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2024/04/30 05:02 |
易 し い ギ ル ド 入 門 【11】/エンジュ(千鳥)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【11】』 
   
               ~ こいばな ~


場所 :ソフィニア魔術学院
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス ベルベッド

※ベルベッドに対してエンジュはアンジェラという偽名と使っている。
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 部屋の中から拍手の音が聞こえた。そろそろ講座も終わりに差し掛かったようだ。

「ごめんなさい。引き止めてしまったわね」
「いいのよ。私、話を聞くのって苦手みたい。実際に動いて見る方がいいわ」
「あなた、魔法生物に興味があるの?」

 その言葉にベルベッドは探るような目でエンジュを見た。目の前に居るハーフエルフがどれだけ信用できる人物か見定めようとしているのだ。

「えぇ、本当は本物が見れれば一番良かったんだけど…」

 対するエンジュも、ねだる様な口調で答えた。ベルベッドが自分に好意を持っていることは分かっている。彼女は今、アンジェラから奪った生きた魔法生物を持っているのだ。親密になれば見せてもらうことも出来るかもしれない。
 後一押し何か彼女の心を掴まなければ……

「ハーフエルフに理解のある人と知り合えて嬉しいわ、ベルベッド。私たち良いお友達になれると思わない?」

 彼女の肩に触れると、エンジュは極上の微笑を浮かべた。
 弟のユークリッドと同様、男女両方に威力のあるらしいエンジュの端正な美貌にベルベッドも思わず魅入っていた。

「そうね……。少しここで待っててくれない?片づけが終わったらアタシの部屋で良いものを見せてあげるわ」

 それだけ言うと、慌ててエンジュの元を離れた。

「まぁ、最初はこんなもんよね」

 講義室の扉が開き、中から人々が出てきた。エンジュはシエルの姿を探して出口を覗いた。ちょうど、部屋の中でシエルの仮面が割れたところだった。

(うっわーっ!!)

 それは思わずエンジュが赤面したくなるような光景だった。儚げに座り込むシエルは美しく、見詰め合う二人は確かに運命の出会を果たした男女だった。しかし、シエルの性格とこれが茶番である事を知るエンジュには、まるで自分の娘のラブシーンでも見ているような気恥ずかしさが先にたつ。
 それでも、周知公認の中二人は出会ったのだから、それでよしとしよう…等とぶつぶつと心の中で呟いているのもつかの間、そこに邪魔が入った。
 
(エルフがどうしてこんな所にいンのよッ!)

 恋の邪魔者、イルランと名乗った男は本来なら魔術学院とは縁が無い純粋なエルフだった。しかも、遠くにいるエンジュにすら聞こえるような声で『運命』等という恥ずかしい言葉を繰り返している。用意された運命に運命を感じるなど、喜劇でしかないというのに。

(人間に恋したエルフはしつこいわよ…)

 これからの計画を大きく阻む危険性を感じ、エンジュはシエルを心配げに見つめた。

 本来エルフのように長寿で生涯を一人の伴侶と添い遂げる種族は、恋愛に関しては慎重でプラトニックな部分が多い。しかし、はるかに寿命の短い相手を伴侶として選ぶとなれば、そんな悠長な事は言っていられなくなる。本来の目的であるところの子孫繁栄を果たすべく、彼は全力でシエルにアタックしてくるに違いない。
 エルフの森に迷い込んだ父を匿(かくま)い、周囲の反対を押し切って子供まで成した母は、父の事以外では、実にたおやかな女性であったから、エルフの内に秘めた情熱をエンジュは身をもって知っていた。

 出来ればイルランの動きを牽制したい所だが、シエルとエンジュが知り合いである事がベルベッドに知れるとまずい。パリスが上手くイルランからシエルを守ってくれると良いのだが。

