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2024/05/17 01:40 |
29.アロエ&オーシン「黒煙 金色 空白」/アロエ(果南)
PC アロエ オーシン
場所 イノス
NPC ベルサリウス マルチ
___________________________________

「オー…シン…」
 アロエはその場にへなへなとへたりこんだ。

 眩い光と共にあの男は消えてしまった。自分のすぐ目の前で。

 目の前で起きたことのショックにただ茫然としていたが、はっ、と気がつく
と、アロエはすぐに男が消えた場所の床に飛びついた。
 男が消えた床からはブスブスと黒煙が立ち上り、床には強い熱で焼き付けら
れたような何かの印が残されている。

「何だ…コレ…」

 黒い煙を上げている印に、引き寄せられるように触れてみようとするアロ
エ。
 その時。
 誰かが腕をがしっ、と足で挟み込んだ。

「おわっ!?」

 驚いたアロエが思わず声を上げると、

「何でもホイホイ触んじゃねーよ」

 聞き覚えのある声、この態度。
 
 ぎくっ、とアロエが振り向くと、そこにはアロエの予想通りの人物が、アロ
エを上から見下す形で立っていた。
 よく知っているメガネ面、茶色い髪に腰にウェストポーチ…。
 それを確認した時、アロエが「うぇぇ」といった表情になる。

「…テメェ、なんで、ここにいんだよ。…マルチ」

 メガネの少年…マルチは「…あ?」と何か言い返そうとしたが、とたんに耳
が敏感に動くと、先ほどから「勇敢で無謀な」アロエをただ茫然と取り囲んで
いるギャラリーの視線を感知した。
 するとマルチは…すっ、と腕をホールドしていた足を外すと、眉を歪ませ、
うっすら瞳に涙をためる。

「うげっ」

 アロエがその表情に思わず仰け反ると、マルチはぐすぐすと泣き出すと、い
かにも心配そうに、こうのたまった。

「テメェだなんて…。ぐす。ひどいなぁ、せっかく久々に再会したのに、姉さ
ん。」

「…ひぅっ」
 アロエの背中に、傍目からも解る程、ビビビビッと悪寒が走る。
 アロエに向かって、尚もマルチは世にも心配そうな素振りで。

「うっ、僕っ、びっくりしたよぉ、やっと姉さんを見つけたと思ったら、姉さ
ん変な人と戦ってるし…。僕、心配したんだからね?ねぇ、怪我は無い?」

 マルチがアロエに触れようとしたとき、反射的にアロエは身を引いた。

「お、おい…ヤメロよ…、キモ…むぐっ」 

 何か言いかけたアロエの口を塞ぐと、マルチはアロエの腕を引っ張り、すば
やく立ち上がらせる。

「ううんもう何も言わなくていいからね、姉さん。そうだ、ねぇ、ひとまず僕
の部屋で休もう?部屋をとってあるんだ。あんな男と戦ったんだから、疲れて
るよね?」

「ううう」と呻いているアロエに、マルチがアロエと瓜二つの金色の眼で囁い
た。
「四の五の言わず、頷け。」と。


「うう…」


 マルチの気迫に負けアロエがこくりと頷くと、すかさずマルチは、ふわっ、
と安堵したような表情を作る。
 
 その微笑は、まるで天使のようで。

「ああ、よかったぁ、じゃあ行こう。…あ、すみません、ソコ通して下さい」

 マルチに対し、ガタイのいい冒険者や観客が「ああ」だか「おう…」だか、
情けない吐息を漏らしながら、おずおずと道を開ける。
 もう少しで宿屋である二階の階段を上がろうという前に、ふとマルチは振り
返った。
 
 独り取り残されたように立ち尽くしているベルサリウスの前につかつかと歩
み寄ると、ぐっとその腕を掴む。反射的に身を引いて抵抗するベルサリウスの
灰白色の瞳と、マルチの眼鏡の奥の金色の瞳が合った。マルチが微かな声で言
う。

