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2025/07/18 13:04 |
56.Runasi・Hierogurifu(後)/八重(果南)
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PC イートン・ニーツ・八重
場所 メイルーン市長邸
NPC ナスビ・市長・クリエッド
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 部屋は静かな雰囲気に満ちていた。
 ごおおと部屋の外で風が鳴る。外には強い風が吹いている。
 ナスビ、もとい、<ヒエログリフ77>の話を聞くために、市長とクリエッドには少しの間席を外してもらった。二人は、半分うわの空でそれを承諾してくれた。二人とも、今は『野犬』が分離した喜びで、頭の中はお花畑状態だ。
「これで邪魔するものは誰もいない。さあ、話してもらおうか」
 八重がナスビの瞳をじっと見据え、話を促す。ナスビは…、じっと何かを思い出すように、静かに目を閉じた。まるで、この場の雰囲気を乱してはならないかのように。
『我輩は…、レン様によって造られた融合生物、<ヒエログリフ>だ。77と
いうのは、我輩につけられた番号。我輩たちは全て、番号で呼ばれていた』
「まるで、囚人か実験動物扱いじゃないですか…」
 イートンの言葉に、ナスビは赤い目で冷静な視線を返す。
『レン様には我輩たちは所詮、実験動物にしか見えていなかったのだろうな。レン様は人間と魔族、魔獣を融合させて幾度も実験を繰り返した。我輩はその実験の中でも数少ない成功例だ。満月の晩になっても暴走しない。人に戻ったときは、並みの人間をはるかに上回る力を出すことが出来る』
「魔族や魔獣を人間と融合させる実験を繰り返すなど…、そのドクターレンというヤツは相当狂ってるな」
 ニーツが静かに目を閉じたまま言う。魔族の彼には、魔族・魔獣との融合という話には人一倍、思うところがあるのだろう。
「ところで私も、そのドクターレンによって造り出された融合生物なのだろう」
 八重が尋ねる。ナスビは静かに『ああ』と答えた。
「ならば何故私は満月の晩、暴走するんだ?そもそも<ルナシー>とは何だ?さっきから聞いていると<ヒエログリフ>の話ばかりだ。私はずっと」
 八重は目の奥に訴えるような視線を宿してナスビを見つめた。
「私は<ヒエログリフ>との融合によって<ルナシー>から解放されると思っていた。そのような伝承をある村で発見したからだ。その伝承はウソなのか?<ルナシー>とは<ヒエログリフ>の一体何なんだ?」
『ルナシーは、ヒエログリフの影だ』
 視線を落としてナスビが言う。
「影?」
『そう、ヒエログリフが魔力の暴走を起こさない訳。それはレン様が、人間と魔獣を一つに融合させ、さらにそれを二つに分離することによって、魔力の暴走を起こすことのない、魔獣の体の強さのみを受けついだ人間を作り出したからだ。融合生物を、長所のみの塊と、その残りカスに分けて。その長所のみを受け継いだ方は<ヒエログリフ>と呼ばれた、そしてその残りカスは』
「…‥<ルナシー>、か」
 八重の自嘲するようなセリフに、イートンが絶句し、ニーツが厳しい眼差しになった。
『お前は幸いだ』
 ナスビが八重を見て言う。
『普通ルナシーは人間としての原型も留めていない。お前がルナシーであるにもかかわらずヒトの形を留めていられるのは奇跡に近いことなのだぞ。我輩は…‥我輩は、一度、自分のルナシーを見たことがある』
 ナスビの瞳がいつになくぽっかりと虚ろになった。
『それはもう、『ヒト』でも『魔族』でもなかった…‥。紫色の皮膚をした…‥哀れで醜い生き物だった。我輩は…‥、我輩のルナシーのあの醜い姿を、忘れたことなど一度もない』
 沈黙がしばらく続いた。風の鳴る音が聞こえる。
「…私のヒエログリフはまだ存在しているのだろうか」
 八重がぽつりと呟いた。
「ドクターレンが、私やナスビ…お前を作り出したのは千年も前だ。しかし、私は何故か、ここに存在している。お前も生きている。それなら、私のヒエログリフも…、まだこの世界の何処かで生きているのかもしれない」
『お前が先ほど言った伝承の話』
 ナスビが言う。
『ヒエログリフとの融合によってルナシーから解放される…‥。あながち、嘘ではないかもしれないな』
「本当か!」
『ああ、ヒエログリフというのは、お前の欠けたピースのような存在だ。お前たちがまた融合し、それぞれ本来のあるべき姿…‥、魔族と人間の姿に分裂することが出来れば、あるいは、お前は元の人間の姿に戻れるかもしれない』
 人間に戻れる…‥、それは八重が四十年間生きてきて、生まれて初めて聞いた、希望ある答えだった。八重は放心して、かたん、と床に膝をついた。

