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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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「……なるほどねぇ」
一瞬虚をつかれものの、カイの言葉の意味を理解したクレイは、思わず感心したようにつぶやいた。
普通のスリは、繰り返すことで技術を磨き上げる。
子供のうちなら見逃してもらいやすいが、大人が思い立ったようにスリをはじめることはない。
そういう意味で、クレアのスリの技術とその前後の素人っぽさが、不自然といるのだ。
自身で習得できないなら、師がいるのはあたりまえ。
技術だけを教え込まれ、実地経験がなかったとすれば、技術とのギャップも納得できる。
王族さえ狙える公爵家の姫であることを考えても、此方のほうが自然だ。
「そこら辺の資料は、城の治安部にいったほうがそろっている。特に公爵家のあるあたりは俺たちの管轄外だから、出向いたほうが確実だな」
「うわさ程度でもわからないのか?」
「うーん、噂が多すぎて絞れねーんだ」
貴族の派閥争いが激化する最近、それぞれに義賊を囲ったり、私兵を偽装したり、盗賊騒ぎを装って政敵を陥れたり、またはたんなる嫌がらせだったりで、盗賊騒ぎは絶えないのだ。
賊とはいえ、さすがに王都では命を奪うような事はやらない。
むしろどれほど見事に事を成すかを競う節もあり、関係のない平民にとっては、良い話の種にもなっていた。
「クレアに、というより、公爵家の姫君に近づけるもの……。なんだか嫌な予感がするなぁ」
やれやれといわんばかりに、首を振る。
カイはそんな様子を見ながら、
(クレアに関わった時点で巻き込まれていると思う)
そう思ったものの、黙ってクレイの後をついていった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
王城の敷地の一番外の郭に立てられた治安維持部の建物は、同時に王城への出入りを審査する憲兵所も兼ねている。
ここを抜けなければ、王宮(王城本丸)、東宮、西宮、離宮へと続く二の門へ行けないのだ。
「ほんとだって!」
「うるさい! もういい加減かえれ!」
クレイとカイがむかう治安部の入り口前で、衛兵らしき男と、それにすがるように何かを訴えている10を越えたころと見える少年がいた。
クレイは厄介ごとには首を突っ込みたくないし、衛兵が暴力を振るっているわけでもないので、何も見なかったように通り過ぎようとした。
それはカイも同じらしく、ちらりと現状を確認すると、すぐに興味を失い、クレイに習おうとした。
「ほんとなんだって、信じてくれよ」
少年は嘆くというよりも、怒りをあらわにした様子で食い下がっていた。
「あのなぁ、いいか? ハーネス公爵家といえば三大公にもあげられるほどの家だぞ。伝説の怪盗か何か知らんが、そんな素性の知れんのを招かなくても、ほしいものは手に入れられるところだ」
「じゃ、じゃあ、公爵さまが気が付いていない……」
しかし、衛兵は全てを言わせなかった。
「もちろん、素性を隠してと普通なら思うが、ああいったところは、ただのした働きにいたるまで身元が確かでなくては、門をくぐることさえできんのだ」
返す言葉をなくした少年は、それでも何かいいたげにたちつくす。
「……はぁ。なぁ、何も聞かなかったことにできんものかなぁ」
「俺はかまわない。クレアに迫られているのは俺ではないからな」
ハーネスの名前と、あまりにタイミングのよい内容に、運命のいたずら、いやいたずらを越えたいじわるさを感じて、クレイは情けない顔つきで頭をかいた。
「しゃーねぇわな」
そういうと、実に嫌そうに、少年のほうへと振り返った。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:(クレア) キット
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「少年、向こうで話を聞こうか」
イヤそうにクレイは声をかけた。
言葉を失い、立ちつくしていた少年の目がにわかに輝く。
「信じてくれるんだね?」
「いや、それは話を聞いてから決める」
渋々、という表情が抜けない。
事を荒立てないように衛兵から引き離し、もう一度声をかける。
「聞くだけ聞こう。信じるかどうかはそれからだ。分かるか?」
少年は自信満々で首を縦に振った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「だから、公爵様の家に‘伝説の怪盗’が出入りしてるんだってば」
人目を引かないところまできて、我慢しきれなくなった少年が訴える。
「その前に名乗んなさい」
コレだから子供の相手は疲れる、と言わんばかりのクレイと、その後ろで注意深く少年を観察するカイ。少年は親指で自分を指すと、胸を張って名乗って見せた。