「…オマエも来いよ」

「え…」
「…来いって」

 眼鏡越しとはいえ、アロエと同じように相手を真っ直ぐ見据える金色の瞳。
意志の強い眼差し。
 その瞳に逆らえなかった。心は放心状態だが、ベルサリウスはずるずると手
を引かれるままに歩き出す。


 ***********


 バタン、と部屋のドアを閉める音。それから3秒ほどの沈黙の後、アロエが
口火を切った。

「おい、マルチ、テメェ」

「この、糞バカ野郎」

「ああん?」

 ゆっくりとアロエのほうに向き直ったマルチは、さっきの天使のような表情
から一変、眉根を歪ませ、それはメンチをきる不良の如く、ギロリとアロエを
睨みつけた。

「ああん?聞こえねぇならもう一回言ってやろーか?テメェのことだよ、この
馬鹿アロエがっ」

「…テメェ、さっきは<姉さん>なんてキモチワルイこと言いやがって…。
『ヤマ』では一回もそんなこと言ったことねぇじゃねぇか!気色悪りぃんだ
よ!」

 がなるアロエにマルチはしれっと言い返す。

「あれはしょーがねぇんだよ、大勢の人が見てる手前」

「テメェ…、いつもそうだよな…。人前じゃ態度コロッと変えやがって」

 するとマルチは小馬鹿にするようにこう言い放った。

「はっ、ヨワタリジョーズと言って欲しいね。単細胞のアロエさんよぉ」

「テメェ、ふざけんなっ」


 この二人のやり取りを、ベルサリウスはただ茫然と見守っていた。と、いう
か見守ることしかできない。
 なぜなら、その言葉をキッカケに、嵐のようなこの二人の口ゲンカが始まっ
たからである。
 この二人の口ゲンカは、まさに売り言葉に買い言葉というか、漫才師のよう
なテンポのよさというか…、次から次へと言葉が飛び出し、傍で聞いているベ
ルサリウスには今はもう「バカ」「アホ」という短い単語意外は殆ど聞き取れ
ない。
 こんなことができるのも、たぶん二人が正真正銘『兄弟』だからかなぁ…、
とベルサリウスは壁にもたれかかってただぼんやりと考えていた。

 大切な人を失った彼の心は今、非常に空白で無気力だった。

(少し、眠い…)

 口ゲンカというノイズを聴きながら、そっとベルサリウスはその瞳を閉じ
た。
 心の底で、このまま永遠に眼が覚めないことを祈りながら。
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2007/02/12 16:43 | Comments(0) | TrackBack() | アロエ&オーシン
30.アロエ&オーシン 「印の謎」/オーシン(周防松)
PC:アロエ オーシン
場所:イノス
NPC:ウォン=リー ベルサリウス マルチ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

暖炉の炎が赤く燃える。
ちらちらと、爬虫類の舌のように炎がゆらめく。

髪をほどいたオーシンは、暖炉の前でぼんやりと膝を抱えていた。
髪を乾かすためにそこにいるのだが、まだ根元の辺りが湿っぽいのでじっとしている
のだ。
着ていたワンピースは既に着替え、今は黒い詰襟のドレス姿である。
オーシンは、クローゼットにあった服の中で、一番地味なものを選んだつもりだった
のだが……それは、葬儀の際に身にまとう衣服――いわば喪服だった。

不意に、カチリ、と鍵穴の回る音が聞こえ、オーシンはのったりした動きでドアの方
を見た。
開いたドアから現れたのは、ウォンだった。
パンとチーズ、赤いワインの注がれたグラスをのせた銀色のトレイを持っている。
入ってきたウォンは、暖炉の前のオーシンにちらりと目をやる。
着替えた服が喪服と見てとると、ふ、と口元にかすかな笑みを浮かべた。
「……場にあった衣装を選んだ、というべきかな」
「?」
意味がわからず、オーシンはのろい動きで首を傾げる。
ウォンはその前を通り、室内にあったテーブルに銀のトレイを置いた。
それからようやく、オーシンの疑問に答えるべく、向き直る。
「ここは地下墓地なんだよ、お嬢さん」
「……ちかぼち……?」
ぼたもち、みたいな発音でオーシンは呟く。
「知らないのかね。まあ無理もない、ここは数百年前から使われていないからな」
ウォンは素っ気無く述べると、片手をつい、と上へと動かした。
立て、という指示である。
「食事の時間だ。椅子にかけたまえ」
どうやら、人質としてはそれなりに良い待遇をしてやるつもりらしい。
それもまた、体調を崩してこちらの負担になっては困るから、という理由があっての
ことだろう。
オーシンは、こく、と頷いて立ち上がり、椅子を引いて腰掛ける。
感受性に乏しい、と言うべきか、人の言動にいちいち目くじらを立てたりしないオー
シンだが、人質にされている現状にあって、それはプラスの方向に働いていた。
手を焼かせるような人質では、やがて負担とみなされて始末されてしまうだろうか
ら。

