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2024/05/16 16:06 |
立金花の咲く場所(トコロ) 16/アベル(ひろ)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ギア 
場所:ギサガ村

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ヴァネッサ、今……。」
 アベルは自分の思考がほとんど止まりかけているのを自覚しながら、
それでも何か言わなくてはと、絞り出すようにうめいた。
 ここにきたのに深い意味は無かった。
 実に単純に、どうせアカデミーの話になるのなら、一緒にきこう、と
それだけのことだった。
 きてみたところなにやら深刻そうな話をしてるみたいだったので、藪
からでるに出れなくなってしまったのも、なんとなくていどの事だった。
 そんな中、出るタイミングをうかがっていたアベルが聞いてしまった
のは、ヴァネッサの命が長くないという事実だった。
 辺境の小さな村で生きてきたアベルにとって、家族は小さな世界のほ
とんどといっていいほどの存在。
 それも、冒険にでた父なら有る程度覚悟の範疇といえるが、よりにも
よって、最も近くの存在である姉が欠けるなど、想像の中ですら考えた
ことのないことだった。
「そ、その話……本当なのか?」
 喉の奥が乾いて張り付いたかのような……なぜか体が声を出すのを拒
絶してるかのような感覚を感じながら、アベルはようやくで声を絞り出
す。
「アベル君……。」
 ヴァネッサも隠し通せるとは思ってなかったが、打ち明けるのはもっ
とさしせまってから、と考えていたため、まだ心の準備ができていず、
動揺を隠せなかった。
 それでも仮にも姉であるヴァネッサは、つとめて冷静に返事をした。
「ええ、ほんとうよ。私のお母さん……生んでくれたお母さんもそうだ
ったし、おばあちゃんもそうだったの。」
「なんでだよ!」
「私達の血筋は強力な呪詛に縛られてる。それから逃れる術はないのよ。」
 ヴァネッサは全てを受け入れたかのように静かに話した。
 その様子に口を挟もうとしたギアも躊躇してしまったほどだった。
 だが、アベルはむしろ何かいわなければならないことがあるような気
がして、さっきまでとは逆に考えるより先に口を開いていた。
「ヴァネッサが自分で確かめたわけじゃないだろ! アカデミーにいけ
ば情報も集められるかもしれないし、修行次第で、自分の力でのろいを
解けるかもしれないじゃないか。」
「ダメよ。私達の運命は決められているの。」
「だから、何もする前から決め付けるなよ!」
 アベルは言い知れない怒りにも似た思いを感じていた。
 その思いが先ほどからアベルの口を動かしていたのだ。

 自分の運命を真の親からきいたのなら、ヴァネッサがこの村に来たと
きにはすでに覚悟が決まっていたのかもしれない。
 アベルが覚えている最初から、ヴァネッサは「良い子」だった。
 優しく気のつく少女は村の大人達にも可愛がられ、アベルにとっても
自慢になる姉であった。
 とはいえ、人のためにという思いが強すぎ、先の洞窟のときのように、
飛び出していってしまうところがあり、アベルでさえも心配させられる
こともあった。
 それも持ち前の優しさが過ぎているのだろうと思っていたのだが、も
しそれが、自分をあきらめているがゆえ、外に向ける思いが先走るのだ
としたら……。

「アベル君……私は大丈夫だから……。」
 思いが言葉にならずに焦れるアベルを気遣うように、ヴァネッサはゆ
っくり近寄り、軽く頬に触れようと手を伸ばす。
「違う!」
 その手をつかみ、叫ぶようにアベルは言った。
「違う、違う!」
「アベル君……。」
「ヴァネッサはわかってない!」
 限られた寿命、それもまだ幼い内から知ってしまったとしたら……。
 頑丈すぎる体を持っているアベルは死をほんとの意味で感じたことは
無い。
 強いて言えばあの洞窟のときだが、それにしても戦士としての昂ぶり
や村を護る使命感が先に立ち、死を考えたとは言いがたい。
 そんなアベルはヴァネッサの気持ちを完全に理解した言葉を言えるわ
けは無かったが、それでもいわなければならない言葉があった。
「ヴァネッサ! 俺が……俺達がヴァネッサに生きていて欲しいんだ!」
 悩んで焦れて、結局でてきたのは唯一つの本音の言葉。
「アベル君……。」
 