「一人の女も守れないような男に任せるのは心配よね……」

 シエルを守るには、自分が頑張るしかなさそうだ。

「アンジェラ、お待たせ。アタシの研究室に案内するわ。…どうかしたの?」
 
 頭を抱えるエンジュをベルベッドが不思議そうに覗き込んだ。

「ちょっと今、恋愛の難しさについて実感しているところ」
「あら、アンジェラは恋をしているの?」

 違う。と言いかけて、慌てて「そうよ」と言い直す。女同士の友情を深めるならば、作り話ででも打ち解けたように見せかけたほうが良い。

「どんな人なの?」
「そうねぇ…」

 取りあえず身近な異性を思い浮かべて、最初に出てくるのが弟というところが情けない。あの馬鹿を例に出すのも癪なので、はるか昔の初恋の相手などを頑張って記憶の奥底から掘り出してみることにした。

「いつも陽気で…冒険者だったから子供みたいな所もあったけど頼りがいのある人よ。奥さんと子供がいたけどね」
「…辛い恋なのね」
「……」

 自分を人間の世界に連れ出してくれた叔父への淡い初恋を話したつもりが、何だか間違ってしまたような気がしてならない。

「ベルベッドはどうなの?」
「アタシは、いないわ」
「え!?」

 あの時の切なげな表情に、エンジュは彼女がパリスに恋をしていると確信していた。予想外の答えに思わず声を上げる。

「でも、結婚したいと思う男はいるわ」

 そう言って、大きく薄い唇を広げて笑うと、ベルベッドの表情は冷酷な魔女のように見えた。

「そういう笑い方、しない方がいいわよ」

 それ以前に彼女が浮かべた微笑みは、ずっと魅力的だった。自虐的な笑みは見ているほうが辛くなる。

「魔女のよう。でしょう?アタシのうちは貧しくてね、子供を養うだけの稼ぎも無かった。幸い、アタシには魔法の才能があって、魔術学院に奨学金で通うことで何とかこうして生きてこられた」
「ベルベッド…」
「アタシの結婚したい男はね、金と家の力で才能が無くせに研究員を続けられるような男なの。そのくせ見てくれが良くて、好きな女の為なら地位も家も捨てられるって言うのよ?あんなぼんくらが、そんな生活に耐えられるわけ無いじゃない。
 絶対に、邪魔して見せるわ。」

 恋愛は難しい。それが嫉妬なのか、愛なのか見分けのつかないものならなおさらだ。

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2007/02/12 17:04 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【12】/シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【12】』 
   
               ~ 続く障害 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス ベルベッド イルラン

※ベルベッドに対してエンジュはアンジェラという偽名と使っている。
****************************************************************

 部屋から出て、食堂へ向かう予定が狂った。
 あの迷惑なエルフもひとまず退散したようだし、障害はない……はずだったのに。
 上手くいかない時には上手くいかないことが続くモノなのだろうか。

「パリス、その人は誰?」

 自虐的で卑屈な笑みを浮かべる女が立ち塞がる。
 魔女と揶揄される女・ベルベットだと、一目で分かった。
 パリスは咄嗟に目を逸らし、明後日の方向を見ている。その隣で一人、彼女の視線
に晒されているシエルが小さく溜め息を吐いた。
 彼女の不躾な視線にウンザリしたのだ。婚約者が仲良さそうに他の女と連れだって
歩いていたら、女の面子丸潰れだということくらい流石に分かる。分かるのだが、あ
の視線をぶつけられるのはあまり気分のいいモノでもなくて。

「困っていたところを助けていただいたんです。アナタこそどちらさま?」

 名前を聞くなら先に名乗れ。
 軽く挑発してみる。

「ベルベットよ。そこの男の婚約者」

 勝ち誇ったようなウィッチスマイルでベルベットが答えた。
 しかし、そんなことは当然知っているシエルは、驚くどころかあざ笑う。

「婚約者に目も合わせて貰えないなんて、アナタ相当嫌われているのね。
 か・わ・い・そ・う・に」

 ベルベットの顔が見る間に紅潮した。
 おや、どうも気にしていたらしい。

「アナタには関係のないことだわ。それよりちゃんと名乗ったらどうなの?」
「イヤよ」
「何ですって!?」
「アナタなんかに名乗る名前は持っていないわ」

 火花のバチバチという効果音が聞こえそうな対峙。
 顔を真っ赤にして髪が逆立ちそうな勢いのベルベットに比べ、シエルは対照的に涼
しい表情を保っている。互いが互いの目を見据える妙な緊張感に、皆が呑まれかけて
いた。