「……いただきます……」
いつかサラに言われたように食事前の挨拶をして、オーシンはもそもそとパンをち
ぎって口に運び始める。
ウォンはしばらくオーシンの様子を見ていたが――そのうち、部屋を後にした。
次に来るのは、食器を片付ける時だろう。


* * * * * * * * * * * 


「ところでオマエ、あれが何だかわかったか?」
「へ?」
ケンカ腰だった口調から一転、マルチに質問されてアロエはきょとんとした。
マルチの眉間に、苛立ち具合を示すかのごとくシワが寄る。
「へ? じゃねぇよ、この馬鹿」
「馬鹿ぁ!? おいこら、馬鹿って言う方が馬鹿なんだからな!」
マルチはそっとアロエの頬に手を伸ばし――むぎぎぎっ、と横に引っ張った。
「いひぇひぇひぇひぇ(痛てててて)!」
アロエは痛みで手をじたばたさせたが、マルチにそれを気にする様子はない。
「あの変な男が残してった妙な印のことだよ。思い出したか? 単細胞なアロエさん
よ」
「はにゃへー(離せー)!」
「テメェ、ホントに馬鹿だな。あれは、死人の魂を清らかな世界に誘うっていう、死
神の紋章だ。ここまで言ったらいい加減わかんだろ?」
「……わひゃんへぇっ(わかんねぇっ)」
マルチは舌打ちすると、アロエの頬を引っ張っていた手を離し、スカン、とアロエの
頭をはたいた。
「何すんだよ!」
当然アロエは抗議をしたが、マルチは「うるせぇ」と一蹴した。
「本物の馬鹿か、テメェはっ! 普通、ンなもんがあるところって言ったら、墓場ぐ
らいのもんなんだよ!」
「そうか、墓場か!」
ようやく手がかりを得たアロエは、表情をぱあっと輝かせる。
弟から受けた手ひどい仕打ちへの怒りも、遥か遠くにすっ飛んでいった。
「よっしゃ、墓場だな! 待ってろ、オーシン。今助けに行くぜっ!」

燃えあがる正義感を宿した瞳で、アロエは勢い良く部屋を出ていった。


2007/02/12 16:43 | Comments(0) | TrackBack() | アロエ&オーシン
31.アロエ&オーシン「墓場にて」/アロエ(果南)
PC アロエ オーシン
場所 海猫亭→イノス北西墓地
NPC マルチ
___________________________________

 勢いよく「海猫亭」のドアを開けると、通りを突っ走っていく少女。
 その勢いは、傍をすり抜けられた人々が疾風と間違えて思わず振り返るほど
である。
 
 その少女の腕を、メガネの少年が捕まえた。


「おい、コラ待て」


 はぁはぁと、荒い息を継ぎながらマルチが問う。

「テメェ、どこ行く気だよ?」
「ドコって?」 
 アロエがけろっと言う。
「墓地に決まってんだろーが」

「で?」
 マルチが眉間に思いっきりしわを寄せて、不機嫌そうに問う。

「場所は?」

「ん…。あっち…じゃねぇの?」

 そういってアロエが指差した方角は北西…墓地のある方角だった。 
 どうせバカなアロエのことだ。後先考えず突っ走って行ったんだろう、と考
えていたマルチは少し驚いた。何の作戦も立てずに突っ走っていくのはいかに
もいつものバカ姉らしいが、自分の行くべき場所、それも方角までちゃんと解
った上で走って行ったというのはこの姉にしては大きな進歩である。