 戻れる…。人間に、戻れる…‥。

「しかし、そんな<融合>のできる人間など、この世に滅多にいないんじゃないのか」
 ニーツのつっこみにナスビは首を横に振った。
『ああ…‥、たぶんそんなことが出来るのは後にも先にもレン様ただ一人だけであろうな』
 八重はため息をついた。
「それでは、無理なのだな…‥。ドクターレンは、千年も昔にとっくに死んでしまっている…」
『レン様なら、あるいは…‥まだ生きておられるかもしれない』
 ナスビの言葉に全員がナスビを直視した。
『生きておられれば、レン様はジュベッカに囚われておられるはずだ』

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2007/02/17 23:53 | Comments(0) | TrackBack() | ○Under The Moon
57.大きな期待と小さな不安/ニーツ(架月)
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PC  八重 イートン ニーツ
場所  メイルーン
NPC ナスビ 市長 伯父 アエル
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「ジュデッカに行くのか?」
いつもの図書館の闇の中で。
突然、クーロンが問い掛けた。
「…?ああ、そうだが」
「そうか…あそこへ…」
歯切れの悪いクーロンの言葉。ニーツは訝しげに彼を見た。
「何かあるのか?」
問い掛けると、小さな溜息が返る。そして、ポツリと呟いた。
「…そろそろ潮時かのう」

 結局腰を落ち着ける事になったイートンの伯父の家のベランダは、ナスビのお気に入りの場所のひとつだった。風通りが良く、月も良く見える。ここで転がって月を見上げてると、あの、満月の日の昂揚感が蘇るのだ。
 ナスビは今日もまた、その感覚を求めてベランダへ足を運んだが、そこには既に先客がいた。
 ベランダの縁に腰を下ろし、その月に映える髪を風に揺らし、どこか遠くを眺めている魔族の姿。
 その近寄り難い雰囲気に、ナスビは一度、躊躇う様に立ち止まったが、すぐに気を取り直して声をかけた。
『何をしている…?』
 だが相手はちらりとナスビを見ただけで、すぐに視線を戻した。
『不機嫌そうだな』
「お前もジュデッカへ行くのか?」
 ナスビの言葉には答えずに、問い返してくる。
『ああ…我輩もレンさまに会いたいし。…おい、怒ってばっかりだと可愛い顔が台無しだぞ』
 気まずい雰囲気を打ち破ろうとナスビとしては最大限の冗談を放ったが、無論笑いが返ってくる訳も無く、更に気まずい雰囲気が落ちる。
 それを打ち破ったのは、この場に不釣合いなのんびりとした声だった。
「あれ?ナスビちゃんこんな所に……ニーツ君も」
『おや、イートン』
 イートンの声が、ナスビの隣にいた影に気付いて、一気に固くなる。イートンはあのヴェルン湖の騒ぎ以来、まともにニーツと声をかわしていない。最高級の気まずい雰囲気の中、イートンは意を決して口を開いた。
「あの、ニーツく…」
「明日は早いんだろう?もう寝た方がいいんじゃないか」
 だがそんなイートンの決心を打ち砕くように、ニーツの冷たい声が響く。イートンは言うべき言葉を見失い、唇を空回りさせた。やがて諦めたように首を振る。
「…そうですね。明日にはこの街から出なきゃいけませんし。僕はもう寝ます。ニーツ君とナスビちゃんも早く寝てくださいね」
 おやすみなさい、と小さく残し、イートンはその場を後にした。
『全く、いつまで子供のように拗ねているのだ?』
「別に拗ねているわけじゃないさ。あいつが拗ねているだけだ」
 子供の喧嘩の様だな、と思ったが、ナスビは何も言わなかった。口に出したとたん、自分が炭になるのは目に見えていたからだ。
『ふう…我輩ももう寝るかな。お主も早く寝るんだな』
 何となくナスビも居づらくなり、そう言い残して部屋の中に消えようとした。だが、ニーツの呟く声に、一度だけ振り返る。
「会いたい人、か…」
 だがナスビはそれを聞き流し、部屋の中に静かに消えた。

