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2024/11/01 08:01 |
浅黄の杖26/ファング(熊猫)
キャスト:トノヤ・ファング
NPC:ワッチ・月見・リア・セバス
場所:ヴァルカン/リア邸内
___________________

夜、あてがわれた部屋にいると、ノックの音がした。

「あーい」

気楽に返事をして、同じく気楽にドアノブに手をかけようとすると、
いきなりトノヤが「待て!」と制止してきた。

「月見だったらどうすんだ!」
「あ、そっかやべ。いませーん」

適当にドア越しに声をかける。逆効果なのはわかっていたが、
一度返事してしまった後では関係なかった。

「…いいから開けて。話があるの」

うんざりした声音がドア越しに返って来た。今度こそドアを開けると、
そこにはリアが口調に似合う顔――つまり仏頂面で立っている。
腰に置いた手には煙草と、灰皿代わりらしい焦げた空き缶を
持っていた。

「あの女の子、そんなに嫌われてるの?さっきたんこぶまで
作ってたけど…まさか殴ったりしてないわよね?」
「いんや正当防衛」
「嫌いというよりもはや恐怖だよね」
「まぁいいけど。――入るわね」

トノヤとファングの答えに本当にどうでもよさそうに肩をすくめると、
いくぶん表情を和らげてずかずかと部屋に入ってくる。
そのまま部屋の奥にある窓枠に腰掛けて、持っていた缶を
傍らに置く。

ふと気付いたように、黙っていたワッチがぼそりと呟いた。

「そういえば、月見だったらノックなんかしないもんなぁ」
「お呼びですかオヤジ殿!」

どばん、といきなり部屋の隅にあるクローゼットが開き、服と共に
月見が飛び出してきた。突然外向きに開いたドアの片方が
ワッチの後頭部を直撃する。

「うわ出た!」
「おお、月見。お前そんなところにいたのか」
「なんでワッチんノーリアクションなの…?」

確実に直撃を受けたはずなのだが、何事もなかったかのように
ワッチは笑みさえ浮かべて月見を見た。月見は身体のあちこちに
クローゼットの中身をひっかけながら、実に楽しげに答える。

「ひょーっ★いや決して夜這いを画策して潜伏していたとかそ」

ばたん。

トノヤによって開いた速度と同じ速さで閉められたドアのおかげで、
月見の姿と声はなくなった。
彼が背中で封をするようにそのまま扉に寄りかかり、平静を装って
腕など組んでいる様子をまじまじと見て、リアがファングに顔を向ける。

「いいの?」
「あとで持って帰ってくれるなら大丈夫っす」
「連れてきたつもりはないけど…まぁいいわ。あの子にも話すつもり
だったから。そこなら聞こえるでしょ」

無造作に煙草を一本出し、口に咥えてから「いい?」と訊いてくる。
ファングが頷くと、そのまま火を点けて吸う――「ここは客室だから
やめろってセバスに止められてるんだけどね」。

「で…話って?」
「ええ。ま、大したことじゃないんだけどね。この屋敷の事」

細く開けた窓に紫煙を吐き出し、閉めてから向き直って、
リアはこんな事を聞いてきた。

「彼は…普通の人間に見えた?」
「あい?」

ファングは、ぽかんと立ったまま彼女の顔を見て――
なんとなく不穏な空気を感じながらも、疑問を口にする。

「彼って…誰っすか」
「セバスの事よ」

言われて脳裏に浮かぶのは特に何の変哲もない、絵に描いたような
老執事だったが。

「あの執事のじっちゃん?まぁ、なんか面妖な人だとは思ったっすけど」
「オイ…まさか…」

トノヤが何かに思い当たったのか、青ざめる。
リアは短いため息と共に煙を吐くと、ごくあっさり頷いた。

「セバスはだいたい30年ぐらい前にこの屋敷で死んでるのよ」

一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。

そして次には、自分が何を言うべきかわからない。
同じく皆も同じだったのだろう。
一人を除いて。

「どどどどどういう事ですかッ!?がっつり幽霊的なそういう話ですかっ!?
アレですかこれは確実に心霊現象とかいうやつですか?!」
「今んとこ俺らにしてみればお前のほうが心霊現象だけどな…」
「…なんか言ってることよくわかんないけど…そうよ」

