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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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市へ向かうと次第に人も多くなってくる。朝っぱらからご苦労なことだ。
クレイは簡単な観光でもしているかのように、カイに説明をしながら歩いていた。
ココは不味いからやめた方がいいとか、こういうときにはココがいいとか。
元々面倒見のいいタチなのだろう。少し楽しそうですらある。
「こういうのも、仕事の対象か?」
カイは突然立ち止まった。
「ちょっと、なにするのよ!」
しかもウルサイおまけ付きだ。クレイは半歩先を歩いていたので、当然振り返ることとなった。
少し赤みがかった髪の、目が印象的な少女。
カイが彼女の手首を掴み、彼女はそれから逃れようと暴れているのだ。
「どうした」
「ちょっとな」
差し出すのは薄い布製の財布。つまり彼女はスリらしい。
「放しなさいって言ってるでしょおっ?」
なおも暴れる彼女は、意外なことを口走った。
「貴族にこんな扱いしていいと思ってんの?」
朝から、忙しくなりそうだと、クレイは頭を抱えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場所は変わって。
何故かカイとクレイは、さっきの彼女と共にテーブルに向かっている。
「ちょっとおなかがすいちゃって。出来心よ、出来心」
物凄い速度で料理が消費されていく。それも、彼女一人の手によって。
「お忍びだったんだけど、家には知らせないでほしいのよね」
呆れるほどの勝手な言い分。
本来なら厳重注意では済まないところだ。スリの現行犯。しかもかなりの手練れ、とくれば今回が初めてだったとは考えにくい。
「その話なんだけどね、お嬢さん」
クレイはようやく落ち着いてきた彼女に語りかけた。
「クレアよ」
「え?」
「お嬢さんじゃなくて、ク・レ・ア。覚えておいて」
フォークを相手に向けながら名乗るとは、とんだお転婆もいたモノである。
「じゃ改めて。クレア、君の親に連絡しないという訳にはいかない」
あからさまにムッとした表情のクレア。しかし食事の速度は全く落ちていない。
「未成年でしょ?それとも詰め所まで一緒に行くかい?」
グラスの水を一気に飲み干すと、クレアは一つの指輪を差し出す。
簡素な指輪には小さな紋章が彫り込まれていた。
「貴族には迂闊に手出しは出来ないはずよね?」
勝ち誇った笑み。
対照的に、クレイの表情は固まってしまっている。
「この紋章は、何処のモノだ?」
カイが小声でクレイに問う。
「……のだ」
返事は良く聞き取れなかった。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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「夢」と言うのは大げさだろうか。
お偉いさんの陰口をたたきながらも、毎日をそれなりに忙しく過ごし、いずれめぐり合った嫁と温かい家庭を築き、生まれた子供がひとり立ちして、さらに孫を見せに来るころには、騎士団員の年金と貴族給でのんびりとした老後……。
もともと金欲、名誉欲、そういった上流階級にありがちな欲望の乏しいクレイとは、生活レベルを平民の感覚で納得できる限りは、実現可能な夢と思っている男だった。
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「君はハーネス家のものなのか? 君がクレア・ハーネスなのか?」
勝気に笑顔を浮かべるクレアに、指輪を返しながら問いかける。
隣ではカイが疑問符を浮かべながら首をかしげている。
少し固い顔をしたままクレイは席を立つ。
「いくぞ、カイ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! いくらなんでも、その反応はなによ!」
予想外の反応だったのか、クレアはあわてた様な声を出す。
そして、状況が理解しきれないカイは相変わらず、不思議そうにクレイをみあげる。
「クレイ?」
「ちっ! いいか、カイ。ハーネス家ってのは、この国に5つしかない大公家のひとつなんだ」
そういった世間の事情と自分がどう結びつくのか、カイはそういうことには特に疎い。
まだよくわからない感じなので、諭すようにクレイが説明する。
「俺たちが一生かかって稼ぐような金を、買い物のたびに使えるような家柄の姫様が、なぜこんなところでスリをしてるんだ? なにか事情があるに決まってるだろうが。そうでないとしたら、大公家から印を盗んだとしか思えん。どっちにころんでも、やっかい事にしかならん」
おお、と納得したようにカイも手を打つ。
クレイの夢からすれば、大公の姫も、大公にたてついた形になるスリの小娘もかかわりたい理由がない。
「ちょっとー! 本人前にしてよくそこまでいえるわね! 父上に頼んで厳罰にしてやるから!」
それで怯えて平謝りするのどには、クレイの神経は細くなかった。
皮肉げに半端な笑顔をクレアにむける。
「お嬢様? 本物としても、スリまでして家に頼らないやつが、誰の傘をさすってんだ?」
さっきまで勝ち誇ったようにしていた少女が、とたんに悔しそうに口を閉じる。
「カイ、そういうわけだからここは被害もなかったことだし……」
そこまで言いかけて、クレイの口が止まる。
鋭い目つきになり、剣に手をやり、もう一度腰を下ろす。
その突然の行動に、今度はクレアのほうが疑問符をうかべる。
「何人だ?」
そう聞かれたカイは、見た目はさっきからと違わない、自然体のままにみえる。
しかし直に剣を交えたクレイには、カイが戦闘態勢に入ったのがわかった。
そんなかすかな気配なんてわからないクレイは、カイの変化で事態を察したのだ。
それがみえるのが、クレイの唯一と言ってもいい才能ゆえだったのかもしれないほどの、かすかな変化……、クレアにはどうなっても察すること出来るはずもない。
「殺気はないから確かとはいえないが、おそらく4人だ。」
「え? え? どういうこと?」
「はっ! これが厄介ごとってな」
クレイはクレアの身元を確認する前に、食事の席についたことを悔やんだ。
相手がクレアを(カイの過去を知っていれば、簡単にクレアとはおもえなかったろうが……)狙っていたとしたら、動き回っているときよりも、どこかに腰を落ち着けたところを囲むのが定石だろう。
(うかつだったってか?)
とりあえず気づいてない風を装う為、もう一度席に着いたが、それで油断を誘えるかは微妙だ。
おたおたしだしたクレアから、カイに視線を移すと、気配は緊迫していても、いたって穏やかに見える。
(……こいつ、そういえば殺気以前の気配にも気づいたし、場なれしてやがる?)
カイは何事もなかったように、食後のお茶を飲みながらいう。、
「……動き出した。ここでやる気らしいな」
クレイもクレアも、「なにを?」とは聞かなかった。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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「表から三人、裏から一人」
そう告げると何事もなかったかのように、手にしたカップを置くカイ。
「倒す・逃げる・捕まえる。どれを優先する?」
彼はクレイに問いかけた。
『逃げる!』
間髪入れずに答えた声は重なっていて。
「聞かれたのは俺だろ?」
そう言うのはクレイ。
「よく分かんないけど物騒なら逃げるが勝ちよ」
そう胸を張るのはクレア。
カイは何となく微笑ましく思った。
「参考までに。裏は通路が狭そうだ」
そう言ったカイとクレイがほぼ同時に立ち上がる。クレアは慌てて後に続いた。
カイが一歩踏み出したのと、扉が開くのはどっちが早かっただろうか。内側に押し開けたはずのドアを一気に押し戻され、一人がバランスを崩す。体勢を立て直そうと寄りかかったドアが更に強く押し返され、後ろにいるもう一人を巻き込む形で派手に転んだ。
「あと一人」
カイは扉から手を離すと、転んでいる二人を避けて表に飛び出した。
クレイはその二人の武器を器用に蹴り飛ばして後に続く。
「邪魔よ」
クレアが二人の顔を踏みつけてようやく表に飛び出したときには、カイとクレイが剣を抜いて一人の男と対峙していた。
初老の男だった。紳士的な服装はけして華美なモノではなく、口元の髭に几帳面さが滲み出ている。先ほどの二人が下仕えの下男だとしたら、執事といったところだろうか。
「お嬢様をお返し願おう」
男はそう言うと、剣を収めた。クレイはカイに目配せをするとあっさり剣を収め、カイもそれにならう。
「私としても戦うのは本意ではありません」
クレイは小さく「行こう」とカイに声をかける。
初老の男は頭を下げた。
「突然の無礼、大変失礼致した。さ、お嬢様。帰りましょう」
「冗談でしょ? 帰らないわよ」
クレアが腕を組んでそっぽを向く。何が何でも行く気はないらしい。初老の男から手が伸びる。振り払おうとして手首を掴まれ、クレアはやっと男の顔を見た。
「この人、違うわ!」
クレアが叫ぶ。クレイはすれ違いざまに剣を抜くと、柄を男の首筋に叩き込んだ。
カイはクレアを引き寄せ、ドアを蹴る。
二人の男が膝から崩れ落ちた。一人は付け髭の取れかけた執事に扮した男、そしてもう一人は裏口から入ってきた男だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうして偽物だって分かったの?」
クレアは立ち去ろうとする二人を追いかけてきて問うた。
「ねぇ、どうして?」
クレイは頭を抱えた。
どうやら彼女は答えるまでずっとくっついてくるつもりらしい。
「君はもう少し警戒しなさいね」
クレイは呆れている。
なかなかに精巧な付け髭ではあったが、クレイに分からないモノではなかったし、カイが警戒を解いていないのを考えると怪しむ要因としては十分だった。
「顔も見ないってどうかと思うよ」
クレアは頬を膨らませる。
「君、じゃないわ。ク・レ・ア!」
「はいはい」
「私あなたのこと気に入ったわ。お婿さんにしてあげる」
少し幼さが残る彼女の顔は、冗談を言っているようではなくて。
「……冗談、だろ」
誘拐騒動の次にはお婿さんにしてあげる宣言。これ以上の厄介事があるだろうか。
逃げ出そうとするクレイの右腕に、とっさにクレアがしがみつく。
カイは吹き出しそうになるのをこらえるために、小さく咳払いをした。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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「そういえば兵舎にこしてくるのか?」
一応兵舎というものが用意されているのだから、金を払って宿を取る必要はない。
カイもそんなに資金が有り余っているようには見えなかったが、なんとなく兵舎よりも自分で宿をとりそうな気がして、念のため聞いてみたのだ。
「そうだな……。この部屋を見る限りは、悪くないところのようだしな」
「ああ、ただの割には良いだろ?」
「部屋は全部同じなのか?」
「まーな、金のあるやつは選ぶ幅もあるが……」
「これ以上を望むのは無駄金をもつものだけだろう」
「そういうこと」
「……ちょっと! 無視しないでよ!」
腹を立てたように……いや、腹を立てたクレアが甲高い声をあげる。
それをジト目で一瞥したクレイは、
「……そうそう、金は要らないけれど、窓とか壊したときの修理は自前で……」
「って、何事もなかったように話し続けるな!」
クレイはそこでようやく、クレアに向き直った。
「やれやれ。お姫様がこんな下賎なところにいつまでいるんですか?」
たとう大貴族の、それも国でも上の方の家のものといえ、こんな小娘に媚を売るのは、クレイには到底できないことだった。
だから今も、全身から迷惑そうなオーラを発しながら、実に迷惑そうな口調でクレアにむかっていた。
(もっとも出会ったのが、もっと艶っぽい貴婦人であったらはなしはべつだが……)
さすがにそれは口にせずにいた。
「あなたをお婿さんにするまでよ!」
「うーん、姫君の心を射止める俺の美貌が罪なのだろうが……。愛を育てるには時間が……」
(それに胸も……)
クレアはおそらく十人のうち八人ぐらいは可愛いといわれるだろう。
だがクレイにしたら、どーかんがえても「お嬢ちゃん」になってしまうのだ。
