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PC イートン ニーツ 八重
場所 メイルーン市長邸地下牢
NPC (ナスビ) クーロン
---------------------------------------------------
「お前はいつもいつもいつも本の扱いが荒すぎるんじゃー!!」
床にたたきつけた本から飛び出してくるなり、クーロンは怒鳴り声を張り上げた。
それを見たイートンは腰を抜かし、…その前に、耳を塞ぎ…、驚いて、体長十センチほどのそのホログラフィを見つめた。
鎖のついた丸い眼鏡の奥の瞳は、鋭くきらりと光っている。そしてその黒髪から飛び出している耳は、ニーツのそれと同じようにぴんと尖っていた。
「もしかして…、魔族、ですか?」
「ああ、お前はこいつを見るのは初めてだったな」
ニーツがふんと鼻を鳴らしそうな顔で言う。
「こいつは、魔界図書館の司書の一人だ。通称クーロン」
「魔界図書館…」
イートンはごくりと唾を飲み込んだ。ニーツの話から、ある程度察しはついていたが、本物の魔界図書館司書に会うのは初めてだ。その前に、ついこの間まで、イートンは魔界に図書館が存在するということも知らなかった。
(そういえば、この姿にも、どことなく威厳が感じられるような…)
「ニーツ!!」
しかし、その思いはクーロンががみがみどなる声であっさりとかき消された。
「お前はどうしてそう、本の扱いが荒いんじゃ!!今日こそ、今日こそ、反省作文を書いてもらうぞ!!」
「あいかわらず煩いジジイだな。こうやるのがお前を呼ぶ一番手っ取り早い方法なんだよ」
「そんなことをしないで<召喚術>!召喚魔法を使え!!お前なら簡単に出来るじゃろうに!!」
「何言ってる。ここには召喚術をするだけの道具がないだろう。第一、そんなことをしたら、ホログラフィじゃなくお前本人が出てきて厄介だ」
「きいーっ!!」
ホログラフィのクーロンは地団太を踏む。
「全く!このワシが本体なら!お前など、正座三時間の作文十枚じゃ!!」
「ふん、複製の本のためにそんなことをする義理はないな」
「あのう…、ニーツ君」
イートンがおずおずと質問する。
「その…、<召喚術>って、一体何です?」
「何だ、知らないのか、イートン?」
ニーツが意外そうな顔をして言う。
「お前は結構人間の中では博識なほうだと思ってはいたが」
「すいません…、僕、魔術関係の知識はさっぱりで…、古代史なんかは得意なんですけどね」
「私も知らないな」
クーロンが現れて以来、黙っていた八重も口を開いた。
「私も、魔力を持たないせいか、どうも魔術関係にはうとくてね。その、<召喚術>とはどういうものなんだ?」
「まあ、カンタンに言えば、この世界に魔族を呼び出す術が<召喚術>だ」
ニーツが言う。
「俺がこれから借りようと思っているのはその<召喚術>についての本だ。クーロン、たしか、<召喚術体系>という本が図書館にあったはずだろう?それを借りたい」
「ほぉほぉほぉ、本を乱暴に扱ったあげく、アンタはまーた本が借りたいと?」
クーロンがあきらかに小バカにしたような顔でニーツを見る。
「それでワシが素直にはいどうぞ、とでも言って貸すと、アンタは思ってるのかえ?」
「勘違いするな。別に俺が借りるわけじゃない」
ニーツは至極冷静に言う。
「本を借りるのは、八重だ」
いきなりニーツの口から自分の名が出てきたことに驚いて、八重は思わずニーツの顔を見つめた。
「ニーツ、どういうことだ?」
「お前も聞いただろう。俺はこれ以上このジジイから本を貸してもらえそうもない。だから、お前がこいつから本を借りるんだ。それなら文句ないだろう、クーロン?」
「ふん、こじつけだな」
クーロンはふんっと鼻を鳴らす。
「大体、お前、ただの人間じゃろう?ただの人間に本を貸すのは好かんな」
「ただの人間というわけでもないな」
ニーツが意味ありげに笑って言う。
「そいつは<ルナシー>という人間でな。月から呪いを受けているんだ」
その言葉にクーロンの片眉がぴくっと上がる。
「…ほぉ、<ルナシー>ねぇ」
クーロンは、丸眼鏡の奥から、値踏みするように八重の全身を眺め回す。
「月に呪いを受けた人間か…。噂には聞いていたが、本物を見るのは初めてじゃな。しかし、八重といったな。お前が<ルナシー>であるという証拠はあるのか?」
「…在ったらどうするんだ?」
「そうじゃな…、今回だけは特別に本を貸してやっても良いぞ。お前が<ルナシー>なら、その本が必要な理由も分かる気がするからのう…」
「それは、どういう意味だ?」
しかし、クーロンはそれには答えず、黒い瞳で八重を見つめた。
「お前、証拠を見せるのか?見せんのか?」
「…」
無言で八重は握った拳に力を圧縮させた。紫色の光が拳を包む。
「<ルナ>」
どごおおおんという音と共に、拳を突き立てられた牢の床は、拳大の穴が開いた。
「…<ルナシー>の力、<ルナ>だ。それとも私が変身する姿を見たいか?」
「いや、これで結構」
クーロンはすうっと手を前に出した。
「約束通り、本を貸してやろう」
PC イートン ニーツ 八重
場所 メイルーン市長邸地下牢
NPC (ナスビ) クーロン
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「お前はいつもいつもいつも本の扱いが荒すぎるんじゃー!!」
床にたたきつけた本から飛び出してくるなり、クーロンは怒鳴り声を張り上げた。
それを見たイートンは腰を抜かし、…その前に、耳を塞ぎ…、驚いて、体長十センチほどのそのホログラフィを見つめた。
鎖のついた丸い眼鏡の奥の瞳は、鋭くきらりと光っている。そしてその黒髪から飛び出している耳は、ニーツのそれと同じようにぴんと尖っていた。
「もしかして…、魔族、ですか?」
「ああ、お前はこいつを見るのは初めてだったな」
ニーツがふんと鼻を鳴らしそうな顔で言う。
「こいつは、魔界図書館の司書の一人だ。通称クーロン」
「魔界図書館…」
イートンはごくりと唾を飲み込んだ。ニーツの話から、ある程度察しはついていたが、本物の魔界図書館司書に会うのは初めてだ。その前に、ついこの間まで、イートンは魔界に図書館が存在するということも知らなかった。
(そういえば、この姿にも、どことなく威厳が感じられるような…)
「ニーツ!!」
しかし、その思いはクーロンががみがみどなる声であっさりとかき消された。
「お前はどうしてそう、本の扱いが荒いんじゃ!!今日こそ、今日こそ、反省作文を書いてもらうぞ!!」
「あいかわらず煩いジジイだな。こうやるのがお前を呼ぶ一番手っ取り早い方法なんだよ」