視線をトノヤの方、つまりいまだ開かないクローゼットへ向け、
頷くリア。

「執事とかあたしも欲しいッ!今度皆で執事服着てください!」
「着ねーよ!そもそも誰に仕えんだよ」

まったく関係のない希望に、顔だけをそちらに向けて即座に言い返す。

「ファング君、ほーら目の前!すんごい目の前!」
「見えないぞぉおお!俺にはクローゼットしかぁあ!」
「どうでもいいけどクローゼット壊さないでね」

不毛な掛け合いに温度のない声音で釘を刺し、リアが煙を吐く。
口が自由になったそのついでか、彼女はさらに一言言い添えた。

「前の主人とのボードゲームにボロ勝ちしたら、ナイフで喉笛を
掻き切られたんですって。よくある話よね」
「よくあってたまるか!そんな惨殺事件!」

珍しく必死な顔でトノヤがツッコミを入れる。

「遊戯室に行けばまだそのボードゲームあるわよ。明日やる?」
「しねぇよ!」

そう言われれば執事がドアを開け閉めしたのはただの一回きりで、
それ以外はすべていつの間にかいたりいなかったりしたのを
ファングは思い出しながら、うめいた。

「俺としてはあの根暗さんがよっぽど幽霊に見えたっすけど…」
「サジーは人間よ。まぁたまに"中間地点"にいる時もあるけど。
悪い人じゃないから安心して」

そのセリフひとつで安心できるはずもなかったが、彼女としては
もうそれ以上話すつもりはないようで、煙草を空き缶に入れた。

「んでも、なんでったってこんなブキミ屋敷に工房なんか?」
「こんなところ、だからよ。設備を揃えるために資金を
使い切っちゃって。ある人の紹介をもらってね、タダ同然の
この屋敷を見つけたってわけ。怪談は昔から好きだし、
運がよかったわ」

ワッチの疑問に淡々と答えながら、空き缶のふちで煙草の灰を
叩いて落とす。窓は開いていたが、それでもかすかな芳香は
部屋にも漂っていた。

「文字通り幽霊屋敷ってわけかよ…」

ファングの呟きに、くすりと笑いを漏らすリア。

「本当は黙っておこうかと思ったんだけど。何か見てから
騒がれるのも嫌だし、一応話しておくことにしたわけ。
ま…それだけだから。じゃあおやすみ」

あくび混じりに言い置いて、リアが出てゆく。
部屋には沈黙と、奇声や物音を押し込めたクローゼットが残された。

「…月見置いていきやがった…」

幽霊屋敷の一日目は、誰ともなしに呟かれた言葉で幕を閉じた。

――――――――――――――――
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2007/12/20 20:36 | Comments(0) | TrackBack() | ●浅葱の杖
浅葱の杖27/トノヤ(ヒサ)
キャスト:トノヤ・ファング
NPC:ワッチ・月見・リア・セバス
場所:ヴァルカン/リア邸内
___________________

幽霊屋敷に滞在して今日で一週間が経った。
働かざるもの食うべからず。その言葉通り屋敷の掃除、雑用、家事、その他諸々散々こき使われた。
今日ももちろん例外ではない。

「ちょっと、良いかしら」

今日のノルマ、だだっ広い廊下の窓を磨いていたら、後ろから声をかけられた。
トノヤは手に持っていた雑巾を足下のバケツに放り投げ、のろのろと振り返った。
くわえ煙草のリアが顔を見て驚いたそぶりを見せる。

「なんだ」
「あら、あなたが掃除してるなんてめずらしいわね」
「……親父殿の殺人デコピンはもうくらいたくねぇからな」

何か思い出すように苦い顔をして頭をおさえるトノヤ。
長い前髪の隙間からガーゼがちらりとのぞく。
血がにじんでいたように見えたのは気のせいだろうか。
リアは煙を吐き出し、気にせず続けた。

「バンダナのあの子、ファング君はどこに?話があるんだけど」
「さーな、さっき月見に追っかけられて墓地の方に逃げてったのがこっから見えたけどな。そのあとは知らん」
「まったく、毎日毎日飽きずによくやるわ。まあ、いいわ。サイン、あなたしてくれる?」
「………」

