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2024/05/16 21:30 |
易 し い ギ ル ド 入 門 【6】/シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【6】』 
   
               ~ 易しい仕事の初め方 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ  シエル
NPC:シダ
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 依頼書の束を持ってシエルはもう一度シダの元へと戻る。
 満面の笑みで応対する獣人に困惑しながらも、一枚の依頼書を指し示す。

「この依頼にするわ」

「じゃあコレで契約成立って事で、依頼は下げておくからね。はい、詳細。
 依頼者の方にも連絡入れとくよ。落ち合う場所は『クラウンクロウ』って宿だか
ら。
 あと、大丈夫だと思うけど、無理なときには早めに連絡してね。
 依頼を他の冒険者に頼むことになるからさ」

 シダは一枚の依頼書を別のファイルにしまうと、そこから詳細の書かれた紙を三枚
渡す。他の依頼書は元のファイルにきちんと戻したようだ。
 シエルは詳細をめくって首を傾げた。

「書いてなかったけど……期限は?」

「期限がある依頼もあるけどね、この辺は『要相談』ってカンジのやつだから」

 そういうと、愛嬌たっぷりにウィンクをするシダ。……獣人の彼がウィンクしたと
ころで、シエルには興味も何もナイのだが。

 後ろからエンジュが覆い被さるように抱きついてきて、シダに向かって「しっし
っ」と手を振る。シエルはシエルで大きな胸に押されながら「重っ……」と漏らし
た。

「手続き終わりでしょ。もう連れて行くわよ?」

「ああ、構わないけど……そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか」

 寂しそうなシダの言葉に返すのは、冷ややかな視線×2。

「シエルに色目使うからよ」

 変な誤解をされそうなセリフだが、本人達に恋愛感情はないからだろう、色気が全
く感じられない。ちょっと有名な「肉食エルフ」が本当に女の子に熱を上げているの
なら、そこそこ面白い噂話になるかもしれないが。

(コレだけじゃれてても、全く色気無いからなぁ)

 苦笑するシダ。目にした人には彼女たちの関係がすぐに分かるのだ。
 噂にも聞かなかったのはそのせいかもしれない。
 ギルド支部を後にする彼女たちを、シダは目を細めて見送った。


  * * * * *


「それで、結局どれにしたの?」

 エンジュが横から詳細の書かれた資料をシエルから取り上げた。

「ええと……依頼者宅の住所と地図でしょ、依頼者の名前と肩書きでしょ、簡単な容
姿でしょ……なにコレ、コレだけ?」

「まあね、おかげで覚えちゃったわ」

 エンジュから資料を取り返そうともせずに、シエルはすたすた歩く。置いて行かれ
そうになって、小走りにエンジュが駆け寄った。
 連れ立って歩きながら、エンジュは資料に目を走らせる。その資料の冒頭には『結
婚式のどさくさに紛れて依頼人二人を逃亡させる(極秘』と記されていて、黒ずくめ
の相棒との違和感に首を傾げた。

「……で?」

「で……って、依頼者に話聞かなきゃ動けないでしょ」

「じゃなくて、どうしてコレにしたのかなーと思って」

 素朴な疑問。

「一番風を使いやすい仕事だと思ったからよ」

 明快な答え。

「まあ、シエルの初仕事ですもんね。シエルの直感で決めないと」

「……聞いてないわね?」


  * * * * *


 まあ、そんなこんなで移動した先は、何故か洋裁店。色とりどりの生地が所狭しと
並べられている。店員に訝しがられながらも生地を物色するシエル。エンジュは、こ
んな所で待ち合わせとは珍しい依頼人もいたもんだと、一人通りを眺めていた。
 通りの向こうからは何とも言えない香りが漂い、彼女の胃を刺激する。一方通行か
と思う程の人の流れが、チャーハン祭りだのチャーハン魔王だのと噂している。