 人生経験があるがゆえに、少女の苦しみを想像できてしまい、口を挟め
ずにいたギアの目元が緩む。
 アベルの心が伝わったかどうかはわからないが、それでいいと思えた。
(嬢ちゃんも気がついてるはずだ。精霊が力を貸したのは、嬢ちゃんが皆
に愛されてるからなんだぜ)
 それは当事者で無いからこその傲慢かもしれない。
 しかし、そうだと知っても望まれる、それこそが百の言葉に勝る真実。
 ギアもまた、少女の未来に光を望む一人であるのだった。
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2007/02/12 21:34 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
立金花の咲く場所(トコロ) 17/ヴァネッサ(周防松)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ギア 
場所:ギサガ村

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


――ヴァネッサちゃんは、大きくなったら何になりたい?

あれは、9歳になった年の、春先のことだった。
宿の裏庭に咲いていた花を摘んで花輪を作ったヴァネッサは、それをカタリナにあげ
ようと思って宿の方に戻った。
本当はアベルにあげたかったのだが、7歳になったアベルは花輪で飾られるのを嫌が
るようになったので、カタリナにあげることにしたのだ。
宿に入ると、カタリナとお茶を飲んでいた近所のおばさんが、手招きしてヴァネッサ
を呼び、先ほどの質問を投げかけてきたのである。
後でわかったのだが、おばさんの一人息子はその頃、「俺は街に出る。農家の後継ぎ
なんか御免だ」と言ってきかなかったそうで、結構モメていたらしい。
そのグチを言っていたところへ、ひょっこりヴァネッサが現れたものだから、彼女は
何気なく尋ねたのだろう。
自分の一人息子がなくして久しい、『子供特有の可愛げ』を求めて。

尋ねられたヴァネッサは、困惑した。
(大きくなったら?)
自分に課せられた宿命というものをいやでも自覚していたヴァネッサにとって、その
質問は残酷だった。
ちらりと考えたことすら、なかったのだ。
成長した自分の姿、というものを。
普通の女の子なら、お嫁さんとか何とか答えるところだろう。
そして、おばさんもおそらくそんな答えを求めていた。

ヴァネッサは言いたかった。
(私、大人になったら死んじゃうんだよ)
そう、言いたかった。
もし事情を知っていれば、おばさんだって無神経な質問をしなかっただろうから。

でも、ヴァネッサの頭に浮かんだのは、それを告げた後のことだった。
今だって、グラントやカタリナに心配をかけている。
二人は「ヴァネッサは家族なんだから、当たり前のことをしてるだけなんだよ」と
言ってくれるが……幼心に申し訳ない気持ちは募った。
(これ以上、誰かに心配をかけちゃいけない)
後々の性格や行動に影響を及ぼす、そんな考えが芽生えたのは、ごく初期の段階だっ
た。

結局のところ、ヴァネッサは、少し困ったように微笑みを浮かべ「わからない」と答
えた。
おばさんは、少しだけがっかりしたような表情を浮かべたが、「まだ9歳だもんね」
とすぐにあったかく笑った。

ヴァネッサは、手に持っていた花輪を、強く握り締めていた。




「ヴァネッサ! 俺が……俺達がヴァネッサに生きていて欲しいんだ!」
「アベル君……」

ふわ、と優しい風が吹いた。
それはヴァネッサの亜麻色の髪をなで、アベルの黒い髪をなでて過ぎ去っていった。
紫色の目が、まっすぐにヴァネッサを見つめている。

アベルは、いつも、まっすぐに人を見る少年だ。

世間にいわく、『心の中にやましいことがあると、人の顔をまっすぐに見られないも
のだ』とあるから、アベルは何らやましいことのない少年なのだろう。
そのまっすぐさが、うらやましいと思ったことがある。

「アベル君……手、痛い」
大して痛くもなかったのだが、ヴァネッサはかすれた声で呟いた。
「あ、悪い……」
アベルの手が離れ――そこから、なんともぎくしゃくした空気が流れる。
ヴァネッサはお腹の前で両指を組み、うつむいたままで。
アベルは、そんなヴァネッサにかける言葉を必死に探しているのか、うろうろしたり
頭をかいたりしていた。