「へぇ…。なんで知ってるんだ、場所?」

 少し驚いてマルチが聞くと、アロエは何かを考えるように少し空を見上げて
答えた。

「ええと、おれがばーさんの家に墜落する前にハラペコで空を飛んでた時に
よ、上から墓地も見たんだ。なんか薄気味悪りぃトコでよぉ、ミョーに印象に
残ってたからどうも場所も覚えちまってな」

「そっか、そういやオマエ<天使>だもんな」

 昔から、アロエと、生粋の天使である彼の母は「墓」のある方角には決まっ
て敏感に反応していたことを彼は思い出した。
 どうやら天使は「墓」から漂うオーラを敏感に感じ取るらしい。

『向こう側から嫌な感じがするわ』

 そう微かに母が呟いた時には、決まってその方角には墓があった。
 そしてその能力は確かにこのバカ姉にも受け継がれている。
 そしてその時、いつもマルチは感じていたのだ。
 自分と、姉との役割の違い。『血』の違いを。


「…って、オマエ、ホントに無謀だな!何の作戦も立てずに行く気かよ!」
 一瞬、自分の<思い>に呑まれそうになったマルチだが、駆け出そうとする
アロエの腕をもう一度捕まえた。

「大体、アイツどうするんだよ」
「アイツ?」
「あのベルってヤツだよ!」
「ベルは置いていく」

 アロエはそうきっぱりと言い切った。

「だってアイツ…。今すごく疲れてるだろ?だからしばらく休んだ方がいいと
思うんだ。大体、おれはアイツの父親とこれから決着つけに行くんだし」

「まあ、そうだけどよ…」

「だから、マルチはベルのところに残れよ」
 アロエはマルチの目をしっかりと見つめた。
「しばらくベルの様子見てやってくんねぇか?アイツ一人にしとくの心配なん
だ」

 マルチは…少し考えた後、きっぱりと言った。

「ヤダね」

「んなっ」

 のけぞるアロエにマルチもアロエをしっかり見つめてこう言った。
「大体、無謀だけがとりえのバカが突っ込んで行ったところであの男に勝てる
とは思えないし。オマエみたいなバカがみすみすやられるのを傍観しているっ
てのはできねぇんだよ。ほら、オレって善人だから」

「んなっ…!おまっ…」

 二の句が告げないでいるアロエに、マルチははっきりこう宣言した。

「うるせぇ、四の五の言うな。オマエがイヤだって言ってもオレはついてく」


 ***


 それから10分後。
 アロエとマルチはイノス北西の墓場に到着した。
 先ほどのにわか雨は二人が「海猫亭」を出た頃にはすでに上がっていたが、
空にはまだ鉛色の雲が張り詰め、昼間だというのに墓場は夕暮れのように薄暗
い。

「うー、なんか気味悪りぃトコだなぁ」

 アロエは辺りを見回す。周りには白い十字架が立ち並び、上空には気味悪い
声で鳴くカラスが飛んでいる。

「こんなところで会いたいなんて…、アイツってかなり悪趣味だな」
「そうやってぼーっとしてる暇はねぇんじゃねぇの?こっちはヤツの指定の場
所まで来ちまったんだ。ヤツがこれからどんな手を使って、何を仕掛けてくる
か解らねぇ」

 そう言いつつ、マルチは自分のウェストポーチをチェックしたり、袖口の辺
りに仕込まれた『何か』を確認している。

「何してんだ?」

「ん、戦闘準備。アロエ、オマエ何か武器は持たなくていいのか?」

「いや、持たねぇ。だっておれは…」

「はいはい。<天使は基本的に人を傷つけてはいけない>だろ」

 天使は人を助ける存在、他人を傷つける行為は極力行ってはいけない、とい
うのが母から教えられたアロエの「天使としての心得」である。

「でも、いいのか?そんな甘いこと言って、何かあった時にどうすんだよ」

 アロエは前を見据えてこういった。

「大丈夫だ。おれはおれのやり方で何とかしてみせる」

「その自信はどこから沸いてくるのかねぇ…」

 マルチはふぅ、と息を吐くと少し肩をすくめた。

2007/02/12 16:44 | Comments(0) | TrackBack() | アロエ&オーシン
32.アロエ&オーシン 「地下へ」/オーシン(周防松)
PC アロエ オーシン
場所 イノス北西墓地
NPC マルチ ウォン=リー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

