PC:アベル ヴァネッサ
NPC:村のみなさん ギア ランバート
場所:ギサガ村 宿屋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ギサガ村は、田舎である。
一日の大半は畑仕事や家事に費やされ、あとは寝るばかりというのが日常である。
つまり、楽しみというものが少ないのである。
都市ならば遊びに行く場所もあるのだが、田舎にはそれもない。
村人達のほとんど唯一の楽しみと言っても過言ではないものが――酒、だった。
そのためなのだろうか、何かと理由をつけては酒を飲む機会をもうける。
「種まきが終わったから」だの、「息子がもうじき嫁をもらうから」だのといった程
度ならば、理解もできよう。
しかし、「夢に出てきた神様が、今日酒を飲むべしとお告げをくださったから」だ
の、「隣の家だって飲んでるんだから俺だって飲む」だのといったものに関しては、
こじつけもいいところである。
今回の酒盛りの口実は、「村の一大事を助けてくれた旅のお方(ギアとラズロのこと
である)に、もてなしの一つもないのでは失礼」というものだった。
ともかく、落盤事故の報告を聞き終えた村長のはからいで、カタリナの経営する酒場
が貸しきられ、酒盛りが決行されることとなったのである。
「怪我を治療したばかりの学者達には、体に障るといけないので酒を飲ませない」と
いう条件付きではあるが。
「お師匠。まま、グッと飲んで」
酒が入って上機嫌のギアは、ランバートの持つグラスにどぼどぼと酒を注いだ。
グラスの八分目ほどまで酒で満たされていたところへ、またさらにどぼどぼと注ぐも
のだから、グラスから容赦なくあふれ出た酒がランバートの衣服を濡らしたのだが、
ギアは全く意に介しない。
「……あまりはしゃぐものではないぞ。めでたい席の酒盛りとは違うのじゃからな」
「だーいじょうぶですって!」
バン、と胸板を叩くそのさまは、まるきり酔っ払いである。
ランバートは、はぁ、と短く嘆息をもらした。
そんなことにはまったく気にしないギアは、今度はぐるぐると酒場内を見まわす。
「うぉーい! ラズロッラズロッ、ラズロはどこ行ったぁー?」
しかし、いくら探しても、村人でわいわいと大騒ぎしている酒場内に、ラズロの姿は
なかった。
「料理お待ちぃ!」
そこへ、厨房から料理ののった皿を持ってアベルが現れた。
両手に一つずつ、そして腕にももう一皿ずつのせて運ぶという、なかなか器用なこと
をしている。
「おっ、アベル、ラズロ見なかったか?」
「へ? ラズロ?」
串焼きの皿をテーブルに置き、アベルは首を傾げる。
「そういや、見かけないな。見つけたら『呼んでる』って教えとけばいい?」
「おぅ、頼むぜー。あいつ、こういう集まりの席になるといつもいないんだよなぁ。
ちゃんと参加しなきゃいかんって、いつも言ってるんだがよぉ」
「ふーん。美味いもの食えるんだから、参加しといた方が得なのにな」
「ところでよー、アベル」
ギアは、酔っ払い特有の、でろんとした瞳をアベルに向ける。
「お前、ギルドアカデミーって興味あるかぁ?」
一方、こちらは厨房である。
厨房には村中の手の空いている女性が集まって、料理に大忙しである。
ヴァネッサはというと、ここの片隅でイモの皮むきをしていた。
しかし、どうも様子がおかしい。
どこか暗い表情を浮かべ、時折、妙な咳をしていた。
「ヴァネッサちゃん、大丈夫?」
声をかけられ、ヴァネッサは「大丈夫」という意味をこめて微笑みを返した。
「やだ、顔色が悪いわよ。もう休んだら?」
その声を聞きつけてか、他の女性達も気遣わしげな視線を向けてくる。
「あたし、魔法のことってよくわからないけど、特別な力を使うんでしょ? 男ども
以上に疲れてるんじゃない?」
「そうよ、無理して寝こむようなことになったら、それこそかえって申し訳ないわ」
「……でも…こんな、忙しい時に一人だけ休んでるのって、悪いですから……」
言いながら、ヴァネッサは窓の外へと視線を向ける。
山際の空の色は、オレンジ色である。
上に行くに従い、青の度合いが濃く暗くなっていく。
――もうすぐ、夜になる。
そっと胸に手をあて、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
喉の違和感はおさまらないが、まだ大丈夫だろう。
本当に酷くなるのは、これからだ。
NPC:村のみなさん ギア ランバート
場所:ギサガ村 宿屋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ギサガ村は、田舎である。
一日の大半は畑仕事や家事に費やされ、あとは寝るばかりというのが日常である。
つまり、楽しみというものが少ないのである。
都市ならば遊びに行く場所もあるのだが、田舎にはそれもない。
村人達のほとんど唯一の楽しみと言っても過言ではないものが――酒、だった。
そのためなのだろうか、何かと理由をつけては酒を飲む機会をもうける。
「種まきが終わったから」だの、「息子がもうじき嫁をもらうから」だのといった程
度ならば、理解もできよう。
しかし、「夢に出てきた神様が、今日酒を飲むべしとお告げをくださったから」だ
の、「隣の家だって飲んでるんだから俺だって飲む」だのといったものに関しては、
こじつけもいいところである。
今回の酒盛りの口実は、「村の一大事を助けてくれた旅のお方(ギアとラズロのこと
である)に、もてなしの一つもないのでは失礼」というものだった。
ともかく、落盤事故の報告を聞き終えた村長のはからいで、カタリナの経営する酒場
が貸しきられ、酒盛りが決行されることとなったのである。
「怪我を治療したばかりの学者達には、体に障るといけないので酒を飲ませない」と
いう条件付きではあるが。
「お師匠。まま、グッと飲んで」
酒が入って上機嫌のギアは、ランバートの持つグラスにどぼどぼと酒を注いだ。
グラスの八分目ほどまで酒で満たされていたところへ、またさらにどぼどぼと注ぐも
のだから、グラスから容赦なくあふれ出た酒がランバートの衣服を濡らしたのだが、
ギアは全く意に介しない。
「……あまりはしゃぐものではないぞ。めでたい席の酒盛りとは違うのじゃからな」
「だーいじょうぶですって!」
バン、と胸板を叩くそのさまは、まるきり酔っ払いである。
ランバートは、はぁ、と短く嘆息をもらした。
そんなことにはまったく気にしないギアは、今度はぐるぐると酒場内を見まわす。
「うぉーい! ラズロッラズロッ、ラズロはどこ行ったぁー?」
しかし、いくら探しても、村人でわいわいと大騒ぎしている酒場内に、ラズロの姿は
なかった。
「料理お待ちぃ!」
そこへ、厨房から料理ののった皿を持ってアベルが現れた。
両手に一つずつ、そして腕にももう一皿ずつのせて運ぶという、なかなか器用なこと
をしている。
「おっ、アベル、ラズロ見なかったか?」
「へ? ラズロ?」
串焼きの皿をテーブルに置き、アベルは首を傾げる。
「そういや、見かけないな。見つけたら『呼んでる』って教えとけばいい?」
「おぅ、頼むぜー。あいつ、こういう集まりの席になるといつもいないんだよなぁ。
ちゃんと参加しなきゃいかんって、いつも言ってるんだがよぉ」
「ふーん。美味いもの食えるんだから、参加しといた方が得なのにな」
「ところでよー、アベル」
ギアは、酔っ払い特有の、でろんとした瞳をアベルに向ける。
「お前、ギルドアカデミーって興味あるかぁ?」
一方、こちらは厨房である。
厨房には村中の手の空いている女性が集まって、料理に大忙しである。
ヴァネッサはというと、ここの片隅でイモの皮むきをしていた。
しかし、どうも様子がおかしい。