「あのな。ヴァネッサちゃん」
それまで黙っていたギアが、不意に声をあげた。
ヴァネッサとアベルの二人は、ギアへと顔を向ける。

「俺、昔聞いた事あるんだ。ネッサ、っていうのは何処かの言葉で『奇跡』を意味す
るんだとさ。あー……その、俺は女房も子供もいないから、説得力に欠けるんだ
が……もし……酷いこと言っちまうとな、どうせ死んでしまうんだなんて思っていた
ら、奇跡なんて言葉が入った名前、たぶんつけたりしないさ。ええと……だからな」

ギアは、ぼす、と大きな手をヴァネッサの頭にのせた。

「ヴァネッサちゃんのご両親は、娘が生きることを望んでそう名付けたはずだ。それ
に、たった今、『生きていて欲しい』ってアベルが言っただろ? 『俺が』じゃなく
て『俺達が』ってな」
ギアは、ちらりとアベルを見る。
アベルは、肯定の意味を含めて力強く頷いた。

「幸せモンだぜ、ヴァネッサちゃん。生きていて欲しいって望んでる奴らがいるん
だ。簡単に諦めるもんじゃねぇぜ」

――最愛たる娘に、奇跡あれ。
忌まわしい血の呪いを継いだ我が娘。

生まれ落ちたその瞬間から背負わされた宿命への、せめてもの抗いとして、両親は娘
の名前の中に『奇跡』を指す言葉を織り込んだのかもしれない。
切なる両親の想いをこめて。

「奇跡ってのはな、待ってて起きるもんじゃねぇんだ。ない知恵絞って、ちっぽけな
勇気奮い立たせて、だだこねて泣き喚いて……でも、逃げないで……奇跡ってのは
な、神様の特権じゃねぇ。人の手で起こすもんなんだよ」

ぐい、とギアはアベルとヴァネッサをそれぞれ片腕に抱いて引き寄せる。
いきなりのことで驚きはしたが、不快ではなかった。

「俺と一緒に来い。全員まとめて面倒みてやる」

ヴァネッサは、両手で顔を覆った。
――自分は、逃げていただけなのかもしれない。
思えば、どうにかしようなどと一度も考えたことはなかった。
いつもいつも、どうしようもないことだから、という一言で片付けて済ませていた。
最後の瞬間を考えるのは、怖かったくせに。

「……ギアさん、私……アカデミー、行きます」
しばらく間をおいてから、ヴァネッサの唇から紡がれたのは、生きることに少しだけ
前向きになった言葉だった。
「ヴァネッサ!」
その言葉を聞いたアベルが、ぱっと明るい表情を浮かべる。
「うん……」
何かを言おうとして……でも、言葉が浮かばなくて、ヴァネッサはアベルに微笑みを
返した。


――すべては、生きるために。



2007/02/12 21:34 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
立金花の咲く場所18/アベル(ひろ)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ギア ラズロ
場所:エドランス城下(首都)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……うおおお!」
 驚愕の声を上げ固まるアベルの、田舎モノ丸出しの態度に、いつもなら
皮肉とも取れる冷静なコメントで一刺しそうなラズロも珍しく目の前の光
景に釘付けになっている。
「あ、ほらアベル君、そんなところにいると邪魔になるよ。」
 一緒になって突っ立っていたヴァネッサは、われに返って注意を促す。
「まあ、こんな大きい街は初めてだからな。」
 ギアはいつになく子供らしい様子の三人に笑いを誘われながらヴァネッ
サにこえをかける。
「なにせエドランス国随一にして唯一っていいくらいの大都市だからな。」
 そして、いまやエドランスを象徴するといってもいい存在となったアカ
デミーがある学院都市でもあった。 