 ナスビが消えるのを確認して、ニーツは瞳を閉じた。
「クーロン…どうして…」
『お前の探し人…。黙っていたが、彼はジュデッカに囚われているということが解った』
 クーロンの言葉を思い出す。ジュベッカに行くと告げた時、返ってきた言葉。
 ニーツは、ベランダの縁を強く握りこんだ。
(俺が…一体誰を探しているというんだ?)
 心の中で独りごちる。
 本当は、その答えを知っていた。けれど、捨てた過去には囚われたくなかった。
 しかし、嫌が応にも思い出される、暖かい手の感蝕。
 既に、諦めたものだったのに。どうして今頃。
 クーロンに対して軽く毒づき、ニーツは、ゆっくりと闇を睨んだ。

「じゃ、アエル、元気でね」
 次の日、街の入り口には、すっかり旅支度を整えた三人と一個の姿があった。
 八重の胸にはヴェルンの涙がぶら下がっている。市長からナスビの手に戻り、ナスビが八重に貸し与えたのだ。
 ジュデッカまでは遠いが、これがあればひとまずは安心だろう。
 一行を見送りに来ているのは、アエル、市長、そしてイートンの伯父の三人だった。
 市長は終始にこやかに、伯父は、八重の細胞は手に入ったものの、ニーツのほうは果たせず、少々不満そうに、そしてアエルは、複雑な笑顔で立っていた。
 イートンとアエルの間で、ユサ達の話題は出ていない。急に消えてしまった彼らの話題を、わざと避けるように。
「気をつけていけよ」
「はい、伯父さんも元気で」
「おい、今度こっそりとあの魔族の細胞を手に入れて来てくれないか?」
 名残惜しそうにニーツを見ながら言う伯父にイートンは苦笑を返して言った。
「…善処します」
 たぶん、無理でしょうが、と心の中で小さく付け加えて。
 それにしても、とイートンは独りごちる。
 このメイルーンでは色々とあった。
 良い事も、悪い事も。
 八重が人間に戻る大きな手がかりは見つかった。市長と野犬も分離し、メイルーンに平和が戻った。
 でも…。
「では、行って来ます」
 氷のような小さな棘を追い払い、イートンは笑って言った。
 八重も街の皆を見ながら、小さく笑う。
「色々と、感謝する」
「………」
 三者三様の挨拶をして、一行は街を離れた。
 大きな期待と、小さな不安を心に孕みながら。

2007/02/17 23:53 | Comments(0) | TrackBack() | ○Under The Moon
《Under The Moon》 ~ナスビと愉快な仲間達~/ニーツ(架月より改名聖十夜)
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PC  :八重・イートン・ニーツ・ウピエル
場所  :オーディル
NPC :ナスビ
-------------------------------

