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2024/04/25 17:00 |
ヴィル&リタ-1 「help help help」/リタ(夏琉)
PC:(ヴィルフリード) リタルード
NPC:いっぱい
場所:エイドの街 (ヴァルカン)

-------------------------------------

リタルードを口説くときにヴィルフリードが言った、『仕事がある』という言葉は決
して方便ではなかった。

ヴァルカンの西、エイドの街に滞在するようになってから4日たつ。その間、リタ
ルードがヴィルフリードの姿を見たのは滞在2日目の朝まで。それ以降顔を合わせて
は居ないが、まだ心配するほどの日数も経ってはいないだろう。

「んー」

ガラスでできた器の中身を銀色の匙ですくって口に入れ、リタルードは足をばたつか
せた。
器の中身は、牛乳から作られた氷菓子と、その横に添えられたさくらんぼや豆をつぶ
して漉した餡や薄いウエハース。氷菓子の上には黒いソースが格子模様を描いてい
る。

「マリさんこれ絶対合う! すっごいおいしい!!」

「そうでしょー? ねね、次あんこと一緒に食べてみてよ」

「うん」

あんこと呼ばれた赤い物体を匙で崩し、氷菓子と一緒にすくって口に運ぶ。

「甘いー。冷たいー。おいしーいー」

「うわぁ、やったぁ」

マリはリタルードの反応ににこにこと満足げに笑った。

「ごめんね、もっと詳しい感想が言えたらいいんだけど。僕そっちは専門じゃ  な
いから、おいしいかまずいかしか反応できないんだ」

「いいのよお。実はもう職人さんたちのオッケーは取れてるから。素人さんではリタ
ちゃんに一番に食べてもらいたくてー」

「わぁ、ありがどうー」

リタルードもつられて笑って礼をいう。

エイドの街の名物は二つ。
一つは温泉。そしてもう一つは、ここ『甘味処』のあんみつだ。

もともと餡を使った菓子はヴァルカンのほうで流行していたのだが、ヴァルカンには
小さな茶屋はいくつかあっても、この店ほど大きく店舗を構えている店はない。
店の大きさは金持ちをターゲットにしたレストランより少し狭いくらいで、エイドの
人間だけじゃなく評判を聞いて遠くからやってくる客も多い。

いまリタルードが居るのは、店の職人たちが使う休憩用の部屋だ。厨房と繋がる短い
廊下に続くドアが目の前にある、小さな空間だ。

この2日ほど、リタルードはこの部屋に入り浸っていた。

店を手伝うのでもなく、このようなプライベートなスペースに居座っているのはなか
なか面白い。順番に休憩をとる職人からはいろんな話を聞くことができるし、こんな
ふうに経営者の妻に新製品を試食させてもらえたりもする。

小豆をふっくらと煮あげる方法から、若手職人のフレッドが仕事が忙しすぎて彼女に
ふられた話まで、短期間でリタルードはさまざまな情報を取り入れた。

そもそも発端は3日前のことだ。
リタルードはヴィルフリードには何も言わず、人に会うためにヴァルカンに訪れた。


「へぇー、エルディオってそんなに仕事もらえてないのね」

セリアナ・ルーマはリタルードの話を一通り聞くと、いまいちピントのずれた感想を
言った。

リタルードは定期的にこうして血縁者に会うことを義務付けられている。大抵そのと
きにくるのは、このセリアナだ。

自分の行動を報告する必要があるわけでもないし、数年前まで存在することも知らな
かった血縁者たちと連絡を取り合わなければならないのはわずらわしい。だが、面会
を無視したことがあるのは過去一度だけだ。それで懲りた。

今回の面会場所はヴァルカンの町外れにある『茶屋』というその名もズバリの店だ。
通りに面した、赤い布がかけられた長いすに二人は並んで腰掛けている。

「仕事ないと人にちょっかいだすわけ? というか、彼が何してたのか知らなかった
んだ?」

セリアナの反応の薄さにリタルードは苛立ちを感じるが、それを押し殺して友好的な
態度を取る。自分の血縁者たちが結束がとれた集団でないことは前から気づいていた
し、彼女に自分の感情をさらけ出したくもなかった。

「知らないわよー。私、あんたのお守り以外にも仕事あるし。忙しいし。
 でもちょっとへんね」

「へんって?」

「だってあの子、基本的にすごくまじめだと思うのよね」

厚手の持ち手のないカップに注がれた、緑色の茶。その水面を見つめて、考え込むよ
うにセリアナは言う。

「あんまりあったことはないんだけど、ギーザやお兄さんたちに好かれたくて気に入
られるためにがんばってるって印象があるのよ。
 暇だからって理由でそこまで動かないと思う。あの子、あんたの一番上の兄さんで
しょ?」

「え、それすっごい初耳なんだけど」

「だって、あんたギーザの子でしょ? 父親同じはずよ。確か」

「……なんかすっごいいい加減な情報だなっ」

突然聞いた情報とその提供者の態度の適当さに、リタルードは地面に沈みたい気持ち
になった。それを気にせず、セリアナは話続ける。

「あんたんとこの兄弟のブービーなエルくんとしてはあんたにちょっかいをかけずに
はいられないだろうけど…でも、そこまでのことやる子じゃないと思う。
 どうせあんたのことだから、全部が全部話してないでしょうけど、それってけっこ
う大惨事だったってことでしょ?」