 あの朝、ヴァネッサはギアとアベルを交えて、カタリナに全てを話した。
 最後まで黙って聞いていたカタリナはおもむろに席を立つと、三人を待
たせたまま奥へいき、しばらくして一冊の小さなノートを持ってきた。
「これはあの人の忘れ物らしくてね。」
「……グラントの?」
「そう、旅にでてから半年ぐらいして、アカデミーからの荷物に入ってた
のさ。」
 ギアの疑問に答えつつテーブルにそれをおいたカタリナは、三人に目で
見るように促した。
 席の並びが、カタリナの真向かいにヴァネッサ、その両側にアベルとギ
アだったので、自然ヴァネッサが手に取り、二人はそれを覗き込む形にな
った。
 そのノートはまるで考古学の研究所のように、伝承や神話、それもいく
つかの遺跡が見つかった時代を中心に研究されているようだった。
 そのノートをしばらく捲るに任せて眺めていたギアが、何かに気がつい
たようにヴァネッサの手を止める。
「ちょっとまってくれ! この遺跡、とくにこの古代文字……まさか、神
人を追いかけてるのか!」
 ギアの驚きはアベルとヴァネッサにはわからなかったが、洞窟の一件を
連想させられ不安げな顔をカタリナに向けた。
「まあね。とくにあんなことの後だし、ヴァネッサのことが無くても近い
うちこの話しなきゃね、とは思ってたとこなのよね。」
 ギアには、と後の言葉を消してカタリナは苦笑いを浮かべた。
 その一方でいまいち理解し切れてない子供達のために説明をしてやった。
「洞窟のやつらが、亜神ってのはきいたね。その亜神ってのは大抵王や女
王といった頭以外はそれほどたいした知能も無い本能の塊みたいなものな
んだけど、なかには人に近い種族もいてね。彼らは意思の疎通が可能だっ
たこともあり神人と呼ばれ、現世の神と崇められたのさ。」
「神人の中には人に交わったものもあり、種によっては自然よりも人の文
明を取り込み独自の文明へ高めたものさえいたんだ。このノートのは特に
その神人の関わってるものがあつめられてるわけさ。」
 補足をしたギアにアベルは少し眉をひそめた。
「でもさっきの驚き方はそれだけじゃないよね?」
 意外とアベルがよく見ていたことに内心感心しつつ、それでも言うべき
かどうかカタリナに視線を送る。
 それを受けて頷くカタリナをみてギアはアベルとヴァネッサに向き直る。
「この神人は他の亜神と同じくすでに歴史からは姿を消している。ここの
蟻みたいに封じられているのか滅んだのかはわからんがな。だが一つの噂
話があるんだ。」
「うわさ?」
「ああ、その末裔は今も闇にひそんでるってな。」
「へ?」
 目いっぱいマジに話したつもりだったが、アベルはそれがどうしたのか、
とキョトンとしている。
 横に目をむけとヴァネッサも同様だった。
「あー、つまりな、この件を追う研究者や冒険者にはなぜか死んだり行方
不明になるやつが多くてな……。」
 さすがに息を飲む二人。
「もう一つ……、ヴァネッサの実父からこのノートは引き継いだんだ。」
「それって!」
「まさか!」
 驚きにこえをあげるヴァネッサにつづいて、あることに気がついたアベ
ルも声を上げる。
(もしかして、ヴァネッサの呪いに関係がある?)
 だがカタリナの強い視線に二の句をふさがれる。
 おそらくヴァネッサもそのことには気がついただろう。
 しかしそれは同時に、実父の死疑惑を浮かび上がらせる。
 だがアベルにとってヴァネッサは大事でも、完全に赤の他人の知らぬその
実父のことまで気を回すことはできなかった。
 そのため、せっかく見つけた希望を口にすることを妨げられたことに、あ
きらかに納得いかない様子で口を閉じている。
(はー、この子もまだまだだね。)
 もっともそういう気の使い方をするアベルも気色悪い、と母にしてはひど
いことを思いつつも、このことをできれば知らせたくは無かったと、カタリ
ナにしては珍しく少し悔いを感じていた。
「あんたたちがただ勉強しに行くならともかく、目的があるなら教えとかな
いとね。」
 そういったカタリナはいつものカタリナで、ヴァネッサの運命を知った衝
撃も、知らせずに済ませたかったことをよりにもよってこんなときに言わね
ばならなかった後悔も感じさせなかった。
 それらが全てヴァネッサのことを思いやってのことだとわかったヴァネッ
サ改めて、生きたいと感じていた。

 それから用意を整え、ギアとラズロとともに二人が旅立つのはすぐだった。
 村人と、仲間と共に残るランバートに見送られながら、二人は初めて自分
達の旅にでたのだった。
 


