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2024/05/16 21:24 |
Rendora - 6 /クロエ(熊猫)
キャスト:アダム・クロエ
NPC:シックザール・シメオン
場所:シメオンの屋敷→クリノクリアの森
――――――――――――――――

「私はもう行かなくては」

厳しい眼差しで、隠し通路の入り口――今はしっかり閉じて、
漏れた光のみが視覚を補っているだけの――を見ながら
シメオンが言った。

「時間がない。――では、頼む」
『はいっ』

アダムとクロエで同時に返事をして、顔を見合わせる。
クロエはくすっと笑ったが、アダムはきょとんとしたままだった。
それは驚きというより、クロエの笑顔に疑問を抱いているような
感が否めなくも無かったが。

「頼んだぞ」

念を押すように繰り返すと、互いの肩が触れ合うほどの狭い通路の中、
シメオンはぐっと体を抜き出して壁に手を当てた。
ごくん、という重低音のあと、入り口をふさいでいた扉が開く。
物置部屋に繋がっているので眩しくはないが、明り取りの窓からは
午後の陽気が流れ込んで、少なくとも通路よりは明るい。

「シメオン」

彼の姿が見えなくなることに急に不安を感じ、クロエは思わず
友の名を呼んだ。
振り返りかけるシメオンの脇腹にしがみつくようにして
胸に額を押し当てる。

「お土産、持ってきますからね」
「土産…?」
「私は、出かけるだけなのでしょう?またここに帰ってきてもいいのでしょう?
寂しがり屋のあなたが一人でいていいはずはありませんね?」

顔を上げ、笑顔でシメオンを見る。彼は拍子抜けしたような面持ちで
答えを探すことも忘れているようだったが、何かに思い当たったように
応えた。

「あぁ」

それがどの問いに対しての答えなのか――

「そうだな」

わからなかったが、クロエは満足してシメオンから離れた。
アダムの手を握りなおし、半身だけ振り返って手を振る。

「行ってきます!」

シメオンは手を振り返しこそしなかったが、
いくらか和らいだ表情で見送ってくれた。

「クロエさん、走るよ」
「ええ」

クロエとは違い、夜目が利かないアダムにとって
通路の中は真の闇に近いだろう。
しかし彼はあえて手を握ったままで先行してくれた。
もっとも通路は一本道だ。よほど迂闊なことをしないかぎり
前に進めばとにかく出られるはずである。

『アダムー暗いよー怖いよー』
「お前こんな非常事態によくそういう事言えるな」
『なんで僕が言う事全部がさも冗談かのように言うのさー!』
「わかった、わかったよ喚くなよ頼むから!ここ反響率ばっちりなんだから」

そんなアダムと名も姿も知らない剣の軽口でさえ、
反響して重々しく聞こえる。通路はいったん下り坂になり、
最後は上り坂になった。
どうやら屋敷の地下を避けて掘られているらしい。

「てっ」

ふと、アダムが足を止めた。
張り出した木の根にでもぶつけたか、片手で額を押さえてうめく。

「あいたー…」
「大丈夫ですか?休みましょうか」

アダムの顔を覗き込む。確かに、額にうっすらと乾燥した泥がついて
その下がほのかに赤くなっていた。しかしアダムは笑みを返す。

「ん、大丈夫。それにほら、もう出口だ!」

額に当てていた手で、前方を指差す。
その先には、光が通路に射し込んできていた。
出口は茂みの中にでもあるのか、生い茂った葉のシルエットが
額のように四角い光を囲っている。
無言で頷いて、クロエは暗闇に慣れた目を細めた。
アダムが怪我をしている肩をかばうようにしながら足を進める。

と――

「!」

悲鳴が聞こえた。

一人や二人のものではない。形あるものだけのものでもない。
なんの前触れもなく、数え切れないほどの悲鳴が塊になって迫ってくる。

思わず、空いている手で耳をふさぐ。
人としての形に慣れていないせいでその動作はぎこちない。
しかし耳をふさいだところで、姿の無い槍は確実に耳を通して
心に突き刺さり続けていた。

濡れたシーツを被せられたかのように、引き剥がすことさえできない。

小さいもの、大きいもの。高いもの、低いもの。
クロエは命を持っている者でさえあれば、形がなくともすべてと意志を
通わせることができる。
それはドラゴンとして生まれたものにとっては珍しいことでもないが、
今だけはその能力を呪わざるを得ない。

多くは精霊の悲鳴だった。異質なものを取り込んで、吐き出したいのに
吐き出せず、むしろその異物に飲み込まれようとしている。

そんなあらゆる種類の悲鳴が、幾重にも重なる層になって押し寄せてくる。
その中で、クロエは確かに友の慟哭を聴いた。

(あの子…シメオン…泣いてるの…?)

はっとして耳から手を離す。それをつながった手で感じたのだろう、
アダムが訊ねてくる。

「クロエさん?」
「悲鳴(こえ)が…」
「とにかく出よう」

アダムはわからないでも、何らかの危険を悟ったようだ。そのまま
二人で出口に飛び込む。
しぶとく生い茂った葉の波を振り払いながら、外に出る――

そこは森の中に開けた場所だった。下草もなく、目立った石も
落ちていない踏み固められた地面が顔を覗かせている。
その一角の巨大なクリノクリアの木の根元から、二人は
這い出ていたのだった。

(ここは…)

幼い頃、クロエとシメオンが遊び場にしていた場所だった。

「なんっ…?」

思い出に浸る間もない。
周囲を見て、愕然とアダムが言葉を詰まらせた。

「なんだよこれ…火事か…」

まわりを囲むクリノクリアの繊細な木、幹、枝。梢。
それら全てが、まるで鋳型に流し込まれたばかりの鋼のように
赤く染まっている。果ては遠く、この森全てを包み込まんとしていた。

「シメオン!」

脳裏に閃くものを感じて、度重なる悲鳴の中でもひときわ大きく
クロエは絶叫した。
突然のクロエの声に面食らっているアダムの腕を掴み、
激しくゆさぶりながら必死で懇願する。

「アダム、戻りましょう!これはシメオンの力です。こんなに大規模に
力を使ったら、シメオンは――!」

シメオンの力が強大なのはクロエも知っている。だがそれが
無限ではないことを、本人が一番よく知っているはずだ。
クリノクリアの森は広大だ。ドラゴンのクロエが悠々と空を泳げるぐらいの
その範囲を御するのに、一体いかほどの魔力と精神力が必要なのか
クロエには想像することもできない。

さきほど聞こえた悲鳴は、決して気のせいではなかったのだ。

「アダム!」

再度叫ぶも、アダムは口を引き結んで動き出そうとしない。
逆に手を握り返し、あろうことか前に進もうとする。
あらがうように腕に爪を立てるが、それでも力は弱まらない。