ポケットからぐちゃぐちゃになった羊皮紙とペンを出し、トノヤの目の前に突き出した。

「……出来たのか」
「ええ、完璧よ。だから、ここにサイン。あ、フルネームでね」
「普通ブツを確認してからじゃねぇのかよ」
「なに、あたしの腕を疑うわけ?はじめの契約書にも書いてあったようにここじゃそんな面倒なことはしてないの。文句があるんならもう一度契約して」
「なんだそれ…まあ、なんでもいいけどよ」

リアの手から紙をひったくる。
ペンを持ち、一文字目を書こうとしたところで手を止めた。

「そういや、ここの文字かけねーんだけど。おれの国の字でも良いか」
「別に構わないけど。めずらしいわね今時共通文字使ってない国がまだあったなんて。あなたどこ出身なの」
「……どこだって良いだろ」

壁に紙を押さえつけ、みみずの屍骸のようなバランスの悪い文字を綴る。

「良くわかんないけど、きったない字ねぇ~」
「るせぇな、知らねぇくせにごちゃごちゃ言うな。こういうもんなんだよ」

リアは書類を受け取り、少し不満そうな顔をしながら見慣れない文字のサインを眺めていたが、すぐに丸めてポケットに突っ込んだ。

「あとはセバスが準備してくれてるはずだから。帰るなり住み込みでここで働くなり好きにすると良いわ」
「こんなわけわかんねー幽霊屋敷で誰が働くかよ」
「残念ね。一週間もここにいれたのはあなた達が初めてだったから、惜しいわ。まともな生身の人間のお手伝いさんも欲しかったんだけど」
「………」

短くなった煙草をトノヤの足下にあるバケツにほうりこみ、リアは自室へと戻って行った。
トノヤは吸い殻とぞうきんの入ったバケツをちらりと横目で見たが、結局そのままにして廊下を歩き出した。
あてがわれていた部屋へ行く途中、遠くでファングの悲鳴のような声が聞こえた気がしたが、無視することにした。

部屋に戻ると、ノルマを終えたらしいワッチが首にタオルを巻き大汗をかきながら窓辺で水を飲んでいた。また相当な力仕事をまかされていたようだ。

「お、少年も終わったのか?今日はちゃんとやったんだろうなぁ~」

疑いの目とデコピンの手でトノヤににじりよるワッチ。

「や、や、やったっつーの!窓ふき!あの女主人に聞きゃわかる!」

両手でデコを守り、物凄い勢いで後ずさるトノヤ。
ドン、と背中にぶつかったのは壁、かと思いきや……ひょろ長い執事セバスだった。

「うおあっ、音も無く入るなボケ!」
「失礼いたしました。準備が整いましたのでお知らせに参りました。お揃いになりましたら応接室へいらしてくださいませ」
「お、おう」

浅く一礼するとセバスは部屋を出て行った。

「準備って何だ?」
「終わったらしいぜ、修理」
「おお!意外と早かったなぁ~」
「おれ的にはやっと解放される、って感じだけどな」
「そうか?オイラはあっという間な気がしたけど。毎日色々やることあったし」
「じゃあ、ここで働けよ。人足りてねぇらしいぜ」
「いや、別にそこまでなわけじゃ……っと、」

持っていたコップを置き、ワッチは扉に手をかけた。

「オイラ二人呼んでくるよ。どの辺にいるか知ってるか?」
「さあな、ココ来るとき結構遠くからファングの悲鳴っぽいのは聞こえたけどな。ありゃ外からじゃねぇか」
「うーん、墓地周りから探してみるか…いや、正門あたりからぐるっと…」
「いってら~」

ワッチはぶつぶつと何か言いながら部屋を出て行った。
全開になっている窓から生暖かい風を受け、トノヤはベッドへ倒れ込んだ。
集合に時間がかかると踏み、昼寝をすることにしたらしい。
その読みは正しく、結局ワッチが二人を見つけることが出来たのは日も完全に落ちきった後だった。

______________

2008/07/02 00:39 | Comments(0) | TrackBack() | ●浅葱の杖
浅葱の杖28/ファング(熊猫)
キャスト:トノヤ・ファング
NPC:ワッチ・月見・リア・セバス
場所:ヴァルカン/リア邸内
――――――――――――――――

