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2024/05/05 12:02 |
ヴィル&リタ-6 ささやきはあくまで秘めて/ヴィルフリード(フンヅワーラー)
 マリは、言いにくそうに口を開いた。

「何かあったにはあったんだけど……。
 でも、リタちゃんの身に何かあったってことじゃないの。
 リタちゃんは、今、ちょっと近くの所に行っていていないんだけども……ど
うしたらいいかしら」

「んじゃぁ、少し待ってみるよ。注文しちまったしな。蜜豆」

 それもそうよね、とふふ、とマリは笑った。

「じゃぁ、すぐに持ってくるわ。お茶は熱いのと冷たいの、どちらがいいかし
ら?」

「蜜豆ってのは暖かいのか?」

「冷たくて、甘いわ」

「じゃぁ、熱いので。
 お茶は甘くないんだよな?」

 真面目に聞いたのだが、マリは笑いながら「渋いのを作ってあげる」と、厨
房の奥へと消えていった。

 あぁ、のどかだ。
 布をかぶせた背もたれのない長椅子に座り、通りを行く人々に目をやる。
 怠惰を感じさせない、ゆっくりとした時間というものを体験したのはいつ振
りだろう。

「……引退したら、毎日こんな感じなのか」

 なにか、諦めに限りなく似たものが、身体を支配する。
 身体の力が緩んで、初めて気づくことは多かった。
 店の花瓶に飾ってある、花のほのかな香り。青空よりも美しい雲のある空の
美しさ。風の暖かな匂い。朝の鳥のさえずり。

 悪くないのかもしれない。
 ふ、と口元が緩む。

「あぁ、弱気になってんなぁ」

 あくびのような、ため息をついた。
 それを全て吐き終わるか終わらないかの時に、この店には似つかわしくな
い、どたどたといわせながらの駆ける足音が入ってきた。

 ぶち壊しだ。
 思わず、ヴィルフリードは笑った。引退しようがしまいが、やはり日常は穏
やかなものばかりでなく、このような騒音は普通に入ってくるのだ。
 何ひたっていたんだか。
 口の両端が思わず吊り上げ、顔を上げてその騒音の主を見やる。

「おい、さっき裏口から入っていったヤツがいただろ! 出せ!
 昨日はしらばっくれやがったが、そいつと一緒にどこかに逃げていたってこ
とぐらいわかってるんだよ!」

 そう大声を出して、若い女の子の従業員が止めるのを聞かずに、奥に入ろう
とする男が一人。
 血の気が多そうではあるが、ヴァルカンの地元民や鉱夫の類ではなさそうだ
と、ヴィルフリードは思った。雰囲気が、違う。これは、流れ者に多い気の荒
さだ。
 どうしようか、と迷ったのはほんの一瞬で、すぐに腹は決まった。
 決めたものの、ヴィルフリードは困った。こういう時、ヴィルフリードは素
直に声をかけれない。……言ってしまえば、「照れ」だった。
 立ち上がってみたものの、頭などを掻きながら躊躇していると、男から声が
かかった。

「何見てるんだよ。おっさん」

 あぁ? と語尾をあげて、威嚇してくる。
 「おっさん」という言葉に、白い男の姿がダブり、有無を言わせず頭を殴り
たくなったが、ヴィルフリードは抑えた。抑えれたのは、奥に、不安そうなマ
リの顔が見えたからだ。
 他愛の無い、威嚇するだけの何の意味の無い罵声など、聞き流そう。

「ここは落ち着くための場所なんだがな」

「うるせぇ、すっこんでろ、ハゲ! けがごっ」

 最後舌を噛んだのは、有無を言わせず、頭を殴ったからだ。
 無意識にナイフの柄を握っていたので、軽いナックルの役割になっていた。
が、ヴィルフリードは微塵も気にせず、意識を失っている男の襟首を掴んだ。

「あーうん、そうだよね。言っていいことと悪いことって、世の中あることぐ
らい分かってるよね。そういうささやかな気遣いの上に世の中って成り立って
る部分ってあるよね。
 ションベン垂れてるころからやり直して、イチから年上敬う気持ちを脳髄に
叩き込んでこいや。な。んん?」

 誰にも聞き届かれることのない言葉を、ヴィルは耳元で低く小さく呪詛を唱
えた。

「だ、大丈夫ですか?」

 マリの言う「大丈夫」というのは、ヴィルフリードのことか、それとも気絶
した男の安否のことか、それとも店の状態のことか。
 その問いの答えは、男の軽い脳震盪と、ヴィルフリードの心の傷だけであっ
たが、ヴィルフリードは答えなかった。

「何なんだ? コレは」

 といって、男の襟首を離す。男は、そのまま床にくずれた。意識が戻る様子
はなさそうだ。

「リタちゃんが今戻ったらしくて。……裏にも一人いるんだけど、そっちは今
主人が……」

 旦那がいたのか、と、なにか納得した思いと同時に、何かが心を、ざり、と
音をたてて、ほんの少しかすった。

「あとをつけられていたみたいで」

 何に巻き込まれやがったんだ。
 ヴィルは舌打ちをして、急いで裏口へ行った。

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2007/02/11 23:47 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ
ヴィル&リタ-7 秘められた応酬/リタ(夏琉)
PC:(ヴィルフリード) リタルード
NPC:ハンナ
場所:エイド 
-------------------------------------------------

