PC:アベル ヴァネッサ
NPC:何かの気配
場所:ギサガ村 宿屋近くの母屋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
咳が、どうしても止まらない。
いつもの服から寝巻きに着替えたヴァネッサは、毛布にくるまって自室のベッドの上
で背中を丸めていた。
毛布の端を口元に押し当て、咳の音を押さえながら……彼女にできることはただ一
つ。
咳がおさまる時を待つ、ただそれだけだ。
なんとも消極的な、と取られるかもしれないが、どうしようもないのだ。
これは、病気の類などではないのだから。
『呪い』
ある者は迷信に過ぎぬと笑い飛ばし、ある者は見ていて滑稽なまでに信じる、そんな
もの。
迷信だと笑い飛ばせる人間は、おそらく幸福だろう。
ヴァネッサは、『幸福』に分類される立場ではなかった。
咳を繰り返しながら思うのは、あの日――母親が死んだ日、父親に聞かされた話のこ
とだ。
いつ。
どこで。
どうして。
その三つの点に欠ける、物語としては不完全な話。
神族の男と、人間の女との間に生まれた子供。
それを、ヴァネッサの先祖にあたる人物が手にかけたのだという。
神族の男は怒り、我が子を殺めた人間に、とある呪いをかけたのである。
ただし、その呪いの効果は本人に現れるものではなかった。
我が子を殺めた――いわば犯人への呪いといよりも、その子孫が短命となる呪いだっ
たのだ。
そのため、一族は二十年前後ほどしか生きられない体となってしまった。
ヴァネッサの母親は、この一族の血筋だった。
ヴァネッサに、この呪いのことを教えたのは父親だった。
母親が死んだ、その夜のことだった。
幼いヴァネッサはその意味などを理解できるはずもなく、ただ、きょとん、と父親を
見上げていた。
それから、「お父ちゃま、そのおはなし、どうなるの?」と無邪気に問うた。
おとぎ話か何かと誤解したのだ。幼い頭が。
父親は、ヴァネッサの顔をしばらくじっと見つめていた。
どこか虚ろな……しかし、瞳に恐ろしいほどの強い意思をみなぎらせて。
今まで見たことのない父親の表情に、ヴァネッサは胸がざわついて、それ以上何も言
えなくなった。
その翌日から、父親は書斎にこもって何かの研究に没頭するようになった。
ヴァネッサの世話にあてる時間の他全てを、書斎の中で過ごしていた。
生きていくために必要不可欠な、睡眠時間の大半までも削り落として。
きちんとご飯の用意をしてくれる。
着替えもさせてくれるし、寝癖がついていればそっと直してくれたりもした。
しかし、それ以外のこと……例えば、一緒に遊んでくれるだとか、絵本を読んでくれ
るだとか、そういった親らしいことの一切を放棄して書斎にこもり続ける父親に、
ヴァネッサはひどく寂しい思いをした。
――そして、最後に父親は。
「う……っ、ケホッ、ゲホッ!!」
咳が、より一層しつこく、ひどいものになる。
肺の底が引きつれてしまうのではないか、というぐらいの激しい咳き込みだった。
ようやくそこで、咳は落ちついた。
喉の不快感が薄らいで、どうにかまともに呼吸できるようになったのである。
どうやら、いつもの発作はおさまったようである。
ヴァネッサは、しばらく荒い呼吸を繰り返した。
咳のし過ぎなのか、にじんだ涙を手の甲で拭いながら。
涙のにじんだ目で見た室内は、窓から差しこむ月明かりでほのかに青黒い色に染まっ
ていた。
どうにか呼吸が整った頃――ヴァネッサは、ゆっくりとドアに視線を向けた。
何かの気配を感じたのだ。
初めは、お義母さんかアベル君だろう、と思った。
しかし。
いつまで経っても何の反応がないことに気付くと、その顔が青ざめた。
彼らのうちのどちらかならば、声をかけるなりノックをするなりしてくるはずだ。
ぞわり、と肌が粟立った。
いやいやをするように、小さく首を横に振る。
ほとんど力の出ない腕を使ってベッドの上を這い伝い、壁に背をつけた。
ドアが開く様子は無い。
しかし、ヴァネッサは、見えない何かがにじり寄る……そんな気配を感じていた。
「いや……っ、来ないで……!」
見えもしない『それ』に向かって、ヴァネッサはかすれた声を上げた。
それは悲鳴とも、懇願とも取れるものだった。
どちらにせよ、『それ』は聞く耳など持たなかった。
ヴァネッサは、心臓に、何か冷たいものが触れたような――そんな感覚を覚えた。
その冷たさは全身を駆け巡り、彼女の感覚を麻痺させた。
ヴァネッサは声を上げることもなく、壁伝いにずるずると横倒しに倒れていった。
かろうじて、弱々しい呼吸を留めながら。
NPC:何かの気配
場所:ギサガ村 宿屋近くの母屋