「そんなことをしないで<召喚術>!召喚魔法を使え!!お前なら簡単に出来るじゃろうに!!」
「何言ってる。ここには召喚術をするだけの道具がないだろう。第一、そんなことをしたら、ホログラフィじゃなくお前本人が出てきて厄介だ」
「きいーっ!!」
ホログラフィのクーロンは地団太を踏む。
「全く!このワシが本体なら!お前など、正座三時間の作文十枚じゃ!!」
「ふん、複製の本のためにそんなことをする義理はないな」
「あのう…、ニーツ君」
イートンがおずおずと質問する。
「その…、<召喚術>って、一体何です?」
「何だ、知らないのか、イートン?」
ニーツが意外そうな顔をして言う。
「お前は結構人間の中では博識なほうだと思ってはいたが」
「すいません…、僕、魔術関係の知識はさっぱりで…、古代史なんかは得意なんですけどね」
「私も知らないな」
クーロンが現れて以来、黙っていた八重も口を開いた。
「私も、魔力を持たないせいか、どうも魔術関係にはうとくてね。その、<召喚術>とはどういうものなんだ?」
「まあ、カンタンに言えば、この世界に魔族を呼び出す術が<召喚術>だ」
ニーツが言う。
「俺がこれから借りようと思っているのはその<召喚術>についての本だ。クーロン、たしか、<召喚術体系>という本が図書館にあったはずだろう?それを借りたい」
「ほぉほぉほぉ、本を乱暴に扱ったあげく、アンタはまーた本が借りたいと?」
クーロンがあきらかに小バカにしたような顔でニーツを見る。
「それでワシが素直にはいどうぞ、とでも言って貸すと、アンタは思ってるのかえ?」
「勘違いするな。別に俺が借りるわけじゃない」
ニーツは至極冷静に言う。
「本を借りるのは、八重だ」
いきなりニーツの口から自分の名が出てきたことに驚いて、八重は思わずニーツの顔を見つめた。
「ニーツ、どういうことだ?」
「お前も聞いただろう。俺はこれ以上このジジイから本を貸してもらえそうもない。だから、お前がこいつから本を借りるんだ。それなら文句ないだろう、クーロン?」
「ふん、こじつけだな」
クーロンはふんっと鼻を鳴らす。
「大体、お前、ただの人間じゃろう?ただの人間に本を貸すのは好かんな」
「ただの人間というわけでもないな」
ニーツが意味ありげに笑って言う。
「そいつは<ルナシー>という人間でな。月から呪いを受けているんだ」
その言葉にクーロンの片眉がぴくっと上がる。
「…ほぉ、<ルナシー>ねぇ」
クーロンは、丸眼鏡の奥から、値踏みするように八重の全身を眺め回す。
「月に呪いを受けた人間か…。噂には聞いていたが、本物を見るのは初めてじゃな。しかし、八重といったな。お前が<ルナシー>であるという証拠はあるのか?」
「…在ったらどうするんだ?」
「そうじゃな…、今回だけは特別に本を貸してやっても良いぞ。お前が<ルナシー>なら、その本が必要な理由も分かる気がするからのう…」
「それは、どういう意味だ?」
しかし、クーロンはそれには答えず、黒い瞳で八重を見つめた。
「お前、証拠を見せるのか?見せんのか?」
「…」
無言で八重は握った拳に力を圧縮させた。紫色の光が拳を包む。
「<ルナ>」
どごおおおんという音と共に、拳を突き立てられた牢の床は、拳大の穴が開いた。
「…<ルナシー>の力、<ルナ>だ。それとも私が変身する姿を見たいか?」
「いや、これで結構」
クーロンはすうっと手を前に出した。
「約束通り、本を貸してやろう」
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PC イートン ニーツ 八重
場所 メイルーン市長邸地下牢
NPC (ナスビ) クーロン
---------------------------------------------------
それは分厚い、古い本だった。表紙にはなにやら複雑そうな魔方陣の図が描かれている。
ニーツは、黙ってその本のページを繰った。
「うわあ…」
中を覗いたイートンは、思わず声を上げた。中は、小さい文字でびっしりと説明が書き込まれている。時々図も描いてあるが、それは魔方陣の図や、なかには、魔族が人を食らう図など、恐ろしい図も描かれてあった。
「召喚魔法は、直接魔族と対峙して交渉する儀式だからな。最悪の場合、呼び出した魔族に喰われる危険をも伴っている」
「そうなんですか…?」
「しかし、世の中には変な人間がいてな、その行為を<悪用>したヤツがいる」
「<悪用>って…、どういうことです?」
「…あった、このページだ」
ほの暗い図書館で、人間が魔族をどのように使うのか、ふと気になって、気まぐれに開いた本、<召喚術体系>。その中で、ふと、自分の興味を引いたページが、こんな場所、こんなところで役に立つとは、ニーツは思いもしなかった。ニーツは、声に出して読み始める。
「魔族を召喚した際と、魔族との交渉に失敗した際、召喚した人間には以下のようなことが起こりうる危険性がある。一つ、その魔族に喰われる。二つ、魔界に引きずり込まれる。三つ、その魔族の全部、あるいは一部が召喚した人間の体に融合する。…ここは基本だな。ここじゃなく、このもっと下、…ここだ」
ニーツの言葉に、イートンと八重の体に緊張が走る。
「魔族が人間に融合した場合。その人間は、魔族と融合した分だけ、魔の力に支配される。主な特徴として、凶暴化、異形の姿に変身することなどがある。殊に、満月の夜は魔の力が増幅するため、どんなに軽症のものでも、そのものの凶暴化や、異形化は避けられない定めとなろう」
「これは…っ、<ルナシー>の症状と同じじゃないか!」
八重が、そう言って、いきおいよく身を乗り出した。
「凶暴化…、異形化…、<ルナシー>とは、<魔族と融合した人間>のことをいうのか!?そうなのか!ニーツ!」
「落ち着け、八重とやら」
そう言って八重をたしなめたのは、他でもない、クーロンだった。
「お前は、早合点しすぎる傾向があるようだな。情報を知りたいなら、もっと慎重に構えたらどうだ」
「…っ」
…十年だぞ、十年何も掴めなかったんだ。
その言葉が喉まで出掛かった。が、そんなことを他人にぶつけた所で何になるというのだろう。何にせよ、クーロンに戒められたことは的を得ている。
「…先があるんだろう?ニーツ、続けてくれ」
はぁ…、と息をつくと八重は肩を落とし、床に座った。ニーツは、そんな八重にじぃっとした視線を向けた後、無言で先を読み始めた。
「…普通、これは厄災であり、一種の病としてみなされる。だが、中には、魔族と融合することにより、その人間が強力な魔力をもち、強靭な体になるというところに着眼し、積極的に魔族と人間との融合を研究した、極めて稀な人物もいる」