「おいらはキット。‘緑の義賊団’のカシューの孫さ!」
えっへん、と咳払いをするキット少年と、頭を抱えて座り込むクレイ。
カイはキットに声をかける。
「その‘緑の義賊団’とは何だ」
「あんた余所モンだね? 金持ちから裏金をたんまり頂戴して、貧民街に配ったという貧乏人の英雄さ」
胸が上を向きそうなほど鼻を高くし、キットは誇らしげに緑のスカーフを見せた。
「で、その英雄はとっくの昔に解体したはずだよな?」
座り込んだまま、クレイが言う。
「おまえさんも生まれてなかったんじゃないか?」
「あ、足は洗っても爺ちゃんは立派な‘緑の義賊団’だい!」
後ずさり、わかりやすい動揺を見せる辺りが子供らしい。
ちょっとうわずった声で、早口にまくし立てる。
「だから恩のある公爵様のピンチを助けようと忠告に来たんじゃないか!」
カイがちらりとクレイを見る。クレイは仕方なさそうに補足説明を始めた。
「あー、その盗賊団はハーネス公爵家で捕まって、当時公爵位を継いだばかりの現公爵の温情に助けられたという経緯があるんだよ。もちろん足を洗うことも条件に含まれてたし、律儀なことにそれ以降の活動は自粛され、解体されたって話」
キットはカイに詰め寄った。
「公爵様に恩返しがしたいんだよ。恩返しになるよな? この情報」
カイには、キットがウソを付いているように見えなかった。
「もう少し、詳しく聞こう」
キットはあからさまに喜びを顔に出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カイはクレイと歩きながら、聞いた話を整理してみた。
キットの装飾の多い話から掻い摘んで要点を抜き出すと、
・伝説の怪盗と呼ばれる‘琥珀のカラス’が公爵家に出入りしている
・‘cは女性で右肩にカラスの入れ墨がある
・‘琥珀のカラス’は変装が得意で、誰も素顔を知らない
・‘琥珀のカラス’は十年くらい仕事から遠ざかっていた
・‘琥珀のカラス’は琥珀を装飾に使ったモノだけを狙う
・‘王家の宝剣’には金粉混じりの大きな琥珀が使われている
何とも壮大な話だ。
「さ、て」
クレイは空を仰ぎ、一度大きく伸びをする。
「聞いちゃったモンはどうするかな」
日は傾き始めていた。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:おやじ
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「おやじ~、いるか~?」
夕日が色つきの光で街を染め上げる中、みすぼらしさをいっそう際立たせる風情のあばら家にクレイとカイはいた。
軋みを上げる扉を慎重に押し開きながら(今にもくずれそうなのだ)、クレイが奥に向かって呼びかける。
「おーい。おやじ~」
しばらく待ってもう一度呼びかけると、奥のほうで人の気配が動くのが分かった。
ガタガタと荷を崩したような音と、埃のにおいと共に現れたのは、白髪を無造作に後ろで束ねた男であった。
老人というにはまだ若さを感じる、おそらくは50前後と思われる。
「なんだ、クレイかよ」
着ているもはみすぼらしいものの、身にまとう雰囲気はどこか精悍さを感じさせる。
(そう、「ただの素人ではない」というところか)
男を観察するカイに、クレイが紹介する。
「えー、情報通のおやじだ」
「……で?」
「いや、そういや、俺も名前知らねーんだわ」
はははと困った笑みを浮かべながら、おやじに目を向ける。
「ふん、どうせ言っても覚えやせんくせに」
そういいながら笑ったおやじは、二人を奥に招いた。
中は予想通り雑然とした部屋で、あちらこちらに物が積み上げられており、それを無理やり押しやって、テーブルと椅子を用意したのだった。
「さて、今日は何だ?」
席についてすぐに、おやじが切り出す。
「ああ、ちょいとめんどーなことになりそうでさ……」
クレイは(クレアのことは置いといて) 大まかに今日のことを話した。
おやじは聞きおえてからしばらく、目を閉じて考え込んでいるようだった。
そして、慎重に口を開いた。
「琥珀のカラスが集めていたのは『琥珀』のお宝だってのは知ってるな? 宝石とは実にさまざまな物があるが、なぜ『琥珀』なのか不思議に思わないか?」
宝石とはいわゆる鉱石の一種であることは知られているが、琥珀は石ではない。
保存もそれなりに気を使うし、品質の安定性において他の宝石類に一歩劣る。
伝説となったほどの怪盗がこだわったにしては資産価値が今ひとつだ。
かといって『手際のよさ』を売り物にする『貴族の子飼い』だったふうでもない。
「琥珀は命が封じられているという。ほら赤玉といわれることがあるだろ? あれは『血』をさしているのさ」
石に秘められた命の欠片……、それは『力』でもあった。
「カラスの集めたものは、どれも強い力を秘めているといわれた本物の宝ばかりなんだ。そして、ハーネス家に預けられた王家の宝剣にほどこされているものもまた」
「……思い出した。たしかずいぶん昔に琥珀を祭る部族があったとか……」