「エンジュ、こっちに来てくれないと困るんだけど」

「さーっぱり事情が飲み込めませーん」

 と言いながらも素直に移動。シエルがいくつかの布をエンジュに押し当て、その中
でも光沢のある白い布を選び、店員に渡す。

「これ、いくら?」

「ええと、長さはどのくらいでしょうか、お切りできますけれども」

「全部よ」

『えっ?』

 最後の言葉は声が重なった。店員とエンジュの声だ。

「何よ、ココには買い物に来たの?」

「エンジュ、シダの話聞いてた……?」

 お互いに疑問符が飛び交う。店員はオロオロとロール状の生地を抱きかかえてい
る。

「落ち合うのは冒険者の宿。
 連絡はギルドから向こうへ行くらしいけど、すぐには無理。
 だから先に準備しておきたいモノがあったのよ……」

 呆れるシエルに、エンジュも呆れ顔だ。

「なんだ、時間が空いてるんだったら言ってよ。
 ここに来てから町中が香ばしい、美味しそうな匂いしてるのに」

 くんくん、と鼻を鳴らすエンジュ。確かに、町中が美味しそうな香りに包まれてい
る。

「わかった、行って食べてもいいわエンジュ。ただし」

「何よ」

「今回の仕事は私の計画に従ってもらうからね」

 言葉は聞こえているはずなのに、意識の半分以上は匂いに釣られているエンジュ。

「わかってるわかってる、早めに戻るわ」

 生返事で足を通りに向けた。

「私の名前で宿を取るから、用が済んだら宿で会いましょう」

 後ろからのシエルの言葉は果たして聞こえていたのだろうか?
 エンジュの気もそぞろな足取りを不安に思いながらも、シエルはもう一度声を掛け
た。

「帰ったら採寸よ! あなたの花嫁衣装を作るんだから!」

 依頼者が花嫁側でも花婿側でも両方でも何でもいい。
 囮が一人いれば、仕事はやりやすくなるはず。そして自分は日中、肌を晒すのは無
理だ。
 エンジュの魅惑的な肢体で会場中を魅了するためには、胸の大胆に空いたドレスが
きっと効果的だろう。ベールは長めに、シルエットはシャープに、ブーケはシンプル
に。
 そんな計画の一端も、まだ口にしていない。

 本当に大丈夫なのだろうか?

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2007/02/12 17:01 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【7】/エンジュ(千鳥)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【7】』 
   
               ~ 依頼人 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ  シエル
NPC:パリス アンジェラ
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「ただいま~!!聞いてよシエル、今公園でチャ-ハン祭が・・・」

エンジュが誘われた香ばしい匂いの先は小さな公園だった。
 人だかりの中心で、チャ-ハン魔王なぞと名乗る男たちが、紅生姜チャ-ハンなるものを作っていた。
 何から何まで怪しいことこの上なかったが、それはそれ、美味しいものは美味しい。と、ちゃっかり祭に紛れ込んだエンジュは日が暮れるまでチャ-ハンをその胃袋にかきこみ続けた。
 祭のフィナーレを見る事なく帰って来たのはお腹がいっぱいになったからではなく、美しい自分の相方と、夕食をとる為であった。

 しかし、開いた扉の奥に立っていたのは仮面の美女ではなく、若い男女だった。
 突然の乱入者に表情を強張らせ、こちらを見ている。

「あら、ゴメンなさいね。部屋を間違えたみたい」

 その男女は、お互いの手を強く絡ませ、その姿には二度と離れるものかという決意が見られた。
 まるで駆け落ちの真っ只中にいる恋人たちのようだった。

(ん・・・駆け落ち?)
「ここであってるわよ。エンジュ。扉を閉めて」

そんな二人の奥から、聞き慣れた声がする。
 立ち上がったシエルは二人の脇を擦り抜け、エンジュを室内に招いた。

「安心してください。彼女は私の友人で腕の良いハンターよ。今回の依頼では彼女も協力してくれます」
「え?」

 お願いしますと頭を下げる二人に、エンジュは途方に暮れながらシエルを見た。

「ねぇ。この人たちって・・・」
「私の依頼主よ。事態は急を要してるみたい。シダ君が連絡したら、向こうがすぐに会いたいって」
「で?依頼の内容は何なの」

ただの駆け落ちならば、自分達で勝手にすれば良い。
 家族や世間体や将来を全て投げ捨てるのだ。
 他人に頼る方が間違ってる。
 おそらく、彼らには、それが出来ない理由があるのだろう。