「お願いです、このままでは取り返しの付かないことになります!」

アダムは答えてこない。今までの温和な顔に無理やり眉根を寄せて、
厳しく前方を見つめていたかと思うと、押し殺すような声音で呟く。

「クロエさん、行かなきゃ駄目だ」
「どうし――」

そこで言葉は中断された。真っ赤に熾(おこ)った木々が、漣(さざなみ)
のごとく葉を軋らせながら枝を伸ばしてきていた。
シメオンはこの地を護るトレントを操る。しかしそれは自衛のためであり、
間違っても無抵抗な者にその手を下すことはさせないはずだ。

確実に何かがシメオンの身に起きている。その思いによって、
波打つ心拍が早鐘のように感情を突き上げていた。

「駄目なんだよ」

迫る枝――それに触れてどうなるかはわからないが、まず
間違いなくいい事にはならないだろう。それから逃れるように
強引にクロエの手を引いて、アダムが再度走り出す。
その力は強く、元々走ることに馴れていないクロエは従うしかない。
ただ顔だけを後方に向けて、遠ざかる壮麗なシメオンの屋敷を見る。
それを遮るように、伸びた蔓や枝が重力すら無視して
追ってくると、二人の影をむなしく撫でた。

「クロエさん、シメオンさんはきっと大丈夫だから」
「…」

手を引くアダムの声には焦りが感じられたものの、聴く者への配慮があった。
確かに"何か"は起こっているのだろう。その理由を説明する暇すらなく。

そんな状況下でのアダムの行動は、何も知らないクロエから見ても
正しいものだと思う。

それでも答える言葉を見付けられず、クロエは覇気の無い顔をうつむかせた。
しかし視界の端々に映る赤と、今だ地鳴りのように響く悲鳴は
遮ることができない。

「…橋が」
「え」

走るペースはだいぶ落ちてきている。が、呼吸の合間にクロエは息を
はずませながら言った。
古ぼけた記憶の中からこの森の地図を引っ張り出す。

「橋が――あります。この先に。ヴィヴィナ渓谷はさらにその先になりますが、
そこが一番の近道です」
「わかった」

視界に広がる赤という色彩は、体感温度や感情にまで影響してくる。
それは遠い過去にあったあの惨劇を彷彿とさせないでもなかったが、
クロエはまだ青みを残している空を見上げて自制した。

・・・★・・・

「どちくしょおおおお!」

肺を苛めるようにひときわ大きな声で、アダムが叫びながら
鞘に入ったままの剣で銀の蔦を打ち払う。が、打たれた蔦は
衝撃にひるむことなく逆に刀身を絡め取った。
どのみち傷ついた腕ではさほどの威力も出せまい。

剣が悲鳴をあげる。

『ちょっ、やだー!絡むなー!なにプレイなのこれ!』

相変わらず枝葉や蔓を伸ばしてくる森は、中に芯でも入っているかのように
鋭くその姿を変えながら二人を射止めんとしていた。
その中で絡んだ蔦を思い切り振り払い、すりぬけてゆく。

新鮮な水の香りがあたりを満たしていた。もっと周囲が静まれば
水音さえ聞こえているかもしれない。

暑さすら感じる赤い景色の中、とうとうクロエは切り取られた
空間を見出した。
吊り橋のロープが見える。もう少し進めばずらりと並んだ橋げたが
姿を見せるだろう。その事に少しだけ元気が戻る。

「見えました!アダム、あそこです!」
『きゃーっ!』

返ってきたのは剣の叫びだったが、クロエはとりあわずに
目の前に茂った枝をやんわりと手で押しやった。
できれば森の木を傷つけたくない。葉の一枚まで赤銅色に
塗られたそれは、まだ扱い慣れない不器用な手に薄く
赤い線を引いて通り過ぎた。鋭い痛みに顔をしかめる。

(シメオン…)

胸中で呼びながら、前を見て――クロエは呼吸をする事を
忘れた。

橋は確かにあった。クリノクリア・エルフの作ったものにしては
簡素なものだったが、遠い昔に渡ったときは頑丈そのものだった。
規則正しく張られたロープは橋げたを支え、上で飛び跳ねても
しっかりと体重を受け止めてくれそうなほどだった。

しかし目の前にあるのは、いくつか切られたロープ、そして
穴だらけの橋だった。しかも向こう岸に行き着くまでには橋げたが
数十枚ほど足りない。

初めて、クロエは自分が飛び越した年月の一端を見た気がした。
確かに橋は頑丈だった。百年前は。

「そんな――!」

切り傷の痛みを忘れて、クロエは絶望しながら橋に向かおうとし、
ぐん、と引き止められて足を止める。見ると、手で押しやったはずの
枝が蛇のように手首に巻き付いている。動けない。
それは粘菌のように枝分かれを繰り返しながら、じわじわと
棒立ちになって硬直しているクロエの身体を繋ぎとめていった。

「クロエさんっ」
『ぎゃー!!100パーセント檜風呂じゃん!』

首だけをひねってアダムの声に振向くと、彼もまた
木々に縫いとめられていた。その中で、繋いでいる手の
感覚だけが妙に生々しい。
剣の声も聞こえる。姿が見えないが、おそらく同じように
木の中に巻き込まれているのだろう。

服の上から肺を潰されて、ろくに呼吸もできない中でクロエは
目を閉じた。いまだ巻きついてくる蔦を頬に感じながら、
祈るように胸中で語りかける。

(シメオン…聞こえますか?)

木の精霊と話ができれば、それを操るシメオンともまた、
話ができるはずだった。しかし返事はない。

(貴方を助けるにはどうしたらいいですか?)

呻きが聞こえる。それはアダムのものに思えたが、
確認しようにも顔を覆った蔦を引き剥がさなければ
無理だった。

(お願いです、せめてアダムだけでも離してあげてください。
私はもう、人が消えるところなんて見たくないんです)

刹那。

ざぁっ、と鳥の群れが遠ざかるように、瞼を通して
光が差し込んできた。目を――いくらか自由になった目を
開くと、不恰好に伸びた枝や蔦から赤みがひいて、
もとの場所に戻ろうとしている。
それは時間が逆戻りするようでもあり、力尽きて落ちる
蛾のようでもあり、クロエの心をざわめかせた。

刹那。

ゴムのようにはじけた枝がクロエの身体を宙に放り出した。
だるま落としのように、意識だけを残して体だけが
横手にすっ飛んで行く。

空、赤みを取り戻した森、壊れた橋、驚いたアダムの顔、
伸ばされた手――

それらの断続的な光景がでたらめに配置され、
緩慢なその流れの中で、ついに身体は崖を通り過ぎた。

共に落ちた砂利が耳をかすめて上に流れる。
いきなり周りの速度が加速した。内蔵が浮き上がる感覚に
吐き気すら覚えながら、頭から落下してゆく。
耳を通り過ぎる風切り音は眩暈を感じるほど鋭く、痛みすらあった。

