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2024/05/16 12:39 |
ファブリーズ  16/ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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 老木の幹に刻まれた、木と同じく年老いた女の顔。
 ごつごつとした樹皮のせいで、実際よりも年嵩に見えるのかも知れない――痩せた瞼
の下から垣間見える眼差しは決して衰えてなどいない。
 むしろ優しげな微笑みは、親しい子どもを迎えるようだった。

「道に迷わなかったようで、よかったわ」

「……お前が魔女か」

 自称騎士は、剣の柄に手をかけて問うた。
 朗らかに笑う老木の女。「ええ、そうね」と、あらおいしいチェリーパイが焼けたわ
ねと言うのとおなじような口調で肯定され、騎士は逆に反応に困る素振りを見せた。

 ジュリアは彼の背後でアーサーと視線を交わしてから、投槍に口を挟んだ。

「そこの少女と――ついでに、平和に寝こけている男どもを返してもらえるか」

「できないわ」

「何故」

「使い魔が必要だからよ。
 そこの二人は返してあげてもいいけど、まだしばらくは目覚めないわ」

 魔女は一呼吸置いて、続けた。

「少し騒がしかったから眠ってもらったの。
 大きな声を立てると、こわぁい猛獣が起きてしまうからね」

 夜の森には他に光なく、この広場だけが闇の中に照らし出されている。
 猛獣がいるという話があるのだろうか? アーサーを横目にした。彼は視線の意味に
気づいたらしく、控えめな礼儀正しさで返事をした。

「ダウニーの森で最も物騒なのは、魔女バルメだと聞いていますが」

 魔女は目をぱちくりさせた。

「誰がそんなこと言ったのかしら?」

 愉快そうな笑い声。想像していた悪意は一かけらも感じられない。
 周囲にいた使い魔たちは、今はもう歌をやめ、首を傾げてこちらを観察している。

 自称騎士が、剣の柄を掴む手を開いて、もう一度、握りなおした。ジュリアはその動
作に彼の混乱を感じ取ったが、特に何か言ってやろうとは思わなかった。

 騎士なら、多少の不測の事態に対応できるようでないと信用ならない。
 いや、信用などしていない。こいつのことなどどうでもいい。

 ただ、追い詰められて下手な真似をするようなことがないように、常に視界の隅には
収めているが――

 そういった理由では、アーサー・テイラックはまだ信用できそうだった。
 少なくとも悪い手は打たないだろうと確信させるような、妙な場慣れがある。ファブ
リー家のパーティーに招かれていたのだから地元の名士なのだろうが、他にも何かあり
そうだ。詮索する気はないけれど。

「子どもたちが帰りたくないと言ったから、ずっとここにいさせてあげているのよ。
 あなたたちも昔、不満を、不安を抱えていなかった?」

 魔女は眼差しを穏やかなものに変えた。

「親はあなたのことを本当にわかっていたのかしら。
 あなたのことを考えるふりをして、自分の利益を考えていたんじゃないかしら。
 このまま大人になって本当にいいの? あなたの未来はあなたの望んだものなの?」

 使い魔の少年少女たちが、じいっと魔女を見上げている。
 その目に宿るのが純粋な信頼だと気づいて、ジュリアは顔をしかめた。

「ずっと、子どもでいられたら、と。
 そう思ったことが、まったくなかったかしら」


 誰も返事をしない。
 何か心を動かされたというよりも、唐突な話の変化に戸惑っているだけだろう。
 邪悪な魔女が思っていたより邪悪でなさそうで、拍子抜けしているのかも知れない。

 ジュリアはため息をついた。

「御託はいい。子どもを返せ」

 魔女は笑顔のまま「できないわ」と答えた。
 話し合い以外で解決する方法を、そろそろ考え始めるべきだろうか。

「……不幸な子どもはね、守らなければいけないのよ」

「獣に変えても?」

 使い魔たちが、じっと此方を見ている。
 魔女は「子どもたちが望むなら」と答えた。
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2007/02/12 20:37 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ
ファブリーズ 17/アーサー(千鳥)
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PC:ジュリア アーサー
NPC:自称騎士(ヴァン・ジョルジュ・エテツィオ)
  エンプティ  レノア バルメ
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森

