****************************************************************
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【9】』
~ 接触 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス ベルベッド
****************************************************************
「ケーキセット一つ」
「私は紅茶だけでいいわ」
ソフィニア魔術学院の近くにあるカフェ“マリ・ドリーヌ”は、エンジュがパリスから聞き出した『美味しいデザートのお店』の一つである。
パリスとその婚約者、ベルベッドが参加する公開講座まであと数刻ある。
シエルとエンジュは最終打ち合わせをする為――
「お待たせいたしました。本日のケーキはイチゴムースのスフレケーキになります」
「やーん、美味しそう」
というより、エンジュの腹ごしらえの為に、この店に寄った。
黄色い声を出すと、エンジュは早速食べ物に手を伸ばす。
スポンジケーキにムースのクリームを挟んだだけの素朴なケーキは、生地に練りこんだ乾燥イチゴの粒が見た目にも食感にもアクセントを加えている。
冷たく冷やしたスフレ生地とムースが舌の上で一緒に溶ける食感を楽しみながらエンジュは尋ねる。
「でも、本当に良かったの、シエル?」
外を眺め、心ここにあらずといった様子だったシエルはワンテンポ遅れて返事をした。
「何が?」
「恋人のフリ。本当は演技でもしたくないって、思うような大事な相手、居るんじゃないの?」
「多分……平気よ」
シエルは一瞬間をおいて答えた。
まるで自分の心を探るような頼りない返事だった。
「そういうエンジュはどうなの?」
「私?これでも人間の一生分は生きてるのよ?」
意味深に答えると、追求してくるシエルの口にすかさずケーキを放り込む。
「…甘い」
「ケーキだもの」
眉間に皺を浮かべたシエルに微笑んで答えをはぐらかす。
そんな二人の様子を男が呆れた顔で見下ろした。
「何?こんなとこでもイチャついてるわけ?君たち」
「シダ!なんでこんな所にいるのよ」
七三分けの強化週間が終わったのか、仕事時間外だからか、前髪を下ろしたシダは随分若く見えた。
ピコピコと楽しそうに犬の形をした耳を動かすと、シダは同じテーブルに座った。
「何?獣人が甘いもん食べちゃ駄目なわけ?」
「アンタはエルフでしょ」
「あ、店員さんいつものヤツね」
エンジュの言葉を無視し、愛想よく店員の少女に注文すると、シダはシエルに顔を向けた。
穏やかな瞳は本物の犬のように澄んでいる。
「初めての仕事は順調?」
「これからよ」
「確か依頼人はソフィニア魔術学院の人間だったね。昨日の夜、学院でちょっとした騒ぎがあったみたいだから警備が厳重になってるよ。君たちも気をつけたほうがいい」
「昨日の夜?何があったのよ」
「二人は何か感じなかった?強い魔力の波動とか…」
「そんなのソフィニア中よ。あんたはどうなの?魔力の探知は得意だったじゃない」
「この身体になってからは魔法とは相性が悪いんだ。その分すごく鼻が利くけどね」
得意げ答えるシダにエンジュは苦笑した。
対するシエルは真剣な顔つきでシダの話を聞いている。
「魔法関連なの?」
「学院で何か召喚したらしい。若い女性が失踪する事件が続いてるだろ?召喚には生贄がつきものだから皆疑ってるんだ。…何か情報を掴んだら教えてほしい」
「魔術学院って物騒なのね」
「魔術を使い、研究する人間が大勢居るんだ。仕方がないさ」
「エルフの村じゃこんなこと起きなかったわ」
「魔法との付き合い方がそもそも違うんだ。息をしてるだけで火事は起きない。でも道具は使い方を間違えると思わぬ惨事を生む」
「でも…」
「お待たせしました。特製パフェとオレンジジュースになります」
若い店員の声が、エンジュの言葉を遮った。
そしてシダの前に巨大なパフェが置かれるのを見ると、エンジュは今までの会話が馬鹿らしくなって口を閉じた。
「バナナは入ってないよね??」
「もちろんですよ」
途端に鼻歌でも歌いそうな表情でスプーンを手に取ったシダにシエルは何か言いたげな視線を向けていた。
シエルがハーフエルフの食欲に対して間違った認識を持ったとしてもしょうがないかもしれない。