 そう、廊下にいた皆が遠巻きに様子を窺っているのだ。
 再び舞台のように視線を浴びても、シエルは表情を崩すことはなかった。




「ちょっと、何事!?」

 遅れてベルベットの後ろに現れたのはエンジュだった。ベルベットは廊下を曲がる
際にパリスを見かけ、エンジュをその場に待たせたまま、一人で引き返してきていた
らしい。
 険悪な空気は廊下の端まで届いたのだろう。待ちきれずに彼女を追ったエンジュ
は、シエルの顔を見つけると「しまった」という表情を一瞬浮かべた。
 不幸中の幸いか、ベルベットはシエルを睨み続けていた為、気付かない。

「アンジェラ、もう少し待ってて。大事な用が出来たの」

 シエルから視線を逸らすことなくそう答えるベルベット。
 エンジュはベルベットの肩を軽く叩くと、彼女に小さな声で耳打ちした。

「何があったの?」
「婚約者に連れがいたから挨拶してるの」

 シエルを睨んだまま、大きく薄い唇を広げて笑う。
 エンジュは辛そうに顔をしかめ、耳打ちを続けた。

「婚約? 勝ちも同然じゃない。結婚したい相手って彼なんでしょう?」
「そう……そうね、ええ、そうよ」

 ベルベットの顔色が少し落ち着きを取り戻し始める。

「バツが悪くて目を逸らしているけど、別に相手の女を庇う風でもないし。
 まあ、モテる男がファンの相手しているだけって見えなくもないけど」

 そこでやっと、視線がシエルから外れた。パリスを見たのだ。

「パリス、魔法生物の実験って楽しそうだと思わない?」

 ビクッと目に見えて体を震わせた男を見て、ようやく満足そうに笑うベルベット。

「分かっているんだったらいいわ。じゃあね、名乗る名前もない脇役さん」

 そういうと、ベルベットはエンジュを連れて去っていく。それを合図に、取り巻い
ていた群衆がちらほらと離れ始め、空気が通常のモノへと戻り始める。
 この男はダメだ……と本気で思っているせいか、不安そうに寄り添う演技が苦痛に
感じるシエルであった。




 気を取り直して談笑しながら、食堂の一角を陣取った。日が射し込まない席を選ん
で、それでも明るい室内に「永くは保たないな」と思いながら。

 パリスの評価としては、顔も悪くはなく、話も悪くなく、性格が悪い男でもなかっ
た。 が、それだけだ。
 明るく気さくな好青年、と言えば聞こえはいいが、婚約者には言い返すことも出来
ず、連れを庇うことすらろくに出来ていない。こんな人が家を出てやっていけるのだ
ろうか?

「婚約なさってるんですね、いいんですか? 私と一緒にいて」
「いいんです。親が勝手に決めた相手ですから。今時、時代錯誤な話ですよ」
「それは……望んでいないんですか」
「私だって出来ればあなたのような……いや、失礼」

 手をそれとなく握り、パッと離す。
(婚約者がいながら別の女を口説く男、それだけ聞いたら最低ね)
 そう思いつつも、恥ずかしそうに手を引っ込めた。

「同じ手を、一体何人に使ったのかしら」
「あなただけですよ」

(うわー、コレで信じる女がいたらバカだわね)

