------------------------------------------
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン
NPC ナスビ 市長 伯父 アエル
---------------------------------------------------
「ジュデッカに行くのか?」
いつもの図書館の闇の中で。
突然、クーロンが問い掛けた。
「…?ああ、そうだが」
「そうか…あそこへ…」
歯切れの悪いクーロンの言葉。ニーツは訝しげに彼を見た。
「何かあるのか?」
問い掛けると、小さな溜息が返る。そして、ポツリと呟いた。
「…そろそろ潮時かのう」
結局腰を落ち着ける事になったイートンの伯父の家のベランダは、ナスビのお気に入りの場所のひとつだった。風通りが良く、月も良く見える。ここで転がって月を見上げてると、あの、満月の日の昂揚感が蘇るのだ。
ナスビは今日もまた、その感覚を求めてベランダへ足を運んだが、そこには既に先客がいた。
ベランダの縁に腰を下ろし、その月に映える髪を風に揺らし、どこか遠くを眺めている魔族の姿。
その近寄り難い雰囲気に、ナスビは一度、躊躇う様に立ち止まったが、すぐに気を取り直して声をかけた。
『何をしている…?』
だが相手はちらりとナスビを見ただけで、すぐに視線を戻した。
『不機嫌そうだな』
「お前もジュデッカへ行くのか?」
ナスビの言葉には答えずに、問い返してくる。
『ああ…我輩もレンさまに会いたいし。…おい、怒ってばっかりだと可愛い顔が台無しだぞ』
気まずい雰囲気を打ち破ろうとナスビとしては最大限の冗談を放ったが、無論笑いが返ってくる訳も無く、更に気まずい雰囲気が落ちる。
それを打ち破ったのは、この場に不釣合いなのんびりとした声だった。
「あれ?ナスビちゃんこんな所に……ニーツ君も」
『おや、イートン』
イートンの声が、ナスビの隣にいた影に気付いて、一気に固くなる。イートンはあのヴェルン湖の騒ぎ以来、まともにニーツと声をかわしていない。最高級の気まずい雰囲気の中、イートンは意を決して口を開いた。
「あの、ニーツく…」
「明日は早いんだろう?もう寝た方がいいんじゃないか」
だがそんなイートンの決心を打ち砕くように、ニーツの冷たい声が響く。イートンは言うべき言葉を見失い、唇を空回りさせた。やがて諦めたように首を振る。
「…そうですね。明日にはこの街から出なきゃいけませんし。僕はもう寝ます。ニーツ君とナスビちゃんも早く寝てくださいね」
おやすみなさい、と小さく残し、イートンはその場を後にした。
『全く、いつまで子供のように拗ねているのだ?』
「別に拗ねているわけじゃないさ。あいつが拗ねているだけだ」
子供の喧嘩の様だな、と思ったが、ナスビは何も言わなかった。口に出したとたん、自分が炭になるのは目に見えていたからだ。
『ふう…我輩ももう寝るかな。お主も早く寝るんだな』
何となくナスビも居づらくなり、そう言い残して部屋の中に消えようとした。だが、ニーツの呟く声に、一度だけ振り返る。
「会いたい人、か…」
だがナスビはそれを聞き流し、部屋の中に静かに消えた。
ナスビが消えるのを確認して、ニーツは瞳を閉じた。
「クーロン…どうして…」
『お前の探し人…。黙っていたが、彼はジュデッカに囚われているということが解った』
クーロンの言葉を思い出す。ジュベッカに行くと告げた時、返ってきた言葉。
ニーツは、ベランダの縁を強く握りこんだ。
(俺が…一体誰を探しているというんだ?)
心の中で独りごちる。
本当は、その答えを知っていた。けれど、捨てた過去には囚われたくなかった。
しかし、嫌が応にも思い出される、暖かい手の感蝕。
既に、諦めたものだったのに。どうして今頃。
クーロンに対して軽く毒づき、ニーツは、ゆっくりと闇を睨んだ。
「じゃ、アエル、元気でね」
次の日、街の入り口には、すっかり旅支度を整えた三人と一個の姿があった。
八重の胸にはヴェルンの涙がぶら下がっている。市長からナスビの手に戻り、ナスビが八重に貸し与えたのだ。
ジュデッカまでは遠いが、これがあればひとまずは安心だろう。
一行を見送りに来ているのは、アエル、市長、そしてイートンの伯父の三人だった。
市長は終始にこやかに、伯父は、八重の細胞は手に入ったものの、ニーツのほうは果たせず、少々不満そうに、そしてアエルは、複雑な笑顔で立っていた。
イートンとアエルの間で、ユサ達の話題は出ていない。急に消えてしまった彼らの話題を、わざと避けるように。
「気をつけていけよ」
「はい、伯父さんも元気で」
「おい、今度こっそりとあの魔族の細胞を手に入れて来てくれないか?」
名残惜しそうにニーツを見ながら言う伯父にイートンは苦笑を返して言った。
「…善処します」
たぶん、無理でしょうが、と心の中で小さく付け加えて。
それにしても、とイートンは独りごちる。
このメイルーンでは色々とあった。
良い事も、悪い事も。
八重が人間に戻る大きな手がかりは見つかった。市長と野犬も分離し、メイルーンに平和が戻った。
でも…。
「では、行って来ます」
氷のような小さな棘を追い払い、イートンは笑って言った。
八重も街の皆を見ながら、小さく笑う。
「色々と、感謝する」
「………」
三者三様の挨拶をして、一行は街を離れた。
大きな期待と、小さな不安を心に孕みながら。
