忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/05/05 17:35 |
ヴィル&リタ-5 蝶の舞う朝/リタ(夏琉)
PC:(ヴィルフリード) リタルード
NPC:ハンナ ミィ爺
場所:エイドの街(ミィ爺宅) 
-------------------------------------

「ドーナツってさ、むしろちょっとくらい乾燥してたほうが美味しいと思うんだよ
ね」

「えー、私は絶対揚げたてのほうがいいと思う。
 パサパサしてると喉渇くじゃない」

「あんまり熱いと僕みたいな年寄りは飲み込みにくいんだよ」

「そういうものなんだ? 
 屋台とかで揚げてるやつが一番おいしいと思うけどなぁ」

「おはよ…」

初めからわずかに開いていたドアを押し開けてリタルードが台所に入ると、ミィ爺と
ハンナは向かい合って座って朝食を取っているところだった。

「…朝から揚げ菓子ってハードじゃない?」

「あれ、ルーディってもしかして朝弱いほうなの?」

忘れているのか意図的なのか、呼ぶなと昨日伝えておいた愛称でハンナはリタルード
を呼ぶ。

「別にそういうわけじゃないけど」

どことなくむすっと答えると適当に食器が積まれている籠から勝手に一つカップを取
り出して、リタルードはあいてる椅子を引いて座った。

「あ、ポットの中コーヒーだから。
 嫌だったらそこの棚にたぶんお茶の葉の缶があるから自分でいれてね」

「大丈夫。コーヒー好きだから」

「ならよかった。でさ、今ハンナちゃんと話してたんだけど」

油膜の張ったコーヒーに、一度かじったドーナツを浸しながらミィ爺が言う。

「ドーナツは僕も揚げたてのほうがいいと思う」

「じゃなくて、ハンナちゃんの今後について話してたんだよ」

「よねー、そう思うわよね。
 コーヒーにわざわざ油浮かせてまで乾燥したの食べることないわよね」

「コーヒーは油が浮いてたほうが酷があっておいしいし、乾燥してたほうがコーヒー
をよく吸うから好都合なんだよ」

「えー、飲み物にお菓子のカス浮くのって私嫌だ」

「あーハイハイ。脱線してったんだねそうやって。
 で、今後のことって?」

ずるずると楽しい話題にずれる二人の話を遮って、リタルードは話を戻した。

「えっと、いい加減私の路銀もつきかけてきてどうしようもないから、一度ルーディ
といっしょにいるって言うギルドハンターの人と会ってみたいなぁって言ってたの
よ」

「それはいいかもね。割引ききそうだし、あの人なら」

ドーナツを一口かじってみると、どれほど前のものなのかかなりパサついていた。口
の中の水分が奪われて、リタルードはぬるいコーヒーを飲む。

「でも、外歩いて大丈夫なの?」

「うん、不安だからそれをミィ爺に相談してたのよ」

「そうそう。そういう話をしてたんだよ。
 それで使うかなって思って昨日探しといたんだけど」

ミィ爺は皮膚の弛んだ手についた油を服の袖で拭くと、ポケットから何かを掴み出し
てシミのついたテーブルの上に置いた。

「へぇ」

「わぁ、綺麗」

二人が思わず感嘆の声をあげたのは、蝶を象ったブローチだった。
ぽってりとした作りの細かい細工物で、銀の縁取りのなかに青を基調とした色ガラス
が嵌められている。

「ドワーフ細工らしいんだけど、僕の魔法と相性がいいからよく使うんだ。
 他人に気づかれなくなるって程度だけど、あんまり強くすると制約とか面倒になっ
てくるからね」

短く分厚い爪のついた指先で、ブローチをつつきながらミィ爺は言う。

「制約って?」

「説明するのめんどくさいから、数が多かったり厳しかったりするほど他人に強い魔
法がかけれるって思っといてくれればいいよ。僕の場合はってことだけどね」

「ふぅん」

「今回は…、そうだなぁ。名前関係がやりやすくて好きだな。
 『相手が自分の名前だと思っている名前で他者を呼ばない』くらいでいいかな」

ブローチをハンナのほうに滑らせると、ミィ爺は新たなドーナツを皿から取る。

「それって偽名なら呼んでもいいってこと?」

「うん。あんまり強い魔法をかけると勘のいい人は逆に変に思うかもしれないしね」


「そういうものなんだ」

ハンナはブローチを取ると、光に翳して目を細めた。青い色がほんのりと白い目元に
落ちる。

「じゃあさ、ルーディのことはなんて呼んだらいいのかなぁ?」

ブローチから目を離して、ハンナはわざとらしく笑みを浮かべてリタルードに問う
た。
その笑みにハンナがわざと自分の愛称を呼び続けていたことを確信して、リタルード
は暗澹とした気分になる。

「呼び方かぁ…」

好きなように呼んでくれと言っても許可されないのだろうとなんとなく思う。
よくわからないが、これは「試し」の一種なのだろう。
女性特有の、人知の及ばない運命とやらすら実は担ってるんじゃないかと思わせる、
言うならば紙の束の間に滑り込まされたごく薄い剃刀のような。

適当な名を言うことも容易にできる。
だが、今回はなぜかほんの一歩だけ踏み出したいと思った。今の自分を形作る輪郭が
揺らぐことを、願ってみたいと不思議と思った。

「『リタ』って呼んでくれればいいよ」

「へぇ。それってあんたにぴったりね」

コーヒーを手に取るふりでハンナから目をそらすと、彼女は黒い髪を掻き揚げてそう
言った。

PR

2007/02/11 23:47 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<ヴィル&リタ-4 蜜豆一丁/ヴィルフリード(フンヅワーラー) | HOME | ヴィル&リタ-6 ささやきはあくまで秘めて/ヴィルフリード(フンヅワーラー)>>
忍者ブログ[PR]