「全ては僕が不甲斐ないせいなんです」

パリスと名乗った男が口を開いた。
 パリス・ヴァデラッシュ――書類に書かれた依頼人の名前は確かそう記されていた。
 
「僕は学院の調査員をしています。調査に出かけたオフィ砂漠で遭難している所を彼女に助けられたのが出会いでした。僕とアンジェラは恋に落ち、長老にも認められた仲になりました」

 ほっそりとした体格に知的な雰囲気を纏ったパリスはいかにもソフィニア男という様子で、エンジュから見るとどうも頼りなく映る。
 うなだれているから余計そう見えるのかもしれない。
 一方、彼の横にそっと寄り添うアンジェラは、エンジュよりも背の高い美女で、黒く癖のある長い髪を背中まで伸ばし、吊り上った黒い目がじっと観察するように自分たちに向けられている。
 実際はかなり気の強い性格なのが一目でわかった。

「オフィ砂漠の長老と言うと、アンジェラさんは砂漠の民なのかしら・・・?」

 シエルが怪訝そうな顔でたずねた。

「そうです。彼女は砂漠の民"ジグラッド"なのです」

 パリスが渋い顔で頷く。
 エンジュは、何かに気がついたらしいシエルの横顔を眺めながら説明を待った。

「そして、我がヴァデラッシュ家は代々イムヌス教のパトリアルシュ(族長)の議長を務めている家系なのです」
「イムヌスとジグラッドねぇ・・・」
「で、何で駄目なのよ?」

 イムヌス教については、エンジュも何となくは耳にしているが、エルフという外見上、彼らとかかわった事は殆どなかった。
 砂漠の民と、イムヌス教には何か確執でもあるのだろうか。

「もう、日が暮れますね」

 パリスが、窓の外をみてポツリといった。
 
「だから何なのよ?」

 アンジェラが、パリスの腕から離れ、窓際へと足を運んだ。
 その黒い髪が体全体を覆ってゆく。
 顔の横にあったはずの耳が次第に伸びてゆき、頭上でピンと立ち上がった。
 シダの姿とは全く違う、美しく、しなやかな体躯の黒い獣人がゆっくりと振り返った。

「我々、ジグラッドの民はイムヌスに迫害された人狼の一族です」

 初めて耳にしたアンジェラの声は低いが落ち着いたものだった。
 夜空を背負う人狼の姿は美しかったが、確かに聖職につく家族が許すはずもない。

「でも、長老には許可をもらってるんでしょ?さっさと何処か違う場所で二人で暮らせばよいじゃない」
「もちろん。そうしようと思いました。しかし、父は僕らより上手で、僕たちの結婚を反対すると同時に、僕に別の婚約者を作ったのです。婚約者の名は、ベルベット・ローデ。僕と同じく魔術学院に所属する魔女です」

 パリスの口にした「魔女」と言う言葉は、同じ魔法使いが口にすると随分と違和感があった。
 しかし、パリス曰く、ベルベッドは実に魔女と呼ぶにふさわしい性格の持ち主らしい。

「ベルベッドは僕を愛しているわけじゃない。父が約束した研究資金が欲しいだけなのです。そして、僕らが逃げないようにパティーを奪った」
「パティー?」
「魔法生物と呼ばれる私の大事な半身です」

 絶えず姿を変える砂漠で移動する集落の位置を掴むには、その魔法生物が不可欠だという。

「アンジェラが生まれた時から共にいるパティを見捨てて逃げることなんて出来ません。それに、魔法生物の研究をしているあの女が、パティーを実験体として使うとも限らない。ベルベッドは僕が彼女と結婚すれば、無事にパティーは返すと言っているのですが・・・」

 結婚式まで後2週間。

 "パリスとベルベッドの結婚式までにパティーを奪還する。または家族にアンジェラとの結婚を認めさせる"

 それがシエルに与えられた初めての依頼だった。


2007/02/12 17:01 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【8】/シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【8】』 
   
               ~ 打ち合わせは綿密に ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス アンジェラ
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 "パリスとベルベッドの結婚式までにパティーを奪還する。
 または家族にアンジェラとの結婚を認めさせる"