どこか暗い表情を浮かべ、時折、妙な咳をしていた。
「ヴァネッサちゃん、大丈夫?」
声をかけられ、ヴァネッサは「大丈夫」という意味をこめて微笑みを返した。
「やだ、顔色が悪いわよ。もう休んだら?」
その声を聞きつけてか、他の女性達も気遣わしげな視線を向けてくる。
「あたし、魔法のことってよくわからないけど、特別な力を使うんでしょ? 男ども
以上に疲れてるんじゃない?」
「そうよ、無理して寝こむようなことになったら、それこそかえって申し訳ないわ」
「……でも…こんな、忙しい時に一人だけ休んでるのって、悪いですから……」
言いながら、ヴァネッサは窓の外へと視線を向ける。
山際の空の色は、オレンジ色である。
上に行くに従い、青の度合いが濃く暗くなっていく。
――もうすぐ、夜になる。
そっと胸に手をあて、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
喉の違和感はおさまらないが、まだ大丈夫だろう。
本当に酷くなるのは、これからだ。
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PC:アベル ヴァネッサ
NPC:村のみなさん ギア ランバート
場所:ギサガ村 宿屋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ギルドアカデミー?」
アベルは少し考えただけでその言葉に思い至り、ギアに開放されて
ようやく落ち着いて食事を楽しめるわいとテーブルの上を物色する姉
の師でも有る老人に視線を向けた。
「なんか小難しそうなこと調査したり研究してるところだろ? あの
学者の人達とか、そこのおじいさんとかが働いてる所じゃないの?」
実際村の中にいれば外の話は旅人、ことこの村においては冒険者か
らきくことになるが、その中でアカデミーを名のるのは大体が学者筋
の調査隊だった。
そのため、アベルに限らず村の外に疎いものなら似たような認識だ
った。
ギアはアベルの答えに酔っ払い特有のうろんな表情のまま、おかし
そうに笑った。
「たしかにそれもそうなんだがな。 アカデミーはもともと王立アカ
デミーといって、国がたてた教育研究機関でな……。」
この国には体系付けられた教育機関、つまり学校制度がないのだが、
それはいわば基礎教育から高等教育はおろか、そのさきの研究にいた
るまでを統合する、国内唯一にして最大の学校機関だった。
「ころが、この国は今までの自然崇拝的な思想が影響してて、文化の
面で言うとかなり遅れててな、今の王になってから国内に手付かずの
遺跡や、解明されていない伝承伝説といった謎がかなり残されている
ことがわかったものの、それの専門家がまったく不足してたのさ。」
エドランス国は国といいつつも、他国に比べるとその組織力はたい
したものではなく各地それぞれで森や海といった自然の恵みで慎まし
く生活するといものだった。
肥沃な大地といるような平野がなく、贅沢を望まなければ自然の恩
恵だけで生きていける土地柄から、森や山を開拓するでもなく、国の
位置的にも大陸の中央とはかけ離れているため覇道とも関わり無く、
結果的に他国に侵略される危険と無縁なまま生きてこられた。
しかしいかに野心に薄い国民性とはいえ、ここ数世代でついた他国
との文明の差はさすがに無視できなくなってきた。
そこで代替わりした王は積極的に国をよくするためにとりくみはじ
めた。
なんといっても足らないのは人材と考えた王は、教育機関から手を
入れ、特産品として遺跡類に目をつけた。
それはつまり、冒険者に目をつけたということだった。
そして冒険者といえば、そのころにはすでにギルドが浸透していた。
王はうかつなならず者が国内の遺跡を荒らしたりする前にという思
いがあったため、もっとも手っ取り早い方法として、ギルドと協力、
もっといえば、ギルド教えを請うという一風かわった依頼をした。
報酬として冒険者ギルドの優先権を提示した。
なにしろ財宝を狙う盗賊ギルドも学徒を自認する魔術師ギルドもま
だ無かったこの国なら、軋轢も何もない。
こうして冒険者ギルドが参入し、エドランス国で冒険者普通になり、
さらにこの村にも来たような研究者まで当たり前のように存在する頃
には、アカデミーは、ギルドアカデミーと呼ばれるようにっていた。
アカデミーではそれぞれが自由に学びたいものを学べ、それぞれに
定められた資格はそのまま世間でも評価されるということもあり、か
つての辺境の田舎国は人材が各地から集まるようになった。
アカデーの出身者はそのままギルドで冒険者になったり、国に使え
たりと世に広がり、エドランスをでて各国で活躍するものも現れだした。
「つまり、剣も魔法も、ちゃんと習うならアカデミーってな。」
もし大陸の中央であれば、もしくは平野の多い豊かな国であれば、
ここまでアカデミーは育たず、またギルドの協力ももっと控えめであ
ったかもしれない。
「なにしろ、お前の両親だって昔いってたんだぜ。」
へー、と半分聞き流していたアベルが、さすがに聞きとがめる。
あからさまに目の色を変えた少年を面白そうに見るギアは、さらに
酒を口に運ぶ。
「はは、あのふたりだけじゃねぇよ。俺もそうだが、ちゃんと学ぼう
と思ったら、この国では特にだが、アカデミーにいくのさ。」
「ん? ひょっとして、ラズロとあんたは?」
なんぜだか、ふと突然気になったアベルは両親の話よりもそれをきい
ていた。
「お、きがついたか? そう、俺じゃ剣のスキルは教えられんからな。
一度アカデミーで基礎からやらせてみようとおもってな。」
その言葉はアベルは軽い驚きを感じさせた。
あの洞窟で見たラズロの剣術はかなりのもの(アベル主観では)だっ
たのに、あえてアカデミーということは、……。
「アカデミーってそんなにすげーの?」
「おま……。 ほんとになーんもわかってねぇんだな。 カタリナもそ
だったっていったろ?」
「……。」
そうだった、と改めてその意味を考えるアベル。
ギアはそんな少年をにやにやとおもしろそうに眺めていた。
「ま、あれだ。 本気で上を目差すなら、どうしたって外に行くしかね
ぇ。 アカデミーってとこは、その目ざす先にいるやつらがうようよい
て、そこへの近道を敷いていてくれるとこって事だな。」
それは軽い口調だったが、アベルの胸には重く響いた。
「っと、空になっちまった。」
お気に入りなのか、自分の席の前に3本も並んでいるのと同じボトルを
ふりながらギアが残念そうに言ったのをきいて、はっと気づいたアベルは
「あ、かわりもってくるよ。」
と、空のボトルと皿を盆にのせ始めた。
「おーい、アベル!」
そんなアベルの背にカタリナの怒鳴り声が浴びせられたので振り返っ
て見てみると、なにやら手振りで別のテーブルを指している。
「ありゃー……。」
少し困った様子でこちらをみるアベルにギアは笑いながら手を振って
やる。
「はははは、カタリナはこえーからな。いいさ、自分でとってくるよ。」
そういうと、よっこらせと立ち上がって、ふらふらと歩きだした。
「わりぃ、ごめんね。」
「いいさ、ちょうどカタリナとも話ししたかったしな。」
ギアは恐縮するアベルにそういってやると、カタリナのいる厨房へと
ほどよく酔いの回ってきている客たちの間を掻き分けていった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
(これはやっぱり……)
まだその日には数日あったはずだった。
だが、日が落ちるにしたがって、ヴァネッサには馴染み深いいつもの
あの苦しさがます一方だった。