「極めて稀な人物…?」
不思議そうに、そう呟いたイートンは、突然はっとした。
「もしかして…、もしかして、そういうことなんですか…!ニーツ君…?」
「イートン、何がだ?」
焦る八重と、身を乗り出すイートンをニーツは目で静止すると、読み始めた。「その人物は、独自の研究の結果、魔族と人間を融合することで、新たな生物を作り出すことに成功した。その人物の名は、ドクター<レン>…」
「ドクター<レン>…?」
「そうだろう?ナスビ?」
ニーツは、そう言ってナスビをじろっと睨んだ。
「そいつがお前の生みの親の名だな?」
『…軽々しく、その名を口にするな』
ナスビはニーツを横目で睨みつけた。
『我がマスター、ドクター<レン>を侮辱するものは許さんぞ』
PC イートン ニーツ 八重
場所 メイルーン市長邸地下牢
NPC (ナスビ) クーロン
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それは分厚い、古い本だった。表紙にはなにやら複雑そうな魔方陣の図が描かれている。
ニーツは、黙ってその本のページを繰った。
「うわあ…」
中を覗いたイートンは、思わず声を上げた。中は、小さい文字でびっしりと説明が書き込まれている。時々図も描いてあるが、それは魔方陣の図や、なかには、魔族が人を食らう図など、恐ろしい図も描かれてあった。
「召喚魔法は、直接魔族と対峙して交渉する儀式だからな。最悪の場合、呼び出した魔族に喰われる危険をも伴っている」
「そうなんですか…?」
「しかし、世の中には変な人間がいてな、その行為を<悪用>したヤツがいる」
「<悪用>って…、どういうことです?」
「…あった、このページだ」
ほの暗い図書館で、人間が魔族をどのように使うのか、ふと気になって、気まぐれに開いた本、<召喚術体系>。その中で、ふと、自分の興味を引いたページが、こんな場所、こんなところで役に立つとは、ニーツは思いもしなかった。ニーツは、声に出して読み始める。
「魔族を召喚した際と、魔族との交渉に失敗した際、召喚した人間には以下のようなことが起こりうる危険性がある。一つ、その魔族に喰われる。二つ、魔界に引きずり込まれる。三つ、その魔族の全部、あるいは一部が召喚した人間の体に融合する。…ここは基本だな。ここじゃなく、このもっと下、…ここだ」
ニーツの言葉に、イートンと八重の体に緊張が走る。
「魔族が人間に融合した場合。その人間は、魔族と融合した分だけ、魔の力に支配される。主な特徴として、凶暴化、異形の姿に変身することなどがある。殊に、満月の夜は魔の力が増幅するため、どんなに軽症のものでも、そのものの凶暴化や、異形化は避けられない定めとなろう」
「これは…っ、<ルナシー>の症状と同じじゃないか!」
八重が、そう言って、いきおいよく身を乗り出した。
「凶暴化…、異形化…、<ルナシー>とは、<魔族と融合した人間>のことをいうのか!?そうなのか!ニーツ!」
「落ち着け、八重とやら」
そう言って八重をたしなめたのは、他でもない、クーロンだった。
「お前は、早合点しすぎる傾向があるようだな。情報を知りたいなら、もっと慎重に構えたらどうだ」
「…っ」
…十年だぞ、十年何も掴めなかったんだ。
その言葉が喉まで出掛かった。が、そんなことを他人にぶつけた所で何になるというのだろう。何にせよ、クーロンに戒められたことは的を得ている。
「…先があるんだろう?ニーツ、続けてくれ」
はぁ…、と息をつくと八重は肩を落とし、床に座った。ニーツは、そんな八重にじぃっとした視線を向けた後、無言で先を読み始めた。
「…普通、これは厄災であり、一種の病としてみなされる。だが、中には、魔族と融合することにより、その人間が強力な魔力をもち、強靭な体になるというところに着眼し、積極的に魔族と人間との融合を研究した、極めて稀な人物もいる」
「極めて稀な人物…?」
不思議そうに、そう呟いたイートンは、突然はっとした。
「もしかして…、もしかして、そういうことなんですか…!ニーツ君…?」
「イートン、何がだ?」
焦る八重と、身を乗り出すイートンをニーツは目で静止すると、読み始めた。「その人物は、独自の研究の結果、魔族と人間を融合することで、新たな生物を作り出すことに成功した。その人物の名は、ドクター<レン>…」
「ドクター<レン>…?」
「そうだろう?ナスビ?」
ニーツは、そう言ってナスビをじろっと睨んだ。
「そいつがお前の生みの親の名だな?」
『…軽々しく、その名を口にするな』
ナスビはニーツを横目で睨みつけた。
『我がマスター、ドクター<レン>を侮辱するものは許さんぞ』
--------------------------------------------------------
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン 市長邸
NPC ナスビ・クーロン
---------------------------------------------------
「…マスター、ですか」
『左様。ドクター<レン>は、我がマスターであり、ヴェルンを発展せしめた偉大なる人物である。お前ごときに、軽々しく呼ばれる道理はフギャ…!』
「で、そのドクター<レン>なんだが…」
胸を大きく張って―いるつもりなのだろう―言うナスビを再び踏みつけながら、ニーツが淡々と言葉を続ける。
「コイツがまた…」
『コイツとは何だ!コイツとは!お前などとは格が違う…!』
「はいはい、ナスビちゃん。相手にしてもらえなくて寂しいんですね。…貴方も、満月の夜には凶暴化するのですか?」
イタチゴッコになりかけた二人の会話を、慌ててイートンが遮る。そのイートンの言葉に、八重は思わず、頭の中で想像してしまった。
―満月の夜、辺りの人間を喰らいながら、暴れ回る二羽の兎の怪物…
(できれば、勘弁して貰いたいな…)
思わず自分でそう突っ込んでしまうほど悲しい想像を、八重は無理矢理追い払った。それにかぶるように、ナスビが答える。
『否。我輩はそのような事はせぬ。我輩は、我輩の元の姿に戻るのみよ。無論、力もな。
暴走せぬ、魔族との融合。それこそ、我がマスターの最終目的。我輩は強力すぎてこのような器に封印されることとなったが…
魔族よ、マスターの偉大さが、解ったか!』
「やはり愚か者だな。そいつは」
得意満面の口調で言い切ったナスビの言葉を、しかしニーツは冷淡に切り捨てた。
『な…何…!?』
「そもそも、魔族を召還して、自分の力にしようと言う考え方が好かないな。弱い人間が、強さを求めてなんになる?魔族の力を手に入れて、ヴェルンはどうなった?何をした?