「ずっと前からあなたを知っていたような気がします」

 シエルの頬が朱に染まる。
(こんなに恥ずかしい台詞が吐けるなんて、どこかおかしいんじゃないかしら)
 聞いているこっちが恥ずかしいのだ。

「あの、さっきは本当にありがとうございました」

 真っ赤な顔でにこりと笑う。

「いえ、あなたと知り合えて、私の方が幸運でしたよ……おや、どうしました?」

 シエルが慌ててパリスの陰に隠れるも、時既に遅し。

「ああ、やはり運命だ!」

 花束を抱えたイルランに見つかってしまったらしい。
 シエルはこっそり頭を抱えた。


2007/02/12 17:04 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【13】/エンジュ(千鳥)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【12】』 
   
               ~ 続く障害 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス ベルベッド イルラン

※ベルベッドに対してエンジュはアンジェラという偽名と使っている。
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 ベルベッドの後ろで、エンジュはこっそりと胸を撫で下ろした。
 まさか、こんなに早い段階でシエルとベルベッドのバトルが繰り広げられるとは思っても見なかった。シエルの芝居は、ベルベッドからアンジェラの注意を逸らすことが目的である。これで、エンジュが上手くベルベッドに近づき、捕らわれた魔法生物を奪還できれば、あの恋人たちはソフィニアを逃げることが出来るというわけだ


 不機嫌そうな顔で爪を噛むベルベッドの横に並ぶと、エンジュは明るい声で彼女の肩をたたいた。

「ねぇ、魔法生物を見せてもらった後、何処か飲みに行かない?嫌なことなんて忘れてしまいましょうよ」
「悪いけど、用事が出来たわ」
「え!?」
「明日、明日会いましょう!受付で私の研究室を聞いて頂戴。一日いるから」 

 それだけ言うと、ベルベッドは早足で行ってしまった。エンジュはそれを呆然と見送る。

「もしかして、逃げられた…?」

 追いかけることも出来る。しかし、今の段階でベルベッドに警戒心を抱かれては折角の接触が台無しだ。明日会う約束は取り付けたのだ、今回は引き下がったほうが良いだろう。

「お腹もすいちゃったしね」

 エンジュの独り言に同意するように、お腹が鳴った。
 もしこのまま学院の食堂に向かえば、発情期エルフに迫られるシエルに出くわすことになったのだが、幸か不幸か、エンジュはすぐにでもこの硬苦しい学院から立ち去ることしか頭に無かった。どうも、こういった場所は肌に合わないようだ。

「仕事でなければ近づきたくないところよね」

 * * * * *

 腹ごしらえをする為に、ふらりと立ち寄った酒場。
 有無を言わずに、奥から三番目の席に案内された。
 そして、したり顔のマスターに出されたのは何故か野菜炒めセット。

「んー……」

 どうやらこの店にはエルフの常連でもいるようだ。しかも、古い習慣を守る質素な食事を好むタイプの。
 出されたものを返すわけにもいかず、荒く切られたキャベツを頬張る。塩コショウの利いた味付けはエルフの好みとは少々外れるところがあったが、物足りないという点では、隣のおばさんお手製のザワークラウトを思い起こさせた。この席に座るエルフも妥協した結果なのだろうと何となく思った。

「でもやっぱり足らないから、牛肉とブロッコリーの炒め物と、トマトとベーコンサンドと林檎のコンポート追加ね」

 フォークにキャベツを突き刺したまま、エンジュはメニューを広げ、オーダーする。学生らしき若者たちが、目を丸くしてこちらを見ていたが、エンジュにとっては日常的な事で、特に注意を払ったりはしなかった。

「あの…」

 しかし、そんな客に交じってこちらを見ていた一人の女が席を立ってエンジュに近づいた。エンジュが顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。

「アンジェラ…?」
「エンジュさん、でしたよね」

 パリスの本当の恋人でジグラッドの民アンジェラは、一度だけ会っただけのハンターの名前を不安そうに口にした。
 エンジュは隣の空席を勧めると、改めてアンジェラを観察した。彼女はエンジュのテーブルに置かれた一人分には多すぎる食事を不思議そうに眺めている。
 大柄な女が二人並ぶと、酒場の隅っこだというのにやけに目立った。しかし、男を寄せ付けないタイプの美女二人に声をかけようという強者は今のところいなかった。さすが魔法都市ソフィニア、とエンジュはわけも分からず感心した。

