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2024/05/19 00:40 |
ヴィル&リタ-6 ささやきはあくまで秘めて/ヴィルフリード(フンヅワーラー)
 マリは、言いにくそうに口を開いた。

「何かあったにはあったんだけど……。
 でも、リタちゃんの身に何かあったってことじゃないの。
 リタちゃんは、今、ちょっと近くの所に行っていていないんだけども……ど
うしたらいいかしら」

「んじゃぁ、少し待ってみるよ。注文しちまったしな。蜜豆」

 それもそうよね、とふふ、とマリは笑った。

「じゃぁ、すぐに持ってくるわ。お茶は熱いのと冷たいの、どちらがいいかし
ら?」

「蜜豆ってのは暖かいのか?」

「冷たくて、甘いわ」

「じゃぁ、熱いので。
 お茶は甘くないんだよな?」

 真面目に聞いたのだが、マリは笑いながら「渋いのを作ってあげる」と、厨
房の奥へと消えていった。

 あぁ、のどかだ。
 布をかぶせた背もたれのない長椅子に座り、通りを行く人々に目をやる。
 怠惰を感じさせない、ゆっくりとした時間というものを体験したのはいつ振
りだろう。

「……引退したら、毎日こんな感じなのか」

 なにか、諦めに限りなく似たものが、身体を支配する。
 身体の力が緩んで、初めて気づくことは多かった。
 店の花瓶に飾ってある、花のほのかな香り。青空よりも美しい雲のある空の
美しさ。風の暖かな匂い。朝の鳥のさえずり。

 悪くないのかもしれない。
 ふ、と口元が緩む。

「あぁ、弱気になってんなぁ」

 あくびのような、ため息をついた。
 それを全て吐き終わるか終わらないかの時に、この店には似つかわしくな
い、どたどたといわせながらの駆ける足音が入ってきた。

 ぶち壊しだ。
 思わず、ヴィルフリードは笑った。引退しようがしまいが、やはり日常は穏
やかなものばかりでなく、このような騒音は普通に入ってくるのだ。
 何ひたっていたんだか。
 口の両端が思わず吊り上げ、顔を上げてその騒音の主を見やる。

「おい、さっき裏口から入っていったヤツがいただろ! 出せ!
 昨日はしらばっくれやがったが、そいつと一緒にどこかに逃げていたってこ
とぐらいわかってるんだよ!」

 そう大声を出して、若い女の子の従業員が止めるのを聞かずに、奥に入ろう
とする男が一人。
 血の気が多そうではあるが、ヴァルカンの地元民や鉱夫の類ではなさそうだ
と、ヴィルフリードは思った。雰囲気が、違う。これは、流れ者に多い気の荒
さだ。
 どうしようか、と迷ったのはほんの一瞬で、すぐに腹は決まった。
 決めたものの、ヴィルフリードは困った。こういう時、ヴィルフリードは素
直に声をかけれない。……言ってしまえば、「照れ」だった。
 立ち上がってみたものの、頭などを掻きながら躊躇していると、男から声が
かかった。

「何見てるんだよ。おっさん」

 あぁ? と語尾をあげて、威嚇してくる。
 「おっさん」という言葉に、白い男の姿がダブり、有無を言わせず頭を殴り
たくなったが、ヴィルフリードは抑えた。抑えれたのは、奥に、不安そうなマ
リの顔が見えたからだ。
 他愛の無い、威嚇するだけの何の意味の無い罵声など、聞き流そう。

「ここは落ち着くための場所なんだがな」

「うるせぇ、すっこんでろ、ハゲ! けがごっ」

 最後舌を噛んだのは、有無を言わせず、頭を殴ったからだ。
 無意識にナイフの柄を握っていたので、軽いナックルの役割になっていた。
が、ヴィルフリードは微塵も気にせず、意識を失っている男の襟首を掴んだ。

「あーうん、そうだよね。言っていいことと悪いことって、世の中あることぐ
らい分かってるよね。そういうささやかな気遣いの上に世の中って成り立って
る部分ってあるよね。
 ションベン垂れてるころからやり直して、イチから年上敬う気持ちを脳髄に
叩き込んでこいや。な。んん?」

 誰にも聞き届かれることのない言葉を、ヴィルは耳元で低く小さく呪詛を唱
えた。

「だ、大丈夫ですか?」

 マリの言う「大丈夫」というのは、ヴィルフリードのことか、それとも気絶
した男の安否のことか、それとも店の状態のことか。
 その問いの答えは、男の軽い脳震盪と、ヴィルフリードの心の傷だけであっ
たが、ヴィルフリードは答えなかった。

「何なんだ? コレは」

 といって、男の襟首を離す。男は、そのまま床にくずれた。意識が戻る様子
はなさそうだ。

「リタちゃんが今戻ったらしくて。……裏にも一人いるんだけど、そっちは今
主人が……」

 旦那がいたのか、と、なにか納得した思いと同時に、何かが心を、ざり、と
音をたてて、ほんの少しかすった。

「あとをつけられていたみたいで」

 何に巻き込まれやがったんだ。
 ヴィルは舌打ちをして、急いで裏口へ行った。

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2007/02/11 23:47 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ

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