「下から二番目に生まれた人間のことをブービーとは言わないと思う」

「あー、そっか。それってたぶんアレ絡みなのかしら、やっぱ」

リタルードの指摘をあからさまに無視して、セリアナは笑いを含めて言った。

「…アレって何?」

聞き返しながら、無性に嫌な予感がした。

「あんたの父親、一番新しい愛人と逃げた」

「うわぁ…」

先ほどよりずっと深く地面にめり込みたい気持ちでいっぱいになって、リタルードは
引きつり笑いすら口の端に浮かべた。

「それいつごろの話? 探してないの?」

「二ヶ月ほど前の話。探してるけど見つかってない。『探さないでください』ってま
じもんの書置きがあったわよ」

「一言だけ?」

「もちろん。あのときは本当に笑ったって! 可笑しくて笑ってる人と笑うしかなく
て笑ってる人がいたけど」

そこに居ただろう人間はほぼ全員がリタルードの知らない人間だろうが、なんとなく
その光景が想像できた。たぶん自分の父親を直に知っている人間なら誰でも想像でき
るだろう。

初めてリタルードは血縁者に同情した。とくに笑うしかなくて笑っていた人に。

「そのあと、財産のこととか権利のこととか詳しく書いたものが見つかったから、一
応今のところなんとかなってるけどね。
 居なくなるっていうのは今までにないパターンだから、本気で帰ってこないんじゃ
ないかって説が最有力」

「へぇ…」

本当はセリアナの手から湯のみをもぎ取って地面に叩き付けたいくらいの気分だった
が、餡が包まれた餅を口の中につっこんで自分を抑えた。

「えええ、セーラちゃんの伯父様行方不明になっちゃったのぉ?!」

リタルードとセリアナの背後----つまりは店の中から、第三者が頓狂な声を上げた。


二人は立ち上がって振り返り、その人物を確認する。セリアナの眼が驚きに丸くなっ
て、それから顔いっぱいに破顔した。

「うっわぁ、うっそぉ。マリじゃん。なんで?」

「だって、ここうちの旦那の実家だもん。セーラちゃんの声ってよく通るから、すぐ
わかっちゃった。セーラちゃんこそなにしてるの?」

「へぇ。あんたの旦那、エイドで店だしてるもんね。ここ関連か。
 私は仕事。コレのお守り」

コレ扱いされたリタルードは、年嵩の女性二人が発する再開のエネルギーに押される
ものを感じて、文句を言うのをやめておく。

「あ、リタですー。よろしくー」

「よろしくー」

リタルードが軽く頭をさげると、マリもぺこりとお辞儀をする。

「マリは、私の学生時代の友達なの。
 あ、さっきの話とコレについてはうちの家の内証の類だからこれ以上聞かないで
ね。あとさっきの話は一応秘密で」

「うん、わかったぁ」

マリのセリアナにぽやぽやと頷くマリの姿は不安を感じさせるものだったが、『一
応』と言っているのだからそれくらいでいいのかもしれない。

「ねね、セーラちゃんこれから時間あるぅ?」

久しぶりに会った友人として、まったくもって正当な要求をマリが発すると、セリア
ナは渋面になる。

「うー、すっっっごい無念なことに、このあとすぐにファイの街に行かなきゃいけな
いのよ」

「そっかぁ…、じゃあ仕方ないね」

がくりと肩を落とすマリを見て、セリアナは「うー」と唸る。そして「あ」と声をあ
げると、リタルードの背中をぽんと叩いた。

「じゃあ、コレしばらく貸してあげる」

「あー、なんとなくそういう予感はしてたよ」

「これでも大陸規模をぶらぶらしてる人間だから話題は豊富だし、心身もしっかりし
てるはずだからいきなりダガーを振り回したりすることもないと思うわよ」

旅人に対する偏見を強化するような物言いをして、セリアナはマリに「どう?」と問
うた。

「…えーと、私はお客さんって好きだから嬉しいんだけど、リタちゃん? はそれで
いいのかなぁ?」

マリは話の飛びように目を丸くしている。

その振る舞いは一貫しておっとりと柔らかい。口調もしぐさもゆったりとしたものだ
が、他者にいらだちを感じさせるものではない。

しっとりと白い肌や、丁寧に手入れされたこまかく波打つ黒い髪、ふっくらとした頬
なんかから伝わってくる満たされた雰囲気は、この人物が自らの置かれた環境を如実
に語る。

まぁ合格、かな。

「今、僕の置かれている状況は気に入らないけど、お客になるのは僕も好きだから招
待をお受けするよ。暇だし」

招待されてるわけではないけれど、と心の中で付け加えてリタルードは言った。

「よかったぁ。実は私、旅人さんの話って大好きなの」

にこにこと言うマリの様子に、犬猫を拾って家人を困らせるタイプの人なのかな、と
リタルードはひそかに思った。


そんなやり取りがあって、その次の日、エイドの街に戻るというマリにくっついて、
リタルードはそのまま客分として彼女の家に落ち着いている。

友人の血縁者らしい子どもを客としてあっさり向かえ入れるマリも相当の変わり者だ
が、知らない人間が居座っていてもいじりはしても不審感をほとんど示さない店の人
間たちも変わっている。