************
「失礼ですが、学院の関係者ですか?」
「いいえ、この公開講座に参加しにきたのだけれど…」
ソフィニア魔術学院の校門前には、シダが言ったとおり、複数の警備員が立っていた。
二人の前の立ちふさがった男たちに、シエルはパリスに渡された紙を見せる。
紙を受け取り中身を確認した男たちは、顔を見合わせ言葉を交わすと二人の全身を眺めた。
その行動にエンジュは自分が腰に短剣を下げている事を思い出しひやりとする。
「どうぞ、会場は右手に見える白い建物の横の第二講堂になります」
しかし、心配をよそに彼らは好意的な笑みを浮かべると西の方を指差し、門を開けた。
「没収されるかと思ったわ・・・」
「心配しなくても彼らはその剣より、エンジュの胸の方に釘付けだったわよ」
「……こんなものでも、役に立つこともあるのね」
呆れた声でため息をつくと、エンジュは短剣を荷物入れの中に押し込んだ。
************
三十席ほどある講義室は、既に人でいっぱいだった。
聴衆は魔術学院の学生から、一般参加の商人風の男や、老人と様々だ。
その中にパリスの姿を確認すると、エンジュはシエルに目配せして空いた席に座った。
シエルも少しはなれた斜め左の席に座った。
テーマは『絶滅を危惧される魔法生物について』、内容は興味が無いので後から聞かれたって、多分何一つ覚えていないだろう。
あくびをかみ殺し、シエルのほうを盗み見ると、真面目な顔で話を聞いている。
パリスも自分たちに気がついているだろうが一向にそんな素振りを見せず、用紙を配布していた。
彼らは何処で〝運命の出会い〟を演出するつもりなのだろうか。
他人事のようにそんな事を考えながら、エンジュは自分のターゲットであるベルベッドの姿を探した。
講義室中に目を配ったところで、自分が肝心のベルベッドの特徴を何一つ知らない事に気がつく。
パリスの婚約者だというからには、彼に近い年齢だろう。
あと思い当たることといえば…パリスはベルベッドの事をしきりに〝魔女〟と呼んでいた。
(一体、どんな女かしら・・・・?)
講義は延々と続き終わる様子はない。
長い間机に向かうといった経験の無いエンジュは耐えられなくなって、こっそり講義室を出た。
「どうされました?」
部屋を出るとすぐに、白衣をきた若い女が近づいてくる。
どうやら係員らしく、胸には名札がついている――『ベルベッド・ローデ』。
その名に思わずニヤリと笑みを浮かべるとエンジュは答えた。
「ちょっと外の空気が吸いたくなったんだけど」
「それなら、あの廊下を曲がった所に休憩所があるわ・・・。あら、貴女エルフなのね」
ベルベッドの目は好奇心を隠そうとせず真っ直ぐエンジュを見ていた。
エンジュもまた、ターゲットを冷静に観察する。
ベルベッドは容姿でいえばなかなかの美人だった。
赤い髪を肩まで伸ばし、化粧気の無い顔にはそばかすが浮いている。
しかし、唇だけが異様に赤かった。
「半分だけね」
大抵の人間は聞き流してしまう、エンジュの小さな抵抗の言葉に彼女は敏感に反応した。
「まぁ、珍しい!ハーフエルフなのね。育ったのはエルフの村なの?ハーフエルフの寿命ってどのくらいなのかしら?貴女いくつ……って、女性に歳聞いちゃいけないわね」
豪快に笑うベルベッドはエンジュの嫌いなタイプではなかった。
彼女と親密になればパティーの奪還がよりしやすくなる。
幾つかの質問に答えてやると、彼女は改めで自分の名を告げた。
「アタシはここの研究員をやってるベルベッド・ローデよ。貴女は?」
「私は…」
魔法使いに名を明かす時は、慎重にならなければいけない。
エンジュは逡巡した後、自分でも何故か分からないが
「アンジェラ」
と答えていた。
「そう。貴女…アンジェラって言うの」
「あら、どうかしたの?」
気の利いた偽名なんてすぐには思い浮かばない。
シエルの名を出さなかっただけ上等だ。
エンジュは開き直って尋ねる。
「アタシが今世界で一番嫌いな女と同じ名前なのね」
ベルベッドは鼻の上に皺を浮かべると心底嫌そうに呟いた。
しかし、その直後に浮かべた表情は……。
(あんの馬鹿!肝心な所分かってないじゃない)
パリスはベルベッドが父親と手を組んだのは単なる金目当てだと話していた。
しかし、彼女の切なげな表情には間違いなく別の感情が込められていた。
ベルベッドはパリスの事が好きなのだ―――。
(あの優男・・・なんだって、こう美人にもてるのかしら…)
