PC クロエ、アダム
NPC イカレ帽子屋、ギルド職員&ギルド職員アニー、シックザール、シメオン
Place クリノクリアの森→ヴィヴィナ渓谷川辺
-----------------------------------------------------------------------
その気味の悪いほどに白い肌の男は聞き返してきた。
「行方不明?彼がですか?」
「はぁ、とりあえずこちらはここヤコイラまでの契約でしたし…」
ヤコイラのギルドの店員は困ったように返す。ギルド登録者であるからといっ
て、個人の行き先まで管轄ではない。
「荷物の運搬警護も何事もなく終わってます。家か、国か、元のところへ帰っ
たのではないですか?」
「もしかして、この前の旅団についてきた片眼鏡の傭兵さんのことかい?彼な
らクリノクリア・エルフの都に行ったんじゃないか…ほら、あのエルフの人買
い騒動のアレ、彼が助けてやったっていうらしいよ」
受付の後ろから、これまたギルドの関係者が顔だけ棚の後ろから出しながら答
えた。荷を棚にしまう仕事らしく、ひょこっと顔をしまっては、またひょこっ
と顔を出した。
「なんでもエルフの人買いから子供を助けた傭兵がいたらしい。だったらクリ
ノクリアの森のラドフォードへ行ったと思うけど…ただ、あそこのエルフは人
間嫌いだから、魔法の矢で蜂の巣にされてなきゃいいけど」
その言葉を聴くと、男は額を抱えて溜息をついた。
「また面倒事に首を突っ込んだのですか…おや、失礼」
後ろから、青い顔をして飛び込んできた若い女性ーギルドの職員の一人だろう
ーがぶつかってきて、男は真摯な態度で気遣った。声を聞いてやや安堵したか
に見えた女性は、しかし男の病的な気配と怪しい風体にわずかに身を引く。
「どうしたんだアーニ、そんなに青い顔で。エディウスの毒蛾か?それとも毒
蝮か?それともアレか、魔女の呪いでも見かけたか?」
「大変です、クリノクリアの森が全部樹林兵になってて、ラドフォード方面が
真っ赤になってるんです!」
と、ギルド全体が慌しくなる。第一領主の樹林兵は強力だ、三百体で国境の全
てを守護できるほどの攻撃力を有する。それが大量に発生したとなれば外交問
題であるし、もし仮に暴走となればひとたまりもない。
慌しく情報が錯綜するなか、男は…「イカレ帽子屋」はさらに憂鬱な溜息をつ
いた。彼にとって、滅多にない嫌な勘は、自分の相方がまた騒動を起こしてい
ると警告していたのだから。
-----------------------------------------------------------------------
馬鹿にされた気がした、ので聞いてみる。
「おい、シックザール。俺を今馬鹿にしただろ?」
『してるしてる、馬鹿というかもう後先考えない究極の行きっ放しの弓矢みた
いな感じ?ほら戻ってこれなーい』
「くそ、なんとなく否定できない!」
"アダム、しっかり掴まってますか?"
