻く。
 常人がモロに食らっていれば、頭が砕け散るか、身体と強制的に離れ離れに
されるかの強烈な蹴りだった。

 イステスは呻くレイヴンに追い討ちをかけるべく抜き手を放つが、レイヴン
はそれよりも一瞬早く飛び退いていた。

「どうした、レイヴン? お前、弱くなったのか?」

 抜き手を放ったままの体勢でイステスが呟く。

「それとも、お前…手を抜いてるのか?」

 刹那、抜き手を放ったイステスの手に大量の魔力が集まる。
 魔力は黒い風となってイステスの手を包んで行く。

「どっちだ、戦く大地!!!?」

 叫び、手に集まった黒い風の塊をレイヴンに投げつける様に開放する。
 放たれた黒い風は、まるで黒い刃のような形をなし、地面を、空気を、音を
切り裂きながらレイヴンに迫った。

「れ、レイヴンさん!」

 凄まじい速度で迫る黒いかまいたちに集中していたレイヴンは、危うくその
声を聞き逃す所だった。
 レイヴンの真後ろ、彼が破壊した宿屋の廊下から、自分を呼ぶロッティーの
声が聞こえたのだ。
 おそらくそこには、崩壊した廊下の穴から顔を覗かすロッティーがいるのだ
ろう。

「ちっ」

 レイヴンは舌打ちをし、地面に手を押しつけた。
 瞬間、地面が盛り上がり土の壁が突き出てきた。
 黒いかまいたちは土の壁に阻まれて四散した。

 レイブンは歯軋りした。
 舌打ちをしたのはロッティーに対してではない。
 むしろこんなに早く回復してくれて嬉しいくらいだった。
 精神世界に干渉されたことで何か障害が残らないか心配だったが、声を聞く
限りその心配はないだろう。

 原因はイステスだった。
 いくらレイヴンの身体が大きいとはいえ、彼にはロッティーが見えていたは
ずだ。
 もし、レイヴンがロッティーに気づかず回避に回っていたら…

「イステスよぉ、お前は本当に変っちまったんだな…」

 そう呟き、レイヴンは先ほどのイステスの言葉を思い出した。


―――俺を変えたのは、他でもない、貴様だろうが―――

 レイヴンは再び歯軋りした。


「レイヴンさん。ごめんない、私…」
「ああ、いや、謝らねぇといけねぇのは俺のほうだ。すまねぇな、こんな目に
合わせちまって…」

 ロッティーの言葉を遮り、レイヴンは彼女に振りかえりながら言う。

「だが、安心しろ。お前さんも、アルシャもぜってぇに守ってやる。これ以上
は指一本触れさたりはしねぇ」


―――イステス、お前さんも変っちまったな―――


 突き出してきた時の逆再生の様に戻って行く土の壁を見つめながら、イステ
スはレイヴンの言葉を思い出す。

「レイヴン、お前は百年経っても変っていないんだな」

 レイヴンに視線を移したイステスの瞳は、今までの激しい感情の爆発が嘘の
様に恐ろしく冷たくなっている。


「百年前も、お前は同じ事を言っていたよな?」


 イステスの背中から、漆黒の翼が突き出す様に生えた。

「だが、全てが同じではないな。今度は、お前が失う番だ」

 イステスから強大な魔力が溢れ出す。
 その尋常ならざる量にレイヴンもロッティーもハッとしてイステスを見る。

「何をする気だ、イステス!!」

 レイヴンが怒号を張り上げるが、イステスは冷たい目を向けるだけだ。


「れ、レイヴンさん。空が!?」

 ロッティーが悲鳴にも似た声をあげる。
 レイヴンも空を見上げ、絶句する。

 今日の夕方は雲がなかった。
 時間帯で言えばもう夜なので、空にはきっと雲一つなく、綺麗な星空が覗え
ていただろう。

 が…
 
 見上げた夜空には何も無かった。
 星も、雲も、いや、空事体が無くなってしまったのではないかと思えるほど
何もない空間が広がっていた。

「俺の二つ名を忘れたわけじゃないだろ? 戦く大地」

 イステスのその言葉に、レイヴンはハッとして彼に視線を戻す。

「イステス、まさか『虚無の空』を『張っていた』のか?」

 レイヴンの言葉に、イステスは冷たい笑みを浮かべる。

「一番最初、お前は俺を掴んで宿の外に運び出したよな」

 言いながら、悪魔は『虚無の空』を見上げる。

「それはあのままあの場所で戦闘を続行していたら、そこの女占い師やハーデ
ィンの娘に被害が出ると思ったからだろう? いや、そうじゃないな。お前は
あの宿にいた人間、全員を守ろうとしたんだろう? ふ、邪魔な人間は平気で
殺めるくせに、無関係な人間は守ろうとする…お前はぜんぜん変って無いな」
「イステス、そいつは俺様をちぃっとばかし買かぶり過ぎだぜ? 外に移動し
ちまったのは不可抗力だ。それに、もし無関係の人間を巻きこみたく無いと思
ってんなら、人通りの多い外に戦場を移すわけねぇだろ?」