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 モルフで育った人間に、魔女バルメのお話を知らない者は居ない。
 「お前のような悪い子は、魔女の使い魔にされてしまうよ」
 それが、悪戯をした子供を叱る大人たちの決まり文句。

 バルメは子供たちを攫って使い魔にしてしまう悪い魔女。
 使い魔になった子供たちは町中で悪戯をして回っ、人々を困らせた。
 しかし、最後には騎士によって倒され、魔女は老木に姿を変えてしまう――。

「――私は、そのように伺っていますが」 

 こわい猛獣などお話の中には登場しない。
 既にこの物語は十分すぎるほど完結しているのだ、猛獣がどちらの味方であるにし
ろ、その存在の登場は不自然でしかなかった。
 俺もモルフの言い伝えにそれほど詳しいわけではなかったが、バルメ祭で語られる
お話はどこの町でも殆ど一緒だった。

「それは、大人たちから見たお話ね」

 悪い魔女はそう言ってふわりと微笑んだ。
 口調や振る舞いだけ見れば、裕福な家庭の婦人のようだった。
 とても森の中で隠遁していた老女のものではない。
 しかし、相手は魔女だ。
 甘いお菓子の匂いと、穏やかな物腰は子供たちを誘惑する為の魔法なのかもしれな
い。
 俺たちもまた魔女の魔法にかかりつつあるのではないだろうか。

「それが事実ではないのか?」

 ジュリアが突き放すように尋ねた。
 バルメは彼女の疑問には答えず、3つのティーカップにお茶を注いだ。
 4本の細い枝を腕のように器用に動かして、カップをお盆に載せる。 

「お茶でもいかが?」

 鼻先に湯気の立つ紅茶を突き出され、俺たちは自然と目を合わせた。
 闇夜の森を疾走し、身体は冷え切っていた。
 しかし、これが魔女の食べ物であることが俺たちを躊躇させた。

「残念ながら、我々はお茶会に招待されたわけではありません」
「あら、残念だわ」

 俺の言葉にも、魔女の穏やかな表情が崩れることはなかった。
 ヴァンが少しだけ残念そうな顔をしたのを横目で見ながら、思案する。
 魔女バルメは、本当に居た。
 しかも、木に姿を変えたまま、再び子供たちを使い魔として操っているのだ。
 全ての子供たちを解放するつもりは無い。
 取りあえず、チャーミーとレノアさえ取り戻せれば帰る事が出来る。
 あとは討伐隊を作るなり、ハンターを雇うなりして本格的な魔女狩りを行うよう
ファブリー氏に提案すればいい。
 後ろのジュリアと自称騎士にはあまり期待はしていなかった。

「ところで、あなたの言った猛獣とは・・・」
 
 鼻歌を口ずさむネコ耳の使い魔の前に、ふわりと黒い布キレが舞い降りた。
 三日月形の目が、布の動きを追って左右に揺れ、大地に視線を落とす。
 身構えた使い魔が飛び掛ろうとしたとき、黒い布は急に形を変えた。
 ばっと布を引っ張る音と共に、黒い布は空気を吹き込んだ風船のように膨らんで
いった。
 まるで、着替える最中に手と首を出す所を縫われてしまったように伸び縮みを繰り
返し、黒い布は最終的に人の形を取った。
 そのうちにどこからともなく手が伸びて、フードから人の顔がのぞいた。
 
「お前は・・・」

 見覚えのあるその顔は、ファブリー家の使いとして俺の事務所にやってきた魔法使
いのものだった。

「折角同行を願い出たというのに、ファブリー家の警備をまかされるなんて、計算外
でした」 

 どうやら、間に合ったようですね。
 そう言って服の埃を払い、辺りを見回したエンプティは横たわるファブリー家の少
年とその従者の姿を見つけると、「そうでもなかった」と眉を寄せ付け加えた。