シックザールの口合戦に敗北し、悔しそうなアダム。座っている場所は羽毛の
中みたいで、白い毛が水のようにゆれている。高度速度共に問題なし、だが俺
クロエさんの頭から落ちたら問題あり。死ぬというか、なんかそのまま世界か
ら消えそう。
『高ーーーーい!ほらアダム、空の真ん中を泳いでるよ僕達!』
シックザールの無邪気な声が蒼穹に吸い込まれていく。現在の運転手はクロエ
さん、乗り物もクロエさん、俺何もしてない。青空の中を快適走行中なのであ
る。下にはクリノクリアの緑の森、どうやらあの不可解な赤い現象は収まった
ようだ。だが、森全体に覇気というか、生きているという気力がないようにア
ダムは感じた。
「クロエさん、ヴィヴィナ渓谷ってあのフィキサ砂漠とクリノクリアの森の間
にある!?」
"えぇ”
ヴィヴィナ渓谷…前人未到の大自然、と呼ばれる深い渓谷の名前だ。
エディウス国内でも最高の未開地で、規模は大きくないらしいが天然の自然要
塞のような場所だと聞き及んでいる。正統エディウス国内の三分の一を占める
砂漠地帯とクリノクリアの森をわける形で存在しているという。と、ヴィヴィ
ナ渓谷の情報を脳内確認していると、クロエの気まずそうな声が
聞こえてきた。
"シメオンはどうなったのでしょう、アダム、話してください。何故あんな事
が…"
「……」
クロエの声はおそらく音ではないのだろう。最初に出会ったときはまったくわ
からなかったが、クロエが気を使ってくれているのだろう。イメージとしては
胸の中に青い水が波紋を描いて零れる感じで言葉が聞こえる。不安と一抹の翳
りを帯びたクロエの言葉を聴いて、アダムは何も言えない。
「クロエさん、その、」
『アダム!アダム!前方になんかいるよっ!』
「だーーーーーーーっっ!!お前空気読め!むしろ掴め!」
覚悟して口に出した会話を中断されてアダムは頭をかきむしった。そのまま刀
にチョップを入れようとして、顔を上げてぽかんと口を開ける。
青く深い空と緑の濃い森の上。
その気が遠くなるほどに偉大な二つの世界に、相応しくないものがいた。初め
は蠅の群れ程度だったが、それが進路方向の一帯に浮かんでいる。鼓膜に騒々
しい鳴声らしきものも聞こえてきた。
"?"
「なんだ、アレ」
『鳥?鳥じゃない?だって飛んでるし』
「いや鳥じゃなくても空飛ぶ奴いるだろ」
間の抜けた会話の間に、ぐわぁんとクロエが高度を上げた。何かを感じたの
か、目前の群れを避けたいらしい。耳をつんざくほどの大きくなった鳴声はぴ
たりと止んだ。すると、向こうは頼んでもいないのに、急にこちらに向かい突
進してくる!
”!?”
「クロエさん!あいつら襲ってくるけど今度はどこのお知り合い!?」
『うわ!わっ!』
群れをなして飛んできた謎のものに、クロエは大きく右へ回って回避する。俺
の角度斜め四十五度!そのまま身体を捻って下へ、と上から先ほど掠めた群れ
がまた襲ってくる!
「なんだアレ!」
間近に見た怪物に、アダムは悲鳴じみた疑問を叫ぶ。
四枚の翼をもつ蛇…竜だ、だがあれも竜なのだろうか。魚類のような鱗に、ぬ
るっとした表皮。黒に近い茶褐色の胴体に蝙蝠のような不気味な翼がはためい
ている。目は確認できない、それは遠目から見ると、まるで蛭に翼が生えて、
こちらを狙っているように見えた。
"腐竜…!そんな、彼らはこんなところにいるはず…きゃぁ!"
『わぁぁぁぁぁ!』
クロエの左羽の先端が、腐竜と呼ばれる竜に引っかかれてぼろぼろにされる。
がくん、と一度クロエが沈み、また高度を取り戻そうと大きく羽ばたいて垂直
に上がる!俺の角度直角九十度!!ちょいと、というかかなり危険!シックザー
ルも声だけ見れば真っ青である。吐きそうなのだが、ここは我慢。クロエさん
の頭に嘔吐するわけにもいけないし。
「どぉわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
とにかく危機感から、頭上を通過しようした腐竜をシックザールで串刺しにす
る。首を串刺しにされて、腐竜は緑色の血液を噴出しながらびくびくっと動
く。近くでみればみるほど気味わるい生物だ。それを抜き捨てる、と上から口
を開いて襲ってくたもう一匹をとっさに殴る。噛み付かれた腕に痛みが走る、
とクロエが頭を大きく振ったので腐竜がついてこれず離れていく。もう少し揺
れてたら俺も離れそうだった、アブねー!
"ーーーーーっ!"