 シエルは頭の中でもう一度繰り返し、一度閉じた目を開けた。

「結婚式まで後2週間。時間がないからパティーの奪還に絞った方がいいわね」

 考えながら呟く。
 まあ、しっかり聞こえていたようで、パリスとアンジェラはしっかりと頷いた。

 一度エンジュに視線を送るも、彼女は傍観を決めてこんでいるようだ。
 まあ、冒険者ギルドでの初仕事でもあり、好きにさせようということなのだろう。
 不安を押し殺して提案する。

「今思いつくのは三つ。
 一つは代わりの結婚相手を用意して、式を引き延ばす方法。
 もう一つは婚約者とやらに近づいてパティーの居場所を捜す方法。
 そして最後は、素直に結婚すると見せて、パティーを見つけ次第逃げるという方
法」

 一本ずつ指を立てながら説明していく。どれも自信があるわけではない。

「一番の問題は、パティーの居場所が全く分からないことなの。
 それさえ分かれば何とか逃がしてあげられると思うんだけど、手がかりがなきゃ
ね」

 小さく肩を竦めた。
 パリスとアンジェラは見つめ合っていたが、やがてこちらに向き直って言った。

「全てお任せします」
「お願いします」

 深々と頭を下げる二人。
 それまで黙って聞いていたエンジュが、片手をあげた。

「思ったんだけど」

 視線がエンジュに集中する。

「平行してやってみたらどう?」

「……そうね」

 こうして、作戦会議が始まった。



 先ほどあげた選択肢のうち、最後の一つは最終手段としても、先にあげた二つは早
く取りかからないと全く効果が無くなってしまう。ということで、シエルとエンジュ
が別行動を取ろうということになったのだが。

「エンジュなら一目惚れするのに充分な容姿を持っているし、人当たりもいいわ。
 私は彼女を代わりの結婚相手として連れて行くべきではないかと思うんだけど」

「いえ……父は異種族全般に偏見があるので、エルフというだけで同じように」

「……そう」

「……ええ」

 というワケで、選択肢もなく。やむなく仮面を外す。
 男は感嘆の溜め息をもらし、獣人の女は彼を肘で小突き、エンジュはニッコリと笑
った。

「私は日光を浴びると火傷を負う体質なの。
 普段の恰好は日光を避けるのは勿論だけど、この異様な容姿を隠すためでもあって
ね。
 肌や髪の白さは化粧やカツラで何とかなるとしても、目を染める薬は知らないし。
 それでも構わない? ご両親には抵抗が有るんじゃない?」

 念を押す顔には自嘲の笑みを浮かべる。
 嫌味になってしまわないように気をつけていても……あまり上手くいっていないよ
うだ。

「それは大丈夫だと思います。かえって喜んでくれるでしょう」

「では、夜しか会えないということにしておいて下さい。
 理由は、そうですね……本当のことを。
 嘘は本当のことに少しだけ混ぜた方が気付きにくいと言いますし」

 男が頷く。獣人の女は不安そうに男に擦り寄った。

「では、髪の色、肌の色、出会った場所あたりを決めて……」

 後は何を決めておけばいいだろう?

「髪も肌もそのままで結構ですよ。折角の白さが勿体ない……てっ!」

 優男の足が、しっかり隣の彼女に踏まれている。
 可愛い人だなと笑みが漏れた。この人達は何も知らないから。

 夢で、よく後ろ姿を見かける青年がいた。
 彼はいつも顔を見せてくれない。しかし、銀の髪はとても印象的で、逢えば必ず分
かると確信があった。すらりと伸びた指に光るリングも覚えている。
 その人は一体誰なのか。記憶を無くした時期に逢った人なのかもしれないし、想像
の産物なのかもしれない。正直、そのどちらでもあるような、不思議な存在。
 追いかけても追いつけず、けして振り返らない彼……彼以上に自分胸を焦がす相手
はいない。その事実は、夢を見始めてからずっとかわらないのだ。

 だから、実はドレスにも抵抗があった。あの人以外の前で、純白のドレスを身に着
けてはいけないんじゃないかと。芝居でも、それは彼を裏切るのではないかと。

 やきもちをやく可愛い彼女は、ふくれているように見えた。まあ、獣人を見慣れて
いないせいで、表情が分かり辛くはあるのだが。
 だから言う。彼女がこれ以上心を痛めないように。