「…で、キミは何を考えているのかな?」

 物置といえども小部屋ほどの広さがあり、そしてミィ爺の家の半分も埃臭くないの
は、さすがは食べ物を扱う家だ。
 戸の隙間から差し込む光のおかげで、辛うじてお互いの輪郭だけがわかる。

 匿うというよりは、とりあえず邪魔にならないよう二人はここに押し込められたの
だ。

「ルーディ」

「呼ぶなって言ったよ、ね?」

 ハンナがミィ爺にかけてもらった魔法を解く鍵は、他者の名前を呼ぶこと。それも
相手が本当に自分の名前だと思っている名前のみで、偽名などは問題なく使える。

 まさか自分より年上の成人女性に、それくらいの決まりごとをすぐさま破られてし
まうとはリタルードは思ってもみなかった。

「で、何で?」

 見えないとはわかっていても、笑みすら浮かべてリタルードは問う。もちろん目は
笑っていない。

「それくらいのことやってもいいかなって思ったから、かしらね」
 
「へぇ…」

 ハンナのひそやかながら相手に真っ直ぐに向けられた声に、ここは負けてやるべき
ところなのだろうと、それくらいはリタルードにもわかった。傷ついて、黙り込んだ
り取り乱したり相手を責め立てたりするべきところ。

 けれど今、リタルードは腹を立てていたし、結局はまだ幼かったから代わりにこう
言った。

「ねぇ、お姉さん元気?」

「…………」

 唇を噛み締めるなり手をきつく握り締めるなり、そんな動作を伴わないのがおかし
いほど、ハンナの身体がぎゅっと緊張する。

 叩かれるかな、と覚悟する。

「わかった。もうやらない」

 しかし、ハンナはさばさばとそう答えただけだった。途端にリタルードは自分に対
して強い嫌悪感を抱く。

「あの人、元気よ。すっごくね」

 ここがこんなに暗くなければよかったのに。
 リタルードは陰鬱とそう思った。


2007/02/11 23:48 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ
ヴィル&リタ-8 報酬はあなたの笑顔で/ヴィルフリード(フンヅワーラー)
PC:ヴィルフリード、リタルード
NPC:ハンナ、マリ(『甘味処』のおかみ)
場所:エイド(ヴァルカン地方)
-------------------------------------------------

「……彼女か?」

 物置を空けた時の、ヴィルの第一声にリタは、珍しく睨んできた。ちょっとし
た冗談なのだが、それすらも許されないらしい。
 逆にちょいと年をくった彼女の方は、ニッコリ笑っていた。嬉しい、とか楽し
い、とかそのような類の笑みではなく、「リタが嫌がっているのを面白がってい
る」といったような、子供が時折見せるような笑い方に見えた。

「一応、なんか来てた人は、お引取りいただいたけど」

 そう言って、リタに手を差し伸べようとすると、そのカノジョの方がその手を
握ってきた。アンタじゃないんだが、と勿論そんな子供じみたことは言うわけも
なく、しょうがないので、引っ張って起き上がらせる。

「ありがとうございます。ハンナといいます。
 あなたが、割引で仕事を引き受けてくださる冒険者ギルドの方?」

 自力で立ち上がり、お尻をパンパンとはたいているリタに、ヴィルは困惑の表
情で問う。

「誰?」

「ハンナ。カノジョじゃないよ。ってか、ヴィルさん、”カノジョ”の発音がおっ
さん臭いよ」

 さっきの発言が未だに気に触っているらしい。ヴィルの嫌いなキーワードをト
ゲを含んで使ってくるくらいに。……機嫌が悪いようだ。

「悪かったって。な? おっさんの軽いジョークだよ。
 ってか、そうじゃなくて。ってか名前は今本人から聞いたし」

 一呼吸して、それでリタは、自分の中の何かを入れ替えたらしい。

「……で。どこまで聞いてるの?」

「多分、全然」

「マリさん、少し、迷惑かけるかもしれないけど……もう迷惑かけちゃってるけ
ど。中、少しいい?」

 マリは気持ちのよい承諾をすると、リタを案内する。それについていくリタの
背中に、ヴィルはもうひとつ、気にかかることを聞いた。

「っつーか。割引ってなんの話だ」



「つまりは、と。
 追いかけられている、と。んで、追いかけられてるのが、こちらの」

 顔を向けると、近距離だというのにハンナは笑顔で手を小さく振ってくれた。

「えーと。ハンナさん」

 そこで、お茶を一口飲んで、あらためて、状況の整理を続ける。

「で。こちらのハンナさんは、引き受けないと仕事内容を話してくれない、と。
しかも、割引で引き受けろ、と」

 笑顔で、こくりとうなずくハンナ。
 ごほん、と咳払いをして、精神の安定をはかる。

「ちょいと。リタ君。こっちに来ようか」

 さほど離れていない部屋の片隅に、リタをちょいちょいと手招きして呼び寄せ
る。リタは「はーい」と言いながら、ぱたぱたと足音を立てながら来てくれた。

「えーと。仕事の内容を知れない状態で値段の相場の検討もつかない状態で、さ
らに割引を要求するって、どういう神経してるのカナ? あの淑女は? いくら
リタ君の紹介だとはいえ、限度があるってこと、分かるよね?」