墓場の空気というものは、どうしてこうも陰気くさくてジメジメしていて暗くて淀ん
でいる――ような錯覚を感じさせるのだろう。
少なくとも清々しいものではないことは確かである。
アロエでなくとも『なんか薄気味悪りィトコ』と表現したくもなる。

そんなことを思いながら、マルチは仏頂面で、墓場の中を突っ切って歩いていく。
立ち並ぶ白い十字架の中には、最近供えられたらしい花輪がかけられているものも
あった。

その中で、一つ、異質な墓があった。

階段状に石畳をしき、その上に横向きに墓石が置かれた墓である。
周囲に広がる白い十字架の群れの中で、妙に浮いている。

――怪しい。

「ほら、さっさと歩けよ」

マルチはアロエを促しながら、足早にその墓へと近付いた。
遠目には大きく立派に見えたそれは、近づいてみると案外古めかしく、かなりの年月
を経てそこにあることを思わせる。
墓石一面についた砂を手で払いのけてみると、長年風雨にさらされ、削られた文字の
跡が現れた。
何と書いてあるのかは読み取れないが、ここが墓場であることから、書かれている文
字はだいたい想像がつく。

「安らかに眠れ、ってところだな」

マルチはつぶやき――墓石に足をかけた。
なんとも恐れ多い行動である。
「お前っ、何してんだよ!」
「うるせぇな。黙って見てろ」
アロエの抗議を一蹴し、マルチは墓石にかけた足に体重を乗せ、動かし始める。
普通ならこれぐらいのことで動くはずの無い墓石は、重い音を立てながらも本来の位
置からずれた。
ずれた場所から現れたのは、地下へと続く階段である。
「うわっ、なんだコレッ」
「ビンゴだな」
アロエにとっては驚くべきことだろうが、マルチにとっては特に驚くべきことではな
かった。
先ほど、墓石に手を触れた感触から、違和感を覚えたのである。
こういうことだったのか、とむしろ納得さえしていた。

「……階段だ。どうする?」
「行くに決まってるじゃねえか」
ぱしっ、と右手を左手の手のひらに打ちつけ、アロエはキュッと表情を引き締める。
しかし、やはり緊張しているのだろう。尻尾はいつもの倍ほどに膨れてピクリピクリ
と震えていた。


    *    *    *


地下墓地の一角を研究用に作り変えた部屋。
仮眠用のベッドも置いてあるため、食事さえなんとかすれば、あとは好きなだけこ
もって研究ができる。
ウォンの日常は、そこで『研究』にいそしむ、ひたすらにそれだけである。
が、今のウォンは机の上に大量に積まれた研究用の資料に目を通すことも無く、椅子
に腰掛けたまま、じっと考え込んでいた。
(……あの娘、以前どこかで……?)
あの娘、とはオーシンのことである。
日頃、他人のことなどどうでも良いものとして切り捨てているウォンではあったが、
どうにもそのことが頭から離れなかった。
研究者の性とでも言うべきか、一旦気にかかったことをそのまま放置しておくことが
できないでいるのだ。
だが、いくら記憶をかき回しても、彼女のことは出てこない。
普通なら、『もしかしたら、勘違いか思い過ごしかもしれない』と片付けてしまうと
ころであろう。
しかし、記憶力は優れていると自負しているだけに、勘違いや思い過ごしとして片付
けるのはウォンにとって屈辱だった。

絶対に、どこかで会ったはずだ。
しかし、一体どこで?

