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登場人物:クレイ・ディアス
場所:王都イスカーナ
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(やっぱり、やめときゃよかった……)
開始の合図がかかった瞬間には、すぐに後悔していた。
彼――クレイ・ディアスの前には、剣を正眼に構えた女騎士、それも少女と言ってもいいほどの若い騎士が立っている。
イリス・ファーミア、つい先日、将軍位を拝命したばかりの公爵令嬢である。
地方の反乱を鎮圧し、大勝にて凱旋を果たしたイリスはかねてから積み重ね続けた武功とあわせて、いよいよ将軍の位に就くことが決まった。
しかし前例のない女性の将軍就任ということもあって、御前試合でその武量を確認しようということになったのだ。
もちろんそこで皆を認めさせられなければ、就任を延期するということになる。
これは悪あがきにしか過ぎないのだが、一説には、娘の思い上がりを正す為に、現宰相を勤める父、スウェル・ファーミア公爵の意向が働いたとも言われている。
なんにしても、イリスの台頭を快く思わないものや、実力でなく、公爵家の権力や懇意にしているというリアナ王女の手回しで昇進していったと信じるものたちにとっては、実にいいチャンスであった。
(……だからって俺かよ……)
意義ありをだした各騎士団から、代表のものが出て直にその実力を見ることになったのだが……。
(言い出したのがイリス本人といえば、相対する方が躍起になったのもわかるだろうか)
その中の一人にクレイが選ばれ、ほとんど無理やりにここにでるはめになったのだ。
目の前ですでに三人もやられているので、はなから腰が引けていることはいなめないが、そうなかったとしても、イリスから放たれる闘気を正面から受ければ、クレイにどうこうできる相手でないのがよくわかる。
そして……クレイの自己分析どうり、試合はあっけなくイリスの勝ちで終わったのだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「情けないぞ! それでも我が隊随一の剣士かぁ!」
結局イリスは十人と戦い、その全てにけちのつけようのない勝利を得た。
クレイはその負け組みの一人になったわけだ。
傷一つ負わずに試合を終えたので(それがまた屈辱的だったりする)、そのまま騎士達の詰め所で説教を受けているわけだった。
「隊長~。そうはいっても、あれは基本的に違う種類ですよ。俺ら程度での強さなんてあまり関係ないですよ~」
第一そんなに騎士の面子とやらが大切なら、自分でいきゃいいのに。
そうは思ってみても、やはり女に負けたのは自分でも十分情けない。
(やっぱり剣の道で上を目指すのは無理があるなぁ)
くどくどと続く隊長の愚痴やら説教やらを聞き流しながら気が重くなるのを感じる。
亡き父より伯爵家を継いだものの何の功績もないままなら、いずれ剥奪の憂き目にあうのは間違いない。
領地があれば、その統治によって認めてもらえるのだが、クレイのように爵位を継いだだけのものは騎士団にはいっているか、仕官して行政官にでもならない限り、いずれ剥奪されてしまう。
ここらが領地もちと比較されて、準爵といわれるゆえんである。
そのため、クレイも父がなくなったときから騎士団に勤めに出ているのだった。
騎士団の中では原則として爵位の類は関係なく、あくまで団の編成位がものを言う。
つまり例え公爵その人であっても、一騎士であれば騎士団のなかでは上司には逆らえない。
もっとも力ある貴族のものなら、その規則も関係なくしているが、クレイのような準爵は今のとおり、位では平民出の隊長に説教をくらっててもだまって聞くしかないのである。
(内政官にすりゃよかったかな~。でも勉強するのも嫌だし……)
亡き父には申し訳ないけど、正直自信なくすなぁ……、そうつぶやきながら隊長の愚痴が納まるのを待った。
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人物:カイ
場所:王都イスカーナ
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カイは一人で旅をしていた。
答えの見えない、自分の居場所を探す旅。
しかし、当てもなく旅をするにもお金はかかるモノで。