「えー? 冒険者って、なんかいかにも!って感じの男に、いかにも!って感じ
で駆け込んできた女性を、これまたいかにも!って感じでワケも事情も聞かず助
けて、最後にはいかにも!って感じで、『報酬はあなたの笑顔ですよ……』とか言
う職業じゃないの?」

「俺はそんな同業者、今までこのかた一人も見たことが無いんだが」

「ロマンが無い職業なのねー」

 狭い部屋で、さして声のトーンを落としもしていなかったので――部屋の隅に呼
んだのは単なるポーズだ――、まる聞こえだった会話に、ハンナが加わった。

「ロマンで食ってけるか! ってことで、断る!」

 途端に。ハンナの顔が少しだけ、歪んだ。余裕があると強がっている人間の、
皮がぺらりとはがれ、少しだけ覗かれた、本当に困った顔。
 すぐにそのはがれた皮は張りなおされ、「あら、そ」とハンナは笑顔を作った。
 ――見なければよかった。ヴィルは後悔した。
 あぁ、女のこういう部分が、本当に卑怯だ。だが、たまらなくそういう部分が
かわいいとさえ思う自分もいる。

「……冒険者ギルドに割引制度は、基本的に無い。ただ、割安で済ませようという
のならば、ギルドを介さずに冒険者に直接頼むことだ」

 ハンナは、何を言われているのか、わからない顔をしている。
 たとえ、今さっきのが演技だったとしても、その演技力に免じてやる。チク
ショウ。俺、女に騙されやすいからなぁ。
 心の中でそう愚痴りながら、言葉を続けた。

「……あんたの頼みごとの内容を聞かない限り、俺で成功するかというのもわから
ないし、他の同業者を紹介することもできない。
 金だけならば、必要ないと割り切ることもできるが、縁がからむ仕事には、
『信用』っつーもんが必要だ。他のヤツに紹介するとしても、そいつは俺を『信
用』してくれるから話を聞いてくれる。だから、俺自身が信用できないものなん
かを回すことなんか絶対にしちゃいけない。それに、そいつがあるからこそ、
こっちも覚悟っつーもんができる。
 俺たちは、信用も覚悟もできないことに、命は賭けれない」

 あぁ。言ってしまうのか、俺? 絶対めんどくさいことになるぞ? 心の中
で、ご親切にも冷静な部分の自分が忠告をしてくる。あぁ、チクショウ、わかっ
ている。わかっているとも。
 けどなぁ、ここまできたら、かっこつけさせてくれよ。

「このラインだけは、譲れない。
 あとは、あんた次第だ。ハンナさん」


2007/02/11 23:48 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ
ヴィル&リタ-9 笑顔の裏側/リタ(夏琉)
PC:ヴィルフリード、リタルード
NPC:ハンナ、マリ(『甘味処』のおかみ)
場所:エイド(ヴァルカン地方)
-------------------------------------------------


「まぁ、一言でいうと痴情のもつれなんだけどね。ちょっと話が大きいけど」

「うわぁ、タチ悪いなぁ」

 リタルードが素直な感想を言うと、ヴィルフリードが「おい」と片手を上げた。

「お前、もしかして全然話聞いてないのか?」

「うん、あんまり。やばそうって雰囲気だけしか知らない」

「それなのにここまで一緒に彼女と行動してきたと?」

「うん。ていうか僕、自分から聞いてないし」

 リタルードが淡々と受け答えると、ヴィルフリードは茶を啜り、それからしみじみ
ため息をついた。

「…わっかんねぇなぁ」

「そうよねー。この子嫌よねー。
 基本的に情が薄いくせに、礼に適った好意は非常識な場面でもちゃんと
 示すあたりが嫌よね」

「ハンナ、話ずれてるから」

 リタルードがにっこりと、冷え切った声で言う。

「ほら、これも一種の情報提供?」

「いらないから。ほんと無駄だから」

「3人の間で共通する話題で親睦を深めようと思ったのに」

「えーと、話。話続けてくれないか?」

 いくらか凄みを利かせた声で、ヴィルフリードが割って入った。
 年齢と冒険者という職業に裏付けられた重みに、さすがにリタルードとハンナは口
をつぐむ。
 気まずい沈黙が落ち、自然とハンナの話を待つ格好となる。二人にみつめられて、
ハンナは脚を組み直し、長い髪を掻き揚げる。

 コンコン。

「マリさん?」

 リタが声をかける。細めに外開きのドアが開き、女主人が顔を覗かせた。手には木
でできた器の載った盆を持っている。

「あの、お話の途中でどうかとも思ったんだけど。お茶請けをお出ししてなかったと
思って」

「あ、ありがとう」

 リタルードが駆け寄って、器を受け取る。

「お茶のおかわりが欲しくなったら、こっちに声をかけてね」

「うん。ごめんね、迷惑かけて」

「気にしないでー。そのへんはセーラちゃんの貸しにしとくからぁ」

 不穏なセリフにリタルードが返しを思いつく前に、マリはドアを静かに閉めてし
まった。リタルードの手元には、上に扁桃を乗せた薄い焼き菓子の入った器が残る。


「え、ええと。食べる?」

 器をテーブルの上に置く。
 それに目を落として、ハンナが低いトーンで言う。

「セーラって誰」

「それを説明しだすと本が一冊は書けるから、今はやめといたほうがいいよ」

「冗談よ。というか、冗談言ってる場合じゃないわよね。
 ごめんなさいね、おじさま。あの、マリさんって人?
 まるで見計らったようなタイミグよね。
 すごく勘がいいのね。それとも運がいいのかしら」