 空を見上げるイステスへ軽口を叩きつつも、レイヴンの額からは汗が噴出し
ていた。
 少しずつ後ずさり、背後にいるロッティーを一瞥する。

「ふ、今は夜だから人通りは少ないと思ったんだろ? 実際人っ子一人見当た
らないしな」

 イステスの言う通りだった。
 夜で、郊外とは言えここはクーロンだ。
 多少の人通りはあってもおかしくは無かった。
 しかし、今は人っ子一人、猫一匹見当たらない。

「俺の『虚無の空』は、任意の対象を外す事が出来る。そうした対象は虚無の
空の下にはには存在しなくなる。いや、無意識の内に遠ざけるようになる。今
ここには俺とお前等しか、存在していない。そんなことも忘れていたのか? 
レイヴン」

 レイヴンは今日何度目かの歯軋りをした。
 別に忘れていたわけではなかった。
 おそらく彼が宿屋に現れた時から『虚無の空』は張られていたのだろう。

 ただ、イステスが本当に『虚無の空』を使うとは思わなかったのだ。


「イステス、ロッティーが『虚無の空』の中にいるのはどうしてだ?」
 
 レイヴンが真剣な口調で問うた。
 結果はわかりきっていたことだが、何かを期待していたのかもしれない。

「ふ、ふふ、くはははははははははははははははははははははははははははは」

 イステスは笑った。
 底冷えするような悪魔の笑い声を上げた。
 空気を震わせる黒い風が吹きぬける。
 その気配にロッティーが身震いした。
 だが、ロッティーの琥珀色の瞳は、イステスの心が泣きながら笑っていたの
をはっきりと見ていた。

「くそ! ロッティー!! これに包まれ!!!」

 ロッティーを現実に戻したのはレイヴンの叫び声だった。
 我に返ったロッティーの目に映ったのは、視界を覆い尽くす大きな赤いマン
ト。
 レイヴンが咄嗟にロッティーに向って自分が羽織っていたマントを投げたの
だ。

 ロッティーがマントに包まれた。

 刹那。


 『虚無の空』が発動した。


 真っ暗の視界の中、ロッティーは自分の身体に物凄い圧力が掛かるのを感じ
ていた。
 悲鳴を上げたくとも上がらなかった。
 肺が押し潰されて声が出ないのだ。
 立っている事が出来ず、両手を突き、押しつけられるように地面に沈んだ。

 なんとか息が出来るのは、マントのおかげなのだろう。
 いや、息が出来るだけでは無い。本来なら人間が耐えられるはずの無い重圧
なのだ。
 ロッティーはマントを握り締ながら、レイヴンの身を案じた。