「お世辞をいちいち真に受けたりしないから大丈夫。
 あなたはパティーを見つけ次第、安全に逃げられるよう考えて」

 心配そうに見ていた彼女が、表情を引き締める。
 そうだ。彼女たちに手助けできるのはパティーを見つけ、逃げるところまで。
 そこから先は、彼と彼女が力を合わせて切り開いていく道だから。

「……そうだ!」

 男が何かを思いだしたように手を叩いた。

「明日、学院の公開講座があるんです。
 私も手伝いに借り出されているので、そこで出会ったことにすれば」

「今まで話題にも上らなかった言い訳にもなる、か……」

 少しでも嘘の情報が隠れるように、なるべく本当の情報をいれなくては。

「では、明日学院で“初めて”会いましょう。
 なるべく急速に親しくなった風を、周りにも印象付けられるように」

 言って、考える。

「それで、その公開講座には婚約者の方もいらっしゃるんですか?」

「ええ、かなりの人間がバイト扱いで手伝いますから。
 研究資金を少しでも稼ぎたい彼女には、断る理由もないでしょう」

 では、学院内で別行動になるのか。
 エンジュは、その魔女とやらに近づけるだろうか?

「私は案内係だったハズなので、接触は簡単に出来ます。
 問題は彼女の担当を知らないってことですね」

 男が頭をかく。エンジュは何を考えているのか計りかねる笑顔で、こちらを眺めて
いる。

「まあとにかく、腹が減っては何とやら、よ。
 夕飯にしましょう! そうすればきっと良い案が浮かぶわよ!!」

 ……あれは「お腹空いちゃったなー」だったのか。
 脱力するシエルを見ながら、エンジュは元気にそう言った。



2007/02/12 17:02 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【9】/エンジュ(千鳥)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【9】』 
   
               ~ 接触 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス ベルベッド
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「ケーキセット一つ」
「私は紅茶だけでいいわ」

 ソフィニア魔術学院の近くにあるカフェ“マリ・ドリーヌ”は、エンジュがパリスから聞き出した『美味しいデザートのお店』の一つである。
 パリスとその婚約者、ベルベッドが参加する公開講座まであと数刻ある。
 シエルとエンジュは最終打ち合わせをする為――
  
「お待たせいたしました。本日のケーキはイチゴムースのスフレケーキになります」
「やーん、美味しそう」

 というより、エンジュの腹ごしらえの為に、この店に寄った。 
 黄色い声を出すと、エンジュは早速食べ物に手を伸ばす。
 スポンジケーキにムースのクリームを挟んだだけの素朴なケーキは、生地に練りこんだ乾燥イチゴの粒が見た目にも食感にもアクセントを加えている。
 冷たく冷やしたスフレ生地とムースが舌の上で一緒に溶ける食感を楽しみながらエンジュは尋ねる。

「でも、本当に良かったの、シエル?」

 外を眺め、心ここにあらずといった様子だったシエルはワンテンポ遅れて返事をした。

「何が?」
「恋人のフリ。本当は演技でもしたくないって、思うような大事な相手、居るんじゃないの?」
「多分……平気よ」

 シエルは一瞬間をおいて答えた。
 まるで自分の心を探るような頼りない返事だった。

「そういうエンジュはどうなの?」
「私?これでも人間の一生分は生きてるのよ?」

 意味深に答えると、追求してくるシエルの口にすかさずケーキを放り込む。

「…甘い」
「ケーキだもの」

 眉間に皺を浮かべたシエルに微笑んで答えをはぐらかす。
 そんな二人の様子を男が呆れた顔で見下ろした。

「何?こんなとこでもイチャついてるわけ?君たち」
「シダ!なんでこんな所にいるのよ」
 
 七三分けの強化週間が終わったのか、仕事時間外だからか、前髪を下ろしたシダは随分若く見えた。
 ピコピコと楽しそうに犬の形をした耳を動かすと、シダは同じテーブルに座った。