最後に見たのは、アダムの顔だった。

歯を食いしばりながらこちらに手を伸ばし、クロエの手を――
掴んだ。

「捕まえたッ!」
「!?」

少なくともクロエは数メートルは飛ばされたはずだった。
それに追いつくにはよほどの身体能力がないか、もしくは
落下地点を正確に予言できでもしなければ不可能である。

もっとも。

アダムは地を蹴り、クロエと同じ速度で崖から落ちていた。

『駄目じゃーん!!!!!!!』
「うるせぇー!」

剣のツッコミに、やぶれかぶれでアダムが切り返す。
クロエは落ちながら繋いだアダムの手を伝って身体を
引き寄せると、耳元で宣言した。

「しっかり、掴まっててくださいね」
「ふぇ?」

言われた台詞の内容より、耳元で囁かれた事に対して
アダムがぽかんと声を上げる。
クロエは手を繋いだまま身体を反転させると、
真っ向から地面に向き直った。
はるか下に、糸のように細く川が流れているのが見える。

目を閉じて意識をまっさらにする。それは念じるというより、
指輪を外すように容易い行為だった――。

クロエの身体が一瞬で光に包まれる。
瞬間、燐光を撒き散らしながら、クロエは元のドラゴンの
姿に戻っていた。

身体に沿うように畳まれていた翼を開く。
いったん空打ちした翼は風を孕み、歪んでいた長細い体躯は
一本の針のように伸びた。

ざあああああ、ともう目前に迫った河川の飛沫を真下に感じる。
流れに逆らいながら、クロエは急上昇して名も無い渓谷を
一気に脱出した。
急激な高低の移動によってかかる重圧すら心地良い。

ふと気になって――視線だけを後方に向けて問う。

≪アダムは、無事ですか?≫
『なんとか生きてるみたい。白目だけど』

剣と会話して、ほっとする。

暴風に晒された赤い森の――いくぶんかその範囲を狭め、
終息に向かっているようにも見えたが――木の葉が舞い上がり、
まるで紙吹雪のようにあたりに散って小さく渦を巻く。

≪行ってきます≫

遠い雷鳴のような鳴き声を森中に響かせ、クロエは
ヴィヴィナ渓谷から香り立つ濃い緑を嗅ぎながら、
はるか彼方に霞むフィキサ砂漠の白い砂を想像した。

この先へは、行ったことがない。

――――――――――――――――
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2007/06/22 01:25 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora
Rendora-7/アダム(Caku)
PC クロエ、アダム
NPC イカレ帽子屋、ギルド職員&ギルド職員アニー、シックザール、シメオン
Place クリノクリアの森→ヴィヴィナ渓谷川辺
-----------------------------------------------------------------------

その気味の悪いほどに白い肌の男は聞き返してきた。

「行方不明?彼がですか?」

「はぁ、とりあえずこちらはここヤコイラまでの契約でしたし…」

ヤコイラのギルドの店員は困ったように返す。ギルド登録者であるからといっ
て、個人の行き先まで管轄ではない。

「荷物の運搬警護も何事もなく終わってます。家か、国か、元のところへ帰っ
たのではないですか?」

「もしかして、この前の旅団についてきた片眼鏡の傭兵さんのことかい?彼な
らクリノクリア・エルフの都に行ったんじゃないか…ほら、あのエルフの人買
い騒動のアレ、彼が助けてやったっていうらしいよ」

受付の後ろから、これまたギルドの関係者が顔だけ棚の後ろから出しながら答
えた。荷を棚にしまう仕事らしく、ひょこっと顔をしまっては、またひょこっ
と顔を出した。

「なんでもエルフの人買いから子供を助けた傭兵がいたらしい。だったらクリ
ノクリアの森のラドフォードへ行ったと思うけど…ただ、あそこのエルフは人
間嫌いだから、魔法の矢で蜂の巣にされてなきゃいいけど」

その言葉を聴くと、男は額を抱えて溜息をついた。

「また面倒事に首を突っ込んだのですか…おや、失礼」

後ろから、青い顔をして飛び込んできた若い女性ーギルドの職員の一人だろう
ーがぶつかってきて、男は真摯な態度で気遣った。声を聞いてやや安堵したか
に見えた女性は、しかし男の病的な気配と怪しい風体にわずかに身を引く。

「どうしたんだアーニ、そんなに青い顔で。エディウスの毒蛾か?それとも毒
蝮か?それともアレか、魔女の呪いでも見かけたか?」

「大変です、クリノクリアの森が全部樹林兵になってて、ラドフォード方面が
真っ赤になってるんです!」

と、ギルド全体が慌しくなる。第一領主の樹林兵は強力だ、三百体で国境の全
てを守護できるほどの攻撃力を有する。それが大量に発生したとなれば外交問
題であるし、もし仮に暴走となればひとたまりもない。
慌しく情報が錯綜するなか、男は…「イカレ帽子屋」はさらに憂鬱な溜息をつ
いた。彼にとって、滅多にない嫌な勘は、自分の相方がまた騒動を起こしてい
ると警告していたのだから。

-----------------------------------------------------------------------



馬鹿にされた気がした、ので聞いてみる。

「おい、シックザール。俺を今馬鹿にしただろ?」

『してるしてる、馬鹿というかもう後先考えない究極の行きっ放しの弓矢みた
いな感じ?ほら戻ってこれなーい』

「くそ、なんとなく否定できない!」

"アダム、しっかり掴まってますか?"

シックザールの口合戦に敗北し、悔しそうなアダム。座っている場所は羽毛の
中みたいで、白い毛が水のようにゆれている。高度速度共に問題なし、だが俺
クロエさんの頭から落ちたら問題あり。死ぬというか、なんかそのまま世界か
ら消えそう。

『高ーーーーい!ほらアダム、空の真ん中を泳いでるよ僕達!』

シックザールの無邪気な声が蒼穹に吸い込まれていく。現在の運転手はクロエ
さん、乗り物もクロエさん、俺何もしてない。青空の中を快適走行中なのであ
る。下にはクリノクリアの緑の森、どうやらあの不可解な赤い現象は収まった
ようだ。だが、森全体に覇気というか、生きているという気力がないようにア
ダムは感じた。

「クロエさん、ヴィヴィナ渓谷ってあのフィキサ砂漠とクリノクリアの森の間
にある!?」

"えぇ”

ヴィヴィナ渓谷…前人未到の大自然、と呼ばれる深い渓谷の名前だ。
エディウス国内でも最高の未開地で、規模は大きくないらしいが天然の自然要
塞のような場所だと聞き及んでいる。正統エディウス国内の三分の一を占める
砂漠地帯とクリノクリアの森をわける形で存在しているという。と、ヴィヴィ
ナ渓谷の情報を脳内確認していると、クロエの気まずそうな声が
聞こえてきた。

"シメオンはどうなったのでしょう、アダム、話してください。何故あんな事
が…"

「……」

クロエの声はおそらく音ではないのだろう。最初に出会ったときはまったくわ
からなかったが、クロエが気を使ってくれているのだろう。イメージとしては
胸の中に青い水が波紋を描いて零れる感じで言葉が聞こえる。不安と一抹の翳
りを帯びたクロエの言葉を聴いて、アダムは何も言えない。

「クロエさん、その、」

『アダム!アダム!前方になんかいるよっ!』

「だーーーーーーーっっ!!お前空気読め!むしろ掴め!」

覚悟して口に出した会話を中断されてアダムは頭をかきむしった。そのまま刀
にチョップを入れようとして、顔を上げてぽかんと口を開ける。





青く深い空と緑の濃い森の上。
その気が遠くなるほどに偉大な二つの世界に、相応しくないものがいた。初め
は蠅の群れ程度だったが、それが進路方向の一帯に浮かんでいる。鼓膜に騒々
しい鳴声らしきものも聞こえてきた。





"?"