次々と発生する腐竜はクロエの身体に牙を立てようと襲い掛かってくる。まさ
に蠅のように周囲を旋回しながら、十匹前後のチームで襲ってくる。
「くそっ」
体長は一メートル前後、アダムの感覚ではそれでも大きいがクロエには羽虫の
ようなものだろう。それが五十、六十も群れをなして襲ってくる。クロエの羽
の先端や体の後方を抉るように千切っていく。個体ならクロエにとって無きに
ひとしい存在でも、団体で襲ってくるのならば話は別だ。例えにある一羽の鷲
と千の鼠を思い出す。どんなに一つの強固な存在でも、千の非力さには勝てな
いのだー…。
クロエの羽が端からぼろぼろになっていく。動きも腐竜の群れに翻弄されて少
しづつ鈍くなっていく。このままではドラゴンのクロエといえど危ない。けれ
ども、ただ「見る」ことしかでないアダムはどうすることもーーーー
---------------------------------------------------------
『クロエの歌は、命を奪う』
『はぁ?』
それはシメオンがアダムに釘付けたただ一つの事項だった。
『いや、普通に喋ってましたけど』
『人間の姿のときじゃない、彼女本来の姿の時のだ』
理解の遅い生徒に忍耐強い先生のような顔で、シメオンは説明した。
『無音の炎だ、クロエの"声"は防御も何もない。発すれば周囲一帯のあらゆる
生命を焼き尽くす』
『そりゃまた…なんつーか』
盛大ですね、と相槌を打つ。いまいちアダムはピンとこない、あのほんわかし
た笑顔の少女が一面を地獄絵図にする光景は想像もつかない。
『百の命を吹き消す声だ、気をつけろ…とは言っておくが君に防ぎきれるもの
ではないから、運を天に願っている』
『てかそれ、割と死ぬけどどうにか頑張ってねって丸投げじゃないっすか!』
--------------------------------------------------------
「クロエさん!俺、降りるっ!!」
七秒かけて覚悟を固めた。未来は丸投げ、明日はどっちだ。今日はこの方法
で、と身を乗り出して下方を確認する。簡単な話で、見ることしかできなら戦
線離脱すればいい。
"…えぇぇっ、ちょ、アダム!?"
『アダムが自爆するーーーーーっ!』
アダムの唐突な自殺宣言に、クロエとシックザールは素っ頓狂な声をあげた。
「はやまんないでー!落ちるの二回目ー!もうやだー!わーん!」などと喚く
刀を道連れに、シメオンになぞって運を天に願う。手を離し、視界が反転。青
く美しい空に優美な巨大竜と醜悪な腐竜の絵が眼球に描き出される。落ちる瞬
間に「異常眼」が吐き出した結果は絶対に近い。なら、即死ぐらいは免れるだ
ろう。問題は川に落ちてからのことだが、まぁシメオンも願っているらしい
し、なんとか神様お願いします。
「クロエさん!」
腐竜のけたたましい声に負けじと、声を張り上げる。
アダムを拾おうと、身体をくらねらた竜を静止するように叫んだ。
「歌え!」
"!?"
瞬間、下方にいた腐竜に背中から激突する。
意識がぶれて、二秒ほど暗転。体がきしんで、激痛も叫ぶ。「異常眼」で確認
したとおり、一匹の腐竜の飛行速度と方向を確認していたので予定通り。落下
速度が弱まり、そのまま腐竜がさきに水面へ、続いてアダムが水中に沈む。
アダムの発言の意味を汲み取ったクロエは、瞬間、大きく口を開いた。
光が、差し込んでいる。
冷たい水の中で、流れや気泡が宝石のようにきらめく。水にふさがれた鼓膜は
嫌な感覚を催し、鼻に入り込んだ水で生理的なくらみを起こす。上を見上げれ
ば、水面上の風景はほとんど輪郭をなしておらず、ただ渓谷の崖とその中央に
浮かぶ蛇のようにくねった竜の姿のみがぼやけて確認できる。
(あ…)
水に侵された鼓膜に、ひときわ美しい音が伝わる。ぼやけた風景でさえ確認で
きる、竜からまるで流星群が発生しているかのような、幻想的な風景。きらき
ら、さらさら、という光の粒子さえ確認できそうだ。それは彗星のような声
だ、青く光りながら流れ落ちる幻想的な波動。
それは命を奪う声だという。
それは命を殺す音だという。
シメオンは言っていた。百の命の灯火を吹き消す声だと、それは死の歌だと。
あぁ、それでもーーーーーーー
「…は、…」
先ほどとはうって変わった穏やかな水流の音。
相当流されたらしく、ちろちろと流れる水面に小魚が数匹のんびり泳いでい
る。まず目に入ったのは穏やかな川辺と石とか木々とか。午後の昼下がりのよ
うに暖かい日差し、木々の花の数とめしべおしべの数、木陰の陰影までもつぶ
さに確認できるのは、「異常眼」を抑えるための片眼鏡がないからだ。実はあ