「待てー★」
「うわァあああ!来るな来ないでほんとに来ないで!」

夕闇に沈む不気味な木立ちの中を全力で駆けながら、ファングはただひたすらに
叫んでいた。
後ろを振り返れば、一体なにがそんなに楽しいのか満面の笑みを浮かべた
少女が追ってきている。

「なして逃げるですかファング君!お話があるというに!」
「やだやだやだお前の場合話だけじゃ終わらないじゃん!」
「なにを根拠にそげな事ー!」
「両手わきわきさせつつ寄ってくれば一目瞭然だってー!」

とはいえ、二人の間には十分な距離がある。
どちらかというと疲労しているのは月見のほうで、ファングはというと
屋敷をぐるりと回って帰るルートを見出すくらいの余裕はあった。

しかし月見のことだから、あらゆる法則を無視して
追い付いてこないとも限らない。
結局、ファングにできることは全力で逃げるほかにないという事だ。

「ぅおげあ★」

奇妙な声と共に派手な音が背後からした。
足を止めてそちらに目をやると、月見は頭から枯葉の山に突っ込んで
動きを止めていた。
木の根にでもつまづいて、そのまま幹にでも頭をぶつけた、といったところか。
その横には見慣れた巨体がたたずんでいる。

思わずファングは歓声をあげてそちらに駆け寄った。

「ワッチ!助けに来てくれたの!?」
「いや…お前らを探しに来たんだけどよ」

見上げるほどの巨体と褐色の肌を持つその男――ワッチは、
困ったように頭を掻きながら枯葉の山から生えている足を見やった。

「杖の修理が終わったらしい。帰るぜ」
「え!?マジ!?」

ざざざざ、とその足をひっつかんで引き抜き、目を回している
月見を軽々と肩に担いでワッチが歩き出す。
ファングも意気揚々と後に続く。
墓場がある林を進みながら、ふと思い出して呟いた。

「そういや、月見の話ってなんだったのかな…」
「話?」
「うん、なんか話があるとかって。でも超あやしかったから
今まで逃げ回ってたんだけど、聞いてやりゃよかったな」

落ち着いてみれば、全力で逃げたのが馬鹿らしくて
笑いがこみ上げてくる。もっとも、実際に月見に捕まっていたら
笑い事ではすまなかっただろうが。

「あとで聞いてやれよな。大事な話かもしんないから」

ワッチの一言に、ファングは頷いて軽い口調で答えた。

「そだね」

・・・★・・・

「難産だったけど。まぁなんとか形になったわ」

応接室に入るなり、リアは腕を組んでそう言った。
目の前のテーブルには、どこで誂(あつら)えたか紙製の長細い箱が置いてある。
その隣には同じような箱がもう一つあったが、そちらはかなり小さいものだった。

「意外に早かったっすね」
二つの箱とリアの顔を交互に見ながら、ファングはソファに腰を下ろす。

「そうね。ほかの注文もそんなに入ってなかったし…それに
 月見ちゃんが手伝ってくれたしね」
「月見が?」
「ええ」

ファングの問いに簡潔に答え、全員が腰を下ろしたのを見計らって
リアは長細い箱の蓋を開けた。自然に皆が身を乗り出す。

「…すげ」
「いったん溶かしてから再成形したの。まったく元通り、
てわけにはいかなかったけど、まぁほぼ前と同じ状態のはずよ」

箱に入っていた布ごと、リアが剣を捧げ持つようにして取り出したのは、
間違いなく『浅葱の杖』だった。
テーブルに置かれたそれに、顔を近付ける。

澄んだ水がそのまま凝り固まったような、淡い色。
じっと見ているとふいに魚影を見いだせそうな気さえする。
ファングはリアに笑顔を向けると、ぺこりと頭を下げた。

「いや十分元通りっすよ!ありがとございます!」
「あと、これ」

正直、その礼すら彼女にとってはどうでもいいことのようだったが、
言葉を受け取るように頷いて、小さいほうの箱を開ける。
敷き詰められた綿の中から角の取れた長方形の薄いガラス片が出てくる。
ガラス片には革紐が通され、吊り下げられるようになっていた。