「なんだ、アレ」

『鳥?鳥じゃない?だって飛んでるし』

「いや鳥じゃなくても空飛ぶ奴いるだろ」

間の抜けた会話の間に、ぐわぁんとクロエが高度を上げた。何かを感じたの
か、目前の群れを避けたいらしい。耳をつんざくほどの大きくなった鳴声はぴ
たりと止んだ。すると、向こうは頼んでもいないのに、急にこちらに向かい突
進してくる!

”!?”

「クロエさん!あいつら襲ってくるけど今度はどこのお知り合い!?」

『うわ!わっ!』

群れをなして飛んできた謎のものに、クロエは大きく右へ回って回避する。俺
の角度斜め四十五度!そのまま身体を捻って下へ、と上から先ほど掠めた群れ
がまた襲ってくる!

「なんだアレ!」

間近に見た怪物に、アダムは悲鳴じみた疑問を叫ぶ。
四枚の翼をもつ蛇…竜だ、だがあれも竜なのだろうか。魚類のような鱗に、ぬ
るっとした表皮。黒に近い茶褐色の胴体に蝙蝠のような不気味な翼がはためい
ている。目は確認できない、それは遠目から見ると、まるで蛭に翼が生えて、
こちらを狙っているように見えた。

"腐竜…!そんな、彼らはこんなところにいるはず…きゃぁ!"

『わぁぁぁぁぁ!』

クロエの左羽の先端が、腐竜と呼ばれる竜に引っかかれてぼろぼろにされる。
がくん、と一度クロエが沈み、また高度を取り戻そうと大きく羽ばたいて垂直
に上がる!俺の角度直角九十度!!ちょいと、というかかなり危険!シックザー
ルも声だけ見れば真っ青である。吐きそうなのだが、ここは我慢。クロエさん
の頭に嘔吐するわけにもいけないし。

「どぉわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

とにかく危機感から、頭上を通過しようした腐竜をシックザールで串刺しにす
る。首を串刺しにされて、腐竜は緑色の血液を噴出しながらびくびくっと動
く。近くでみればみるほど気味わるい生物だ。それを抜き捨てる、と上から口
を開いて襲ってくたもう一匹をとっさに殴る。噛み付かれた腕に痛みが走る、
とクロエが頭を大きく振ったので腐竜がついてこれず離れていく。もう少し揺
れてたら俺も離れそうだった、アブねー!

"ーーーーーっ!"

次々と発生する腐竜はクロエの身体に牙を立てようと襲い掛かってくる。まさ
に蠅のように周囲を旋回しながら、十匹前後のチームで襲ってくる。

「くそっ」

体長は一メートル前後、アダムの感覚ではそれでも大きいがクロエには羽虫の
ようなものだろう。それが五十、六十も群れをなして襲ってくる。クロエの羽
の先端や体の後方を抉るように千切っていく。個体ならクロエにとって無きに
ひとしい存在でも、団体で襲ってくるのならば話は別だ。例えにある一羽の鷲
と千の鼠を思い出す。どんなに一つの強固な存在でも、千の非力さには勝てな
いのだー…。

クロエの羽が端からぼろぼろになっていく。動きも腐竜の群れに翻弄されて少
しづつ鈍くなっていく。このままではドラゴンのクロエといえど危ない。けれ
ども、ただ「見る」ことしかでないアダムはどうすることもーーーー


---------------------------------------------------------


『クロエの歌は、命を奪う』

『はぁ?』

それはシメオンがアダムに釘付けたただ一つの事項だった。

『いや、普通に喋ってましたけど』

『人間の姿のときじゃない、彼女本来の姿の時のだ』

理解の遅い生徒に忍耐強い先生のような顔で、シメオンは説明した。

『無音の炎だ、クロエの"声"は防御も何もない。発すれば周囲一帯のあらゆる
生命を焼き尽くす』

『そりゃまた…なんつーか』

盛大ですね、と相槌を打つ。いまいちアダムはピンとこない、あのほんわかし
た笑顔の少女が一面を地獄絵図にする光景は想像もつかない。

『百の命を吹き消す声だ、気をつけろ…とは言っておくが君に防ぎきれるもの
ではないから、運を天に願っている』

『てかそれ、割と死ぬけどどうにか頑張ってねって丸投げじゃないっすか!』


--------------------------------------------------------


「クロエさん!俺、降りるっ!!」

七秒かけて覚悟を固めた。未来は丸投げ、明日はどっちだ。今日はこの方法
で、と身を乗り出して下方を確認する。簡単な話で、見ることしかできなら戦
線離脱すればいい。

"…えぇぇっ、ちょ、アダム!?"

『アダムが自爆するーーーーーっ!』

アダムの唐突な自殺宣言に、クロエとシックザールは素っ頓狂な声をあげた。
「はやまんないでー!落ちるの二回目ー!もうやだー!わーん!」などと喚く
刀を道連れに、シメオンになぞって運を天に願う。手を離し、視界が反転。青
く美しい空に優美な巨大竜と醜悪な腐竜の絵が眼球に描き出される。落ちる瞬
間に「異常眼」が吐き出した結果は絶対に近い。なら、即死ぐらいは免れるだ
ろう。問題は川に落ちてからのことだが、まぁシメオンも願っているらしい
し、なんとか神様お願いします。

「クロエさん!」

腐竜のけたたましい声に負けじと、声を張り上げる。
アダムを拾おうと、身体をくらねらた竜を静止するように叫んだ。

「歌え!」

"!?"