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【9】』
~ 接触 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス ベルベッド
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「ケーキセット一つ」
「私は紅茶だけでいいわ」
ソフィニア魔術学院の近くにあるカフェ“マリ・ドリーヌ”は、エンジュがパリスから聞き出した『美味しいデザートのお店』の一つである。
パリスとその婚約者、ベルベッドが参加する公開講座まであと数刻ある。
シエルとエンジュは最終打ち合わせをする為――
「お待たせいたしました。本日のケーキはイチゴムースのスフレケーキになります」
「やーん、美味しそう」
というより、エンジュの腹ごしらえの為に、この店に寄った。
黄色い声を出すと、エンジュは早速食べ物に手を伸ばす。
スポンジケーキにムースのクリームを挟んだだけの素朴なケーキは、生地に練りこんだ乾燥イチゴの粒が見た目にも食感にもアクセントを加えている。
冷たく冷やしたスフレ生地とムースが舌の上で一緒に溶ける食感を楽しみながらエンジュは尋ねる。
「でも、本当に良かったの、シエル?」
外を眺め、心ここにあらずといった様子だったシエルはワンテンポ遅れて返事をした。
「何が?」
「恋人のフリ。本当は演技でもしたくないって、思うような大事な相手、居るんじゃないの?」
「多分……平気よ」
シエルは一瞬間をおいて答えた。
まるで自分の心を探るような頼りない返事だった。
「そういうエンジュはどうなの?」
「私?これでも人間の一生分は生きてるのよ?」
意味深に答えると、追求してくるシエルの口にすかさずケーキを放り込む。
「…甘い」
「ケーキだもの」
眉間に皺を浮かべたシエルに微笑んで答えをはぐらかす。
そんな二人の様子を男が呆れた顔で見下ろした。
「何?こんなとこでもイチャついてるわけ?君たち」
「シダ!なんでこんな所にいるのよ」
七三分けの強化週間が終わったのか、仕事時間外だからか、前髪を下ろしたシダは随分若く見えた。
ピコピコと楽しそうに犬の形をした耳を動かすと、シダは同じテーブルに座った。
「何?獣人が甘いもん食べちゃ駄目なわけ?」
「アンタはエルフでしょ」
「あ、店員さんいつものヤツね」
エンジュの言葉を無視し、愛想よく店員の少女に注文すると、シダはシエルに顔を向けた。
穏やかな瞳は本物の犬のように澄んでいる。
「初めての仕事は順調?」
「これからよ」
「確か依頼人はソフィニア魔術学院の人間だったね。昨日の夜、学院でちょっとした騒ぎがあったみたいだから警備が厳重になってるよ。君たちも気をつけたほうがいい」
「昨日の夜?何があったのよ」
「二人は何か感じなかった?強い魔力の波動とか…」
「そんなのソフィニア中よ。あんたはどうなの?魔力の探知は得意だったじゃない」
「この身体になってからは魔法とは相性が悪いんだ。その分すごく鼻が利くけどね」
得意げ答えるシダにエンジュは苦笑した。
対するシエルは真剣な顔つきでシダの話を聞いている。
「魔法関連なの?」
「学院で何か召喚したらしい。若い女性が失踪する事件が続いてるだろ?召喚には生贄がつきものだから皆疑ってるんだ。…何か情報を掴んだら教えてほしい」
「魔術学院って物騒なのね」
「魔術を使い、研究する人間が大勢居るんだ。仕方がないさ」
「エルフの村じゃこんなこと起きなかったわ」
「魔法との付き合い方がそもそも違うんだ。息をしてるだけで火事は起きない。でも道具は使い方を間違えると思わぬ惨事を生む」
「でも…」
「お待たせしました。特製パフェとオレンジジュースになります」
若い店員の声が、エンジュの言葉を遮った。
そしてシダの前に巨大なパフェが置かれるのを見ると、エンジュは今までの会話が馬鹿らしくなって口を閉じた。
「バナナは入ってないよね??」
「もちろんですよ」
途端に鼻歌でも歌いそうな表情でスプーンを手に取ったシダにシエルは何か言いたげな視線を向けていた。
シエルがハーフエルフの食欲に対して間違った認識を持ったとしてもしょうがないかもしれない。
************
「失礼ですが、学院の関係者ですか?」
「いいえ、この公開講座に参加しにきたのだけれど…」