「ペンダント…?」
「ええ、菓子袋に残った遺産の欠片で作ったの」

ファングの目の前でふらふらと振り子のように軽く振って、また箱に戻す。

「洗浄したけど本体に入れるわけにはいかなかったし…でも
 捨てるのももったいないしね」

テーブルに横たわる遺産と、箱に納まったペンダントを見比べるが。

「俺にはどっちのガラスも変わりないように見えるっすけど」
「そうね。大抵の細かい不純物は燃え尽きて飛んでしまうから。でも
 ゴミには違いないし」

いまだ起きない月見がソファの上で寝返りを打つ。
聞こえてくる寝言のようなうわごとのような呟きを聞く限りでは、
やはり逃げたのは正解だったらしい。

「ガラスとしては最悪だけど、アクセサリーにはいいんじゃない」

そこで自分の仕事は終わりと言わんばかりに、リアは言葉を切る。
ファングは小さい箱を手元に寄せ、革紐をつまんで遺産の欠片を
目の前に吊り下げて――隣でふんぞりかえっているトノヤに差し出した。

「…いる?」
「は?」

あくまで喧嘩腰のトノヤは、寝起きのせいかいつにも増して機嫌が悪かった。

「なんでだよ」
「またガラス化したくないもん俺」
「俺だってやだし」

険悪になりそうな空気を割るようにして、それまで黙っていたワッチが口を挟む。

「でももう、あの神殿から出ちまえばそんな事なくなるんだろ?」

目の前にある遺産、『浅葱の杖』はそれを持つ者の欲望を食らい、
ガラス化させてしまう力を持っている。ワッチの言うとおり、
安置されていた神殿から運び出されてきた今では杖を触ってもなんの反応もないが、
半身をガラス化されたあの恐怖は、今思い出しても寒気がするほどだった。
できることならああいった経験は二度としたくないものだ。

「や…でもなんか。リアさんには悪いけど」

詫びながら、額を掻くようにしてバンダナに触れる。
トノヤは台詞とは裏腹に、ペンダントに少しばかり興味を持ったらしかった。
箱を手元に引き寄せ、革紐をつまんで疑うような目で透明な欠片を見ている。
もらっとけよ、とワッチが言うと、彼はばつが悪そうになにやら毒づいて
ペンダントを箱に戻した。

ファングはそこでリアのほうに向き直り、杖の入った箱を押し戻す。

「あとこれ…リアさん、持っててもらえないっすか」
「え!?」

ガラス職人は驚愕の声をあげて動きを止めた。普段からあまり
表情を変えない彼女の珍しい顔になんとなく罪悪感に近いような
ものを覚えながら、苦笑する。

「なんつーか、また割っちゃいそうで」
「それはそうだけど」

間髪入れずに同意して、リアは念を押すようにファングの顔を下から
覗き込んでくる。

「でも、お父さんの形見なわけでしょ?これ。いいの?」
「まぁ…形見っちゃ形見っすけど。正直、俺が持ってても…。むしろ、
リアさんが持っててくれてたほうが大事にしてくれそうじゃないっすか」
「…それは…まぁ、そりゃあ大事にするけど…」

まさか依頼品をそのまま渡されるとは思っていなかったのだろう、
困惑したように頬に手をあてながら、リア。

一瞬黙り込んだ彼女の目を盗み、ファングはさっと周囲を見渡した。

ワッチは特に驚いたような顔を見せていなかったが、彼もファングと
同じように物にはあまり執着がないのか、じっと座ってただ事の成り行きを
見守っている。
月見はというと静かになってしまった室内で声を出すタイミングを逃したらしく、
ようやく目にした遺産を前になにか落ち着かないそぶりを見せていた。
窓のほうへ顔を向けているトノヤは論外だが、まったく話を聞いていないと
いうわけではなさそうだった。

独断で言ってしまったが、どうやら異論はないようでファングは内心
胸を撫で下ろした。

「俺は…どうでもいいんすよ。別に。宝が欲しいんじゃなくて、ただ
 見つけたいってだけなんすよ。しかも、親父のその形見ってこの世界中に
 まだたくさんあるはずだし。親父もまさか俺にそれを全部管理してもらおう
 なんて思ってるわけじゃなかったと思う…んです」