戦争。侵略。そして、最終的には、自ら滅んでいるじゃないか。他力本願な考え方をして、残ったのはお前と、八重や市長のような『化け物』のみではないか」
「化け物は無いんじゃないのか?ニーツ」
「否定出来るのか?」
呆れて言葉を挟んだ八重だったが、ニーツに即答され、肩を竦めて黙り込んだ。
「まあ、そう言う事じゃな。不相応な力を求めるもんじゃない、と言うことだ。おおと、其処な木兎。こやつに手を出そうと考えない事じゃ。倍返しでは済まされんぞ?」
クーロンの言葉に、ニーツに対して臨戦態勢に入っていたナスビは、グッと力の開放を押しとどめた。
「コイツはワシの孫娘みたいなものでな。性格はよおく解っておる。あまり怒らせると、この街が吹き飛ぶぞ」
「孫…”娘”?」
「言葉のあやだ。気にするな。クーロン、あまりふざけたこと言っていると、本当にこの街を吹き飛ばすぞ?」
「ああぁぁ!!それは止めて下さいぃぃぃ!!!」
ニーツとクーロンのお茶目な言い合いに、涙目でイートンが声を上げる。
だが、クーロンはしれっと言い放った。
「ワシは別に構わんがな」
「僕は困りますぅぅぅ…!!」
「まあ、冗談はこれくらいにして…」
「冗談なんですかぁぁ!!??」
「当たり前だろう。さて、話がずれた。本題に戻すぞ」
あくまで冷静にそう切り返すニーツに、イートンは思わず脱力した。
(うぅぅ…魔族って、解らない…)
思い悩むイートンを余所に、話はどんどんと進んでいく。
「先程もちらりと言ったとは思うが、市長は、ドクター<レン>の失敗作である可能性が高い」
「…そうはいっても、ニーツ。そのドクター<レン>は、千年も前の人物なのだろう?」
「ああ、そうだ。だが、八重。もしその召還術で融合した魔族が、その融合させられた人間の”血”に欠片を自らの”血”を残していたとしたら?」
「……」
「市長の血脈の中には、確実に魔族の血脈も宿っている。魔族は融合したまま、代々伝えられてきた。
最も、それが具現するのは、何代…いや、何百代に一人なんだろうけどな。例え親がまともな人間であろうとも、その血の中には、確実に狂気が潜んでいるんだ」
ニーツの説明に、八重は小さく息をついた。
ずっと探し続けていた答えが、ようやく姿を見せ始めたのだ。
「市長の中では、いくつもの魂が溶け合っているんだろう」
「…私も、そうなんだろうか…」
「多分な。ティターニアが言っていた、千年前のお前…それは多分、お前の先祖か…」
「でも、彼女は間違いなく八重さん本人だといっていましたよ?」
精霊の森。
ついこの前のことなのに、遠い昔の記憶を探るように、イートンは王妃ティターニアの言葉を口にする。
だがニーツは、軽く肩を竦めただけだった。
「融合した魔族によっては、千年程生きることも可能かもしれないからな。ひょっとしたら、ティターニアの言った通り、八重自身だったのかもしれない。まあ、それは八重が記憶を取り戻さない限り、解らないことだ。だが市長は、この街で生まれ、この街で育った。過去を知っているものがいる。そうだろう?イートン」
「はい…」
「だったら、そう考えるのが普通だろうな…」
そこで、ニーツは小さく息を吐いて、言葉を切った。
数瞬の沈黙。
それを破るように、イートンが口を開く。
「それで…」
「ああ。それで、市長の中の魔族、その融合を解く方法なんだが…」
イートンの問いかけを含んだ言葉に、ニーツは、本を捲った。
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン 市長邸
NPC ナスビ・クーロン
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「…マスター、ですか」
『左様。ドクター<レン>は、我がマスターであり、ヴェルンを発展せしめた偉大なる人物である。お前ごときに、軽々しく呼ばれる道理はフギャ…!』
「で、そのドクター<レン>なんだが…」
胸を大きく張って―いるつもりなのだろう―言うナスビを再び踏みつけながら、ニーツが淡々と言葉を続ける。
「コイツがまた…」
『コイツとは何だ!コイツとは!お前などとは格が違う…!』
「はいはい、ナスビちゃん。相手にしてもらえなくて寂しいんですね。…貴方も、満月の夜には凶暴化するのですか?」
イタチゴッコになりかけた二人の会話を、慌ててイートンが遮る。そのイートンの言葉に、八重は思わず、頭の中で想像してしまった。
―満月の夜、辺りの人間を喰らいながら、暴れ回る二羽の兎の怪物…
(できれば、勘弁して貰いたいな…)
思わず自分でそう突っ込んでしまうほど悲しい想像を、八重は無理矢理追い払った。それにかぶるように、ナスビが答える。
『否。我輩はそのような事はせぬ。我輩は、我輩の元の姿に戻るのみよ。無論、力もな。
暴走せぬ、魔族との融合。それこそ、我がマスターの最終目的。我輩は強力すぎてこのような器に封印されることとなったが…
魔族よ、マスターの偉大さが、解ったか!』
「やはり愚か者だな。そいつは」
得意満面の口調で言い切ったナスビの言葉を、しかしニーツは冷淡に切り捨てた。
『な…何…!?』
「そもそも、魔族を召還して、自分の力にしようと言う考え方が好かないな。弱い人間が、強さを求めてなんになる?魔族の力を手に入れて、ヴェルンはどうなった?何をした?
