キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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老木の幹に刻まれた、木と同じく年老いた女の顔。
ごつごつとした樹皮のせいで、実際よりも年嵩に見えるのかも知れない――痩せた瞼
の下から垣間見える眼差しは決して衰えてなどいない。
むしろ優しげな微笑みは、親しい子どもを迎えるようだった。
「道に迷わなかったようで、よかったわ」
「……お前が魔女か」
自称騎士は、剣の柄に手をかけて問うた。
朗らかに笑う老木の女。「ええ、そうね」と、あらおいしいチェリーパイが焼けたわ
ねと言うのとおなじような口調で肯定され、騎士は逆に反応に困る素振りを見せた。
ジュリアは彼の背後でアーサーと視線を交わしてから、投槍に口を挟んだ。
「そこの少女と――ついでに、平和に寝こけている男どもを返してもらえるか」
「できないわ」
「何故」
「使い魔が必要だからよ。
そこの二人は返してあげてもいいけど、まだしばらくは目覚めないわ」
魔女は一呼吸置いて、続けた。
「少し騒がしかったから眠ってもらったの。
大きな声を立てると、こわぁい猛獣が起きてしまうからね」
夜の森には他に光なく、この広場だけが闇の中に照らし出されている。
猛獣がいるという話があるのだろうか? アーサーを横目にした。彼は視線の意味に
気づいたらしく、控えめな礼儀正しさで返事をした。
「ダウニーの森で最も物騒なのは、魔女バルメだと聞いていますが」
魔女は目をぱちくりさせた。
「誰がそんなこと言ったのかしら?」
愉快そうな笑い声。想像していた悪意は一かけらも感じられない。
周囲にいた使い魔たちは、今はもう歌をやめ、首を傾げてこちらを観察している。
自称騎士が、剣の柄を掴む手を開いて、もう一度、握りなおした。ジュリアはその動
作に彼の混乱を感じ取ったが、特に何か言ってやろうとは思わなかった。
騎士なら、多少の不測の事態に対応できるようでないと信用ならない。
いや、信用などしていない。こいつのことなどどうでもいい。
ただ、追い詰められて下手な真似をするようなことがないように、常に視界の隅には
収めているが――
そういった理由では、アーサー・テイラックはまだ信用できそうだった。
少なくとも悪い手は打たないだろうと確信させるような、妙な場慣れがある。ファブ
リー家のパーティーに招かれていたのだから地元の名士なのだろうが、他にも何かあり
そうだ。詮索する気はないけれど。
「子どもたちが帰りたくないと言ったから、ずっとここにいさせてあげているのよ。
あなたたちも昔、不満を、不安を抱えていなかった?」
魔女は眼差しを穏やかなものに変えた。
「親はあなたのことを本当にわかっていたのかしら。
あなたのことを考えるふりをして、自分の利益を考えていたんじゃないかしら。
このまま大人になって本当にいいの? あなたの未来はあなたの望んだものなの?」
使い魔の少年少女たちが、じいっと魔女を見上げている。
その目に宿るのが純粋な信頼だと気づいて、ジュリアは顔をしかめた。
「ずっと、子どもでいられたら、と。
そう思ったことが、まったくなかったかしら」
誰も返事をしない。
何か心を動かされたというよりも、唐突な話の変化に戸惑っているだけだろう。
邪悪な魔女が思っていたより邪悪でなさそうで、拍子抜けしているのかも知れない。
ジュリアはため息をついた。
「御託はいい。子どもを返せ」
魔女は笑顔のまま「できないわ」と答えた。
話し合い以外で解決する方法を、そろそろ考え始めるべきだろうか。
「……不幸な子どもはね、守らなければいけないのよ」
「獣に変えても?」
使い魔たちが、じっと此方を見ている。
魔女は「子どもたちが望むなら」と答えた。
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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老木の幹に刻まれた、木と同じく年老いた女の顔。
ごつごつとした樹皮のせいで、実際よりも年嵩に見えるのかも知れない――痩せた瞼
の下から垣間見える眼差しは決して衰えてなどいない。
むしろ優しげな微笑みは、親しい子どもを迎えるようだった。
「道に迷わなかったようで、よかったわ」
「……お前が魔女か」
自称騎士は、剣の柄に手をかけて問うた。
朗らかに笑う老木の女。「ええ、そうね」と、あらおいしいチェリーパイが焼けたわ
ねと言うのとおなじような口調で肯定され、騎士は逆に反応に困る素振りを見せた。
ジュリアは彼の背後でアーサーと視線を交わしてから、投槍に口を挟んだ。
「そこの少女と――ついでに、平和に寝こけている男どもを返してもらえるか」
「できないわ」
「何故」
「使い魔が必要だからよ。
そこの二人は返してあげてもいいけど、まだしばらくは目覚めないわ」
魔女は一呼吸置いて、続けた。
「少し騒がしかったから眠ってもらったの。
大きな声を立てると、こわぁい猛獣が起きてしまうからね」
夜の森には他に光なく、この広場だけが闇の中に照らし出されている。
猛獣がいるという話があるのだろうか? アーサーを横目にした。彼は視線の意味に
気づいたらしく、控えめな礼儀正しさで返事をした。
「ダウニーの森で最も物騒なのは、魔女バルメだと聞いていますが」
魔女は目をぱちくりさせた。
「誰がそんなこと言ったのかしら?」
愉快そうな笑い声。想像していた悪意は一かけらも感じられない。
周囲にいた使い魔たちは、今はもう歌をやめ、首を傾げてこちらを観察している。
自称騎士が、剣の柄を掴む手を開いて、もう一度、握りなおした。ジュリアはその動
作に彼の混乱を感じ取ったが、特に何か言ってやろうとは思わなかった。
騎士なら、多少の不測の事態に対応できるようでないと信用ならない。
いや、信用などしていない。こいつのことなどどうでもいい。
ただ、追い詰められて下手な真似をするようなことがないように、常に視界の隅には
収めているが――
そういった理由では、アーサー・テイラックはまだ信用できそうだった。
少なくとも悪い手は打たないだろうと確信させるような、妙な場慣れがある。ファブ
リー家のパーティーに招かれていたのだから地元の名士なのだろうが、他にも何かあり
そうだ。詮索する気はないけれど。
「子どもたちが帰りたくないと言ったから、ずっとここにいさせてあげているのよ。
あなたたちも昔、不満を、不安を抱えていなかった?」
魔女は眼差しを穏やかなものに変えた。
「親はあなたのことを本当にわかっていたのかしら。
あなたのことを考えるふりをして、自分の利益を考えていたんじゃないかしら。
このまま大人になって本当にいいの? あなたの未来はあなたの望んだものなの?」
使い魔の少年少女たちが、じいっと魔女を見上げている。
その目に宿るのが純粋な信頼だと気づいて、ジュリアは顔をしかめた。
「ずっと、子どもでいられたら、と。
そう思ったことが、まったくなかったかしら」
誰も返事をしない。
何か心を動かされたというよりも、唐突な話の変化に戸惑っているだけだろう。
邪悪な魔女が思っていたより邪悪でなさそうで、拍子抜けしているのかも知れない。
ジュリアはため息をついた。
「御託はいい。子どもを返せ」
魔女は笑顔のまま「できないわ」と答えた。
話し合い以外で解決する方法を、そろそろ考え始めるべきだろうか。
「……不幸な子どもはね、守らなければいけないのよ」
「獣に変えても?」
使い魔たちが、じっと此方を見ている。
魔女は「子どもたちが望むなら」と答えた。
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