の片眼鏡はこの異常な眼球を「通常の風景」にぼやけさせるためのものだ。片
眼鏡はあの川で流れてしまったのだろう、まずい、あれは「イカレ帽子屋」に
借金のかたにされている物品の一つで、特注品だというのに。そんな心配事も
一秒でどうでもよくなる。
「アダム」
上から声が聞こえた。
人間の時の彼女の声は、青ではなくオレンジだ。ソプラノだがやんわりとした
口調なので、温かみを感じる。神様ありがとう、天に願っておいて正解だっ
た。
「気が付きましたか?」
「…あー…」
首を動かして、声の主を見る。上手く焦点が合わない、何せ片方は普通の、も
う片方のは、相手のまつげの数は右目が134本、左目が131本で平均6mm前後だと
いうのが分かるぐらいの無駄な高性能眼球である。
「よかった…探すの、大変だったんですよ」
「…はは、そっか」
自分が膝枕されていることに気が付く。川辺の淵で、打ち上げられた魚のよう
にだらりと転がる自分と、それを膝枕して介抱してくれている竜。恥ずかしさ
よりも体のだるさが勝利、美味しいシーンなので味わっておきたいのだが、さ
きほどまで溺れていたので、服も身体もびしょ濡れで全身が重い。ぼんやり
と、クロエを眺める。目の前の人型は安堵したように笑う。
「クロエさん」
「はい?どこか傷がーーー」
「クロエさんの声、綺麗だった」
それだけ言って、アダムはへらっと笑った。
-----------------------------------------------------------------------
Rendora診断(最高五つ★)
恋愛レベルLv.1
ドキドキ度…☆☆★★★
ほんわか度…☆☆★★★
ヤヴァイ度…☆☆☆☆★
胸キュン度…☆☆☆★★
NPC イカレ帽子屋、ギルド職員&ギルド職員アニー、シックザール、シメオン
Place クリノクリアの森→ヴィヴィナ渓谷川辺
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その気味の悪いほどに白い肌の男は聞き返してきた。
「行方不明?彼がですか?」
「はぁ、とりあえずこちらはここヤコイラまでの契約でしたし…」
ヤコイラのギルドの店員は困ったように返す。ギルド登録者であるからといっ
て、個人の行き先まで管轄ではない。
「荷物の運搬警護も何事もなく終わってます。家か、国か、元のところへ帰っ
たのではないですか?」
「もしかして、この前の旅団についてきた片眼鏡の傭兵さんのことかい?彼な
らクリノクリア・エルフの都に行ったんじゃないか…ほら、あのエルフの人買
い騒動のアレ、彼が助けてやったっていうらしいよ」
受付の後ろから、これまたギルドの関係者が顔だけ棚の後ろから出しながら答
えた。荷を棚にしまう仕事らしく、ひょこっと顔をしまっては、またひょこっ
と顔を出した。
「なんでもエルフの人買いから子供を助けた傭兵がいたらしい。だったらクリ
ノクリアの森のラドフォードへ行ったと思うけど…ただ、あそこのエルフは人
間嫌いだから、魔法の矢で蜂の巣にされてなきゃいいけど」
その言葉を聴くと、男は額を抱えて溜息をついた。
「また面倒事に首を突っ込んだのですか…おや、失礼」
後ろから、青い顔をして飛び込んできた若い女性ーギルドの職員の一人だろう
ーがぶつかってきて、男は真摯な態度で気遣った。声を聞いてやや安堵したか
に見えた女性は、しかし男の病的な気配と怪しい風体にわずかに身を引く。
「どうしたんだアーニ、そんなに青い顔で。エディウスの毒蛾か?それとも毒
蝮か?それともアレか、魔女の呪いでも見かけたか?」
「大変です、クリノクリアの森が全部樹林兵になってて、ラドフォード方面が
真っ赤になってるんです!」
と、ギルド全体が慌しくなる。第一領主の樹林兵は強力だ、三百体で国境の全
てを守護できるほどの攻撃力を有する。それが大量に発生したとなれば外交問
題であるし、もし仮に暴走となればひとたまりもない。
慌しく情報が錯綜するなか、男は…「イカレ帽子屋」はさらに憂鬱な溜息をつ
いた。彼にとって、滅多にない嫌な勘は、自分の相方がまた騒動を起こしてい
ると警告していたのだから。
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馬鹿にされた気がした、ので聞いてみる。
「おい、シックザール。俺を今馬鹿にしただろ?」
『してるしてる、馬鹿というかもう後先考えない究極の行きっ放しの弓矢みた
いな感じ?ほら戻ってこれなーい』
「くそ、なんとなく否定できない!」
"アダム、しっかり掴まってますか?"