クレイは歴史だったかなにかで聞いたような知識をひきずりだそうとしたが、よく思い出せなかった。
「ああ、カラスが狙うのは、その時イスカーナが奪い取った『霊宝』と裏では言われていた。そして、当時遠征軍を率いていたのが、今は引退している前ハーネス公というわけだ」
おもわずクレイとカイは目を合わせた。
つまり、クレアの祖父がということなのだ。
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外に出ると、すっかり暗くなっていた。
「まいったな、たんなる家出騒動ですまんかも知れんなぁ」
おやじの話、キットの話、クレア、朝の出来事。
クレアを追い返して、あとは忘れるってわけにはいかなくなってきた。
そんなことを考えながら、クレイはうなるようにつぶやく。
「えらいことになりそうだ」
意識して忘れていたが、クレアもほったらかしにしておけない。
「とりあえずもどるか」
クレイはカイを促すと、重い足を踏み出した。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア
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日が暮れ、星が瞬きはじめて兵舎に戻ると、クレイは再び頭を抱える。
「……このお嬢様は、女だって自覚あんのか?」
ココはカイの部屋。目の前には簡素なベッド。
ほったらかしにしておいたクレア嬢は、驚いたことにすやすや寝息を立てていた。
「ココにはいい歳した男しかいないんだぞ」
ぶつぶつと文句を言いながらも、子猫のように丸くなり、ぐっすりと眠っている彼女に、クレイは毛布を掛けてあげた。
「……なんか、拍子抜けだな」
それなりに覚悟を決めての帰還だけに、ホッとしたような言葉が漏れる。
カイは入り口のドアに寄りかかるように立ち、脱力するクレイに声をかけた。
「今日はこのまま寝かせておくのか」
「んー……どうするかなぁ」
髪をくしゃっと掻きながら、クレイは椅子に腰掛ける。
「ココの連中に見つかるのも面倒だし、朝、皆が出払ってから動いた方がイイかも」
「そうだな」
実は彼女が帰ると言っても帰らないとゴネても、面倒なことには変わりないのだ。
が、どこかに宿を用意するというワケにもいかない。
「誰も来ないとは思うが、交代で見張りに立とう」
結局のところ、この辺で落ち着くのが無難、という判断だった。
彼女の眠りを妨げるのもいい気はしない、というのは全くの余談だ。
「で、どうする」
扉に寄りかかったままのカイはクレイに訊ねる。
クレイは椅子の背に寄りかかり目を閉じてはいるモノの、眠ってはいなかった。
休んでいるフリも通じないらしい相手に、クレイは肩をすくめて応じる。
「ま、こうなったら知らないフリもできないでしょ」
それはそうだ。
「例の部族について調べる手段はあるのか」
「すこしはね」
意味ありげに笑みを浮かべるクレイ。人差し指を立て、一言付け加えた。
「ただ、人見知りするヤツだから単独行動をとることになる」
カイが付いていったところで助けにならないのならば、情報収集は分かれた方が早いかもしれない。カイに土地勘と人脈がないことを除けば。
「なにかやれることは?」
「彼女のお守り」
にっこり。してやったりという風な満面の笑みが浮かんでいる。
それは確かに重要な仕事ではあるのだが……。
「単独行動はその所為か」
「あー、違う違う、コレは本当。カイには彼女の隠してる情報を探って欲しい」
そういわれると断る理由もなく。
「了解」
「じゃ、そういうことで」
再び目を閉じるクレイの表情は、妙に晴れ晴れとしていた。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:サキ
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「よう、お邪魔するぜ。」
まだ朝といって良いほどの時間に、クレイはイスカーナ王宮のなかにいた。
宮殿とはいえ、王侯貴族がいたり、執政府のある官僚区のあるところから比べると、方位てきにも北におかれ日も差し込みづらく、どちらかといえば陰気な区画である。
「おや? クレイさんですか。 おひさしぶりですね」
陰気さに埃くささまで漂うその部屋は、本や書類を詰め詰め込んである棚が所狭しと立てられた、さながら「資料室」といった感じだった。
扉の上には「史料課」とかかれプレートがかかっている。
クレイに返事をした者は、どうやら棚の奥のほうにいるらしく、姿は見えない。
その声から察するとまだ若い男のようだった。
「すいません。奥まで来てもらえますか? 机のところです」
顔もださずに客を招き入れるのは……、どうやらいつものことらしく、クレイは怪訝な顔一つせずに入っていく。(まがりなりにも宮殿内の礼儀作法からはありえないことだが)
棚と棚のほそい道を抜けて奥に行くと、少し開けられたスペースに机が置かれ、其の上には本と書類が山のようになっていた。