「何?獣人が甘いもん食べちゃ駄目なわけ?」
「アンタはエルフでしょ」
「あ、店員さんいつものヤツね」

 エンジュの言葉を無視し、愛想よく店員の少女に注文すると、シダはシエルに顔を向けた。
 穏やかな瞳は本物の犬のように澄んでいる。

「初めての仕事は順調?」
「これからよ」
「確か依頼人はソフィニア魔術学院の人間だったね。昨日の夜、学院でちょっとした騒ぎがあったみたいだから警備が厳重になってるよ。君たちも気をつけたほうがいい」
「昨日の夜?何があったのよ」
「二人は何か感じなかった?強い魔力の波動とか…」
「そんなのソフィニア中よ。あんたはどうなの?魔力の探知は得意だったじゃない」
「この身体になってからは魔法とは相性が悪いんだ。その分すごく鼻が利くけどね」

 得意げ答えるシダにエンジュは苦笑した。
 対するシエルは真剣な顔つきでシダの話を聞いている。

「魔法関連なの?」
「学院で何か召喚したらしい。若い女性が失踪する事件が続いてるだろ?召喚には生贄がつきものだから皆疑ってるんだ。…何か情報を掴んだら教えてほしい」
「魔術学院って物騒なのね」
「魔術を使い、研究する人間が大勢居るんだ。仕方がないさ」
「エルフの村じゃこんなこと起きなかったわ」
「魔法との付き合い方がそもそも違うんだ。息をしてるだけで火事は起きない。でも道具は使い方を間違えると思わぬ惨事を生む」
「でも…」
「お待たせしました。特製パフェとオレンジジュースになります」

 若い店員の声が、エンジュの言葉を遮った。
 そしてシダの前に巨大なパフェが置かれるのを見ると、エンジュは今までの会話が馬鹿らしくなって口を閉じた。 

「バナナは入ってないよね??」
「もちろんですよ」

 途端に鼻歌でも歌いそうな表情でスプーンを手に取ったシダにシエルは何か言いたげな視線を向けていた。
 シエルがハーフエルフの食欲に対して間違った認識を持ったとしてもしょうがないかもしれない。
  

 ************

「失礼ですが、学院の関係者ですか?」
「いいえ、この公開講座に参加しにきたのだけれど…」

 ソフィニア魔術学院の校門前には、シダが言ったとおり、複数の警備員が立っていた。
 二人の前の立ちふさがった男たちに、シエルはパリスに渡された紙を見せる。
 紙を受け取り中身を確認した男たちは、顔を見合わせ言葉を交わすと二人の全身を眺めた。
 その行動にエンジュは自分が腰に短剣を下げている事を思い出しひやりとする。

「どうぞ、会場は右手に見える白い建物の横の第二講堂になります」

 しかし、心配をよそに彼らは好意的な笑みを浮かべると西の方を指差し、門を開けた。

「没収されるかと思ったわ・・・」
「心配しなくても彼らはその剣より、エンジュの胸の方に釘付けだったわよ」
「……こんなものでも、役に立つこともあるのね」

 呆れた声でため息をつくと、エンジュは短剣を荷物入れの中に押し込んだ。

 ************

 三十席ほどある講義室は、既に人でいっぱいだった。
 聴衆は魔術学院の学生から、一般参加の商人風の男や、老人と様々だ。
 その中にパリスの姿を確認すると、エンジュはシエルに目配せして空いた席に座った。
 シエルも少しはなれた斜め左の席に座った。

 テーマは『絶滅を危惧される魔法生物について』、内容は興味が無いので後から聞かれたって、多分何一つ覚えていないだろう。
 あくびをかみ殺し、シエルのほうを盗み見ると、真面目な顔で話を聞いている。
 パリスも自分たちに気がついているだろうが一向にそんな素振りを見せず、用紙を配布していた。
 彼らは何処で〝運命の出会い〟を演出するつもりなのだろうか。
 他人事のようにそんな事を考えながら、エンジュは自分のターゲットであるベルベッドの姿を探した。
 講義室中に目を配ったところで、自分が肝心のベルベッドの特徴を何一つ知らない事に気がつく。
 パリスの婚約者だというからには、彼に近い年齢だろう。
 あと思い当たることといえば…パリスはベルベッドの事をしきりに〝魔女〟と呼んでいた。

(一体、どんな女かしら・・・・?)