 ハンナは焼き菓子を一枚摘む。整えられた長い爪には、色は塗られていない。菓子
を目の高さに持ち上げて----つまりは誰とも目を合わさないようにして、呟いた。

「まるで姉さんみたい」

 その言葉は、すとんとテーブルの真ん中に落下したように、静かにしかし澄み切っ
て響く。
 ハンナは、膝の上で手を組んで、まっすぐにヴィルブリードを見つめた。

「おじさま、ちゃんと話します。
 私も何もどうしたらいいのかきちんとわかっていないから、話ながら整理できると
思いますし」

「ん、あぁ。そうしてくれりゃあ、ありがたいな」

 女性の、場の空気を身にまとうような演技がかった言動は不得手なのだろう。真っ
直ぐにハンナに見つめられてヴィルフリードが居心地わるそうに言った。



「私の姉は、言ってみればまぁ、占い師なの。
 この辺りじゃわりと有名で----まぁ、まっとうに生きていたら、名前なんか耳にも
しないような類の客層だけど」

「つまり、裏の世界の重役ばっかあいてにしてるってことか?」

「ええ。それほどたくさん仕事をしてるわけじゃないし、名を売ろうとしてるわけで
もないから、子どもの頃から知ってる人だけを相手にしてるって感じね。
 というか、占い師って言っても、適切なときに適切な予言を出せるタイプの人じゃ
ないから、商業用の占いができないのよ」

「よければ、そのお姉さんの名前を教えてくれないか? 
 一応、このあたりの事情はそれなりに知ってる。
 聞き覚えがあるかも知れねぇ」

「ええと…」

 ハンナが、何故かリタルードの方を伺い見る。
 ぼそぼそと飲み食いしていたリタルードは、俯いたままに言った。

「イレーヌ」

 占い師というには、ありふれた短い名前だ。

「んー…、聞き覚えねぇな」

「そのあたりは気をつけてるし気をつけてもらってるもの。
 ギルド関連とはほとんど関係なく生きてるしね、私たち」

「そういうもんなのか?」

「ええ、魔法使いとも守備範囲が違うから。私たち、女って付加価値がなかったらど
うにもならない生活してるもの。あ、お茶冷めちゃったわね。仕方ないか」

 生地には薄く砂糖の衣がかかっているが、アーモンドは塩味を強くあしらってある
この菓子は、口の中が酷く乾く。ハンナは口の中を湿らせて、話を続ける。

「でもまぁ。それなりに人脈ってものもあってね。
 何年も二人だけで生活してたんだけど、身柄を引き取るから、自分のためだけに役
に立ってくれって人が現れたの。
 今までそういう人はずっと断って来たんだけど…。
 私も姉さんももうそんなに若々しくもないしね。お誘いがあるうちに受けとこうっ
て話になって…。えと、リタ?」

 若くはない----といいながらも、その目元はまだ肌が張っているし、手だってそれ
ほど荒れていない。ハンナの姿を観察していたら、話を降られ、ついリタルードは彼
女にきつい眼差しを向ける。

「何?」

「姉さんが媒介に使ってたもの覚えてるわよね」

「媒介っていうか、あの人の場合、頭の中に入ってくるものを浄化してもらうためで
しょ。
 加工した水晶の玉、3つ使ってある髪飾りだよね」

「そうそう。3つのうち、2つは補助のための石で、要になる石は一つなんだけど…
…」

 そのとき、ちらりとハンナの表情が揺らいだようにリタルードには見えた。
 続く発言に合わせてどのようなポーズを取るべきか、戸惑いと苛立ちと不安が合い
混ぜになったろうな色の空気。

 それは一瞬のことで、ハンナは自分の腹に手の平を当てて、きゅっと口角を吊り上
げた。

「今、それが『ココ』にあるのよねぇ」

 するすると服の上から、ハンナの手が平らな自分の腹部を撫でる。
 その言葉が染み渡るまでに、約数秒。

「…………………………なんで?」

 先ほどとは違う意味で凍りついた空気に耐え切れず、リタルードが真っ当な問いを
発する。

「だから、痴情の縺れだって」

「何? 何がどうどれくらい縺れたの?」

 核心をまった口にしないハンナに、リタルードが立ち上がって言う。
 その姿勢は咽元を掴む直前のようにも見える。

「言えない」

 口元は笑っていても、眼に今までに無かった本気を宿らせてハンナが返した。
 その眼光に、リタルードはたじろぐ。が、同じように強い眼を返す。

「それは、『言わない』じゃなくて、『言えない』なのか?」

 ヴィルフリードの問いで、二人の絡みが緩んだ。

「ええ」

 ハンナが首肯する。

「『女として』ではなく、ある程度強い力を持った存在----姉さんのことですけど、
に長年仕えていた人間として、言えないってことです」

「あー…、じゃあとりあえず話続けてくれや。とりあえず最後まで、な。
 痴話喧嘩されると話が終わらん」

「痴話喧嘩って」

「ハイハイハイハイ、続き。続きね」

 またもや食いつきそうになったリタルードを、ハンナが適当にあしらう。
 リタルードはむぅと黙る。が、内心では気持ちが少し軽くなる。

 3人という人数はこういうときにありがたいのだ。

 一対一より、きちんと普段自分が生きている世界に属することができる。毎日毎
日、泣いても笑っても、寝たり食べたり排泄したりする世界。

 感覚の一致しすぎる人間が二人でいると、その世界から遊離したファンタジーに没
入してしまう。それは文学的価値はあるのかもしれないが、ネガティブな側面しか持
たず閉じた性質のものである場合、危険だし不毛だ。