ちらりとカイをみれば、事の推移を面白がっているのか、あえて助け舟を出すつもりはないらしい。
「そもそもなんで家を出てきたんだ?」
ややなげやりに質問する。
「そ、それは父様が……」
なんとなくいい辛いのか、口の中でごにょごにょとつぶやく。
「と、とにかく! あなたは私のお婿さんになるの!」
何がとにかくなのか、クレイにはわからなかったが、その後に続いた言葉には衝撃を受けずにはいられなかった。
「いいから父様にあってよ」
「あ、あほか!」
最初は冗談かと思っていたが、これは本気でやばいらしい。
さすがに冷たい汗が滲み出すのを、感じずに入られなかった。
その様子を見ていたカイは内心首をかしげていた。
かつての経験から、上流貴族というものについてよく知っているカイからすれば、クレアがどんなにおかしいことをいっているかがよく分かるのだ。
地位が高い貴族の姫というものは、自分で相手を見つけるという考え方すらないのが常識だった。
(ひょっとすると、ただの悪ふざけではないのかも。)
そう思いつつも、あえて意見を言う気はないカイであった。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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「お父様を、呼んでもらうことだって出来るのよ」
相手にされないことで、クレアは拗ねきっていた。
「おいおい……」
クレイは兵舎のカイに割り振られた部屋で、簡素なベッドに腰を下ろした。
カイはカバン一つに纏められた少ない荷物を紐解いている。
「家を出た理由も教えてもらえないってのに、それはないだろ」
脱力するクレイは、この少ない時間で疲弊しきっていた。
クレアを人目に晒すと本当にお父様を呼ばれかねない。そう判断したクレイは、カイの同意の元、兵舎の一室に籠もっているのだ。職務もあることだし、ずっとこのままというワケにはいかない。ついつい頭を抱えてしまう。平穏な生活を夢見ることも、なかなかうまくはいかないらしい。叶いそうな、手の届きそうな夢だと思っていたのに。
「お屋敷の中の人間しか知らないからって、カイだってイイじゃないか」
彼女の相手が自分である理由も思いつかない。物珍しいだけで選ばれたんじゃ溜まったモンじゃない。
「だってこの人、影みたいで」
会話をしてくれることに喜んでいるのか、クレアはにっこりと笑った。
「それに、クレイは」
隣に腰掛け、向き直る。
「金や名誉に媚びを売らないわ」
媚びておけば良かった。絶対しないであろうコトを後悔しても、もう遅かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カイは部屋の壁に寄り掛かり、二人のやりとりをじっと見ていた。
どうも気に懸かることがあった。普通の名家のお嬢様、ではないということだ。
彼女が本物で、何かしら事情があるとしても、並のプロ以上というスリの腕を持っているというのは、明らかに異常なのだ。砕けた物言いや、子供っぽい仕草では隠せないようなしつけの良さは見て取れる。本物のお嬢様ではあるのだろうけれど……まだ分からない。
「巡回に出よう、カイ」
クレイが重い腰を上げた。
「付いていく」
「駄目だ」
予想していたのであろう。クレアの声が出るかでないかで制止の声が重なる。
「何を話すのか、何を話せないのか。仕事が終わったら聞いてやるから、ここでゆっくり考えなさい」
相変わらず子供を相手にしているようなクレイの態度だが、相手にされるだけマシだと思ったのか、クレアは小さく頷いた。
「話せることが思いつかなかったら、一人で家に帰ることだ」
クレイの最後の一言は、果たしてクレアに聞こえていたのだろうか。扉を開け、クレイが部屋を出る。カイは何も言わずに後に続いた。
カイは指先の器用さだけでは説明の出来ない技術を、誰に習ったのかを考えた。
深窓の令嬢と親しくできる人物、しかも他の者達に気付かれずにソレを行える人物。高度な技術を有した人物、だとすると、彼女の側に入り込む大きな理由が別にあるのかも知れない。恐らくは女性。そして……。
「有名な窃盗団か、義賊がこの街にはいるのか?」
カイは前を歩くクレイに問うた。