「まぁ、エンプティ。お久しぶりね」

 老婆が、先程より少しだけ高い声で男の名を呼んだ。

「お久しぶりです。バルメの魔女殿」
「ま、魔法使い。お前はこの魔女の仲間だったのか。やはりぼくの推理は正しかっ
た」

 ヴァンが何故か嬉しそうに腰に手を当てて言った。 
 
「いえいえ、違いますよ。私たちは単なるお茶のみ友達です。200年ほど前の」
「・・・・・・」

 ただの奇術師かと思っていたが、エンプティは本当の魔法使いだったのか。
 しかも、ただ魔法を使える人間というわけではなく、寿命すら超越した類の。
 目の前の老婆もそうだが、それはすでに人間ではない。  

*******************************

2007/06/04 22:20 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ
ファブリーズ 18/ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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「我々は、チャーミーお嬢様の希望を叶えて差し上げようと思ったのですよ」

 エンプティは何のことでもないように言って、その少女を一瞥した。レノアは眠り続
けているが、その表情は特に安らかということもないように見えた。屋敷で見た、獣化
の兆候は目立たない。

「ねぇ、エンプティ。彼らは紅茶を飲んでくれないのよ」

「でしたら私がいただきましょう――おや、葉を変えましたか?」

「二百年前の葉はそのまま使えないわ。
 たとえどんなにいいものでもね」

「例外もありますよ。
 いずこかの領主殿は魔法の棚をお持ちのようで」

 魔女は愉快そうに笑って、「だって彼は過去に生きているんだもの、例外よ」と応え
た。何の話をしているのか傍からはまったくわからないが、とりあえずこの状況とはま
ったく関係のないらしいということだけは簡単に推測できた。

 どうでもいいから早く帰りたい。
 ジュリアは苛々しながら口を開いた。

「できるだけ短く事情を話せ。
 でなければ、何も話さずお前らだけでこの場から消えろ」

「そちらの魔女殿は随分と短気でいらっしゃるようですね」

「いま何時だと思ってるんだ」

「一日の内で最も魔女狩りに適さない時限だと判断しております。
 こうなってしまった以上、お話せざるを得ないでしょう……まったく、どうして誘い
入れるようなことをしたのか」

 ジュリアが「手短に」と呟くと、テイラックが「まぁ、そう言わずに」と諌めてきた。
 彼はこれを何らかの機会だと思っているのかも知れない。その可能性についてはジュ
リアも否定しない。有利な返事を得るためには、ある程度の譲歩は必要だ。

「皆様は、バルメの魔女の童話をどれほどご存じでしょうか?」

 テイラックは「一通りは」と応え、ヴァンは「騎士が魔女を倒したんだろう?」と応
えた。ジュリアは自分も何かを言うべきかと悩んだが、無言で通すことにした。
 思いついた言葉はとてもひねくれたものだったから。

 魔女も黙っている。
 エンプティは続けた。

「物語にどれほどの真実が含まれているでしょう。
 魔女を討伐しに森へ分け入った勇敢な英雄に、誰が着いていったものですか。彼が森
へ入り、そして再び人界へ戻るまでのことは永遠の秘密であり、失われた現実なのです」

「だからどうした」

「騎士は本当に魔女を倒したのでしょうか?
 魔女は本当に打ち倒されるべき邪悪だったのでしょうか?
 ――ところで、ヴァン殿」

「えっ?」

 自称騎士は素頓狂な声を上げた。まさか自分が指名されるとは思っていなかったらし
い。目立ちたがりのくせに迂闊とは、また面倒な性格だ。

「庶民はどうやって、騎士と、そうではない旅人を見分けるものなのでしょうね」

「そ、それは……騎士なら従者を連れているし、馬を持っている。
 銀の拍車、紋章入りの盾、剣。そもそも服装だって庶民とは違う」

「従者、馬、拍車、盾、剣、服。それからいくらかの立ち振舞い。
 それさえ揃えれば、きっと私のような者でさえも、立派な騎士に見える……」

「どういうことだ?」

「今こそ推理のし時でしょう、探偵騎士殿」

 ヴァンは沈黙の後に「まさか」と呟いた。
 エンプティは満足そうに頷いた。

「ええ、私が魔女退治の騎士です」


 ……
 …………

「そ、そうじゃないかと思っていたんだ!」

 恐らくその場の全員が、嘘だ、と思った。

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2007/06/04 22:29 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ
ファブリーズ 19/アーサー(千鳥)
 「私が魔女退治の騎士です」