「それでまぁ、そういうことがあったから、監禁されてたんだけどさぁ。
 こういうのって、私もびっくりしたんだけど、出てこないのね。
 もしかして体内に入った時点で別のものに変化してるのかしら」

「自覚できる体調の変化はないの?」

「今のところないわ。で、隙を見て逃げ出してきてここにいるわけよ」

 『隙を見て』というが、こういうことに明らかに不慣れに見えるハンナがどこをど
うやって隙をついたのか。その疑問が二人の顔にありありと浮かんだのだろう。ハン
ナは付け加える。

「まぁ、姉さんが手伝ってくれたんだけどね。
 追っ手が明らかにぬるいのも、手回してくれてるんでしょう。
 私なんか姉さんのおまけだから、そんなに本気だして探してないのでしょうけど
ね」

 そのような騒動があったというのに、脱走を手助けするとは、姉とはどのような関
係なのか。また、重要な魔道具と思われる水晶がそんな状態なのに、姉と離れていて
いいのか。

 細かいということも出来ない本筋に関わる疑問は浮かぶが、とりあえずその種の問
いは、ハンナの話が終わるまで封印する。

「おじさまに、依頼します。
 ヴァルカン地方、いえ、エイドの街を離れるまででいいです。護衛をお願いします
わ。ある程度離れてしまえばもう追われることはないでしょうし、いくら相手が本気
でなさそうと言っても、私一人では逃げ切れそうにありません。
 私が連れ戻されるのは、姉さんも本意ではないでしょうし、戻るわけにはいかない
んです」

 一言一言、はっきりと発音するハンナの顔からは、先ほどまでの塗り固められたよ
うな笑みは消え、真摯にヴィルフリードを見つめていた。


2007/02/11 23:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ
ヴィル&リタ-10 裏メニューはスーパーデラックス抹茶小豆パフェ/ヴィルフリード(フンヅワーラー)
PC:ヴィルフリード、リタルード
NPC:ハンナ、マリ(『甘味処』のおかみ)
場所:エイド(ヴァルカン地方)
-------------------------------------------------

 昼食の匂いがあちらこちらからただよってくる。
 あぁ、あそこは豆のスープだ。鶏肉のスパイスソテーだ。お、あの家は、俺の
好物の豚の煮込みだ。
 気を抜いてはいけないと分かっていても、鼻が思わずヒクヒと動いてしまう。
 人通り多い大通りから離れた住宅街は、昼食時だと完全に人気が無い。
 その道を選んだのは、相手に気づかれない為ではない。こっちが気づきやすく
するためだ。
 下手糞め。それでうまく隠れているつもりか。
 ヴィルフリードは胸の内で相手の追尾のつたなさを罵った。しかし、油断は決
してしない。
 頭を少しかがめ、声を落として隣の人物に語りかけた。

「付けられている」

 少しだけうなずくと、目深くかぶったフードから黒い髪の毛が少し洩れた。
 見る限り、震えは一切無い。覚悟を決めた女性というのは、男性よりも肝が据
わっているもんだな、とヴィルフリードは思った。
 その静かな通りには、その2人と見え隠れする人影の他、あの金髪の少年の姿
は無い。

    *     *     *

「色々聞きたいことはあるが……厄介なことに、この場所が割れている。そっちの
事情なんか知らねぇから、さっきの輩は返しちまったしな。
 だから、時間が惜しい。いろいろ聞くよりも場所を移動しなきゃならないのが
まず第1だ。
 ここは客商売をやっている所だ。しかも、荒くれどもの集まる飲み屋なんか
じゃない。巻き込んじゃいけねぇ所だってのは分かるよな」

 もう遅いかもしれないけども、と心の中で付け加え、そして申し訳ない気持ち
になる。
 そんな気持ちがあろうと無かろうとコトは手遅れだ。ならば、気持ちを前に向
け、行動するしか詫びた方がマシである。

「リタ。お前はどうする?」

「え?」

「『え?』ってお前……なぁ」

 クセで頭をガリガリと掻く、も、すぐさま最近の自分の頭皮の弱さを思い出
し、やめる。

「ここからは、俺の仕事だ。お前はどうするんだよ。
 こちらのお嬢さんは、あっちに面が割れている。俺は、下手すると相手にギル
ド所属者がいたらバレているかもしれねぇ。
 だがお前は、変装でもして出て行けば大丈夫だろ。
 ……あんたらの関係ってのが、顔見知りであるようではあるのは分かるけど、そ
こまで尽くせる関係だとは俺は思えない」

「あぁ、そうだよね。僕って、思えばあんまり関係ないんだよね」
 今更そのことを思い出したように、リタは間の抜けた声を出した。

「なりゆきで背負ったハンナを守る役目も、もうヴィルさんに任せたし……」

「悩む時間があるなら、ここにおいてある荷物をまとめて来い。その間に、考え
る時間は短いが、どうするか決めておけ。なんならここにしばらくいるのも、…
こんなことがあったが、あの人なら喜んで受け入れてくれるだろ。
 あぁ、そうだ。ついでだ、途中まで手伝ってくれ。計画は後で話す。それから
どうするかはお前に任せるよ」

 部屋を出る際のリタの小さな針を含んだ視線を、ヴィルは甘んじて受けた。
 あぁ、そうだ。俺は狡い。選択肢を与えるということは、自分が選択すること
から逃げることだ。それによって背負わなければいけない責任から逃げることだ。
 俺がここで当然のようにお前を巻き込めば、お前は何の不満無くついて来ただ
ろう。
 だが、お前は、あの時……忌まわしい6本指との対峙の時、一人で決めた。なの
に今回は人に決めてもらおうなんてムシが良すぎるんじゃねぇか?