「成る程な」
冷たい空気が数瞬流れた後、最初に口を開いたのは、ニーツだった。
「始めからそのつもりで近づいて来たんだろう?」
「ご名答~」
にやりと笑うウピエルと、ニーツの冷たい視線が交わる。
視線で人が殺せるのなら、10人は即死していそうなニーツの視線をさらりと受け流
せるのは流石というべきか。
だが、人外二人のやり取りを傍で見ている2人は…
「…ニーツ君、いつも以上に怒ってますねぇ」
「ああ」
「なんだかんだ言って、ニーツ君がこんな所で魔法使った事無いですからね…」
「ああ」
「……聞いてます?八重さん」
「ああ」
「………八重さんの馬鹿」
「ああ」
上の空、と言うより、現実逃避気味な様子で答える八重を横目で恨めしそうに見遣
り、イートンが溜息をつく。
だがすぐに、ニーツに視線を移され、思わず背筋を伸ばした。
「何でこんな変な奴を連れてきたんだ?」
「何でって…不可抗力ですよ~」
「相変わらずの馬鹿か」
氷点下の言葉を突き刺され、イートンは一瞬で撃沈した。
部屋の端に丸まり、ナスビをころころと転がす。
ナスビの悲鳴を聞きながら、ウピエルが呆れたような。面白がるような声をあげた。
「凄い言われ様だな~。小生意気なお子様魔族がいるって聞いてはいたが、こりゃ
あ、
想像以上だ」
「…お子様?」
「そう、お・こ・さ・ま」
一瞬、室内の温度が10度程下がる。
イートンなどは、思わずこの部屋に血の雨が降る錯覚に陥った…のだが。
「こちらの事も調べ尽くしていたのか?用意周到だな」
意外にあっさりと、ニーツは怒りを引っ込めた。
くだらない、とでも言うように、ウピエルを一瞥すると、ひらりと近くにあった備え
付けの文机に腰を掛け、手足を組む。
「それで?八重の身体の秘密は、誰に聞いた?」
「ひ・み・つ」
「あああ~これ以上ニーツ君を怒らせないで下さい!」
居ても立ってもいられず、思わずイートンが口を挟んだ。
「そうだな。おちゃらけも良いが、そろそろ真面目に話してくれないか?」
八重も話に参加し、ウピエルは肩をすくめる。
「心外だな。オレはいつでも真面目だぜぇ?」
『嘘付け』
3人同時に言われ、思わず落ち込むウピエル。
気が付けば、床にのの字が大量に書かれていた。
「ふーんだ、いいもんね。そんな事言う奴らには、ドクター・レンが何処に幽閉され

いるのか教えてやんないから」
『は?』
またも3人同時に反応され、ウピエルは立ち治った。
すっくと立ち上がり、腕を組んで胸を張る。無駄に動作が大きな男だ。
その目は、子供のようにキラキラと輝いている。
「そ、お前ら、ジュデッカに行っても、何処にレンがいるか知らないだろう?」
「牢獄の中ではないのか?」
ウピエルは、問い掛けた八重に、チッチと指を振った。
「その牢獄が何階層あると思ってるんだ?100だぜ?100。
そんな所、いちいち探し回るのか?」
いちいち、の所に力を入れるウピエル。
「100、ですか…」
「そう、100。日が暮れるどころか、一生使い果たしちゃうぜ?広いから。迷って
出てこられ
なくなった人もいるらしいしな。
…って事で、オレを仲間に入れてくれりゃあ、その場所を教えるけど?」
どうする?
目でそう訴えるウピエルに、3人(と1匹)は、思わず顔を見合わせた。


2007/02/17 23:57 | Comments(0) | TrackBack() | ○Under The Moon
《Under The Moon》 ~ナスビと愉快な仲間達:2~ /イートン(千鳥)
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PC  :八重・イートン・ニーツ・ウピエル
場所  :オーディル
NPC :ナスビ
-------------------------------
「…って事で、オレを仲間に入れてくれりゃあ、その場所を教えるけど?」

(さぁ、どうする?)