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン
NPC ナスビ 市長 伯父 アエル
---------------------------------------------------
「ジュデッカに行くのか?」
いつもの図書館の闇の中で。
突然、クーロンが問い掛けた。
「…?ああ、そうだが」
「そうか…あそこへ…」
歯切れの悪いクーロンの言葉。ニーツは訝しげに彼を見た。
「何かあるのか?」
問い掛けると、小さな溜息が返る。そして、ポツリと呟いた。
「…そろそろ潮時かのう」
結局腰を落ち着ける事になったイートンの伯父の家のベランダは、ナスビのお気に入りの場所のひとつだった。風通りが良く、月も良く見える。ここで転がって月を見上げてると、あの、満月の日の昂揚感が蘇るのだ。
ナスビは今日もまた、その感覚を求めてベランダへ足を運んだが、そこには既に先客がいた。
ベランダの縁に腰を下ろし、その月に映える髪を風に揺らし、どこか遠くを眺めている魔族の姿。
その近寄り難い雰囲気に、ナスビは一度、躊躇う様に立ち止まったが、すぐに気を取り直して声をかけた。
『何をしている…?』
だが相手はちらりとナスビを見ただけで、すぐに視線を戻した。
『不機嫌そうだな』
「お前もジュデッカへ行くのか?」
ナスビの言葉には答えずに、問い返してくる。
『ああ…我輩もレンさまに会いたいし。…おい、怒ってばっかりだと可愛い顔が台無しだぞ』
気まずい雰囲気を打ち破ろうとナスビとしては最大限の冗談を放ったが、無論笑いが返ってくる訳も無く、更に気まずい雰囲気が落ちる。
それを打ち破ったのは、この場に不釣合いなのんびりとした声だった。
「あれ?ナスビちゃんこんな所に……ニーツ君も」
『おや、イートン』
イートンの声が、ナスビの隣にいた影に気付いて、一気に固くなる。イートンはあのヴェルン湖の騒ぎ以来、まともにニーツと声をかわしていない。最高級の気まずい雰囲気の中、イートンは意を決して口を開いた。
「あの、ニーツく…」
「明日は早いんだろう?もう寝た方がいいんじゃないか」
だがそんなイートンの決心を打ち砕くように、ニーツの冷たい声が響く。イートンは言うべき言葉を見失い、唇を空回りさせた。やがて諦めたように首を振る。
「…そうですね。明日にはこの街から出なきゃいけませんし。僕はもう寝ます。ニーツ君とナスビちゃんも早く寝てくださいね」
おやすみなさい、と小さく残し、イートンはその場を後にした。
『全く、いつまで子供のように拗ねているのだ?』
「別に拗ねているわけじゃないさ。あいつが拗ねているだけだ」
子供の喧嘩の様だな、と思ったが、ナスビは何も言わなかった。口に出したとたん、自分が炭になるのは目に見えていたからだ。
『ふう…我輩ももう寝るかな。お主も早く寝るんだな』
何となくナスビも居づらくなり、そう言い残して部屋の中に消えようとした。だが、ニーツの呟く声に、一度だけ振り返る。
「会いたい人、か…」
だがナスビはそれを聞き流し、部屋の中に静かに消えた。
ナスビが消えるのを確認して、ニーツは瞳を閉じた。
「クーロン…どうして…」
『お前の探し人…。黙っていたが、彼はジュデッカに囚われているということが解った』
クーロンの言葉を思い出す。ジュベッカに行くと告げた時、返ってきた言葉。
ニーツは、ベランダの縁を強く握りこんだ。
(俺が…一体誰を探しているというんだ?)
心の中で独りごちる。
本当は、その答えを知っていた。けれど、捨てた過去には囚われたくなかった。
しかし、嫌が応にも思い出される、暖かい手の感蝕。
既に、諦めたものだったのに。どうして今頃。
クーロンに対して軽く毒づき、ニーツは、ゆっくりと闇を睨んだ。
「じゃ、アエル、元気でね」
次の日、街の入り口には、すっかり旅支度を整えた三人と一個の姿があった。
八重の胸にはヴェルンの涙がぶら下がっている。市長からナスビの手に戻り、ナスビが八重に貸し与えたのだ。
ジュデッカまでは遠いが、これがあればひとまずは安心だろう。
一行を見送りに来ているのは、アエル、市長、そしてイートンの伯父の三人だった。
市長は終始にこやかに、伯父は、八重の細胞は手に入ったものの、ニーツのほうは果たせず、少々不満そうに、そしてアエルは、複雑な笑顔で立っていた。
イートンとアエルの間で、ユサ達の話題は出ていない。急に消えてしまった彼らの話題を、わざと避けるように。
「気をつけていけよ」
「はい、伯父さんも元気で」
「おい、今度こっそりとあの魔族の細胞を手に入れて来てくれないか?」
名残惜しそうにニーツを見ながら言う伯父にイートンは苦笑を返して言った。
「…善処します」
たぶん、無理でしょうが、と心の中で小さく付け加えて。
それにしても、とイートンは独りごちる。
このメイルーンでは色々とあった。
良い事も、悪い事も。
八重が人間に戻る大きな手がかりは見つかった。市長と野犬も分離し、メイルーンに平和が戻った。
でも…。
「では、行って来ます」
氷のような小さな棘を追い払い、イートンは笑って言った。
八重も街の皆を見ながら、小さく笑う。
「色々と、感謝する」
「………」
三者三様の挨拶をして、一行は街を離れた。
大きな期待と、小さな不安を心に孕みながら。
PR
トラックバック
トラックバックURL: