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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:サキ
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「よう、お邪魔するぜ。」
まだ朝といって良いほどの時間に、クレイはイスカーナ王宮のなかにいた。
宮殿とはいえ、王侯貴族がいたり、執政府のある官僚区のあるところから比べると、方位てきにも北におかれ日も差し込みづらく、どちらかといえば陰気な区画である。
「おや? クレイさんですか。 おひさしぶりですね」
陰気さに埃くささまで漂うその部屋は、本や書類を詰め詰め込んである棚が所狭しと立てられた、さながら「資料室」といった感じだった。
扉の上には「史料課」とかかれプレートがかかっている。
クレイに返事をした者は、どうやら棚の奥のほうにいるらしく、姿は見えない。
その声から察するとまだ若い男のようだった。
「すいません。奥まで来てもらえますか? 机のところです」
顔もださずに客を招き入れるのは……、どうやらいつものことらしく、クレイは怪訝な顔一つせずに入っていく。(まがりなりにも宮殿内の礼儀作法からはありえないことだが)
棚と棚のほそい道を抜けて奥に行くと、少し開けられたスペースに机が置かれ、其の上には本と書類が山のようになっていた。
クレイがその山を無造作につき崩し、掘り返すようにして本をどかすと中から一人の青年が出てきた。
「相変わらずだな。そのうちマジで死ぬぞ」
「あははは、気をつけてはいるんですがついつい」
ぼさぼさの栗色の髪に手を入れて照れ笑いを浮かべた相手は、見たころ20になるかならないかぐらいのホントに若い男だった。
もともとスラムでその日暮を送っていた彼は、とある事件でクレイと知り合い、その記憶力のよさからここの仕事を世話してもらったのだった。
サキと名乗った少年(当時は)が、ものすごい記憶力を持っていたことと、歴史とかそういった研究に興味があるといったことを、クレイは忘れていなかった。
たまたま史料課がなり手のいない人気の薄い部署ということもあり、クレイにとっては多少の感謝をあらわすものとしては、お金を用立てるよりも簡単だったのだ。
そして今では、気が付くと本にうずもれ「遭難」しかかる変人として、密かな(実に密かな)名物人間となっているのだった。
「ちょっと過去に滅んだ部族のことと、その当時のことを調べたいんだ」
クレイは適当な本の山に腰掛けると、おもむろに話を切り出した。
サキがクレイの頼みを断ることがないと知っているからだった。
本来ちゃんとした史料閲覧の許可が要るとしても、その程度のことなら目をつむってくれると知っているからなのだ。
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「――てなことになっててな」
説明を聞いたサキは、何かを思い出すように目を閉じる。
「えーと、たしかにその部族のことは記録にあるね。部族そのものについての資料は……残ってなかったなぁ」
「残ってないのか?」
「うん。出兵名目は内乱の兆しありってことになってるけど、そもそも神殿主導の戦だったみたい。このころは多かったんだよ、神殿主導ってのが」
(神殿か……。昔からあるから気にした事なかったけど、なーんかきにかかるなぁ)
クレイは神殿については置いておくことにした。
この手の宗教の政治干渉はどの国でも珍しくない、と言い聞かせたのだ。
「で、その部族は根絶やしになったのか?」
「そうだね。記録では投降に応じず自決によって、捕虜なしとなってるね」
だが、カラスは無関係のはずはないのだ。
琥珀を狙うのが特殊な趣味としても、リスクの高いハーネス家を狙う以上、何らかの因縁がなければおかしい。
(もっとも紛れ込んでいるとはいえ、狙いがお宝なのか、他にあるのかは推測するしかないが)
「なあ、その時の遠征軍はハーネス公が率いていたんだよな。その当時ハーネス公のほうにはなにかスキャンダルとかトラブルとかはなかったのか?」
推測するにもあまりに情報が足りない。
クレイはたいして期待はできないと思いつつも、なんとなく聞いてみた。
「んー、そういえば当主の交代があったんだけど、このときに少しごたごたしたみたいだね」
「へー」
「なんでも息子さん、今のハーネス公だけど、子供がいたとかで……」
「ははあ。おおかた相手の身分が低いとかで親戚中が反対したとかそういうのか。すると、老公のほうも交代に難色を示していたとかか?」
「うん、まあ近いね。当時現ハーネス公は未婚だったんだ。それなのに相手の不明な子供を突然認知したとかでね。戦に同行してその功績で当主交代がスムーズに行われるはずが、隠し子自体は良いにしても、認知して家に入れたものだからね。ただ、老公が承諾したんで、結局は一族の長老部も納得せざるを得なかったらしいよ」
「……まてよ! たしかハーネス家には、一人娘のクレアしか子供がいないはずだぞ?」
イスカーナが武に重きを置く国柄としても、公爵家の跡を継ぐ姫がそんなに出自の妖しいものとなれば、三大公どころか、公爵の位から降格させられていてもおかしくはないはず。
「そう。本来このことを知るのは当事者とハーネス一族の長老部の数名。その中の一人が王宮に密告したことで記録として残ったわけだけど……、当時も今と同じように政治バランスは微妙でハーネス家の没落は望ましくないと判断されたんだね。結局秘密裏に処理され、クレイがそうだったように、クレア姫に疑問を持つものはいなくなったというわけ」
そういってにっこりと笑ったサキと対称的に、クレイの顔は青ざめていた。
「お、お前、それは機密っやつじゃあ……」
「うん。だから内緒ですよ。ばれたら極刑ですから」
なにやらくらくらとする頭を抑えながら、この頼りになる友人を責めるべきか感謝をするべきか少し悩んでしまうクレイだった。
「ま、まあ、ありがとよ。その話がどうつながるかは分からんが、一人娘の気まぐれな家出にあれだけの腕利きで対応しようとするのが、たんなる過保護でないってのはわかったよ」
(つまり、カイをつけて正解だったわけだ)
となると、気になるのはクレアが自分の出自を知っているのかどうかだが、確かめるのも気が重い。
もしカラスとこのことが無関係なら、いたずらに傷つけることになる。
(なんにしても、単なる泥棒騒ぎってことにはなりそうにないな)
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