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咳が、どうしても止まらない。
いつもの服から寝巻きに着替えたヴァネッサは、毛布にくるまって自室のベッドの上
で背中を丸めていた。
毛布の端を口元に押し当て、咳の音を押さえながら……彼女にできることはただ一
つ。
咳がおさまる時を待つ、ただそれだけだ。
なんとも消極的な、と取られるかもしれないが、どうしようもないのだ。
これは、病気の類などではないのだから。
『呪い』
ある者は迷信に過ぎぬと笑い飛ばし、ある者は見ていて滑稽なまでに信じる、そんな
もの。
迷信だと笑い飛ばせる人間は、おそらく幸福だろう。
ヴァネッサは、『幸福』に分類される立場ではなかった。
咳を繰り返しながら思うのは、あの日――母親が死んだ日、父親に聞かされた話のこ
とだ。
いつ。
どこで。
どうして。
その三つの点に欠ける、物語としては不完全な話。
神族の男と、人間の女との間に生まれた子供。
それを、ヴァネッサの先祖にあたる人物が手にかけたのだという。
神族の男は怒り、我が子を殺めた人間に、とある呪いをかけたのである。
ただし、その呪いの効果は本人に現れるものではなかった。
我が子を殺めた――いわば犯人への呪いといよりも、その子孫が短命となる呪いだっ
たのだ。
そのため、一族は二十年前後ほどしか生きられない体となってしまった。
ヴァネッサの母親は、この一族の血筋だった。
ヴァネッサに、この呪いのことを教えたのは父親だった。
母親が死んだ、その夜のことだった。
幼いヴァネッサはその意味などを理解できるはずもなく、ただ、きょとん、と父親を
見上げていた。
それから、「お父ちゃま、そのおはなし、どうなるの?」と無邪気に問うた。
おとぎ話か何かと誤解したのだ。幼い頭が。
父親は、ヴァネッサの顔をしばらくじっと見つめていた。
どこか虚ろな……しかし、瞳に恐ろしいほどの強い意思をみなぎらせて。
今まで見たことのない父親の表情に、ヴァネッサは胸がざわついて、それ以上何も言
えなくなった。
その翌日から、父親は書斎にこもって何かの研究に没頭するようになった。
ヴァネッサの世話にあてる時間の他全てを、書斎の中で過ごしていた。
生きていくために必要不可欠な、睡眠時間の大半までも削り落として。
きちんとご飯の用意をしてくれる。
着替えもさせてくれるし、寝癖がついていればそっと直してくれたりもした。
しかし、それ以外のこと……例えば、一緒に遊んでくれるだとか、絵本を読んでくれ
るだとか、そういった親らしいことの一切を放棄して書斎にこもり続ける父親に、
ヴァネッサはひどく寂しい思いをした。
――そして、最後に父親は。
「う……っ、ケホッ、ゲホッ!!」
咳が、より一層しつこく、ひどいものになる。
肺の底が引きつれてしまうのではないか、というぐらいの激しい咳き込みだった。
ようやくそこで、咳は落ちついた。
喉の不快感が薄らいで、どうにかまともに呼吸できるようになったのである。
どうやら、いつもの発作はおさまったようである。
ヴァネッサは、しばらく荒い呼吸を繰り返した。
咳のし過ぎなのか、にじんだ涙を手の甲で拭いながら。
涙のにじんだ目で見た室内は、窓から差しこむ月明かりでほのかに青黒い色に染まっ
ていた。
どうにか呼吸が整った頃――ヴァネッサは、ゆっくりとドアに視線を向けた。
何かの気配を感じたのだ。
初めは、お義母さんかアベル君だろう、と思った。
しかし。
いつまで経っても何の反応がないことに気付くと、その顔が青ざめた。
彼らのうちのどちらかならば、声をかけるなりノックをするなりしてくるはずだ。
ぞわり、と肌が粟立った。
いやいやをするように、小さく首を横に振る。
ほとんど力の出ない腕を使ってベッドの上を這い伝い、壁に背をつけた。
ドアが開く様子は無い。
しかし、ヴァネッサは、見えない何かがにじり寄る……そんな気配を感じていた。
「いや……っ、来ないで……!」
見えもしない『それ』に向かって、ヴァネッサはかすれた声を上げた。
それは悲鳴とも、懇願とも取れるものだった。
どちらにせよ、『それ』は聞く耳など持たなかった。
ヴァネッサは、心臓に、何か冷たいものが触れたような――そんな感覚を覚えた。
その冷たさは全身を駆け巡り、彼女の感覚を麻痺させた。
ヴァネッサは声を上げることもなく、壁伝いにずるずると横倒しに倒れていった。
かろうじて、弱々しい呼吸を留めながら。
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