「パリスは、うまくやってますか?」
「えぇ、まぁ、ね」

 先ほどの光景を思い出して、エンジュは渋い顔をした。その顔を見て、アンジェラは察したのだろう、深いため息をつく。

「パリスは優しい人ですから」
「優しいねぇ…」

 単に女に甘いだけなような気もするのだが。

「本当は、私が彼女と直接対峙するのが一番なのでしょう。一応戦いの心得はあります」

 そう言いながら、アンジェラは外を気にしだした。そうだ、彼女は夜になると獣人に変身する一族だった。人狼の姿の彼女なら魔法使いのベルベッドから強引にパティの居場所を聞き出すことも可能だろう。
 しかし、出来ない理由がある。

「一族のためにも、ソールズベリー大聖堂に近いこのソフィニアで騒ぎを起す事はできません」

 それは彼女たち一族の背負う過去にあった。
 これはシエルから聞いたことなのだが、かつて凶暴な人狼を抹消するためにイムヌス教の人間によってジグラッドの一族はひどい迫害を受けた、それが彼らを砂漠へと追いやった理由なのだという。

「大丈夫よ、必ずパティの居場所はつかむわ!明日もまたこの時間に酒場で会いましょう」

 エンジュは自信を持ってアンジェラを励ました。
 一人で人間の住む町にいることは心細いことだろう、エンジュにもその気持ちは十分理解できた。 
 できれば、彼女たちには幸せになってほしいと祈らずにはいられない。


2007/02/12 17:05 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【14】/シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【14】』 
   
               ~ 芝居放棄 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス イルラン
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「ああ、やはり運命だ!」

 隠れようとしたシエルを目聡く見つけると、足早に近づいてイルランは言った。

「コレをどうぞ。あなたに似合うと思って、つい買ってしまいました」

 イルランに差し出された大輪の白百合は、食堂のどの匂いも押しのけるほど強い香
りを放っていた。シエルはこの男を花束ごと風で吹き飛ばしたくなったが、眉間に深
く皺を刻むことで何とか自制。こんな調子ではあまり保たないだろうが、今暴れるわ
けにもいかないという苦渋の選択だ。一体何処までこの男は邪魔をするのか……。

「今度こそ名前を」

 イルランの言葉に、食堂のどこかから冷やかしの口笛が響いた。シエルがキッと横
目で睨むと、冷やかした青年はコソコソと逃げるように去っていく。それを一瞥し、
同じ様な調子でイルランを睨み付けたが、逃げる代わりに嬉しそうな笑顔を向けてき
た。

「迷惑だからやめて」

 イライラを隠そうともせずにシエルは言い放つ。しかし、イルランはめげない。

「あなたの事が頭から離れないんです」

 純粋なエルフは、左右の均整の取れた神秘的な外見をしている……そう聞いたこと
があったが、こんなに目をキラキラさせて神秘も何もあったモンじゃない。細いとい
うより薄い体躯は貧弱で、どうやらエンジュよりも少し背は低そうだった。

「私は興味を持たれることが凄く不本意だわ」

「人の言葉では『嫌よ嫌よも好きのうち』というのでしょう?」

「本気で嫌なのがわからない!?」

「ああ、怒った顔も魅力的ですね」

 どうしよう、話が通じない。会話が成立しない理由を文化の違いで済ませていいの
もなのかすらわからない。異常事態だ。

「アナタはもっと人の感情表現を学ぶべきだわ」

 シエルの冷たく突き放したような皮肉は、当然のように通じない。イルランは嬉し
そうに微笑むとゆっくりと頷いた。

「仰る通り、私はまだまだ未熟な若輩者です。でも、人の寿命が我々に比べとても短
いことは知っています」

 ああ、話が明らかにズレている。

「だから、少しでもあなたと一緒に過ごせるよう、あなたから色々学ぶのが論理的だ
と思います。私に色々教えてくれませんか?」

 だーかーらー。勘弁して下さい。そんな論理飛躍は聞いたことがありません。全く
もって非論理的に聞こえます。って、こっちの感情棚上げとは何事だ!?