「あの人の『拾い人』は今にはじまったことじゃないから」

やんわりと疑問を呈してみると、職人の一人からこう返ってきた。
彼女の連れてくるものは、犬猫どころではなかったらしい。

「ほや~っとして見えても、姐さんの人の見る目は確かだからな。信用してんだよ」


人一人にこう言わせるとは、なるほどこの店は相当うまく行っているのだろう。

「私、旅人さんって、本当にすごいと思う」

リタルードが器の中身を平らげるぐらいになって、マリがふと真剣な顔になって言っ
た。

「そりゃあ、私だって自分のことはそれなりに偉いと思うわ。
学校で修めた学問から得たものをちゃんと自分の中で生きたものに転換して、旦那の
お店だけどここまで大きくしたのは私の力だって自覚もある。でもね…」

「でも?」

「私は私を絶対に認めてくれる人がいるところでしか生きられないんだもの。夫も職
人さんたちも私のことを信じていてくれるから、私は力を出せるの。旅人さんの話を
聞いてると楽しいし、憧れるけど、私はそんな自分の居場所が絶対的じゃない生活に
は、耐えられないと思う。いつだって手を伸ばしたら、その手を取ってくれる人が決
まってないとすぐに駄目になる人間だと思うの」

「マリさんは、そういうのに耐える力が欲しいの?」

リタルードが尋ねると、マリは首を横にふった。

「ううん、そういうのじゃなくて。単に、本当にすごいなぁって…。やっぱ、自分が
できないことをできてる人って、単純にすごいって思うから」

「うん、だから、僕はマリさんのことを単純に凄いって思うよ」

リタルードがそういうと、マリは顔をあげ目を丸くして、それからぱっと笑んでリタ
ルードに「ありがとう」と言った。

なるほどな、とリタルードは思う。
ほとんど見ず知らずの人間に、弱音を吐いて相手から自分の聞きたい言葉を引き出し
て、それでも相手にはほとんど不快感を感じさせない。それどころか、自分が感じて
いるのは相手といくらかの感情を共有した心地よさと、マリの笑顔を引き出した満足
感だ。

まっすぐに感情を出す彼女の性質は商売に向いていないようにも思えるが、相手を選
んでやれば他者の信頼を勝ち取ることができるだろう。しかもその選出は無意識に行
われているから、嫌味がない。その資質が、彼女の能力を発揮するのに必要な土台を
形成させているのだろう。

「あれ…、なんか騒がしいな」

調理場のほうから、普段とは違う喧騒が伝わってきて、マリは首をかしげた。
この店の調理場は、甘味処という性質も関係してか怒鳴り声が行き交うことも少ない
し、手際もよく働くのがとても心地よいと職人の一人からリタルードも聞いている。
それが今、不意に人々の混乱する気配が伝わって来た。

確認しに行こうとマリが立ち上がったとき、足音が早い間隔で伝わってきて、調理場
に通じるドアが勢いよく開いた。

「助けてください!」

飛び込んできたのは、マリと同年代くらいの女性だった。
長いまっすぐな黒い髪を乱して、はぁと荒く息を吐く。

「今、追われてて…それで逃げて…」

絶え絶えに言葉を口にする彼女の言葉を制して、マリはきっぱりと頷いた。

「うん、わかったそこ通って」

「ええ?! マリさんいいの?」

あまりの決断の早さに、リタルードが思わず抗議めいた声をあげると、マリはきっと
リタルードをきっと睨んで言った。

「困ってる人助けるのって当たり前でしょ! この先家ちょっと造りがややこしいか
らリタちゃん案内してあげて。 裏から出て、路地の2本目右に曲がったら、ミィ爺
の店だからとりあえず隠れられると思う」

リタルードが曖昧に頷くのを確認して、マリはさっき女性が出てきたドアの向かいに
ある扉を開けて、有無を言わさない様子で二人を睨めつけた。

仕方なくリタルードがマリの横を通って部屋から出ると、女性が後ろからついて来
た。

「幸運を!」

マリが、駆け出した二人の背に声を送った。

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2007/02/11 23:45 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ
ヴィル&リタ-2 「past」/ヴィルフリード(フンヅワーラー)
PC:ヴィルフリード (リタルード)
NPC:ディーン
場所:ヴァルカン

--------------------------------------


 この前までいた町のギルドで仕事を探しに行くと、名指しでヴァルカンでの
仕事が来ていた。……とはいっても、この期間までに連絡が付けば、というも
のであったが。
 ヴィルフリードに回すように手配をした人物の名前を見て、ヴィルフリード
はすぐに引き受けた。

 ヴァルカンには、数年前まで拠点を置いていた場所だった。理由は単純に、
粗雑だが活気のある地域性が気に入っていたからだ。 ヴァルカンのエイドに
着くなり、仕事に取り掛かった。
 内容は、ヴァルカンでも指折りの、エイドにある鍛冶屋の悩みの解消をし、
鍛冶屋職人の仕事をスムーズにさせるというものだ。……くだらないと思うな
かれ。これがなかなか大変な仕事なのである。
 何かに特化した職人や芸術家は、皆、変わり者で、そして大体が気難しい。
機嫌を損ねず、そして要望を叶えるとなるには、経験と交渉力が必要となる。

 ヴィルフリードは、数度その鍛冶屋と面識があったので(しかし、相手は
すっかりわすれていたようだが。……まぁ、身勝手な彼らにはよくあること
だ。)、扱いにはさほど困らなかった。だが、それでも、仕事は、思ったより
難航した。

 鍛冶屋が言うには。

「インスピレーションがきたのだが、2年前、客が土産に持ってきたお菓子
が、今の構想をさらに構築させるのに役に立つのだが、それを手に入れられな
いと、依頼された作品ができない。いやもう鍛冶自体がもう、今後できない」