ウォンの沈思は、微かないら立ちを含んでいた。



――その頃、オーシンはというと。

食事を済ませた後はやることがないし、ウォンが来る気配もないので、ひたすらひた
すら暇であった。
出ていこうにも扉にはカギがかかっているし、部屋には窓がないから窓の外の風景を
眺めるなどということもできない。
もっとも、地下墓地なのだから窓があったってしょうがない。
そんなものがあったところで、見えるのは変化の無い土の層ばかりであろう。

ちなみに、オーシンの思考に『カギを壊して部屋を出る』という選択肢はない。
「人の家の物を壊すんじゃない」と教えられたためである。

仕方が無いので、オーシンは床の上に座り、喪服の詰襟についているホックをいじ
くっていた。
開いてみたり、閉じてみたり、なんとなく苦しい気がしてまた開いてみたり……とい
うことを延々と繰り返しているのだ。
暖炉の炎をぼーっと眺め続けることもしたのだが、いかんせん熱さで目が痛くなって
しまうので、じきにやめてしまった。

もう何度目になるだろうか。
ふと、詰襟をいじくる手を止め、オーシンはぼーっと天井へと視線を向ける。
そのまましばらく天井を見つめた末に、その唇がゆっくりと声を紡いだ。

「……アロエ……?」

オーシンが呟いたのは、かすかな気配を感じ取ったためなのか……それとも全くの偶
然だったのか。
それは今のところ、謎である。


2007/02/12 16:44 | Comments(0) | TrackBack() | アロエ&オーシン
33.アロエ&オーシン「対策」/アロエ(果南)
PC アロエ オーシン
場所 イノス北西墓地
NPC マルチ ウォン=リー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 墓石の下から現れた、鬱屈とした暗闇の中に続く階段。
 
 大切なナカマ…オーシンを助けに行くためとはいえ、墓の中に入るというこ
とのは気分が良いものではない…というか気味が悪い。

 頭上には相変わらず鉛色の空が広がりカラスが鳴いている。

 天使であること云々…を抜きにしても、正直そこから一歩踏み出し階段を進
むのには、アロエにとっても勇気がいる。
 しかし、これもオーシンを助けるため、そしてあの男と決着をつけるた
め…。ぶるぶるっと大きく身震いすると、アロエは「うーし、行くぞっ!」と
気合の掛け声と共に、階段を下り始めようとした。

 が。

「ちょいまち」

 いざ気合を入れて下りようとしたところをマルチにわしっと襟袖を掴まれ引
き戻された。

「あー!!なんだよっ!今せっかく気合入れて下りようとしてたってのによ
ぉ!」

「せっかくの勇気を台無しにして悪かったな。武器も持たずに敵陣に乗り込ん
でいく、無鉄砲なオマエのため、オレ様がちょっとした対策を練っておいたか
ら聞け」

 もちろん、マルチの「悪かったな」に続く一連のセリフには、一欠けらも謝
罪のニュアンスが含まれていない。しかも相変わらずの高圧的な態度。

「あー?あんだよぉ、対策だぁ?」

 せっかくの覚悟を邪魔され、あきらかに不機嫌なアロエをマルチは「まあ、
話聞くだけならタダだろ?聞けよ」といなし、話し始めた。

「いいか、いくらバカなオマエも、あきらかにあの男のほうがオマエより強い
のは解るな?」

「まぁ…」

 アロエがしゅん、と俯く。悔しいが、あの時、あの男と対峙しアロエもそれ
は痛いほど痛感している。

「だろ?だからよ、今はアイツを倒すことよりは、その…オーシンとかいう、
オマエの仲間を救出してここからとりあえずうまく逃げることを考えようぜ。
オマエ、オレの<能力>は解るだろ。だからそれを利用して…」

 それから二人はしばらく「対策」を話し合った後、了解、とお互いに強く頷
き合い、そして二人は地下への階段を一歩一歩進んでいった――。


 ***


 階段を下りた先は薄暗い廊下だった。
 ところどころに生えているコケのような植物が青白く発光しており、それが
この廊下の唯一の光であり、ランプの役割を果たしているようだった。それが
なければこの場所は完全な闇と化しているだろう。
 光の届かない澱んだ闇から、時折、何か動物が奇声を発してるかのような声
が聴こえるのは気のせいだろうか…。
 今一人でこの廊下を進んでいるアロエの背中にぶるぶるっと悪寒が走る。
「…しかし、わざわざこんな所にアイツは住んでんのか?相当な神経だな、お
い」
 恐怖を紛らわせるため、そう一人呟いた言葉も闇に消える。
 そのことにもう一度アロエは身を震わせた。
「うぇ…、早く出てぇよ、こんなトコ…」