    *     *     *

 あのときの気持ちを思い出して、ヴィルは頭を振った。あまりに大人気ない。
 どっちにしろ、自分が決断と責任から逃げたのは変わりないのだから、心のう
ちとはいえ、あそこまで皮肉な理論を用いるべきではなかった。
 あぁ……しかし、なんて下手糞な尾行なんだ。
 自分への怒りを追尾者にスライドさせた。
 素人ならばそれでも十分かもしれないが、舐められているのか? せめて、靴
底がやわらかいものに替えて来い。
 先ほどから失望を抱きながらも、しかしヴィルフリードは気を緩めない。
 絶対に、隣の女を守りぬかなければならないのだから。

「あそこです。マリさん」

 少し張り上げた声は、後ろまで聞こえただろうか。
 こんな小芝居で戻ってくれれば無事平和に万々歳なのだが。
 しかし、尾行者は引き返す様子は無い。聞こえていないのか、それとも疑り深
いのか。
 仕方ないので、ヴィルフリードは目的の建物を目指して歩く。尾行者は駆け足
で寄ってきた。表口から入る時間はなさそうだ。
 ヴィルフリードも、少し急ぎ足で裏口へ手を引いて誘導し、戸口の中にするり
と入ったところでドアをバタンと閉めて、そこに立ちふさがった。
 追いついた尾行者がヴィルフリードの胸倉をいきなり掴んだ。

「そこを退け」

「おぉ、怖い怖い。オヤジ狩りってやつかい? 生憎持ち合わせはたいしたこと
持ってない」

 おどけて両手を挙げてみせる。
 なるほど、尾行があまり得意そうではない。力にモノを言わせるタイプの男
だ。まともに殴り合ったら勝ち目は無い。武器は、街中では長剣は目立つから
か、腰に短刀を差している。

「狩られたくなけりゃ、さっさと退くんだな!」

 掴まれた拳が右に引っ張る。が、ヴィルフリードはそんなものでは動かされな
かった。
 相手が、ヴィルフリードが退く気がないことに怒る前に、言葉でふさぐ。ま
だ、時間稼ぎが必要だ。

「退いてもいいけど……甘味所の女将にどういう用件だ?」

「下手な芝居はやめろ」

「人妻のストーキングの他にやるべき仕事っていくらでもあると思うんだがなぁ……」

「ふざけるな!」

 相手の掴む拳に更に力が入り、身体が浮く。
 ヴィルフリードはその拳の上を、ぽんぽんと手で叩いてなだめる。

「まぁ、落ち着けよ。服が破れるだろ? あんまりいいものじゃないんだ。
 俺は、お宅らの仕事の邪魔はしてない。
 最近逃げ込んだ女のせいで、アンタらの仕業で甘味所の女将も怖がってね。旦
那さんは店で忙しいくて、一人で出かけるのもおちおち安心してできやしないっ
ていうから、小遣い稼ぎに護衛をしているだけだよ」

「ハン! よくもまぁ、そこまで嘘がペラペラ言えるもんだな。
 じゃぁ、言ってもらおうか? 甘味屋の女将が、何故、こんな鍛冶屋に来るの
かの理由をな」

 そう、ヴィルフリードが立っているのは、鍛冶屋の裏手口だった。

「そりゃちょっと言えねぇな……。業務上の秘密ってやつだ」

「こんな真昼間から若い男と浮気とかシケこんでるって噂を立てられたくなけ
りゃ、そこを退きな」

 男は拳を下ろし、短刀の柄に手をかける。空気がぴりりと緊張する。もう、時
間稼ぎはできない。
 間に合っているように祈りながら、ゆるゆると裏口から退く。
 警戒と軽蔑を含んだ視線で睨みながら男は扉を勢いよく叩くように開けた。

「あら、美味しい。
 甘い葛餅で甘い餡を包んだお菓子……暑いヴァルカンでは最適ね」

「えぇ、鍛冶場はずっと火を使うから、休憩にこれを食べて、本当にほっと落ち
着けましたね」

「そうね! 職人さんや工夫さん達にも人気が出るかもしれないわ!
 美味しいお茶をその場で淹れるデリバリーサービスを始めようかしら……」

「いいっすね! それ! もしやることになったらウチでもぜひともお願いした
いっス! 親方も喜びます!!」

 そこには、若い鍛冶職人の見習いとマリが、仲良く水饅頭をお茶請けにして朗
らかに会話を楽しんでいた。

「……なんだこりゃ」

 そんな場違いなテンションで闖入した男が思わずそんな言葉をつぶやいた。

「なんだ……って。新商品検討商品の調査。
 前の仕事で『水饅頭』って和菓子を話したら、興味を持たれて、連れて行って
と頼まれたんだ。
 だから言っただろう。人妻のストーキングの他にやるべき仕事っていくらでも
あるだろうってな」