戦争。侵略。そして、最終的には、自ら滅んでいるじゃないか。他力本願な考え方をして、残ったのはお前と、八重や市長のような『化け物』のみではないか」
「化け物は無いんじゃないのか?ニーツ」
「否定出来るのか?」
呆れて言葉を挟んだ八重だったが、ニーツに即答され、肩を竦めて黙り込んだ。
「まあ、そう言う事じゃな。不相応な力を求めるもんじゃない、と言うことだ。おおと、其処な木兎。こやつに手を出そうと考えない事じゃ。倍返しでは済まされんぞ?」
クーロンの言葉に、ニーツに対して臨戦態勢に入っていたナスビは、グッと力の開放を押しとどめた。
「コイツはワシの孫娘みたいなものでな。性格はよおく解っておる。あまり怒らせると、この街が吹き飛ぶぞ」
「孫…”娘”?」
「言葉のあやだ。気にするな。クーロン、あまりふざけたこと言っていると、本当にこの街を吹き飛ばすぞ?」
「ああぁぁ!!それは止めて下さいぃぃぃ!!!」
ニーツとクーロンのお茶目な言い合いに、涙目でイートンが声を上げる。
だが、クーロンはしれっと言い放った。
「ワシは別に構わんがな」
「僕は困りますぅぅぅ…!!」
「まあ、冗談はこれくらいにして…」
「冗談なんですかぁぁ!!??」
「当たり前だろう。さて、話がずれた。本題に戻すぞ」
あくまで冷静にそう切り返すニーツに、イートンは思わず脱力した。
(うぅぅ…魔族って、解らない…)
思い悩むイートンを余所に、話はどんどんと進んでいく。
「先程もちらりと言ったとは思うが、市長は、ドクター<レン>の失敗作である可能性が高い」
「…そうはいっても、ニーツ。そのドクター<レン>は、千年も前の人物なのだろう?」
「ああ、そうだ。だが、八重。もしその召還術で融合した魔族が、その融合させられた人間の”血”に欠片を自らの”血”を残していたとしたら?」
「……」
「市長の血脈の中には、確実に魔族の血脈も宿っている。魔族は融合したまま、代々伝えられてきた。
最も、それが具現するのは、何代…いや、何百代に一人なんだろうけどな。例え親がまともな人間であろうとも、その血の中には、確実に狂気が潜んでいるんだ」
ニーツの説明に、八重は小さく息をついた。
ずっと探し続けていた答えが、ようやく姿を見せ始めたのだ。
「市長の中では、いくつもの魂が溶け合っているんだろう」
「…私も、そうなんだろうか…」
「多分な。ティターニアが言っていた、千年前のお前…それは多分、お前の先祖か…」
「でも、彼女は間違いなく八重さん本人だといっていましたよ?」
精霊の森。
ついこの前のことなのに、遠い昔の記憶を探るように、イートンは王妃ティターニアの言葉を口にする。
だがニーツは、軽く肩を竦めただけだった。
「融合した魔族によっては、千年程生きることも可能かもしれないからな。ひょっとしたら、ティターニアの言った通り、八重自身だったのかもしれない。まあ、それは八重が記憶を取り戻さない限り、解らないことだ。だが市長は、この街で生まれ、この街で育った。過去を知っているものがいる。そうだろう?イートン」
「はい…」
「だったら、そう考えるのが普通だろうな…」
そこで、ニーツは小さく息を吐いて、言葉を切った。
数瞬の沈黙。
それを破るように、イートンが口を開く。
「それで…」
「ああ。それで、市長の中の魔族、その融合を解く方法なんだが…」
イートンの問いかけを含んだ言葉に、ニーツは、本を捲った。
----------------------------------------
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン 市長邸
NPC ナスビ・クリエッド・市長ワトスン(クリスティ・ハドソン夫人)
---------------------------------------------------
「この本には、魔族は召喚した者の生気を奪いきったら勝手に帰っていくと書いてあるが…」
「それじゃあ、市長が死んでしまいます!」
「もちろん、それは困る。混ざった血を別けることは出来ないが、あれだけの魂が絡まっているんだ。市長の体には魔族の魂も宿っている」
ページ捲っていたニーツの手が止まる。そこには人間が魔族を召喚させる方法が書いてある。複雑な魔法陣に入手困難なアイテム。こんな面倒な事をしなければ、人は魔族を呼ぶ事が出来ないらしい。
「それを分離させ。帰す」
「帰す?・・・つまり、市長の複数の魂をくっつけている、原因が、魔族の魂だということですか?ジェームスは魔族だと?」
首をかしげたイートンだが、自分で結論を見つける。ニーツは「断定はできない」と短く答えた。
「恐らく、満つる月が魔力の解放の力を持つのと逆に、<ヴェルンの涙>には魔力を抑える力があるのだろう。儀式は、<ヴェルンの涙>を外した状態で、もっとも魔族の魂が活性化される夜に行う。俺が、市長に混ざり合った魂の結合を解く。そして魔界への通り道…ゲートを開き、魔界へ魔族の魂を還すのは・・・」
「イートン、お前がやれ」
「ええぇ!?」
突然の指名にイートンが素っ頓狂な声をあげる。
「なんで僕が!?」
「魂を帰すには、召喚の儀式と逆の順序を踏まなくてはならない。俺たち魔族がこちら側に来るのと、人間が呼び寄せるのは、全然違う。魔法がまるきり使えないわけではないのだろう?」
「でも・・・伯父さんの方が使えるんですよ、ああ見えて」
「イートン」
ニーツはいつになく真面目な顔でイートンを見上げた。
「俺が頼んでいるのはお前だ。分かるな?」
「・・・ニーツ君。・・・分かりました」
思わず心を打たれ、承諾したイートンだが、次に口に乗せた言葉は冷静だった。
「でも、本当は伯父さんに借りを作るのが嫌なんですよね」
「・・・・」
ニーツの返事は無い。
「すまないな、本当ならば私がやるべき事だろうに」
「謝るのは早いぞ、八重。」
二人の様子をナスビを弄びながら黙って見ていた八重が口を開いた。
そんな彼にニーツは皮肉な笑みを浮かべさらに追い討ちをかける。
「なんせ、儀式を行うのは満月の晩なんだからな」
----------------
突然、書斎に現れたイートン達に、市長は何の反応も示さなかった。
どうやって牢屋から抜け出したのか、これから何をするつもりなのか。
ただ、黙って彼らの話に耳を傾けた。
「本当に、私を元に戻せるというのかね」
「僕らを信頼して頂くしかありません」
イートンの真摯な表情を見つめて、市長、ワトソンは直ぐに視線を逸らした。
エドガーが主導権を握ろうと、暴れ出したからだ。
「いいだろう。必要なものは全てこちらで手配しよう。
クリエッド、力になってやれ」
「承知しました」
いつの間にか扉の前で控えていた執事が慇懃に頭を下げた。
肘をかけていた椅子から立ち上がると、市長は何かを思い出したように、
「あぁ」
と声を漏らした。
「「!??」」
それからの市長の行動は、八重とニーツにとって全く不可解なものだった。
ただ、イートンがさっと顔色を変え、クリエッドの白い眉が僅かに跳ねた。
「『奥様』。ご客人が驚いておられます」
「何をいってるんだい!クリエッド。だからこそ、奇麗にしなくちゃいけないのさ」
大きな鏡台の扉を開けた市長は引出しからゴチャゴチャと化粧品を広げ出すと、白
粉を塗り始めた。
((ハドソン夫人!??))