 ……という「悩み」だった。断っておくが、これでもかなり、ヴィルフリー
ドは自分なりに要約した内容である。実際には相手に理解を求めるような順序
ではない、話し方であった。なお、ヒントは「甘い。ツルンとしている。中が
黒くてゲロ甘い。なんか丸い。白だったり緑だったり。奇麗。半透明」
 ゲロ甘いと評価したものを、本当に食べたいのか。
 ともあれ、仕事である。ヴィルフリードはそれを探し始めた。

 初日は数度宿屋に戻ることができたが、2日目は一度だけ戻って、それから
はヴァルカンにまで赴き、奔走していた。
 ようやく、終わったのは、先ほどだ。
 目的の物を売っていた店は、実にこじんまりとしており、看板すら出ておら
ず、普通の民家と見間違えるものだった。どうやら、半ば趣味で作っている物
らしく、売っているものもその日その日で変わるらしい。
 目当ての品が無かったが、ヴィルフリードは頭を下げると、快く作ってもら
えた。
 エイドに戻り鍛冶屋にその探し当てた菓子、”水饅頭”を持って行き、店の
場所を報告した。……そして、それが鍛冶屋の求めているものだと判明し……
めでたしめでたしと思えたが、御仁は、ヴァルカンに戻って、その水饅頭が足
りないから、もっと買って来い言ったのだ。
 当然、ヴィルフリードは抗議した。

「んなもん、弟子でも使いっパシリに使えよ!」

 しかし、御仁は、水饅頭効果か、仕事に取り掛かり、先ほどまで亡羊として
いた弟子も忙しそうに、そして生き生きとして働き出したのだ。
 ヴィルフリードは、「悩みの解消をし、鍛冶屋職人の仕事をスムーズにさせ
る」という依頼の後半部分を自分に言い聞かせ、ヴァルカンに再び来ていた。
 最初よりもさらに頭を下げ、流石に今度はいくらかお金を包み、なんとか明
日の朝までに水饅頭を作ってもらうことを作ってもらえることになった。
 ヴィルフリードはその日、ヴァルカンに宿を取り、一休みした。
 数時間ぐったりとベッドに突っ伏し、ようやく体力回復したのが、4日目の
夕方である。
 大きな支部のあるヴァルカンにいるついでに、ことの経過を報告しに、ヴィ
ルフリードは冒険者ギルドに来ていた。
 そして、ヴィルフリードに仕事を回すように手配した人物についでに会うた
め。



 名指しで呼びつけると、個室に通された。
 出された冷たい水を飲みながら、ソファーに座ってしばらく待っていると、
扉が開いた。穏やかそうな壮年の男が部屋に入り、ヴィルフリードの顔を見る
なりこう言った。

「思ったより早く終わったんだな」

「……話が違ったじゃねぇか。そんなに急がないって聞いていたぞ。俺は。
 なのに、あのオヤジは、『一刻も早く』とか、抜かしてたぞ、オイ」

「依頼人が、鍛冶屋に頼んだ物の納期は、まだ先だ。依頼人からの期限には、
余裕があったはずだから、そんなの知らないよ、こっちは」

 ニコニコとしながら男は言った。ヴィルフリードは呆れるように男を見て、
そして、笑いの吐息を洩らした。

「……久しぶりだな。ディーン」

「そうだね。お互い年はとったけどね」

「それにしても偉くなったもんだ。個室に通された時はびっくりした」

「まぁ、ね。年数だけはこなしてるから」

「そういや、マラミアは元気か? カーティは?」

「うん、最近孫ができてね。孫の世話を焼くのが大変だと、嬉しそうにしてい
るよ。
 カーティは、ヴァルカンの和菓子ブームにのって、店舗を出そうかとか言っ
ていたなぁ」

 ヴィルフリードは、楽しそうに笑った。

「変わらねぇな、みんな」

「一番変わってないのは、君だよ、ヴィル」

 呆れるように、そして、諌めるようにディーンは言った。

「あの仲間内で未だに続けているのは、あんたしかいないよ」

 ムキになって……そして少し拗ねるように、ヴィルはそれに反論する。

「クリードは死ぬまで続けると言って……」

「あぁ、そうだ。そして、死んだな」

 ヴィルフリードは、ディーンの顔を見た。しかし、ディーンの目はヴィルフ
リードを真っ直ぐと見返していた。
 ヴィルフリードは、しばらくして、そうか、と小さく呟いた。

「……いつだ?」

「4年ほど前だ」

 聞いたからといって、どうすることもできなかった。ただ、少しだけ現実味
が増した。
 しばらく流れていた沈黙を破って、ディーンは切り出した。

「ヴィル。分かっているだろう? いつまで続けるつもりなんだ? お前は、
この仕事で死にたいと思っていないはずだろう」

 ヴィルフリードは、反論しなかった。ディーンの言っている言葉は、図星
だったからだ。
 目の前で、死んでいった人、命は助かったものの、使い物にならなくなった
人。それを目の当たりにした時、ヴィルフリードは、ほんの少しの罪悪感を感
じながらも思ったのだ。「こうなりたくない」と。
 しかし、何故か、続けてきた。いや、続けてきてしまったのだ。何かの、辞
めるきっかけも何もなく。
 ヴィルフリードは、誤魔化すように笑った。

「だけどよ。今更、他の職で雇ってくれるところなんか……」

「あるよ。ウチが雇う」

 ヴィルフリードは目を丸くして、ディーンの顔を見た。

「ヴィル、君は今回の仕事を、とてもスムーズにこなした。
 そして、君は数年間離れていたものの、やはりヴァルカンの土地柄に親しん
でいて、気質も合っている。
 ……ヴァルカンのギルドで働けるよう、僕が推薦する」