「てめぇ……! 女はどこに……!!」

 再びヴィルに掴みかかろうとしたが、そうは行かなかった。

「騒がしいな! なんだてめぇは!!
 お前までこのミズマンジューを食おうってのか!? なんだぁ? てめぇはこ
のミズマンジューを作れるんだろうな!! 俺はこのご婦人が作るつもりだっ
つーから……」

 まだ打ちかけであろう、赤く光った鉄の棒を持ったまま、闊達とした初老の男
が奥から出てきた。

「親方!! 仕事場で暴れたら危ないです!!」
「それ、下ろしてください!!」
「とりあえず、アイツを追い出せ!!」

 その後ろからは、若い者から壮年の男盛りの衆が続く。
 あとは、ヴィルはひょいと壁際に寄って、短刀を持った男が外に追い出される
のを見送るだけだった。

「おい、ウィリー。こんなことになるだなんて、俺ぁ聞いてなかったぞ」

 見送った後、真っ赤な鉄を弟子に渡した親方がヴィルフリードに詰め寄ってきた。

「おやっさん。今日の朝、会ったばかりだろ。名前をいい加減覚えてくれよ。
 ヴィルフリードだ。ヴィルフリード。『ヴぃー』、言えるか? 爺さん。
 あとな、俺だって追加注文なんて最初は聞いてなかったんだ。
 ……ま、いいじゃないか。これでエイドの町で気軽に水饅頭が手に入るんだ」

「まぁ、そりゃそうだがな」

「で、手紙で書いたとおり、先に来た女が来たろ。どこだ?」

「うまくいくものね」

 そう言いながら奥から出てきたのはハンナだった。
 それと入れ替わりに、親方はフンと鼻を鳴らし、持ち場に戻っていった。

「これでしばらくは時間が稼げる。少なくともこっちの方面は手薄になるはずだ」

「見事な手際ですね」

 マリが湯飲みを両手で持ちながら、ヴィルフリードに微笑む。

「マリさんのおかげだ。あと、運が良かったのもある。……あの爺さんのおかげも
あるかもな」

    *     *     *

「リタ」

 無神経を装って、臆面無くリタの部屋を覗く。
 リタは、数少ない荷物をすでにまとめ終えていた。が、顔を見ると茫洋とした
目で、まだ今後の予定は決めかねているようだ。

「すまねぇが、ついでに手伝ってくれ。
 とりあえず、これに着替えてくれ」

「これ……」

「どっちにしろ、ここ出るにゃ、便利なモノだ」

 衣服を受け取ったリタの表情に、少しだけ灯りが点る。久々の顔だ。
 それを見て、ヴィルフリードの心も少し弾んだ。ようやく、取り戻せた。何故
だかそう思った。

「いいよ。もうちょっと付き合ってあげる。どうせ、ここを出るにしろ出ないに
しろ、宿屋に残りの荷物を取りに行かなきゃいけなかったから。
 ちょっと待ってて。気合入れて着替えるから」

「ほどほどにな」

 ヴィルは、隠し切れない笑みを押さえ、扉を閉めた。

 数十分後、軽快に弾むように階段を降りてきたリタの姿に、ヴィルは思わず
笑った。

「うわ、なんだ、それ。似合いすぎだろ!」

「でしょ。だって僕、可愛いから、可愛いモノは何でも似合う自信あるもん」

 その場でくるりと一回転する。その動きに、金色の絹糸のような髪の毛と、ひ
らひらとしたスカートの布地が一緒に舞う。
 最後に、ちょこんとスカートをつまんで、ピンク色の低いヒールの靴でこつん
と床を鳴らして可憐にお辞儀。
 ヴィルフリードはこらえきれず、思わず腹をかかえて笑った。

「うわぁ、リタちゃん、本当にかわいいわ!」

 マリは、髪飾りなどを持ってきて、これなんかどうかしらとリタの頭にあては
じめる。

「……なんか、普通、女装って女なら喜んでいじり倒したくなるけど、この子の場
合、いじるところが無くてムカつくわ」

 一方同じ女性のハンナは、少し離れたところからリタを客観的に眺めている。

「違和感ないねぇ」

 小柄な老体が評した。
 リタは、その老人を見て驚いた。

「ミィ爺! どうしたの!?」

 ミィ爺は、グラスに盛られたデザートとを片手にしてそこにいた。そのグラス
の中には生クリームやアイスクリーム、サイコロ寒天に餡子に果物が大盛り積ま
れ、ウェハースが刺さっておりその傍らにはピンク色のさくらんぼがちょこんと
乗っかっている。それを黒蜜が満遍なくかかっている。

「呼ばれたんだ。スーパデラックスを食べにおいでって。
 でも、なんかまたごたごたしてるみたいだね」

 その老人はいたってのんきに、抹茶デラックス餡蜜パフェをぱくりと食べる。

「うん、この新作、おいしいね。このクセのあるソースの甘みがたまんない。ア
ンコともよくあうし」

 マリは、おっとりと「ありがとう」と満面の笑みで答えた。
 ミィ爺は、傍らのテーブルにそのグラスを置いて、冷菓の山に銀の匙を挿し、
ウェハースだけをとってもぐもぐ食べながら、ちょいちょい、と手招きをした。
 リタとヴィルフリードとハンナが顔を見合わせると、そう、とでも言うように
ミィ爺はうなずいた。
 とりあえず、リタがミィ爺の前に出る。