クレイがその山を無造作につき崩し、掘り返すようにして本をどかすと中から一人の青年が出てきた。
「相変わらずだな。そのうちマジで死ぬぞ」
「あははは、気をつけてはいるんですがついつい」
ぼさぼさの栗色の髪に手を入れて照れ笑いを浮かべた相手は、見たころ20になるかならないかぐらいのホントに若い男だった。
もともとスラムでその日暮を送っていた彼は、とある事件でクレイと知り合い、その記憶力のよさからここの仕事を世話してもらったのだった。
サキと名乗った少年(当時は)が、ものすごい記憶力を持っていたことと、歴史とかそういった研究に興味があるといったことを、クレイは忘れていなかった。
たまたま史料課がなり手のいない人気の薄い部署ということもあり、クレイにとっては多少の感謝をあらわすものとしては、お金を用立てるよりも簡単だったのだ。
そして今では、気が付くと本にうずもれ「遭難」しかかる変人として、密かな(実に密かな)名物人間となっているのだった。
「ちょっと過去に滅んだ部族のことと、その当時のことを調べたいんだ」
クレイは適当な本の山に腰掛けると、おもむろに話を切り出した。
サキがクレイの頼みを断ることがないと知っているからだった。
本来ちゃんとした史料閲覧の許可が要るとしても、その程度のことなら目をつむってくれると知っているからなのだ。
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「――てなことになっててな」
説明を聞いたサキは、何かを思い出すように目を閉じる。
「えーと、たしかにその部族のことは記録にあるね。部族そのものについての資料は……残ってなかったなぁ」
「残ってないのか?」
「うん。出兵名目は内乱の兆しありってことになってるけど、そもそも神殿主導の戦だったみたい。このころは多かったんだよ、神殿主導ってのが」
(神殿か……。昔からあるから気にした事なかったけど、なーんかきにかかるなぁ)
クレイは神殿については置いておくことにした。
この手の宗教の政治干渉はどの国でも珍しくない、と言い聞かせたのだ。
「で、その部族は根絶やしになったのか?」
「そうだね。記録では投降に応じず自決によって、捕虜なしとなってるね」
だが、カラスは無関係のはずはないのだ。
琥珀を狙うのが特殊な趣味としても、リスクの高いハーネス家を狙う以上、何らかの因縁がなければおかしい。
(もっとも紛れ込んでいるとはいえ、狙いがお宝なのか、他にあるのかは推測するしかないが)
「なあ、その時の遠征軍はハーネス公が率いていたんだよな。その当時ハーネス公のほうにはなにかスキャンダルとかトラブルとかはなかったのか?」
推測するにもあまりに情報が足りない。
クレイはたいして期待はできないと思いつつも、なんとなく聞いてみた。
「んー、そういえば当主の交代があったんだけど、このときに少しごたごたしたみたいだね」
「へー」
「なんでも息子さん、今のハーネス公だけど、子供がいたとかで……」
「ははあ。おおかた相手の身分が低いとかで親戚中が反対したとかそういうのか。すると、老公のほうも交代に難色を示していたとかか?」
「うん、まあ近いね。当時現ハーネス公は未婚だったんだ。それなのに相手の不明な子供を突然認知したとかでね。戦に同行してその功績で当主交代がスムーズに行われるはずが、隠し子自体は良いにしても、認知して家に入れたものだからね。ただ、老公が承諾したんで、結局は一族の長老部も納得せざるを得なかったらしいよ」
「……まてよ! たしかハーネス家には、一人娘のクレアしか子供がいないはずだぞ?」
イスカーナが武に重きを置く国柄としても、公爵家の跡を継ぐ姫がそんなに出自の妖しいものとなれば、三大公どころか、公爵の位から降格させられていてもおかしくはないはず。
「そう。本来このことを知るのは当事者とハーネス一族の長老部の数名。その中の一人が王宮に密告したことで記録として残ったわけだけど……、当時も今と同じように政治バランスは微妙でハーネス家の没落は望ましくないと判断されたんだね。結局秘密裏に処理され、クレイがそうだったように、クレア姫に疑問を持つものはいなくなったというわけ」
そういってにっこりと笑ったサキと対称的に、クレイの顔は青ざめていた。
「お、お前、それは機密っやつじゃあ……」
「うん。だから内緒ですよ。ばれたら極刑ですから」
なにやらくらくらとする頭を抑えながら、この頼りになる友人を責めるべきか感謝をするべきか少し悩んでしまうクレイだった。
「ま、まあ、ありがとよ。その話がどうつながるかは分からんが、一人娘の気まぐれな家出にあれだけの腕利きで対応しようとするのが、たんなる過保護でないってのはわかったよ」
(つまり、カイをつけて正解だったわけだ)
となると、気になるのはクレアが自分の出自を知っているのかどうかだが、確かめるのも気が重い。
もしカラスとこのことが無関係なら、いたずらに傷つけることになる。
(なんにしても、単なる泥棒騒ぎってことにはなりそうにないな)