瞬間、下方にいた腐竜に背中から激突する。
意識がぶれて、二秒ほど暗転。体がきしんで、激痛も叫ぶ。「異常眼」で確認
したとおり、一匹の腐竜の飛行速度と方向を確認していたので予定通り。落下
速度が弱まり、そのまま腐竜がさきに水面へ、続いてアダムが水中に沈む。

アダムの発言の意味を汲み取ったクロエは、瞬間、大きく口を開いた。






光が、差し込んでいる。
冷たい水の中で、流れや気泡が宝石のようにきらめく。水にふさがれた鼓膜は
嫌な感覚を催し、鼻に入り込んだ水で生理的なくらみを起こす。上を見上げれ
ば、水面上の風景はほとんど輪郭をなしておらず、ただ渓谷の崖とその中央に
浮かぶ蛇のようにくねった竜の姿のみがぼやけて確認できる。

(あ…)

水に侵された鼓膜に、ひときわ美しい音が伝わる。ぼやけた風景でさえ確認で
きる、竜からまるで流星群が発生しているかのような、幻想的な風景。きらき
ら、さらさら、という光の粒子さえ確認できそうだ。それは彗星のような声
だ、青く光りながら流れ落ちる幻想的な波動。

それは命を奪う声だという。

それは命を殺す音だという。

シメオンは言っていた。百の命の灯火を吹き消す声だと、それは死の歌だと。
あぁ、それでもーーーーーーー











「…は、…」

先ほどとはうって変わった穏やかな水流の音。
相当流されたらしく、ちろちろと流れる水面に小魚が数匹のんびり泳いでい
る。まず目に入ったのは穏やかな川辺と石とか木々とか。午後の昼下がりのよ
うに暖かい日差し、木々の花の数とめしべおしべの数、木陰の陰影までもつぶ
さに確認できるのは、「異常眼」を抑えるための片眼鏡がないからだ。実はあ
の片眼鏡はこの異常な眼球を「通常の風景」にぼやけさせるためのものだ。片
眼鏡はあの川で流れてしまったのだろう、まずい、あれは「イカレ帽子屋」に
借金のかたにされている物品の一つで、特注品だというのに。そんな心配事も
一秒でどうでもよくなる。

「アダム」

上から声が聞こえた。
人間の時の彼女の声は、青ではなくオレンジだ。ソプラノだがやんわりとした
口調なので、温かみを感じる。神様ありがとう、天に願っておいて正解だっ
た。

「気が付きましたか?」

「…あー…」

首を動かして、声の主を見る。上手く焦点が合わない、何せ片方は普通の、も
う片方のは、相手のまつげの数は右目が134本、左目が131本で平均6mm前後だと
いうのが分かるぐらいの無駄な高性能眼球である。

「よかった…探すの、大変だったんですよ」

「…はは、そっか」

自分が膝枕されていることに気が付く。川辺の淵で、打ち上げられた魚のよう
にだらりと転がる自分と、それを膝枕して介抱してくれている竜。恥ずかしさ
よりも体のだるさが勝利、美味しいシーンなので味わっておきたいのだが、さ
きほどまで溺れていたので、服も身体もびしょ濡れで全身が重い。ぼんやり
と、クロエを眺める。目の前の人型は安堵したように笑う。


「クロエさん」

「はい?どこか傷がーーー」

「クロエさんの声、綺麗だった」


それだけ言って、アダムはへらっと笑った。

-----------------------------------------------------------------------
Rendora診断(最高五つ★)
恋愛レベルLv.1
ドキドキ度…☆☆★★★
ほんわか度…☆☆★★★
ヤヴァイ度…☆☆☆☆★
胸キュン度…☆☆☆★★

2007/07/17 20:07 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora
Rendora-8/クロエ(熊猫)
キャスト:アダム・クロエ
NPC:シックザール
場所:クリノクリアの森→ヴィヴィナ渓谷川辺
――――――――――――――――

轟音を立てて、火の付いた巨大な枯木が崖下へと転落してゆく。

砂利を跳ね散らかしながらそれが川岸に着地したのを見届けて、
クロエは大きすぎる身体を持て余すように、ゆっくりと
絶壁に身を滑らせた。

川岸まであと2メートルほどまで、というところで呪文を紡ぎ、
人型で着地する。
意外に強い反動によろめきつつもなんとか踏みとどまって
先に落ちた枯れ木を探す。枯れ木は衝撃でだいぶ削れていたが
まだ火を伴って煙を上げていた。

「よい、しょ…」

火が廻っていない枝の部分を両手で掴んで、引きずる。
しかし足場が悪い上に枯れ木は相当な重さなので、結局
枯れ木の位置はさほど変わらなかった。

「クロエさん、えと、ありがとう…いいよそこで。俺が行くから」

なぜか引きつった笑顔でよろりと立ち上がるアダム。
クロエは動かない枯れ木を手放して、小走りで彼の元へ行くと
脇の下から首を滑り込ませてアダムの体重を支えた。

「ありがと」
「さっき悲鳴をあげてましたけど大丈夫ですか?」
『燃えた大木でも落ちてきたんじゃない?』

剣の軽い皮肉に、苦笑する。

「ごめんなさい……火の点け方、わからなくて」
「いいよ。俺の荷物も水浸しで、火を点ける道具もしばらく
使えそうもないし――助かったよ」

どうにかアダムを枯れ木の元まで連れてくる。木はいよいよ本格的に
燃え出し、焚き木を足さずともあと数時間はもちそうだった。
手ごろな岩に座り、ぐしゃぐしゃに濡れた上着を脱ぎながらアダムが
ふと疑問を投げかけてきた。

「それにしてもこれ、どうしたの?」
「さっきの場所まで遡って、余波で燃えた木を運んできたんです」
『そんな手間かけるくらいなら僕達乗せて上まで行けたじゃん!?』
「あ」

剣のツッコミに呆然と立ち尽くす。アダムも数秒ほど気まずそうに
炎を見つめていたが、ふっと息をつくと、クロエを見上げて笑った。

「休んでいこうよ。さすがにちょっと疲れたしね。ここはだいぶ
下流で追っ手も来る様子ないし…。
よく考えたら俺、あんま寝てない上に朝からなんも食ってないんだ」
『やーっぱり人には甘いんだからぁ、アダムはー』
「うるせっ」

ばちん、と木が爆ぜる。羽虫のように細かい火の粉が立ち上り、
虚空で消えた。

「あー…その、クロエさん。悪いけどちょっとむこう向いててもらえるかな」
「?」

突然わからないことを言ってきたアダムの様子を訝って、彼の顔を見る。
何かを躊躇していることはわかるが、何に迷っているのかがわからない。
アダムは自分の体を両手で示しながら、言いにくそうに口を開いた。

「なんていうか…俺、びしょ濡れじゃん?」
「ええ」
『川にドボンだしね。それも自ら』

頷く。剣も調子を合わせて口を挟む。アダムもうんうんと頷いて、時間を
稼ぐように腕を組んだ。

「で、ほら。びしょ濡れってことはなんていうか服もびしょ濡れなんだよね」
「そうですね」
「できれば乾かしたほうがいいよね」
「はい」
「でも服着たままだと乾かしにくいと思わない?」
「思います」
「それって脱がなきゃいけないってことだよね」
「はい」