思案の果てに傭兵家業に足を踏み入れることになる。
最初に選んだ地は、ココ、イスカーナだ。
常時、他国の者でも志願兵として受け入れてもらえるという噂を聞いた。
多国籍な外国人部隊に所属するか、他へ回されるか。
腕次第で多額の報酬も可能だという。
街を歩くカイは、異国の服を着ている割に人目を引かずに済んでいた。
大きな都市だというのもあるが、うまく気配を溶け込ませているからだ。
それもこれも、以前に隠密剣士という特殊な生き方をしていたからなのだが。
美しい黒髪が揺れる。
この髪を誉めてくれた乳兄弟が自分に別れを告げて半年、自分はどうしたいのかを探してきた。自分は、自分は、自分は。
物心付いた頃から影としての人生を歩んできたカイにとって、乳兄弟であり主人でもあったセラフィナが世界のすべてだったから。彼女から切り離された今、自分を捜すしか他に道はなさそうだったから。
志願兵はどこへ行ったらいいのだろうか。
カイはとりあえず、騎士の詰め所を目指した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カイは一人、訓練場と呼ばれる更地の真ん中で待たされていた。
騎士達の詰め所と塀に四方を囲まれた空間。そう狭くもないのに圧迫感があるのは、それを意識して作られている為なのかもしれない。
詰め所沿いには練習用と思われる剣や槍が立てかけられ、組織というモノをイヤでも意識する。騎士団というのはこういうものか。カイは目を閉じる。
心を静かに。澄んだ水面のように気を静めて。
詰め所へ入っていった男が再び現れた。今から採用試験を行うらしい。
相手をつとめるのは、遅れて現れた、若い、青年。
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登場人物:クレイ カイ
場所:王都イスカーナ
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クレイは御前試合敗退の罰、というわけでもないだろうが、ここ数日詰め所に山積している、書類の残務整理をやらされていた。
(うう、あれには隊長だって勝てないくせに……。 試合押し付けた上に、厳罰って……)
口車に乗せられて、まんまと試合を押し付けられたうえ、その負けをネタに面倒な仕事を押し付けられる。
だが、別にいびられているとか、そういうわけでもないのだ。
入団当初にそのあつかいやすい性格を看過されて以来、剣も政務もそれなりにこなすクレイは、実に便利に使われているのであった。
隊長は平民から上がってきたたたきあげタイプなだけに、下のものには人情に厚く、決して悪い上司ではない。
事実、何かにつけて貧乏くじをひいているおかげで、こういったところにありがちなやっかみや嫉妬といった、負の感情にさらされなくてすんでいるのだ。
(ほんとは、俺が貴族ってのを忘れてるだけかもしれないけどね)
クレイもそのあたりの人間関係の難しさを理解しているので、口では文句を言いながらも、いつもおとなしく貧乏くじを引いているわけであった。
そして今日も朝から、書類の山と格闘していたところであった。
「おい、誰か手の空いてるものいるか?」
今日は外番をしているはずの同僚が、扉を開けながら中に声をかける。
「入団希望者だ」
「どっちだ?」
奥で数人の仲間とカードに興じていた隊長が、顔も上げずに問い返す。
「剣をささげに来たやつがうちにくるもんかよ!」
「ちげーねぇ」
クレイもおもわず苦笑してしまう。
イスカーナでは、剣をもって仕官するにはいくつかのの方法がある。
イスカーナ国王に剣をささげイスカーナ騎士となること。
領主・貴族が独自に養う私兵団に所属して、貴族を通して騎士となること。
そして、傭兵としてあくまで契約戦士として仕官すること、などなど。
どれにせよ、イスカーナを自分の国として仕官してくるのなら、貴族なり何なりの騎士団・戦士団を勧められる。
それに対して、クレイのいる隊には、傭兵を中心とした戦力を持つところで、クレイのような「名前だけ貴族」や、問題のあるやつでもなければ、外からきた傭兵志願者がまわされてくるのだった。
こういうところであればこそ、貴族位のクレイの上司が平民出であっても、変な摩擦もおきずに、うまくやれているのだ。
「ペアの居ないやつは……」
軍団の最小の編成は二人である。
ここの混成部隊では、イスカーナ国民の隊長のペアにクーロンから流れてきた傭兵、といった具合に、「信用」されやすい相手と傭兵をくますことがセオリーとなっている。
「おい! クレイ! お前あいていただろう」
「えー、隊長、書類が残ってんですけど」
「自分の背中預ける相手だろうが。残業の申請はしとくから、気にせずいけ!」
これもこちらを見ようともせずに、カードを切りながら怒鳴ってくる。
「わかりましたよ」
クレイも気になるのはたしかなので、不毛な抵抗をあきらめて席を立つと、呼びに来た男の後に続いた。
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首の後ろで一つに結った、長く伸ばした黒髪が印象的だった。
見事なまでの黒髪、ぱっとみただけでも目を引くほどの特徴を備えているのに、次の瞬間には印象がぼやけてしまう。
(……おいおい、気殺かよ)
意識して気配を消せれば一流……、それを日常的に行えるようになれば……。
しかしそれに気がついたのはクレイだけのようで、周りで見物についてきた仲間はなにも気づいてはいないようだった。
「なんだぁ、やけに頼りなさそうなのがきやがったなぁ」
「いやいやわからんぞ」
「そうだな、うちのトップもあのクレイってぐらいだ、みためじゃわからん」
それらの声を微塵も気にした様子もなく、彼――カイがクレイに顔を向ける。
「そいつを倒せばいいのか?」
淡々と何の気負いも感じさせない調子だった。
それは相手を、この場合クレイを軽んじているふうでもなく、かといって緊張から硬くなっているふうでもない。
ただすべき事を確認しただけといったふうであった。
「へぇ? 倒せるならそれにこしたことはないけどな」
何気に負けた記憶が頭を掠めたりでもしたのか、クレイが同僚を押しのけるように前に出る。
見物人の一人に目を向けると、一つ頷いて模擬剣を二本投げてよこす。
お互いに一本づつ受け取り、訓練場の真ん中に進み出る。
「……クレイだ」
「カイ……」
短い名乗りを上げると互いに剣を構える。
試験とはいえ、お堅い名門の騎士団とは違う。
お互いが臨戦態勢に入ったそのときが開始のときなのだ。
「じゃあ、ためさしてもらうぜ!」
クレイはそう言い放つと、大地を蹴った。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
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「じゃあ、ためさしてもらうぜ!」
先に大地を蹴ったのはクレイと名乗ったまだ若い青年。
カイは静かに呼吸を整える。
最初の一撃。いや、連続して剣が打ち込まれた。
少し重いか?
手に構えた模擬戦闘用の剣を試すように、一撃を弾き、いなす。
使い慣れた刀とは勝手が違うのだということは分かっている。
少し、馴染む必要があるかも知れない。
「おいおい、倒すってのは口だけかい?」
一歩も動いていないカイに向かって野次が飛ぶ。
実際クレイが一方的に攻めているのだから、判定負けを取られかねない状況だ。
ふむ。まぁこんなものか。
重さが手に馴染んできたらしい。
カイは初めて一歩踏み込んだ。
「お? ようやくやる気になったようだな、兄ちゃん」
野次を黙殺して、カイはクレイを見据える。
コレだけの運動量の割に息の乱れも少なく、ブレも少ない。
どうもココで一番というのは本当らしい。
カイは剣の構えを中段からゆっくりと脇構えに移行させる。
受け続ける分には問題なかったのだが、立て続けに攻められると、なかなか攻めに移行できないのだ。
流れを変える。
カイはわざと相手の剣に向かって、剣を押し出した。
キィィィィン!
今まで力を逸らすようにしていたのを、直接相手に力が返るように弾いたのだ。
ホンの一瞬の腕の痺れ。
その一瞬で十分だった。
カイは大きく懐に飛び込むと、剣をクレイの首にピタリとつける。
気が付くと、野次は止んでいた。
「おい、クレイ」
「油断したのか?」
見物していた仲間が、一斉に声をかける。
見ている間、ずっとクレイが優勢だったのだ。納得がいかないらしい。
「いや……、彼は使えるよ」
剣を交えた相手にしか分からないなにかがあった、のかもしれない。
息一つ乱れていなかったことに気付いたのは、クレイだけだったのだから。
仲間に囲まれるクレイと対照的に、一人たたずむカイは自分の手を見ていた。
震え…?
そう、後になってから手に残る痺れ。
クレイの剣を受け続けた代償は、しっかり体に刻まれていたのだ。
剣の重さというモノは甘くない。
「よろしく」
人の輪を抜けて、クレイが手を差し出す。
「君と組むことになりそうだ。ようこそイスカーナへ」
カイは一度手を強く握り、痺れを少しおさめてから無言で握手に答える。
その一瞬の行為を見逃さなかったクレイは、にっこりと微笑んだ。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
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見事な腕をみせつけたカイを包んだ熱狂が冷めるのに少しの時間を要した。
結局その日はそのまま名前を登録しただけで、詳しい話は翌日に持ち越しとなった。
翌日早朝から身なりを整え、万全の体制で詰め所を訪れたカイを出迎えたのは、まだ夢の余韻を残した様子のクレイであった。
「あー? ……? ……ああ!」
最初ぼーっとしたまま首をひねっていたクレイだが、ようやくおもいだしたのかポンと手を打つ。
もちろんその間も、カイは姿勢を崩さずにクレイの言葉をまっていたのだった。
「アー、カイ、カイだったな」
「そうだ。昨日の続きを聞きに来た。なにをすればいい?」
早朝から身なりを整えてきているのだ。
普通はやる気があるとみえるものだが、カイの口調はいかにも落ち着いていた。
クレイはその違和感に戸惑ったようだった。
「ああ、そうかすまん。……ちょっと待ってろ」
一度詰め所の奥に戻り、剣をつかんで戻ってきた。
歩きながら腰のベルトの留め金に鞘を装着し、
「じゃあ、説明がてらでてきますんで!」
カイのいる扉からは見えないが、おそらく奥の部屋には何人かが詰めているのだろう。
特に返事はなかったが、人の気配を感じるのだ。
クレイは入り口横の掛札をひっくり返すと、カイを促して外に出た。
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「まあ仕事といっても、戦以外のときは訓練をしているのが普通だ」
そういうと一枚のカードのようなものをとりだしカイに手渡した。
「それが所属証明書だ。 そこにある第13独立遊撃隊ってのがここのことだ」
13とは……なにやら不吉な気がするのだが、幸いというか、カイには思い当たる事例が浮かばなかったので、普通に記憶した。
遊撃隊といえば直接の指揮系統からはずれ、ある程度の自由裁量で行動することを許される部隊のことである。
といえば聞こえがいいが、本来は傭兵隊のように統制がとれない戦力をさしているのだ。
普通の騎士であれば、望んで入るものなどいないだろう。
(たしか、クレイは力ない貴族だからときいたが・・・)
昨日の入団騒ぎのときの紹介ではそんなことを言っていたが、仮にも貴族位をもつもなら、それなりの騎士団に入れるはずなのだが。
「普通の騎士団はそれでいいのだが、俺らのような下っ端には、治安維持の仕事もある」
「……治安維持?」
「そ。王宮を囲む一の郭の中は近衛師団の管轄、貴族たちの屋敷がある二の郭はそれぞれの私設騎士団が、そしていわゆる一の郭・二の郭を包むように広がる街を王立騎士団が治安を守ってるんだ」
「なるほど。しかしそれならちゃんと詰め所に常駐していればいいってことでは?」
「街の部分は相当広い、普通は訓練をしながら詰め所に待機しててもいいのだが、街を巡回したりしてトラブルを未然に防ぐのが下っ端の仕事になってるのさ」
警察という組織の代わりをしているといえばわかりやすいかもしれない。
本来自衛隊である騎士団なのだが、街の発展とともに、事後処理では追いつかなくなってきているので、火種のうちにつぶせるよう、街中をみまわるようになったのだ。
けんかの仲裁から、犯罪・事件の解決、消防から迷子の親探しまで…………。
クレイたちとしては実、密かに冒険者ギルドが本腰入れてくれないものかと、淡い期待をしていたりするのだ。
このころ王都イスカーナには支部店が一軒しかないので、ギルドに治安の自浄作用を期待するのは無理なのだ。
辺境にいくほどギルドも活動を活発化しているものの、『神殿』や貴族達の勢力争いの中心でもある王都では、権力に利用されることを危惧しているのか、いまだ活動は小規模にとどまっているのが現状なのだ。
「ま、大抵はうろついて一日が過ぎるんだがな」
そういうと、まずは朝食でもと、市の立つほうに向かって歩き出す。
(…………まさか表で治安維持活動なんかをすることになるとは。)
カイは苦笑を浮かべると、クレイの後に続いた。