シックザールの口合戦に敗北し、悔しそうなアダム。座っている場所は羽毛の
中みたいで、白い毛が水のようにゆれている。高度速度共に問題なし、だが俺
クロエさんの頭から落ちたら問題あり。死ぬというか、なんかそのまま世界か
ら消えそう。
『高ーーーーい!ほらアダム、空の真ん中を泳いでるよ僕達!』
シックザールの無邪気な声が蒼穹に吸い込まれていく。現在の運転手はクロエ
さん、乗り物もクロエさん、俺何もしてない。青空の中を快適走行中なのであ
る。下にはクリノクリアの緑の森、どうやらあの不可解な赤い現象は収まった
ようだ。だが、森全体に覇気というか、生きているという気力がないようにア
ダムは感じた。
「クロエさん、ヴィヴィナ渓谷ってあのフィキサ砂漠とクリノクリアの森の間
にある!?」
"えぇ”
ヴィヴィナ渓谷…前人未到の大自然、と呼ばれる深い渓谷の名前だ。
エディウス国内でも最高の未開地で、規模は大きくないらしいが天然の自然要
塞のような場所だと聞き及んでいる。正統エディウス国内の三分の一を占める
砂漠地帯とクリノクリアの森をわける形で存在しているという。と、ヴィヴィ
ナ渓谷の情報を脳内確認していると、クロエの気まずそうな声が
聞こえてきた。
"シメオンはどうなったのでしょう、アダム、話してください。何故あんな事
が…"
「……」
クロエの声はおそらく音ではないのだろう。最初に出会ったときはまったくわ
からなかったが、クロエが気を使ってくれているのだろう。イメージとしては
胸の中に青い水が波紋を描いて零れる感じで言葉が聞こえる。不安と一抹の翳
りを帯びたクロエの言葉を聴いて、アダムは何も言えない。
「クロエさん、その、」
『アダム!アダム!前方になんかいるよっ!』
「だーーーーーーーっっ!!お前空気読め!むしろ掴め!」
覚悟して口に出した会話を中断されてアダムは頭をかきむしった。そのまま刀
にチョップを入れようとして、顔を上げてぽかんと口を開ける。
青く深い空と緑の濃い森の上。
その気が遠くなるほどに偉大な二つの世界に、相応しくないものがいた。初め
は蠅の群れ程度だったが、それが進路方向の一帯に浮かんでいる。鼓膜に騒々
しい鳴声らしきものも聞こえてきた。
"?"
「なんだ、アレ」
『鳥?鳥じゃない?だって飛んでるし』
「いや鳥じゃなくても空飛ぶ奴いるだろ」
間の抜けた会話の間に、ぐわぁんとクロエが高度を上げた。何かを感じたの
か、目前の群れを避けたいらしい。耳をつんざくほどの大きくなった鳴声はぴ
たりと止んだ。すると、向こうは頼んでもいないのに、急にこちらに向かい突
進してくる!
”!?”
「クロエさん!あいつら襲ってくるけど今度はどこのお知り合い!?」
『うわ!わっ!』
群れをなして飛んできた謎のものに、クロエは大きく右へ回って回避する。俺
の角度斜め四十五度!そのまま身体を捻って下へ、と上から先ほど掠めた群れ
がまた襲ってくる!