「イス…テスゥ! テメェ、マジで、マジでやりやがったな!!」

 物凄い力で上から押しつけられ、レイヴンは跪くように膝を突いていた。
 周りの建物が悲鳴を上げ、あるいは押し潰されて行く。

 そんな中、漆黒の羽をはやした悪魔だけが、平然と佇んでいた。

「ぐ、ぬぅ…」

 レイヴンが歯を食いしばり呻く。
 重圧がじょじょに強まっていく。
 虚無の空が一回り大きくなっている…
 いや、その表現は正しくなかった。

 虚無の空が段々と落ちてきているのだ。

「このまま空に押し潰されて死ぬか? 戦く大地。それとも、俺の手で逝かせ
てやろうか?」

 イステスの手に、いつのまにか巨大な大剣が握られていた。

「ハルバード…お前との友情の証として、お前の持っているハルベルトと共に
作った剣だったな」

 大の大人でも持て余すような巨剣―ハルバードをイステスは片手で振るう。

 重圧に押し潰されそうになるも、レイヴンは冷静に辺りに視線を配らせ、イ
ステスに気づかれない様に何かを探す。

「なあ、イステス…どうせ殺すんなら…最後の頼みってのを…聞いてくれねぇ
かい?」

 重圧に途切れ途切れになるも、レイヴンは口元を緩めて笑みを浮かべながら
言った。

「……遺言くらいなら聞いてやろう」

 イステスは大剣の切先をレイヴンの喉にあてがうと静かにそう言った。

「あいつは助けてやってくれねぇかな?」

 と言い、レイヴンは側に落ちているマントの中心をちょこんとふくらませる
マントに比べるととても小さなふくらみを重圧に逆らいながら親指で指差す。

それを見て、イステスは冷笑した。

「この期に及んで、何を言ってんだ」

 しかしそれは冷笑ではなかった。
 何か、昔を懐かしんでいるような、そんなニュアンスを含んだ笑みだった。

「確かに、な」

 レイヴンもまた、重圧に押し潰されながらも笑っていた。


「…レイヴン、俺はずっとお前に聞きたい事があった。殺す前に聞いておいて
もいいよな?」

 再び、イステスから笑みが消えた。
 レイヴンモまた、笑みを消していた。

「あの時、俺はあの場所にはいなかった。俺が駆け付けた時には、彼女はもう
永遠の眠りについた後だったからな」
「待て、その話しは…」

 レイヴンが苦しげに話しを止めようとするが、イステスは構わず続ける。

「彼女の命を奪ったのは、本当に…貴様なのか? レイヴン」

 イステスは何を期待していたのだろうか、答えは分かりきっていた事だと言
うのに…

 一瞬の空白、いや、それは一瞬だったのか一年だったのか…
 レイヴンはゆっくりと口を開いた。


「そうだ」


 かつての相棒の口から出た答えに、悪魔はわずかに戦慄した。
 鬼の首に当てていた巨剣が震え、赤い筋を生んだ。

「う、うおおおおおおおおおおおおああああああおおおおおあおおおおおお」

 悪魔が咆えた。
 巨剣を振り上げ、大上段に構える。

 しかしその瞬間、鬼が足元に転がっていた巨大槍斧―ハルベルトを掴んだ。
 そしてがら空きになった悪魔の喉笛に突き刺そうとし…
 しかし、これまでに無いほどの重圧がレイヴンを襲った。
 ハルベルトの槍がイステスの喉に届く寸前、レイヴンは地面に沈んだ。

「死ねぇ!!! 戦く大地!!! レイヴン!!!!!!!」

 イステスが大剣を振り下ろす。


 が、それが振り下ろされる事は無かった。


「な、なぜだ…なぜ…?」

 地面に埋まるレイヴンを庇う様に、一人の小柄な影がイステスとレイヴンの
間に割りこんでいた。
 イステスの大剣は、彼女の目前で停止している。
 一歩間違えれば、彼女は真っ二つになっていただろう。
 