 その時、ピクン、とアロエの耳が敏感に反応した。
 暗闇の奥から、一つの足音が聞こえたのだ。


 カツン カツン


 自分の前に確実に近づいてい来るその固い足音は、固い靴を履いている者の
発する足音である。そう、たとえば黒い革靴のような…。
 そして、そんな靴を履いていそうな人物は唯一人。

(来たか…)

 ごくん、とアロエは生唾を飲みこむ。予想通り、目の前の漆黒の闇から、ま
るで闇を纏ってきたかのように、黒服の男が現れた。

 ウォンはアロエを見ると、ふわっと、笑みを浮かべる。

「やあ、キミなら必ず来ると思ったよ。アロエ」


***


 コンコン。

 自分の部屋の扉を叩く音に、オーシンはゆっくりとドアの方を見た。
 オーシンがぼんやりと(誰だろう…?)と考えていると、続いて小さな声
で、

「…おい、オーシン。いるか?」
「…アロエ?」

 オーシンは急いでドアに近づいた。今、確かにドアの向こうからアロエの声
が聞こえた。確かめるようにオーシンはもう一度名前を呼んでみる。

「アロエ?」

「やっぱりか!そこにいるんだな!オーシン!」

 ドアの向こうで、アロエが嬉しそうな声をあげる。

「やった、やっと見つけたぜ、オーシン!」

「どうしてここに…」

「説明は後だ、急がねぇと…。今、アイツからもらったモンでココの鍵開ける
から待ってろ」

 そういうとアロエはゴソゴソと服のポケットを探り、ガムの包みを取り出し
た。
 中のピンク色をしたガムを急いで口に入れると、くちゃくちゃと二、三回噛
みそのガムを鍵穴に押し込む。
 少し経ってそのガムを回すと、ガチャン、という音がして鍵が開いた。
 そう、このガムはアロエが自称「サイバーテロリスト」を名乗る弟、マルチ
に渡された、「鍵ガム」である。
 マルチ曰く、このガムを鍵穴に押し込んでしばらく待つと、ガムが鍵の形に
変化して大抵の鍵ならコレで開けられる、らしい。

 アロエがドアを開けると、そこにはオーシンが黒い詰襟のドレスを着て立っ
ていた。
 オーシンの無事な姿を見て、ぱあっと顔を輝かせるアロエ。

「よかった…、ケガねぇか?アイツになんかされなかったか?」

「うん。あの…食事をもらった」

「へ?」

 オーシンの言葉に二人の間に妙な間が開く。

 しかしアロエは「そ、それはまあいいやっ」と急いで話の流れを切り替える
と、

「とにかく、急いでココ出ねぇと!アイツが今頃キケンかもしれねぇ…!」

「アイツ?」

「マルチ…、おれの弟だよ。おれとアイツ、入り口で二手に分かれたんだ…。
先にオーシンを見つけた方がオーシンと脱出して、残りは脱出する方の時間を
かせぐおとりになる…って。おれにはよくわかんねぇけど、あの男、おれを気
に入ってるみたいだから、<アロエ>にはそう乱暴しないだろうってアイ
ツ…」

「でも…」

 オーシンが不思議そうに首をかしげる。

「アロエは…ここにいるのに…」

「ああ、おれが化け猫のハーフだって前に言わなかったっけか?おれは天使の
血が濃くてほとんど化けられねぇけど、アイツの血はほとんど化け猫と一緒だ
から、だからアイツはおれに化けられるんだ」

「え…」

「つまり、アイツは<おれ>として、今おとりになっているかもしれねぇって
ことだ」

 …そう、そしてアロエの予想通り、今マルチが<アロエ>としてウォンと対
峙している事をアロエはまだ知らない――。


2007/02/12 16:45 | Comments(0) | TrackBack() | アロエ&オーシン

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