それはリアを説得する文句というより、ファングなりの自己分析と
父に対する想いだった。

「本当はちゃんと全部保存して…もしかしたらどこかに寄贈しなくちゃ
 いけないものもあるかもしれない。
 けど俺、トレジャーハンターだから。探すしか脳がなくて」

そして、軽い自嘲。

笑うように息を吐いて言葉を切ると、リアはふっと口を緩めて頷いた。

「――わかったわ。大丈夫、きっと大切に保管しとく」

――――――――――――――――

2008/07/02 19:00 | Comments(0) | TrackBack() | ●浅葱の杖
浅葱の杖29/トノヤ(アキョ)
キャスト:トノヤ・ファング
NPC:ワッチ・月見
場所:ヴァルカン/郊外
___________________

「んあぁあああ!っと」

盛大な伸びをかまし、トノヤは馬車から飛び降りた。
後ろからノロノロとファングも出てきた。
先に降りていたワッチは屈伸をして固まった身体をほぐしている。

「いやぁ…またこの骨馬車にお世話になるとは……」

気持ちぐったりとしたファングが振り返った先には古びた小さな馬車。
馬車自体はそこいらの物とは特に大差はない。ただ一つ違うとすれば、
車を引く馬が存在せず、車体の中心から伸びたロープの先に繋がれているのは、
白い鳥。
いや、皮も肉も羽根も何処へ置いてきたのか骨のみの鳥だった。

「なかなか空飛ぶ馬車なんて乗れないよな。まあ、乗り心地は別として、うん」
「ワッチ、狭すぎてずっと身体折れ曲がってたしね」

薄暗い月明かりに慣れてきた目を回りにやると、今居る場所はヴァルカン郊外の
小さな街道のようだ。
ぽつぽつと民家が並んでいる。
そろそろ空も白んできそうな遅い時間なので光の点いている家はない。

「さて、お宝も治ったことだし、これk……」
「ちょっとーーー!!お待ちくだされぇええ!何か!何か大事なことをお忘れではありませんかい!?」
『あ』

ファングの台詞を遮り、馬車の中からうぞうぞとみの虫のように出てきたのは、簀巻にされたスケミだった。
狭い空間でセクハラの限りを尽くそうと命を燃やしていたので、ぐるぐる巻きにして荷台に置いておいたのをすっかり忘れていた。
ワッチが急いでほどきにかかる。

「あっ、そ、そこはもう少し、やさし…あっ」
「変な声を出すんじゃなーい!ほどいてやらないぞ!」
「ぐえぇぇえ、締まってますぞ…!キまってますってオヤジ殿……!!!」

日課の筋トレより疲れた…と、ぼやきながらワッチが戻ってきた。
月見は何やらヨロヨロしているが、誰も気にしている様子はなかった。

「で?これからどーすんだ?」

街道わきの丸太で組まれた柵にだらしなく座るトノヤが眠そうに言った。

「オイラはここでお別れ、だな」
「ワッチ……」

ワッチは爽やかに笑って3人を見回した。
荷物を背負いなおし、ンルディを両手で正面に持つ。
七色に光らずともンルディは静かに月の光をキラキラと反射している。
それを満足そうに眺め、背中へ納めた。

「報酬は先にもらってるし。楽しかったぜ。こんなハチャメチャなパーティそうそうないからな」
「助かったよホント。ワッチのお陰で杖も無事に…ってわけには行かなかったけど、結果的にちゃんと手に入った」
「ファングはこの先もお宝探しに行くんだろ?」
「ああ、親父なんかには絶対ェ負けない!」
「ははは、なんだか、めっちゃ不安だけど、頑張れよ」

子供をあやすようにファングの頭に手をやり、わしわしとかき回した。
くすぐったそうに、照れくさそうにファングは口を尖らせて髪を直すと、仕切り直してワッチに手を突き出した。
ワッチは嬉しそうにファングの手をしっかり握りしめる。
力強い、というか強過ぎるワッチの握力に少し苦笑を漏らしてファングは改めて礼を言い、手を離した。

「ああああ!ずるいですぞ!ボクもいっしょにレッツザニギニギ☆シェイクザハァーn……およ?」

いつもの調子で避けられるかカウンターを喰らうと思っていた月見は、予想外の感触に変な声を出してしまった。
嫌そぉ~な引きつる顔を隠しきれてはいなかったがワッチは、はっはっは、と笑いながら月見に抱きつかれていた。