ここまでアダムは始終笑顔だったが、少なからず疲労をにじませて
きていたのは傍目にも明らかだった。
望みをかけるように、最後に身を乗り出して訊いてくる。

「俺が言いたいこと、わかってくれた?」

遥かスズナ山脈から流れる雪解け水は、相当な冷たさだろう。
アダムの言いたいことはよくわかる。

「えっと、服を脱いで乾かしたいんですよね」
「そう!」

クロエが聞いたそのままのことを繰り返すと、顔を輝かせてアダムが
びしと人差し指でさしてきた。

クロエもにっこり笑って、それに応える。

「どうぞ?」
「なんでだぁああああああああっ!!!!!!」

頭を抱えて絶叫するアダムの様子に仰天して、クロエは慌てて
うずくまるアダムの顔を覗き込んだ。

「え?どういう事ですか?私、今おかしい事言いましたか?」
「なんでそんな『心外だ』みたいな顔できちゃうの、クロエさん…」

ぐったりと力ない声音でそれだけ言って、顔を伏せる。
だがすぐに顔をあげ、傍に転がっていた手ごろな流木に
脱いだ上着をかけると、それを火のそばに立てながら言ってくる。

「んと、いいや。まぁなんていうか俺がいいって言うまで
とりあえず川でも見てて。振向いちゃ駄目だからね」
「え、なんで――」
「いいからっ!お願い!」

強引にそこで話を切られ、しぶしぶとクロエはアダムと
背中合わせになる格好で岩に腰を下ろした。
それを確認してからか、一拍遅れて背後からがさがさとアダムが
服を脱いでいる音が聞こえてくる。

「いててて」
「傷、痛みます?」

不安になって――振り返らないまま、訊く。
さきほどの襲撃以前に、アダムは既に手負いである。
クロエもいくつか手傷を負ったが、ドラゴンの回復力は
人間の比にならないほど高い。今日中にでも完治するだろう。
だが、アダムは人間だ。人間は寿命が短いばかりか治癒力も遅い。

返事はすぐに返ってきた。

「うーん、まぁ痛いっちゃ痛いけど、動けないこともないから大丈夫。
 …あちゃー、この包帯ももう限界だな。新しいのはっと…駄目だ。濡れてら」

その後も音は聞こえてきていた。服を脱ぐ音に続き、鞄をひっくり返して
中身を物色している音、アダムのくしゃみなど。

一刻ののち、さすがに飽きてきてクロエは肩越しに問いかけた。

「アダムー、もういいですかー?」
「ダメッ!今一番ダメ!」

慌てたような制止に従い、振り返りかける首を止める。
何かを企むような含み笑いを混ぜながら、剣がぼそりと付け加えた。

『アダムの下着姿見たいなら別だけどね』
「おまっ、余計なこと言うなよ!」
「人の身体って、興味あります」
「クロエさんなんて事言うのちょっと!」

いよいよ慌てる声。そんなアダムに軽く口を尖らせつつ、クロエは反論する。

「だって人のお友達ってあまりいないんですもの。森から出ることだって
ほとんどないし、ラドフォードに来る人間の数は限りがありますから」
「だからって純情な男の子の裸は見ないでお願いだから」
「えー…?」
『環境の違いって怖いねー』

剣の声に首を傾げながらも、視線を虚空から川の流れに戻す。
不意に吹き付けた風――断崖から降りてきた冷たい空気に、
すくむ身体を自分で抱き寄せる。

「ねぇ、アダム」
「んー?」

服を掛ける枝を探しにでも行ったのか、声は遠いところから聞こえてきた。
かまわず、続ける。

「さっき、私の"歌"。褒めてくれましたよね」
「ん……あぁ、綺麗だったよ。ホント」

石を踏む音と共に近づいてくる声。よいしょ、と言って座ったらしいアダムの
気配を感じつつ、クロエは川の煌きを見つめながら決然と言い放った。

「もうあんな事言わないでください」

言ってしまってから――
揃えた膝に両肘をつき、口だけを残して顔を手で覆う。
炎の音と水の流れる音にかき消されそうな、アダムの呟きが背後から漏れた。

「え」
「嬉しかったんです。とっても……。だけど、駄目です。
あれはとても恐ろしい兵器なんです。アダム」

顔を上げて首だけで振向く。りん、とささやかな鈴の音が勢いで鳴った。
肩越しに、意外に広いアダムの裸の背が少しだけ見える。
それを確認して――というわけでもないが、クロエは再び川に向き直った。

「あれをひとたび放ってしまえば、私にはもうどうすることもできません。
目の前の生命が消えていくのを見るしかないんです。
そして気づいたときには、そこに私しかいない…」

アダムは何も言わない。姿が見えないことで、もしかして彼が
この独白を聞いていないのではないかという危惧が頭をかすめたが、
返事のかわりに気まずそうに身じろぎする彼の気配を感じる。

「私は……あれを誇りに思いたくないんです」

暗い眼差しでそれだけ言って、いったん口を閉じる。
沈黙を埋めるように吹き抜ける風は相変わらず冷たい。

「ラドフォードで何が起きたのか、話してもらえますか」

――――――――――――――――
さーて今回のRendora診断だよ!
なんといっても半裸のアダムんがドキドキ度と
ヤヴァイ度を稼ぎまくってひどい結果になったよ!
クロエの暗い独白で胸キュン(悪い意味で)度は3、
次はほんわか度が上がるといいね!

Rendora診断(最高五つ★)
恋愛レベルLv1.5
ドキドキ度… ☆★★★★
ほんわか度…☆☆☆☆★
ヤヴァイ度… ★★★★★
胸キュン度… ☆☆★★★

2007/07/17 20:10 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora
Rendora-9/アダム(Caku)
PC クロエ、アダム
NPC シックザール
Place ヴィヴィナ渓谷川辺
-----------------------------------------------------------------------

吐くものは取っていなかったのが幸いし、胃液だけを吐き出すだけですんだ。
透明度の高い川の水で、口の中をゆすぐ。そのまま顔に突っ込むように顔を浸して、うーん
と唸る。

「気持ちわりぃ…」

ここ三日間で魔法攻撃一回+締め付け攻撃+飛び降りというトリプルダメージをくらっている
のだ。常人よりかは鍛えている自信はあるが、そもそもお題目が常人でも死ぬんじゃないか
割と、というレベルのものである。肉体的にかなり無理が来たらしく、体中に鈍痛が巡ってい
る。

「まずいなぁ…これだと」

山越え、谷越えなんて無理に近い。一刻も早くここから離れなきゃいけないのだが、体が言
うことを聞いてくれない。先程のすったもんだの際に確認したら、腹部に異常なほどの青痣
が広がっていて、ついでにさっきから血痰まじりの唾が出てくる。もしかしたら内臓を傷つけ
たのかもしれない、そうするとますます事態は深刻だ。

「クロエさんに先行ってもらうしかない、かな…」

ははは、案内人失格である。自嘲紛れに笑みが零れた、川から顔を離すとくらりと眩暈が
起こる。そしてまた川に突っ伏してしまう。やっぱ自分にはそういう、国家とか大脱走とかス
ケールの大きいことは向かないのかもしれない。
水面の中の異常眼は冷静に、水面の温度と透明度、成分分析までつらつらと始める。スズ
ナ山脈の鉄分が0.5%と言われても何の役にも立たない。せめて、コイツがもう少しだけでも
もっと力のある能力だったら…