 シエルが怒りに肩を震わせ始めた頃になって、始めてパリスが動きを見せた。間に
立ち塞がり、イルランを見下ろしたのだ。

「君、彼女が迷惑だと言ってるだろ? 僕を無視して話を進めないでくれ」

 シエルは「遅いっ!!」と思うだけでなんとか口に出さずに済んだ。
 存在を忘れられるほどの遅い登場なんて必要ない。目の前の女が口説かれているの
に放っておく男なんてアンジェラに振られてしまえばいい。だが、一応は仕事。しか
もギルドランクやら諸々の都合もあって放り出すわけにもいかないのだからイライラ
は募る。

「きみは彼女の何なんですか。私は彼女と話をしている」

 イルランは意外なほどクールにパリスを見上げた。さっきの目を輝かせた姿からは
別人のようなその態度に、思わずパリスも怯む。

「彼は結婚相手よ。もう関わらないで」

 シエルが出した助け船は「誰の」を指す重要な単語が意図的に抜かれていた。もう
半ば芝居自体がどうでもよくなっていたシエルにとって、イルランが早く去るのな
ら、依頼人だろうがギルドの仕事だろうが利用できるモノは全て、道具以外の何でも
ない。

 さて、驚いたのはパリスの方である。打ち合わせには「学院内で周囲に親密さを見
せつける」→「親に報告」という流れしかなかったのだから。

「と、とりあえずそういうことだから!」

 パリスの口から苦し紛れに出た言葉はそれだけで。イルランが顔をしかめた。

「……本当に彼と結婚するつもりですか?」

 コレはやめた方が……と言いたいのは分かる。凄くよく分かる。シエルも心からそ
う思っていたから、一拍おいて、返事の代わりに重々しく頷いた。
 頷きは幸か不幸か質問に対する肯定と取られ、イルランの眉間に深い皺を刻む。

「では……」

 イルランはガサゴソと懐を探ると、取り出した白く薄い手袋を握りしめ……

「決闘です。彼女は私にこそ相応しい」

 パリスに投げつけたのだ。シエルは深い深ーい溜息を吐いた。




 イルランがパリスに何やら決闘のルールなるモノを説明し始めたので、シエルは黒
い頭巾を取り出し、おもむろに被り始めた。アッという間に分かり易い不審者の出来
上がり。ギャラリーの中にどよめきが広がる。

「あ……どこへ」

 イルランが気付いて声を掛けるが、シエルの返事は行動を伴ったモノだった。

「帰るの。さよなら」

 返事と一緒に歩き出す。顔を隠すと何でこんなに胡散臭くなるのだろうか。全身黒
づくめのシエルが歩くと、皆が一歩引いて道を空けた。

「待って!」

 イルランが後ろから声を掛けるが、シエルは無視。私は何も聞こえない、私は何も
聞こえない……と頭の中で反芻しながら、徐々に歩速も上がって行く。
 慌てて走ってきた彼の持つ強い香りに阻まれ足を止めたのは、建物を出てすぐだっ
た。

「突然の話で驚かせてしまって申し訳ない。でも、顔を伏せても尚、気高さを失わな
いこの花を一目見て、まるであなたのようだと、どうしてもあなたのことが知りたい
と改めて思ったんです。……花に罪はありません。是非受け取って下さい」

 頭を垂れて差し出される花束。なんかもう受け取らないと帰れないんじゃないかと
思う気持ちと、受け取ると縁が切れないんじゃないかと思う気持ちとの狭間で心が揺
れる。揺れすぎて船酔いを連想して、本気で気持ちが悪くなってくるくらいに。