「まあ、最後ぐらい、う…うん。まあ、サービス、だぜ」
「オ、オ、オヤジ殿ぉおおお!!いや、ワッチん~~~!!!!」
「や、やっぱりキモイ!!!」

ボカッ

「ぎゃふん☆これも…愛ッ!」

ズシン
結局地面に沈むことになった月見。
はぁはぁと、荒い息で鳥肌のたった自分の腕を掴むワッチ。
そして、柵の上で器用に居眠りをしているトノヤを見やる。
軽くため息をつき、声をかけた。

「少年、おーい。トノヤ!」
「んあ?あ、ああ、起きてる、起きてるって。ん?おう。で、何食べる?おれは別にコンビニ弁当でも…」
「完全に寝ぼけてるじゃないか!少年!ああ、落ちるってあぶな!」

急に身体を起こしたせいで後ろに倒れそうになったトノヤをワッチは慌てて掴んだ。
そこでやっと現実へ戻ってきたトノヤは体大欠伸をしながら体制を整えた。

「はー……。少年、オイラはここでお別れだから。元気でな」
「ああ、じゃあな」

ポケットへ手を突っ込んだまま、ニヤリと口の端をあげて、一言。

「ちょ、ええええ!そんだけ!?」

あまりの素っ気なさについファングが突っ込む。
ワッチは疲れたように、ははは、と苦い笑いを漏らすしかなかった。

「もうちょっと、こう、なんかあるだろトノヤ!!ワッチにはそうとうお世話になったじゃん!」
「るせぇな、苦手なんだよ、こういう別れとか湿っぽいの」
「それにしたって……あー、もう。なんだかなぁ」
「ははは、良いよファング。じゃあ、ホントに行くよ。少年もあんまりファングをいじめるなよ」

じゃ!と、片手をあげてワッチは歩き出す。

「ワッチ!!」
「!」

ワッチは振り返ると同時に、飛んできた何かを掴んだ。
手の中身を確認すると驚いたように目を見開き、自分を呼んだ、それを投げてきたファングの顔を見た。

「これ…」
「ホント、ワッチにはお世話になったから。さ!」
「報酬はもう…」
「いーのいーの!今回はワッチのおかげで成功したようなもんだしね!」
「じゃあ、有難く頂いておくよ。サンキュ!みんな元気でな!」

最高に爽やかな笑顔で手を振り、ワッチは再び歩き出した。


「良いのか」
「なにが?」
「ここの通貨は良くわからないが、オマエの財布がスッカラカンなのはわかるぞ」
「う、いいの!なんでトノヤはそういうとこだけ目敏いんだよ…」

ファングとトノヤは沈んだままの月見を振り返った。
ずっと静かだったので意識がまだないのかと思ったが、うつぶせのまま顔はあげていた。

ワッチの小さくなった背中を眺めて少し涙目になっているのは気のせいだろうか。
二人が見ているのに気付くと、慌てて立ち上がる。
そして、月見は少し改まったように口を開いた。

「じゃあ、そろそろボクは屋敷に戻る事にしまっす★」
『はぁ!?』

静かな夜道に二人の叫び声がこだました。
_________

2008/07/13 01:07 | Comments(0) | TrackBack() | ●浅葱の杖
浅葱の杖30/ファング(熊猫)
キャスト:トノヤ・ファング
NPC:ワッチ・月見
場所:ヴァルカン/路上
――――――――――――――――

骨だけの鳥はおとなしく羽をたたんで路上に佇んでいる。
薄青い夜明けの静かな空気の中にあるそれは不気味としか言いようがなかったが、
特に危害を加えてくるでもないのでファングはできるだけそちらを
見ないように勤めた。