 挑むような、否、こちらを試すような目で、ついさっきまでこの部屋の下で、
軽快に楽器をかき鳴らしていた男が自分達を見ていた。
 イートンは思わず眩暈を覚えた。単に先ほど無理に飲んだアルコールのせいか
もしれないが、同様に隣に立つ八重もその顔に力ない表情を浮かべていたので、
やはりこの男のせいだろう。
 文机に腰掛けたニーツは未だかつて無いくらい、不機嫌なオーラを発しながら
黙っている。こんな彼を見るのは、そう、メイルーンの不良どもに『お嬢さん』
と言われて以来だ。確かその時も、彼はこんな風に足を組んで座っていたので、
もしかしたらこれがニーツの『非常に怒っている』ポーズなのかもしれない。も
しくは、一時の感情に流されない為の『自制』のポーズか…。

 部屋の空気は沈黙を保ち、誰かが答えることを待っていた。しかし、イートン
は自分が答える気など更々なかった。自分の役割は彼らを『見届ける』事で、け
してこの物語の話を進める気などなかったからだ。
 ここで答える権利があるのは、話の張本人である八重か、又は…。

「断る」

 素っ気無い言葉がニーツからこぼれた。

「ほぉ」

 男はさほど残念がった様子も無く、続きを促すように声を上げた。

「お前が何者かは知らないが、俺はお前を必要としない」

 淡々とした声音に対し、内容はなんと冷ややかな事か。もし、自分がそんな答
えを返されたら、無力の己を恥じて一生彼の前に姿を現せられないかもしれな
い。

「ジュデッカの牢獄の地図ならば既に手に入れてある。」

 イートンは、ふと、ニーツがたまに自分達の前から行方を晦ますことがあるこ
とを思い出した。そうして帰ってきた後、大抵彼はイートンがけしてお目にかか
れないような、古かったり貴重な本を手にしている。市長の屋敷を出る前も、や
はりニーツは数日姿が見えなかったので、そのときにあの『図書館』で資料を漁
っていたのかもしれない。

「はーん、さすが魔族。抜け目が無いねェ。そう、ご存知のとーり、あの牢獄は
難攻不落、いんや、内部からはけして囚人が抜け出せねぇ、最強最悪の檻の中
さ。抜け出す穴も無けりゃ、増築による歪みも無く、100年以上前から内部は
なんの変わりも無い、はずだった」

 そこで、男はわざと言葉を切った。
 自然と集まる視線に満足すると、その細く長い人差し指を軽く振る。

「しかし、つい最近、一人の男が逃げた。それも最下層…『地下100階』の人
間が、だ。もちろん外部にゃ漏れてない情報だが」
「!」

 これはニーツも初耳だったのだろう。はっ、としたように厳しい顔をして黙
る。

「それによって出た被害で、牢獄の中は一部さま変わりしてやがる。ちょうど7
0階から99階辺りだな。さて、ドクターレンは、何処に居る?」
「なんでお前がそんなことを知っている」 
「200年ぽッちとは言え、それだけの時間を睡眠に費やすと、世の中変わっち
まってるからな。色々情報を更新したついでに、な」
「200年…」

 八重が唸る。どうやら、目の前の男は随分と長命な生き物らしい。
 40代にさしかかり、そろそろ身体や気力に衰えを感じ始めた八重にとって
『200年』を軽く言われてしまうと複雑な気分なのかもしれない。
 まだ若造のイートンには分からないことであったが。

「成る程、それだけ情報を貰えば十分だ」
「お~い、おぃ、俺ぁドクターレンの」
「分からないようだから、はっきり言おう。お前の力など借りる必要はない」
「ふぅ~ん、ま。いいけどな。お手並み拝見といこうじゃないか」

 ポケットに両手を突っ込んだ男は、軽くニーツを見下ろすとくるりと背を向け
た。無防備な姿だったが、その背中にニーツがそれ以上感心を払う様子はない。

「あ、あの…」

 扉の横でハラハラと事の成り行きを見守っていたイートンは、男に声をかけよ
うとした。しかし、何を言えば良いのか分からなかった。自分をダシにした事を
怒るべきか、更なる情報を引き出すために近づくべきか…。
 結局口を噤んだイートンの肩を、男は親しげに軽く叩いた。