あの洞窟のときから、まるで発作がひどくなるあの夜のように、自分
の心臓―――いや魂に爪を立てるあの呪いの力が騒いでいる。
これまで家族に心配をかけたくない一身で、定期的な発作として事前
に目のつかない自室に引きこもっていたのだが、いつものというには日
がずれていたこともあって、つい手伝いを抜けるタイミングを逃してい
たのだ。
気のせいを期待したヴァネッサだったが、このままでは深夜といわず
かなり早くに倒れかねない。
「あの、やっぱり休ませてもらいます。」
申し訳なさそうにいうヴァネッサに周囲の女性は、むしろほっとした
ようなかおになった。
なにしろヴァネッサは村でも特に大人の女性には可愛がられているこ
ともあり、そんな少女が苦しそうに仕事をしていたのだから、一緒にい
た女性達は気が気でなかったのだ。
「お母さんは?」
律儀に断りを入れようとするヴァネッサに、普段から何かと面倒を見
てくれる小母さんの一人が首を振って答えた。
「カタリナなら、さっきギアって例の昔馴染みによばれていったよ。話
中だと思うから、ヴァネッサちゃんは先にお休みよ。」
「そうだよ、お母さんにはわたしらがいっとくからさ。」
別の小母さんも加わってそういわれては、ヴァネッサも頼みますという
しかないので、おとなしく言うとおりにした。
実際、かなりつらくなってきていたのも事実なので、助かってもいた
のだ。
「それじゃあすいません。」
ヴァネッサはそういうと、厨房に作られた勝手口から裏へと出た。
この店のすぐ裏に家族で暮らす家があるのだ。
外はすっかり暗くなっていたが、目を瞑っていてもあるけるほどにな
れた道なので、人目を逃れたことにむしろホッとして、家のほうへと歩
きだした。
NPC:村のみなさん ギア ランバート
場所:ギサガ村 宿屋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ギルドアカデミー?」
アベルは少し考えただけでその言葉に思い至り、ギアに開放されて
ようやく落ち着いて食事を楽しめるわいとテーブルの上を物色する姉
の師でも有る老人に視線を向けた。
「なんか小難しそうなこと調査したり研究してるところだろ? あの
学者の人達とか、そこのおじいさんとかが働いてる所じゃないの?」
実際村の中にいれば外の話は旅人、ことこの村においては冒険者か
らきくことになるが、その中でアカデミーを名のるのは大体が学者筋
の調査隊だった。
そのため、アベルに限らず村の外に疎いものなら似たような認識だ
った。
ギアはアベルの答えに酔っ払い特有のうろんな表情のまま、おかし
そうに笑った。
「たしかにそれもそうなんだがな。 アカデミーはもともと王立アカ
デミーといって、国がたてた教育研究機関でな……。」
この国には体系付けられた教育機関、つまり学校制度がないのだが、
それはいわば基礎教育から高等教育はおろか、そのさきの研究にいた
るまでを統合する、国内唯一にして最大の学校機関だった。
「ころが、この国は今までの自然崇拝的な思想が影響してて、文化の
面で言うとかなり遅れててな、今の王になってから国内に手付かずの
遺跡や、解明されていない伝承伝説といった謎がかなり残されている
ことがわかったものの、それの専門家がまったく不足してたのさ。」
エドランス国は国といいつつも、他国に比べるとその組織力はたい
したものではなく各地それぞれで森や海といった自然の恵みで慎まし
く生活するといものだった。
肥沃な大地といるような平野がなく、贅沢を望まなければ自然の恩
恵だけで生きていける土地柄から、森や山を開拓するでもなく、国の
位置的にも大陸の中央とはかけ離れているため覇道とも関わり無く、
結果的に他国に侵略される危険と無縁なまま生きてこられた。
しかしいかに野心に薄い国民性とはいえ、ここ数世代でついた他国
との文明の差はさすがに無視できなくなってきた。
そこで代替わりした王は積極的に国をよくするためにとりくみはじ
めた。
なんといっても足らないのは人材と考えた王は、教育機関から手を
入れ、特産品として遺跡類に目をつけた。
それはつまり、冒険者に目をつけたということだった。
そして冒険者といえば、そのころにはすでにギルドが浸透していた。
王はうかつなならず者が国内の遺跡を荒らしたりする前にという思
いがあったため、もっとも手っ取り早い方法として、ギルドと協力、
もっといえば、ギルド教えを請うという一風かわった依頼をした。
報酬として冒険者ギルドの優先権を提示した。
なにしろ財宝を狙う盗賊ギルドも学徒を自認する魔術師ギルドもま
だ無かったこの国なら、軋轢も何もない。
こうして冒険者ギルドが参入し、エドランス国で冒険者普通になり、
さらにこの村にも来たような研究者まで当たり前のように存在する頃
には、アカデミーは、ギルドアカデミーと呼ばれるようにっていた。
アカデミーではそれぞれが自由に学びたいものを学べ、それぞれに
定められた資格はそのまま世間でも評価されるということもあり、か
つての辺境の田舎国は人材が各地から集まるようになった。
アカデーの出身者はそのままギルドで冒険者になったり、国に使え
たりと世に広がり、エドランスをでて各国で活躍するものも現れだした。
「つまり、剣も魔法も、ちゃんと習うならアカデミーってな。」
もし大陸の中央であれば、もしくは平野の多い豊かな国であれば、
ここまでアカデミーは育たず、またギルドの協力ももっと控えめであ
ったかもしれない。
「なにしろ、お前の両親だって昔いってたんだぜ。」
へー、と半分聞き流していたアベルが、さすがに聞きとがめる。
あからさまに目の色を変えた少年を面白そうに見るギアは、さらに
酒を口に運ぶ。
「はは、あのふたりだけじゃねぇよ。俺もそうだが、ちゃんと学ぼう
と思ったら、この国では特にだが、アカデミーにいくのさ。」
「ん? ひょっとして、ラズロとあんたは?」
なんぜだか、ふと突然気になったアベルは両親の話よりもそれをきい
ていた。
「お、きがついたか? そう、俺じゃ剣のスキルは教えられんからな。
一度アカデミーで基礎からやらせてみようとおもってな。」
その言葉はアベルは軽い驚きを感じさせた。
あの洞窟で見たラズロの剣術はかなりのもの(アベル主観では)だっ
たのに、あえてアカデミーということは、……。
「アカデミーってそんなにすげーの?」
「おま……。 ほんとになーんもわかってねぇんだな。 カタリナもそ
だったっていったろ?」
「……。」
そうだった、と改めてその意味を考えるアベル。
ギアはそんな少年をにやにやとおもしろそうに眺めていた。
「ま、あれだ。 本気で上を目差すなら、どうしたって外に行くしかね
ぇ。 アカデミーってとこは、その目ざす先にいるやつらがうようよい
て、そこへの近道を敷いていてくれるとこって事だな。」
それは軽い口調だったが、アベルの胸には重く響いた。
「っと、空になっちまった。」
お気に入りなのか、自分の席の前に3本も並んでいるのと同じボトルを
ふりながらギアが残念そうに言ったのをきいて、はっと気づいたアベルは
「あ、かわりもってくるよ。」
と、空のボトルと皿を盆にのせ始めた。
「おーい、アベル!」
そんなアベルの背にカタリナの怒鳴り声が浴びせられたので振り返っ
て見てみると、なにやら手振りで別のテーブルを指している。
「ありゃー……。」
少し困った様子でこちらをみるアベルにギアは笑いながら手を振って
やる。
「はははは、カタリナはこえーからな。いいさ、自分でとってくるよ。」
そういうと、よっこらせと立ち上がって、ふらふらと歩きだした。
「わりぃ、ごめんね。」
「いいさ、ちょうどカタリナとも話ししたかったしな。」
