PC:アベル ヴァネッサ
NPC:ギア
場所:ギサガ村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――ヴァネッサちゃんは、大きくなったら何になりたい?
あれは、9歳になった年の、春先のことだった。
宿の裏庭に咲いていた花を摘んで花輪を作ったヴァネッサは、それをカタリナにあげ
ようと思って宿の方に戻った。
本当はアベルにあげたかったのだが、7歳になったアベルは花輪で飾られるのを嫌が
るようになったので、カタリナにあげることにしたのだ。
宿に入ると、カタリナとお茶を飲んでいた近所のおばさんが、手招きしてヴァネッサ
を呼び、先ほどの質問を投げかけてきたのである。
後でわかったのだが、おばさんの一人息子はその頃、「俺は街に出る。農家の後継ぎ
なんか御免だ」と言ってきかなかったそうで、結構モメていたらしい。
そのグチを言っていたところへ、ひょっこりヴァネッサが現れたものだから、彼女は
何気なく尋ねたのだろう。
自分の一人息子がなくして久しい、『子供特有の可愛げ』を求めて。
尋ねられたヴァネッサは、困惑した。
(大きくなったら?)
自分に課せられた宿命というものをいやでも自覚していたヴァネッサにとって、その
質問は残酷だった。
ちらりと考えたことすら、なかったのだ。
成長した自分の姿、というものを。
普通の女の子なら、お嫁さんとか何とか答えるところだろう。
そして、おばさんもおそらくそんな答えを求めていた。
ヴァネッサは言いたかった。
(私、大人になったら死んじゃうんだよ)
そう、言いたかった。
もし事情を知っていれば、おばさんだって無神経な質問をしなかっただろうから。
でも、ヴァネッサの頭に浮かんだのは、それを告げた後のことだった。
今だって、グラントやカタリナに心配をかけている。
二人は「ヴァネッサは家族なんだから、当たり前のことをしてるだけなんだよ」と
言ってくれるが……幼心に申し訳ない気持ちは募った。
(これ以上、誰かに心配をかけちゃいけない)
後々の性格や行動に影響を及ぼす、そんな考えが芽生えたのは、ごく初期の段階だっ
た。
結局のところ、ヴァネッサは、少し困ったように微笑みを浮かべ「わからない」と答
えた。
おばさんは、少しだけがっかりしたような表情を浮かべたが、「まだ9歳だもんね」
とすぐにあったかく笑った。
ヴァネッサは、手に持っていた花輪を、強く握り締めていた。
「ヴァネッサ! 俺が……俺達がヴァネッサに生きていて欲しいんだ!」
「アベル君……」
ふわ、と優しい風が吹いた。
それはヴァネッサの亜麻色の髪をなで、アベルの黒い髪をなでて過ぎ去っていった。
紫色の目が、まっすぐにヴァネッサを見つめている。
アベルは、いつも、まっすぐに人を見る少年だ。
世間にいわく、『心の中にやましいことがあると、人の顔をまっすぐに見られないも
のだ』とあるから、アベルは何らやましいことのない少年なのだろう。
そのまっすぐさが、うらやましいと思ったことがある。
「アベル君……手、痛い」
大して痛くもなかったのだが、ヴァネッサはかすれた声で呟いた。
「あ、悪い……」
アベルの手が離れ――そこから、なんともぎくしゃくした空気が流れる。
ヴァネッサはお腹の前で両指を組み、うつむいたままで。
アベルは、そんなヴァネッサにかける言葉を必死に探しているのか、うろうろしたり
頭をかいたりしていた。
「あのな。ヴァネッサちゃん」
それまで黙っていたギアが、不意に声をあげた。