「……シエルさーん!もう帰ってしまうんですかー!?」

 恐らく呆気にとられていたのだろう、遅れて走ってきながらパリスがそう声を掛け
た。

「こんの……バカ!」

 芝居なんてもう頭になかった。精一杯の大声で罵声を浴びせると、風を呼ぶ。

「<クードヴァン>!」

 風に乗ってアッという間にシエルが去ると、何故怒鳴られたのか分からないパリス
と、花束を抱きしめるイルランが残された。

「シエル……素敵な名だ」

 そう呟くと、イルランはウットリと空を見上げる。空には白い月が浮かんでいた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「あーっもう、やってらんないわ!」

 エンジュが宿に戻ると、珍しくシエルが酒を飲んで荒れていた。風に乗って先回り
したとはいえ、既にビンが転がっているところを見ると相当なペースで飲んでいたら
しい。

「ちょ、ちょっと、どうしたのよシエル……」

「パリスはダメよ。全然ダメ。分かれた方がアンジェラの為よ、きっと」

 赤い顔で眼は虚ろ、机に上半身を投げ出しながらも酒の入ったグラスはしっかり握
っているシエル。いつもは静かに飲むのを知っているだけに、初めて見るその醜態に
ただ驚く。仕事が上手くいかなかったのかもしれないが、それだけが荒れている理由
だろうか?

「何か、あったのね?」

 パリスがシエルに手を出したのかと眉をひそめるエンジュに返ってきたのは、眉間
にもっと深い皺を刻んだシエルの意外な返事だった。

「……話の通じない馬鹿エルフ」

「なぁんですって!?」

 軽口を叩くことはあっても、こんなに心底嫌そうに暴言を吐いたことは今までに一
度もなかったはずだ。ただただ驚くエンジュの肩にもたれかかるように、シエルが小
さな小さな声で呟いた。

「……助けて」

 シエルの肩は小刻みに震えていた。事情が分からないまま、エンジュはシエルの頭
を優しく撫で続けた。


2007/02/12 17:05 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【15】/エンジュ(千鳥)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【15】』 
   
               ~ 夜の訪問者は騒がしく ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス シダ 
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 その夜は一段と闇が濃かった。
 空には月さえ浮かばず、ソフィニアの苦学生たちは、蝋燭代すら惜しんで早々と床につく。

 パリスは、煌煌と灯りをともし続けるヴァデラッシュ邸の書斎で書物をめくっていた。

 はぁ。

 一人ため息。
 頭によぎる女性は、赤い髪の婚約者でも、しなやかな肢体を持つ獣人の恋人でもなく、
 今は厚い雲に隠された月のように儚げで凛とした美しさをもつ白きハンターだった。

「シエルさん・・・」

 彼の呟きに答えるかのように、勢いよく二階の窓が開け放たれた。

「見つけたわよ、パリス!」
「なっ!? わっ、いてっ」

 ガタン!!

 突然、自分に向かって言葉を投げつけられた女の声。
 パリスは思わず逃げ出そうと立ち上がり、椅子につまずいて腰を打った。
 あきれる様に鼻から息を吐くと、その人物は外から華麗に室内へと侵入した。

「アンタ、一体シエルに何をしたの?」

 光の下で、改めて突然の侵入者を見ると、パリスは安心して長い息を吐いた。
 シエルの相棒だというエルフではないか。

「なんだ、エンジュさんじゃないか。驚かさないで下さいよ」
「それはこっちのセリフよ」

 エンジュは腰を抜かしているパリスの襟元を掴むと一気に引き上げた。
 そのまま足元が浮くほど持ち上げて、エンジュは睨み付けた。
 二人の身長はそう変わらないので、自分より高い場所に顔のある相手をエンジュは睨み上げるかたちとなる。
 パリスはこのエルフの女性の何処にこんな力があるのだろう、と頭の端で思いながらも、その鋭い薄紅色の瞳に睨まれて縮みあがっていた。