ギアは恐縮するアベルにそういってやると、カタリナのいる厨房へと
ほどよく酔いの回ってきている客たちの間を掻き分けていった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
(これはやっぱり……)
まだその日には数日あったはずだった。
だが、日が落ちるにしたがって、ヴァネッサには馴染み深いいつもの
あの苦しさがます一方だった。
あの洞窟のときから、まるで発作がひどくなるあの夜のように、自分
の心臓―――いや魂に爪を立てるあの呪いの力が騒いでいる。
これまで家族に心配をかけたくない一身で、定期的な発作として事前
に目のつかない自室に引きこもっていたのだが、いつものというには日
がずれていたこともあって、つい手伝いを抜けるタイミングを逃してい
たのだ。
気のせいを期待したヴァネッサだったが、このままでは深夜といわず
かなり早くに倒れかねない。
「あの、やっぱり休ませてもらいます。」
申し訳なさそうにいうヴァネッサに周囲の女性は、むしろほっとした
ようなかおになった。
なにしろヴァネッサは村でも特に大人の女性には可愛がられているこ
ともあり、そんな少女が苦しそうに仕事をしていたのだから、一緒にい
た女性達は気が気でなかったのだ。
「お母さんは?」
律儀に断りを入れようとするヴァネッサに、普段から何かと面倒を見
てくれる小母さんの一人が首を振って答えた。
「カタリナなら、さっきギアって例の昔馴染みによばれていったよ。話
中だと思うから、ヴァネッサちゃんは先にお休みよ。」
「そうだよ、お母さんにはわたしらがいっとくからさ。」
別の小母さんも加わってそういわれては、ヴァネッサも頼みますという
しかないので、おとなしく言うとおりにした。
実際、かなりつらくなってきていたのも事実なので、助かってもいた
のだ。
「それじゃあすいません。」
ヴァネッサはそういうと、厨房に作られた勝手口から裏へと出た。
この店のすぐ裏に家族で暮らす家があるのだ。
外はすっかり暗くなっていたが、目を瞑っていてもあるけるほどにな
れた道なので、人目を逃れたことにむしろホッとして、家のほうへと歩
きだした。
PC:アベル ヴァネッサ
NPC:何かの気配
場所:ギサガ村 宿屋近くの母屋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
咳が、どうしても止まらない。
いつもの服から寝巻きに着替えたヴァネッサは、毛布にくるまって自室のベッドの上
で背中を丸めていた。
毛布の端を口元に押し当て、咳の音を押さえながら……彼女にできることはただ一
つ。
咳がおさまる時を待つ、ただそれだけだ。
なんとも消極的な、と取られるかもしれないが、どうしようもないのだ。
これは、病気の類などではないのだから。
『呪い』
ある者は迷信に過ぎぬと笑い飛ばし、ある者は見ていて滑稽なまでに信じる、そんな
もの。
迷信だと笑い飛ばせる人間は、おそらく幸福だろう。
ヴァネッサは、『幸福』に分類される立場ではなかった。
咳を繰り返しながら思うのは、あの日――母親が死んだ日、父親に聞かされた話のこ
とだ。
いつ。
どこで。
どうして。
その三つの点に欠ける、物語としては不完全な話。
神族の男と、人間の女との間に生まれた子供。
それを、ヴァネッサの先祖にあたる人物が手にかけたのだという。
神族の男は怒り、我が子を殺めた人間に、とある呪いをかけたのである。
ただし、その呪いの効果は本人に現れるものではなかった。
我が子を殺めた――いわば犯人への呪いといよりも、その子孫が短命となる呪いだっ
たのだ。
そのため、一族は二十年前後ほどしか生きられない体となってしまった。
ヴァネッサの母親は、この一族の血筋だった。
ヴァネッサに、この呪いのことを教えたのは父親だった。
母親が死んだ、その夜のことだった。
幼いヴァネッサはその意味などを理解できるはずもなく、ただ、きょとん、と父親を
見上げていた。
それから、「お父ちゃま、そのおはなし、どうなるの?」と無邪気に問うた。
おとぎ話か何かと誤解したのだ。幼い頭が。
父親は、ヴァネッサの顔をしばらくじっと見つめていた。
どこか虚ろな……しかし、瞳に恐ろしいほどの強い意思をみなぎらせて。
今まで見たことのない父親の表情に、ヴァネッサは胸がざわついて、それ以上何も言
えなくなった。
その翌日から、父親は書斎にこもって何かの研究に没頭するようになった。
ヴァネッサの世話にあてる時間の他全てを、書斎の中で過ごしていた。
生きていくために必要不可欠な、睡眠時間の大半までも削り落として。
きちんとご飯の用意をしてくれる。
着替えもさせてくれるし、寝癖がついていればそっと直してくれたりもした。
しかし、それ以外のこと……例えば、一緒に遊んでくれるだとか、絵本を読んでくれ
るだとか、そういった親らしいことの一切を放棄して書斎にこもり続ける父親に、
ヴァネッサはひどく寂しい思いをした。
――そして、最後に父親は。
「う……っ、ケホッ、ゲホッ!!」
咳が、より一層しつこく、ひどいものになる。
肺の底が引きつれてしまうのではないか、というぐらいの激しい咳き込みだった。
ようやくそこで、咳は落ちついた。
喉の不快感が薄らいで、どうにかまともに呼吸できるようになったのである。
どうやら、いつもの発作はおさまったようである。
ヴァネッサは、しばらく荒い呼吸を繰り返した。
咳のし過ぎなのか、にじんだ涙を手の甲で拭いながら。
涙のにじんだ目で見た室内は、窓から差しこむ月明かりでほのかに青黒い色に染まっ
ていた。
どうにか呼吸が整った頃――ヴァネッサは、ゆっくりとドアに視線を向けた。
何かの気配を感じたのだ。
初めは、お義母さんかアベル君だろう、と思った。
しかし。
いつまで経っても何の反応がないことに気付くと、その顔が青ざめた。
彼らのうちのどちらかならば、声をかけるなりノックをするなりしてくるはずだ。
ぞわり、と肌が粟立った。
いやいやをするように、小さく首を横に振る。
ほとんど力の出ない腕を使ってベッドの上を這い伝い、壁に背をつけた。
ドアが開く様子は無い。
しかし、ヴァネッサは、見えない何かがにじり寄る……そんな気配を感じていた。
「いや……っ、来ないで……!」
見えもしない『それ』に向かって、ヴァネッサはかすれた声を上げた。
それは悲鳴とも、懇願とも取れるものだった。
どちらにせよ、『それ』は聞く耳など持たなかった。
ヴァネッサは、心臓に、何か冷たいものが触れたような――そんな感覚を覚えた。
その冷たさは全身を駆け巡り、彼女の感覚を麻痺させた。
ヴァネッサは声を上げることもなく、壁伝いにずるずると横倒しに倒れていった。
かろうじて、弱々しい呼吸を留めながら。
NPC:何かの気配
場所:ギサガ村 宿屋近くの母屋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
咳が、どうしても止まらない。
いつもの服から寝巻きに着替えたヴァネッサは、毛布にくるまって自室のベッドの上
で背中を丸めていた。
毛布の端を口元に押し当て、咳の音を押さえながら……彼女にできることはただ一
つ。
咳がおさまる時を待つ、ただそれだけだ。
なんとも消極的な、と取られるかもしれないが、どうしようもないのだ。
これは、病気の類などではないのだから。
『呪い』
ある者は迷信に過ぎぬと笑い飛ばし、ある者は見ていて滑稽なまでに信じる、そんな
もの。
迷信だと笑い飛ばせる人間は、おそらく幸福だろう。
ヴァネッサは、『幸福』に分類される立場ではなかった。
咳を繰り返しながら思うのは、あの日――母親が死んだ日、父親に聞かされた話のこ