唖然としているファングとトノヤに、月見はあとを続けた。

「…リアさんが、アテがないなら屋敷で働けばって言ってくれたんです。
あのスーパーセクシーダイナマイツが」
「お前、なんで普通に喋れないの…?」

恐怖すら覚えて、ファングはつぶやいた。
彼女はいうと、今までに見せたことのないほど深刻な顔で言葉を続けている。

「いやね、なんとここは異世界とも繋がることがあるんですってよ奥さん!
だから、そこに居ればいつか帰れるかも★と思って!」

暗い雰囲気をぱっと変えてまくしたてる月見の突拍子もない申し出を聞きながら、
ファングはぼんやりと思い出していた。

月見はそれこそ唐突に目の前に現れた。きけばこの世界とは全く異なる場所から
"飛ばされてきた"のだと言う。
ファングはそれを100%信じているわけでもないが、月見の言動は
「こいつは自分とは違う人種だな」と思わせるには十分すぎるくらいで、
そのあたりからすれば確かに彼女は異世界の人間に違いなかったのだが。

「…あー」
「アラッ★なんすかその平坦なリアクション!」
「いや…お前の口から出た言葉で一番納得できる言葉が
異世界がらみなんて…と思ったらなんかしみじみきちゃって」

果てのない徒労感に打ちひしがれ、ファングもまたトノヤが寄りかかっている
柵を手探りで見つけ、よじ登って腰を下ろす。
月見に関する事情を詳しく教えられていないトノヤは、あくび交じりで
薄い色の月を眺めていた。

「確かにしみじみベクトルっすなぁ!だけどホラ、出会いあれば別れあり、
エロ本見つかり涙あれば一人妄想にふけっての笑いありですよ!」
「なんかこう、そんだけ話しておいて会話が成立してるようで
してないってのは凄いと思う」

さきほどまで涙すら見せていたとは思えないほど、月見の笑顔は清々しい。

「てなわけで、ご理解頂けましたでしょーかッ★」
「言ってる事はさっぱりだけど、つまりはあそこに残るってことだよね?」

言うと、月見は勢いよく首を縦に振った。
そしていつものようにばたばたと必要以上に近づいてくる。

「だもんで、副将軍トノヤんとバンダナボーイファング君とは…お別れ…ッ」
「あー泣くなよ!なんだよお前実は女の子じゃん!」
「気持ちはわかるがおかしいだろ、それ」

トノヤのツッコミ(寝言かもしれないが)は無視して、急に泣き出した月見を
持て余し、ファングは無意味に手など伸ばしながら柵から降りた。

「泣くなって。なんだかよくわかんないけど、たぶん楽しかったから、だから
…えーと…泣くなって」

自分でもよくわからない慰めは、当然のことながら効果がなかった。
それでも月見はなんとか泣き止もうと涙を拭いている。

「月見、もしお前が帰れなくても…いつかまたリアさんちに会い行くからさ。な?」

両膝に手をついて、月見の顔を覗き込む――と、いきなり月見はがばりと
こちらの首に腕を巻きつかせ、さらに本格的に寝ていたトノヤも同じようにして
柵から引きずり下ろした。二人の喉から同時に悲鳴が漏れる。

『ぎゃあああああ!』
「うわああんお前ら大好きだこんちくしょー!」
「痛いってば!なんなの!お前テンションのムラありすぎだよ!」
「コンビニ…!」
「トノヤお前はいいかげん起きろ!」

沈むように路上に倒れこみ、全力で叫びながら、ファングはめまぐるしく揺れる
視界の中で静かに消えていく浅葱色の月を見た。

・・・★・・・

「で?」
「で…?」

空飛ぶ馬車が夜明けの空に消えたのを見送って、どこかぼろぼろになった
ファングとトノヤは、二人で疑問符を投げ合った。

「どうすんの」
「あー…」

ファングが再度尋ねると、トノヤは面倒だといわんばかりに意味もなく
伸びをしてから、これ以上ないほど淡白に一言で答えてくる。

「暇」
「なにそれ!わけわかんないよ」

笑いながら、路上に放りっぱなしだったザックを手に取る。
サイドポケットから紙製の小さい箱を取り出し、蓋を開けると、
そこには陽光を受けて淡い色を放つ遺産の欠片が収めてあった。

それを手に取り――軽く勢いをつけてトノヤに放ってやる。

「?」

顔をしかめながらもそれを受け取るのを見て、ゆっくり進む。

「行こっか。俺も暇だし」

返事はなかったが、黙って横に並ぶトノヤの肩を軽く小突くと、
ファングはいつもどおりの速さで歩き始めた。

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2008/07/13 01:08 | Comments(0) | TrackBack() | ●浅葱の杖

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