キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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「我々は、チャーミーお嬢様の希望を叶えて差し上げようと思ったのですよ」
エンプティは何のことでもないように言って、その少女を一瞥した。レノアは眠り続
けているが、その表情は特に安らかということもないように見えた。屋敷で見た、獣化
の兆候は目立たない。
「ねぇ、エンプティ。彼らは紅茶を飲んでくれないのよ」
「でしたら私がいただきましょう――おや、葉を変えましたか?」
「二百年前の葉はそのまま使えないわ。
たとえどんなにいいものでもね」
「例外もありますよ。
いずこかの領主殿は魔法の棚をお持ちのようで」
魔女は愉快そうに笑って、「だって彼は過去に生きているんだもの、例外よ」と応え
た。何の話をしているのか傍からはまったくわからないが、とりあえずこの状況とはま
ったく関係のないらしいということだけは簡単に推測できた。
どうでもいいから早く帰りたい。
ジュリアは苛々しながら口を開いた。
「できるだけ短く事情を話せ。
でなければ、何も話さずお前らだけでこの場から消えろ」
「そちらの魔女殿は随分と短気でいらっしゃるようですね」
「いま何時だと思ってるんだ」
「一日の内で最も魔女狩りに適さない時限だと判断しております。
こうなってしまった以上、お話せざるを得ないでしょう……まったく、どうして誘い
入れるようなことをしたのか」
ジュリアが「手短に」と呟くと、テイラックが「まぁ、そう言わずに」と諌めてきた。
彼はこれを何らかの機会だと思っているのかも知れない。その可能性についてはジュ
リアも否定しない。有利な返事を得るためには、ある程度の譲歩は必要だ。
「皆様は、バルメの魔女の童話をどれほどご存じでしょうか?」
テイラックは「一通りは」と応え、ヴァンは「騎士が魔女を倒したんだろう?」と応
えた。ジュリアは自分も何かを言うべきかと悩んだが、無言で通すことにした。
思いついた言葉はとてもひねくれたものだったから。
魔女も黙っている。
エンプティは続けた。
「物語にどれほどの真実が含まれているでしょう。
魔女を討伐しに森へ分け入った勇敢な英雄に、誰が着いていったものですか。彼が森
へ入り、そして再び人界へ戻るまでのことは永遠の秘密であり、失われた現実なのです」
「だからどうした」
「騎士は本当に魔女を倒したのでしょうか?
魔女は本当に打ち倒されるべき邪悪だったのでしょうか?
――ところで、ヴァン殿」
「えっ?」
自称騎士は素頓狂な声を上げた。まさか自分が指名されるとは思っていなかったらし
い。目立ちたがりのくせに迂闊とは、また面倒な性格だ。
「庶民はどうやって、騎士と、そうではない旅人を見分けるものなのでしょうね」
「そ、それは……騎士なら従者を連れているし、馬を持っている。
銀の拍車、紋章入りの盾、剣。そもそも服装だって庶民とは違う」
「従者、馬、拍車、盾、剣、服。それからいくらかの立ち振舞い。
それさえ揃えれば、きっと私のような者でさえも、立派な騎士に見える……」
「どういうことだ?」
「今こそ推理のし時でしょう、探偵騎士殿」
ヴァンは沈黙の後に「まさか」と呟いた。
エンプティは満足そうに頷いた。
「ええ、私が魔女退治の騎士です」
……
…………
「そ、そうじゃないかと思っていたんだ!」
恐らくその場の全員が、嘘だ、と思った。
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場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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「我々は、チャーミーお嬢様の希望を叶えて差し上げようと思ったのですよ」
エンプティは何のことでもないように言って、その少女を一瞥した。レノアは眠り続
けているが、その表情は特に安らかということもないように見えた。屋敷で見た、獣化
の兆候は目立たない。
「ねぇ、エンプティ。彼らは紅茶を飲んでくれないのよ」
「でしたら私がいただきましょう――おや、葉を変えましたか?」
「二百年前の葉はそのまま使えないわ。
たとえどんなにいいものでもね」
「例外もありますよ。
いずこかの領主殿は魔法の棚をお持ちのようで」
魔女は愉快そうに笑って、「だって彼は過去に生きているんだもの、例外よ」と応え
た。何の話をしているのか傍からはまったくわからないが、とりあえずこの状況とはま
ったく関係のないらしいということだけは簡単に推測できた。
どうでもいいから早く帰りたい。
ジュリアは苛々しながら口を開いた。
「できるだけ短く事情を話せ。
でなければ、何も話さずお前らだけでこの場から消えろ」
「そちらの魔女殿は随分と短気でいらっしゃるようですね」
「いま何時だと思ってるんだ」
「一日の内で最も魔女狩りに適さない時限だと判断しております。
こうなってしまった以上、お話せざるを得ないでしょう……まったく、どうして誘い
入れるようなことをしたのか」
ジュリアが「手短に」と呟くと、テイラックが「まぁ、そう言わずに」と諌めてきた。
彼はこれを何らかの機会だと思っているのかも知れない。その可能性についてはジュ
リアも否定しない。有利な返事を得るためには、ある程度の譲歩は必要だ。
「皆様は、バルメの魔女の童話をどれほどご存じでしょうか?」
テイラックは「一通りは」と応え、ヴァンは「騎士が魔女を倒したんだろう?」と応
えた。ジュリアは自分も何かを言うべきかと悩んだが、無言で通すことにした。
思いついた言葉はとてもひねくれたものだったから。
魔女も黙っている。
エンプティは続けた。
「物語にどれほどの真実が含まれているでしょう。
魔女を討伐しに森へ分け入った勇敢な英雄に、誰が着いていったものですか。彼が森
へ入り、そして再び人界へ戻るまでのことは永遠の秘密であり、失われた現実なのです」
「だからどうした」
「騎士は本当に魔女を倒したのでしょうか?
魔女は本当に打ち倒されるべき邪悪だったのでしょうか?
――ところで、ヴァン殿」
「えっ?」
自称騎士は素頓狂な声を上げた。まさか自分が指名されるとは思っていなかったらし
い。目立ちたがりのくせに迂闊とは、また面倒な性格だ。
「庶民はどうやって、騎士と、そうではない旅人を見分けるものなのでしょうね」
「そ、それは……騎士なら従者を連れているし、馬を持っている。
銀の拍車、紋章入りの盾、剣。そもそも服装だって庶民とは違う」
「従者、馬、拍車、盾、剣、服。それからいくらかの立ち振舞い。
それさえ揃えれば、きっと私のような者でさえも、立派な騎士に見える……」
「どういうことだ?」
「今こそ推理のし時でしょう、探偵騎士殿」
ヴァンは沈黙の後に「まさか」と呟いた。
エンプティは満足そうに頷いた。
「ええ、私が魔女退治の騎士です」
……
…………
「そ、そうじゃないかと思っていたんだ!」
恐らくその場の全員が、嘘だ、と思った。
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