とだ。
いつ。
どこで。
どうして。
その三つの点に欠ける、物語としては不完全な話。
神族の男と、人間の女との間に生まれた子供。
それを、ヴァネッサの先祖にあたる人物が手にかけたのだという。
神族の男は怒り、我が子を殺めた人間に、とある呪いをかけたのである。
ただし、その呪いの効果は本人に現れるものではなかった。
我が子を殺めた――いわば犯人への呪いといよりも、その子孫が短命となる呪いだっ
たのだ。
そのため、一族は二十年前後ほどしか生きられない体となってしまった。
ヴァネッサの母親は、この一族の血筋だった。
ヴァネッサに、この呪いのことを教えたのは父親だった。
母親が死んだ、その夜のことだった。
幼いヴァネッサはその意味などを理解できるはずもなく、ただ、きょとん、と父親を
見上げていた。
それから、「お父ちゃま、そのおはなし、どうなるの?」と無邪気に問うた。
おとぎ話か何かと誤解したのだ。幼い頭が。
父親は、ヴァネッサの顔をしばらくじっと見つめていた。
どこか虚ろな……しかし、瞳に恐ろしいほどの強い意思をみなぎらせて。
今まで見たことのない父親の表情に、ヴァネッサは胸がざわついて、それ以上何も言
えなくなった。
その翌日から、父親は書斎にこもって何かの研究に没頭するようになった。
ヴァネッサの世話にあてる時間の他全てを、書斎の中で過ごしていた。
生きていくために必要不可欠な、睡眠時間の大半までも削り落として。
きちんとご飯の用意をしてくれる。
着替えもさせてくれるし、寝癖がついていればそっと直してくれたりもした。
しかし、それ以外のこと……例えば、一緒に遊んでくれるだとか、絵本を読んでくれ
るだとか、そういった親らしいことの一切を放棄して書斎にこもり続ける父親に、
ヴァネッサはひどく寂しい思いをした。
――そして、最後に父親は。
「う……っ、ケホッ、ゲホッ!!」
咳が、より一層しつこく、ひどいものになる。
肺の底が引きつれてしまうのではないか、というぐらいの激しい咳き込みだった。
ようやくそこで、咳は落ちついた。
喉の不快感が薄らいで、どうにかまともに呼吸できるようになったのである。
どうやら、いつもの発作はおさまったようである。
ヴァネッサは、しばらく荒い呼吸を繰り返した。
咳のし過ぎなのか、にじんだ涙を手の甲で拭いながら。
涙のにじんだ目で見た室内は、窓から差しこむ月明かりでほのかに青黒い色に染まっ
ていた。
どうにか呼吸が整った頃――ヴァネッサは、ゆっくりとドアに視線を向けた。
何かの気配を感じたのだ。
初めは、お義母さんかアベル君だろう、と思った。
しかし。
いつまで経っても何の反応がないことに気付くと、その顔が青ざめた。
彼らのうちのどちらかならば、声をかけるなりノックをするなりしてくるはずだ。
ぞわり、と肌が粟立った。
いやいやをするように、小さく首を横に振る。
ほとんど力の出ない腕を使ってベッドの上を這い伝い、壁に背をつけた。
ドアが開く様子は無い。
しかし、ヴァネッサは、見えない何かがにじり寄る……そんな気配を感じていた。
「いや……っ、来ないで……!」
見えもしない『それ』に向かって、ヴァネッサはかすれた声を上げた。
それは悲鳴とも、懇願とも取れるものだった。
どちらにせよ、『それ』は聞く耳など持たなかった。
ヴァネッサは、心臓に、何か冷たいものが触れたような――そんな感覚を覚えた。
その冷たさは全身を駆け巡り、彼女の感覚を麻痺させた。
ヴァネッサは声を上げることもなく、壁伝いにずるずると横倒しに倒れていった。
かろうじて、弱々しい呼吸を留めながら。
PC:アベル ヴァネッサ
NPC:ギア カタリナ
場所:ギサガ村
――――――――――――――――――――――――
(――歌?)
ヴァネッサは朦朧とする意識の中、苦しさや恐怖が薄れていくのを
不思議な気持ちで感じていた。
いつもの‘あれ’なら一晩は続くはずだというのに、……それとも
意識を失ったまま夜が明けてしまったのだろうか?
朝が来ればいつもの習慣で自然に目が覚めそうなものだが、ヴァネ
ッサの意識は、夢ともなんともつかないまどろみを漂っていた。
苦痛と恐怖に打ち据えられた心は、とても夢うつつなどといえる態
でなかったはずだが、今ではむしろ安らぎの中でまどろんでいるよう
な心地よさの中にいた。
(不思議、詞も何もない旋律だけなのに、歌だとわかる……)
どこかで……そうついさっき聞いたような……、しかしヴァネッサ
の思考は次第にまどろみに溶けかけ、まともな考えは続けられなかっ
た。
先ほどとは明らかに違う意識の闇へと堕ちていくヴァネッサは、誰
かが優しく頭をなでてくれたのを感じた。
(……お……とう……さん?)
「もう大丈夫だろう、このまま寝かせといてやろう。」
床に横たわるヴァネッサの頭に当てていた手をゆっくり上げながら、
傍らでじっと見守っていたカタリナを振り返ったのはギアだった。
口を固く結んだカタリナは、そっと優しく愛娘を抱き上げると、ベ
ッドへと運んだ。
布団をかけてやり、その寝顔に苦しさを感じさせるものが浮かんで
いないことを確認すると、ようやく息を吐き出して緊張を解いた。
「私では何もしてやれんのだな。」
そのままギアのほうを見ずに、静かにカタリナの発した言葉は、疑
問ではなく確認であった。
「そうだ。これは剣では解決できない。」
そういうギアは先ほどまでの酔っ払い姿とは打って変わって、真摯
な厳しい目を細めてヴァネッサを見る。
「今の俺には嬢ちゃんを苦しめている力は感じられても鑑定まではで
きない……が、精霊たちが力を貸してくれた。どんな呪いかは知らな
いが、対処的にでも効果がでたなら、解決する方法もあるかもしれな
い。」
「……。」
「グラントが消息を絶つ前にアカデミーで何かを調べていた。そして、
今回俺が洞窟で使った封神術は、グラントにもらったやつだ。あの時
嬢ちゃんは俺の精霊だけでなく、‘やつら’の力も‘見’えていた。」
「……そうか。」
グラントが調べていたこと、やっていたこと、それがヴネッサに関
することだったとしてもおかしくは無い。
「アカデミーにいって魔法を学べばなんとかなるのか?」
「わからん。しかし、外傷とか出ない以上、本人こそが最も正確に状
態を把握できるのは確かなのだから、自身が挑むのが最も確率は高か
ろうな。」
「ここでまってても確率は変わらない……か?」
母親のの歯に衣を着せない答えに、ギアのほうが押されながら肩を
すくめて見せる。
「嬢ちゃんが何も言わないのが、諦めか別の何なのかわからんが、選
択肢を増やすために学ぶのはいい事と思うぜ。」
「まさか初めからそのつもりで顔を出したのか?」
「いいや、本とはグラントの役目だからな。 だが洞窟のあれと、今
夜のこれでそのほうが良いと思ったのさ。」
カタリナもギアとの付き合いは長い。
その口調から純粋に心配してくれていることは伝わっていた。
「……この娘のやりたいようにさせるよ。」
ヴァネッサの呪いが単に苦しませるものなのかそれ以上の何かがあ
るのかカタリナにはわからない。
だからといって軽く見ているわけではない。
だからこそ、ヴァネッサの思うままにさせてやろうと思うのだ。
愛する娘だらこそ。
「そうか。」
短く答えたギアは、カタリナを残したまま静かに部屋をあとにする。
(さて、アベルは興味ありげだったが……)
子を持たないギアだったが、親友の子だからか、あの二人には明る
い未来を与えてやりたいと思っていた。
「ほんと、グラントのやつ、なにしてやがんだか。」
NPC:ギア カタリナ
場所:ギサガ村
――――――――――――――――――――――――
(――歌?)
ヴァネッサは朦朧とする意識の中、苦しさや恐怖が薄れていくのを
不思議な気持ちで感じていた。
いつもの‘あれ’なら一晩は続くはずだというのに、……それとも
意識を失ったまま夜が明けてしまったのだろうか?
朝が来ればいつもの習慣で自然に目が覚めそうなものだが、ヴァネ
ッサの意識は、夢ともなんともつかないまどろみを漂っていた。
苦痛と恐怖に打ち据えられた心は、とても夢うつつなどといえる態
でなかったはずだが、今ではむしろ安らぎの中でまどろんでいるよう
な心地よさの中にいた。
(不思議、詞も何もない旋律だけなのに、歌だとわかる……)
どこかで……そうついさっき聞いたような……、しかしヴァネッサ
の思考は次第にまどろみに溶けかけ、まともな考えは続けられなかっ
た。
先ほどとは明らかに違う意識の闇へと堕ちていくヴァネッサは、誰
かが優しく頭をなでてくれたのを感じた。
(……お……とう……さん?)
「もう大丈夫だろう、このまま寝かせといてやろう。」
床に横たわるヴァネッサの頭に当てていた手をゆっくり上げながら、
傍らでじっと見守っていたカタリナを振り返ったのはギアだった。
口を固く結んだカタリナは、そっと優しく愛娘を抱き上げると、ベ
ッドへと運んだ。
布団をかけてやり、その寝顔に苦しさを感じさせるものが浮かんで
いないことを確認すると、ようやく息を吐き出して緊張を解いた。
「私では何もしてやれんのだな。」
そのままギアのほうを見ずに、静かにカタリナの発した言葉は、疑
問ではなく確認であった。
「そうだ。これは剣では解決できない。」
そういうギアは先ほどまでの酔っ払い姿とは打って変わって、真摯
な厳しい目を細めてヴァネッサを見る。
「今の俺には嬢ちゃんを苦しめている力は感じられても鑑定まではで
きない……が、精霊たちが力を貸してくれた。どんな呪いかは知らな
いが、対処的にでも効果がでたなら、解決する方法もあるかもしれな
い。」
「……。」
「グラントが消息を絶つ前にアカデミーで何かを調べていた。そして、
今回俺が洞窟で使った封神術は、グラントにもらったやつだ。あの時
嬢ちゃんは俺の精霊だけでなく、‘やつら’の力も‘見’えていた。」
「……そうか。」
グラントが調べていたこと、やっていたこと、それがヴネッサに関
することだったとしてもおかしくは無い。
「アカデミーにいって魔法を学べばなんとかなるのか?」
「わからん。しかし、外傷とか出ない以上、本人こそが最も正確に状
態を把握できるのは確かなのだから、自身が挑むのが最も確率は高か
ろうな。」
「ここでまってても確率は変わらない……か?」
母親のの歯に衣を着せない答えに、ギアのほうが押されながら肩を
すくめて見せる。
「嬢ちゃんが何も言わないのが、諦めか別の何なのかわからんが、選
択肢を増やすために学ぶのはいい事と思うぜ。」
「まさか初めからそのつもりで顔を出したのか?」
「いいや、本とはグラントの役目だからな。 だが洞窟のあれと、今
夜のこれでそのほうが良いと思ったのさ。」
カタリナもギアとの付き合いは長い。
その口調から純粋に心配してくれていることは伝わっていた。
「……この娘のやりたいようにさせるよ。」
ヴァネッサの呪いが単に苦しませるものなのかそれ以上の何かがあ
るのかカタリナにはわからない。
だからといって軽く見ているわけではない。
だからこそ、ヴァネッサの思うままにさせてやろうと思うのだ。
愛する娘だらこそ。
「そうか。」
短く答えたギアは、カタリナを残したまま静かに部屋をあとにする。
(さて、アベルは興味ありげだったが……)
子を持たないギアだったが、親友の子だからか、あの二人には明る
い未来を与えてやりたいと思っていた。
「ほんと、グラントのやつ、なにしてやがんだか。」
PC:アベル ヴァネッサ
NPC:ギア カタリナ ラズロ ランバート
場所:ギサガ村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
目を覚ますと、既に朝日は昇りきった後だった。
起き上がり、ヴァネッサはぼんやりと前方に視線を投げる。
記憶にあるうちでは、壁伝いにずるずると横倒しに倒れたはずである。
それなのに、朝目覚めてみるとどういうわけか、きちんとベッドに寝ていた。
無意識のうちにベッドの中に入ったのかなぁ、とヴァネッサは寝ぼけた頭で考えた。
…………。
(いけないっ)
寝起きの頭が、ようやく正常な回転を始める。
そうだ、いつまでも寝ぼけていられない。
今日は、ゆうべの酒盛りの片づけをしなくてはならないのだ。
片付けをしている人がいるというのに、グースカ寝ていたなどとあっては申し訳な
い。
慌てて寝巻きからいつもの服に着替え、ヴァネッサは台所に向かった。
空腹で手伝いに行って倒れたら、かえって片付けの邪魔になってしまう。
そうならないように、チーズの一かけらでもお腹に入れておこう、と思ったのであ
る。
「……あれ……?」
しかし、台所に行ってみてヴァネッサは拍子抜けした。
普段、家族は台所にあるテーブルで食事をする。
片付けに出払っているのなら誰もいないはずのテーブルに、アベルとカタリナ、さら
にランバートとギア、ラズロがついていた。
しかも食事をとっている。
「あ、起きたね。おはよう」
暖炉の鍋の中身をかき混ぜていたカタリナが笑う。
鍋の中身は、匂いから察するにシチューだろう。
「お、おはよ……ございます」
家族以外の人間もいることに気付いて、ヴァネッサは語尾に敬語を付け足した。
「お義母さん……片付けは?」
「ん? 昨日のうちに終わったよ。昨日は疲れただろ? もっと寝てても良かったん
だよ」
「……ごめんなさい」
思わずしょげるヴァネッサだった。
「気にすんなって。発作だったんだろ?」
むしゃむしゃとパンを頬張りながら、アベルが口をはさむ。
「え?」
その言葉に、ヴァネッサは一瞬、戸惑ったような顔をした。
よく見れば、カタリナとギアの表情も固まっているのだが……それには気付かなかっ
た。
「そんなに周りに気ぃ使うことねーじゃん。どーんと構えてりゃいいんだよ、どーん
と」
「う…うん」
ヴァネッサは、曖昧に返事をし、頷いた。
『発作』の話題になると、最近はあることが頭をよぎって仕方がなかった。
避けることのできない、嫌でも考えなくてはならない事態。
だけど、それだけは誰にも言いたくなかった。
『発作』のことを知った時の、グラントとカタリナのことを思い出す。
二人はひどく心配し、喉や肺に良いという薬草を煎じて飲ませてくれたり、つきっき
りで看病してくれたり、嫌な顔一つせずに世話をしてくれた。
そのことを思う時、ヴァネッサは感謝すると同時に、『すまない』という気持ちが沸
き上がった。
二人にとってはその分、負担だっただろうから。
それに、二人がヴァネッサのことにかかりきりになっている間、アベルは随分寂しい
思いもしただろうから。
父親が、『これが現れたら、お前はあと3年しか生きられない』と言っていた刻印。
記憶にある母親にも、胸の中央にそれらしいものがあった。
それが自分の胸の中央に現れた時、ヴァネッサは誰にも伝えなかった。
これ以上の負担を家族にかけたくなかったのだ。