 いや、それ以前に…

「ロッティー?」

 いつまで経っても訪れない死に疑問を抱き、顔を上げたレイヴンがすっとん
きょうな声をあげた。
 彼女はレイヴンを振りかえらず、じっとイステスを見つめていた。

「なぜ、君が? エフィメラ…」

 イステスが震える声をあげた。
 彼の目には、ロッティーが別人に映っているようだ。
 おそらくロッティーと同じような黒い、綺麗な長髪の女性が見えているはず
だ。

 虚無の空の重圧が一瞬収まった。

 レイヴンは目を閉じ、ハルベルトをドリルの様に回転させながらイステスの
胸に打ちこんだ。

 口と胸から大量の血を噴出しながら、イステスは数m吹き飛んだ。
 その胸は大きく抉れていたが、普通の人間だったら穴が開く位ではすまなか
っただろう。

 虚無の空が一瞬ぶれた後、跡形もなく消滅し、夜空を覗かせた。

「ロッティー、お前さん、いったいどうやってあの重圧の中を…いや、今はそ
んな事はどうでもいいか」

 ロッティーを一瞥した後、レイヴンはイステスに向き直った。

「く、くはっはっはっはっは、皮肉なもんだ、お前が殺した彼女に助けられる
なんてな」

 イステスは胸を押さえ、起きあがる。

「その女占い師に感謝するんだな戦く大地」

 そう言い、イステスは漆黒の翼をはためかせる。

「まて、イステス!」

「いいのか、俺なんかにかまっていて?」

 胸を押さえ、苦しそうにイステスは笑う。
 その意味がわからずレイヴンは片眉を上げる。

「言っただろう? 『虚無の空』は任意の対象を外せるってな。ハーディンの
娘もその対象に入れておいた。今頃は夜のクーロンを一人で歩いているだろう
よ?」

 その意味を理解したロッティーの顔色が変る。
 夜るのクーロンはとてもじゃないが温室育ちのお嬢さんが生きて変えれるよ
うな所では無い。
 
「はっはっは、あばよ!」

 そう言い残し、イステスは夜空に舞い上がって行った。


「れ、レイヴンさん」

「やってくれたな。ロッティー、ちょっくらアルシャの嬢ちゃんを迎えに行っ
てくる。もう少し宿屋で待っててくれや」

心配そうなロッティーを振りかえるレイヴンの顔はしかし、なにか嬉しそう
でもあった。

2007/02/25 23:24 | Comments(0) | TrackBack() | ○四つ羽の死神
10.『四つ羽の死神』星の導き編~/レイヴン(ケン)
---------------------------------------------------
  PC  レイヴン  ロッティー
  場所  クーロン近くの町の宿前 クーロン
  NPC アルシャ  マイク エルゼ ジェーン
---------------------------------------------------
星の導き編
 
「俺はアルシャを探してくる。ロッティーは少し宿屋で待っててくれや」
「ま、まってレイヴンさん、私も・・・!」
 
 背を向けたレイヴンにロッティーは必死で呼びかけた。しかし、その巨体は
一度も振り返ることなく夜の闇の中へと消えた。そして実際ロッティーにも、
走って彼を追うだけの体力は残っていなかった。イステスとの接触がロッティ
ーの身体的にも精神的にも大きな負担となっていたのはレイヴンにも良く分か
っていたのだろう。

 緊張の糸が切れたロッティーは、へなへなと座り込む。『虚無の空』が拭い
取られた夜空には、幾年も変わることなく輝き続ける星々が広がっていた。

「どうしよう・・・なにも分からないわ」

 先が見えない事を不安に感じるのは初めてだった。ただ一人、暗闇の中に取
り残されたような孤独感を消す事はできない。ロッティーはのろのろと立ち上
がると、宿屋へと足を進めた。宿屋に置き忘れた人形を無意識のうちに捜し求
めていたのだ。

「すまないねぇ。お客さん、なんだか知らんが急に壁に穴が開いちまったん
だ…」
「いえ…」

 宿屋に戻ると、レイヴンとイステスの最初の一撃の跡が痛々しくも残ってい
た。その後の出来事はすべて『虚無の空』のなかで行われたため、宿の主人
も、その光景を眺める客たちもロッティーとレイヴンたちが騒ぎの原因だとは
知るすべもない。そのまま、食堂を抜け二階へ上がろうするロッティーを、客
の一人がふいに呼び止めた。

「随分とふらふらじゃねぇか。まぁ座ったらどうだい?」
「!」
 
 その男はテーブルで酒をあおりながら、意味ありげにロッティーの腕をつか
んでいた。

「何…のことですか」

 酔っているのかもしれない。ロッティーは腕を振り払おうと力を入れたが、
男の手はぴくりともしない。

「あんた、あの中にいたんだろう?魔族のはった結界からよく逃げ出せたもん
だ」

 イステスの張った『虚無の空』は外部からは不可視の空間であった。しか
し、悪魔と鬼の力がぶつかり合ったのだ。余波ですら魔法や気配に敏感な者な
らば決して見逃せるものではなかった。ロッティーがひるんだ隙に、男は勢い
よくロッティーを隣の席に座らせた。

「貴方、何者なの?」
「俺?おれぁ、しがないハンターのマイク=ビルズだ。あの『戦く大地』と居
たんだろ?仲間への土産話にちょいと尋ねるくらいいいじゃあねぇか」

 少し呂律の回っていないジョーンという男は、確かに旅の冒険者といった装
いであった。三十代前半だろうか、無造作に伸ばした髪と髭はだらしないが、
その瞳に宿る光は強い。ロッティーの知るレイヴンやヨシュアといったハンタ
ーとは纏う空気に明らかな格差があったが、二つ名を持つ彼らと比べるのは酷
なことかもしれない。マイクは武器を身につけてはいなかった。

「別に、貴方に話すようなことは無いわ」
「口が堅いねぇ。お嬢さん。警戒されちまったようだなぁ」

 勧められた安酒を断りながら、ロッティーは疑いの目で男を見ていた。確か
にこの辺りは、クーロンの住民たちの略奪が絶えない為、仕事を探す中堅の冒
険者がごろごろしていた。しかし、彼がハーディンの設計図を狙う人々に雇わ
れたハンターで無いとはどうして言えようか。

「ただ話を聞きたいだけ?嘘じゃないわよね?」

 ロッティーは身を乗り出し、マイクの顔を覗き込むようにして尋ねた。それ
に気がついて、マイクもロッティーに顔を向けたが、その黄金色の瞳と目が合
うと途端に顔を引きつらせた。
 魅了の瞳――ロッティーのその目に囚われたものは、消して本心を偽る事が
できない。この力をうまく操れるようになったのはつい最近だったが、その拘
束力は隙さえつけばあのイステスですら逃れることが出来ないほど強力だっ
た。この力の応用として、相手に無意識のうちに暗示をかけることも可能であ
ったが、ロッティーは善良な性格の持ち主であったのでそんな使い方など思い
つきもしない。

「ぁ・・・ それは…」
「それは?」

 マイクの顔には葛藤が表れていた。ロッティーは更なる情報を得るために、
一層強く男を見つめた。しかし、次の瞬間マイクは腰を上げ、互いの唇が触れ
そうなほどの至近距離で言葉をつむいだのだった。

「それは嘘だ」
「きゃっ」
 
 ニヤリと笑ったマイクに今度はロッティーが小さな悲鳴をあげてのけぞる。
こんな風に術を返されたのは初めてだった。

「美人に見つめられるのは悪い気はしないが、その術は自分も無防備になる事
を忘れないほうがいいぜ。口説きたくなるからな」
「~~~っ!!」

 反撃する言葉が見つからないままロッティーは立ち上がった。このハンター
の目的は分からなかったが、ただの野次馬ではないことは確かだった。「それ
は嘘だ」という男の答えは本物に違いないのだから。 

「おっと。まってくれよ!悪かった。怒らせちまったな」
「貴方とこれ以上お話しするつもりはありません!!」

 珍しく語気を荒げロッティーは歩き出した。後ろでひたすら謝り続ける男の
台詞に耳を塞ぎながら、ロッティーは階段を上がる。そして、最後の段を上り
きったところでくるりと振りかえった。

「貴方に部屋を覚えられるのは不愉快だわ」

 マイクはロッティーの怒りように、肩をすくめて苦笑すると前に握りこぶし
を突き出した。

「ならば、こいつをハーディンに渡してくれないか?屋敷に行ったはいいが、
壊滅状態。あの男はどこにいるのか、一向に足取りがつかめなくてな」
「ハーディンさんに…?」

 襲撃を恐れたハーディンは、隠れ家に身を隠していたのだ。男の拳の下に、
ロッティーは手を出した。彼女の手に乗せられたのは、小さな石ころだった。
 
「これは…?」
「こいつは『カナマンの設計図』の最後のパーツ。これでハーディンの計画は
実行されるってわけだ」

 *********

「レイヴンさんと、ロッティーさんどこに行ったのかしら・・・」

 アルシャは、二階の窓から二人の死闘を目の当たりにした。正確には、レイ
ヴンに投げ飛ばされたイステスが正面の建物に叩きつけられた所までの戦い
を。その途端にロッティーを含む三人の姿がかき消え――イステスの『虚無の
空』によってだが――アルシャは慌てて、三人を追うため宿から単身飛び出し
ていた。
 しかし、どこを探しても3人の姿は見つからない。レイヴンが戦っていた男
は、アルシャの屋敷を襲った男に間違いない。半壊した屋敷と、多くの人々の
命を殺めた圧倒的な男の強さを思い出して、アルシャは震えが止まらなかっ
た。

(だ、大丈夫よ。きっと。レイブンさんは強いんだもの)

 レイヴンの強さについては、アルシャは絶対的な信頼をよせていた。しか
し、ロッティーは・・・ロッティーはジェーンに『死の宣告』を受けている身だ。
もし彼女に何かあったら、アルシャと父親の未来すら絶たれてしまうのではな
いか。不安ばかりつのり、アルシャは夢中で二人の姿を探した。
 どれだけの時が経ったのか、アルシャ自身にも分からなかった。灯りが消え
た無人の町をただ走り回っていた。その代わり映えの無い景色がある瞬間、少
女の小さな一歩で、ふいに変化する。