「確かにこんな気の強いお子様じゃ、にーちゃんも大変だなぁ」
「そ、そんな事ないですけど」
「ま、ガンバレや」

 そう言って笑った目は既にあの炎の赤ではなく、覚めた碧眼だった。


 パタン。

 
 扉の閉まる短い音が、軽く余韻を残し、部屋に広がる。
 その波が落ちつくより先に、更に軽い着地音が乗った。ニーツが机から降りた
のだ。

「さて、君はどうするんだ、八重」
「ふむ?」
「奴はお前に情報を与えると言ってるんだぞ。これは俺の問題じゃなくお前のも
のだ」
「そう、だな…」

 八重は渋い顔のまま思案した。
 先ほどの、口だし無用の雰囲気とは裏腹に、ニーツは自分一人で男の申し出に
答えるつもりはなかったようだ。黙る八重から視線を外して、ニーツはイートン
を見た。色の異なった青と赤の瞳に見つめられて、思わず身体が強張った。

「まったく、厄介な男を連れてきたもんだな…」
「ご、ごめんなさい…」

 確かに連れてきたのはイートンだったが、相手は元々『ルナシー』である八重
目的で近づいてきたのだ。自分のせいではない気もしたが、取りあえず素直に謝
っておいた。
 そんなイートンに幾分か表情を和らげたニーツが、転がっているナスビを足で
止めて拾った。

『ぬぁ!我輩を足蹴にするとは何と不遜な!お子様魔族のクセに!!』
「あの男をお前はどう感じた?ナスビ」
『ふん!もとは人間だったようだな。上手く力を受け継いでおるが、所詮作り物
だ』
「それならばお前と一緒じゃないか。所詮ヒエログリフはドクターレンの生産物
なんだろう」
『失礼な!!我輩をそんじょそこらの吸血鬼といっしょにするな!!』
「き、吸血鬼!?」

 ナスビの言葉にイートンはビックリして声を上げた。
 もちろん、イートンもあの男がただの人間でないことは薄々、いやかなりの
勢いで確信していたが、彼が吸血鬼などだとは思っても見なかったのだ。

「俺達の行く場所は他でもない、ジュデッカだ。一般人には限りなく安全で、犯
罪者には絶望を意味する都市…。アレだけの力を持った長寿の吸血鬼が人を襲わ
ずに居れたと思うか?俺はそんな男を抱えこむのはゴメンだな」
「そ、そうですよねぇ…」

 吸血鬼はたった一人で1個師団を壊滅させるほどの力を持つという。
 その力自体は頼もしくも思うが、人間を襲う種族なのだ、長く関われば自分た
ちにいつ危険が及ぶかわからない


「つまり、それがお前がやつを拒んだ理由か?ニーツ」
「まさか。第一それを言ったら俺自身が魔族なんだからな。単に、あいつの図々
しい態度が気に入らないだけだ」

 プンと横を向いたニーツに思わずイートンは八重と顔を見合わせてこっそり苦
笑した。
 ニーツの気位の高い性格を思えば当然かもしれないが、それでも男の強引な登
場のし方は最初に八重とイートンがニーツに会った時と何の変わりもなかったの
だ。

「何を笑ってる?」
「いえ、何でもないですよ。もう夜も遅いですから、早く寝たほうが良いです
ね」

 目ざとくこちらの様子に気づいたニーツにイートンは穏やかに答えた。既に、
二人の間に先ほどまでのギスギスした空気はない。隣で八重がほっと息を吐い
て、ナスビを拾い上げたのが分かった。

(一応、彼に感謝するべきなのかな…)

 確かに、二人の関係を修復すると言う目的を男は果たしたことになる。今度あ
ったらお礼を言うのも良いかもしれない。どうせ、また会うことになりそうだ
し。
 のほほんとそんな事を思っていたイートンだったが、彼の感謝を吹き飛ばして
居しまうような、吸血鬼との再会が待っているとは知る由もなかった

2007/02/17 23:58 | Comments(0) | TrackBack() | ○Under The Moon
《Under The Moon》 ~ナスビと愉快な仲間達:3~/八重(果南)
PC 八重
場所 オーディル
NPC ナスビ
___________________________________