 講義は延々と続き終わる様子はない。
 長い間机に向かうといった経験の無いエンジュは耐えられなくなって、こっそり講義室を出た。

「どうされました?」

 部屋を出るとすぐに、白衣をきた若い女が近づいてくる。
 どうやら係員らしく、胸には名札がついている――『ベルベッド・ローデ』。
 その名に思わずニヤリと笑みを浮かべるとエンジュは答えた。

「ちょっと外の空気が吸いたくなったんだけど」
「それなら、あの廊下を曲がった所に休憩所があるわ・・・。あら、貴女エルフなのね」

 ベルベッドの目は好奇心を隠そうとせず真っ直ぐエンジュを見ていた。
 エンジュもまた、ターゲットを冷静に観察する。
 ベルベッドは容姿でいえばなかなかの美人だった。
 赤い髪を肩まで伸ばし、化粧気の無い顔にはそばかすが浮いている。
 しかし、唇だけが異様に赤かった。
  
「半分だけね」
  
 大抵の人間は聞き流してしまう、エンジュの小さな抵抗の言葉に彼女は敏感に反応した。

「まぁ、珍しい!ハーフエルフなのね。育ったのはエルフの村なの?ハーフエルフの寿命ってどのくらいなのかしら?貴女いくつ……って、女性に歳聞いちゃいけないわね」

 豪快に笑うベルベッドはエンジュの嫌いなタイプではなかった。
 彼女と親密になればパティーの奪還がよりしやすくなる。 
 幾つかの質問に答えてやると、彼女は改めで自分の名を告げた。

「アタシはここの研究員をやってるベルベッド・ローデよ。貴女は?」
「私は…」

 魔法使いに名を明かす時は、慎重にならなければいけない。
 エンジュは逡巡した後、自分でも何故か分からないが

「アンジェラ」

 と答えていた。
 
「そう。貴女…アンジェラって言うの」
「あら、どうかしたの?」

 気の利いた偽名なんてすぐには思い浮かばない。
 シエルの名を出さなかっただけ上等だ。
 エンジュは開き直って尋ねる。

「アタシが今世界で一番嫌いな女と同じ名前なのね」

 ベルベッドは鼻の上に皺を浮かべると心底嫌そうに呟いた。
 しかし、その直後に浮かべた表情は……。

(あんの馬鹿!肝心な所分かってないじゃない)

 パリスはベルベッドが父親と手を組んだのは単なる金目当てだと話していた。
 しかし、彼女の切なげな表情には間違いなく別の感情が込められていた。

 ベルベッドはパリスの事が好きなのだ―――。

(あの優男・・・なんだって、こう美人にもてるのかしら…)


2007/02/12 17:03 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【10】/シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【10】』 
   
               ~ ドラマチックな出会い ~



場所 :ソフィニア
PC :(エンジュ)シエル
NPC:パリス イルラン
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『絶滅を危惧される魔法生物について』という講義は、思ったよりずっと興味深い、
面白いものだった。実は砂漠の民と共存していない古代種がいたりとか、様々な形態
の魔法生物の中でも飛行可能な形態が最も多く確認されている等々。
 しかしエンジュが席を外した事にも気付いていたし、本来の目的も忘れる程でもな
く。頭の中で計画を反芻する。

(そろそろ……かしら?)

 シエルは講義が終わると足早に出口へ向かった。その脇に案内係のパリスが立って
いるのを確認すると、一瞬速度を緩め、後ろから押される形で彼にぶつかる。

 パリーン!

 ざわついた会場が一瞬静まる。
 俯き、髪で顔の見えないシエルの下には陶器製の仮面が真っ二つに割れており、そ
の音に驚いた人々は一度歩みを止めた。少し遠巻きに人が歩き出し、徐々にざわつき
始めても、膝を崩して横座りのまま立ち上がらないシエルの周りは不思議と避けら
れ、僅かながら空間が出来ている。
 シエルは重い陶器製の仮面をわざわざ用意してきていたのだ。もちろん「割る」た
めに。
以前から持っていたモノだが、重くてあまり使ってはいなかったのだから惜しくもな
い。

 シエルがゆっくりと顔を上げる。
 目論見通り丁度光が射すその場所は、まるでスポットライトがあてられた舞台のよ
うだった。シエルの白く細い髪がさらさらと音を立てて揺れ、隙間から印象的な赤い
瞳が覗く。