ソフィニア魔術学院の校門前には、シダが言ったとおり、複数の警備員が立っていた。
二人の前の立ちふさがった男たちに、シエルはパリスに渡された紙を見せる。
紙を受け取り中身を確認した男たちは、顔を見合わせ言葉を交わすと二人の全身を眺めた。
その行動にエンジュは自分が腰に短剣を下げている事を思い出しひやりとする。
「どうぞ、会場は右手に見える白い建物の横の第二講堂になります」
しかし、心配をよそに彼らは好意的な笑みを浮かべると西の方を指差し、門を開けた。
「没収されるかと思ったわ・・・」
「心配しなくても彼らはその剣より、エンジュの胸の方に釘付けだったわよ」
「……こんなものでも、役に立つこともあるのね」
呆れた声でため息をつくと、エンジュは短剣を荷物入れの中に押し込んだ。
************
三十席ほどある講義室は、既に人でいっぱいだった。
聴衆は魔術学院の学生から、一般参加の商人風の男や、老人と様々だ。
その中にパリスの姿を確認すると、エンジュはシエルに目配せして空いた席に座った。
シエルも少しはなれた斜め左の席に座った。
テーマは『絶滅を危惧される魔法生物について』、内容は興味が無いので後から聞かれたって、多分何一つ覚えていないだろう。
あくびをかみ殺し、シエルのほうを盗み見ると、真面目な顔で話を聞いている。
パリスも自分たちに気がついているだろうが一向にそんな素振りを見せず、用紙を配布していた。
彼らは何処で〝運命の出会い〟を演出するつもりなのだろうか。
他人事のようにそんな事を考えながら、エンジュは自分のターゲットであるベルベッドの姿を探した。
講義室中に目を配ったところで、自分が肝心のベルベッドの特徴を何一つ知らない事に気がつく。
パリスの婚約者だというからには、彼に近い年齢だろう。
あと思い当たることといえば…パリスはベルベッドの事をしきりに〝魔女〟と呼んでいた。
(一体、どんな女かしら・・・・?)
講義は延々と続き終わる様子はない。
長い間机に向かうといった経験の無いエンジュは耐えられなくなって、こっそり講義室を出た。
「どうされました?」
部屋を出るとすぐに、白衣をきた若い女が近づいてくる。
どうやら係員らしく、胸には名札がついている――『ベルベッド・ローデ』。
その名に思わずニヤリと笑みを浮かべるとエンジュは答えた。
「ちょっと外の空気が吸いたくなったんだけど」
「それなら、あの廊下を曲がった所に休憩所があるわ・・・。あら、貴女エルフなのね」
ベルベッドの目は好奇心を隠そうとせず真っ直ぐエンジュを見ていた。
エンジュもまた、ターゲットを冷静に観察する。
ベルベッドは容姿でいえばなかなかの美人だった。
赤い髪を肩まで伸ばし、化粧気の無い顔にはそばかすが浮いている。
しかし、唇だけが異様に赤かった。
「半分だけね」
大抵の人間は聞き流してしまう、エンジュの小さな抵抗の言葉に彼女は敏感に反応した。
「まぁ、珍しい!ハーフエルフなのね。育ったのはエルフの村なの?ハーフエルフの寿命ってどのくらいなのかしら?貴女いくつ……って、女性に歳聞いちゃいけないわね」
豪快に笑うベルベッドはエンジュの嫌いなタイプではなかった。
彼女と親密になればパティーの奪還がよりしやすくなる。
幾つかの質問に答えてやると、彼女は改めで自分の名を告げた。
「アタシはここの研究員をやってるベルベッド・ローデよ。貴女は?」
「私は…」
魔法使いに名を明かす時は、慎重にならなければいけない。
エンジュは逡巡した後、自分でも何故か分からないが
「アンジェラ」
と答えていた。
「そう。貴女…アンジェラって言うの」
「あら、どうかしたの?」
気の利いた偽名なんてすぐには思い浮かばない。
シエルの名を出さなかっただけ上等だ。
エンジュは開き直って尋ねる。
「アタシが今世界で一番嫌いな女と同じ名前なのね」
ベルベッドは鼻の上に皺を浮かべると心底嫌そうに呟いた。
しかし、その直後に浮かべた表情は……。
(あんの馬鹿!肝心な所分かってないじゃない)
パリスはベルベッドが父親と手を組んだのは単なる金目当てだと話していた。
しかし、彼女の切なげな表情には間違いなく別の感情が込められていた。
ベルベッドはパリスの事が好きなのだ―――。
(あの優男・・・なんだって、こう美人にもてるのかしら…)
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