イートンの伯父の言葉を思い出し、二人は納得した。
もちろん、その目の前の光景には、依然納得いかなかったが。
「特に、いい男がいるときにはね」
そう言って、こちらを振り向くと、市長は八重に向かってウインクした。硬直する八重の隣でニーツが笑いを堪えている。
「そこの素敵なお方。紅はどんな色がお好きだい?」
もしやシャツに跡でも残そうというのか。恐ろしい想像に八重は顔を真っ青にして首を振った。
「答えてやらないのか?『そこの素敵なお方』?」
「ニーツ!」
ツボにはまったらしい彼は涙を浮かべて笑っている。
ニーツを叱り付けて、八重は辺りを見回した。いつもならここで彼が助け舟を出してくれるはずなのに。
「・・・イートンは何処に行ったんだ?」
「ナスビもいないな」
「イートンだって!?ふん!そりゃあいなくてせいせいするね」
夫人が鼻息荒く答える。
「アタシはあのボウヤの母親が大キライでね、あの子がこの町を出るとき行ってやったのさ『二度とアタシの前に顔を見せるな』ってね。」
勝手に口紅の色を選ぶ事にした夫人は、茶色がかった赤い紅を塗りたくると、ツッバ、ッパッと音をたてて唇の上の紅を広げ、再び八重に熱い視線を注ぐ。
「どうやら、忘れちゃあいなかったようだね」
八重も夫人の顔など二度と見たくなかった。
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン 市長邸
NPC ナスビ・クリエッド・市長ワトスン(クリスティ・ハドソン夫人)
---------------------------------------------------
「この本には、魔族は召喚した者の生気を奪いきったら勝手に帰っていくと書いてあるが…」
「それじゃあ、市長が死んでしまいます!」
「もちろん、それは困る。混ざった血を別けることは出来ないが、あれだけの魂が絡まっているんだ。市長の体には魔族の魂も宿っている」
ページ捲っていたニーツの手が止まる。そこには人間が魔族を召喚させる方法が書いてある。複雑な魔法陣に入手困難なアイテム。こんな面倒な事をしなければ、人は魔族を呼ぶ事が出来ないらしい。
「それを分離させ。帰す」
「帰す?・・・つまり、市長の複数の魂をくっつけている、原因が、魔族の魂だということですか?ジェームスは魔族だと?」
首をかしげたイートンだが、自分で結論を見つける。ニーツは「断定はできない」と短く答えた。
「恐らく、満つる月が魔力の解放の力を持つのと逆に、<ヴェルンの涙>には魔力を抑える力があるのだろう。儀式は、<ヴェルンの涙>を外した状態で、もっとも魔族の魂が活性化される夜に行う。俺が、市長に混ざり合った魂の結合を解く。そして魔界への通り道…ゲートを開き、魔界へ魔族の魂を還すのは・・・」
「イートン、お前がやれ」
「ええぇ!?」
突然の指名にイートンが素っ頓狂な声をあげる。
「なんで僕が!?」
「魂を帰すには、召喚の儀式と逆の順序を踏まなくてはならない。俺たち魔族がこちら側に来るのと、人間が呼び寄せるのは、全然違う。魔法がまるきり使えないわけではないのだろう?」
「でも・・・伯父さんの方が使えるんですよ、ああ見えて」
「イートン」
ニーツはいつになく真面目な顔でイートンを見上げた。
「俺が頼んでいるのはお前だ。分かるな?」
「・・・ニーツ君。・・・分かりました」
思わず心を打たれ、承諾したイートンだが、次に口に乗せた言葉は冷静だった。
「でも、本当は伯父さんに借りを作るのが嫌なんですよね」
「・・・・」
ニーツの返事は無い。
「すまないな、本当ならば私がやるべき事だろうに」
「謝るのは早いぞ、八重。」
二人の様子をナスビを弄びながら黙って見ていた八重が口を開いた。
そんな彼にニーツは皮肉な笑みを浮かべさらに追い討ちをかける。
「なんせ、儀式を行うのは満月の晩なんだからな」
----------------
突然、書斎に現れたイートン達に、市長は何の反応も示さなかった。
どうやって牢屋から抜け出したのか、これから何をするつもりなのか。
ただ、黙って彼らの話に耳を傾けた。
「本当に、私を元に戻せるというのかね」
「僕らを信頼して頂くしかありません」
イートンの真摯な表情を見つめて、市長、ワトソンは直ぐに視線を逸らした。
エドガーが主導権を握ろうと、暴れ出したからだ。
「いいだろう。必要なものは全てこちらで手配しよう。
クリエッド、力になってやれ」
「承知しました」
いつの間にか扉の前で控えていた執事が慇懃に頭を下げた。
肘をかけていた椅子から立ち上がると、市長は何かを思い出したように、
「あぁ」
と声を漏らした。
「「!??」」
それからの市長の行動は、八重とニーツにとって全く不可解なものだった。
ただ、イートンがさっと顔色を変え、クリエッドの白い眉が僅かに跳ねた。
「『奥様』。ご客人が驚いておられます」
「何をいってるんだい!クリエッド。だからこそ、奇麗にしなくちゃいけないのさ」
大きな鏡台の扉を開けた市長は引出しからゴチャゴチャと化粧品を広げ出すと、白
粉を塗り始めた。
((ハドソン夫人!??))