 シエルはパリスを見つめた。パリスは仮面を外したシエルに見つめられ、顔がどん
どん紅潮してゆく。二人はしばらく見つめ合ったまま動かない。そして通り過ぎる
人々は皆、二人に目を奪われてから部屋を出ていくのだ。素顔を晒し慣れないシエル
も、沢山の好奇の視線に頬が染まる。まあ、シエルの場合はこんな馬鹿げた芝居をし
ている事への気恥ずかしさから来ているのだが、表情に出さない限り、彼を見つめな
がら赤面しているようにしか見えないのだから天晴れだ。

 ゆっくりとパリスから手が差し伸べられた。シエルがその手に手を延ばす。

 だが、突然声に遮られて、その手は掴まる場所を失った。

「だ、大丈夫ですか!?」

 シエルとパリスの間に立ち塞がるように、これまたパリスにも負けないほど赤面し
た男が割り込んだのだ。しかも声がでかい。

「……え、ええ。大丈夫よ」

 視線をパリスに向けたまま、シエルは答えた。こんな所で邪魔が入るとは。

「あの、咄嗟に引き寄せたり出来れば良かったんでしょうけど、慌てていて……」

 どうも後ろからぶつかった男らしい。

「しかもとても美し……いや、あの、見とれたりとかそんなことを言っているわけで
はなくてですね、えー……」

 しどろもどろで何を言っているのだかサッパリ分からない。

「急いでいたところにお手間を取らせました。私は大丈夫ですからどうぞ行って下さ
い」

 慌てるパリスをチラチラ見ながら、シエルはその男に愛想笑いを浮かべて見せた。
 気分は勿論「さっさと行きやがれ」って感じで。
 しかし、相手はそう思ってはくれなかった。

「イルランです、あなたは?」
「……名乗られる意味も、名前も聞かれる意味も分からないんですけど」

 まずい展開になってきた。

「あの、運命って信じますか? 僕はあなたに運命を感じたんです!!」

 残り少なくなった会場の全員が注目する。
 この時になって初めて、男の顔をじっくり見ることになったのだが、驚くことに人
ではなかった。恐らくエンジュよりも純粋なエルフだ。
 あーああ。あなたに運命を感じられても困る。というか、何でこんな時にこんなに
目立つことをしてくれるんだろう?
 手を差し伸べられ、今この手を取ると運命を受け入れたようで嫌だなぁと頭をよぎ
る。

「えと、あの、困りますから」

 立ち上がるタイミングを逃し、座ったままの不自然な格好で返答する。
 その時になってやっと、呆気にとられていたパリスが動いた。

「君、彼女が困っているじゃないか。いい加減にしろよ」

 隣に立ち、もう一度手をこちらへ延ばすと、今度は躊躇無く手を掴み引き上げる。
 少々強引な立たせ方のおかげでバランスを崩したのか、立ち上がった途端抱きつく
ような形になってしまった。不幸中の幸いか、コレも計算なのかは分からないけれ
ど。

「ありがとう……ございます」

 パッと体を離してパリスにお礼を言いながら下を向く。そしてイルランと名乗った
エルフの視線を避けるように、パリスの陰に隠れた。

「あなたのことを何でもいい、教えてください」

 イルランは食い下がる。だが、シエルはパリスの後ろに隠れるように言った。

「私には運命は分かりません。でも、縁があればまた逢うこともあるでしょう。
 ……これ以上困らせないでください」

 他に何と言って追い返せばいいのか分からなかった。

「では、次に遭ったときには名前を聞かせてくれますね?」

 嬉しそうにイルランが笑う。
 黙っていたら、彼はようやく部屋を後にしたようだった。
 パリスの後ろから出てきて、ホッと胸を撫で下ろす。

「本当に助かりました」
「どういたしまして。少し落ち着けるところまで案内しましょうか?」

 実は女性を口説き慣れているのではないかと思わせるほど、パリスの切り出し方は
あまりに自然だった。つい、吹き出してしまう。

「くすくす……お願いします。でも、お仕事があるのでは」
「今日は公開講座の案内係です。講義が終わった以上、誰も咎めませんよ」

 二人は目を見て笑う。

 まあ、第一段階の出会いはこんなところだろうか。コレから人が不特定多数出入り
をする食堂でもっと印象付けなければならない。
 出来るだけ親密そうに話をしながら、二人は食堂へと向かった。


2007/02/12 17:03 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門

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