「…情けねー…」

いつものことだったが、今回ばかりは自分に落ち込むアダムであった。

************************************************************************

『クロエさん、落ち込んでる?』

「はい…」

正直に答える竜に、刀は「だよねーやっぱり」と言葉口調だけで溜息をついた。嘘がつけな
いアダムは、やっぱり嘘がつけなかったので、ラドフォードでの逃走劇の真相を丁寧に話し
てしまったのである。

「…昔は、それでも人との争いはありました。でも、そんな…今みたいなことはなかったんで
す。そんな、私が」

シックザールを抱え込んでうつむくクロエ。話を終えたアダムはトイレだとか行って川のほう
へ行ってしまった。残されたクロエはうつむいたまま、沈鬱な表情でアダムの残したシック
ザールと一緒にいた。

『……兵器って見られていたことにショックだったの?』

「違う…と思います。私のせいで、クリノクリアのエルフ達にそんな迷惑をかけてしまったこ
と…シメオンが今も酷い目にあってるかもしれないこと…そして、」

シックザールに、一粒の水滴が零れた。

「また、私は人を殺してしまうかもしれない…」

そのまましばらく時が過ぎた。木々の揺れる音と、小鳥の鳴声が頭上に響いている。風が
少しだけ強くなってきて、クロエのスカートを揺らした。そして、先に喋りだしたのはシックザ
ールのほうだった。

『ねぇ、クロエさん。僕、一度も人を殺したことないんだ』

「…え?」

唐突に始まった会話に、クロエは涙を流すのも忘れてぽかんとした。

『おかしいデショ?だって僕、刀だもん。人を殺すために作られたんだ。でもね、アダムは僕
で人殺しをしたこと、一回もないよ』

「………」

クロエの泣き顔に、シックザールは明るい口調で…それこそ茶飲み話みたいな雰囲気で続
けた。

『僕はただの道具だけどアダムはね、”友達だ”って言ってくれるんだよ。友達に人殺しさせ
るわけにはいかないだろって。僕、どうして刀なんだろうって思うときあったよ。だってアダム
とかクロエさんみたいに”生きるために”生まれてこれたなら、どんなに幸せかなぁって』

「…生きるため?」

『だって、クロエさんには生かすか殺すか選択権があるじゃない。でも僕にはないものだし。
僕はそもそもそれ専用のために作られたから、それ以外のことには役に立たないって思っ
てたんだよ…でもね』

もし刀に胸があったのなら、シックザールは胸を張って答えただろう。自信に満ち溢れた言
葉で、

『僕、刀でよかったなぁって今は思うんだヨ。だって友達のアダムを守ってあげられるモン。
アダムはね言ってたよ”お前は人殺しの道具だったかもしれないけど、今は俺の友達だろ”
って』

一振りの刀が秘めていたのは、そんななんでもない一言だった。
そんななんでもない、当のアダムでさえそのときの会話を覚えているかどうか。しかし、それ
がシックザールの一番大事なものかもしれない。

『クロエさんも、アダムの友達なんデショ?だったら大丈夫だよ、アダムの友達はね、人殺
しなんてしないんだよ』

************************************************************************

クロエが笑った。シックザールも声はなくとも笑っていた。
二人でしばらく笑いあった後、同時にはたと目を(シックザールには目はなかったので気配
を)あわせた。

「…ところで、アダムが遅くありませんか?」

『偶然だよね、僕もそんなコト思ってたんだケド…』

二人は顔を見合わせて(シックザールの本体を見て)、そのまま駆け足で斜面を下りていっ
た。

『よく考えれば、三日前から合計してけっこう生死が危ないかもしんない』

「人間ってどれくらい脆いんですか!?」

人間オンチのクロエに、シックザールはえーと、といいながら考える。

『えーと、割とさっきの飛び降りは十回やると八回ぐらいは死ぬカモ』

「アダム!!」

悲鳴に近い声で、川岸に向かうクロエ。シックザールも『生きてるといいなぁ、だってせっかく
いい事言ったんだし』と呟いた。

************************************************************************

痛みと冷たさで沈んでいた意識の中、ふいに暖かい光で目を覚ます。
急に痛みが引いて、理性が戻り意識が水面から浮上する。か細い手がしっかりと身体を支
えていた。

「良くなりましたか?」

目の前にいるのは、人の形をした竜だった。ぐったりした自分を支えてもびくともしない。普
通逆だろ、いや役割が。

「あれ、クロエさん…回復魔法?」

「いいえ、アダムにお願いしたんです」

「あぁ…そうなの…」

そりゃ女の子のお願いは断れない。自分単純すぎやしないか?
クロエには一種の支配能力があるらしく(本人いわく、お願い事だというが)自然に影響しあ
る程度まで働きかけることができるという。

「本当は人間とかとてもはっきりした自我を持つ命には難しいんですけど」

植物を元気にしたり、水を綺麗にしたりできるという。この場合、アダムの身体に働きかけて
治癒を促進させたと見るべきか。もうクロエさん何やっても驚かないよ俺。

「アダム」

「あー結構楽になった。とりあえず今日寝てればなんとかなりそう…ってなに?」

なんかじっと見つめてくるクロエさん。ちょいと心拍数が上がりそうなのを飄々とした受け答
えで誤魔化そうとするが、顔が赤くなるのは止められない。

「その、…私は友達ですか?」

突然のクロエの、真剣な言葉。
するとアダムはその言葉に酷くショックを受けた顔をし、すぐに引きつった笑顔になって言葉
を続ける。なぜか語尾が震えている。

「…え、ま、まぁそうだよね。友達だよね」

「ありがとうアダム!私は、貴方の友達ですね!」

するとクロエはとても嬉しそうに笑って言った。隣でアダムも笑いつつ、どこか寂しげな目で
それを見つめる。




「友達…だよなぁ、やっぱり」

「はい?」

「いんや、なんでもないから…」

なぜかちょっとだけうなだれるアダムに首をかしげたクロエ。
シックザールは『あーぁ、クロエさんてば見事にやっちゃったなぁ』と心の中で呟いていた。
夕方の空に、薄い雲が伸びる。ようやくクリノクリアの悪夢の一日が終わりを告げようとして
いた。

************************************************************************
Rendora診断(最高五つ★)
恋愛レベルLv1.8
ドキドキ度… ☆☆☆☆★
ほんわか度…☆★★★★
ヤヴァイ度… ☆☆★★★
胸キュン度… ☆☆☆☆★

2007/07/20 02:08 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora
Rendora-10/クロエ(熊猫)
キャスト:アダム・クロエ
NPC:シックザール
場所:クリノクリアの森→ヴィヴィナ渓谷川辺
――――――――――――――――

もう一度クロエが倒れた古木を谷底に落として
焚き木を足したのを除けば、平穏な夜だ。

夕闇に染まる谷底はさらに寒さを増し、焚き火から少しでも離れれば
あっという間に体温を奪っていってしまう。
それほど入り組んだ地形でもない谷底にある、わずかな出っ張りの隅で
二人は火を囲んで座っていた。