ヴァネッサは一人、決めたのである。
――『その時』が来るまで、このことは黙っていよう、と。
どうせ、どうにもならないことなのだから。
……発作のことで話題が掘り下げられてはいけない。
ヴァネッサは、話題を変えなくちゃと思った。
「あ、そ……そうだ」
ヴァネッサは、ちらりとラズロに目をやった。
「宿のお客さん、どうして家の方でご飯食べてるの? やっぱり片付いてないん
じゃ……」
「ああ、それね」
カタリナが、一枚の皿を取り、シチューをよそう。
コトコトと煮込まれたことがわかるとろみ具合と、優しい匂い、ほかほかと立つ湯気
がなんとも食欲をそそる。
「人数少ないし、昔からの知り合いだから、こっちで一緒に食ったほうがいいと思っ
てね」
ランバートは以前、宿に長期滞在していたことがあるし、ギアはカタリナの幼なじみ
だ。
今更気がねする必要もないからと、そういうことになったらしい。
しかし、ギアの弟子であるラズロは、どこか居心地悪そうにしていた。
カタリナからシチューの盛られた皿を受け取ると、ヴァネッサは空いた場所に腰を降
ろした。
そこはアベルとラズロのちょうど中間ほどの場所だった。
「ヴァネッサちゃん」
「はい?」
とりとめもない会話に参加したりしながらあらかた食べ終えたところで、ギアが話し
かけてきた。
「これから、時間あるか?」
「え……」
それはどういう意味なんだろうか、とヴァネッサは思わず勘ぐってしまった。
一応、多感な年頃である。
これがよぼよぼのおじいさんだったりしたなら、別に何とも思わなかったところだ
が、ギアはまだそれほどの年齢ではない。
まさかそんなことあるわけないでしょ、と冷静になろうとすればするほど、どうして
か顔が赤くなってくる。
「先生……」
ラズロはギアに軽蔑したような目を向け、
「ギア……アンタ、昨日あたしに言われたこと、忘れたんじゃないだろうね?」
カタリナは拳を握り、
「なんだ?」
アベルはきょとんとした顔をしていた。
彼はまだ、そういうところに思考が働かないらしい。
「い、いや、違う、違うって」
ギアは、特にカタリナの拳を恐れながら両手を前に出して「落ちつけ」と訴えた。
「……誤解を招くような物言いをするからじゃぞ。はっきり言わんか」
ランバートは険しい顔をして茶をすすっている。
ゴホン、とギアは気まずそうに咳払いをした。
その頬は、心なしか赤らんでいる。
「い、いや、あのな。その……アベルに昨日話したことを話そうと思って」
「あ、そう、そうですか」
妙な勘違いをしたことに気付き、
(私……自意識過剰なのかな……)
と、ヴァネッサはちょっとした自己嫌悪に襲われた。
「今から大丈夫か?」
「はい」
ヴァネッサが頷くと、
「んじゃ、ちと借りてくぞ」
ギアはカタリナに一言伝え、椅子から立ち上がって玄関に向かって歩き出した。
察するに、ついて来い、ということらしい。
ヴァネッサは、「ごちそうさまでした」と言うと、その後を追った。
家を出たギアが足を止めたのは、宿の裏庭にあたる場所である。
茂みに囲まれた場所で、傍らには薪や樽が積み上げられている。
日常的に人の気配のない場所だった。
「あのな、ヴァネッサちゃん」
そんな場所で、ギアはヴァネッサと向き合い、口を開く。
「はい」
「アベルにはもう話したことなんだが」
ガリガリ、とこめかみの辺りをかき、ギアは続ける。
「ギルドアカデミーに興味ないか?」
「ギルドアカデミー……ですか」
一応、名前ぐらいは知っている。
元は王立の学術機関だった王立アカデミーに、ギルドが協力して技術や知識などを伝
達していくうちにギルドアカデミーと呼ばれるようになった機関のことである。
その役割を一言で言えば、『エドランス国の人材育成』だろう。
「どうして、その話を私に……?」
だいたいの答えは予想がつくというのに、ヴァネッサの口はそんな言葉を紡いでい
た。
「率直に言うと、スカウトだな」
……予想は当たっていた。
ヴァネッサは、表情を曇らせて片肘を押さえた。
「折角ですけど、私、そこに入れるぐらいの才能、ないと思います」
「そんな事ない。生まれついて治癒の魔法が使えたんだろ?」
「でも、それって本当に弱いものなんです。お義父さんやランバート先生に教わった
けど、いまだに重症の傷は治せません」
「ちゃんと専門的な勉強をしたら、できるようになるさ」
ヴァネッサは、ギアの顔を見れなかった。
お願い。
お願いだから、これ以上かまわないでください。
ここで引き下がってください。
「グラントも…あいつも、多分それを望んで」
「あ…あのっ!」
遮るように、ヴァネッサは声を上げていた。
ギアは、真摯な目でじっと見つめ返す。
「家族には、絶対……絶対、言わないでください。私、あと……3年しか、生きられ
ないんです」
言った。
とうとう、言ってしまった。
誰にも言わないでいた……家族にすら黙っていたことを。
「だから、もう何をやったって意味ないんです。どうせ、あと3年だけなんだか
ら……」
内心にずっと溜め込み続けていたものを吐き出した後、ヴァネッサは一気に力が抜け
ていくような気がした。
「……それで、か」
「え?」
ギアの呟きを聞きとがめ、思わず顔を上げたその時――近くの茂みが、ガサッ、と大
きな音を立てた。
いきなりのことに驚いて身をすくめ、それから、おずおずとそちらの方向に目を向け
る。
「あ……アベル君」
ヴァネッサの視線の先。
茂みの向こうに、アベルがと驚いた表情で立ち尽くしていた。
NPC:ギア カタリナ ラズロ ランバート
場所:ギサガ村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
目を覚ますと、既に朝日は昇りきった後だった。
起き上がり、ヴァネッサはぼんやりと前方に視線を投げる。
記憶にあるうちでは、壁伝いにずるずると横倒しに倒れたはずである。
それなのに、朝目覚めてみるとどういうわけか、きちんとベッドに寝ていた。
無意識のうちにベッドの中に入ったのかなぁ、とヴァネッサは寝ぼけた頭で考えた。
…………。
(いけないっ)
寝起きの頭が、ようやく正常な回転を始める。
そうだ、いつまでも寝ぼけていられない。
今日は、ゆうべの酒盛りの片づけをしなくてはならないのだ。
片付けをしている人がいるというのに、グースカ寝ていたなどとあっては申し訳な
い。
慌てて寝巻きからいつもの服に着替え、ヴァネッサは台所に向かった。
空腹で手伝いに行って倒れたら、かえって片付けの邪魔になってしまう。
そうならないように、チーズの一かけらでもお腹に入れておこう、と思ったのであ
る。
「……あれ……?」
しかし、台所に行ってみてヴァネッサは拍子抜けした。
普段、家族は台所にあるテーブルで食事をする。
片付けに出払っているのなら誰もいないはずのテーブルに、アベルとカタリナ、さら
にランバートとギア、ラズロがついていた。
しかも食事をとっている。
「あ、起きたね。おはよう」
暖炉の鍋の中身をかき混ぜていたカタリナが笑う。
鍋の中身は、匂いから察するにシチューだろう。
「お、おはよ……ございます」
家族以外の人間もいることに気付いて、ヴァネッサは語尾に敬語を付け足した。