 まるでアラビアンナイトのような、下弦の月が宿屋の窓から見える夜。
オーディルの宿屋の、麻のシーツ、並みの掛け布団の、適度に落ち着けるベッ
ドの中で、例のひと悶着を終えた八重は横になっていた。彼が望んだわけでも
ないのに、二人に押し付けられて、なぜかナスビと同室だ。
「ナスビ」
 八重は、彼のベッドの傍らにおいてある、バスケットで作ったナスビ専用ベ
ッドの中に転がっているナスビに声をかけた。
「私は、正直頭が痛い。魔族、融合生物の次は吸血鬼とは・・・。次から次へ
と、人間外のものが私の元へ寄ってくるような気がするんだが・・・」
『なにをいう、そう言うお前こそ、融合人間の癖に』
「そうなんだがな・・・」
 八重は、上が少し黄ばんだ天井を見上げながら、先ほどの彼のことを考え
た。
 容姿は、正直、かなり端麗だと思う。
 ただ、(たぶん気分的なもので変えていると思われる)眼といい、吸血鬼で
あるということといい、どうも、信頼に値する人物とは思えない。まあ、眼の
ことでいえばニーツのオッドアイを見慣れているので驚きは少なかったが。
 しかし、何故彼は自分の情報を調べていたのだろう。そして、自分に近づい
た彼の魂胆は一体なんなのだろう。
 それをナスビに話すと、『うーむ、お前、心当たりはないのか?』といわれ
た。
 「心当たりか・・・、私が勝手に組織を抜けたことで、私を始末しようとし
ている連中に雇われたか・・・、私のウサギ化を見抜いた連中が私に復讐する
ために送り込んだか・・・」
『お前、ずいぶんとまあ、不特定多数の人間に恨まれているものだな』
 その言葉に、八重は苦笑で答えた。
『しかし、八重、お前どうするつもりだ?アイツは吸血鬼とはいえ、情報に偽
りはないように我輩には思えたが。ニーツがいくら調べてあるとはい
え・・・』
「それだか、私としてはしばらく様子を見てみようと思う」
 天井を見据えたまま、八重は言った。
「目的が私の命なら、放っておいても彼は私たちの後についてくるだろう。た
だ、積極的に協力を求めるのには少々不安が残るのだ。私と、ニーツだけなら
まだいいのだが、人間であるイートンの身がな・・・」
『ほぅ、お前もイートンの身を案じているのか。ニーツとどうやら同意見のよ
うだな』
「・・・できるなら、彼の情報を、利用できるものなら利用したいと思ってい
るところは、違うとは思うけどな」
 今まで、利用できるものはすべて利用し、頼れるものには浅ましいぐらいに
すがった。そんな自分が、今、他人のことを考える余裕ができてきたのは、人
間に戻れる可能性が出できたからか、それとも・・・。
 これ以上、このことを深く考えるのはやめにして、八重は、前々から疑問に
思ってたことを、思い切ってナスビに尋ねた。
「なぁ・・・。ナスビ、私は前からお前に一つ聞きたい事があったのだが」
『何だ』
「何故、ドクターレンはジュデッカに捕まっていると解ったんだ」
 その質問にナスビは皮肉な笑いを浮かべた。
『・・・地獄だからだ』
「何?」
『あの場所が本当の地獄だからだ。お前は知らないのか?ジュデッカの地下八
十階以下の部屋がどうなっているのか』
「・・・どういうことだ?」
『ジュデッカ地下八十階以下に捕らわれたものは、その肉体が朽ちることも死
ぬことも許されず、永遠にその苦しみを背負わされるのだ』
「ならどうして・・・」
 そんな苦しみをわざわざ受けるのか。彼が融合人間を作り出すほど優秀な
ら、そこから抜け出すことも可能なはずだ。そんな考えがありありと浮かぶそ
の表情に、ナスビは言った。
『・・・そして、それを逆に考えてみろ。すなわち、そこにいれば、老いない
し、死なない』
 唖然とする八重に、ナスビは薄く笑いを浮かべながら言った。
『・・・レン様は、そういうことを普通に考えるお方だ』
 八重は、そのとき初めてドクターレンがどういう人物なのか知った気がし
た。
 そして、それと同時に、そんな人物と対面することがどれほど危険なことで
あるかということをも。

2007/02/17 23:59 | Comments(0) | TrackBack() | ○Under The Moon

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