 ディーンは、目を丸くしたままのヴィルフリードを見ながら、続ける。

「経験を数多く重ねた冒険者というのは、ギルドの運営には必要な人材なんだ
よ。
 特に、君みたいな人間関係や情報の収集に適した人物はね」

 ヴィルフリードは、うなだれ、テーブルに視線を落とす。

「……今回は、それで呼んだのか?」 

「……それもあるけど……会いたかっただけだよ。単にね。
 この話については、別に嫌ならいいんだ。断ってくれて構わない」

「いや……ありがたいよ。だけども、考えさせてくれ……。それとも、すぐに
返事がいるか?」

 ディーンはかぶりを振った。

「いつでも返事はいいよ。ただ、僕にはそういう道を君に用意できるってこと
だけを覚えてて欲しいんだ」

「……ありがとう。やっぱりお前は変わってないよ。ディーン。本当に真面目
なお人よしだ」

「それは、こっちが損にならなければの話だよ。流石に身を削ってまでは親切
にはできないよ」

 ディーンは笑って応じた。

「マラミアは、お前のそういうところが好きだったんだったんだが。知ってた
か?」

「知ってるよ。僕も、彼女のそういう嗜好も含めて愛してるからね」

 そこに、ノックが入り、ドアが開かれる。来客の姿を認めて、扉を開いた人
物が戸惑う。
 ヴィルフリードはソファーから立ち上がった。

「忙しそうだな。んじゃ、もう行くよ。
 ところで、報酬はもう、貰えるのか?」

 ディーンは苦笑しながら立ち上がる。

「あぁ、そう言うと思って、もう出すように伝えているよ。
 会えてよかった」

 ディーンは右手を差し出し、ヴィルフリードもそれに応じて手を差し出す。

「こっちもだ」

 握手を交わす。お互い、年をとった手の皮膚の固さを感じる。
 そして、ディーンは、ぎゅっと握り、ヴィルフリードの目を見て言った。

「考えておいてくれ。悪い話じゃない」

「……あぁ」

 ヴィルフリードは、なぜだか目をそらしてしまった。



 きっかけがなかった。
 そう、思って笑っていたのに、突然目の前に来てしまうと、戸惑いがあっ
た。分かってはいたが、所詮、それは言い訳にしか過ぎなかったことを自覚す
る。
 このような生活をしていて、ある日、誰も見取ることなく、死ぬのは嫌だと
いうことはわかる。しかし……。
 ……その、「しかし」の言葉の後が何も続かない。だけども、打ち消せな
い。
 その思考から逃げようとすると、クリードの顔が浮かんだ。よりによって、
あのマヌケそうな笑い顔だ。
 4年だ。それを聞くと、悲しみも高ぶらない。

「そういえば、どこで死んだか聞いてなかったな……」

 ぽそりと、呟くと、クリードの顔が途端にぼやけた。
 ヴィルフリードは、明日エイドに朝一番で帰ろうと決め、その夜は酒を押し
込んで早々に寝た。
 リタの顔を見れば、どちらかに決心がつくか……それとも、有耶無耶なまま
流して過ごせることができるような気がした。


2007/02/11 23:46 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ
ヴィル&リタ-3 「隣で笑む君」/リタ(夏琉)
PC:(ヴィルフリード) リタルード
NPC:女の人 ミィ爺
場所:エイドの街 
-------------------------------------

リタルードと女性がマリに言われた店に駆け込むと、カウンターに突っ伏していた人
物が僅かに白髪の残った頭をむくりと起こした。

「あ…、いらっしゃい」

年寄り特有の掠れた声。
くぐもった口調から察するに居眠りをしていたらしい。皺に埋もれてしまいそうな小
さな目を、皮膚の弛んだ手で擦る。

もともと小柄な体躯が年をとって中身だけぐっと縮んだせいで、表面に襞がよってい
るような印象の人物だ。そのくせ肌はやけに水っぽい。
彼がマリの言っていた『ミィ爺』なのだろう。

「予言と呪文どっちがいいですか。
 あ、めんどくさいことだったら魔術師ギルドにあたったほうが絶対いいよ」

「マリさんに、ここだったらかくまってくれるって聞いたんだけど」

「マリちゃん? 『甘味処』の?」

ミィ爺は、手で口を覆ってのんびりとふぁぁぁと欠伸をする。

「あそこのフレッド、最近彼女にふられたらしいねぇ…。
 ほら職人で一番若い子」

「あー…、らしいね。『愛っていつもいっしょにいなきゃ駄目なんですか! その程
度のものなんですか!』って泣いてたよ」

「リリィは刹那的な子だからフレッドには合ってなかったよ。
 とりあえずおっぱいおっきいけど」

「おっきいんだ」

「おっきいんだよ」

「えーと、あの」

リタルードの後ろに立っていた、女性が二人の注意を引くように頭のところの高さま
で片手を上げて、遠慮がちに言った。わざわざ薄いカーテンを引いてあるせいで薄暗
い室内の中、その手の白さが引き立つ。

「私、追われてるんですけど…。おっぱいの話はとりあえず脇に置いといていただけ
るとありがたいんですが」

「そうなんだ。それは大変だね」

「はい。私の人生のなかではかなり大変な状態だと」

「だよね。普通に生きてたら追われたりしないもんね。
 でも、とりあえずここに着たら大丈夫だよ。さっき君らが来たとき『閉じて』おい
たし。
 あ、追っ手の中に百戦錬磨っぽいギルドハンターか、魔術学院卒で実践魔術に特化
して長けてそうな人がいたりしなかった?」

「そんな大物はいないと思いますけど…」

「じゃ、大丈夫だよ。あとは100年に一度の才能がどっかの三下奴として埋もれて
て、たまたまこの局限においてその才能が覚醒したってことさえなければ、見つから
ないよ」

「へぇ、おじいちゃんって凄い人なんだね」

リタルードが感心して言うと、ミィ爺は微笑んで恥らった。

「凄くないよ。もうローブなんか恥ずかしくて着れないほど、最近なにもしてないん
だ。
 ただここは本当にちょうど局地的に、結界をすごく張りやすい土地なんだよ。あ、
それでも不安ならここから先は有料になるけど、いる?」

後半は女性に当てて言うと、彼女は首を縦に振った。

「あんまり持ち合わせがないんですけど…、でもできれば」

「そんなにボったりしないって。
 二人あわせてマリちゃんちのスーパデラックスのやつ一膳分でいいよ」

「それくらいなら、僕が出すよ」

「わかった。ちょっと待ってて」

ミィ爺は頭をひっこめてカウンターの下を除くと、簡単な物置になっているのだろう
そこを漁り始めた。整理がなっていないのか、「違う…これも違う」とぶつぶつ言っ
ている。

「なんだか時間かかりそうだね…マリさんのとこ突破したとしても、追っ手の人たち
普通に通りすぎちゃうんじゃない?」

リタルードが女性に声をかけると、彼女は軽口には乗らずに口元に手をやっておずお
ずと言う。

「あの、よかったの…お金」

「別にあれくらいなら。今、あんまりお金ないんでしょ?」

「うん、助かりました。ありがとう」

そう言って、彼女が浮かべた笑みにリタルードは激しい違和感を覚えた。
口元を手で抑えていても、ぽってりとした唇が横に広がっていることが分かるほど
の、にたとした笑み。
属性で言うなら女郎蜘蛛か猛禽類だ。

もしや、新手の詐欺か。

リタルードは一瞬そう思うがすぐにうちけす。
正体を現すタイミングがあまりにも無意味だ。善哉のセット一つ分の代金が目的と
は、チンケに過ぎる。

「あった!」

リタルードが疑惑を言葉にしようとした直前に、ミィ爺がカウンターの上にぴょこり
と頭を出した。

「ほら、これ。ちょうど二つ見つかってよかったよ」

ぽんぽんとカウンターの上に置かれたのは、埃まみれのずんぐりとした茶色い同形の
塊が二つ。
やや縦長の球体の上に、それよりやや小さい横長の球体が乗っかっている。上部の球
体には、くちばしらしきでっぱりと、丸くて黒いガラス球が二つ。縦長のほうの球体
からは、手足が二つずつ伸びている。

「これって…ぬいぐるみ?」

「うん、ぬいぐるみ。
 カモノハシって動物なんだ。知ってる」

リタルードは知らなかったので、悔しさをバネにそのうち暇をみつけてこの未知の生
物について調べようと心に誓う。渋面でミィ爺に「で?」と話の続きを促す。

「コレ抱いて。うんであのタペストリーの下に座ってて。
 そしたら、もうかなり絶対確実に、部屋に誰かが入ってきても僕以外は気づかない
から」

「…なんで?」

「とりあえず抱いて座ってよ」

そう言われて仕方なく、リタルードはぬいぐるみを一体まず女性に手渡して、それか
ら自分も胸に抱く。埃がわんと舞って目と鼻が痛くなった。

ミィ爺が指差したタペストリー----と呼んでいいものか、かろうじて幾何学模様が描
かれていたとわかる大きな布----が掛けられた下の床----数年は誰も足を踏み入れて
いないと思われるほど、床が埃で白い----に座り込む。女性が隣に座ってから、
「で?」と再度ミィ爺に話を促した。

「まぁ、別にたいした話じゃないんだけどね。みんな不思議に思うからすごく簡単に
説明するけどね。
 若い頃、旅行で行った島で、枝の間にくちばしを挟んで困ってるカモノハシを助け
たんだよ。
 それで、そのカモノハシがなんかしゃべるカモノハシで、すごいびっくりしたんだ
けど、義理堅くてそれから加護をもらってるんだよ」

「…本当に簡単な説明だね」

「だって、詳しいはなしって面倒だもん。
 あ、どうせしばらくそのまま待つんでしょ。ついでだからお茶入れるよ」

「有料?」

「うん」

ミィ爺はそのままカウンターの奥にあるドアの向こうに行ってしまった。
その一連の態度は、面倒だからというより質問を恐れているのではと思わせるほど素
早かった。

「なにか辛いことでも昔あったのかなぁ」

ぎゅっとカモノハシを抱いたままリタルードはぼやく。
視線を無意識に視線を上げるとタペストリーから埃が降ってきて、慌てて俯いた。

「お茶…有料って言ってたけど、大丈夫?」

同じくカモノハシを抱きしめたまま、女性が話し掛けてきた。

「いくらなんでも一財産、要求したりはしないと思うよ。マリさんが推奨した人だ
し」

「あの女の人? すごくいい人っぽかったよね」

「うん。彼女は信用にたる人だよ」

なんとなく小さな声で会話をしながら、リタルードは彼女を横目で観察する。
黒髪は、てろんとした感であまり質は良くない。目は、この薄暗い部屋では分かりに
くいが、濃い茶色か。陽の光の存在を感じさせない、いっそ青白いほどの肌のなか
ぽってりとした下唇が浮き上がって見える。