「おーい、エンジュ。一応こっちは不法侵入なんだから、怪我はさせるなよー」

 窓の外にはもう一つの人影があった。
 動物のお面を被った謎の男だ。
 しかし、その頭の上から突き出した黒い耳だけは間違いなく本物。
 獣人・・・アンジェラの仲間だろうか。
 パリスはシダの事を忘れていたので、そんなことを思った。

 エンジュは仕方なく、といった様子でパリスを解放する。
 喉をさすりながら、パリスは先ほどのエンジュの言葉を訊きとがめた。

「シエルさんがどうしたんですか?僕だって、急に彼女が魔法で姿を消してしまって困惑していたんですよ」
「アンタが何かやらかしたんじゃないの?」
「そんな!あの邪魔者エルフが来るまではとても良い雰囲気だったのに」

 『話の通じない馬鹿エルフ』

 ようやく合点がいった。
 シエルの暴言は、あのイルランとか言うエルフに向けられたものだったのか。
 
 エンジュは泥酔したシエルをそのまま部屋まで連れて行くと、シダからパリスの居場所を聞き出した。
 その為、シエルがあれほど荒れていた理由については分からずにここまで来ていたのだ。
 ちなみに、シダはエンジュがパリスに実力行使に出ないか心配でついてきたりする。
 依頼人に怪我をさせて下がるのは、今後のシエルの評価だ。 
   
「しかも、あのエルフは僕に決闘を申し込んできたんです」

 エンジュの勘違いが分かってほっとしたのか、勢いづいたパリスは昼間のことを説明しだした。
 その内容に、エンジュもまた頭がくらくらしてきた。
 何となく、シエルの飲みでもしなきゃやってられない気持が分かってきた。

「ねぇ、シダ。エルフの村にそんな習慣あったかしら・・・」
「んー、少なくとも手袋投げつけて、先に相手に傷を一つでも負わせたら勝ちなんて勝負は聞かないね」

 人のことは言えないが随分と人間かぶれなエルフではないか。

「その、決闘うけるの?」
「まさか!」

 いっそ清清しいほどに、パリスは否定した。
 確かに、アンジェラとパリスが駆け落ちするのに、危険を犯してまでシエルの為に決闘する必要などかけらもない。

「いっそ、エンジュが決闘うけてきたら?」
「ある意味そうしたわね」

 シダの無責任な提案に、エンジュは大いに頷く。

「私は明日ベルベットの研究室に行くわ」
「本当ですか!?きっとパティーはそこに・・・」

 パリスが思わず身を乗り出したところで、今度は扉の方から新たな人物が登場した。

「パリス!一体こんな夜中に何を騒いでおる!!」
「と、父さん」

 息子に喝を入れた男は、じろりとエンジュに視線を向けた。

「お前の婚約者が夕方尋ねてきた。お前に新しい恋人が出来たとな。獣人の次はエルフか、まったくお前はわが家に異種の血を混ぜる気か」
「ち、違うよ。彼女は・・・」

 これが二人の仲を引き裂き、ベルベットと手を組んだパリスの父親というわけだ。
 パリスの甘いマスクとは正反対の四角い顔には、整ったヒゲが生えていたが、どうにも嫌味を感じさせた。

「こんばんわ。ヴァデラッシュさん」

 エンジュも余裕たっぷりで微笑んでみせる。
 
(暴れちゃ駄目だよー)

 窓の外で隠れているシダが小さな声で囁いてきた。
 
「私はベルベットの友達です。彼があまりに女性に不誠実なので彼に説教しにきたのよ」 
「こんな夜中にか。非常識な」
「非常識なのは誰かしら」
「何だと・・・?」 
 
 エンジュはそれだけいうと、窓際まで戻り、最後に振り返った。

「パリス、あんたも男なんだからいい加減なんとかしなさいよね」

 それだけ言うと、エンジュはそのまま闇へと飛び込んだ。



2007/02/12 17:06 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門

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