ヴァネッサとアベルの二人は、ギアへと顔を向ける。
「俺、昔聞いた事あるんだ。ネッサ、っていうのは何処かの言葉で『奇跡』を意味す
るんだとさ。あー……その、俺は女房も子供もいないから、説得力に欠けるんだ
が……もし……酷いこと言っちまうとな、どうせ死んでしまうんだなんて思っていた
ら、奇跡なんて言葉が入った名前、たぶんつけたりしないさ。ええと……だからな」
ギアは、ぼす、と大きな手をヴァネッサの頭にのせた。
「ヴァネッサちゃんのご両親は、娘が生きることを望んでそう名付けたはずだ。それ
に、たった今、『生きていて欲しい』ってアベルが言っただろ? 『俺が』じゃなく
て『俺達が』ってな」
ギアは、ちらりとアベルを見る。
アベルは、肯定の意味を含めて力強く頷いた。
「幸せモンだぜ、ヴァネッサちゃん。生きていて欲しいって望んでる奴らがいるん
だ。簡単に諦めるもんじゃねぇぜ」
――最愛たる娘に、奇跡あれ。
忌まわしい血の呪いを継いだ我が娘。
生まれ落ちたその瞬間から背負わされた宿命への、せめてもの抗いとして、両親は娘
の名前の中に『奇跡』を指す言葉を織り込んだのかもしれない。
切なる両親の想いをこめて。
「奇跡ってのはな、待ってて起きるもんじゃねぇんだ。ない知恵絞って、ちっぽけな
勇気奮い立たせて、だだこねて泣き喚いて……でも、逃げないで……奇跡ってのは
な、神様の特権じゃねぇ。人の手で起こすもんなんだよ」
ぐい、とギアはアベルとヴァネッサをそれぞれ片腕に抱いて引き寄せる。
いきなりのことで驚きはしたが、不快ではなかった。
「俺と一緒に来い。全員まとめて面倒みてやる」
ヴァネッサは、両手で顔を覆った。
――自分は、逃げていただけなのかもしれない。
思えば、どうにかしようなどと一度も考えたことはなかった。
いつもいつも、どうしようもないことだから、という一言で片付けて済ませていた。
最後の瞬間を考えるのは、怖かったくせに。
「……ギアさん、私……アカデミー、行きます」
しばらく間をおいてから、ヴァネッサの唇から紡がれたのは、生きることに少しだけ
前向きになった言葉だった。
「ヴァネッサ!」
その言葉を聞いたアベルが、ぱっと明るい表情を浮かべる。
「うん……」
何かを言おうとして……でも、言葉が浮かばなくて、ヴァネッサはアベルに微笑みを
返した。
――すべては、生きるために。
NPC:ギア
場所:ギサガ村
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――ヴァネッサちゃんは、大きくなったら何になりたい?
あれは、9歳になった年の、春先のことだった。
宿の裏庭に咲いていた花を摘んで花輪を作ったヴァネッサは、それをカタリナにあげ
ようと思って宿の方に戻った。
本当はアベルにあげたかったのだが、7歳になったアベルは花輪で飾られるのを嫌が
るようになったので、カタリナにあげることにしたのだ。
宿に入ると、カタリナとお茶を飲んでいた近所のおばさんが、手招きしてヴァネッサ
を呼び、先ほどの質問を投げかけてきたのである。
後でわかったのだが、おばさんの一人息子はその頃、「俺は街に出る。農家の後継ぎ
なんか御免だ」と言ってきかなかったそうで、結構モメていたらしい。
そのグチを言っていたところへ、ひょっこりヴァネッサが現れたものだから、彼女は
何気なく尋ねたのだろう。
自分の一人息子がなくして久しい、『子供特有の可愛げ』を求めて。
尋ねられたヴァネッサは、困惑した。
(大きくなったら?)