赤い唇。
唇と--。

顔の血の気が引いていくのを感じながら、リタルードはいつしかそれから目をそらす
ことができなっていた。
全身に冷たい汗がどっと噴き出す。

彼女がふと視線を上げた。リタルードに目を向ける。
二人の目線が、今日出会ってから初めて、確と絡んだ。

「久しぶりね、ルーディ」

重たく柔らかい唇を、今度は隠さずに真横ににぃと引いて彼女は笑みを浮かべる。

彼女が呼んだ名。
それはほとんど自分が産まれた頃から親しんでいた人間か-------
二度と会うことのないと確信した、仮初めの縁を結んだ人間にしか名乗らない、名
前。

「ハンナ----」

冷たい汗にまみれながら、呆然とリタルードは彼女の名を呟いた。


2007/02/11 23:46 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ
ヴィル&リタ-4 蜜豆一丁/ヴィルフリード(フンヅワーラー)
PC:ヴィルフリード (リタルード)
NPC:
場所:エイドの街(ヴァルカン地方)
----------------------------------------------------------------

 水饅頭を届け終え、部屋を取っていた宿屋に着いたのは、のんびりと起きた
であろう数人の人々が朝食を終えようとしていたころだった。
 宿屋で鍵を受け取ると、宿屋のおかみが「あ、そうそう」と何か思い出した
ようで、奥に引っ込んだ。しばらくすると、メモ用紙であろう紙切れを持ち出
して出てきた。

「あの、リタルードって言うかわいい子から伝言があってね。
 確か……3日前だったかね。ハイ」

 4つ折に折られたメモ用紙を渡された。開くと、なかなか達筆な文字で簡潔
に書かれていた。

”『甘味処』のマリさんの所にしばらくお世話になってます。 リタ ”

 なんでそんなことになったのか、理由は一切ない。

「ってことは、もう、コイツ、チェックアウトしちまったとか?」

「いいや。これを預かった時に、1週間分の滞在費をもらったからね。ここ最
近は全く立ち寄ってないみたいだけども、部屋はまだ空けていないよ。」

 おかみは上機嫌そうに言った。それはそうだ。この商売、金の払いがモノを
言う。泊まった挙句、金が足りないということを一番避けたいものだろう。
 礼を軽く言い、ヴィルフリードは2階に上がって一息ついた。

 そういえば。リタはどこから収入を得ているのだろう。
 伝言を利用しているのならば、全く使用しない部屋を取り続ける意味の無い
行為ができるほどの、余裕ある金銭……。
 針でちくりと刺されたような感覚。まただ。リタと一緒にいると、時折それ
がある。
 しかし、ヴィルフリードは、それに気づかないフリをした。
 なんでもかんでも、相手のことを知り尽くしたいなどという暴挙はガキのす
ることだ。人間関係、壁があるくらいが楽しい。
 それで、いいのだ。
 ヴィルフリードは息を深く吐き、立ち上がった。



 30分ほどで『甘味処』は見つかった。
 なかなか繁盛しているらしく、まだ朝なのに客が数人いた。店内はゆったり
とした時間が流れている。
 ヴィルフリードは店内を見回し、空いている卓に座った。すぐに、女性が注
文をとりに来た。かわいらしい雰囲気を感じさせるが、落ち着いた風情も持っ
ている女性だ。
 ヴィルフリードは、無難そうな、メニューに書いてあるオススメの菓子を注
文した。

「それと、ちょっと聞きたいんだが……。
 ここに、リタルードっていうヤツが転がり込んでるって聞いたんだが、いる
かい?」

「……あなた、リタちゃんの知り合い?」

 女性は、どんぐりのような眼を見開いてヴィルフリードを見た。

「どういうお知り合い? 随分年が離れているわねぇ」

 女性は、不信そうなところも無く、純粋に楽しそうに聞いてきた。ヴィルフ
リードは、そんな彼女の様子に、ヴィルフリードは思わず笑みがこぼれた。

「怪しまれないために、親戚って言ってもいいんだけどな。オトモダチっつー
やつが一番近いかな」

「素敵ねぇ。年齢に左右されない友情って」

 女性はにっこりと微笑んだ。
 この女性の笑みを見ると、なんだか自分の内側に蓄積した澱みが薄れるよう
だった。ヴィルは、この店の繁盛の一つの理由には、彼女の貢献があるのだろ
う、と思った。

「もしかして、アンタが『マリさん』?」

 ヴィルフリードは聞いた。
 それは当たっていたようで、女性は、少し驚いた顔をしたが、すぐに
ぱぁぁっと笑顔を輝かせた。

「えぇ、そうよ。当たり」

「やっぱり」

「やっぱり?」

 マリはオウム返しに聞いた。

「リタが懐きそうだと思ったから」

 うれしい、と幼い女の子のようにマリは喜んでいたが、しかし、すぐにマリ
の眉がキレイな「ハ」の字を形作った。

「でもねぇ……。折角来てくれてなんだけど、リタちゃんは今、ちょっと…
…」

「……何かあったとか……?」

 マリは、言いにくそうに口を開いた。

2007/02/11 23:46 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ
ヴィル&リタ-5 蝶の舞う朝/リタ(夏琉)
PC:(ヴィルフリード) リタルード
NPC:ハンナ ミィ爺
場所:エイドの街(ミィ爺宅) 
-------------------------------------