イートンの伯父の言葉を思い出し、二人は納得した。
もちろん、その目の前の光景には、依然納得いかなかったが。
「特に、いい男がいるときにはね」
そう言って、こちらを振り向くと、市長は八重に向かってウインクした。硬直する八重の隣でニーツが笑いを堪えている。
「そこの素敵なお方。紅はどんな色がお好きだい?」
もしやシャツに跡でも残そうというのか。恐ろしい想像に八重は顔を真っ青にして首を振った。
「答えてやらないのか?『そこの素敵なお方』?」
「ニーツ!」
ツボにはまったらしい彼は涙を浮かべて笑っている。
ニーツを叱り付けて、八重は辺りを見回した。いつもならここで彼が助け舟を出してくれるはずなのに。
「・・・イートンは何処に行ったんだ?」
「ナスビもいないな」
「イートンだって!?ふん!そりゃあいなくてせいせいするね」
夫人が鼻息荒く答える。
「アタシはあのボウヤの母親が大キライでね、あの子がこの町を出るとき行ってやったのさ『二度とアタシの前に顔を見せるな』ってね。」
勝手に口紅の色を選ぶ事にした夫人は、茶色がかった赤い紅を塗りたくると、ツッバ、ッパッと音をたてて唇の上の紅を広げ、再び八重に熱い視線を注ぐ。
「どうやら、忘れちゃあいなかったようだね」
八重も夫人の顔など二度と見たくなかった。
--------------------------------------------------------
PC 八重・イートン・ニーツ
場所 ヴェルン市長亭裏庭・地下牢
NPC ナスビ・ワトスン市長(ハドソン夫人)・クリエッド
---------------------------------------------------
じゃあ、私も人間に戻れるのか?
その問いに、ニーツとナスビは同時に言い放った。
「『それは無理だな』」
「八重様~、どこにいらっしゃるのぉぉ~」
草むらに身を潜め、八重は声の主から身を隠した。ここは市長亭裏庭の一角。ハドソン夫人の魔の手から逃れるため、八重はさっきからずっとここに潜んでいる。しばらくこのあたりを執拗に探索していた夫人の足音が、ようやく遠ざかった。
「ふぅ…。あのクソババアめ…」
一息つくため、習慣的に八重は煙草をくわえた。
「いや、元はジジイだからクソジジイかな」
その時、後ろからごそごそっという物音が聞こえた。
『見つけましたわよぉ~』
びくっ、と八重は煙草を口からぽろりと落とした。が、それは一瞬で、八重は振り向くと、
「お前、していいことと悪いことがわかっていないようだな、ナスビ?」
耳をがっと掴んで、ナスビを目の前にぶら~んとぶら下げた。耳を掴まれたナスビは、目の前でじたばたと暴れる。
『痛いッ!離せッ!今のは、少しからかっただけではないかっ!!』
「ああ、離すさ」
ぱっと八重に手を離されたナスビは、そのまま地面に思いっきり叩きつけられた。そのまま目の前の地面をころころと転がり、
『起こせっ!起こさんかッ!!』
仰向けに転がったまま足をじたばたさせる。八重はため息をついた。
「…悪かった。とりあえず、夫人に見つかりたくないから、もう少し静かにしてくれ」
体を持ち上げ、地面にきちんと立たせてやると、ナスビはえらそうにふんっと鼻を鳴らした。
『全く、はじめからこのように丁重に扱えばいいのだ』
しかし八重の反応はない。
『…八重?』
ナスビは八重の顔を覗き込んだ。
『お前、もしや我輩とニーツが言ったことを気にしているのか?』
ナスビがちょこんと首をかしげる。
『お前の<融合>は解けないと言われたのは、そんなにショックか?』
「…悪かったな。ショックじゃないといえば嘘になる」
八重は、とび色の冷めた瞳をナスビに向けた。
「生憎、これでも心は人間のつもりなんだ」
「何故だ?何故私の<融合>は解くことができないんだ?」
牢の中で、八重は目の前にいるニーツに詰め寄った。ニーツはふっとどこか悲しげに目をそらす。
「魔族としての俺の直感だ。お前は、あきらかに市長とは融合の仕方が違う。だから、市長と同じ方法では、おそらくお前の融合は解けないだろう」
『あたりまえだ。マスターの技は偶然の産物の<融合>よりずっと高度であらせられるからな』
ナスビが誇らしげに言う。
『マスターの融合は綿密な計算と理論の元に成り立っている高度なものである。単に召喚術の失敗に巻き込まれたあの市長とは違う』
「そうだったんですか?市長は召喚術の失敗に単に巻き込まれただけだと」
イートンが驚いてナスビの顔を見つめる。ナスビは平然と言い切った。
『あたりまえだ。マスターはあんな中途半端な融合生物を創ったりはしない。
大体、あんなヤツは全然<兵器>に向いてないだろう』
「兵器…」
イートンが呟く。
「やっぱり、ドクター<レン>は融合生物を兵器として開発していたんですね…」
「だから、ヴェルンだってあんなに発展したんだろう」
ニーツはさらりと言ってのける。
「じゃあ、じゃあ…、もし八重さんがそのドクター<レン>に創られたものだとしたら、八重さんは元々<生物兵器>だったと…」
『大体はあってるが、正しくは違うな』
ナスビが言う。
『まあ、詳しいことはこの件が片付いてからでもよかろう。それでいいな、八重』
「…解った」
まずは市長をどうにかするのが先決だ。それでもいい。どうせ…、人間に戻れないのなら、同じことだ。
イートンは、クリエッドと一緒に召喚術に使う材料を探しに行った。数日前、ニーツに材料のメモを渡されたとき、イートンが「うげ…」という顔をした。
「蝙蝠の生き血…、大蛇の抜け殻…」
イートンはおそるおそるクリエッドの顔を見た。
「こんなもの…、手に入れることができるんでしょうか…?」
「大丈夫です。コネがありますから」
クリエッドはきっぱりと言い切った。
「もう少し経ったらそれらの品を受け取りに行きましょうね。イートンさん」
「やっぱり、行かなきゃ、ダメですか…?」
「年寄り一人に荷物を背負わせる気ですか?イートンさん?」
「うう…」
ゲテモノが嫌いなイートンにはかなりの苦行だろう。
ニーツは次の満月に備えて召喚術体系を読みふけっている。書斎をあてがわれ、八重が覗くと、時々、何かうなづきながらメモを取っている姿が見える。
それぞれに仕事があるのだ。
『お前にもあるだろう、仕事が』
ナスビの言葉に、八重はうんざりした顔でふうとため息をついた。
「市長が<ジェームズ>化したときのオトリ」
『解っておるじゃないか』
「しかし、それまではあのババアのお守りだなんてうんざりだな」
市長の足音がまた近づいてきた。八重はまたため息をつく。
次の満月まで、あと、三日。
PC 八重・イートン・ニーツ
場所 ヴェルン市長亭裏庭・地下牢
NPC ナスビ・ワトスン市長(ハドソン夫人)・クリエッド
---------------------------------------------------
じゃあ、私も人間に戻れるのか?