「さて、どうする?」
 道の端によけて、一息ついた一行に、ギアが聞いた。
「このままカデミーにいってもいいし、とりあえず宿を決めてもいいぞ。」
「そうか、アカデミーに通うなら、長期にとまれる、むしろ住処をきめなき
ゃダメか。」
 いまさらながら気がついたようにアベルが頷く。
「まあ寮とかもあるらしいけどな。」
「うーん、どうしよう?」
 ほんとうなら、ここでいつもラズロがそつの無いところを見せると子なの
だが、ラズロもこういうときのことはわからないらしく、自然とヴァネッサ
へと、視線が集まるのは仕方が無いのかもしれない。
「えーと……。」
 もう勉強が始まってるということなのか、このたびの間は何かと子供達を
フォローしていたギアは黙ってみているだけだった。


2007/02/12 21:35 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
立金花の咲く場所(トコロ)19/ヴァネッサ(周防松)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ギア ラズロ ウサギの女将さん
場所:エドランス城下(首都)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「え……えぇっと……」

アカデミーに通う間に滞在する、いわば住処となる場所。
……自分が、決めてしまっていいことなのだろうか。
ヴァネッサは少し戸惑った。
二人にだって言い分や考えというものもあるのではないだろうか。
「宿と寮って、何が違うんですか?」
いろんなことを悩みつつギアに尋ねてみると、彼はあごをなで、うーん、と視線を上
に向けた。
何かを思い出そうとしている仕草だ。
おそらく、自分の経験を織り交ぜて説明したいのだろう。
「寮はな、料金も安いし何より学校に近いからな、空き時間がちょっと増える。だが
な、やたら規則がうるさくってな。俺の通ってた頃だと、規則違反した奴には頭から
冷水ぶっ掛けてたな」
懐かしさと共に、あの頃の嫌な思い出の一つ二つも思い出したのだろう、ギアは少し
顔をしかめた。
「で、宿の方は、ちっと割高なんだよ。で、アカデミーから離れてるから早めに起き
る必要もある。ただ、寮じゃねえから規則もない。最大の利点は『好きにできる』っ
てことだな」

ヴァネッサは、ここでしばらく考えた。
甘ったれた考え方……なのかもしれないが、規則がうるさい寮よりも、多少自由の利
く宿の方が良いような気がした。
「……宿、にします」
それから、二人に対して、「どうするの?」という風に視線を向ける。

「俺も宿にする。ヴァネッサの発作、心配だし」
アベルはすぐに答えた。
気を使わせているのだろうか。
そう思うと、ヴァネッサの表情は曇った。
「僕は……」
残るラズロは、なかなか決まらない様子だった。
どうやら、彼は二者択一という行動が苦手らしい。
「折角知り合ったんだし、一緒だっていいんじゃねえの? 旅は道連れ世は情け、っ
て言うじゃん」
あっけらかんと言うアベルに、
「それは、この場合当てはまらないんじゃないか……?」
疑問を口にしつつも、彼は結局宿を選択した。

「じゃ、決定だな」
ガリガリとギアは頭をかいた。
(……宿の方が実は厳しいんだよな)
内心の言葉を、彼は口にしなかった。
まとめて面倒みてやる、とは言ったが、それは何でもかんでも指図して用意して膳立
てしてやる、という意味合いではない。
これから社会に出ていく彼らのために、自立心を育ててやらねばならない、という思
いがあった。

規則でビシビシ取り締まっている寮の方が、実は楽なのだ。
こちらで何も考えずとも、向こうが勝手にああしろこうしろと言ってくれるのだか
ら。
あとはそれにならって行動していればいいのだから。
まあ、「規則がうるさいのに何が楽なんだ」という意見もあるだろうが。

しかし、宿で寝泊りしながら勉学に励むというのは容易なことではない。
規則が無い、ということは、堕落しやすい環境である、とも言えるのだ。
自分に甘い人間では、あっという間にサボり癖がついてしまう。
実際、そういう風になってしまって、何も身につかないままアカデミーを去っていっ
た人間を、ギアは何人も見た。