「なんだアレ!」
間近に見た怪物に、アダムは悲鳴じみた疑問を叫ぶ。
四枚の翼をもつ蛇…竜だ、だがあれも竜なのだろうか。魚類のような鱗に、ぬ
るっとした表皮。黒に近い茶褐色の胴体に蝙蝠のような不気味な翼がはためい
ている。目は確認できない、それは遠目から見ると、まるで蛭に翼が生えて、
こちらを狙っているように見えた。
"腐竜…!そんな、彼らはこんなところにいるはず…きゃぁ!"
『わぁぁぁぁぁ!』
クロエの左羽の先端が、腐竜と呼ばれる竜に引っかかれてぼろぼろにされる。
がくん、と一度クロエが沈み、また高度を取り戻そうと大きく羽ばたいて垂直
に上がる!俺の角度直角九十度!!ちょいと、というかかなり危険!シックザー
ルも声だけ見れば真っ青である。吐きそうなのだが、ここは我慢。クロエさん
の頭に嘔吐するわけにもいけないし。
「どぉわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
とにかく危機感から、頭上を通過しようした腐竜をシックザールで串刺しにす
る。首を串刺しにされて、腐竜は緑色の血液を噴出しながらびくびくっと動
く。近くでみればみるほど気味わるい生物だ。それを抜き捨てる、と上から口
を開いて襲ってくたもう一匹をとっさに殴る。噛み付かれた腕に痛みが走る、
とクロエが頭を大きく振ったので腐竜がついてこれず離れていく。もう少し揺
れてたら俺も離れそうだった、アブねー!
"ーーーーーっ!"
次々と発生する腐竜はクロエの身体に牙を立てようと襲い掛かってくる。まさ
に蠅のように周囲を旋回しながら、十匹前後のチームで襲ってくる。
「くそっ」
体長は一メートル前後、アダムの感覚ではそれでも大きいがクロエには羽虫の
ようなものだろう。それが五十、六十も群れをなして襲ってくる。クロエの羽
の先端や体の後方を抉るように千切っていく。個体ならクロエにとって無きに
ひとしい存在でも、団体で襲ってくるのならば話は別だ。例えにある一羽の鷲
と千の鼠を思い出す。どんなに一つの強固な存在でも、千の非力さには勝てな
いのだー…。
クロエの羽が端からぼろぼろになっていく。動きも腐竜の群れに翻弄されて少
しづつ鈍くなっていく。このままではドラゴンのクロエといえど危ない。けれ
ども、ただ「見る」ことしかでないアダムはどうすることもーーーー
---------------------------------------------------------
『クロエの歌は、命を奪う』
『はぁ?』
それはシメオンがアダムに釘付けたただ一つの事項だった。
『いや、普通に喋ってましたけど』
『人間の姿のときじゃない、彼女本来の姿の時のだ』
理解の遅い生徒に忍耐強い先生のような顔で、シメオンは説明した。
『無音の炎だ、クロエの"声"は防御も何もない。発すれば周囲一帯のあらゆる
生命を焼き尽くす』
『そりゃまた…なんつーか』
盛大ですね、と相槌を打つ。いまいちアダムはピンとこない、あのほんわかし
た笑顔の少女が一面を地獄絵図にする光景は想像もつかない。
『百の命を吹き消す声だ、気をつけろ…とは言っておくが君に防ぎきれるもの
ではないから、運を天に願っている』
『てかそれ、割と死ぬけどどうにか頑張ってねって丸投げじゃないっすか!』
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「クロエさん!俺、降りるっ!!」
七秒かけて覚悟を固めた。未来は丸投げ、明日はどっちだ。今日はこの方法
で、と身を乗り出して下方を確認する。簡単な話で、見ることしかできなら戦
線離脱すればいい。
"…えぇぇっ、ちょ、アダム!?"