その問いに、ニーツとナスビは同時に言い放った。
「『それは無理だな』」
「八重様~、どこにいらっしゃるのぉぉ~」
草むらに身を潜め、八重は声の主から身を隠した。ここは市長亭裏庭の一角。ハドソン夫人の魔の手から逃れるため、八重はさっきからずっとここに潜んでいる。しばらくこのあたりを執拗に探索していた夫人の足音が、ようやく遠ざかった。
「ふぅ…。あのクソババアめ…」
一息つくため、習慣的に八重は煙草をくわえた。
「いや、元はジジイだからクソジジイかな」
その時、後ろからごそごそっという物音が聞こえた。
『見つけましたわよぉ~』
びくっ、と八重は煙草を口からぽろりと落とした。が、それは一瞬で、八重は振り向くと、
「お前、していいことと悪いことがわかっていないようだな、ナスビ?」
耳をがっと掴んで、ナスビを目の前にぶら~んとぶら下げた。耳を掴まれたナスビは、目の前でじたばたと暴れる。
『痛いッ!離せッ!今のは、少しからかっただけではないかっ!!』
「ああ、離すさ」
ぱっと八重に手を離されたナスビは、そのまま地面に思いっきり叩きつけられた。そのまま目の前の地面をころころと転がり、
『起こせっ!起こさんかッ!!』
仰向けに転がったまま足をじたばたさせる。八重はため息をついた。
「…悪かった。とりあえず、夫人に見つかりたくないから、もう少し静かにしてくれ」
体を持ち上げ、地面にきちんと立たせてやると、ナスビはえらそうにふんっと鼻を鳴らした。
『全く、はじめからこのように丁重に扱えばいいのだ』
しかし八重の反応はない。
『…八重?』
ナスビは八重の顔を覗き込んだ。
『お前、もしや我輩とニーツが言ったことを気にしているのか?』
ナスビがちょこんと首をかしげる。
『お前の<融合>は解けないと言われたのは、そんなにショックか?』
「…悪かったな。ショックじゃないといえば嘘になる」
八重は、とび色の冷めた瞳をナスビに向けた。
「生憎、これでも心は人間のつもりなんだ」
「何故だ?何故私の<融合>は解くことができないんだ?」
牢の中で、八重は目の前にいるニーツに詰め寄った。ニーツはふっとどこか悲しげに目をそらす。
「魔族としての俺の直感だ。お前は、あきらかに市長とは融合の仕方が違う。だから、市長と同じ方法では、おそらくお前の融合は解けないだろう」
『あたりまえだ。マスターの技は偶然の産物の<融合>よりずっと高度であらせられるからな』
ナスビが誇らしげに言う。
『マスターの融合は綿密な計算と理論の元に成り立っている高度なものである。単に召喚術の失敗に巻き込まれたあの市長とは違う』
「そうだったんですか?市長は召喚術の失敗に単に巻き込まれただけだと」
イートンが驚いてナスビの顔を見つめる。ナスビは平然と言い切った。
『あたりまえだ。マスターはあんな中途半端な融合生物を創ったりはしない。
大体、あんなヤツは全然<兵器>に向いてないだろう』
「兵器…」
イートンが呟く。
「やっぱり、ドクター<レン>は融合生物を兵器として開発していたんですね…」
「だから、ヴェルンだってあんなに発展したんだろう」
ニーツはさらりと言ってのける。
「じゃあ、じゃあ…、もし八重さんがそのドクター<レン>に創られたものだとしたら、八重さんは元々<生物兵器>だったと…」
『大体はあってるが、正しくは違うな』
ナスビが言う。
『まあ、詳しいことはこの件が片付いてからでもよかろう。それでいいな、八重』
「…解った」
まずは市長をどうにかするのが先決だ。それでもいい。どうせ…、人間に戻れないのなら、同じことだ。
イートンは、クリエッドと一緒に召喚術に使う材料を探しに行った。数日前、ニーツに材料のメモを渡されたとき、イートンが「うげ…」という顔をした。
「蝙蝠の生き血…、大蛇の抜け殻…」
イートンはおそるおそるクリエッドの顔を見た。
「こんなもの…、手に入れることができるんでしょうか…?」
「大丈夫です。コネがありますから」
クリエッドはきっぱりと言い切った。
「もう少し経ったらそれらの品を受け取りに行きましょうね。イートンさん」
「やっぱり、行かなきゃ、ダメですか…?」
「年寄り一人に荷物を背負わせる気ですか?イートンさん?」
「うう…」
ゲテモノが嫌いなイートンにはかなりの苦行だろう。
ニーツは次の満月に備えて召喚術体系を読みふけっている。書斎をあてがわれ、八重が覗くと、時々、何かうなづきながらメモを取っている姿が見える。
それぞれに仕事があるのだ。
『お前にもあるだろう、仕事が』
ナスビの言葉に、八重はうんざりした顔でふうとため息をついた。
「市長が<ジェームズ>化したときのオトリ」
『解っておるじゃないか』
「しかし、それまではあのババアのお守りだなんてうんざりだな」
市長の足音がまた近づいてきた。八重はまたため息をつく。
次の満月まで、あと、三日。