「お義母さん……片付けは?」
「ん? 昨日のうちに終わったよ。昨日は疲れただろ? もっと寝てても良かったん
だよ」
「……ごめんなさい」
思わずしょげるヴァネッサだった。
「気にすんなって。発作だったんだろ?」
むしゃむしゃとパンを頬張りながら、アベルが口をはさむ。
「え?」
その言葉に、ヴァネッサは一瞬、戸惑ったような顔をした。
よく見れば、カタリナとギアの表情も固まっているのだが……それには気付かなかっ
た。
「そんなに周りに気ぃ使うことねーじゃん。どーんと構えてりゃいいんだよ、どーん
と」
「う…うん」
ヴァネッサは、曖昧に返事をし、頷いた。
『発作』の話題になると、最近はあることが頭をよぎって仕方がなかった。
避けることのできない、嫌でも考えなくてはならない事態。
だけど、それだけは誰にも言いたくなかった。
『発作』のことを知った時の、グラントとカタリナのことを思い出す。
二人はひどく心配し、喉や肺に良いという薬草を煎じて飲ませてくれたり、つきっき
りで看病してくれたり、嫌な顔一つせずに世話をしてくれた。
そのことを思う時、ヴァネッサは感謝すると同時に、『すまない』という気持ちが沸
き上がった。
二人にとってはその分、負担だっただろうから。
それに、二人がヴァネッサのことにかかりきりになっている間、アベルは随分寂しい
思いもしただろうから。
父親が、『これが現れたら、お前はあと3年しか生きられない』と言っていた刻印。
記憶にある母親にも、胸の中央にそれらしいものがあった。
それが自分の胸の中央に現れた時、ヴァネッサは誰にも伝えなかった。
これ以上の負担を家族にかけたくなかったのだ。
ヴァネッサは一人、決めたのである。
――『その時』が来るまで、このことは黙っていよう、と。
どうせ、どうにもならないことなのだから。
……発作のことで話題が掘り下げられてはいけない。
ヴァネッサは、話題を変えなくちゃと思った。
「あ、そ……そうだ」
ヴァネッサは、ちらりとラズロに目をやった。
「宿のお客さん、どうして家の方でご飯食べてるの? やっぱり片付いてないん
じゃ……」
「ああ、それね」
カタリナが、一枚の皿を取り、シチューをよそう。
コトコトと煮込まれたことがわかるとろみ具合と、優しい匂い、ほかほかと立つ湯気
がなんとも食欲をそそる。
「人数少ないし、昔からの知り合いだから、こっちで一緒に食ったほうがいいと思っ
てね」
ランバートは以前、宿に長期滞在していたことがあるし、ギアはカタリナの幼なじみ
だ。
今更気がねする必要もないからと、そういうことになったらしい。
しかし、ギアの弟子であるラズロは、どこか居心地悪そうにしていた。
カタリナからシチューの盛られた皿を受け取ると、ヴァネッサは空いた場所に腰を降
ろした。
そこはアベルとラズロのちょうど中間ほどの場所だった。
「ヴァネッサちゃん」
「はい?」
とりとめもない会話に参加したりしながらあらかた食べ終えたところで、ギアが話し
かけてきた。
「これから、時間あるか?」
「え……」
それはどういう意味なんだろうか、とヴァネッサは思わず勘ぐってしまった。
一応、多感な年頃である。
これがよぼよぼのおじいさんだったりしたなら、別に何とも思わなかったところだ
が、ギアはまだそれほどの年齢ではない。
まさかそんなことあるわけないでしょ、と冷静になろうとすればするほど、どうして
か顔が赤くなってくる。
「先生……」
ラズロはギアに軽蔑したような目を向け、
「ギア……アンタ、昨日あたしに言われたこと、忘れたんじゃないだろうね?」
カタリナは拳を握り、
「なんだ?」
アベルはきょとんとした顔をしていた。
彼はまだ、そういうところに思考が働かないらしい。
「い、いや、違う、違うって」
ギアは、特にカタリナの拳を恐れながら両手を前に出して「落ちつけ」と訴えた。
「……誤解を招くような物言いをするからじゃぞ。はっきり言わんか」
ランバートは険しい顔をして茶をすすっている。
ゴホン、とギアは気まずそうに咳払いをした。
その頬は、心なしか赤らんでいる。
「い、いや、あのな。その……アベルに昨日話したことを話そうと思って」
「あ、そう、そうですか」
妙な勘違いをしたことに気付き、
(私……自意識過剰なのかな……)
と、ヴァネッサはちょっとした自己嫌悪に襲われた。
「今から大丈夫か?」
「はい」
ヴァネッサが頷くと、
「んじゃ、ちと借りてくぞ」
ギアはカタリナに一言伝え、椅子から立ち上がって玄関に向かって歩き出した。
察するに、ついて来い、ということらしい。
ヴァネッサは、「ごちそうさまでした」と言うと、その後を追った。
家を出たギアが足を止めたのは、宿の裏庭にあたる場所である。
茂みに囲まれた場所で、傍らには薪や樽が積み上げられている。
日常的に人の気配のない場所だった。
「あのな、ヴァネッサちゃん」
そんな場所で、ギアはヴァネッサと向き合い、口を開く。
「はい」
「アベルにはもう話したことなんだが」
ガリガリ、とこめかみの辺りをかき、ギアは続ける。
「ギルドアカデミーに興味ないか?」
「ギルドアカデミー……ですか」
一応、名前ぐらいは知っている。
元は王立の学術機関だった王立アカデミーに、ギルドが協力して技術や知識などを伝
達していくうちにギルドアカデミーと呼ばれるようになった機関のことである。
その役割を一言で言えば、『エドランス国の人材育成』だろう。
「どうして、その話を私に……?」
だいたいの答えは予想がつくというのに、ヴァネッサの口はそんな言葉を紡いでい
た。
「率直に言うと、スカウトだな」
……予想は当たっていた。
ヴァネッサは、表情を曇らせて片肘を押さえた。
「折角ですけど、私、そこに入れるぐらいの才能、ないと思います」
「そんな事ない。生まれついて治癒の魔法が使えたんだろ?」
「でも、それって本当に弱いものなんです。お義父さんやランバート先生に教わった
けど、いまだに重症の傷は治せません」
「ちゃんと専門的な勉強をしたら、できるようになるさ」
ヴァネッサは、ギアの顔を見れなかった。
お願い。
お願いだから、これ以上かまわないでください。
ここで引き下がってください。
「グラントも…あいつも、多分それを望んで」
「あ…あのっ!」
遮るように、ヴァネッサは声を上げていた。
ギアは、真摯な目でじっと見つめ返す。
「家族には、絶対……絶対、言わないでください。私、あと……3年しか、生きられ
ないんです」
言った。
とうとう、言ってしまった。
誰にも言わないでいた……家族にすら黙っていたことを。
「だから、もう何をやったって意味ないんです。どうせ、あと3年だけなんだか
ら……」
内心にずっと溜め込み続けていたものを吐き出した後、ヴァネッサは一気に力が抜け
ていくような気がした。
「……それで、か」
「え?」
ギアの呟きを聞きとがめ、思わず顔を上げたその時――近くの茂みが、ガサッ、と大
きな音を立てた。
いきなりのことに驚いて身をすくめ、それから、おずおずとそちらの方向に目を向け
る。
「あ……アベル君」
ヴァネッサの視線の先。
茂みの向こうに、アベルがと驚いた表情で立ち尽くしていた。