自分に課せられた宿命というものをいやでも自覚していたヴァネッサにとって、その
質問は残酷だった。
ちらりと考えたことすら、なかったのだ。
成長した自分の姿、というものを。
普通の女の子なら、お嫁さんとか何とか答えるところだろう。
そして、おばさんもおそらくそんな答えを求めていた。
ヴァネッサは言いたかった。
(私、大人になったら死んじゃうんだよ)
そう、言いたかった。
もし事情を知っていれば、おばさんだって無神経な質問をしなかっただろうから。
でも、ヴァネッサの頭に浮かんだのは、それを告げた後のことだった。
今だって、グラントやカタリナに心配をかけている。
二人は「ヴァネッサは家族なんだから、当たり前のことをしてるだけなんだよ」と
言ってくれるが……幼心に申し訳ない気持ちは募った。
(これ以上、誰かに心配をかけちゃいけない)
後々の性格や行動に影響を及ぼす、そんな考えが芽生えたのは、ごく初期の段階だっ
た。
結局のところ、ヴァネッサは、少し困ったように微笑みを浮かべ「わからない」と答
えた。
おばさんは、少しだけがっかりしたような表情を浮かべたが、「まだ9歳だもんね」
とすぐにあったかく笑った。
ヴァネッサは、手に持っていた花輪を、強く握り締めていた。
「ヴァネッサ! 俺が……俺達がヴァネッサに生きていて欲しいんだ!」
「アベル君……」
ふわ、と優しい風が吹いた。
それはヴァネッサの亜麻色の髪をなで、アベルの黒い髪をなでて過ぎ去っていった。
紫色の目が、まっすぐにヴァネッサを見つめている。
アベルは、いつも、まっすぐに人を見る少年だ。
世間にいわく、『心の中にやましいことがあると、人の顔をまっすぐに見られないも
のだ』とあるから、アベルは何らやましいことのない少年なのだろう。
そのまっすぐさが、うらやましいと思ったことがある。
「アベル君……手、痛い」
大して痛くもなかったのだが、ヴァネッサはかすれた声で呟いた。
「あ、悪い……」
アベルの手が離れ――そこから、なんともぎくしゃくした空気が流れる。
ヴァネッサはお腹の前で両指を組み、うつむいたままで。
アベルは、そんなヴァネッサにかける言葉を必死に探しているのか、うろうろしたり
頭をかいたりしていた。
「あのな。ヴァネッサちゃん」
それまで黙っていたギアが、不意に声をあげた。
ヴァネッサとアベルの二人は、ギアへと顔を向ける。
「俺、昔聞いた事あるんだ。ネッサ、っていうのは何処かの言葉で『奇跡』を意味す
るんだとさ。あー……その、俺は女房も子供もいないから、説得力に欠けるんだ
が……もし……酷いこと言っちまうとな、どうせ死んでしまうんだなんて思っていた
ら、奇跡なんて言葉が入った名前、たぶんつけたりしないさ。ええと……だからな」
ギアは、ぼす、と大きな手をヴァネッサの頭にのせた。
「ヴァネッサちゃんのご両親は、娘が生きることを望んでそう名付けたはずだ。それ
に、たった今、『生きていて欲しい』ってアベルが言っただろ? 『俺が』じゃなく
て『俺達が』ってな」
ギアは、ちらりとアベルを見る。
アベルは、肯定の意味を含めて力強く頷いた。
「幸せモンだぜ、ヴァネッサちゃん。生きていて欲しいって望んでる奴らがいるん
だ。簡単に諦めるもんじゃねぇぜ」
――最愛たる娘に、奇跡あれ。
忌まわしい血の呪いを継いだ我が娘。
生まれ落ちたその瞬間から背負わされた宿命への、せめてもの抗いとして、両親は娘
の名前の中に『奇跡』を指す言葉を織り込んだのかもしれない。
切なる両親の想いをこめて。
「奇跡ってのはな、待ってて起きるもんじゃねぇんだ。ない知恵絞って、ちっぽけな
勇気奮い立たせて、だだこねて泣き喚いて……でも、逃げないで……奇跡ってのは
な、神様の特権じゃねぇ。人の手で起こすもんなんだよ」
ぐい、とギアはアベルとヴァネッサをそれぞれ片腕に抱いて引き寄せる。
いきなりのことで驚きはしたが、不快ではなかった。
「俺と一緒に来い。全員まとめて面倒みてやる」
ヴァネッサは、両手で顔を覆った。
――自分は、逃げていただけなのかもしれない。
思えば、どうにかしようなどと一度も考えたことはなかった。
いつもいつも、どうしようもないことだから、という一言で片付けて済ませていた。
最後の瞬間を考えるのは、怖かったくせに。
「……ギアさん、私……アカデミー、行きます」
しばらく間をおいてから、ヴァネッサの唇から紡がれたのは、生きることに少しだけ
前向きになった言葉だった。
「ヴァネッサ!」
その言葉を聞いたアベルが、ぱっと明るい表情を浮かべる。
「うん……」
何かを言おうとして……でも、言葉が浮かばなくて、ヴァネッサはアベルに微笑みを
返した。
――すべては、生きるために。
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