「かがんで。そう。そのぐらい」

 ミィ爺の顔と同じくらいの高さにまでリタはかがむ。すると、ミィ爺はスッ
と、カサカサな皮膚で覆われた手を水平にリタの目の前に出す。
 とん、と中指と薬指でリタの額を突く。軽く小突いた程度なのだが、リタは触
れられた辺りにじんわりと熱くなるのを感じた。
 そして、ミィ爺はリタの左手を取ると、手の平に、同じようにトンと今度は中
指だけで押す。そして今度は右手の手の平には親指。
 最後に、手の平をぽんと置いて、ミィ爺は「ハイ、おしまい」と締めた。
 リタはしげしげと右手を見る。

「何したの?」

「魔術とかそんなたいしたもんじゃないよ。もっとあやふやなもの。
 おまじないっていうのがいいかもね。幸運がありますようにっていう。
 でも、結構効くみたいだよ」

 ふーん、とリタは右手を裏返してまた見ている。
 順に、何の抵抗無く素直にハンナが、そして少し怖気づいたような様子を見せ
ながらもヴィルフリードも同じくその『おまじない』をしてもらう。

「あ、そうだ。ミィ爺、これ」

 リタが出したのは銀細工の蝶のブローチ。

「返しておくね。マリさんに預けておこうと思ってたんだけど」

「あ、私も」

 ハンナも続いてブローチを取り外す。
 しかし、ミィ爺は、リタのブローチをじぃっと見ていた。

「あれ? あのあと直ぐに約束やぶっちゃった?」

 リタがハンナに非難の目をむけたり、何か言いかけようかと口をひらいたり
と、一瞬逡巡した。その前に、ミィ爺は答えなど求めていなかったようで、にっ
こりとまったく気にした風も無く続けた。

「まぁ、もともとそんなに長く続くようなモノじゃなかったけどね。
 ありがとう。一応商売道具だから、パクられちゃったままだと困ってたんだ」

 あぁ、アイスが溶けちゃう。と言ってミィ爺は再びスーパーデラックスをぱく
ついた。もうそれ以上はなにか話す様子は無く、「うぅ~ん、おいしい!」と悦
に入っている。
 まだ、気になるのか、眉間のあたりをいじっていたヴィルフリードが、それで
口火を切った。

「まずは、リタ。お前はその格好で、できるだけ女性客の集団にまぎれてここを
出るんだ。
 心配するな。多分、この中でお前の顔が一番ばれてない。ましてや、その格好
なら騙せる」

「おじさまもそうじゃないの?」

 ハンナが聞く。

「俺は、こう見えてもBランク冒険者だぜ? あっちに冒険者にちょっと詳しい
ヤツがいたら、顔ぐらいばれてる可能性もある。
 ……それに、ちょっと揉め事起こしたしな」

「それで、僕はどうすればいいの?」

 リタが話を促す。

「宿屋に戻って、まずは自分の荷物をまとめろ。
 そして、俺の荷物も頼む。
 それを冒険者ギルドのところに持って預けてくれ。俺の名前を出してくれれ
ば、大丈夫だ。中身をチェックされると思うが、それは気が済むまでさせてお
け。まだ洗ってない着替えが臭いがな。
 その後は、お前の好きにしな」

「ヴィルさんは、どうするつもりなの?」

「知りたいのか?」

 言外に、知った時の危険性を示す。リタは機敏にそれを察知し、「それって、
別れようとしてるの?」と目で言っている。ヴィルフリードは、表情を変えず、
それ以上何も答えなかった。

「じゃ、善は急げだ。早いほうがいい。相手の動きが大きくならないうちにな」

 ぽん、とリタの肩を叩く。
 非難したかのような目が、こちらを向いている。納得は明らかにしていない。
もしかして、冷めた気持ちになって諦めようとしているのかもしれない。ただ単
に、このあやふやな状況に気持ち悪さを感じているだけなのかもしれない。
 だが、分別は無いわけでは無かったようだ。リタは、小さく「わかった」と承
知した。

「……にしても、本当に違和感ねぇなぁ……」

 間近に見て、やはりヴィルフリードは苦笑した。
 普通、男の女装をしたというのは、過剰に女性らしくあろうとしたり、男性っ
ぽさを隠しきれていなかったりと、どこかアンバランスさを感じさせるが、リタ
はそういうことが一切なかった。本当に、「そこらへんの女の子」なのだ。改め
て本当に思う。簡単にはバレはしないだろう。

「服は、返さなくてもいいから。……元気でいて。
 セーラちゃんにもよろしく。
 また来てね」

 マリがリタをぎゅっと抱きしめ、思いついた端から素直に言葉にする。

「なんだか、ややこしいことになってるみたいだけど。
 まぁ、またおいでね」

 ミィ爺は、やはりスーパーデラックスを持ったままだ。
 リタはその場にいる全ての人の顔を見る。

「マリさん、本当にお世話になりました。旦那さんや、ここの職人さんにも、お
礼を言っておいて。
 ……あ、でも、また戻ってくるかもしれないけど」

「こっちはかまわないわ。むしろ歓迎するわ」

「それじゃぁ行ってくるね」

 ちょっとした散歩にでも行くかのように、軽い足取りでリタは店内へと入って
いった。


2007/02/11 23:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ

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