『アダムが自爆するーーーーーっ!』
アダムの唐突な自殺宣言に、クロエとシックザールは素っ頓狂な声をあげた。
「はやまんないでー!落ちるの二回目ー!もうやだー!わーん!」などと喚く
刀を道連れに、シメオンになぞって運を天に願う。手を離し、視界が反転。青
く美しい空に優美な巨大竜と醜悪な腐竜の絵が眼球に描き出される。落ちる瞬
間に「異常眼」が吐き出した結果は絶対に近い。なら、即死ぐらいは免れるだ
ろう。問題は川に落ちてからのことだが、まぁシメオンも願っているらしい
し、なんとか神様お願いします。
「クロエさん!」
腐竜のけたたましい声に負けじと、声を張り上げる。
アダムを拾おうと、身体をくらねらた竜を静止するように叫んだ。
「歌え!」
"!?"
瞬間、下方にいた腐竜に背中から激突する。
意識がぶれて、二秒ほど暗転。体がきしんで、激痛も叫ぶ。「異常眼」で確認
したとおり、一匹の腐竜の飛行速度と方向を確認していたので予定通り。落下
速度が弱まり、そのまま腐竜がさきに水面へ、続いてアダムが水中に沈む。
アダムの発言の意味を汲み取ったクロエは、瞬間、大きく口を開いた。
光が、差し込んでいる。
冷たい水の中で、流れや気泡が宝石のようにきらめく。水にふさがれた鼓膜は
嫌な感覚を催し、鼻に入り込んだ水で生理的なくらみを起こす。上を見上げれ
ば、水面上の風景はほとんど輪郭をなしておらず、ただ渓谷の崖とその中央に
浮かぶ蛇のようにくねった竜の姿のみがぼやけて確認できる。
(あ…)
水に侵された鼓膜に、ひときわ美しい音が伝わる。ぼやけた風景でさえ確認で
きる、竜からまるで流星群が発生しているかのような、幻想的な風景。きらき
ら、さらさら、という光の粒子さえ確認できそうだ。それは彗星のような声
だ、青く光りながら流れ落ちる幻想的な波動。
それは命を奪う声だという。
それは命を殺す音だという。
シメオンは言っていた。百の命の灯火を吹き消す声だと、それは死の歌だと。
あぁ、それでもーーーーーーー
「…は、…」
先ほどとはうって変わった穏やかな水流の音。
相当流されたらしく、ちろちろと流れる水面に小魚が数匹のんびり泳いでい
る。まず目に入ったのは穏やかな川辺と石とか木々とか。午後の昼下がりのよ
うに暖かい日差し、木々の花の数とめしべおしべの数、木陰の陰影までもつぶ
さに確認できるのは、「異常眼」を抑えるための片眼鏡がないからだ。実はあ
の片眼鏡はこの異常な眼球を「通常の風景」にぼやけさせるためのものだ。片
眼鏡はあの川で流れてしまったのだろう、まずい、あれは「イカレ帽子屋」に
借金のかたにされている物品の一つで、特注品だというのに。そんな心配事も
一秒でどうでもよくなる。
「アダム」
上から声が聞こえた。
人間の時の彼女の声は、青ではなくオレンジだ。ソプラノだがやんわりとした
口調なので、温かみを感じる。神様ありがとう、天に願っておいて正解だっ
た。
「気が付きましたか?」
「…あー…」
首を動かして、声の主を見る。上手く焦点が合わない、何せ片方は普通の、も
う片方のは、相手のまつげの数は右目が134本、左目が131本で平均6mm前後だと
いうのが分かるぐらいの無駄な高性能眼球である。
「よかった…探すの、大変だったんですよ」
「…はは、そっか」
自分が膝枕されていることに気が付く。川辺の淵で、打ち上げられた魚のよう
にだらりと転がる自分と、それを膝枕して介抱してくれている竜。恥ずかしさ
よりも体のだるさが勝利、美味しいシーンなので味わっておきたいのだが、さ
きほどまで溺れていたので、服も身体もびしょ濡れで全身が重い。ぼんやり
と、クロエを眺める。目の前の人型は安堵したように笑う。
「クロエさん」
「はい?どこか傷がーーー」
「クロエさんの声、綺麗だった」
それだけ言って、アダムはへらっと笑った。
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Rendora診断(最高五つ★)
恋愛レベルLv.1
ドキドキ度…☆☆★★★
ほんわか度…☆☆★★★
ヤヴァイ度…☆☆☆☆★
胸キュン度…☆☆☆★★
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