「ドーナツってさ、むしろちょっとくらい乾燥してたほうが美味しいと思うんだよ
ね」

「えー、私は絶対揚げたてのほうがいいと思う。
 パサパサしてると喉渇くじゃない」

「あんまり熱いと僕みたいな年寄りは飲み込みにくいんだよ」

「そういうものなんだ? 
 屋台とかで揚げてるやつが一番おいしいと思うけどなぁ」

「おはよ…」

初めからわずかに開いていたドアを押し開けてリタルードが台所に入ると、ミィ爺と
ハンナは向かい合って座って朝食を取っているところだった。

「…朝から揚げ菓子ってハードじゃない?」

「あれ、ルーディってもしかして朝弱いほうなの?」

忘れているのか意図的なのか、呼ぶなと昨日伝えておいた愛称でハンナはリタルード
を呼ぶ。

「別にそういうわけじゃないけど」

どことなくむすっと答えると適当に食器が積まれている籠から勝手に一つカップを取
り出して、リタルードはあいてる椅子を引いて座った。

「あ、ポットの中コーヒーだから。
 嫌だったらそこの棚にたぶんお茶の葉の缶があるから自分でいれてね」

「大丈夫。コーヒー好きだから」

「ならよかった。でさ、今ハンナちゃんと話してたんだけど」

油膜の張ったコーヒーに、一度かじったドーナツを浸しながらミィ爺が言う。

「ドーナツは僕も揚げたてのほうがいいと思う」

「じゃなくて、ハンナちゃんの今後について話してたんだよ」

「よねー、そう思うわよね。
 コーヒーにわざわざ油浮かせてまで乾燥したの食べることないわよね」

「コーヒーは油が浮いてたほうが酷があっておいしいし、乾燥してたほうがコーヒー
をよく吸うから好都合なんだよ」

「えー、飲み物にお菓子のカス浮くのって私嫌だ」

「あーハイハイ。脱線してったんだねそうやって。
 で、今後のことって?」

ずるずると楽しい話題にずれる二人の話を遮って、リタルードは話を戻した。

「えっと、いい加減私の路銀もつきかけてきてどうしようもないから、一度ルーディ
といっしょにいるって言うギルドハンターの人と会ってみたいなぁって言ってたの
よ」

「それはいいかもね。割引ききそうだし、あの人なら」

ドーナツを一口かじってみると、どれほど前のものなのかかなりパサついていた。口
の中の水分が奪われて、リタルードはぬるいコーヒーを飲む。

「でも、外歩いて大丈夫なの?」

「うん、不安だからそれをミィ爺に相談してたのよ」

「そうそう。そういう話をしてたんだよ。
 それで使うかなって思って昨日探しといたんだけど」

ミィ爺は皮膚の弛んだ手についた油を服の袖で拭くと、ポケットから何かを掴み出し
てシミのついたテーブルの上に置いた。

「へぇ」

「わぁ、綺麗」

二人が思わず感嘆の声をあげたのは、蝶を象ったブローチだった。
ぽってりとした作りの細かい細工物で、銀の縁取りのなかに青を基調とした色ガラス
が嵌められている。

「ドワーフ細工らしいんだけど、僕の魔法と相性がいいからよく使うんだ。
 他人に気づかれなくなるって程度だけど、あんまり強くすると制約とか面倒になっ
てくるからね」

短く分厚い爪のついた指先で、ブローチをつつきながらミィ爺は言う。

「制約って?」

「説明するのめんどくさいから、数が多かったり厳しかったりするほど他人に強い魔
法がかけれるって思っといてくれればいいよ。僕の場合はってことだけどね」

「ふぅん」

「今回は…、そうだなぁ。名前関係がやりやすくて好きだな。
 『相手が自分の名前だと思っている名前で他者を呼ばない』くらいでいいかな」

ブローチをハンナのほうに滑らせると、ミィ爺は新たなドーナツを皿から取る。

「それって偽名なら呼んでもいいってこと?」

「うん。あんまり強い魔法をかけると勘のいい人は逆に変に思うかもしれないしね」


「そういうものなんだ」

ハンナはブローチを取ると、光に翳して目を細めた。青い色がほんのりと白い目元に
落ちる。

「じゃあさ、ルーディのことはなんて呼んだらいいのかなぁ?」

ブローチから目を離して、ハンナはわざとらしく笑みを浮かべてリタルードに問う
た。
その笑みにハンナがわざと自分の愛称を呼び続けていたことを確信して、リタルード
は暗澹とした気分になる。

「呼び方かぁ…」

好きなように呼んでくれと言っても許可されないのだろうとなんとなく思う。
よくわからないが、これは「試し」の一種なのだろう。
女性特有の、人知の及ばない運命とやらすら実は担ってるんじゃないかと思わせる、
言うならば紙の束の間に滑り込まされたごく薄い剃刀のような。

適当な名を言うことも容易にできる。
だが、今回はなぜかほんの一歩だけ踏み出したいと思った。今の自分を形作る輪郭が
揺らぐことを、願ってみたいと不思議と思った。

「『リタ』って呼んでくれればいいよ」

「へぇ。それってあんたにぴったりね」

コーヒーを手に取るふりでハンナから目をそらすと、彼女は黒い髪を掻き揚げてそう
言った。


2007/02/11 23:47 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ

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