膝を抱えると、スカートに染み付いた焚き木の匂いが鼻を通る。

それから顔をそむけるように、クロエはアダムのほうをちらと見た。
アダムは鞄から取り出した金属の筒を、やはり金属製の爪でこじあけている。
尋ねると、缶詰という保存食の類だと彼は答えた。

クロエが多少癒したためか、アダムはさきほどより動けるようになっていた。
が、それでもこの谷底で食料を確保して料理するまでには回復していないらしく、
こうして貴重な缶詰の封を開けている。

まじまじとそれを見ていると、アダムは手を止めた。
そして困ったように笑い、缶詰を開けていた道具を差し出してくる。

「やってみる?」
「いいんですか!?」

ぱっと顔が輝くのを自覚しながら、クロエは嬉々として頷いた。

「ふちにツメを引っ掛けて…そう、そんでもって押して…」
『クロエ、逆だよそれー』
「こうですか?」
「いや、上下逆ってことじゃなくてね…」

アダムとシックザールの声を背景に何回かやってみるものの、
どうにも上手くいかない。危うい手つきのクロエを見るアダムは、
顔を見て察するに缶を引っ繰り返されることを恐れているようだった。

「か、代わろうか」
「そのほうがいいみたいです」

苦笑して、素直に缶を明け渡す。手早く蓋を開けながら、アダムが尋ねてくる。

「ラドフォードには缶詰、ないんだ?」
「どうでしょう?少なくとも100年前はこんな便利な物見たことありませんでした。
今は…あるのかわかりませんが」
「そっか…クロエさん、起きてからラドフォードにいたのって一日もないんだよね」

なにげなく放たれたその事実に、はたと動きを止める。
同時に「しまった」という顔で、アダムも一瞬手を止めた。

「ごめん」
「いえ…気にしないでください。あれ以上ラドフォードに留まっていたら、
むしろ離れられなくなっていたかもしれませんから」

微笑して返すが、アダムはそれは建前だと受け取ったらしい。肩を落として、
開いた缶詰に直接フォークを突っ込む。
アダムに食欲がないのははた目にも明らかだった。
あまり噛まずに缶詰の中身を口に掻き込んで、一言も発することなく数分で
質素な食事を終わらせてしまう。

「俺、そろそろ寝るね」
『えー。もうー?』
「そうだよ。怪談でも話せってのか?」

カラン、と空になった缶にフォークが当たって音をたてる。
その音に我に返ったクロエは頷いたが、既にアダムは焚き火にあてて
乾かしていた薄い毛布のようなものを引っ張っると、鞄を枕にして
岩と岩の間に身体を横たえようとしていた。

「ちょ、ちょっと待ってください」

慌てて制止する。しかしアダムは背に当たる石の感触に顔を
しかめながら言った。

「あぁ、大丈夫だよ。何時間かしたら見張りするから」
「違いますっ」
「?」

立ち上がり、疑問符を浮かべたアダムと焚き火から少し離れる。
アダムはそのまま動きを止め、ぽかんと事の成り行きを見ていた。
それには構わず、呪文を呟いてさっと身を翻す――

一瞬後には、川に沿って竜の姿で横たわっている。
がらがらと音を立てる石原を腹の下に敷いて、ゆっくりと
アダムのほうを見る。半身を起こした青年は、まだ呆気に
とられた顔でこちらを凝視していたが。

一日に何度も身体を変化させるうち、クロエは確実に距離感を
掴み始めていた。
人の姿であれば声を張らなければ川の流れる音に負けてしまう
距離でも、竜の姿ともなれば話は別だ。
もっとも、相手の心に直接響く念話では距離は関係ないが。

『どうぞ』
「はぁ!?」

すっとんきょうな声をあげて、アダムが冷水でも浴びせられたような
顔で完全にこちらに身体を向けてくる。
クロエは顔をアダムの鼻先に近づけると、さらに地面に顔を伏せて、
額を見せ付けるようにしながら言った。

『石の上で寝るのはつらいでしょう?よかったら私の上に寝てください』
「な、何言ってんの?え、いや…え?」

ワイアーム種族の体には鱗のほかに、わずかだが羽毛が生えている。
わずかといってもそれはクロエの身体全体の割合の話であって、
アダム一人くらい寝転がってもまだ余裕があるほどの範囲を占めているが。

それでも抵抗があるらしく――クロエにはどうして彼がそれほど
ためらうのかさっぱりわからなかったが――アダムはただうろたえている。

『いいじゃん、寝ちゃいなよ。昼間あのずるべたキモ竜に背中から
ダイレクトに落ちて超痛いっぽいじゃん』

面倒臭そうに、シックザール。

『仮に追っ手が来たとしてもそのまま逃げられますし…。
見張りなら私がしているからゆっくり寝ていてください』
「いや、そうじゃなくてね……」

ぺたんと顎をつけたまま、じっとアダムの狼狽ぶりを
上目遣いに見て、一言呟く。

『知っていますか?私を見ると、よい夢が見られるそうですよ』

・・・★・・・

竜の姿のときにはないもの。

人の姿のときにはあるもの。

視界を濁す水。

感情を洗い流す透明な水滴。

羅列すれば"それ"を表す人間の言葉はいくらでもあった。
しかし、クロエはそれの本当の名前について考えたことはない。
そもそも人語をこうして日常的に使う事すら初めてに等しい。

"それ"が何か問いかけたら、アダムは笑うだろうか。
それとも疎ましく感じるだろうか。

(人にとっては…ありふれたものでしょうから…)

ちょうど頭の頂点あたりにアダムの重みを感じる。
ついさっきまで落ち着かない様子で寝返りを打っていたようだったが、
疲労が勝ったのかぴくりともしない。

結局のところ、100年かけても人間は変わりはしなかったのだ。

ふっと、そんな思考が脳裏をかすめる。
人間は優しくなどなっていなかった。それどころかさらに強大で
冷酷なものになっていた。
ぎゅっと胸を締められるような感覚に襲われながら、クロエは
静かに目を閉じる。

脳髄の向こうから音の無い絶叫が聞こえる。

それらを発する者の顔に恐怖などありはしなかった。
ただ驚愕のうちにすべてを取り払われて塵と化していく様を、
クロエは余さず見ていた。

すべてが果てる光景。その中心にいる自分。
その光景を作り出した自分。


『綺麗だった』


(やめて!)

凄惨な記憶に割り込んできた、柔らかい声を振り払うように
目を見開く。
いつの間にか呻いていた。低い地鳴りのような竜のいななきは
谷底で反響し、水音にかき消されていった。

その中で、アダムの寝息が聞こえる。

(この姿になっていてよかった…)


人の姿だったら、きっと泣いていただろうから。


――――――――――――――――
機関車があるなら缶詰くらいあってもいいじゃない。

Rendora診断(最高五つ★)
恋愛レベルLv2
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ヤヴァイ度… ☆☆☆☆★
胸キュン度… ☆☆★★★

2007/08/24 01:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora

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