「学生に評判のいい宿があるんだ。案内するからついてこい」
ギアは、三人の先頭に立って街を歩き出した。


  *  *  *  *  *  *  *

ギアが案内したのは、アカデミーからそう離れていない場所にある、赤い屋根の小さ
な宿だった。
表に出ている看板には、『せせらぎ亭』と宿の名前が書かれている。
さらにその下に小さく、『下宿大歓迎』と記されていた。

「おーい、女将さーん!」
ギアは木製のドアを開け、奥に向かって声を張る。
人気は全く感じられないが、掃除がよく行き届いているようで、床はピカピカに磨か
れていた。

「はいはいはいはい、ちょっと待ってて」

奥の方から、やや高めの、中年女性の声が答える。
パタパタと慌ただしげな……しかし、人間のものにしては軽すぎる足音を立てて、
“店主”は現れた。
「まあまあまあ、お客さんね。いらっしゃい」
「こ……こんにちは」
ヴァネッサは、それだけを言うのがやっとだった。
「う、う、うさぎっ……?」
アベルは目をまん丸くしていたが、ラズロはいつもと同じく黙りこくっていた。

現れた“店主”は、人間ではなかった。
大きさは、人間の子供ぐらいだろうか。
真っ白い、ふさふさとした毛並みのウサギが、人間の衣服を着ていた。
本来のウサギとの相違点を挙げるとしたら、その背後でぴこぴこと揺れている、長い
尻尾だろう。
「女将、ここってまだ下宿させてくれるのか?」
「えぇえぇえぇ、大丈夫ですよ。うちみたいな小さい宿だと、旅人さんは気付いてく
れないもの。学生さんが下宿してくれなかったら、干上がっちゃうわ」
などと言いつつ、ウサギは両頬を押さえ、ふうぅ…とため息をついた。
「実はな、三人、下宿先を探してるんだが……ここ、空いてるか?」
「まあまあまあ! 大歓迎よぉ。こないだ、下宿してた人がアカデミーを卒業し
ちゃったもんだから、今、だぁれもいないのよ」
ウサギはキラキラと目を輝かせた。
人間であるヴァネッサにも、喜んでいる表情だとはっきり分かる。
「……だそうだが、どうする? ここにするか?」
ヴァネッサ、アベル、ラズロは何ともぎこちなく頷いた。
三人とも、人間以外の種族を見たことがなかったのである。
「ああ良かった。これでうちも安泰だわぁ」
ウサギはのん気に笑うと、
「じゃあ、ここに座って、ちょっと待っててね」
手近なところのテーブルを指し、椅子につくようすすめると、ウサギは宿屋のカウン
ターから紙を持って戻ってきた。

「この紙に必要事項書いてちょうだいね。これ、後でアカデミーに持ってかなきゃい
けないのよ。生徒の連絡先ってことになるから」
慣れた様子でそれぞれの前に紙を差し出しすウサギを見て、ヴァネッサは思った。

(もしかして、ギルドアカデミーって人間以外の種族も通ってるのかしら……?
……仲良くなれたらいいんだけど……)


2007/02/12 21:35 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
立金花の咲く場所(トコロ)20/アベル(ひろ)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ギア ラズロ ウサギの女将さん
場所:エドランス城下(首都)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「……と、これでいいかな?」
 ギアはウサギの女将にいくつか確認を取りながら、いくつかの
書類を埋めていく。
「その就労学生ってなに?」
 ヴァネッサと横で見ていたアベルは、その書類の中で知らない
言葉を見つけて言った。
「ああ、金持ちなら、有る程度まとめ払いをしておいたり、親元
に支払いを任せたりすることもあるんだ。けど、お前らは生活費
は自分でかせがにゃならんからな。つまり、働きながら学生する
ってことさ。」
 アカデミーは簡単に言うと出世払いなので、通うことだけなら
誰でもできる。
 しかし、地元ならともかく、外からくるなら当然、生活費の負
担が重くのしかかる。
 それゆえ、一部の貴族階級や商家の裕福な者を除くほとんどは
働きながら通うのが一般的になっていた。
「ここを薦めるのにも関係があることなんだ。」
 ペンの柄で頬をかきながらギアは女将と目をかわした。
 頷いた女将は黒くつぶらな瞳を子供達に向け、一枚のチラシを
取り出した。
 それは「食堂」の「せせらぎ亭」の広告だった。
「え、これは?」
 ふともう一度周りを見渡したヴァネッサは首をかしげた。
 綺麗に磨かれた床は清潔で建物の雰囲気も悪くはないし、冒険
者向けに限らず、宿の一階は酒場というのは定番でもある。
 第一、アベルとヴァネッサが育った実家こそ、それが家業だっ
たのだからそれは不思議ではない。
 しかし、客の集まる時間に波があるとはいえ、実家の田舎です
ら、日が昇りきる前から店は開けていたものだった。
 なのに、もう街が完全に目覚めている昼日中、呼ばれるまで女
将が出てこないほど人気が無いなど普通は無い。
 そうした疑問が顔に浮き出ていたのか、女将は意外なほど優し
差を感じさせる笑みを浮かべて、チラシに書かれていた営業時間
を指し示した。
 そこには夕方からのみの営業になっていた。
「実はここせせらぎ亭は仕込み料理が評判の店でな……。」
 その言葉に照れたように女将はギアの肩をたたいた。
「まあまあまあ、そんなことないんですよ。ただ、私達は手があ
なた達ほど器用でないから、注文聞いてすぐお出しするよりも、
十分に手をかけたものをお出しするほうがあってたの。」
 最初こそ驚いたものの、思った以上に感情の伝わる表情を見せる
女将に感心するヴァネッサとラズロをよそに、まだ見ぬ名物料理に
思いをはせたアベルは素直に感嘆の声を上げた。
「へー、そういうのもいいなぁ。」
「……それが僕らにどういう関係が?」
 少し下がって様子を見ていたラズロが、アベルの呑気さに呆れた
のか、思わずギアに言った。
「ここは下宿人を食堂で使ってくれるのさ。もちろんほかに優先さ
せることがあるならそっちに行けばいいんだから、アカデミーの用
や、やってみたい仕事があれば遠慮なく挑戦できる。普通そんな仕
事日雇いの肉体労働しかないから、お前らみたいなのにはありがた
い所なのさ。」
「あらあらあら、別にたいしたことじゃないわ。」
 ギアの説明にウサギの女将は照れたよう笑った。
「私もアカデミーのお世話になってここまでこれたから、引退した
後は学生の皆さんのお役に立てたらって、ここをはじめたんですよ。」
 ふと気がついてアベルは女将に言った。
「女将さんもアカデミーの卒業生なの?」
「これでもちゃんと修士の資格を取ってるのよ。」
 女将はこころもち胸を張るようにしていった。
「まあ、興味があるんならおいおい色々ときいてみるといいさ。な
にしろ女将さんは俺やカタリナ達の先輩だからな。」
「「ええ!?」」
 アベルとヴァネッサは共に驚いた。
 年上なのは当たり前と思っていたが、両親の先輩などときくと、
いまさらながら、女将の年齢がわからなくなってくる。
(いや、年齢はともかく、このウサギさんが冒険者?)
 アベルは余りに想像がつかなくて、ただ驚いた。
 ラズロも、とくにギアに敬意をもっているだけにアベル以上に
衝撃は大きかった。
(ひょっとして、お母さんがあの店を開いたのって?)
 ヴァネッサは男ほど女将の経歴にそれほど驚かなかったが、直
感のような思いがよぎった。
 会ったときは、異種族との交流に不安を覚えていたのに、ちょ
っとしたつながりを見つけると、もうそんなに気にならない。
(みんな女将さんみたいだといいけど)
「あらあらあら、先輩って言われても、私は探索専門だったから、
魔法も剣もろくに使えないのよ。」
「んなこと言ってるけど、せせらぎの音も聞き分けるその耳にか
なうレンジャーは当時からいまもっていないんだぜ。」
 ギアと女将の話にアベルもラズロも興味ありげだったが、かき
終えた書類を封筒にまとめてサインをしたギアはよいしょ、と席
を立つ。
「よし、手続き済ましてくるわ。お前らも荷物はここにおい
ときゃいいから。」
 隅のほうを指差して、ついでに、と自分の荷物もアベルに渡す。
「じゃ、またあとで。」
 荷物を並べ終わった子供達と一緒に、女将に挨拶をして戸をく
ぐっていった。


2007/02/12 21:35 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所

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