 それは破壊の魔法だった。
 今日、このモルフの地で行われた祭――仮装した子供たち、手渡されるクッキー、
モルフ羊の焼けた臭い、人々の熱気――全てが、突如意味をなくし崩れ落ちていくほ
どの、衝撃的な言の葉だった。
 
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PC:ジュリア アーサー
NPC:自称騎士(ヴァン・ジョルジュ・エテツィオ)
  エンプティ  バルメ
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森

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「別に騎士でなくとも良かったのです」

 エンプティの語りだした、もう一つの『バルメの魔女のお話』。
 
「人々が、悪しき魔女を倒したと信じられる特別な存在であれば」

 子供を使い魔に変え、災いを振りまく魔女。
 そんな魔女を倒すのは大抵剣を持った勇者や、魔法に長けた賢者だ。

「勇者や英雄というのは、案外証明するのが難しいものです。魔法使いもいけませ
ん、相手は魔女ですし、モルフは魔法の馴染まぬ土地ですからね」
「そこで、騎士か」

 ヴァンが唸った。

 いきなり「私は勇者です」と言われても、人々は信用しないだろうが、従者と馬を
連れ立派な甲冑を身に纏った男が「私は騎士です」と名乗れば、信じる者もいるだろ
う。
 モルフには王政というものは無く、人々は騎士を見る機会など無かったに違いな
い。 

「ヴァン殿、あなただってそうです。馬も、お供の従者もいない・・・それでも貴方は
私たちにとって騎士殿だ」
「僕の事を疑っていたのか・・・!?」

 ヴァンはショックを受けたかのように声を上げた。 
 そして縋るようにこちらを見たが、ジュリアも俺も何故か自然に目をそらしてい
た。

「まぁ、そんな事はどうでもいいんです。先を進めましょう」
「よくない!」

 ヴァンが俺にまで噛み付いてきたが、彼を押しのけるようにして俺は話を進めるこ
とにした。
 ジュリアは相変わらずやる気の無い態度で立っている。
 依頼を受けたはずの彼女が積極的に関わろうとしない以上、他の面子に任せていて
は話がちっとも進まない。
 傍観者の予定だった俺だが、エンプティの衝撃の告白の後、多少考えを改めること
にした。何故なら――

「あなた方はこのモルフの地で何をしようとしているのですか?」

 ―― 俺を除けば、ここに居る大人たちは皆モルフの人間では無いからだ。
 
「ご婦人。貴女はそもそもどこから来たのです?貴女はどう見てもモルフの人間では
ない。その貴女が怪獣だか猛獣だかを連れてこの森に居座った。そして、子供たちを
攫って使い魔にしたが、大人たちが騒ぎ出すと、エンプティを使って人々を遠ざけ
た。モルフの人間は貴女の目的に巻き込まれたんだ」
「そうね。その通りよ」

 バルメはあっさりと肯定した。
 素直すぎるほどに。
 故に彼女が俺の言葉のどの部分に肯定したのか分からなかった。
 恐らくは全てだろうが・・・。

「その目的とは・・・?」
「こわぁい猛獣を倒すことよ」
 
 まるで、足元にある花を摘み取るような調子で魔女は答えた。
 そして始まる『魔女の物語』。
 
「私はとある国に仕える魔法使いだったのよ。今は亡きその国には人を食らう獣がい
たの。その猛獣のせいで国は滅茶苦茶、困った王は私にこの猛獣を退治するように命
令してきたの」

 まるで子供に言い聞かせるようにも、娘のようにも聞こえる、不安定な魔女の語り
口調。
 老木と同化して皺皺の顔は言い伝え同様に老人を思わせたが、存外に顔だちは若い
ようにも思えた。
 魔法使いというと老人のイメージが強いが、逆に若いままの外見を保つ者もいると
聞く。