「え!?」

 自分が『虚無の空』の空間を介して、クーロンの中枢まで来てしまった事な
ど、アルシャに知るすべもない。彼女は身を寄せる小さな町から、突如夜の繁
華街へ飛び出した。しかも、そこに漂うのは、健全なものなど欠片もない、大
陸一の犯罪都市のむせ返るような臭いだ。
 呆然と立ちすくむアルシャ。その異質な存在に周囲が気が付き始めるのはそ
う遅くなかった。

「おぃおぃ。こりゃあ度胸のあるお嬢ちゃんだな。」
「ズィーノはもう少し北だぜぇ?」

 男の言葉にどっと辺りが笑い出す。ズィーノといえば、娼館の立ち並ぶ街で
ある。アルシャは顔を真っ赤にして踵を返した。

「おっと、何処に行く気だい?この街は危ないからなァ。朝まで俺たちが面倒
みてやろうじゃないか」
 
 この街で力ない者が生き延びるのは、強いものの所有物になるしかないの
だ。男たちの腕から逃げ回るアルシャは、まさに小さな小動物そのもので、狩
る側である男たちはしばらく笑いながらその遊びを繰り返していた。

「その娘はアタシの客だよ。わるいが離しちゃくれないかね」

 そろそろ飽きた男たちが本気でアルシャに掴みかかろうとした時だった。凛
とした老婆の声が辺りを静めた。フードを被った小柄な老婆が、大男たちを押
しのけながらアルシャの前に出てきた。瘤(こぶ)でもあるのだろうか、肩の
辺りでフードがこんもり膨らんでいる。老婆の隣には、アルシャの見知った人
物の姿もあった。

「あなた・・・ジェーン…?」

 十二、三歳の年のころの灰色の少女は、呆れたようにアルシャを見ている。

「あなた本当に世間知らずのお嬢さんなのね。夜のクーロンに来るなんて。私
があなたを見つけてマザーに知らせなかったらどうなっていた事かしら」
「あなたが・・・?」

 ジェーンの言葉に驚きつつもアルシャは立ち上がった。不服そうな辺りの声
を尻目に、老婆はアルシャの手をとり、人ごみを抜けていく。老婆の手は皺だ
らけで堅かったが、手から伝わる温かさにアルシャは安堵する。

「おぃおぃ、いくらアンタでも、そう勝手に・・・アグァァアッ!!!」

 老婆の進路を遮ろうとした男が突然うめき声を上げた。黒い影が、老婆と男
の間をよぎり、男の腕から鮮血が飛び散る。

「それくらいにしておきなさいな。ジェーン」

 そこには、灰色の毛並みの獣が噛み切った男の腕を咥えて立っていた。酔い
の醒めた男たちが一気に散っていく。

「あなた、ジェーンなの!?人間じゃないの?」
「私達は人間なんかより、身体能力も予知能力もずっと上なのよ」

 咥えていた肉塊を放り投げると、再びジェーンは幼い少女の姿に戻り、落ち
ていたマントを羽織った。

「それに人外の血が流れているのは貴女だって一緒じゃないの」
「な、何を言っているの??」
「ジェーン」

 老婆にたしなめられると、少女はツンと顔をそらせた。

「どういう事なんです?あなた一体誰なんですか?」
「アタシの名は、エルゼ。『クーロンの標』にして幻蝶館の主さ」

 ハーディンが雇うはずであった、クーロン、いや、大陸一とも言われる腕前
の占い師を前にして、アルシャは目を丸くした。この老婆とロッティーがいれ
ば、父も助かるかもしれない。男たちから自分を救い出した恩人をアルシャは
期待をこめて見つめた。しかし、アルシャの澄んだ青い目から老婆は視線を外
した。

「その目はあの男そっくりだね。アンタの母親の目は、それは美しいグリーン
だったのに」
「母を知っているのですか?」

 自分を生むと同時に死別した母親の存在をアルシャはよく知らなかった。屋
敷には肖像が一枚残っていないのだ。

「もちろんだよ。ついてくるがいい。詳しい話をしてあげよう」

 そういって、老婆は暗い路地を指差した。それは光から闇への入り口だっ
た。焦る気持ちのアルシャには二度と光の側に戻って来ることのできない事な
ど考える余裕などなかった。背中に二つの瘤を背負った老婆と、灰色の髪をし
た獣人の少女に誘われ、アルシャはクーロンの闇へと引きずり込まれていった
―――

2007/02/25 23:25 | Comments(0) | TrackBack() | ○四つ羽の死神

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