キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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「私はこのダウニーの森に猛獣を閉じ込めることに成功したけれど、その状態を保ち続
けるためには私自身もモルフに留まらなければならなかった――この地は魔法に馴染み
がない。魔女は町に住めない。だから私はこの森で生きていくことを選んだの」
老木は溜め息をついたようだったが、ジュリアはその仕草に何の感慨も抱かなかった。
不完全な封印をしたのが悪い。
不死かそれに近いものを得るような魔法使いならば、大抵の魔獣や悪魔を容易く捻じ
伏せることができように。
「昼なお暗いこの森は、静かで孤独な場所だった。
私は動物と話す術は身につけていたけれど、彼らと人間では価値観よりももっと根本
的な前提が違う。意思のやりとりは不毛でしかなかったし、そうでないように飼いなら
すつもりもなかった。
だって調教なんてしたら、嫌がる声をまともに聞いてしまうじゃない――」
二度目の溜め息。嘆きではない別の感情。
「でも、そんな孤独の日々にも終わりが訪れた。
ひとりの少女が、私の家に現れた。人間だった私の背はそれほど高くなかったけれど、
その半分より小さな、まだほんの子供だったあの子は、私の家の扉を叩いて、“おかあ
さんとはぐれちゃったの”と言ったのよ」
自称騎士が何か言いたそうに口を開いて、テイラックにとめられた。
「土に汚れた服を着て、靴も履いていなかった。
私は――迎え入れて。そして、二人で暮らし始めた。
あの子は自分が親に捨てられたのだということにさえ気づいていなかった」
この長話に何らかの価値を見出すかどうか。
ジュリアは無駄だと思い初めていた。
物語の結末はもう見えている。
きっと魔女は捨てられた子どもの救済だとかそういったことに使命感を覚え、ずっと
ずっとくり返し続けたのだろう。そしていつしか子を浚い、獣に変えるようになった。
どうしてそう歪んだのかは知らない。正統な理由があったのかもわからない。
しかし、理解すべき一点は、“彼女は心からの善意で行っている”ということだけだ。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
「――哀れな子ども達を、放っておいていいはずがない。
ねぇ、そうでしょう?」
魔女の語りは締め括られた。
沈黙が降りる。肯定の返事をしてはならないが、否定もし辛い嫌な問い。
「放っておけばいい」と答えること自体に良心の呵責は一切ない。
しかしその言葉を発した後に起こるかも知れない面倒は避けるべきだった。
「猛獣とは何だ」
「こわぁい猛獣よ。実在するとは思えない、まるで物語の魔物のような」
話を逸らすべく問うと、魔女は相変わらず愛想よく答えてきた。
老木に刻まれた顔は表情豊かなようでいて、穏やかな正の感情しか見せない。
「鋭い牙と、大きな翼の猛獣よ。
毛並みはまるで狼のよう。瞳は針のように細く、どんな闇でも見通す。
とても大きく、力が強く、挑んだ戦士たちは一飲みにされるか、それとも爪で切り裂
かれるかしてしまったわ」
「……」
「そうね。私の国ではその黒い獣のことを、竜と呼んでいたわ」
ジュリアは「そんなものがいるはずがない」と反射的に言いかけ、喉元で飲み込んだ。
魔女は微笑んでいる。もう日付は変わったに違いない。こんな時刻まで付き合うつも
りはなかったのに。
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場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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「私はこのダウニーの森に猛獣を閉じ込めることに成功したけれど、その状態を保ち続
けるためには私自身もモルフに留まらなければならなかった――この地は魔法に馴染み
がない。魔女は町に住めない。だから私はこの森で生きていくことを選んだの」
老木は溜め息をついたようだったが、ジュリアはその仕草に何の感慨も抱かなかった。
不完全な封印をしたのが悪い。
不死かそれに近いものを得るような魔法使いならば、大抵の魔獣や悪魔を容易く捻じ
伏せることができように。
「昼なお暗いこの森は、静かで孤独な場所だった。
私は動物と話す術は身につけていたけれど、彼らと人間では価値観よりももっと根本
的な前提が違う。意思のやりとりは不毛でしかなかったし、そうでないように飼いなら
すつもりもなかった。
だって調教なんてしたら、嫌がる声をまともに聞いてしまうじゃない――」
二度目の溜め息。嘆きではない別の感情。
「でも、そんな孤独の日々にも終わりが訪れた。
ひとりの少女が、私の家に現れた。人間だった私の背はそれほど高くなかったけれど、
その半分より小さな、まだほんの子供だったあの子は、私の家の扉を叩いて、“おかあ
さんとはぐれちゃったの”と言ったのよ」
自称騎士が何か言いたそうに口を開いて、テイラックにとめられた。
「土に汚れた服を着て、靴も履いていなかった。
私は――迎え入れて。そして、二人で暮らし始めた。
あの子は自分が親に捨てられたのだということにさえ気づいていなかった」
この長話に何らかの価値を見出すかどうか。
ジュリアは無駄だと思い初めていた。
物語の結末はもう見えている。
きっと魔女は捨てられた子どもの救済だとかそういったことに使命感を覚え、ずっと
ずっとくり返し続けたのだろう。そしていつしか子を浚い、獣に変えるようになった。
どうしてそう歪んだのかは知らない。正統な理由があったのかもわからない。
しかし、理解すべき一点は、“彼女は心からの善意で行っている”ということだけだ。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
「――哀れな子ども達を、放っておいていいはずがない。
ねぇ、そうでしょう?」
魔女の語りは締め括られた。
沈黙が降りる。肯定の返事をしてはならないが、否定もし辛い嫌な問い。
「放っておけばいい」と答えること自体に良心の呵責は一切ない。
しかしその言葉を発した後に起こるかも知れない面倒は避けるべきだった。
「猛獣とは何だ」
「こわぁい猛獣よ。実在するとは思えない、まるで物語の魔物のような」
話を逸らすべく問うと、魔女は相変わらず愛想よく答えてきた。
老木に刻まれた顔は表情豊かなようでいて、穏やかな正の感情しか見せない。
「鋭い牙と、大きな翼の猛獣よ。
毛並みはまるで狼のよう。瞳は針のように細く、どんな闇でも見通す。
とても大きく、力が強く、挑んだ戦士たちは一飲みにされるか、それとも爪で切り裂
かれるかしてしまったわ」
「……」
「そうね。私の国ではその黒い獣のことを、竜と呼んでいたわ」
ジュリアは「そんなものがいるはずがない」と反射的に言いかけ、喉元で飲み込んだ。
魔女は微笑んでいる。もう日付は変わったに違いない。こんな時刻まで付き合うつも
りはなかったのに。
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