「もっとも猛獣の動きを抑制できる場所として選ばれたのがこのダウニーの森」

 どこかで獣の鳴く声がした。
 狼だろうか、我々は声のした方に目を凝らしたが、バルメも使い魔たちもまったく
それには関心を払おうとはしなかった。

「そこで、私はこの子達に会ったの」

 老木の魔女は擦り寄ってきた使い魔の少年猫を優しく撫でるような仕草をした。

「親に捨てられ、行き場を失った可愛そうな子供たちに」

 ―――それは『魔女の使い魔たち』の物語。
 
***************

2007/07/17 20:03 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ
ファブリーズ  20/ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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「私はこのダウニーの森に猛獣を閉じ込めることに成功したけれど、その状態を保ち続
けるためには私自身もモルフに留まらなければならなかった――この地は魔法に馴染み
がない。魔女は町に住めない。だから私はこの森で生きていくことを選んだの」

 老木は溜め息をついたようだったが、ジュリアはその仕草に何の感慨も抱かなかった。

 不完全な封印をしたのが悪い。
 不死かそれに近いものを得るような魔法使いならば、大抵の魔獣や悪魔を容易く捻じ
伏せることができように。

「昼なお暗いこの森は、静かで孤独な場所だった。
 私は動物と話す術は身につけていたけれど、彼らと人間では価値観よりももっと根本
的な前提が違う。意思のやりとりは不毛でしかなかったし、そうでないように飼いなら
すつもりもなかった。
 だって調教なんてしたら、嫌がる声をまともに聞いてしまうじゃない――」

 二度目の溜め息。嘆きではない別の感情。

「でも、そんな孤独の日々にも終わりが訪れた。
 ひとりの少女が、私の家に現れた。人間だった私の背はそれほど高くなかったけれど、
その半分より小さな、まだほんの子供だったあの子は、私の家の扉を叩いて、“おかあ
さんとはぐれちゃったの”と言ったのよ」

 自称騎士が何か言いたそうに口を開いて、テイラックにとめられた。

「土に汚れた服を着て、靴も履いていなかった。
 私は――迎え入れて。そして、二人で暮らし始めた。
 あの子は自分が親に捨てられたのだということにさえ気づいていなかった」

 この長話に何らかの価値を見出すかどうか。
 ジュリアは無駄だと思い初めていた。


 物語の結末はもう見えている。
 きっと魔女は捨てられた子どもの救済だとかそういったことに使命感を覚え、ずっと
ずっとくり返し続けたのだろう。そしていつしか子を浚い、獣に変えるようになった。

 どうしてそう歪んだのかは知らない。正統な理由があったのかもわからない。
 しかし、理解すべき一点は、“彼女は心からの善意で行っている”ということだけだ。


      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆


「――哀れな子ども達を、放っておいていいはずがない。
 ねぇ、そうでしょう?」

 魔女の語りは締め括られた。
 沈黙が降りる。肯定の返事をしてはならないが、否定もし辛い嫌な問い。

「放っておけばいい」と答えること自体に良心の呵責は一切ない。
 しかしその言葉を発した後に起こるかも知れない面倒は避けるべきだった。


「猛獣とは何だ」

「こわぁい猛獣よ。実在するとは思えない、まるで物語の魔物のような」

 話を逸らすべく問うと、魔女は相変わらず愛想よく答えてきた。
 老木に刻まれた顔は表情豊かなようでいて、穏やかな正の感情しか見せない。

「鋭い牙と、大きな翼の猛獣よ。
 毛並みはまるで狼のよう。瞳は針のように細く、どんな闇でも見通す。
 とても大きく、力が強く、挑んだ戦士たちは一飲みにされるか、それとも爪で切り裂
かれるかしてしまったわ」

「……」

「そうね。私の国ではその黒い獣のことを、竜と呼んでいたわ」

 ジュリアは「そんなものがいるはずがない」と反射的に言いかけ、喉元で飲み込んだ。
 魔女は微笑んでいる。もう日付は変わったに違いない。こんな時刻まで付き合うつも
りはなかったのに。


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2007/09/06 20:59 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ

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